第四章 あなたが導く、未来への光
王宮敷地内にある王立病院。
待合室のソファに座っていたマリーのもとに、ようやくミシェルが戻ってきた。
「ごめんね、遅くなって」
「ううん。それじゃ行こっか」
外に出ると凍えそうな寒さが一気に二人を襲った。もうすっかり冬の様相だ。団服用の外套をそれぞれしっかり着込むと、ミシェルが騎士団寮に向かって歩き出す。
「そういえば今日ってごちそうなんだっけ」
「うん。みんな『とにかく肉をたくさん!』って」
「絶対最後に野菜が残るよね。で、ユリウスが『お前ら全部食べろ!』って怒って」
「ふふ、似てる」
ユリウスの物真似をするミシェルを見て、マリーが思わず吹き出す。
今日は一年の終わり――マリーにとってはアルジェントで迎える、二度目の大晦日だ。騎士団の仕事もお休みに入り、これから寮に帰って年末パーティーである。
「体の経過は大丈夫だった?」
「先生の話じゃ、年明けから復帰して大丈夫だって」
「良かったぁ……」
「本当なら、こうして生きていること自体、奇跡らしいけど――」
そう言いながら、ミシェルはそっと自身の胸元を押さえる。マリーはそれを見て、あの激動の一夜を思い出すのだった。
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病院に担ぎ込まれたミシェルは、丸一日経っても目覚めなかった。
マリーがベッド脇に座って付き添っていると、夜になってユリウスやルカといった消火活動に出ていた団員たちが様子を見に訪れる。
同じく部屋にいたヴェルナーとともに、事の次第を説明した。
「ミシェルが……ロドリグを?」
「びっくりしたよ。普段のミシェルとは思えないくらいで……。それに最後、見たことない騎士と話しているみたいだった。もしかしてだけど、あれが黒騎士だったんじゃ――」
「……もしかしたら、本当に力を貸してくれたのかもね」
「えっ?」
ルカの意外な言葉を聞き、マリーは思わず声を上げる。
「マリーは《応援》を使う直前、黒騎士のサージュを拾ったって言ってたよね。多分それ、ロドリグ団長がアーロンの部屋から盗んだやつだと思う」
「盗んだって……どうしてそんな」
「レインの『黒騎士蘇生』計画を知ったんでしょ。万一成功したりすれば、当時の悪事をばらされてしまうって焦ったんじゃないかな。でも戦いの最中で落として、それが偶然マリーの《応援》に触れた――」
「その結果、ライアンさんが甦った……?」
「ま、断定は出来ないけどね。鉱石も無くなっちゃったみたいだし」
「…………」
言われてみれば、今回の《応援》は前回のものと随分違った気がする。
あれが黒騎士のサージュと反応した結果であるとするならば、マリーたちが見たものはおそらくライアンの中にあった記憶なのだろう。
マリーが押し黙ったのを見て、ユリウスは小さく息を吐き出した。
「とりあえず、お前たちはいったん休め」
「えっ?」
「どうせ碌に寝ていないんだろう? ミシェルのことは俺が見ておく」
ユリウスの提案を聞き、マリーはすぐさま首を横に振った。
「だ、大丈夫です! ユリウスさんこそお疲れですよね?」
「この程度慣れている。心配されずとも――」
「私なら平気です。それに……今はまだ、ミシェルの傍にいたくて」
「しかし……」
なおも言い返そうとするユリウスを、ヴェルナーが視線だけで制する。ユリウスは「はあ」と煤で汚れた髪に手を突っ込んだあと、仕方ないとばかりにマリーの方を見た。
「俺たちは隣の部屋で休んでおく。疲れを感じたら、すぐに俺かヴェルナーを起こせ。いいな、遠慮するなよ」
「はい。ありがとうございます」
ユリウスたちが退室し、部屋にはマリーとミシェルだけが残された。
窓の外には今日も綺麗な星空が広がっており、辺りは病院特有の静けさに満ちている。昨日の喧騒が嘘のようだ。
「ミシェル……頑張って」
いまだベッドで眠り続ける彼の手をそっと握る。
静かに目を閉じると、マリーは心の中だけで《応援》し続けるのだった。
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「――マリー」
「……?」
いきなり名前を呼ばれ、マリーはぴくりと睫毛を揺らす。
ゆっくり瞼を開けると、そこはうっすらと夜が明けつつある部屋の中だった。目の前のベッドには、いつの間にか目覚めたミシェルが上体を起こして座っている。
「ミシェル……?」
「もしかして、ずっと付き添ってくれてたんじゃ――」
申し訳なさそうに眉尻を下げる。
それを見たマリーは返す言葉も忘れ、勢いよく彼に抱きついた。
「マ、マリー⁉」
「良かった……良かった……! もう二度と、目覚めないんじゃないかって……」
「……うん。ごめんね」
おずおずとマリーの背中に手を回し、ミシェルが何かを確かめるようにつぶやく。
「もしかして……ライアンさんの夢、見た?」
「……うん。多分、一緒の……」
「そっか……」
どこかほっとした表情を浮かべたあと、ミシェルが静かにうつむいた。
「……実はさ、ちょっとだけ気づいてたんだ」
「気づいてた……?」
「黒騎士――ライアンさんが、おれの本当の父さんなんじゃないかって」
「……!」
こくり、と彼が唾を呑み込んだのが耳元で分かる。だがミシェルはマリーを抱きしめたまま、ぽつりぽつりと続けた。
「はっきりとした確証はなかったんだけど、母さんと話してる時の感じとか、あと、おれのこと見てる時とか……。優しかったり、でもちょっとつらそうだったりして、なんでだろうってずっと思ってた。でも、そういうことだったんだな……」
「ミシェル……」
「今さら言っても遅いよね。ほんと……おれ、ダメだよね……」
ぐす、と洟をすする音が聞こえ、マリーはミシェルを抱きしめる腕に力を込めた。
「ダメとか、ないよ」
「マリー……?」
「ライアンさんはミシェルに生きていてほしかった。本当に、ただそれだけ。だからあの時、魔獣から庇って逃がしてくれた」
「…………」
「大きくなったって、無事で良かったって――」
なんとかして励ましたいのに、上手く言葉が出てこない。
頑張れば頑張るだけ鼻の奥がつんとなり、マリーはたまらず泣き出してしまう。ライアンの本心を知ることが出来て嬉しいはずなのに、残酷な事実まで明らかになってしまった。
それがミシェルをいっそう傷つけてしまった気がして――。
(どうして……)
すると自分より号泣しているマリーに驚いたのか、ミシェルの声が少しだけ和らいだ。
「どうしてマリーが泣いてるのさ」
「だ、だって……ライアンさんは、ミシェルのお父さんで……」
「……うん」
「本当なら二人でもっと、話す機会もあったはずなのに……それなのに……」
「そうだね……」
高名な騎士と村の少年ではなく、父親とその息子として会話することが出来たなら。
それはいったい、どんな時間だったのだろう。
「一度でいいから、話してみたかったな……」
弱々しく口にしたあと、ミシェルは再度マリーの体を抱き寄せる。
窓から差し込む真っ白な朝日が、そんな二人の姿を柔らかく照らし出すのだった。





