第二章 早くもグループ解散の危機
こうして黒騎士団のお世話係となったマリーだったが、着任早々窮地に陥っていた。
(どうしよう……。仕事が――ない!)
歴代の世話係に引き継がれてきたであろう活動日誌。
それによると世話係の主な仕事は、団員たちへの仕事の分配や生活環境の充実。
依頼遂行中の雑務に休暇中のフォロー、食事の手配、体調不良者の救護その他なんでも――という実にざっくりとしたものだった。
そのあたりは前世のマネージャー業とあまり変わらない。
とりあえず厨房と寝泊まりする部屋だけは掃除したが……ロビーや食堂などはいつも黒騎士団の誰かが酒を呑んだり寝ていたりするので、碌に片付け出来ていない状態である。
(この感じだと『王の剣』は随分遠い道のりね……)
ミシェルによると、王都には現在四つの騎士団があるらしい。
それぞれ白、赤、青、黒と色名が冠されており、白は王族の護衛、赤は討伐任務などそれぞれ得意な分野を持っている。
仕事は王宮や議会から依頼されるほか、広場にある「斡旋所」を通じて一般市民からも頼まれることがある。こうしてこなした任務の報酬が、そのまま騎士団への収入となるのだ。
つまりたくさん働かないと、彼らのお給料も食費も贖えない。
だが黒騎士団は、他の騎士団に比べて「依頼される仕事」がかなり少ないのである。
(まあ、人気があるところに集中するのは当然なんだけど……)
ペット捜しや素材採取といった簡単な任務は、誰でも請け負うことが出来る代わりに、いかんせん報酬が低い。
一方要人の護衛や野獣討伐といった重要性や緊急性が高い任務になると、支払われる賃金も非常に高額になるのだが――その場合依頼者側から「この騎士団にお願いしたい」「ここはちょっと……」という『色指定』が付くようになるという。
したがって人気も実績もない黒騎士団は、ここで一気に依頼の数が減ってしまうのだ。
うーんうーんと厨房でマリーが唸っていると、ミシェルがひょいと顔を覗かせた。
「マリー、いま大丈夫?」
「はい。どうしましたか?」
「明日あたり、ユリウスが戻ってくるから伝えておこうと思って」
「ユリウスさん、ですか?」
「うん。この黒騎士団のリーダーなんだけど、長い間入院していて」
(長い間入院……。元々体が弱いとか、持病がある方なのかしら)
あの世紀末覇者のような黒騎士団員たちを統率するというから、どんな化け物かと想像していたが――水仙のようなたおやかな美青年を思い浮かべ、マリーは少しだけ期待を膨らませる。
そんなマリーをよそにミシェルは向かいの椅子に腰かけると、真っ白の日誌を見てしょんぼりと眉尻を下げた。
「仕事、ないね」
「はい……。昨日も斡旋所には行ったんですが梨の礫で」
「今月こなしたのは三件か。あと二件はしておきたいけど……」
依頼が重要なのは、なにも金銭に限った話ではない。
あとで知った話だが、実は騎士団には毎月ある一定の「ノルマ」が課せられているという。
もちろん仕事の危険度や重要度、長期型かによってある程度調整されるが、基本的には毎月最低でも五件は依頼をこなさなければならないそうだ。
それが達成出来なければ騎士団の評価が下がり、解体への道がさらに一歩早まるという。
ミシェルがどんな小さな仕事でも請け負っていたのは、こうした意味合いもあったらしい。
だが他の騎士団員たちになかなかその危機感が伝わらず――やりがいのある仕事が来ない、だからサボって街で遊ぶ、その様子を見てますます市民たちが黒騎士団を嫌悪する――という最悪の悪循環が起きてしまっていたのだ。
「もっと大きな仕事なら、みんなもやる気になると思うけどね」
「それはそうですけど……。でもまずは、どんな小さな仕事でもいいからきちんと積み重ねて、黒騎士団全体の信用を回復しないといけない気がします」
マリーはぱたんと日誌を閉じると、すっくとその場に立ち上がった。
「とりあえず今日も斡旋所に行ってきます。『色指定なし』依頼が来てるかもしれませんし」
「おれも行くよ。ユリウスへの退院祝いも買いたいし」
