5章5話 ヒヨコ、覚えていますか?
ヒヨコはステちゃんのいる安宿へと向かう。
安宿の店員さん達もヒヨコの事は認識しているようなので入り口から入ると
「いらっしゃい。ピヨちゃん、ステラ様なら205号室ですよ」
と教えてくれる。出来た店員さんである。
「ピヨピヨ~」
ヒヨコは丁寧にお辞儀をしてから手羽を振って二階へと登る。
トンテンタン
巧みなステップで静かに階段を登ると205号室の前に立つと玄関のドアを嘴でノックする。
「ピヨピヨ~」
するとパタパタと足音が近づいてきてガチャとドアがあく。
「おかえり」
着替え中だったようでボタンを解放したまま着替えている途中で玄関を開けてくれるのだが、
「ピヨピヨ(まあ、嫁入り前の娘がそんな恰好ではしたない。お嫁にいけませんよ)」
ヒヨコはステちゃんの無防備さに説教する。
「お前は私の母さんか!」
「ピヨピヨ(おや、その言葉、どこかで聞いた事が有るような)」
「きゅうきゅう(それはヒヨコが自称女神に言ってた言葉なのよね)」
「ピヨッ(おおっ、そう言う事か。ささ、開けっ放しはステちゃんの将来の危機なので、入って入って)」
ヒヨコは取り敢えずステちゃんの部屋に入る。
トルテはヒヨコの頭の上に飛び移る。何故、貴様はいつもヒヨコの頭を定位置にしているのだ。快適な睡眠をした後だというのに頭が重いじゃないか。
ステちゃんは着替えを終えてヒヨコを見る。
「で、新居での睡眠はどうだったの?」
「ピヨピヨ(朝起きたら先住民さん達は退去していたので問題はないかと。堂々と眠るヒヨコの姿を見て、彼らもヒヨコが家の持ち主だと言う事に気付いたようですな、ピヨピヨピヨ)」
「へー…………変な呪いとか掛かって無さそうだし大じょ……は?」
ステちゃんはヒヨコの様子を見ながら心配したようにぼやいていたが、突然、目を丸くしてヒヨコを見る。
「ヒヨコ、何があったの?おかしいでしょ!レベルが20以上上がっているし!」
「ピヨピヨ(きっと家を手に入れた事でヒヨコの格が上がったのだろう)」
「きゅうきゅう(レベルはそんな簡単に上がったりしないのよね)」
「ピヨピヨ(ヒヨコが家を買う。これはヒヨコがワームキングやシーサーペントやヒドラをやっつけるよりも大変な事ではなかろうか?それは大偉業だと思うぞ?)」
「きゅうう!(言われてみれば!)」
トルテは驚いたようにヒヨコの上に座りながら、両手で口を抑えて驚きを露わにする。
「いや、レベルアップ基準ってそこじゃないし」
ステちゃんは極めて冷静に目を細めてヒヨコを睨みながらぼやく。
「ピヨ?(違うのか?ではどうしてこんなにレベルが上ったのだろう?最近は狩りをしても全くレベルが上らないというのに)」
「むしろそんなレベルが上るような敵を倒してどうして何を倒したのか知らないことが不思議なんだけど」
ステちゃんは怪訝そうな視線をヒヨコに向けるが、ヒヨコはそこら辺がよく分からない。
「ピヨピヨ(昨日はヒヨコの家でどうも色んな方々が騒がしかったからな。もしかしたら屋敷の主が出来たからお別れ会でもしていたのだろう。最初は寝苦しかったけど、気付けばいなくなっていてヒヨコは快適な睡眠をしていたのだ)」
「お別れ会………っていうか」
「ピヨピヨピヨピヨ(ヒヨコはずっと目を瞑っていたからよく分からなかったが、突然、ヒヒーンという声を聞いたので驚いて目を開けると頭のない鉄の鎧の人とか骨馬とか腐った人とかが部屋中に詰め掛けていた。ヒヒーンは驚くな。先住民に馬がいたとは思わなかったからな。だが、ヒヨコは見なかったことにして眠ったのだ)」
「て、帝都の屋敷にデュラハンって究極の事故物件じゃない。どうりで安い訳だ……」
ステちゃんは思い切り頭を抱えて呻いていた。
「ピヨピヨ(目を覚ましたらデュラハン君はいなくなっていたので、きっと還ったのだろう)」
「朝だから消えたんじゃないの?」
「ピヨッ(昨日は眠かったから断固無視の構えだったがサヨナラの挨拶くらいはしたかったな)」
ステちゃんはヒヨコの顔を見つめ、諦めたような顔をして盛大に溜息を吐く。
「ピヨピヨ(溜息を吐くと幸せが一つ逃げるというぞ?幸せの赤いヒヨコが言うのだから間違いない)」
「その割にはヒヨコは私の前から逃げてくれない」
「ピヨヨッ!」
「きゅうきゅう」
ステちゃんの酷い突込みに、ヒヨコは驚き、トルテはヒヨコの頭の上で大笑いする。
ヒヨコの頭で嗤う奴にはお仕置きだ!
