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第三章 2



 翌日。

 団員たちはミシェルの声かけで食堂へと集められた。

 いちばん入り口に近い席に座っていたユリウスが、苛々とした様子で口を開く。


「……女。俺たちを呼びつけるということは、よほど有意義な話が聞けるんだろうな?」

「も、もちろんです!」


 はいかイエスしか許されなかった事務所での地獄のミーティングを思い出し、マリーは思わず背筋を伸ばす。倉庫から見つけ出してきた黒板を引き出すと、かっかっと白墨で書き込んだ。


「きょ、今日は……研修会を開きたいと思います」

「研修会?」


 初めて聞く単語に、団員たちは揃って首を傾げる。

 マリーは緊張した面持ちのまま、彼らに向かって語りかけた。


「皆さんもご存じの通り、今の黒騎士団は他の騎士団に比べ、明らかに仕事がない状態です」

「それはあれだろ、俺たちに人気がないからで」

「人気がないのにも、ちゃんと理由があると思うんです」


 そう言うとマリーは「服装」「生活態度」「仕事への向き合い方」「現場での対応」などを次々と箇条書きしていく。


「昨日ミシェルさんと一緒に、王都の皆さんに黒騎士団についての評価を聞いてきました。それによると皆さんの普段の行動や、任務の後始末などに大きな問題があると分かったんです」

「問題って言われても、どうすりゃいいのか……」

「まずは服装からです。せっかく制服があるんですから、まずはそれをきちんと着こなすことを考えましょう。そんな風にシャツを出したり、裾を引きずるように穿いたりはよくありません」


 マリーに指摘された騎士たちが慌てて衣服を正す。


「それから普段の生活。皆さん仕事が終わってから、よく王都の酒場に行っているようですが……そこで泥酔している姿や、他のお客さんに絡んでいる姿などがたびたび目撃されているようです。いくらプライベートの時間とはいえ、そう言ったところも市民の方はちゃんと見ています」


 その後も仕事に対してどういう姿勢で挑むか、任務を始める前後にはきちんと依頼者に挨拶をするなどといった基本的なやり方を、マリーは事細かに彼らに講義した。

 説明をしながらふと前世のことを思い出す。


(新人アイドルの子たちにも、最初にこうして伝えていたなあ……)


 どれだけ本人に才能があろうとも、現場での態度やスタッフさんに好かれるかどうかで、任される仕事の量は各段に変わる。

 要は「次もこの人と仕事をしたい」と思われなければ、どんなに実力があっても呼ばれないのだ。

 こうして一通り説明したところで、マリーはそっと白墨を置いた。

 しいんと静まり返った食堂の空気に緊張しつつ「ど、どうでしょうか……」と尋ねる。やがてユリウスが口火を切った。


「お前に言われることは甚だ遺憾ではあるが……もっともな指摘だと認めよう」

「ほ、本当ですか⁉」

「各自、これまで以上に生活習慣の見直しを徹底しろ。お前たちの普段の行動が、黒騎士団全体の評価に繋がる。衣服頭髪の乱れ、深夜の飲酒喫煙は今後厳重処分とする」

「は、はい……」


 ずうんと重くなった空気にマリーはうっと口をつぐむ。

 だがもう一つこれだけは、とばかりに手を上げた。


「そ、それでしたら、ユリウスさんにもお願いが」

「何だ」

「その……じょ、女性に対して、もう少し優しく接していただけると……」

「あァ⁉」


 途端にガラが悪くなったユリウスに、マリーは「違うんです」と涙目で訴える。


「王都に住む女性の多くから、『ユリウスさんが怖かった』と言われたんです……。ですからあの、私に対するとかではなく、お仕事と思ってもう少し温和に接していただけるとですね」


 すると食堂の入り口付近から「ぶはっ」と噴き出す声が聞こえてきた。


「何それ。ユリウス怖がられてんの? マジでうけるんですけど」

「ヴェルナー! 貴様また外泊していたな!」

「ごめんごめん。でもま、マリーちゃんの指摘は正しいと思うよ。お前、女性に対して容赦なさすぎ」

「それはっ……」


 ぐぎぎと奥歯を噛み締めるユリウスを前に、マリーはほっと胸を撫で下ろす。

 だがすぐに顔を上げるとヴェルナーに対しても進言した。


「ヴェルナーさんも女性に対しては十分注意してください。その……互いに自由な恋愛は止めませんが、あ、相手がいる方や、不特定多数の方と次々というのはやはりその、こ、快く思わない方が多いと思いますので……」

