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最凶ヒヨコ伝説 ~裏切られた勇者はヒヨコに生まれ変わったので鳥生を謳歌します~  作者:
第1部5章 帝国首都ローゼンシュタット 燃えよヒヨコ
94/327

5章6話 ヒヨコも参加する獣王国歓迎会

「ピヨピヨ」

「きゅうきゅう」

「なー」

 ヒヨコとトルテと猫耳少女の飼っている子猫が宮廷の庭で転がっていた。


 正確には人化の法を使って小さくなっているヒヨコを転がしていた。猫とドラゴン()ボールのようにヒヨコを。

「ピヨピヨ(誰か助けて)」

「きゅうきゅう(ヒヨコ、円くて転がしやすいのよね)」

「みゃー」

 猫は猫で楽し気にヒヨコを転がすのである。普通の猫のように小さいのだが妙に力持ちさんであった。

「ピヨッ!(さっきからヒヨコを転がすのを辞めろ!ヒヨコはボールではないぞ)」

「きゅうきゅう(まさか、会議があるからとお城の庭先で待機になるとは思わなかったのよね)」

 小さくなっているヒヨコの上にに座るトルテ、その上に猫まで乗ってくる。

「ピヨピヨ(暇を潰すのかヒヨコを潰すのかどっちかにしてもらいたい)」

「きゅう~(暇とヒヨコを同時に潰す。これが本当の一石二鳥)」

「ピヨピヨ(上手いことを言ったつもりか!?)」

 ヒヨコはトルテに乗られてうんざりする。なのでもう小柄モードは辞めて大きくなる。というか元のサイズに戻る。


「きゅうきゅう(可愛くないヒヨコになってしまったのよね)」

「ピヨッ(いつだって可愛いピヨちゃんと帝都では一定の評価を得ているヒヨコに向かって何たる口の利き方!?)」

「にゃー」


 バリバリッ


 ヒヨコとトルテが口論をしているとそこに猫耳少女の飼ってる子猫がヒヨコに飛びついて爪を立てる。

「ピヨヨーッ!」

 頭をひっかかれてヒヨコは悶絶する。


「何やってんのよ」

 呆れた様子でステちゃんがぼやく。ステちゃんは一応、さっきから宮廷の庭にある3人くらいが座れそうなベンチで猫耳少女と並んで座っていた。

「ピヨピヨ(ステちゃん、あの猫が虐める)」

「みゃー」

「あははは。シロちゃん、あんまりピヨちゃん虐めたらダメだよ。こっちおいで」

「みゃー」

 子猫は猫耳少女の方へシュタッと走って膝の上に着地し、丸くなる。

「ちょっと寒いね。大丈夫?」

「確かに寒いかも」

「ピヨピヨ(ヒヨコの羽毛は暖かいと評判なのだ)」

「ピヨちゃんの羽毛が暖かいの?」

 ヒヨコは猫耳少女とステちゃんの間に座ると猫耳少女はわしわしとヒヨコに抱き付く。

「ふわ……暖かくて気持ちいい」

「まあ、たしかに夜は湯たんぽ代わりに使うと暖かいよね」

「きゅうきゅう(冬場は便利なのよね)」

 うんうんと頷くステちゃんとトルテ。


 まさか、ヒヨコは冬場の暖房だと思われてはいなかろうか?春が押し入れに入れられてホコリをかぶって、また次の冬に活動するとかにならないだろうか?とても心配である。

 はっ……まさかヒヨコの家を買って、宿から追い出したのには訳があるのか!?


