第三章 明らかになる、すべての真実
その日の夜。食堂に集合した騎士団員たちをユリウスが見回した。
「各班、報告を」
視線を向けられ、向かいにいたヴェルナーが口を開く。
「王都内は二回ほど全域捜索したけど姿ナシ。目撃証言もなかった」
「建物内に潜伏、匿われている可能性は?」
「完全には否定できないけど、あのミシェルだからなあ……。顔もバレバレだし、見かけた時点で誰かが気づくと思うけど」
「次、ルカ」
周りの注目が集まるなか、ルカが疲れた様子でテーブルに片肘をついた。
「魔術院内にもいなかったよ。レインにも詰問したけど、あれから会ってないって」
「アーロンは?」
「そっちも。……ああ、ただ気になること言ってた。黒騎士のサージュが盗まれたって」
「盗まれた?」
「うん。昨日の騒動のあと、部屋に置いていたら無くなってたって」
「…………」
押し黙るユリウスに向けて、ルカがさらに続ける。
「王宮内も行ける範囲を探してみたけどいなかったよ。あの辺は昼夜問わず見張りがいるし、あれ以上奥に入るのはミシェルでも無理じゃない?」
「……他、乗合馬車関係は」
別の団員が手を上げ、収穫ナシとばかりに叫んだ。
「見た奴はいなかった! 商会ギルドにもあたったが、昨夜に王都を発った商団はないらしい。まあ、ギルドに所属していないフリーの奴までは分からんが」
「深夜に寮を出て、すでに王都を脱出している可能性も否定できんか……」
有益な情報が出てこず、ユリウスは「はあ」と眉根を寄せた。
「全員ご苦労。今団長を通じて、騎士団全体に通達を出してもらっている。このあとは各自部屋で休憩後、夜十一時よりミシェルの捜索を再開する」
「了解」
「りょーかーい」
団員たちが口々に承知を報告したあと、誰かがぼそりとつぶやいた。
「なあ……やっぱりあのせいなのかな」
「なんだよ、あのせいって」
「あ、そっか。お前あの時魔術院にいなかったもんな。実はミシェルって――」
だがそんな団員の囁きを、ユリウスがひと睨みとともに遮った。
「おい、誰が口外していいと言った?」
「す、すみません……」
「おい、いったい何があったんだよ。気になるだろ」
「つーか昨日の昼、魔術院でなんかあったんだろ? どうして教えてくれないんだよ」
「それは……」
思わぬ反論を受け、ユリウスが珍しく言葉に詰まった。
その反応を見た他の団員たちがそれぞれの考えを口にし始め、食堂内は一時騒然とし始める。マリーがその光景をぼんやり見つめていると、隣にいたリリアがそっと耳打ちしてきた。
「ミシェルさん、何かあったんですか⁉」
「それは、その……」
「いきなりいなくなるなんて、おかしいですよね?」
「…………」
リリアの疑問に上手く答えることが出来ず、マリーはその場で押し黙った。
(絶対……あのことが原因よね)
彼がザガトの生き残りであること。
それをずっと秘密にしてきたこと。
でもレインの口から、それが暴露されてしまった。
(団員の誰かに問い詰められた? でも、ユリウスさんが緘口令を敷いていたし……)
誰かから責められたわけではない。
となると――ミシェル自身が耐えかねて逃げ出したとしか考えられない。
(ミシェル……どうして)
夕食を持って行った時、無理やりにでも部屋に入ればよかったのだろうか。マリーが悶々としていると、ユリウスが騒ぎを収めるべく、バン、と強くテーブルを叩いた。
「とりあえず今はミシェルの安否を確かめるのが先だ! 以上!」
なかば強制的に打ち切られ、団員たちは一抹の不満と疑念を口にしながら食堂をあとにする。彼らが出て行ったのち、ユリウスがマリーたちのもとに歩み寄った。
「マリー、リリア。お前たちも休め」
「で、でも……」
「悪いがしばらくの間、食事とその他の世話を頼む。……まったく、ミシェルの奴……」
苦々しげにぼやくユリウスを見送ったところで、リリアがマリーの方を振り返った。
「と、とりあえず、休みましょうか?」
「……そうね」
リリアと別れ、マリーは一階にある自室へと戻る。
少しでも体を休めなければと、ベッドに腰を下ろした。
「…………」
だがすぐに立ち上がると、世話係の制服から外出用の私服に着替え、仕事机の引き出しを引っ張り出す。中にはミシェルから預かったボタンが入っており、そっと手のひらに取り出した。お守りとして、彼がずっと大切に持っていたものだ。
(もう少しだけ……この近くだけでも探してみよう)
ボタンを握りしめたまま、マリーはひとり玄関ホールへと向かう。そこには床に寝転ぶジロー、そして捜索再開はまだのはずなのに、なぜかルカとヴェルナーの姿もあった。
二人はマリーを見つけると「あれ」と同時に声を発する。
「マリー、なにしてんの」
「ルカさんたちこそ、今は休憩時間じゃ……」
「……なんか、そんな気分にならないんだよね」
ジローのお腹を撫でながらルカがぼそりと零す。それを受けてヴェルナーも苦笑した。
「分かる。なーんか落ち着かないよな」
「ヴェルナーさん……」
「やっぱミシェルがいないと、黒騎士団じゃないっていうかさ」
やがて背後から靴音がし、階段の上からユリウスが現れた。ジローを中心に集まっている三人に気づくと、分かりやすく顔をしかめる。
