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第五章 4



 同時刻。

 突然会場内から溢れ出てきた観客たちを前に、黒騎士団たちは騒然としていた。


「リ、リーダー! 入れるなとは言われたが、出て行くのはいいのか⁉」

「いいから怪我人が出ないよう、とっとと避難経路に誘導しろ!」

「つーか会場内でものすごい音がしてるんだが、大丈夫なのか⁉」

「知らん! 今はここの安全確保が先だ!」

「で、でも、か、壁が……それに塔も……。――あっ‼」


 何かに驚く団員の声に、ユリウスは苛立ちのまま上空を仰ぐ。

 その目に飛び込んできたのは、上空で骨ばった両翼をばさりばさりと羽ばたかせる、獰猛なドラゴンの姿だった。

 ドラゴンはその硬い身体を外壁に何度も打ち付けており、それによって飛び散った瓦礫が周辺の建物を破壊していく光景にユリウスは戦慄する。

 やがて白騎士団の面々が、観客らに混じって会場外に逃げてきた。


「お前たち、中の警備はどうした!」

「ドラゴンが檻から逃げた! 儀式は失敗だ!」

「お前たちも早く逃げろ、ここにいたら無事じゃすまないぞ!」


 その会話を聞いていた黒騎士団たちも、蒼白になってユリウスの判断を待つ。


「リーダー、ど、どうしましょう⁉」

「相手がドラゴンじゃ……きっと放っていたら空に逃げますって」

「しかし……」


 するとミシェルが突然会場の方に向かって走り始めた。

 慌ててユリウスが制止する。


「ミシェル! どこに行く気だ!」

「まだ中に人が残ってるかもしれない! それに崩れた塔が神殿の方に倒れて……!」

「神殿……」


 その言葉が意味することにユリウスはすぐに気づいた。だが団員たちの命を守るべきだという理性が干渉し、普段のような素早い判断が出来ない。

 するとひょっこり現れたヴェルナーが、悩めるユリウスの肩をがしっと組んだ。


「おーおー、熱いねえ青少年は」

「ヴェルナー! 貴様、何をのんきなことを」

「それよりいいの? 他にも行っちゃった奴いるけど」

「何⁉」


 慌てて顔を上げると、同じく事情を察した団員たちが次々とミシェルのあとを追っていく。その行動に目にしたユリウスは「はあーっ」と今までで最大級の嘆息を漏らすと、残っている団員たちに呼びかけた。


「ここにいる者は避難者の誘導。同時に外部からの接近を禁止してくれ」

「わ、分かりました!」

「会場内に逃げ遅れた奴がいないか探してくる。あと赤、青の騎士団に協力を要請してこい」


 りょーかい、と敬礼しつつ朗らかに返事をしたヴェルナーの首根っこを、今度はユリウスががしっと捕まえる。


「お前はこっち側だ」

「えっ⁉ 何で⁉」

「その弓で、ドラゴンの注意をそらせ」

「そんなー⁉」


 有無を言わさぬ力強さで、ヴェルナーはずるずると会場へと運ばれていった。






 とてつもない轟音に、マリーは思わず両耳を塞いだ。

 急いで外の様子を探ろうとするが、壁にある小窓の位置が高すぎて何も見えない。


(いったい、何が起きているの……?)


 すると先ほどより大きな爆音とともに、マリーの閉じ込められていた牢獄が激しく振動した。あまりの勢いに牢番たちは一目散に退避し、放置されたマリーは思わず鉄格子を掴む。


「あの! 逃げるなら私も出してもらえませんかね⁉」


 だがあっという間に人っ子一人いなくなり、遠くでどおん、どおんと響く地鳴りにマリーはいよいよ自身の終わりを覚悟した。


(まさか二回目は獄中だなんて……)


 途端に、黒騎士団で過ごした日々のことを思い出す。

 こちらに来たばかりで何も分からなかったマリーに優しく接してくれた団員たち。世話役でいることを許してくれたユリウス。騙されそうなところを助けてくれたヴェルナー。身を挺して守ってくれたルカ。そして――


(最期に、ミシェルにありがとうって言いたかったな……)


 彼のおかげで、自分は前世で諦めた夢にもう一度挑戦しようと思えた。

 本当は、黒騎士団が『王の剣』に選ばれるまで一緒にいたかったが――この状況から、助け出されることはないだろう。

 やがて一際大きな何かの鳴き声のあと、どんっという砲弾のような音が牢獄の壁を揺らした。その後も謎の攻撃は何度も繰り返され、マリーは牢の壁際で必死になって身を守る。

 体は恐怖でがたがたと震えており、たまらずぎゅっと目を瞑った。


(怖い――)