「何を考えている分からないけど、多分違うから」

「ピヨピヨ」

「でも、皆は何を話してるんだろー」

「まあ、私たち子供には関係ない事だと思うけど、連邦獣王国とローゼンブルク帝国の仲が良くなるよう話し合いをしているんだと思うけどね」

「そうなの?そういえば、ステちゃんは何でここにいたの?ピヨちゃんの飼い主だから?」

「マーサさんが来るって話だったから会いに来たってだけだよ」

「そーなんだー」

「勿論、ミーシャも来るだろうし、暇をするだろうから相手をしてあげようというのもある」

「むー、大丈夫だもん。私にはたくさんのお友達がいるから」

「たくさんお友達が出来ていたみたいだね。お兄ちゃんみたい」

「そうなの?」

「そうだよ。お兄ちゃんはいつもふらっといなくなったと思ったら何か大きい魔物と仲良くなって帰ってくるからね。私、怖すぎて泣いた事あったし。ミーシャはお兄ちゃんに一番よく似ている」

「そうなんだ、えへへへ」

 懐かしむようにステちゃんは猫耳少女の頭を撫でる。

 猫耳少女はこそばゆいように目を細めて気持ちよさそうにする。

「ピヨピヨ(そう、オバさんが言っている)」

「きゅうきゅう、きゅうきゅう(そう、オバさんが言っているのよね。オバさんが!)」

 ヒヨコがウムウムと頷き、トルテはヒヨコの頭の上に乗ってウムウムと頷く。

「誰がオバさんか!」


 スパタターンとヒヨコとトルテの頭を叩かれた音が宮廷の庭に響く。

「ピヨピヨ」

「きゅうきゅう」

 ヒヨコとトルテは後頭部を抑えて地面に突っ伏す。猫耳少女はケラケラと笑っていた。




***



 その日の会議は顔合わせ程度で終わり本題にはいかなかったようだ。互いにまだ警戒しているという部分が大きいと腹黒補佐さんの弁。

 その夕方、パーティが行われる。獣人達に合わせてドレスなどではなくある程度ラフな格好となっていた。


「今宵は獣王国との親善を兼ねた宴である。ドレスコードは見ての通りだ。互いに打ち解ける機会でもある為、大いに盛り上がってもらいたい。それでは乾杯!」

 皇帝の号令によって全員が盃を掲げて乾杯をする。


 ヒヨコは既にジャーキーを咥えてていた。

「きゅきゅきゅ~(お酒なんて酸っぱくて苦くて渋くて面白くもないのよね)」

 トルテはリンゴジュースの入ったグラスを片手にヒヨコの横でチビチビと堪能していた。


 獣人族は虎人族、獅子人族、猫人族、狼人族、熊人族、犬鬼族などの代表達が集まって帝国の料理や飲み物を堪能していた。

 腹黒補佐さんは剣聖皇女さんと一緒にいる。ステちゃんもそこにいた。

 イケメンオークさんもいるようだ。どうもイケメンオークさん伝手で2人の帝国貴族に見知った獣人を紹介しているようだ。ヒヨコは興味深そうにそちらの方へピヨピヨと移動する。


「ピヨピヨ~」

「ヒヨコ君も来てたのか……って、縮んでいないか?」

「ピヨ(これが人化の法LV1の効果なのだ!可愛いヒヨコちゃんにしか見えないだろう)」

「それでも十分に大きいけどね」

 ひざ丈サイズが限界なのだから仕方ない。


「ピヨ(この姿だとトルテが頭に乗ってこないから丁度良いのだ)」

「きゅうきゅう(足場のバランスが悪いのよね。もうすこし設置面積を取るべきだと思うのよね)」

「ピヨッ!?(何故にトルテの為に!?)」

 トルテと話をするととてもくだらない方向性に向かうのだ。


 すると獅子の鬣のような髪型をした男が悠々とやってくる。おろろ、どこかで見た事が有るような?

「よう、モーガン、久しいな。こちらは?」

 イケメンオークさんに対して気さくに話しかけてくる大男。ライオンに似ているからライオン小父さんと名付けよう。もう一人は若めだからライオンお兄さんだな。


「こいつは俺の冒険者時代の仲間で、この国の宰相補佐をしているシュテファン・フォン・ヒューゲルだ。で、こちらがこの帝国の皇族、皇帝アルトゥル陛下の妹でシュテファンの嫁でもあるエレオノーラ様だ。こちらは元三勇士のオラシオ・カッチェスター殿とその甥ロバート・カッチェスター殿だ」

