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第一章 3



 そのままの恰好だと目立つので、メイドが置いて行ってくれたこちらの衣装に着替える。廊下を通り抜けて中庭へ出ると、そこには眩しいばかりの青天が広がっていた。


(うわ……太陽光が気持ちいい……!)


 王宮を背に足を進めていくと、まずは立派な噴水と薔薇のアーチが現れた。

 季節の花々で飾り立てられた遊歩道に従って歩いていくと、立派な別の邸がいくつも目に留まる。どれも重厚な石造りの建物ばかりで古い歴史を感じる佇まいだ。


(素敵……海外旅行に来たみたい)


 やがてマリーは広場のような場所に出た。

 どうやらこの辺りは誰でもが入れる区画らしく、役所と思しき建物に多くの市民たちが立ち代わり出入りしている。するとその中央でチラシのようなものを配っている赤髪の少年を発見した。

 昨日犬を追いかけてきた子だ。


「どこかで見かけたら教えてください、お願いします!」

(……?)


 チラシを受け取った人の手元をのぞき見ると、どうやらいなくなった猫を探しているらしい。

 するとマリーの存在に気づいたのか、少年が「あっ」と声を上げた。


「君、昨日犬を捕まえてくれた子だよね?」

「は、はい」

「改めてありがとう。あ、良かったらこれ」


 差し出された迷い猫のチラシに目を落としていると、少年が頬を掻きながらはにかむ。


「おれ、ミシェルって言うんだ。もし見つけたら、黒騎士団に教えてくれないかな」

「黒騎士団……ですか?」

「うん。これでもおれ、一応騎士だから」


 ミシェルはそう言いながら、襟元についていた銀の徽章を軽く持ち上げた。

 訳も分からずマリーがとりあえず頷くと、ミシェルはあの爽やかな笑みを残して再びビラ配りに戻っていく。書かれている文字はどう見ても日本語ではない――が、マリーは不思議と読解出来た。


(本当だ……『情報は黒騎士団まで』……)


 だが改めて周囲を見回してみても、彼以外に騎士らしき姿はない。

 多くの人に無視されながらも必死に市民に声をかけるミシェルの姿に、マリーはようやく彼に覚えた既視感を思い出していた。


(そうだ……あの子たちに似てるんだ……)


 それはマリーが初めてマネージメントを担当した、新人アイドルグループ。

 地方から出てきた男の子ばかりで、皆初めての東京と華の芸能界という仕事に目をキラキラと輝かせていた。もちろんその頃はマリーもやる気に満ち溢れており、彼らをスターにするため身を粉にして働いたものだった。


(でも結局……何も出来なかった)


 小さなライブハウス。

 呼び込みをした。チケットを手売りもした。

 営業出来るとなれば、どんな辺鄙な会場でも赴いた。

 ダンスも歌唱もレッスンをした。

 どうすれば人気が出るか全員で夜遅くまで知恵を出し合った。

 だが群雄割拠のこの世界――気づけば一人、また一人と夢を諦めていった。唯一残っていたリーダー格の男の子も地元に帰ることを決め、マリーは自らの無力さに打ちのめされながらその背中を見送った。


(私が……もっとちゃんとしていれば……)


 次々と生まれあぶくのように消えていくアイドルなど会社にはさして重要ではなく、マリーは悲しみに暮れる間もなく、すぐに次の担当に回された。

 そうして売れては消え、デビューしては忘れられていく芸能人たちを見続けているうち、マリーの心はすっかり麻痺してしまったのだ。


(あの子たち……どうしているのかな)


 そっとミシェルに目を向ける。

 思い出した途端、あのリーダーの子と重なって見え――マリーは罪悪感から逃れるようにそっと広場から立ち去った。





 そうしてしばし彷徨っていたマリーだったが――ここにきて戻り方が分からなくなってしまった。


(どうしよう……一度広場に戻った方がいい?)