ヒヨコは頭を上下に振りトルテを空へと投げる。
「ピヨヨーッ!(食らえ!クチバシアタック!)」
「きゅう!(<雷纏>!)」
トルテは電撃吐息を体にまとわせて体を雷の様に発光させる。
「ピヨピヨピヨピヨッ!」
「きゅうっ」
ヒヨコとトルテが交差する。ヒヨコはトルテの電撃を食らい体を痺れさせて倒れ、トルテはトルテでヒヨコの嘴を頭に受けて悶絶していた。
「勝手に喧嘩両成敗されないで欲しいけど、これでお互い様って事で良いよね」
「ピヨピヨ」
「きゅうきゅう」
ヒヨコとトルテはぐったりしたまま互いに頷き合う。何だかんだで保護者には敵わないのだ。
「今日は獣王国との会談があるから正装しないとね」
ステちゃんはヒヨコにいつもの『フルシュドルフ親善大使ピヨちゃん』のタスキをかけ、トルテ用には『竜王領の賓客トニトルテちゃん』というタスキをかける。
「きゅうきゅう(これを付けるのも久しぶりな感じなのよね)」
「ピヨピヨ(もうヒヨコ達は帝都でも有名な存在だからな)」
最近ではタスキをつけて無くても周りからは認識されているし、子供達からピヨちゃん、トニトルテちゃんと可愛がられているのだ。子供達と一緒に遊んであげると、時折お菓子を貰えたりする。
このフルシュドルフダンスの伝道師ピヨちゃんはもはや帝都でもメルシュタイン侯爵領でも知らない人はいない位である。
***
ヒヨコ達は早めに出て、帝国の東北にある城門へと予定時間の10分前に辿り着く。
元町長さんがいて、ステちゃんが合流する。山賊皇帝さんが馬から降りている所だった。
「ピヨピヨ(ところで元町長さんはどんな立場に立ったのか?さすがに元町長さんでは呼びにくいのだが)」
『いや、別に呼び名なんて何でも良いんだが。一応宰相閣下の補佐官をやっている。皇帝陛下はエレンに公爵の地位を渡して臣下に降ろす予定だからなぁ。…俺が公爵ってどうなのよ』
うんざりしたような様子で元町長さんは肩を落とす。
「ピヨッ(じゃあ、腹黒補佐さんと呼ぼう)」
『て、おい』
元町長さん、改め腹黒補佐さんはヒヨコに対して引き攣った顔をして念話で訴える。
「きゅうきゅう(とっても良いあだ名なのよね!)」
トルテも気に入ったようだ。
ステちゃんはこちらに背を向けているが念話が聞こえていたのか肩が震えていた。腹黒補佐さんはとってもどんよりした顔をしている。
周りには騎士や貴族の人達もいる。国の要職に就く人たちなのだろうか?