 イケメンオークさんがそれぞれを紹介する。


「……ほほう。どちらも強そうだ」

「いや、叔父貴、まず強そうかどうかで人を見るなよ。ここ、帝国だからな」

 ライオン小父さんの目から剣呑な光が煌く。慌ててフォローに入るのはライオンお兄さん。兄弟か親子のように似ているが性格は別の様だ。


「まあ、確かにそうだが、必要だろう?獣王国と帝国が仲良くやろうって話ではあるが、俺達が納得するには強さが必要だ。基本、弱っちい連中とつるむなんて言語道断という話にもなりかねない。違うか?」

「そりゃまあ、そうだけど、大したことないだろ。帝国にそんな気遣いも何もねえだろうしな」

 ライオン小父さんが口にし、若干、ライオンお兄さんは反発している。抑えに入るよりも挑発に入っているように見えるのは気のせいではなさそうだ。


「まあ、我が国ではそう言う部分はありませんからね」

「そもそも力もない奴がどうやって統治するってんだ?」

 不思議そうにライオン小父さんは首を捻る。


「人間は獣人と違って弱いですから。数の力で戦います。より多くの人間を動かせる人間が上に来ます。故に皇帝という仮に偉いとする立場を確立させるのが手っ取り早いんですよ」

「弱くてもか?」

「人を集める力が大きいというのが皇帝の力となる。つまりパワーゲームですね」

「強い者が治めて下々に政治をできるものを置けばよかろう?」

 ライオンお兄さんは不思議そうに首を傾げる。さも当たり前のように。

「元々はそういう形だったと思うが時代の流れで変わった。むしろ成立させている獣王国がおかしいと思うが」

「おかしいとは?」

 腹黒補佐さんは肩を竦めて溜息を吐き、眉根を寄せて怪訝そうに反応するライオン小父さん。ライオンお兄さんも少し不機嫌そうだ。


「帝国も元は1対1では勝てないから2対1に2対1じゃ勝てないから2対3にという形でより強い方が勝者となり、その数が膨れ上がり、その最終的な勝者の代表者が王となり皇帝となった。だが、前獣王はそれこそ国の全戦力を前に勝利できるような御仁だったと聞く。普通ありえないだろ、そういう戦力差は」

 腹黒補佐さんは両手を上げてお手上げというように言う。


 まあ、確かにヒヨコは唯一無二であるが、トルテと戦えばいい勝負になるだろう。しかしヒヨコにはマスターがいる。マスターとヒヨコならトルテには勝てるだろう。

 つまりそう言う事か!そう、ヒヨコが一番かわいいと!

「きゅうきゅう(何かろくでもない事を考えている顔なのよね。多分、それ、関係ないのよね)」

 呆れるような物言いをするトルテ。ヒヨコに何か文句があるかのようだ。


「ま、まあ確かに獣王陛下は偉大な方であった」

 おかしいという表現の意味を知り怒気を下げるライオンお兄さん。

「とはいえ、強ければ民を統治する能力まで求めるのは難しいだろう」

「そんな者は下々任せれば良い。王がやりたいことに追従するのが臣の役目でもあろう」

「つまりそこが逆転してるんだ。民を統治できるものを上に置き強き者達が守る。戦で勝利しても王が傷ついては問題だからな。故に王は奥へ引っ込めて、弱くなったというのが時代の流れだ。まあ、獣王国からすれば我らの貴族制度そのものには疑問があるだろうが、そう言うものだと思ってもらいたい」

「まあ、半分くらいは納得した」

 ライオン小父さんは納得したようだが、ライオンお兄さんは納得した顔をしてなかった。

「安定して民を統治するために法を作り、血によって後継者を決める事で王権を安定させ、政権が代わっても民への影響を減らす。つまるところ、弱き者の為の統治という訳だ」

「ふむ…」

「とはいえ、無条件に勘違いしている貴族も多いがね。血によって無条件に権力を継げるから、従来引き継ぐべきものを理解していないものが多い。弱いのに強いと勘違いして無茶をやらかす輩も多い。まあ、そこら辺は何にせよ権力者の立場の難しさだな」

