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第五章 5



 そこにいたのはモデル顔負けの美しい容姿の子ではなく、ごく普通の顔をした大人しそうな女の子だった。華やかだったピンクの髪もすっかり灰色になっており、傍で見ていたクロードもまた理解が追い付いていないようだ。


「クロードさん、これはどういう……」

「わたしにも分かりません。……ですがとりあえず、今はここから脱出しましょう」


 するとその会話を聞いていたかのように、ドラゴンがばさりっと強く羽ばたいた。

 色々ありすぎて訳が分からないマリーだったが、クロードの指示に従い、そろそろと壇上から下りようとする。

 しかしリリアを抱いたクロードが立ち上がろうとした瞬間、まるで狙いを定めるかのようにドラゴンが首をもたげた。

 それに気づいたマリーは思わず振り返る。


「クロードさん、危な――」


 だがそこに、突然ぼんっと何かが弾けるような音がしたかと思うと、マリーたちの眼前を小さな火球が通過した。

 降下しようとしていたドラゴンは躱そうとしてバランスを崩し、再びばさっばさっと上空へと戻っていく。

 直後、マリーの元に聞き慣れた声が飛び込んできた。


「マリー! 無事だったんだね!」

「ミシェル……‼」


 ミシェルはマリーの傍に駆け寄ると、力いっぱい抱きしめた。

 マリーも溢れ出した安堵と嬉しさのまま抱擁を返すが、すぐに今の状況を思い出す。


「大変なの、牢が壊れて外に出たら、空にあんなのがいてリリアが大変なことに」

「分かった。分かったから落ち着いてマリー。すぐにここから離れるんだ」

「う、うん!」


 やがてミシェルに続いて他の黒騎士団員たちも現れ、マリーの姿を見つけるとおーいおーいと嬉しそうに手を上げる。

 ミシェルは会場内に取り残された人がいないかをひとしきり確認したあと、クロードたちを先導しようとした。

 しかし体勢を立て直したドラゴンが再び彼らの頭上へと舞い戻り、長い首をぐぐっと後方に歪曲させている。それを見たマリーはぎょっと目を見開いた。


(まさか、火を噴こうとしてる⁉)


 それに気づいた途端、遠くからユリウスの鋭い怒号が聞こえてくる。


「観客席に焔を噴かせるな‼ 大惨事になる――」

(ど、どういう――)


 咄嗟にミシェルが火球を放つが、同じ手は通用しないとばかりにドラゴンは動じない。そのうち無数の牙が生えた口から、轟々と燃え盛る青い焔が込み上げてきて――クロードたちがいるすぐそばの観客席めがけて、ドラゴンは一息に滾る奔流を浴びせかけた。


(焔が――)


 マリーが息を吞むのと同時に、ミシェルがこちらに飛び込んでくる。


「――マリー‼」

「……!」



 刹那、世界が真っ白になった。

 何の音もせず、熱さも寒さも何も感じない。

 完全なる無の空間。


 だがマリーがぱちりと瞬きした途端、轟音と灼熱と激痛がその場所にいるすべてに一気に牙を剥く。

 全身をぼろぼろに打ち砕かれそうな途方もない衝撃の荒波に呑まれながら、マリーはただ必死に歯を食いしばることしか出来なかった。


(――っ……‼)


 どのくらい経っただろうか。

 やがてぱら、と小石が落ちるような音がして、マリーはゆっくりと目を開けた。


 鼻先に黒騎士団の制服があり、恐る恐る顔を上げる。

 そこには覆いかぶさって爆風から守ってくれたミシェルの身体があり、マリーは慌てて彼の下から這い出した。

 周囲に広がっていた光景に思わず絶句する。


(なにこれ……何があったの……)