 歩いていた路の舗装は一部が剥げかけ、やがて古びた建物が姿を見せた。

 王宮の近くにあったものとは違い、外壁にはツタが茂り庭には雑草が伸び放題。二階建てのようだが、窓のカーテンはどこも閉まったままである。

 何となく不気味というか、本当に人が住んでいるのかすら怪しい雰囲気だ。


(ここも何かの施設……かしら)


 あまり近づかない方が良い気がして、マリーはそれとなくそこから距離を取る。

 すると外壁の死角で気づかなかったのか、曲がり角にいた男性と派手にぶつかってしまった。


「す、すみません! 気がつかなくて」

「ん? ああ、何だ人か。猫かなんかかと思ったぞ」

「ね、猫……?」


 がっはっはと豪快に笑う壮年の男性を前に、マリーはぽかんと口を開けた。

 日に焼けた肌。相当鍛えているのか立派な上腕に丸太のような太腿。張り出た胸筋で服のボタンがはじけ飛びそうだ。男性は顎に手を添えたまま、ふーむとマリーを見下ろした。


「お嬢ちゃん、初めて見る顔だな。もしかしてあれか。聖女様と一緒に来たっていう」

「は、はい。そうですが……」

「おーおーなるほどな。聖女様は相当だったが、あんたもえらく可愛いんだな」

「か、かわっ……⁉」


 初めて耳にする誉め言葉にマリーは思わず顔を熱くする。

 すると男性は腕を組み「うん?」と首を傾げた。


「しかしそんな客人が、どうしてこんなところにいるんだ?」

「その、特にやることもなくて出歩いていたら、道に迷ってしまって」

「あー……。そういや、なんかそんなこと朝議で言ってたな」


 すると男性はにっと口角を上げたあと、得意げに太い人差し指を立てた。


「たしかお嬢ちゃんは聖女様じゃないんだよな。で、その身柄をどうするかはまだ決まっていなかったはずだ」

「は、はい。そのあたりは会議で決められると」

「それだそれ。そこで提案なんだが、やることがねえなら騎士団の世話係をしてみないか?」

「世話係、ですか?」

「実はこないだ、黒騎士団の奴が逃げちまってな。募集はしているんだが、どうにも人が来やしねえ」

(黒騎士団……)


 その言葉を耳にした途端、ミシェルの姿が脳裏をよぎる。


「黒騎士団……っていうのはいったいどこにあるんですか?」

「ああ。これだよこれ」

「……え?」


 男性がひょいと指し示しているのは、たった今マリーが警戒していた廃屋同然の邸だった。

 半信半疑でよくよく確認すると、確かに老朽化した門扉があり――その奥に続いていた玄関口に見覚えのある子犬がちょこんと座っているではないか。


(あの犬……昨日ミシェルさんが捕まえていた子よね?)


 もう少しちゃんと見たい、とマリーは目を眇めた。

 すると隣にいた男性がおもむろに一歩を踏み出し、崩れかけた門をくぐってずかずかと建物の方へと突き進んでいく。


「あ、あの、勝手に入っては良くないかと」

「いーからいーから。そんなとこからじゃ何もわかんねーだろ」


 くい、と顎で呼ばれ、マリーはわずかに迷いつつも男性のあとを追った。

 玄関に着くと先ほどの子犬が嬉しそうにマリーの足元にまとわりつく。

 昨日はなかった首輪もしており、やはりここで飼われている子に間違いなさそうだ。


「んー? まーた誰もいねえ。賭場か酒場だな」

「だ、誰もいないんですか?」

「ああ。ちょっとやんちゃな奴らが多くてね。ほら入った入った」


 勝手知ったる他人の家とばかりに、男性はなおも奥に進んで行く。

 マリーもおっかなびっくり邸の中に足を踏み入れたものの、外観同様中も酷い有様だった。


(蜘蛛の巣やごみがすごい……。しばらく掃除していないのね)


 廊下は歩くたびにぎしぎしと軋むし、人間の気配を察したねずみの逃走音がする。

 キッチンだと紹介された場所はもはや物置にしか見えず、長年使用されていないようだった。棚の上に重なっていた鍋を手に取ると、積もっていた埃がぶわっと舞いあがりマリーはげほげほと涙目になる。

 それを見た男性は再び「がっはっは」と豪快に笑った。


「まー男だけだとこうなるわな」

「男性だけ、なんですか?」

「騎士団だからな。まあ他のとこには専門の料理人がいるが、ここは……」


 するとマリーたちが歩いてきた方から、何やらどかどかと賑やかな靴音が響いてきた。

 現れたのは強面かつ屈強な輩ばかりで、マリーは男性の陰にささっと身を隠す。どうやら騎士団の面々が戻ってきたらしい。



 

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