「貴殿は力もありそうだが…貴殿より強き者は帝国に何人ほどいる?」

 ライオン小父さんはじろりと腹黒補佐さんを好戦的な顔で睨む。


「さあ、戦い方にもよるしなぁ」

 すると横で黙ってみていた剣聖皇女さんがニコリと笑いながら

「ウチの主人は帝国の王侯貴族では最強ですよ」

 ときっぱり言う。

「ほほう」

「私は女の身ながら、若い頃から長らく帝国最強と呼ばれていましたが、私に勝てた男は主人だけですので。兄、皇帝陛下の下々にも中々良い使い手がいますが、どんな時でもどんな相手でも柔軟に確実にあらゆる手を使って勝利をとれるというのであれば主人でしょう」

「モーガンからも聞いていたが並々ならぬ雰囲気があるからな。なるほど」

 ライオン小父さんはどうやらイケメンオークさんと結構話をしている様子。

 イケメンオークさん伝手で腹黒補佐さんや剣聖皇女さんを強いものと感じてこの場に来たらしい。


「とはいえ、私や主人のようなものはむしろ例外ですので」

「貴殿ほどの武人を押し退けて皇帝になるというのであれば、それほどの器なのかもしれないな」

 剣聖皇女さんの力を肌で感じたようでウムウムと頷きライオン小父さんは山賊皇帝さんのいる方をチラリと見る。


「まあ、本来は大きい後ろ盾のある皇子が皇帝になるのです。今回、後ろ盾のあった王子、私の弟ですが、彼は失脚してしまったので。とはいえ、結果的には最も政治の実力を持つ皇帝が帝位に就いたと言えるでしょうね。ただ、もしも弟ならば今回の話は無かったでしょう。兄だからこそ可能だったかと」

「ほほう?」

「兄は懐が深いですから。味方を作るのが上手いのです。私一人なら暴力でどうにでもなりますが、皇族としては兄には足元にも及ばないと思っていました。いえ、むしろ正妃の子であるのに兄に勝てないからこそ嫉妬し、暴力に頼り自分の力を示し、悪い方向へと育ったのかもしれません」

 苦笑気味に剣聖皇女さんは山賊皇帝さんの方を見る。遠くで酒瓶をもって狼人族のおっちゃんと肩組んで飲んでいた。


 ……皇帝陛下があんなんで大丈夫なのだろうか?

 どう見ても山賊の親分だし。


「確かに今まで私の知る人族の王らしくは無いように見えるな」

 ライオン小父さんは好ましいように山賊皇帝さんを見る。

「だが、俺としてはリンクスターのようなパワーゲームは好かん」

 ライオンお兄さんは不満げだ。

「近隣の人間族との国を抱え込んでいる以上、帝国と仲良くなるに越したことはない。そしてそれを飲むならば、そういう物も覚える必要がある」

「ふん、叔父貴は丸くなったよな。昔はそんなこと言わなかったぜ」

 そう言って去っていくのはライオンお兄さん。


「全く、すまんな」

「いえ、とはいえロバート殿はあまり帝国との同盟には乗り気ではないようですが」

「若い連中はな」

「むしろ、年寄りの方が意固地に嫌がるかと思っていましたが」

 腹黒補佐さんはそんな事をぼやく。


「年寄りはある程度分かっているんだ。俺達は負けちまったって事を。それは悪魔王と勇者の両方に完膚なきまでにな。だからこそ、獣王が立てなくなるほど混迷している。どうしてそうなったかと言えば我らは周りと仲良くできていなかった。そして自立しているようで巫女姫様にずっと救われていた。獣王が強ければ良いという点だが、貴殿の言う通り、政治は下々がやれば良いと言っただろう。大間違いだ。我が国はどんなに誤った政治をしても巫女姫様の一言で多くの民が救われる。だから政治に目を向ける必要さえなかったんだ。前獣王陛下アルトリウス様はその不健全な状況を気付いてしまった。誰よりも強く、そして誰よりも賢かった。その獣王陛下の遺志を継げるものはいない。とはいえ巫女姫様を返して欲しいなんて言えないし、それでは元の木阿弥。俺もウルフィードもマーサ殿も獣王陛下の遺志を継ぐにはどうすれば良いか悩んだ結果、こうして帝国に来ている。今、国がまともに回っているのは陛下の残した遺産だけだ。だから、我々としても何か変わればと思ってな」

