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第一章 4



「おい、なんか女がいるぞ」

「なんだって?」

「す、すみません! す、すぐに出て行きますので……」


 不良たちに取り囲まれたような物々しい雰囲気に、マリーはたまらず男性の服をぐいぐいと引っ張った。

 だが男性はがりがりと頭を掻いたあと、強面騎士団員たちに呆れたように投げかける。


「まったく……揃いも揃ってサボりやがって。急に帰ってくるから、お嬢ちゃんが怯えてんだろうが。そのいかつい(ツラ)どうにかしろ」

「ひっでえ、そっちだって十分怖いくせに」

「さすがに無理っすよ団長」

(だん……ちょう?)


 変わった名前だと目をしばたたかせていたマリーだったが、しばらくして『団長』という漢字が当てはまった。

 もしかしてこのおじさん、相当偉い人なのでは――と震えながら服の裾を手放したあたりで、強面騎士団の一人がマリーの前に顔を突き出す。


「んで、お嬢さんはなんなわけ?」

「わ、私は、その」

「こらこらこら脅すな。もしかしたら、お前らの世話係になってくれるかもしれねーんだぞ」

「えっ⁉」

「ほんとに⁉」

「まっ、まだそうと決めたわけじゃ」


 しかしマリーの否定をかき消すように、騎士たちの中から「おおおーっ」という大きなどよめきが起こった。後ろにいた他の騎士たちもマリーを一目見ようと必死に背伸びしている。


「まじか! 女の子なんて初めてだぞ!」

「おれアラン、よろしくー」

「彼氏いるの? もしかして黒騎士団の奴⁉」

(あ、あわわ……)


 まるで猛獣の群れから舌なめずりされているような迫力に、マリーはひええと身をすくませた。すると団長がさっと間に入り、マリーを庇うようにしっしと手を振る。


「おら散った散った! つーか働け、たまにはミシェルを見習え!」

「ちえー」

「またねー」


 団長の庇護のもと、左右に並ぶ肉食獣エリアをなんとか通過したマリーは、再び朽ち果てた門扉の前まで戻ってきた。溜め込んでいた息を一気に吐き出すと、青ざめた表情のままぶるぶると震える指で邸の方を指し示す。


「さっきのが、黒騎士団の皆さまでしょうか……」

「ああ。見た目は怖いが悪い奴らじゃない。ユリウスがいなくてちょっと荒れてるがな」

「ちょっと……」


 本当にこんなところにミシェルが所属しているのだろうか、とマリーは思わず眉を寄せる。

 それを見ていた男性が「で?」と嬉しそうに口の端を押し上げた。


「どうだ、世話係。してみる気になったか」

「ええと、その……」

「まああの男所帯だ。怖いと思うのも無理はない。だが人出が足りないのは本当でな。このまま管理に手が回らないようなら、黒騎士団ごと解体した方がという話もある」

「解体、ですか?」

「ああ。そうなればあいつらは他の騎士団に入り直すか……だがま、大半は田舎に帰るだろう」

「田舎に……」


 複雑な表情を浮かべるマリーの背中を、男性はばしんと叩いた。


「まあお嬢さんはそんな気にすんな! もしやる気になったら団長のロドリグに頼まれたと言ってくれ。すぐに話を通してやるからな」

「わ、わかりました……」


 そう言うとロドリグは熊のような大きな手をぶんぶんと振ったあと、また別の方角へと向かっていった。

 取り残されたマリーは改めて黒騎士団の建物を見つめる。

 玄関先にいた子犬がくうんと寂しそうに尻尾を振っていた。


(解体されちゃうのは少し可哀そうだけど……。でも私が世話係なんて……)


 今日のところはもう休もうと、与えられた部屋へ戻ろうとする。

 だが結局どこをどう進んでも見覚えのある道に行きあたらず、結局元の広場へと戻って来てしまった。夕刻に近いためか、人の数が随分とまばらになっている。


(そう言えばミシェルさん……もう仕事終わったのかな)


 彼の姿を探すが、どこにも見当たらない。

 すると市街地の方から二人組の男性がやって来て、手に持ったビラを振りながら小馬鹿にした笑みを浮かべていた。


「見たかさっきの。黒騎士団も地に落ちたよなあ」

(……黒騎士団の話?)