「お前たち、十一時にはまだ早いぞ」
「ユリウスこそ」
「そうそう」
「……それにマリー、どうしてここにいる」
「え、えっーと、近くだけでも見て回ろうかなって」
「どいつもこいつも……」
ぼやきながら足元にいたジローをちらっと一瞥すると、「そいつをしっかり捕まえておけ」とマリーに指示した。
「時間になったら、再度王都内と王宮を中心に捜索する。ルカは魔術院、ヴェルナーは歓楽街をメインで探してもらうことになるだろう」
「暇そうだからジェレミーにも協力させよっと」
「おねーさんたちとは仲良しだから任せてよ。ミシェルもこの時間になったら、ひょっこり出てくるかもしれないしね。でもそれでも見つからない場合は――」
「範囲を王都外にまで拡大する。数日中には各砦や関所に通達が行くはずだ。それと前後してザガト……ランブロア方面を重点的に当たる」
王都内だけでも相当な広さだというのに、それを越えて国内全土へ――。
前世のように情報網が発達しているわけでもない。そもそも現代日本だって毎年数多くの行方不明者を出しているのだ。本当にミシェル自身の意志で失踪したのであれば――まさに砂漠で砂金を拾うような話になるかもしれない。
同じような想像をしたのか、ルカがうつむきがちにつぶやいた。
「ていうか、本当は捜さないでほしいのかも」
「ルカさん……」
「だってそうでしょ。もしミシェルが……自分からいなくなったとしたらさ」
「…………」
その言葉を聞き、マリーはざわつく心を落ち着けるかのように腕の中のジローを撫でた。
(ミシェル、いったいどこに――)
その時、気持ちよさそうに目を細めていたジローが突然「ひゃん!」と鳴いた。じたばたと両手足を動かしたかと思うと、懸命にマリーの腕から抜け出そうとする。
「あっ!」
急いで抱き直そうとするも間に合わず、ジローはたしっと床へ下り立った。その際手にしていたボタンを落としてしまい、マリーはすぐさま拾おうとする――が。
「ジロー⁉」
輝きが珍しかったのか、ジローは脇に落ちていたボタンをパクっと口に咥えてしまった。抱え上げようとするマリーの腕を器用にすり抜けると、とたたたっと玄関扉の方に走っていく。それを見てユリウスが絶叫した。
「おい! 捕まえておけと言っただろうが‼」
「ご、ごめんなさいー‼」
パニックになりながら、マリーは必死にジローを捕まえようとする。だが間の悪いことにわずかに扉が開いており、そのわずかな隙間からしゅるんと外に抜け出てしまった。当然ボタンも咥えたままで、マリーは頭の中が真っ白になる。
「ジロー! ちょっと待って! お願い‼」
マリーは叫びながら必死にジローのあとを追う。
そのあまりの勢いにルカとヴェルナー、そしてユリウスも慌てて駆け出すのだった。
・
・
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ぴちゃん、とどこかで水の落ちる音がする。
ろくな灯りもない部屋の中に、ミシェルは縛られた状態で横たわっていた。
「…………」
再度落ちた水音で意識の糸が繋がり、静かに息を吸い込む。名状しがたいカビ臭さが鼻をつき、ミシェルはようやくぼんやりと覚醒した。
「……?」
昼か夜かも分からない、石造りの地下室。
階段下と壁際に置かれたカンテラの中では、不安定な火がチラチラと揺れている。近くには朽ちかけた椅子と木箱があり、木箱の中には錆びた剣や斧、壊れた盾などが雑多に押し込まれていた。どうやらしばらく使われていない倉庫のようだ。
「ここは、いったい……」
状況を確かめようと頭を上げかける。すると首の後ろが激しく痛み、ミシェルは「うっ」と顔をしかめたあと、断片的に残っている記憶を思い出した。
(そうだおれ……昨日、ザガトのことがバレて……)
ずっと秘匿し続けていた黒騎士との関係。ユリウスやヴェルナー、ルカたちの前で暴露され、一瞬で目の前が真っ暗になった。
だがユリウスは詳細を問いただすことなく、すぐに話題を打ち切ってくれた。誰かに何か言われるのではないかと怯えていたが、結局誰もミシェルを糾弾しには来なかった。
(ほっとして……。そこでやっと、レインに会ってちゃんと話さないとって……)
説明したところで、責められるだけかもしれない。でも彼もまたライアンのことを尊敬していた一人であるなら、きっと彼の最期について知りたかったはずだ。
そう考えると居ても立っても居られなくなり、ミシェルは深夜にこっそりと騎士団寮を抜け出した。そこで――。
(誰かに……殴られた……?)
またも首筋がずきっと痛み、ミシェルは苦悶の表情を浮かべながら身を捩る。
すると奥の暗がりから、コツリ、コツリという静かな足音が響いてきた。近づいてきたその正体を見上げながら、ミシェルは信じられないと目を見開く。
「どう、して……」
「…………」
そこに現れたのは、騎士団長のロドリグだった。
夢でも見ているのだろうかと何度も瞬く。だかやはりよく知る彼に間違いない。ミシェルが愕然としていると、ロドリグが「にかっ」と白い歯をのぞかせた。