「それにしても陛下には困ったものだ」
「独自の親衛隊を連れてくるのは分かるが……帝都には帝都のやり方があるというのに」
「いくら同盟を考えていると言えど、たかが獣人の国を相手に陛下が出迎える必要もないだろう」
「全くだ」
偉そうな人達はぶつくさと囁き合っていた。ヒヨコは音響探知があるので音には敏感である。山賊皇帝さんには聞こえていないだろう。
当の山賊皇帝さんもいつ来るのかとぼやいて見せる。
「そろそろ獣王国の方が来るみたいだが、いつになるかな」
「わざわざ陛下自らが出迎える必要もないと思うのですが」
腹黒補佐さんは呆れるように山賊皇帝さんを窘める。
「獣王国とはあまりつながりは無かったから見てみたいというのが大きい。あと、腹黒宰相補佐に陛下と言われると鳥肌が立つな相変わらず」
山賊皇帝さんがそんな事をぼやく。
「ブッ」
ステちゃんが噴き出してしまう。
「ピヨピヨピヨ、ピーヨピヨピヨピヨ」
「きゅうきゅう、きゅうきゅう(は、腹が捩れるのよね)」
ヒヨコとトルテも笑いを抑えられるぴよぴよきゅうきゅうと笑ってしまうのだった。仕方あるまい。山賊皇帝さんとヒヨコの意見が合致してしまったのだから。
ステちゃんは口を抑えてプルプルと震えてヒヨコとトルテが大笑いしている為、山賊皇帝さんは不思議がる。
「そっちの1人と2匹は何で笑っているんだ?」
「陛下が人のことを腹黒宰相補佐なんて呼ぶからいけないんです」
「ヒューゲル卿と呼ぶより明らかに分かりやすく親しみやすいと思うがなぁ。ステラ殿は何で笑っていたんだ?」
「い、いえ、ウチのヒヨコは勝手に他人にあだ名をつけて呼ぶんですけど、ヒューゲル様にいつまでも元町長さんと呼ぶのはおかしいから新しいあだ名をつけたんですけど、見事に陛下と同じあだ名をつけていたので」
「何だ、ヒヨコも同じ意見じゃないか。気が合うな、友達になれそうだ」
「ピヨピヨ」
ヒヨコは山賊皇帝さんと手羽先と手で握手する。
「ちなみに陛下の事を山賊皇帝さんと呼んでいますけどね」
裏切りの腹黒補佐さんは山賊皇帝さんにヒヨコの付けたあだ名を暴露する。
「ブッ」
すると周りの親衛隊らしき皇帝直属の臣下達が思い切り噴き出す。多くが肩を震わして笑っていた。複雑そうな顔をする山賊皇帝さん。どうやら臣下達はヒヨコと同意見の様だ。
「おい」
「も、申し訳ございません。陛下。部下達にはきっちりと教育しておきますので平にご容赦を」
と親衛隊長さんらしき人が敬礼をしながら若干笑いをこらえて引き攣った顔で口にする。年のころは腹黒公爵さんと山賊皇帝さんと同じくらいか。
「お前も笑ってなかったか?」
「いえ、滅相もございません。所詮はヒヨコの世迷言。誰も『このヒヨコ、何て的確な事を言うんだ。俺も山賊の親分みたいな人だと思っていたんだ』『俺なんて山賊団に入ったと思ってたのに気付けば皇帝直属親衛隊になっていた』『昔はヒャッハーしてたのになぁ』などとは我等一同、誰一人思ってはおりませんので」
「語るに落ちるとはこのことだな」
呆れるように溜息を吐く山賊皇帝さん。若干、背中が寂しそうだ。
「ピヨピヨ(まあ、元気出せよ。フルシュドルフダンスでも踊ってみるかい)」
「きゅうきゅう(見た目はともかく人間にしては中々見所のある山賊の親分だと思うのよね)」
ヒヨコとトルテは山賊皇帝さんを励ます様に背中を撫でてあげる。
不敬だと周りも動かないのが謎であるが。
するとざわつく声が大きくなる。何だろうと周りの大臣や貴族、騎士団たちが一つの方向を見る。北東方向から物凄い数の魔物が空を飛んでやってくる。
翼を生やしたグリフォンやペガサス、鳥系魔物が空を埋めるかのようにやってくる。
「お、おいおい。モーガンから聞いていたが、とんでもないな」
「とんでもない従魔士を輩出しているとは聞いていたが……」
山賊皇帝さんも腹黒補佐さんも驚きのご様子。
ピヨピヨ、ヒヨコにとってはあれらは全て狩り対象です。
「きゅうきゅう(おいしそうなのよね)」
「おいこら、トニトルテ。おいたしたらダメよ」
ステちゃんがすかさず注意する。トルテの扱いにも慣れたものだった。
「きゅ~う?(ダメなのよね?)」
「あの魔物はこれから迎える獣王国の人達の大事な魔物だからね」
「ピヨピヨ(残念だったな。ヒヨコの家に運ぶ予定のジャーキーを一本やるから我慢しろよ)」
「きゅうきゅう(ヒヨコに免じて我慢するのよね。……でも、よく考えたらヒヨコがいない間にヒヨコの確保していたジャーキーはもう全部食べちゃったのよね)」
「ピヨヨッ!(なっ)」
トルテのあんまりな自白に、ヒヨコは凍り付く。
あれ、ヒヨコのへそくりジャーキー、ステちゃんが占いでたくさん稼げた日にお肉屋さんで奢って奢ってと頼み込んで5枚ほど溜めていたジャーキー。
昨日はお引越しでいつもの安宿に置いてあったけど………あれれ?
