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第四章 7



 しとしとと雨が降り続く中。

 ハクバクの森についたマリーは、ここまで運んでくれた親切な荷馬車の主に頭を下げた。


「ありがとうございました!」

「本当に大丈夫かい? ここ、魔獣が発生していて結構危ないって話だけど」

「はい。ですからあの、出来るだけ早めにここから離れてください」

「う、うん?」


 疑問符を浮かべつつ、荷馬車はがらがらと離れていく。

 その姿を確かめたあと、マリーは鬱蒼とした森の茂みに恐る恐る分け入った。


(とりあえず団員の誰かを見つけて、そこからユリウスさんに事情を伝えてもらおう)


 雨による狂暴化の度合いがどれほどかは分からないが、万一取り返しがつかなくなってからでは遅い。マリーは顔や腕に枝葉による細かい傷をつけながらも、森の奥目指して足を進めた。

 やがて脇からがさがさっと草を踏む音がして、マリーは嬉しそうに振り返る。


(良かった、誰か――)


 だがそこにいたのは人ではなく、小さなうさぎ。

 おまけに何故かぐったりとしており、マリーはじいっと目を凝らした。

 するとその首元にうさぎの倍はあろうかという真っ黒な蝙蝠型魔獣が噛みついており――マリーは溢れかけた悲鳴を、咄嗟に両手で押さえ込んだ。


(大きな声を出しちゃダメ……気づかれちゃう……!)


 それ以上近づかれないよう、慎重に後退する。

 だが足元にあった木片をぱきりと割り折ってしまい、気づいた魔獣がさっと頭を上げた。さすがに怖くなったマリーはある程度の距離を確保した後、ようやくダッシュで逃げ出す。


「だ、誰か、誰かいませんかーっ⁉」


 団員たちの耳に入ってくれればと、マリーは必死になって叫ぶ。

 するとがさっと頭上から物音がし、その直後、マリーを追って来ていた魔獣に一本の矢が突き刺さった。見事な仕留め方にマリーが驚いていると、数歩先の木からヴェルナーがすとんと下りてくる。


「マリーちゃん? どうしてここに」

「ヴェ、ヴェルナーさんー!」


 マリーは涙目のまま、すぐに手紙の内容を説明した。

 それを聞いたヴェルナーは「なるほど」と顎に手を添えたあと、弓を肩に掛け、森の奥に向かって一歩を踏み出す。


「確かに、今日ちょっと魔獣たちの様子がおかしい気がしてたんだよ。ユリウスたちはこの奥の拠点にいる。ここで分かれるのも危険だから、オレの後ろを離れないようついて来て」

「は、はい!」


 魔獣を射落としながら進むヴェルナーのあとを、マリーは慎重に追いかけた。やがて大勢の人が立ち入った獣道のような痕跡が現れ、その先にわずかに開けた場所が見えてくる。

 だがいよいよ到着という時になって頭上に巨大な魔獣が五匹も出現し、ヴェルナーがすぐさま矢を番えた。


「マリーちゃん、あっちまで走れる?」

「い、いけます!」

「よし!」


 注意を向けるべく、ヴェルナーが一匹の足を撃ち抜く。

 魔獣たちが一斉にヴェルナーに意識を向けた隙をついて、マリーは無我夢中で森の中を走り抜けた。ようやく木々の間隔が空いた場所に出た――とユリウスたちの姿を探す。

 しかし目の前で起こっている光景に、マリーは思わず目を見張った。


「なに、これ……」


 空一面を黒く塗り潰すような黒の霧。

 よく見るとそれは、渦を巻いて旋回する魔獣たちの大群で――その圧倒的な量にマリーはつい言葉を失ってしまう。

 すると地上付近の魔獣相手に戦っていたユリウスがその訪問に気づき、慌ててこちらに駆けつけた。


「女! 何故お前がここに来た」

「ユ、ユリウスさん、実は――」


 目的を思い出したマリーは、すぐさま魔獣の特性について説明する。

 それを聞いたユリウスは短く舌打ちすると、他の団員たちに大声で指示を出した。


「一旦作戦中止だ! 全員すぐに避難を――」


 だがそれよりも早く、一匹の魔獣がマリーたちのいる方めがけて滑空してきた。

 ユリウスは持っていた長剣で難なく叩き落すと、背後にいたマリーに叫ぶ。


「その先に野営用のテントがある。獣除けの魔術を施してあるから、そこに入ってろ!」

「わ、分かりました!」


 言われるまま、マリーは一目散にテントを目指す。

 だが先ほどまで上空を蠢いていた魔獣たちが、何故か次々と降下してきて――一斉にマリーめがけて突っ込んでくるではないか。


(な、なんでー⁉)


 異変に気付いた団員たちは、慌ててそれらを迎撃する。

 しかしあまりに数が多いことと、普段より狂暴化しているためか、なかなか倒しきることが出来ない。

 すると団員たちの手から逃れたひと際大きな個体がマリーに襲いかかった。


(――っ!)


