第六章 1
『――リー、マリー、目覚めなさい』
「……?」
相良麻里が目覚めると、そこは虹色の空の上だった。
見覚えのあるその光景に、相変わらず輝くような美しさの女神様が降臨する。
『マリー。ようやく気がついたのですね』
「女神様……ってことは、私また……」
せっかくもらった新しい人生を、まさか一年も経たずして終えてしまうとは。
だが不思議なことに、マリーの中に一切後悔はなかった。
(だって、みんなを助けられたんだもの……)
どこか誇らしい気持ちのまま、マリーは胸元で拳を握る。
一方女神はそんなマリーをしばし観察したあと、何かに気づいたようにはっと目を見開いた。
『あの、もしかしてまた亡くなったと思ってます?』
「え、違うんですか?」
『とんでもない! 体内にあった魔力を使い果たして気絶しちゃっただけですよ!』
どうやらまだ三途の川を渡る前らしい、とマリーはぱちぱちと瞬く。
女神は真っ白ですべすべの頬をぷくっと膨らませたまま、可愛らしく怒った。
『でも、いくら何でも無茶しすぎです』
「す、すみません……」
『おまけにあんなボロボロの状態で、あんな大規模な「ギフト」を使うなんて』
「ギフト?」
そういえば、初めてこの場所に来た時も同じようなことを言われた。
ただあの時はあまりにも眠くて、頼むから寝かせてくれとお願いした気がする。
「私、結局『ギフト』は貰わなかったような」
『あら、覚えていたのね。来世の「ギフト」選びなんて、誰しもがいちばんわくわくする場面でしょうのに。あなたの直前にお話しした子なんて「誰からも愛される美少女になりたい!」とこと細かな要望をたくさん挙げ連ねていたくらいよ』
「あの時はその、本当に眠気に抗えなくて……」
『ふふ、そうね。それだけ前の世界で頑張っていたんだわ。だからあなたには特別に、私の方で「ギフト」を選んであげたの』
すると女神はそっとマリーの手を取った。
『あなたに授けたギフト。それは誰かを「応援」する力です』
「応援……?」
『あなたは前の世界でもたくさんの人を応援してきた。あなた自身は舞台に上がることも、スポットライトを浴びることもなかったけれど……。そこに立つ人々のことを誰よりも理解しようとし、奮い立たせ、その輝きを絶やさないよう一生懸命努力し続けた』
見てみて、と女神は片手をさっと動かす。
そこに現れた画面には、マリーが所属していた事務所と担当していたアイドル――地元に帰ったはずの元アイドルの子たちも映っていた。
皆黒い服を着て涙を浮かべており――その光景が意味するところを知ったマリーは、驚きのまま女神を見つめる。
「これ、は……」
『前の世界であなたが亡くなったあと、こんなに多くの人が泣いていたわ。何を今さらと思うかもしれないけれど、あなたの声に励まされていた人は確かにいたの。だからこの世界でも――あなたに与えるなら、絶対にこの「ギフト」がいいと思ったのよ』
惨めだった、かつての自分を思い出す。
けして表に出ることはない。
裏方の、誰にも気づいてもらえないような仕事ばかり。
それが今になってようやく――「意味があった」と言ってもらえた気がして、マリーは知らず涙が込み上げた。
(あの子たち……わざわざ駆けつけてくれたのかな……)
零れる喜びを必死に拭うマリーを見て、女神は慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
『そろそろ時間ね。あなたの新しい仲間たちが、心配そうに待ってるわ』
「あ、あの。……ありがとうございました……」
『ふふ。でも今回のような派手な「ギフト」の使い方はお勧めしないわ。大量に魔力を使うものだから、あんまりやりすぎると使えなくなっちゃうわよ』
「そ、そうなんですか⁉」
『今回ははじめてだから、私もちょーっと手を貸してあげたけど……。そうね、あの規模で出来るのはあと二回が限度かしら』
「に、二回……」
『ええ。ほら、仏の顔も三度までって言うでしょう?』
「は、はあ……」
すると突然、身体と心が強く引っ張られるような感覚に陥った。
驚いて女神を見るが、ばいばーいと優雅に手を振っている。それを見たマリーは襲ってくる喪失感とも虚脱感とも言えぬ不思議な体感の中、一つの新事実について愕然としていた。