ゼンブタベチャッタ?
………
「ピヨピヨピヨピヨ」
おかしいな?ヒヨコの目の前がじんわりと滲んで何も見えないよ。
ぎょっとした様子のトルテは何故かしどろもどろになっていた。
ヒヨコは何か大事なものを失ったような気がする。
まあ、ジャーキーなのだが。
『いや、別にヒヨコの稼ぎがあればジャーキーの5本くらい普通に買えるでしょ。ジャーキーばっかり買っていると部屋がジャーキー臭くなるから買わないのであって、そもそもジャーキー自体、ヒヨコのレースで稼いでいるお金から出ているんだけど』
「ピヨヨッ(そうなのか?)」
『今度、ヒヨコの家に腐らない程度の量を買っておいてあげても問題ないわよ』
「ピヨピヨ~(ステちゃん、ヒヨコは今、モーレツに感動している)」
「きゅうきゅう(ヒ、ヒヨコ。アタシにもジャーキーをよこすのよね)」
「ピヨ(勝手にヒヨコのジャーキーを食べる子に恵んでやるジャーキーはない!)」
「きゅきゅきゅ~(そんな~)」
トルテが半泣きでヒヨコに縋りつく中、遠くからやって来た翼をもつ魔物の群れが目の前に着地する。
騎士達などは明らかに腰が引けていた。
獣人達の出迎えなんてと小馬鹿にしていた貴族達は恐怖のあまり怯えて震えていた。グリフォンが大量にいるのである。このまま戦争をしたら膨大な被害が出ることこの上ない話だ。
陛下の近衛騎士辺りはすげーとか言って驚いてはいるが落ち着いたものだった。恐らくだが修羅離れしているのだろう。ヒヨコもビックリしてるが別に怖くはないぞ。
でも、挨拶と同時に示威行動をしていたとすれば連邦獣王国は大成功したと言えるだろう。
獣王国の人達が、それぞれが猫耳や犬耳、尻尾のついている人達が魔物から降りてぞろぞろと並ぶ。その中で黒い甲冑を着た女性が前に出て兜を取る。ピョインと黒い猫耳があらわになる。猫人族のお姉さんなのだろう。
「初めまして、連邦獣王国連邦議会、暫定議会長のマーサ・リンクスターと申します。お見知りおきくださいませ」
「俺がローゼンブルク帝国皇帝アルトゥル・ローゼンブルクだ。まあ、仲良くやろうってんだ。敬意は持っても畏まる必要はないぜ。よろしくな」
山賊皇帝さんは前に出て握手をしようとする。マーサと呼ばれた猫耳お姉さんは前に出て山賊皇帝さんと握手をする。貴族達とは関係ないメモを持った人たちは何やらシャカシャカ絵をかきながら唸っている。アレは新聞記者さん達だろうか?
『獣王国と歴史的な一歩!』
みたいな見出しで新聞が出るのだろうか?