 先ほどまではかろうじて外壁や座席などが目視出来ていた。

 しかし今はまるで巨大な鉄球が空高くから落とされたような、瓦礫と煙だけの焦土と化している。

 マリーは慌ててミシェルの容態を確認したが、飛んできた石片による打撲や熱風による火傷が全身に広がっており、呼吸は浅く早くを繰り返していた。


「ミシェルさん! ミシェルさん‼」

「……マリー、よかった、無事だったんだね……」

「すみません、守ってもらって……すぐに助けますから」

「いいからここを離れて……まだ空にいるんでしょ」


 その言葉にマリーはすぐさま上を見た。

 これだけの被害を出したにも関わらず、ドラゴンは我関せずとばかりになおも優雅に飛び回っている。


「またこっちに来たら危険だ……早く避難して、他の騎士団に救援を……」

「で、でも……」

「おれなら大丈夫だから、ほら、早く」


 その言葉を聞いたマリーは、そっとその場から立ち上がろうとした。満身創痍のミシェルはそのままゆっくり視線を上げると、マリーを見つめて嬉しそうに目を細める。


「マリー……ありがと」

「……」

「君が来てくれてから、おれ、ずっと楽しかったよ……」


 弱々しく微笑むミシェルを前に、マリーは唇を引き結んだ。


(だめ……)


 彼と過ごした日々のことが、まるで昨日のことのように鮮明に甦る。

 この世界に来て、初めて出会った日のこと。二人で迷い猫のチラシを配ったこと。買い物に行ったこと。斡旋所の仕事がなくて肩を落として帰ったこと。ジローの世話で泥だらけになったこと。美味しいごはんを食べたこと。

 一緒に黒騎士団を、この国いちばんの騎士団にしようと誓った日のこと。


(置いてなんて、いけないよ……)


 大粒の涙をぼろぼろと零すと、マリーはどさり、とその場に座り込んだ。

 微かなうめき声がして恐る恐る振り返ると、先ほどの爆発によって同じく行動不能に陥ったユリウスやヴェルナーたちの姿が、瓦礫の下や狭間のあちこちに見える。


(みんな……)


 マリーは唇を噛みしめると、弛緩したミシェルの手を強く握りしめた。

 とめどなく溢れてくる涙を何度も拭うと、必死に祈りを捧げる。


(助けなきゃ、なんとかして、私が――)


 先ほどリリアにしたことを再現しようと、マリーは「お願いだから、どうか助けて」と強く己の中に訴えかけた。

 だが――どれだけ念じてもあの白い光は現れず、ミシェルの生気だけがどんどん失われていく。


(どうして、さっきみたいに出来ないの……? このままじゃ――)


 そんなマリーをあざ笑うかのように、ドラゴンが砂埃を巻き上がらせながら地表へと降り立った。

 見上げるほどの巨体はマリーの知る常識から遥かにかけ離れており――あまりに圧倒的なその存在感とそこから与えられる本能的な恐怖に、ついに逃げる気力すら奪われてしまう。


(どうしよう、足が、うごかない……)


 ドラゴンは茫然とするマリーに向かって、どしん、どしんと地響きをあげながら近づいたかと思うと、その頭上に大きく爪を振り上げた。

 反射的に目を瞑ったところで――突然ルカの声が飛び込んでくる。


「マリー、しっかりして‼」

「――ルカ、さん?」


 マリーの頭上に分厚い土の壁が出現し、鋭いドラゴンの爪を阻害する。

 すぐさま駆けつけたルカは倒れたミシェルを背中に担ぐと、すぐにマリーの手首を握って引き立たせた。


「悪いけど、これそんなに持たないから」

「は、はい!」


 三人が慌てて逃げ出したタイミングで、苛立ったドラゴンが尻尾によるニ撃目を繰り出す。ルカの宣言通り土の盾はあっという間に粉砕され、三人は間一髪その場から離れた。

 新しい土の防御壁を作り出したあと、ルカがこちらを振り返る。


「マリー、大丈夫?」

「は、はい……。でもミシェルさんが……それに、みんなも……」


 ルカはしゃがみ込み、横たえたミシェルの容態を確かめた。

 一目見ただけでも分かる傷の深さに、さすがの彼も顔を強張らせる。


「ミシェルは僕が見ておく。だから君だけでも――」

「だ、だめです、このままでは……」

「マリー、お願いだから」

「でも私、どうしても、どうしても……助けたいんです……」


 その瞬間――マリーを取り巻く空気に、きらきらとした白い光が混じったのをルカは見逃さなかった。同時に、かつて自身の傷を癒してくれた不思議な力のことを思い出す。


「……」


 ドラゴンとの距離にまだいくばくか余裕があることを確認すると、ルカはマリーの手を取り、ミシェルの胸元に押しつけた。


「――チャンスは一度だけ。出来なかったらすぐに逃げること」

「は、はい!」

「君には『白』の魔力と、おそらく『回復』の能力がある。それをうまく引き出すんだ」



 

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