 直後、今まででいちばん大きな衝撃とともに、石造りの塔が倒壊してきた。

 それはいとも簡単にマリーを捕らえていた鉄格子を潰し、もうもうと砂埃を巻き上がらせながら巨木のようにずうんとその場に横たわる。

 壁際にいたマリーは恐る恐る立ち上がると、そろそろとそちらに接近した。


「も、もしかして、牢屋壊れた?」


 ぽっかりと開いた天井からは綺麗な青空が広がっており、マリーはすぐさま牢屋からの脱出を試みた。

 勝手に逃げ出していいのだろうかという不安はあったが、ここにいてはそもそも命が危ないという危機感が勝利し、とにかく急いでその場を離れようとする。

 なんとか外には出られたものの――足元にはおびただしい量の瓦礫が積み重なっており、マリーはいったい何が起きているのだと辺りを見回した。


(戦争でも始まった? まさかそんなはず――)


 転ばないよう慎重に足を進める。

 するとぼろぼろになった外壁の奥に崩れた祭壇――そしてその上空を悠然と飛び回る巨大な動物を目撃した。その姿にマリーは目を見張る。


(もしかしてあれ……ドラゴン、ってやつ……?)


 恐竜のような顔と身体つき。その背中には立派な一対の羽が生えており、ばさっばさっという羽ばたきの音もはっきりと聞こえてくる。

 何より陸上生物としては異常なほどの大きさに、マリーは一瞬現実として認識出来なくなっていた。

 だがそろそろと視線を下ろした先で、さらなる驚きに遭遇する。


「ク、クロードさん、大丈夫ですか⁉」

「あなたは……。良かった、無事だったんですね」


 マリーは半壊した壇上に駆け上る。

 そこでは傷だらけになったクロードが誰かを抱きかかえていた。その正体を見たマリーは、震える声で彼に確認する。


「あの、この人は……」

「……聖女様です。ドラゴンの炎に全身を焼かれて……なんとか火は消し止めたんですが」


 クロードの腕の中には、ひどい火傷と煤に覆われたリリアの身体があった。かろうじて息はあるようだが、このままでは遅かれ早かれ手遅れとなるだろう。


(どうしよう……救急車――なんてこの世界にないし、病院? でもこの世界の医療レベルでどこまで治療出来るのかしら。火傷は応急処置が重要だって聞いたことはあるけど、ドラゴンの火でも同じ対処をしていいもの? いったいどうすれば――)


 堂々巡りする思考と緊張で鼓動がどくどくと速まり、マリーの呼吸が知らず浅くなる。だが何もしないわけにはいかないと、マリーはそっとリリアの手を取った。

 すると――仕事の合間にせっせと学んだ魔術のあれそれがぶわっと脳裏に蘇る。


(そうだ、確か火の要素の項目に……魔術の火は特殊だから、ただの水ではなく魔術で生み出された水で火傷を冷やすのがいいと……。ドラゴンの焔が魔術によるかは分からないけど、何もしないよりかはきっと――)


 マリーはすぐにクロードに尋ねる。


「クロードさん、水の魔術は使えますか?」

「……いえ、わたしは風です。水は出せません」

「白騎士団の中には?」

「おるにはおりますが……。この騒動で、残っている者はわたしだけです」

「……っ」


 彼の言葉通り、観客席らしき区画には誰一人として人の気配がなかった。一方上空では、圧倒的な覇者がまるでマリーたちを監視するかのように旋回する――その絶望的な光景を前に、マリーはぎゅっと下唇を噛みしめた。


(しっかりしなさい相良麻里! とにかくここから逃げて、魔術師団に行って――構築すべき術式は単なる冷水じゃないと伝えて――)


 これまでに教えを乞うた何冊もの参考書の知識が、マリーの頭と全身を駆け巡る。

 すると突然、ふわりとお腹の奥が浮き上がるような感触がして、マリーはわずかに目をしばたたかせた。同時にマリーの手のひらから白い光の粒が淡く浮き上がる。


(なに、これ……)


 同じく驚きに目を見張るクロードの前で、光の粒子が瀕死のリリアの全身を包み込んだ。そのまま息をするかのように儚い明滅を繰り返していたかと思うと、その瞬きに合わせて彼女の手足に広がっていた火傷がみるみる薄くなっていく。


「……?」

「マリー、あなたのその力は……」


 やがて役目を終えたのか、光はあっという間に掻き消えた。

 先ほどまでいつ止まるかと不安だったリリアの呼吸は普通に戻っており、マリーはほっと胸を撫で下ろす。だが改めて彼女の顔を確認したところで、マリーは思わず首を傾げた。


(この子……本当にリリア?)



 

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