第三章 2
「お、ようやく目覚めたか。ちょっと強く叩きすぎたな」
「団長……団長ですよね? どうしてここに……というかここはいったい……」
「まあ落ち着け。まずは俺が質問する番だ」
「……っ」
傍にあった古びた椅子を引き寄せ、背もたれに腕を乗せるようにして後ろ向きに跨ぐ。それを見たミシェルはこれから行われるであろう行為を想像し、ぞっと背筋を凍らせた。
「まさかお前がザガトの生き残りだったなんてな。村に行くのは今年で終わりにしようと思っていたが、最後の最後に――やはり俺は女神に寵愛されているらしい」
「団長? 何を言って――」
「それで? お前以外に生きているザガトの人間はいるのか」
ん? と言外に圧をかけられ、ミシェルは恐々と首を横に振った。
「いま……せん。多分おれだけ、です……」
「なるほどな。ま、あれだけの魔獣に襲われりゃ当然か。むしろよく生き残ったもんだ。あの時村にいなかったのか?」
「狩りをしに森に出ていて、それで……」
ほーっ、と感心したようにロドリグが自身の顎を撫でさすった。
「運が良かったな。そのまま気づいて逃げ出したか」
「いえ……偶然来ていた黒騎士――ライアンさんに助けてもらって……」
「あー、ようやく謎が解けたな。大方お前を逃がすためにあいつが馬を捨てたとか、しんがりを務めたとかだろう?」
「……‼」
まるで当時を見ていたかのように言い当てられ、ミシェルは絶句する。一方ロドリグは親指の腹ですりすりと自身の顎を撫でながら、呆れたように眉間に皺を寄せた。
「あいつがやられるなんておかしいと思ったんだよ。だがまあ、おかげで強力なライバルがいなくなった。むしろお前には感謝しないとな」
「ですから団長、さっきから何を――」
ミシェルが信じられないとばかりに見上げるも、ロドリグが「もう一つ」と口を開いた。
「村で見慣れないボタンを拾った覚えはあるか?」
「ボタン……?」
「貝と金属を組み合わせた珍しい意匠のものだ。どうだ?」
(それって……)
例のお守り代わりしていたボタンがすぐさま脳裏をよぎる。だが預けたマリーの姿を思い出し、ミシェルは先ほどより強く否定した。
「し、知らないです!」
「本当だな?」
「はい!」
心臓が激しく拍動する。真偽を確かめるようにジロジロと注視され、ミシェルはどうか嘘がバレませんようにと必死に祈った。
やがてロドリグが「ふむ」とおもむろに椅子から立ち上がる。
「やはり魔獣が咥えて帰ったか……。ああいい、分かった」
(良かった……これで……)
だが安堵するミシェルの目の前で、ロドリグが近くにあった木箱を覗き込んだ。中にあった古いロープを取り出すと、強度を確かめるように何度も左右に引っ張る。ミシェルが目をしばたたかせていると、それを見たロドリグが酷薄に微笑んだ。
「これで質問は終わりだ」
「団、長……?」
「悪いな、ミシェル」
ぱらり、とロープが床に落ち、そのまま首にぐるりと回される。ミシェルは蒼白になり、必死にロドリグへと話しかけた。
「団長、待ってください‼ どうして――」
「ん? ああ、何も知らないままはさすがに嫌か。そうだな……」
そう言うとロドリグは、恐怖で顔をひきつらせるミシェルの傍にしゃがみ込んだ。
「まあ簡単に言うと、俺はあの日、ザガトにいたんだよ」
「ザガトに……?」
「なに、大した用じゃない。ちょっと昔の女に会っていただけだ」
「……?」
聞けばその女性は、かつてロドリグの婚約者だったという。
「地味で暗い、くすんだ赤毛のつまらない女だった。親同士が勝手に決めた婚約者だったんだが、俺にはどう考えても釣り合わなくてな。いつだったか、女遊びをとがめられた時にその場で婚約を破棄してやったんだ」
「くすんだ……赤毛……」
「とんでもないことをしたと向こうの家から再三謝罪の申し出があったが、いっさい受け付けなかった。そうしたらその女、家の格を落としたとかで実家を追い出されてな。そのあとはどこに行ったか分からないままで――」
やがて月日が経ち、ロドリグは次期騎士団長になるための大切な時期を迎えた。だが当時周囲からもっとも有力視されていたのは、黒騎士団のライアンだった。