「難しそうではありますが、帝国への理解が獣王国の状況を打破できればとは思います」

 腹黒補佐さんは苦笑して頭を下げる。ライオン小父さんもまた同じように苦笑する。



 ヒヨコはトルテを頭に乗せて移動する。

「ピヨピヨ(山賊皇帝さん、オハー)」

「何だ、ヒヨコもいるのか」

「おお、こいつは」

 狼人族の小父さんがヒヨコを見る。

「ご存じか、ウルフィード殿」

「半年前、アルブム王国に攻められたときに、大暴れして人質を解放し、たった一羽で敵軍を壊滅させたヒヨコに似ている」

「ピヨちゃんだよ」

 近くにいた猫耳少女は簡易なドレス姿で現れ、ヒヨコをワシワシと撫でる。

「こんな小さかったか?」

「小さくなれるんだって」

「ピヨッ!」

 ここら辺の区画ではヒヨコの言葉が分からないのでエヘンと胸を張ってみる。

「まあ、ミーシャが言うなら間違いないか」

 ミーシャの肩には白い虎縞の猫が座っている。ヒヨコにとっては難敵なので近づかないのが吉である。


 そんな話をしていると

「ウルフィード殿、やはり私は納得いかない。帝国の力を借りて奴らを倒そうなど」

 そこにやってくるのは同じく狼耳の少女だった。

「別にそんなこっちゃねえよ。人聞きの悪い。同盟を組めば戦力が全部割り振られないだろうって話だ。あと、そういう話を内々ならともかく帝国の皇帝の前で口にするな、阿呆が」

 呆れるようにぼやくの狼耳の小父さんだった。

「ウチとしてはあの二国が暴走しないように同盟できれば良いだけなんだけどな」

「申し訳ない。どうにも若い連中は…」

「というか、同盟に乗り気でないって事はそこのお嬢さんも獣王候補って事か?」

「一応、そうなるな。腕力ばかり鍛えて嫌になる。女が……というとマーサ殿に殺されそうだが………」

「いつの時代も女に勝てる男なんぞいないからな、カカカカ。とはいえ文句があるなら聞くぞ?俺はその為にこの会を開いたんだ。一番困っているのは下の連中だぜ。何せ獣人とのコミュニケーションもろくに知らず、失礼があったら皇帝に怒られるっていうんで重圧に晒されてるんだ。無礼講だから何でも言って貰って問題ない」

 山賊皇帝さんはにやりと笑い狼耳のお姉さんを見て、そして酒瓶をグビグビと飲む。

 確かに、周りの臣下はあまりにも帝国の夜会などの流儀から反するからオロオロしていた。


「ほう。なら言わせて貰うが獣王陛下と違い、強くもないんだってな」

「そうだなぁ。そこそこ剣を握ってきたが騎士の連中と比べると下っ端より弱いぞ?俺の親衛隊は全員俺よりも強いからな。カカカカ」

「私はそんな弱い奴と友誼を結ぶなど論外だと言っている。ウルフィード殿は帝国に尻尾を振る気のようだが納得いかない」

「いや、別に尻尾振ってねえし」

 ウルフィードと呼ばれた狼耳の小父さんは若干困り顔で反論する。

「弱い者と友誼を結べないような奴では上に立った時、獣王国では弱い者をどう扱うんだ?」

「獣王が変わる度に変化はある。獣王や三勇士に嫁を送ったりするな。そうでないなら捨て駒に使ったり、雑に扱ったり、労働力として使ったり、色々だ。前獣王アルトゥル陛下は弱者を守る存在だったが、かなり稀な方だった」

