書籍発売お礼ss:出待ち行為はお断り
マリーとルカが買い出しに出かけていた、ある日の午後。
騎士団寮の玄関先でジローに餌をやっていたミシェルに、一人の男性が話しかけてきた。
「あのーすみません。ここって黒騎士団ですよね」
「はい。そうですよ」
「こちらに、若い女性の方がおられると思うんですが!」
「ええ、おりますが……」
突然の質問に、ミシェルはきょとんとしつつも素直に答える。
だが男性が顔を真っ赤にしたまま、せわしなくミシェルの背後にある騎士団寮に視線を送っていることに気づき、すぐに「はっ」と目を見開いた。
(もしかして、教えない方が良かった⁉)
おそらく彼が捜しているのは、この騎士団にいる唯一の女性『マリー』のことだろう。だが男性は、騎士団関係者や王宮の文官という感じでもないし、ミシェル自身も見覚えがない。
蒼白になるミシェルをよそに、男性はうっすらと頬を染めて語り始めた。
「良かった……。実は以前、王宮でお見かけして」
「は、はあ……」
「その、あ、あまりに、可愛いなと……!」
「……っ⁉」
「ずっと名前を聞こうと思っていたんですけど、聞く勇気が出なくて……。でもどうしても諦めきれなくて追いかけていたら、彼女がこの建物に入って行くのを見て、それで」
「き、気のせいじゃーないですかね?」
「いえ! あれから何度か見張っていましたが、彼女は間違いなく、何度もこの寮に戻って来ていました!」
「そ、そうですか……」
(まずい、どうしよう……‼)
間違いない。
この男性はマリーに一目ぼれをして、ここまで追いかけてきたのだ。
(マリーはこのことを知ってる? いや、話しかけてないって言っていたから、多分知らないよね……。このまま素直に会わせて大丈夫なのかな……)
念のため、自分たちが同席した方がいいのだろうか。
だが男性は、出会った瞬間にでもマリーに告白せんばかりの勢いだ。そんな重要な場に無関係の男がいたら、なんともいたたまれない気持ちになるだろう。
(と、とりあえず、この場は連絡先だけ聞いておいて、マリーが帰ってきたら事情を伝えて、その上で「会いたい」って感じだったら紹介する――で、い、いいのかな……)
男ばかりの黒騎士団には初めての経験で、ミシェルはうーんうーんと目を回す。するとそんなミシェルに不信感を抱いたのか、男性がむっと眉を寄せた。
「あの、そろそろ呼んできて欲しいんですが」
「え⁉ そ、それが、その、彼女は今、外出中でして」
「外出?」
「はっ、はい‼ だから、今日のところはこれで――」
だがタイミング悪く、買い物を終えたマリーとルカがちょうど戻って来てしまった。ミシェルが合図する間もなく、気づいた男性が慌てて振り返る。
「き、君は……!」
「あああっ……!」
「?」
事情を知らない二人は当然疑問符を浮かべており、ミシェルはとにかくマリーを守らなければと、半ば強引に間に割り込もうとする。
しかし男性はそれより早く、マリーたちの前に駆け寄った。
「やっぱりここにいたんだね! ずっと……ずっと気になっていたんだ!」
「あの、すみません、ちょっと待っ――」
慌てふためくミシェルの眼前で、男性はさっと手を伸ばすと――マリーではなく、その隣に立っていたルカの手を両手で掴んだ。
突然のことに、ルカは無言のまま目を大きく見張っている。
「元聖女様のところで働いてた子だよね⁉ あの、メイドの……」
「……」
「俺あの時、厨房に食材の搬入してたんだけど、君のことがどうしても忘れられなくて……。でもそうこうしているうちに、君、仕事を辞めちゃったから。もういてもたってもいられなくなって、つい、ここに……」
男性が何か大きな勘違いをしているらしい、とミシェルとマリーは即座に理解した。だが男性の熱弁は止まらず、ルカの手を握りしめたまま目を輝かせる。
「その、良かったら俺と、結婚を前提にお付き合いを――」
『土の叡智よ――』
ルカがぼそりと詠唱した途端、男性の足元に不思議な文字列が浮かび上がった。次の瞬間、大地がぐぐっとせり上がったかと思うと、男性を軽々と搬出していく。
ああーっと叫びながら姿を消した男性を見送ったあと、マリーが「あのー」と切り出した。
「ルカさん、お知り合いの方では……」
「全っ然知らない。他人。部外者」
「……ミ、ミシェルさん」
マリーから「大丈夫だったのでしょうか?」という視線をちらりと向けられ、ミシェルは思わず苦笑する。同時にほっと胸を撫で下ろした。
(良かった……。これでマリーを紹介せずに済む……)
「ミシェルさん?」
「え⁉ あ、いや、何でもない!」
目をぱちくりとさせるマリーを前に、ミシェルはぶんぶんと首を振る。
しかしすぐに『紹介せずに済んで良かった……ってなんだ?』と、自分でも名状しがたい感情に囚われるのであった。
(了)
書籍版発売お礼ssでした!
各書店様にはまた別のssペーパーがついていますので、手に取っていただけたら嬉しいです。
 