こうして二人はぼろぼろの邸をあとにすると、広場にある斡旋所へとやって来た。
相変わらず多くの市民でにぎわっており、斡旋所内の掲示板にはたくさんの貼り紙が掲示されている。これらは『個人依頼』と呼ばれ、基本的には個人の狩猟者や旅人に向けたものだ。
ただし騎士団が請けてはいけないという決まりはなく、先日のミシェルの犬猫捜しも、ここにあったものを依頼者の許可を得て頂戴したという。
「個人依頼でも一応ノルマにはなるけど……あまりやりすぎると、それを生業にしている人の仕事を奪うことになっちゃうからさ」
「なるほど……難しいんですね」
番号が書かれた木片を取ってしばらく待っていると、しばらくして一番の窓口に呼ばれた。
マリーたちがいそいそと向かうと、年嵩の書記官が「げえっ」とあからさまに嫌な顔をする。
「また来たのか。黒騎士団への依頼はないって昨日も言っただろ」
「あれから一日経ったから、どうかなーと思いまして」
「ないない! 仕事の邪魔だからとっとと帰った帰った」
しっしと野良猫を追い払うように手を払われ、マリーはううと唇を噛みしめた。
(前世の時もこんな人いたなあ……。新人にすっごく冷たいディレクター……)
マネージャーになりたての頃は、ただただ怖くて言われるままに引き下がっていた。
だがあれからいくつもの修羅場を経験したマリーは、ここで諦めるわけにはいかないとふんばる。
「そこをなんとかお願いします! 犬捜しでも猫捜しでも、庭の雑草取りでも畑仕事でもどんなことでもやります。だからどうか、仕事をいただけないでしょうか!」
「おれからもお願いします! このままだと黒騎士団が……」
「う、……と言われても、実際ないんじゃ――」
すると深々と頭を下げるマリーとミシェルの背後で、何故か大きなどよめきが上がった。
何だろうとマリーがそろそろと顔を上げると、先ほどの書記官が真っ赤な顔でぽかんと口を開けている。恐る恐るその視線の先を振り返ると――そこには『春の女神』のような女の子が立っていた。その肩には何故か白い小鳥が逃げずに止まっている。
(せ、聖女様だ……‼)
聖女はマリーを見つけると、あれえと大げさに瞬いた。
「もしかしてぇ、リリアと一緒にこっちの世界に来た人?」
「(り、リリア?)そ、そうですけど……」
「あー、仕事がなくって騎士団のお手伝いしてるって聞いたけど、ほんとだったんだあ」
(な、何だろうこの子……)
あの時は碌に話も出来なかったが、いざ正面切って話してみるとなんともふわふわした印象だ。
おまけに名前がリリアとは。
やはり海外の子だったのだろうか。
だがその容姿は華やかな名にふさわしく、先ほどの書記官はもとより周囲の市民たちもどこか恍惚とした表情で彼女に見とれていた。
するとリリアはマリーが肩の小鳥に注目していると勘違いしたのか、演技めいた仕草でふふっと小首をかしげる。
「あ、やっぱりこの子気になっちゃう? なんかリリア、こっちの世界に来てからすっごい動物に好かれちゃってえ。この小鳥さんも私の傍をずっと離れないの。可愛いよね」
「は、はあ……(別にそこは気にしてないけど……)」
「今日はね、クロードの付き添い。ね、クロード」
「はい、聖女様」
リリアの背後にいた男性が、名前を呼ばれ優しく微笑む。
光の輪が出来るほどの銀髪に外国人モデルのような甘いマスク。ミシェルと形は同じだが、白い生地で出来た騎士服を着ていた。おそらく彼は「白騎士団」なのだろう。
(そう言えば白騎士団は、王族の護衛が主な仕事だって言っていたっけ……)
リリアはそのままクロードの腕に自身の腕を絡めると、しなだれかかりながらこちらを見た。
「で、あなたたちは? こんなところで何してるの?」
「ええと、仕事を探していて……」
「ええーっ⁉ わざわざここまで来て? たいへーん」
わざとらしく口元を押さえるリリアに、マリーは若干苛立ちを覚える。
だがリリアはそのままつかつかと受付にいた書記官の前に向かうと、ねーえと愛らしく口の端を上げた。