「とはいえ、さすがにウチの国も想定外というか、どうやってくるのか、今日来る予定だったが全く来る様子がなくて不安だったのだがな。あれだけの従魔を繋ぎとめるような設備は準備していないぞ………」
「ああ、それなら問題ありません。ミーシャ、お願いできる?」
猫耳お姉さんは近くにいる猫耳少女に何かをお願いすると猫耳少女は従えている魔物達に声をかける。
「はーい。じゃあ、皆、暫くこの町にいるから、森とかで適当に時間潰しておいてね。帰る時になったらまた呼ぶから。人は狩ったらダメだよー」
「ぐるー」
「クワックワッ」
「クルルルルル」
魔物達は少女の言葉を聞くなり、皆で返事をしながら獣人達を全員降ろす。
すると魔物達は一斉に散っていく。
「……まさかとは思いますが……あの魔物は」
「恥ずかしながら、娘の従魔なんです。どうも父親に似たようで父親に匹敵するかそれ以上に魔物を惹きつけるようで」
「我が国でも従魔士はいるが、あれだけの魔物を扱える従魔士は歴史を紐解いても皆無だな。あの年でこれ程とは末恐ろしい」
「まだ魔物が好きなだけの子供なのであまり調子に乗せないようにするのが精いっぱいという感じですけど」
「確かに。我が国でも本来皇帝になるべき者が周りに煽てられて権力を振りかざしてやってはならない事を行ない、勘当された程だからなぁ。子供の教育とは難しいものだ」
猫耳お姉さんの言葉に納得するように山賊皇帝さんは頷く。
「ピヨピヨ(親善大使は何をすればいいのだ?)」
『まあ、直に場を移すからそこで自己紹介をすることになるだろう。一応、ステラ君には身分を隠して貰うけど、彼女をしる一部の獣人達が気づいていれば良いだけの話だからね』
「ピヨピヨ(アイアイサー)」
腹黒補佐さんの言葉にピシッと翼で敬礼をする。
すると
「ピヨちゃん!?」
魔獣に命令をしていた猫耳少女が驚いたような顔でヒヨコを見ていた。
「ピヨ?(おや?まさか……………この少女は……)」
ヒヨコはしばし考えて何かを思い出そうとする。
デジャヴという奴か、どこかで見た事が有る。
ヒヨコはそう、どこかで覚えが……
「ピヨちゃんだ!ピヨちゃーん」
「ピヨヨー」
猫耳少女は駆け出しヒヨコの方へと走ってくる。ヒヨコは手羽を広げて受け止めようとする。
「ピヨちゃーん」
「ピヨヨー」
かつて友だったヒヨコと猫耳少女の感動の再会?
「ピヨピヨ(だが、それは残像だ)」
と見せかけて、ヒヨコは縮地法で少女の後に周り体当たりを見事にかわす。
飛びついてきた少女が地面に落ちそうな所をステちゃんが慌ててキャッチする。
「ピヨピヨ(その少女はどちら様ですか?)」
やはり思い出せんな。どちら様だろう?
「も、もしかしてピヨちゃん、私の事を忘れたの?」
猫耳少女は愕然とした表情でヒヨコを見るが、残念、ヒヨコの記憶力はそこまで賢くないのだ!