 それを聞いた隣の男性も同じく嘲笑する。


「ほんとな。『黒獅子』がいた頃は最強で、『王の剣』も常連だったのに」

「まあ、あの態度じゃ仕方ねーよ。仕事もせずにサボってばかり。白騎士団を見習えってんだ」


 騎士というより荒くれ者という表現がふさわしい彼らの姿を思い出し、マリーは何となく胸を押さえる。

 会話を聞かれているとは露知らず、男性たちの悪口はなおも続いた。


「犬捜しに、今度は猫捜し。噂じゃこないだ捜してた犬、時間かかりすぎて依頼主から引き取り拒否されたって話だぜ。海向こうから来た珍しい犬種だったらしいが」

(もしかしてそれって、あの子犬のことかしら……)


 寂しげに見送ってくれた子犬のことを思い出し、マリーはそのまま彼らの会話に耳を傾ける。


「マジか。意味ねー」

「まあ愛玩犬なんて、どっかのご令嬢の娯楽だろうし。とっとと新しい奴飼うわな」

「つーかそんなせこい仕事、騎士団レベルで請け負うなよな。ああ、それくらいしかすることないのか? たった一人でほんとよくやるよ」


 ははは、と愉快に笑う男性たちをマリーは無言で見つめていた。

 やがて名状しがたい不快感を抱えたまま、すぐに彼らが来た方を振り返る。


(ちょっと、様子を見に行くだけ……)


 広場を抜け、正門をくぐると王都の街並みがマリーの眼前に広がる。

 中央を走る大通りと左右に立ち並ぶ立派な商店や邸。行き交う人や馬車の数々。その圧倒されるような雑踏を掻き分けて、マリーは大聖堂のある開けた場所に出た。

 そこで――印象的な赤い髪が、たった一人で頭を下げている。


「お願いします! どこかで見つけたら、情報を――」

(ミシェルさん……)


 その姿が、かつての新人アイドルと重なる。

 彼らも華々しい仕事はほとんどなかった。

 それでも与えられた仕事は全力でこなそうと、いつだって必死に頑張っていた。

 それでも――最後にはみんないなくなってしまった。


(ミシェルさんは、あの子じゃない。でも……)