「守る?何故に?獣王国らしくない獣王って事か?」

「陛下は巫女姫様を必要としてなかった。巫女姫様は内政で弱者を守ってきた。巫女姫様のやっていた事は自分で出来るのだと示したかったのだろう」

 それをやろうとし、巫女姫も追放するほどの権力となるといかほどか。

 よほど強い能力を持った獣王だったことが予測される。

 ヒヨコも権力をもう少し欲っしている。猫に引っ掛かれない程度の権力を。


「おっと話の腰を折ってしまったな。それにしても弱いから友誼を結びたくないというのは困ったな。それを言われると妹に皇帝の座を譲らなければならなくなる。」

「ほほう、妹殿下は皇帝陛下よりも強いと?」

「ウチの妹は帝国最強と言われた女だからな。旦那選びも自分より強い男という条件付きだ。そういう意味では頭が回り腕の立つ帝国一の才能を持った男を引き抜いてきているからなぁ」

「ならば皇帝の座を譲ったらどうでしょう?」

 狼耳の少女は明らかに侮った様子で山賊皇帝さんを見る。

「おい、マーゴット!」

 あまりの言葉に狼耳の小父さんは慌てた様子で諫めようとする。

「ウルフィード殿。無礼講だ。我らは貴殿らがどういう想いを持っているか知りたいから、貴族でも煩いことを言う連中をこの場から省いて、貴殿らを迎えている。俺が知りたいのはそこよ。俺は獣人というものをあまり知らないからな。獣人の宰相がいるが奴は弱いから、獣人族との相手じゃ役に立たないと言ってこの場には来ていない程だ。俺としては何故そこまで強さに拘るか分からんのだよ」

 不思議そうに腕を組んで首を捻る山賊皇帝さん。


「簡単さ。弱ければ簡単に首を落とされるからだ。このようにな!」

 そう言いながら狼耳のお姉さんは一瞬で山賊皇帝さんの距離を詰め、鋭い爪で首を斬り落としに来る。


 だがその瞬間、攻撃に出た狼耳のお姉さんは回転して地面に叩きつけられ、いつの間にか褐色の肌をした青い犬耳のお姉さんが狼耳のお姉さんを地面に倒していた。

 褐色の犬耳お姉さんは、狼耳のお姉さんの首筋に鋭い爪を突き立てていた。


「陛下、殺気をまき散らしていたのには気付いていたでしょう。のこのこ出て来てどういうつもりですか?」

「いやいや、ほら、そこはお前らがいたからな」

 と苦笑するのは山賊皇帝さん。

「犬人族?」

 狼耳の小父さんは目を丸くして帝国騎士と思しき服を着ている犬耳の少女を見て思わず口にしてしまう。帝国には獣人は珍しくないのだが、知らなかったのか?

 獣人の戦士が帝国の騎士だったことに驚いたのだろうか?

 ヒヨコはピヨピヨと鳴きながら褐色のお姉さんを見る。


「おい、ポーラ、放してやれよ。話もできないだろう?」

「これは失礼を」

 ポーラと呼ばれた褐色犬耳お姉さんは狼耳のお姉さんを引き起こしてから山賊皇帝さんに礼を取る。

「褐色の肌に犬耳、南東に住んでいた犬人族か?帝国の騎士だったとは初耳だが」

 狼耳の小父さんは驚いた様子で山賊皇帝さんを見る。


「ああ、昔、ケンプフェルト領に着任したばかりの頃に拾ったんだよな。元は獣王国の一民族の長の子だったそうだが、家が没落したとかで野盗をやっていたんだよ」

「…あ、その青い髪、シアン家の人間か!?」

 狼小父さんは見知っていたようで驚きの声を上げる。

 それを聞くとニンマリと悪い笑みをする山賊皇帝さん。

「返せと言われても返さんぞ?」

「言うつもりはないが……とはいえ、いくら油断をしていたと言ってもマーゴットを軽くいなすとは……」

 狼耳の小父さんはゴクリと息をのみ褐色犬耳お姉さんを見る。


 狼耳のお姉さんはかなり強い人のようだが、褐色犬耳お姉さんも負けてない実力がありそうな雰囲気があった。そもそも徒手空拳気味の狼さん達に対して、褐色犬耳お姉さんは腰に短剣を二本差している。二刀流なのかな?でも徒手空拳で対応していた。

