終章 いつか君の手に栄光を
そうして冬が開け、季節はようやく春を迎えた。
年に一度王都で開かれる『感謝祭』。
そしていよいよ――去年いちばん活躍した騎士団、『王の剣』が選ばれる。
頭上に運ばれていく黒い箱を見上げながら、マリーはぎゅっと胸元で両手を握りしめる。
(お願い――!)
司会者が紐を引くと、それぞれの箱がゆっくりと口を開き始めた。
直後――まるで天からの祝福のように純白の花が降ってくる。
「――っ!」
その幻想的な光景に、真下にいたマリーは思わず頬を紅潮させた。
降りしきる白い花弁。
合間に見える美しい青空。
零れ落ちる花の香り。
そのどれもが初めてで、マリーは嬉しそうにミシェルを振り返る。
「すごいですね……! 『王の剣』ってこんな……」
目を輝かせるマリーの姿に、ミシェルもまた嬉しそうに目を細める。
だがすぐに、興奮した司会者の声が会場内に響き渡った。
『今年の「王の剣」は――「赤騎士団」だァーーッ‼ やはり日頃の任務に対する熱い姿勢と、肉体に対してのたゆまぬ研鑽が市民らの強い支持を得たようです! やはりこれからは筋肉‼ 筋肉がすべてを解決するうゥーーッ‼』
「あ、赤騎士団……?」
マリーがそろそろと名指しされた方を向くと、そこでは大量の花に埋もれた赤騎士団たちが、自慢の上腕二頭筋や広背筋を披露しながら代わる代わるポーズをとっていた。
ステージ下から聞こえてくる「ナイスバルク!」「キレてるよ!」という掛け声にあっけにとられつつ、マリーは改めて黒騎士団に投じられた花の量を比較する。
(うう……いちばん少ない……)
次点で白、青と続き、黒騎士団の足元に散らばる花は他より一際少なかった。しょんぼりとした様子でうつむくマリーに対し、ユリウスが苛立ったように口を開く。
「何を期待していたか知らんが、去年の働きを考えれば当然の結果だろう」
「で、ですが、一応魔獣とか、ドラゴンとか戦ったのに……」
「魔獣討伐は、まだ住民たちに被害が出る前の段階で蹴りをつけた。ドラゴンは……議会の方で子細を公表しないという話になっただろうが」
「それはそうなんですけど……」
冬に起きたドラゴン事件は王族や多数の貴族が関わっていたため、詳細を公表されることなく秘密裏に処理された。
もちろん報酬はきちんと支払われたのだが、黒騎士団が王都の危機を救ったということは公にされていない。
(まあ確かに、大きな仕事が来始めたのも秋以降だったし……仕方ないかあ)
がっかりと肩透かしを食らいながらも、マリーは少ない投票の花たちを拾い集める。花についてある名札を見ると、すべて女性の名前が書かれており、どうやらこれがユリウスの言っていた『ヴェルナー票』のようだ。
「ヴェルナーさん、どうぞ」
「お。ありがとね。これから早速お礼を言いに行かないと」
するとヴェルナーは花を受け取ると同時に、マリーに数輪の花を渡した。
「はい。これは俺宛てじゃないみたいだよ」
「これって……」
いくつかの花を受け取ったマリーは、しげしげと名札を確認する。
そこには拙い文字で『トーマ・スヴェンダル』と書かれており、マリーはぱちぱちと瞬いた。隣にいたミシェルもどれどれと覗き込む。
「これって、隣町の……」
「あ、これ迷い猫の子だ。これも……」
何故かマリーを騙そうとした肉屋の店主の花まであり、マリーは思わず「ふふっ」と微笑む。
いまはまだ、片手に収まるくらいの小さな花束。
だがマリーにとっては、これがいちばんの勲章に思えた。
(いつかきっと――『王の剣』に!)
こうしてはじめての『感謝祭』は、赤騎士団への熱狂で終わりを迎えたのだった。
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結果発表が終わり、マリーたちはようやく邸に戻ってきた。
すると灰色の髪を三つ編みにしたリリアが、ぱたぱたと玄関先まで出迎える。
「マリーさん! どうでした⁉」
「残念ながら、今年は赤騎士団だって」
「そんなー……」
すねたように唇を尖らせるリリアを見て、マリーはまあまあと笑った。
――魔力と、それに伴う『ギフト』も失ったリリアは、今なお争議の渦中にある神殿から、ものの見事に追い出された。
それを聞きつけたマリーは、すぐさまユリウスに相談し「世話係を一人増やしたい」というお願いを勝ち取ったのだ。
最初は「また女が増えるのか……」といたく渋っていた様子のユリウスだったが、マリーという前例があるためか、以前より強固には反対しなかった。こうしてリリアは『聖女』から「黒騎士団の世話係その2」に転職したのだった。
「来年こそは絶対いちばんになりましょうね!」
「そうね。頑張りましょう!」
するとそこに、斡旋所・一番窓口の文官がひいひいと息を切らせながら飛び込んで来た。一時期熱烈なバトルを繰り広げた相手の登場に、マリーは「どうしました?」と首を傾げる。
「わ、悪いが黒騎士団に緊急の依頼だ。二つ先の村で、魔獣が暴れているらしい!」
「ユリウスさん、これは――」
マリーはすぐに振り返り、指示を仰ぐ。
呼ばれたユリウスはいつものようにはあと嘆息を漏らすと、団員たちに号令をかけた。
「総員、装備を確認して出立準備! ……明日の夜には戻る。それまでここを頼んだぞ」
「はい!」
そうしてルカやヴェルナー、他の団員たちが次々と厩に向かう中、最後に玄関を出たミシェルがくるっとマリーの方を振り返った。きらきらと眩いばかりの笑顔を見せながら、嬉しそうに大きく手を振る。
「じゃあマリー、行ってくるね!」
「――行ってらっしゃい、ミシェル!」
マリーもまたにこっと微笑むと、幸せそうに手を振り返すのだった。
かつて伝説の『黒騎士』が所属していたという古豪、黒騎士団。
だが彼を失い、『王の剣』にも選ばれないという不遇の時代を長く過ごしていた。
そこに、一人の少女が手を差しのべる。
少女は疲れ果てた黒騎士団を癒し、励まし、『応援』し、その結果――『第二の黒騎士』と呼ばれる英雄が誕生する。
こうして黒騎士団は少しずつ、少しずつかつての栄光を取り戻していき――いつか溢れんばかりの真っ白な花を、彼女の両手いっぱいに捧げるのだ。
これは落ちこぼれと言われた黒騎士団が、もう一度『最強』になるまでの物語。
(了)
短い間でしたが、お付き合いくださりありがとうございました!
日々のちょっとした癒しになっていたら嬉しいです。
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