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第四章 2



 寮に向かって歩いていると、ついに空から雪が降ってきた。マリーが顔を上げると、灰色の空から次々と白い結晶が落ちてくる。


「雪だ! 積もるかなあ」

「ほんとだ。その時は雪かき頑張らないとね」


 寒そうに外套の襟元を手繰り寄せたミシェルを見て、マリーが「あっ!」と思い出した。


「ごめんミシェル、あの、ボタンのことなんだけど」

「ボタン?」

「前に預かったやつ……その、証拠品だからって没収されちゃって」

「ああ、こっちこそごめんね。まさか、ロドリグ団長の物だったなんて……」


 ミシェルが少々困惑したように頬を掻く。

 彼がお守りとして大切にしていた例のボタンは、ロドリグの私物であることが後日判明した。世界に二つとない大変希少なものらしいのだが、ミシェルの母親とトラブルになった際に紛失してしまい、村を出たあとにそれに気づいたのだという。


「定期的に村に来ていたのも、あれを捜すためだったって」

「おれが持ち出しているなんて、思ってもみなかっただろうね。でも、あれが見つかったおかげで当時の事件も再調査してもらえるようになったし……。大事に持っていて、ある意味良かったのかもしれないな」

「ジローが、捕まったミシェルを探してくれたしね」


 たしかに、と小さく笑ったあと、ミシェルはあらためて空を見上げた。


「色々大変な目に遭ったけど、でもおれ、ほっとしたかも」

「ほっとした?」

「うん。今回のことで、やっとみんなに話せたし」

「……そうだね」


 事件のあと、ミシェルはザガトで起きたことも含め、黒騎士との関係を団員に説明した。ライアンを知る団員から当時の状況についていくつか質問はあったものの、ミシェルを責めたり非難したりする者は誰一人としていなかった。

 それはもとより黒騎士の行動が当然のものであった――それに加え、ここまでのミシェルの努力や働きぶりを、団員たち全員が誰よりも知っていたからだろう。

 次第に多くなっていく雪を見つめながら、ミシェルが静かに口を開く。


「……前にさ、おれのせいでライアンさん――黒騎士団のエースがいなくなっちゃったから、どんなことでも頑張らないとって話、したと思うんだけど」

「う、うん」

「正直、すぐには無理だけど……。でもちょっとずつ、変えていけたらなって思ってて」

「変えて?」

「ライアン――父さんを犠牲にして生き残ったんじゃなくて、父さんに助けてもらった命なんだって思いたいから。父さんの代わりに、じゃなくて、おれが……おれ自身が誰かを――みんなを助けられるようになりたいなって」

「ミシェル……」


 少しうつむきながら、どこか恥ずかしそうにミシェルが微笑む。

 その横顔を見上げていたマリーは、彼を取り巻くキラキラとした輝きに気づいた。それは彼が持つ生来の魅力(カリスマ)――だが明らかに以前よりも眩しく、力強いものになっている。

 それは黒騎士・ライアンのものとそっくりで――。


(親子、なんだなあ……)


 やがて道の向こうに黒騎士団の寮が見えてきた。

 門扉のところにユリウスやヴェルナー、ルカ、リリアといったメンバーが立っている。戻りが遅い二人を心配してわざわざ出てきたのだろう。


「マリーさん! 急がないとパーティー始めちゃいますよー!」

「はーい!」


 すると隣にいたミシェルが、いきなりマリーの手を摑んだ。

 そのまま寮までの道を勢いよく走り出す。


「ミシェル⁉」

「おれまだ、父さんには全然及ばないけど、でも――」


 繋がれた手が以前より大きくなった気がして、マリーはなんだか無性にドキドキする。

 あの夜――声援に応えてくれたミシェルを見た時からずっと、その赤い瞳が、表情が、全身が、脳裏と心に焼き付いて離れない。


(どうしよう、私――)


 自分はただの世話係(マネージャー)で。

 ミシェルはいわば騎士団のエース候補(アイドル)で。

 こんな気持ちを持つことは許されないのかもしれない。

 だけど――。


「いつか絶対、黒騎士(父さん)に負けないようなすごい騎士になる。『王の剣(エペ・ドュロワ)』にも選ばれてみせる。だからそれまで――おれの傍にいてくれないかな?」


 くるりと振り返り、ミシェルが満面の笑みでマリーを見つめる。

 寒いのか、恥ずかしいのか。自分の頬がなんで熱いのか分からない。それでもマリーは彼の方を見上げ、今まででいちばんの笑顔で答えた。


「――もちろん!」


 返事を聞いたミシェルが、嬉しさを噛みしめるように目を細める。

 そうして二人は笑い合いながら、仲間たちが待つ暖かい寮へと帰っていくのだった。



 

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