 思わずぎゅっと目を瞑る。

 しかし覚悟していた痛みはなく、マリーは恐る恐る目を開けた。

 そこにはフード姿の少年――邸にいるはずのルカが立っていた。

 はあ、はあと荒々しく肩を上下させ、手には騎士団の短剣が握られている。その足元では先ほどの魔獣が血を流しながらギッギッと呻いていた。


「ル、ルカさん⁉ どうしてここに……」

「いいから、早く逃げて!」

「は、はい!」


 その必死な言葉に、マリーはすぐさまテントの方に向き直った。

 だがそこに再び二匹目、三匹目の魔獣が続けざまに飛来する。ルカは短く舌打ちするとマリーを庇うように立ち、懸命に短剣だけで応戦した。

 しかし即座に反撃に遭ってしまい、ルカの手の甲に深い切り傷が走る。


「――っ!」


 ルカが思わず短剣を取り落とすと、丸腰になった彼に向かって魔獣たちが襲いかかった。地面に転がった短剣を一瞥したものの、ルカは反射的に両手のひらを魔獣に向けて突き出す。


『土の叡智よ、その力を我に貸し与えよ――』


 ぼわっとルカの指先が光り、魔獣たちがわずかにたじろぐ。

 だが光はすぐに霧散し、魔獣たちは再びけたたましく鳴きながら二人に牙を剥いた。


「っ、やっぱり、だめか……」

「ルカさん!」


 そこに突然、小さな火の玉が投げ込まれる。

 魔獣たちは怯み、マリーたちからわずかに距離を取った。

 慌てて顔を上げると、手を広げ片腕を真っ直ぐに突き出したミシェルが「早く!」とテントの方を目で示す。マリーは呆然としているルカの手を取ると、彼を連れて即座にその場を離れた。

 そうして何とかテントに逃げ込んだのは良いものの――狂暴化しているせいか、魔獣たちは獣除けをものともせず、二人のいるテントを果敢に攻撃してきた。

 なんとかして助け出そうと団員たちも奮闘するが、あぶれた周りの魔獣を追い払うだけで手いっぱいだ。


「ユリウス! なんであの二人だけあんなに狙われるの⁉」

「俺が知るか! 魔獣に聞け!」


 一方マリーはすぐさまテントの出入り口を封鎖する。

 これでしばらくは耐えられるだろうが……布地の向こうには、魔獣のシルエットが恐ろしいほど幾重にも重なりあっていた。


「はあ……はあ……。どうして……こんなにたくさん……」

「あいつらは弱い奴を狙ってくる。君とか、……僕みたいな」

「ルカさん……」


 震える手のひらをぎゅっと握りしめると、ルカはフードの奥からぽろぽろと涙を零し始めた。


「ごめん、やっぱり僕、使えなかった……」

「……」

「もうだめなんだ。昔は何も考えなくても、自在に魔力を動かせたのに。どうすれば魔術が構築できるか、目を閉じていても分かったのに。今の僕は、本当に、何の役にも立たない……」


 ぐす、と洟を啜る音が落ち、マリーはぎゅっと下唇を噛みしめる。


「そんなことありません。さっき、私を守ってくれたじゃないですか」

「でも結局こうして逃げ隠れることしか出来ない。魔術がない僕に価値なんてないよ……」


 絞り出すようなルカの言葉を受け、マリーは思わず両手を伸ばした。彼の手には先ほどの攻撃で受けた切り傷が色濃く残っており、マリーは注意しながらそっと指先に触れる。


「そんなこと、絶対にありません。魔術が使えようと、使えまいと……ルカさんは私たちの――黒騎士団の仲間です」


 その瞬間、繋がれた手の先に淡い光が宿った。

 ルカは驚きに目を瞬かせるが、当のマリーは気づいていないようだ。


「たしかに今はまだ、魔術が使えないかもしれません。いつ元通りになるかも分かりません。でも……魔術がなくても、出来ることはあるはずです」

「魔術が、なくても?」

「はい。戦う方法は他にいくらだってあります。剣だって、拳だって、知識だって。生きていくためなら、どんな武器を使ったっていいんですよ!」


 芸能界にもいろんな武器があった。

 歌が好きでデビューしたけどいっこうに振るわず、ドラマに出て一気に開花したアーティスト。ただ可愛い言動を売りにしていたけど、読書家なことをアピールしたら界隈から引っ張りだこになったアイドルも。

 自分の『好き』を貫き通すのはもちろん大切だが、それがだめだったからといってすべてがナシになるわけではない。

 にこっと笑うマリーを前に、ルカは虚を突かれたように閉口していた。

 だがやがて静かに視線を落とすと、小さく「うん」と応じる。

 それを見たマリーは最後にもう一度ぎゅっと彼の手を握ると、改めてテントの出入り口を振り返った。



 

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