「あれ? もしかしてやきもき焼いてくれてるの? 可愛いなあ」

「そ、そうではありません!」

「分かってるよ。ちゃんと気をつけるね」


 ぽんぽんと頭を撫でられてしまい、マリーは複雑な顔で口をへの字にする。

 一方ヴェルナーは慣れた仕草で、手にしていた一枚の紙をひらりと卓上に置いた。


「それはそれとして、珍しくうちに仕事が来たよ」

「本当ですか⁉」

「うん。明日隣町で行われるお祭りの市街警邏なんだけどね。この日、他の騎士団がちょうど全部出払っているみたいでさ。仕方ないから黒騎士団にお願いしますって」

「し、仕方ない、かあ……」


 悲しい枕詞に肩を落としつつも、仕事は仕事だとマリーは気を取り直す。


「皆さん、今日の研修を生かす絶好の機会です。明日は私も同行するので、依頼人や市民の方に良い印象を持っていただけるよう頑張りましょう!」

「おーう!」


 いちばんに呼応したミシェルに続き、他の団員たちも渋々ではあるが同意してくれた。それを見たマリーは確かな手ごたえを感じ、ぐっと拳を握りしめる。


――が、現実はなかなかに厳しいものだった。





 翌日。

 隣町に移動した黒騎士団の中で、マリーの注意が炸裂する。


「アランさん、上着どうしたんですか!」

「あーごめん、昨日まであったんだけどなくしちゃって」

「お酒臭い……いったいいつまで呑んでたんです……」

「夜中の二時までは覚えてるんだけどなあ。あはは」


 たった一度の研修ですべてが改善されるとは思っていなかったが――まったく変わらないその様子を見て、さすがにマリーもがっくりと肩を落とした。


(やっぱりいきなりは難しいか……これから少しずつ変えていくしかないよね)


 やがて一行は、依頼者である町長のもとに到着した。

 黒騎士たちの暴慢な見た目に怯える町長を前に、マリーは慌ててお辞儀をする。


「今日はご依頼ありがとうございます。お祭りの警備、しっかりやらせていただきます」

「あ、ああ……。くれぐれも問題を起こさないでくれよ」


 悪事を止めに来たはずが、まさかの起こす側認定されていることに若干の悲しみを覚えつつ、マリーは笑顔で「はい!」と答えた。するとそこに聞き覚えのある声が近づいてくる。


「あれ~? こんなとこで会うなんてぐうぜーん」

「あ、あなたは……」


 現れたのは、相変わらず派手なピンクの髪をひらめかせた『聖女』リリアだった。

 背後にはクロードを筆頭に白騎士団がずらりと待機しており、その神々しさにマリーは思わず目を眇める。最後尾には四頭立ての真っ白な馬車も追従していた。


「リリアはお出かけ~。なんかね、この近くの森にふわふわの猫がいるらしくて、ペットにしようと思って」

「ぺ、ペットですか……」

「うん。リリア、『聖女様』だから。なんか不思議と動物に好かれちゃんだよねえ」


 聞くところによると――リリアには不思議な力があるらしく、小動物から鳥、大型の獣までありとあらゆる動物になつかれてしまうらしい。

 さらに彼女の命令を理解し、忠実に従うようになるそうで、王族はもちろんこの国の諸侯らが「まさに聖女様にふさわしい加護だ!」と息巻いているそうだ。


「やっぱり動物にも分かるかしら。このリリアの愛らしさが♡」

「ソウデスネー」


 もはや適当に切り上げたいマリーに対し、リリアはふーんと言いながら粗暴な黒騎士団の面々をざっと見渡した。その後自身を警護する白騎士団の方をちらりと振り返ると、うふふと満足げに微笑む。


「今日もリリアの勝ちね。あっ、でもぉ……」


 リリアは後ろの方にいたヴェルナーを目ざとく見つけると、とたたっと駆け寄った。


「あなた、ちょっと素敵かも。良かったらリリアと一緒に来ない?」

「おや素敵なお嬢さん、オレで良かったら喜んで」

「ヴェルナー!」

「せ、聖女様!」


 ユリウスの怒号も無視して、ヴェルナーは慣れた様子でリリアの片手をついと持ち上げる。だが彼女を引き留めにきたクロードと目が合った途端、すぐに浮かべていた笑みをひっこめた。


「――まさかあんたまでいるとはね」

「ヴェルナー、お前……」

「ごめんねお嬢さん、今日は仕事で来てるから。遊ぶならまた今度、二人っきりの時に」

「え~?」


 不満そうにしばし口をとがらせていたリリアだったが、眉尻を下げるクロードに気づくと「絶対、約束だからね♡」と念を押してヴェルナーの手を離した。


「じゃあねー。ここ日焼け止めとかないから、真っ黒にならないよう気をつけて~」


 そう言うとリリアはクロードの手を借りて彼の白馬に跨ると、小さな嵐が通過するような勢いであっという間に去っていった。

 そのあとを立派な馬車ががらがらとついて行き、華々しいその一団がいなくなったところで、マリーはようやく疲れ切った息を吐き出す。


(いつ見ても……元気な子……)


 今の外見年齢はほとんど変わらないが、中身で考えるとどうしても年下に対する感想になってしまう。マリーはよしと気合を入れなおすと、今日の任務の説明を団員たちに始めた。



 

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