(……仏⁉ あの人女神じゃなかったの⁉)
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再び目を覚ましたマリーは、横たわった体勢のまま何度がぱちぱちと瞬いた。
すると両脇にいたミシェルとルカが、すぐさまこちらを覗き込む。
「マリー! 目が覚めた⁉」
「大丈夫? 吐き気とかない? 魔力酔いは?」
「あ、ええと……大丈夫、そうです……」
どうやら今度こそ現実に戻ってきたらしいと、マリーはゆっくりと上体を起こす。手や足に多少包帯が巻かれていたものの大きな怪我はなく、そのまま確かめるように周囲を見回した。
すると病室の壁に寄りかかっていたユリウスがはあと嘆息を漏らす。
「ようやくか。貴様、丸三日寝ていたぞ」
「三日もですか⁉」
「どうやら限界まで魔力を使い果たしていたらしい。何も考えずにあんな馬鹿みたいな高位な魔術をばかすか展開するからだ! この馬鹿が!」
「す、すみません……!」
馬鹿って三回も言われた……とあからさまに落ち込むマリーの姿に、窓際で外を眺めていたヴェルナーが「まあまあ」とユリウスを宥めた。
「そんな怒るなって。マリーちゃんのあの働きがなかったら、オレたちあの場で全滅してたわけだしさ。そこはちゃんと感謝すべきなんじゃないの、リーダー?」
「ヴェ、ヴェルナーさん……」
「まあ確かに、ぶっ倒れるまで頑張られるのはオレも心配だけどね」
ばちんとウインクが飛んできて、マリーはユリウスに怒られた時より恥ずかしくなる。そんなやりとりを目の当たりにしたユリウスは、すぐに「むっ」と唇を引き結んだ。
「お、俺は別にこいつの行動をすべて批判しているわけではない! 無論、助けられたことには当然……感謝している」
「ユリウスさん……」
「ただし! 今回のことで分かったように大規模魔術は命の危険を伴う。よって今後は俺の許可なく使用しないように。いいな!」
「は、はいっ!」
以前より心なしかユリウスの口調が柔らかくなった気がして、マリーはつい顔をほころばせる。それを見たミシェルが嬉しそうに微笑んだ。
「でもマリーが無事で本当に良かったよ。あの爆発の時とか、もうほんとダメだと思ったし」
「その節は本当にありがとうございました……。でも結局あれって、どうして突然爆発したんでしょう?」
マリーの疑問を耳にしたユリウスが「あれか」と腕を組む。
「あれはドラゴンの焔による『魔力喰い』が原因だ」
「魔力喰い?」
「奴らの青い焔は『魔力を食べ尽くす』――要は魔術を無効化し、魔力そのものを奪うと言われている。仮に魔術師たちがあの焔を浴びてしまうと、体内にある魔力が根こそぎ消滅し、その後一切魔術を使用出来なくなることもある」
「そ、そんなに恐ろしい効果が⁉」
「そうだ。そして警備計画書によると、あの会場の観客席には寒さを和らげるため、事前に『火』と『風』の固定魔術が施されていた。通常それらの魔術が混合することはないが――ドラゴンの焔でその境目が決壊し、暴発に至ったのだろう」
「なるほど……」
爆発の恐怖が改めて甦ってきて、マリーはぶるっと両腕を抱える。
しかしすぐにユリウスの言葉に問い返した。
「あの、今『魔術師が焔を浴びると、魔術が使えなくなる』と言っていたような……」
「そうだが?」
「ル、ルカさん、あの場にいて大丈夫だったんですか⁉ もし焔を浴びていたら――」
あわあわと心配するマリーに対し、当のルカはけろっとした様子で目を細める。
「浴びなかったから大丈夫だよ。それに、あのままだとマリーが危なかったしね」
「運が良かっただけだ! まったく……。その危険もあるから、今回の作戦では最初からお前を外していたというのに……。大体ここ数日、いったいどこをふらついていた!」
ユリウスからの追及に、ルカは「しまった」と目をそらす。
「大したことじゃないよ。これを取りに行ってただけ」
「これは……?」
そう言ってルカが取り出したのは、以前マリーも握ったことのあるサージュだった。ただし内側は真っ白に濁っており、ルカはニ本の指でそれを持って傾ける。
「あとは先輩の結果待ちかな」
「……?」
するとそこにコンコンと控えめなノックの音が響いた。
はーいとミシェルが返事をすると、バツが悪そうな表情でクロードが姿を見せる。
 