「俺はどうにかしてあいつを失墜させる方法はないかと、奴の周辺を調べ尽くした。そうしたら奴が休みのたびに、ザガトという村に行っているという話を聞いてな。そこに奴の弱点がある――そう踏んで行ったんだが……」
しかしライアンの姿はなく、当てが外れたロドリグは王都に帰ろうとした。そこで偶然、行方をくらましていた元婚約者と再会したそうだ。
「声をかけたら、血相変えて家に逃げ込んでな。そのうえ刃物持って近づくなって騒ぎ立てるもんだからよ。ちょっとなだめようと――」
「それってもしかして、村のいちばん奥にある家じゃ……」
「……お前、どうしてそれを知っている?」
ロドリグが不快そうに眉根を寄せたのを見て、ミシェルはたまらずまくしたてた。
「そこはおれの家です。いったい何をしたんですか?」
「何をって……いいか、あれは事故だ。あの女が勝手に手を滑らせて――」
「まさかあの傷は魔獣じゃなくて……」
「……ッ、だから違うと言っているだろうが!」
激昂したロドリグの声が耳に刺さり、ミシェルは「しまった」と慌てて口を閉ざす。彼は「はあっ」と荒々しく息を吐き出したあと、少しだけ冷静を取り戻した。
「とにかく、あの女が馬鹿をしたせいで、俺は余計な処理をさせられることになったんだ」
「処理……?」
「あいつの家に、俺が入ったことを見た住民がいるかもしれない。そのことで万が一にでも冤罪をかけられたら、団長になる道は完全に閉ざされてしまうだろう? あんな女のせいで、この俺の完璧な人生が閉ざされていいはずがない」
だから、とロドリグが光のない瞳で冷徹に告げた。
「――家に火を放った。俺がいた痕跡を、跡形もなく消すためにな」
「っ……‼」
それを聞いたミシェルは、真っ青になりながら首を左右に振る。
「どうしてそんな……そんなことをしたら村が……。それに森にいる『モーザ・ドゥーグ』だって……」
「ああ、あいつらはたしか火を好むんだったか? それは悪いことをしたな」
「知っていた、のに……なんで……!」
森の奥に生息していた魔獣は炎を好むことで有名だった。そのためザガトの村では、可能な限り外で火を使わなかったし、火事など起こさないよう十分に気を付けていた。なのに。
そこでミシェルはようやく、これまでの勘違いに気づく。
(順番が、逆だったんだ……)
どうして『モーザ・ドゥーグ』があんなにたくさん村に入り込んだのか。大きな火事でもない限り、あれほどの数が人里に下りてくることはない。だからてっきり誰かがボヤを起こして、その火に呼ばれたと思っていたのに――。
(しかも魔術による火は、普通の方法ではなかなか消せない。だからいつもより消火が遅れて、そのせいで魔獣が――)
すべてが繋がった瞬間、体の奥が怒りでカッと燃え上がる。一方ロドリグは「はっはっは」といつものように豪快に笑ったあと、ミシェルを悠然と見下ろした。
「まあ、運悪く魔獣が集まることもあるだろう。そうなれば、襲われた傷が何によるものかなど、調べようもないだろうな」
確信めいたその物言いを聞き、ミシェルは涙で濡れた瞳でロドリグを睨みつけた。
「あなたのせいで母さんが、みんなが……ライアンさんが……」
「まあ正直、あいつまでくたばってくれたのは僥倖だったな。しかしいったいなぜ、あんな何もない辺境の村にまで毎度出向いていたのか……」
ふーむと首をかしげたあと、ロドリグはあらためて手元のロープを握りしめた。
「まあ、どうせお得意の慈善行為かなんかだろ。本当にいけすかない奴だ……」
「――っ‼」
ぐっ、と彼の手に力が込められ、ミシェルの喉にロープが食い込む。
「――ッ、ぐっ……‼」
「お前のせいで黒騎士団から黒騎士が失われた。それを他の団員たちに知られ、良心の呵責に耐え切れず自ら命を絶つ――どうだ、完璧なシナリオだろう?」
「っ……あっ……!」
目の前の景色が霞み、次第にロドリグの声が遠くで聞こえ始めた。頭がぼうっとしていく感覚を味わいながら、ミシェルはいよいよ己の最期を悟る。
(ごめん、マリー……)
息が出来なくなり、ミシェルはだらりと力を抜く。
その瞬間、静かだった地下室に「ひゃん!」と甲高い鳴き声が響き渡った。
(……?)