「陛下ばかりを注意していてこちらを見えていなかったので仕方ないかと。私など一対一で戦うとなれば軽くひねられる事でしょう」

 褐色犬耳お姉さんは恭しく礼を取り一歩引く。


 だが、狼耳のお姉さんはやられたものの、その実力を感じ取っていたようだ。

「それほどの実力があって何故その弱き男に傅く。勿体ない。貴殿ならば獣王国で高い地位もつけよう」

「勿体ないお言葉です」

 褐色犬耳お姉さんは胸に手を当てて俯くように礼をする。

「だが貴殿ならば…」

「やめろ」

 スカウトを開始しようとする狼耳のお姉さんに対して、狼耳の小父さんは冷たい声音でストップをかける。それは狼耳のお姉さんに対して鋭い殺気が込められているほどだ。


「失礼、マーゴットは若い故に経験不足で少々固くてな。ちょっと場を離させてもらいます。お前、ちょっとついてこい」

 狼耳のお姉さんの耳を引っ張って狼耳の小父さんは場を離すと同時に、申し訳なさそうに褐色犬耳お姉さんに礼をして去る。


「ウルフィード殿は忘れてはいないようだな。シアン家がどういう破滅をしていたか」

「ウルフィード様は当時から三勇士にして狼王でしたし、我らはアルブムとの紛争で切り捨てられた弱き一族の末裔ですからね」

「恨んでいるのか?」

「まさか。陛下に拾われたおかげで獣王国にいる以上に幸福を得ています。我らが部族に機会を与え、鍛えてくださった。弱い者は弱い者として扱われ続ける獣王国では目が出る事も無かったでしょう。それに幼い頃なので私はあまり覚えてません。仕方なかった事だと大人たちは割り切れているのか分からない様子でしたけど」

 褐色犬耳お姉さんは胸に手を当てて礼をしてから、即座に下がる。


「ピヨピヨ(お姉さんも強いようだが、ヒヨコとどっちが強いかな?)」

「きゅうきゅう(ヒヨコは軟弱だから、お姉さんはアタシと戦うと良いのよね)」

「いや、何で戦闘と見るやお前たちはポーラに挑もうとするのか?」

 不思議そうに山賊皇帝さんが訪ねてくる。

「ピヨピヨ(ヒヨコの習性ですが?)」

「きゅうきゅう(アタシ、強い奴を見るとワクワクしてくっぞ、なのよね)」

「ピヨピヨ(いや、ヒヨコはそんな戦闘民族じゃないぞ?)」

 ヒヨコは横に立っているトルテにビシッと手羽先で突っ込みを入れる。

「あっちの方にジャーキーがあったから食べに行くと良い」

「ピヨピヨ(ジャーキー、確かに強い奴よりもワクワクしてくる!)」

「きゅうきゅう(同感なのよね)」

 山賊皇帝さんの言葉にヒヨコ達は胸を躍らせてジャーキーの方へと向かう。


「あ、あの陛下、あの魔物達の言葉も分かるんですか?」

「いや、何となく意思疎通できるだけだが」

「……相変わらずですね」

 褐色犬耳お姉さんは若干呆れるように溜息を吐くのだった。




 ヒヨコとトルテはジャーキーのあるテーブルに辿り着くとライオン小父さんと狼耳の小父さんがいた。狼耳のお姉さんはまだ耳を引っ張られており、狼耳の小父さんに対し不貞腐れた表情をしていた。

 小父さん達もジャーキー食うのか?