 マリーはしばらくその場で逡巡していたが、やがてぐっと唇を噛みしめるとミシェルの元へと駆け寄った。

 道行く人々は彼の存在を無視するように避けており、チラシはほとんど減っていないようだ。


「あ、あの、ミシェルさん」

「あれ、また会ったね。もしかして何か見つけた⁉」

「い、いえ。そういう訳じゃないんですけど……」


 迷惑だろうか、とマリーは少しだけ続く言葉をためらった。

 だが下唇をぐっと噛むと、彼に向かって両手を差し出す。


「て、手伝います。ビラ配り」

「え?」

「ひ、一人より、二人の方が早い、ですし……」


 その提案に、ミシェルは最初きょとんと瞬いていた。

 しかしみるみる頬を紅潮させ、昨日と同じ優しい笑みをふわっと滲ませる。


「本当に⁉ 助かるよ!」

「は、はい……!」


 その顔を目の当たりにしたマリーは、体の奥がかっと熱くなるのが分かった。





 その後も二人は、懸命に迷い猫の情報を求め続けた。

 やがて夕日が山の向こう側に沈む頃、似たような猫を見たという女の子からの証言を手に入れた。

 二人は大急ぎで目撃現場へと向かったあと、餌で釣ったり、二人がかりで隅へ隅へと誘導したりと奮闘し――結果、なんとか無事に保護することが出来たのだった。


「――今日は本当にありがとう。飼い主さんもすごく喜んでたよ」

「い、いえ。お役に立てて何よりです」


 引き渡しが完了した頃にはとっくに太陽は沈んでおり、空に星が瞬く中、頬にひっかき傷をつけたミシェルが微笑んだ。

 やがて黒騎士団の邸に到着し、ミシェルが半壊状態の門をぎいと押し開ける。

 その音を聞きつけた子犬がすぐにひゃんひゃんと吠え始め、近づいてきた彼の胸に飛び込んだ。


「ただいまジロー。いい子にしてた?」

「ジロー?」

「こいつの名前。ちょっと事情があって、急遽ここで飼うことにしたんだけど……。ユリウスにはまだ許可取ってないんだよね……」


 うーんと真剣な顔で眉尻を下げるミシェルが面白く、マリーはつい顔をほころばせる。だが同時に黒騎士団に対する市民の風評を思い出し、ためらいがちに口を開いた。


「あの……ミシェルさんは嫌にならないんですか?」

「え?」

「その、今日だってお仕事をたった一人でさせられて、他の方は誰も助けてくれなくて……。せっかく見つけたこの子もその、引き取りを断られたって……」

「……」

「どうしてそんなに頑張れるんですか? つらく……ないですか」


 マリーの質問に、ミシェルはジローの頭を撫でながらしばし口をつぐんでいた。

 だがよいしょと子犬を抱きなおすと、嬉しそうに目を細める。


「……好きなんだ。この仕事が」

「好き?」

「おれ、すごい田舎の出身で。でもずっと騎士に憧れてて、ようやく念願の黒騎士団に入れた。みんな今はちょっと疲れてて、大変なことも多いけど……。でもいつか絶対、昔みたいな最強の騎士団になれるって信じてるから」

「最強の、騎士団……」

「一年で最も活躍した騎士団に与えられる称号『王の剣(エペ・ドュロワ)』――。市民も貴族も関係ない。困っている人を助けて、弱い人を守って、この国に住むすべての人を笑顔にしたい。そのためならおれ、どんなことでも頑張れるんだ」


 そう言って笑うミシェルの周りに、きら、きらと輝くような光をマリーは幻視した。

 初めてではない。

 こうした感覚をマリーは前世でも何度か味わっている。


(目が……離せない……)


 日本中の誰もが知るような一流のアイドルや俳優、モデルなどに共通する煌めき。

 口では言い表せない。

 ただその本能が、直感が、全身が「間違いない」と奮い立たされるような圧倒的なカリスマ――その欠片をミシェルの中に感じ取ったマリーは、ぶわっと全身に鳥肌が立つような感動を感じていた。


 同時によみがえる、前世の記憶。

 後悔。


(もしももう一度、やり直せるとしたら……)


 右も左も分からない新人時代とは違う。

 今持てる知識と経験で、今度こそ彼らの夢をかなえる――あの女神様はそのために『最初で最後の機会』を与えてくれたのではないだろうか。


(どこまで出来るかは分からない。でも――)


 マリーは大きく息を吸い込むと、ミシェルにまっすぐ向き直った。


「あの、もし良ければなんですが……。私……この騎士団の世話係をやりたいです」

「……えっ⁉ そ、それは嬉しいけど、いいの? 多分結構大変で」

「大丈夫です。だからこれから……よ、よろしくお願いします!」


 勢いのまま口にすると、マリーは片手を伸ばしてばっとお辞儀をした。

 うつむいたまま「あまりにいきなり過ぎたかも」と蒼白になったが、その手をミシェルがそっと握り返す。


「……こちらこそ! そういえば、まだ名前を聞いてなかったね」

「さ、相良麻里といいます」

「サガラ・マリー? 珍しい家名だね。じゃあマリーで」

「はっ、はい!」


 うっかり前世の名前を名乗ってしまったが、上手い具合に理解してくれたようだ。

 ミシェルは繋いだ手にぎゅっと力を込めると、再びあの心が惹きつけられる極上の笑みを滲ませる。それを見たマリーの心に、ある一つの決意が込み上げた。


 それは忙殺される日々の中で忘れていた、最初の気持ち。


「マリー。一緒に黒騎士団を、この国いちばんの騎士団にしよう!」

「はい!」


 二人の気迫につられたのか、足元にいたジローも「ひゃん!」と応じる。

 それを見た二人は一拍置いたあと同時に吹き出し、くすくすと声を押さえて笑いあった。


 こうして――マリーの新しい人生が始まった。




 

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