直後、ロドリグの「ぐっ‼」というくぐもった声が聞こえ、首に巻きついていたロープがわずかに緩む。酸素が一気に肺へと流れ込み、ミシェルはギリギリのところで意識を取り戻した。
「いまの、は……」
いったい何が、と混乱しているうちに、複数人の足音と剣を抜く音が頭上で飛び交う。やがて目の前に、血相を変えたマリーがしゃがみこんだ。
「ミシェル! 大丈夫⁉」
「マリー、どうして……」
「ジローがここまで連れてきてくれたんです!」
「ジロー……が……」
頭を少し横に倒すと、小さな舌を出したジローがつぶらな瞳でこちらを覗き込んでいた。喉と体に巻かれていたロープを外してもらい、ようやくゆっくりと体を起こす。そこにはロドリグからミシェルを庇うようにしてユリウスとヴェルナー、ルカが立っていた。
「ミシェル、無事か」
「まさかこんな隠し地下室があるなんてねえ。いつ頃のだろ?」
「カビ臭くて最悪。早く帰りたいんだけど」
「みんな……」
あらためてロドリグの方を見る。彼の腕にはヴェルナーが放ったのであろう矢が突き刺さっており、彼はそれを事もなげに抜きながら笑った。
「おいおい、どっから嗅ぎつけてきた? 魔術で完璧に隠していたはずだが」
「幸い、うちには鼻の利く団員がいるからな」
「ユリウス、まさかお前が冗談を言えるようになるとはな」
はっ、と両肩をすくめるロドリグを、ユリウスが静かに睨みつけた。
「なぜミシェルを監禁した?」
「素直に答えると思うか?」
「……まあいい。とりあえず、話は地上に出てから――」
だが歩み寄りかけたユリウスに向かって、ロドリグが大きく手を開いた。
「そう簡単に捕まると思ったか?」
「――!」
薄暗い地下室の真ん中で、ロドリグが詠唱を開始する。彼の手を中心に空気が渦を描き、その部分の輪郭がぐにゃりと歪み始めた。
「全員まとめて、焼き殺してやろう!」
「ッ、伏せろ‼」
ユリウスの指示とほぼ同時に、マリーはミシェルを抱きしめるように身を屈める。隣にいたルカが詠唱を開始し、自分たちを守る土壁を瞬時に作り出した。一方ヴェルナーも目にも止まらぬ早打ちでロドリグに一射をくれる。
「ぐっ!」
ヴェルナーの矢を受け、よろめいたロドリグが近くにあった木箱を派手に倒した。積もりに積もった埃がぶわっと舞い散り、一瞬辺りの視界が取れなくなる。
その隙を見計らい、ユリウスが剣を片手に立ち向かった。
「させるかっ!」
だが詠唱を終えたロドリグはすぐさま体勢を立て直すと、チリッという黒い火種を爆ぜさせる。それを目にしたルカが珍しく叫んだ。
「だめだ!」
「――⁉」
ヂヂッという短い音が鳴り、その直後、猛烈な高温と空気が室内で膨れ上がった。突然の爆風に耐え切れなくなった地下室の壁と天井が一瞬で吹き飛ぶ。
「――っ‼」
土壁越しにも分かる、爆発の強い衝撃。
四人は真っ暗な土壁の中、ただひたすらその揺れに耐え忍ぶのだった。
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パラ、と石が落ちる音を聞き、マリーは閉じていた瞼をゆっくりと押し上げた。
(……?)
腕の中には疲弊して意識を失ったミシェルがおり、左右にいたルカとヴェルナーに二人まとめて抱きしめられている。周囲にはルカが作り出したのであろう土製の丸い壁があり、まるで卵の殻の中に閉じ込められているかのような光景だ。
(ユリウスさんがいない……。そっか、少し離れた位置にいたから……)
やがて同じく動けるようになったヴェルナーが、静かにマリーに問いかけた。
「マリーちゃん、怪我はない?」
「は、はい……。あの、いったい何が……」
「粉塵爆発だよ」
それを受け、反対側にいたルカがめんどくさそうにぼやく。
「地下室内に充満していた埃に着火して、連鎖的に爆発を起こしたんだ。――待って、とりあえず先に出るから」
「ルカさん、出るって――ひゃっ⁉」
答えを聞くよりも早く、マリーの足元がぐらぐらと激しく揺れた。それと同時に四人を包んだ卵が、舞台装置のように勢いよく地上に向かってせり上がる。木や石材のぶつかる音がし、やがてバキッと音を立てて外壁が崩れ落ちた。