「きゅうきゅう(奴らはジャーキーを見てないのよね。チャンスなのよね!)」

「ピヨッ(山ほどあるから奪われる心配はないと思うぞ)」

 ヒヨコとトルテはテーブルに飛び乗ってジャーキーを口にする。


「ウルフィード様、どうして話を妨げたのですか」

「帝国皇帝に喧嘩売る馬鹿がいるか!」

「あんな弱い皇帝なんかに尻尾を振る方がおかしいのです。実際、あの護衛騎士は動いていたものの皇帝は全く反応できていなかった。それよりもあれほどの獣人がいるのならば我が国に…」

 興奮気味に訴える狼耳のお姉さんの姿に頭を抱える狼耳の小父さん。ウルフィード君というらしい。

「我が国に誘うって?そりゃ無理だ」

「何故ですか?」

「何故か?弱い種族で、我々が切り捨てたからだ。戦争で捨て駒に使い、アルブム王国に滅ぼされて散り散りになった。一部は奴隷階級になっていたのは聞いていた。恐らく野盗か逃亡奴隷辺りに落ちぶれた所を帝国に拾われたのだろう」

「なっ」

 驚いた様子の狼耳のお姉さんはぎょっとした顔でウルフィード君を見て、そして遠くで帝国の貴族と話している姿を見る。

「随分前だから彼女もほとんど子供の頃で覚えてないだろうがな。よくよく周りを見れば何人か同じ種族の連中がいる。あの皇帝は恐らくあいつらを抱え込んで護衛として重宝しているようだ」

「彼らとて弱い皇帝よりも我々の方が戴き甲斐があると思うのですが」

「そりゃ強い奴の方便だ。強い俺達に切り捨てられて弱い皇帝に拾われた。強くなったから重用してやるって?バカにするなって殴られるぞ?」

「うぐ」

 ウルフィード君はよく分かっているようだ。狼耳のお姉さんは説明されないと分からない脳筋さんのようだ。困ったものである。

 それはそれとして、よもやこれはフルシュドルフのマトンジャーキーがあるぞ?マトンジャーキー、ウマー。


「まあ、皇帝に襲い掛かったのはともかく、シアン族には触れるな。むしろその案件は俺が頭を下げなければならない案件だ。少なくともアルトリウス様は公では頭を下げずとも、謝罪はしただろうな」

 ウルフィード君は反省するようにぼやくのだが、

「いや、皇帝に襲い掛かったのが一番ダメだろう。お前ら、何してくれてるの?」

 ライオン小父さんが慌ててつっこむ。


 うむ、そうだな。まず、そこが一番の突っ込みどころだ。

「いや、あの皇帝は眉一つ動かしてなかった。襲われてもな。何で弱い皇帝が悪いのか、俺達の考え、思想を知りたいだけにわざと殺意をまき散らしていたマーゴットの戦闘範囲に踏み込んでいた」

「本当か?」

「ああ、ありゃ、それだけ守ってもらえる自信があるんだろう。皇帝が変わって多くの私兵が入っていると古い皇帝に仕えていた連中が苦言を呈していたし、あの皇帝は自分に忠誠を使う戦士が獣王国の三勇士候補をもってしても、守って貰える自信があるんだ。実際、マーゴットが動いたとき、周りの護衛が気付いて動くそぶりを見せて、近くのシアン家の娘に任せていた。かなり修羅場をくぐってきた男だろう」

「なるほどな。先ほど、帝国最強と言われていたという姫さんと話してきたが、俺と同レベルの力を感じた。だが、彼女は戴くべき皇帝として認めていた。恐らく、良い意味で人間の王として高い資質があるのだろう。彼女曰く、兄だったからこそこの話が通ったと言っていた。器のでかい男のようだ」

「そうでしょうか?」

 感心しあう小父さん達を尻目に、不満げな狼耳お姉さん。呼びにくいから脳筋狼さんと名付けよう。彼女は二人の小父さんの言葉に納得はしていないようだ。


「きゅうきゅう(ヒヨコがよそ見している間にアタシのジャーキーがなくなっちゃったのよね)」

「ピヨー(と、トルテ!?それはさすがに食いすぎだ!)」

 口の中にジャーキーがたくさん放り込んだトルテは、ヒヨコを見下す様に笑っていた。


 獣王国の歓待とか関係なくトルテは酷い奴だった。

 ヒヨコは絶望した!

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