何か言っていて自分が悲しくなってきたぞ。
「ええとね、ミーシャ。あのヒヨコ、私と出会う前の事を完全に忘却しているから、多分、昔あっていたとしても覚えてないと思うよ」
「そんなぁ…………。って、ステちゃん!?」
猫耳少女は泣きそうな顔をするが、そこで自分を抱きかかえてくれたステちゃんを見て驚いた顔をする。
「今気付いたか、相変わらずマイペースね、ミーシャは」
複雑そうな顔をしているステちゃん。
それにしても猫耳少女はステちゃんの知り合いか?ヒヨコと同じようにステちゃん呼びとはよっぽど仲が良いのだろう。
猫耳少女はステちゃんにしがみついて
「どこに行ってたの?全然会えなくて寂しかったのに。ピヨちゃんもいなくなってたし」
「うーん、取り敢えず後でね。ほら、皇帝陛下の前だし」
「う、うん」
しぶしぶといった様子で猫耳少女はステちゃんから離れ、しょんぼりと猫耳を垂らす。
「ピヨピヨ(どうやらヒヨコの覚えて無い頃に知り合いの様だ。だがヒヨコは知らないのでこの場合は知り合いと呼ぶのだろうか?知り合ってないって呼ぶべきか?)」
「そんな哲学的なことを言われてもねぇ。まあ、ヒヨコ君の昔の知り合いというのならば時間を取ってあげると良いだろう」
「ええと、そちらのヒヨコは…」
「我が国の住民である狐人族の少女が飼っているヒヨコだな。何でも8月頃にフルシュドルフという町に流れる川に流れてきたヒヨコだとか」
山賊皇帝さんがヒヨコのプロフィールを語る。まさか山賊皇帝さんにもまで知られていたとはやはりヒヨコは有名人のようだ。
ヒヨコは取り敢えずステちゃんの隣に立って、トルテはヒヨコの頭によいしょっと乗っかる。
「そう、ですか。いえ、実はとても似たヒヨコに当時助けられたので、もしかして同一の魔物かと思ったのです」
「それらしい話は聞いていたから同席させたんだが、やっぱりそうだったのか。とはいえ当の鳥自身が全く覚えてないようでな。まあ、俺も赤子の頃は覚えてないし、あのヒヨコが覚えて無くても仕方ないだろう」
「そうですね」
「取り敢えず、城まで馬車で案内する。折角だからヒヨコとヒヨコの飼い主はマーサ殿とミーシャ殿と同じ馬車で案内差し上げろ。行くぞ」
やって来た獣人族達100人以上の使者たちが馬車にそれぞれ乗る。
だが、獣人達も驚いたように馬車を見ていた。帝国は帝国で馬車馬がスレイプニルといった高馬力の魔物だったからだ。
パカパカと歩く馬車の中、ヒヨコとトルテとステちゃんは猫耳お姉さんと猫耳少女と一緒の馬車に乗っていた。
「驚きました。まさか巫女姫様がいらっしゃるとは」
丁寧な口調で畏まる猫耳お姉さん。獣王国の代表なのに帝国皇帝を相手にする以上に下手に出た態度だった。
「やめてください。獣王国から追放された身ですし、もう巫女姫でもありませんから」
と困り切るステちゃんである。
「えー、ステちゃんはステちゃんだよ」
と猫耳少女はステちゃんに抱き付いて甘えていた。
「ええとそのヒヨコは……ステラ様がお飼いしていると聞きましたが…」
「というよりも、私が拾って、何か懐いてしまっただけなんですよね。住んでいた村の村興しのイメージキャラクターになって……」
ステちゃんが説明するのでヒヨコは自分のタスキを手羽先で差して親善大使をアピールしてみる。
「村のイメージキャラクターなのに村人の所有している魔物じゃないのはまずいと言う事で私が飼い主になったという訳です。はい」
「村というのはどこの村ですか?」
「フルシュドルフと言って、獣王国からベルグスランドを経由して帝国に流れ込む川の麓にある村ですね。まあ、村というほど小さくないので町と言った方がよさそうですが」
「……そう。となるとあの川の……。ステラ様は帝国ではどのように過ごしているのでしょうか?」
「母が未熟だったころ、占い師として多くの人の悩みを聞いていたらしく、同じことをしてみようかと、占い師で生計を立てています」
「帝国はステラ様を巫女姫様と知っていてここに連れて来たのでしょうか?巫女姫様の事は三勇士や一部の部族長しか知りません。フローラ様と違い、ステラ様は表に出てくる事は無かった事ですし」
そう言えばとステちゃんはポムと手を打って頷く。
「パッと見た感じでは元三勇士とマーサさん、あとグレンさん当たりしか分からなかった。代変わりしている様子だったけど、それ以外は知らないかも」
「今回、大きく世代交代している為、私を含め元三勇士や祖父のグレン位しか知らないから騒ぎにはなりませんが、下手に知られていたら、帝国の前で全員が跪いている所です。モーガン殿が前もって知らせていたから我等元幹部が帝国で会ったとしても内密にと皆で決めていました」
「え、えー。そんな権威はないと思いますけど」
「あまり御身の重要性を軽く見ないでください」
「ごめんなさい」
情けなさそうな顔でステちゃんは謝る。
「でも、無事なようで良かったです」
猫耳お姉さんはステちゃんをギュッと抱きしめる。
「ピヨピヨ(ヒヨコの知り合いだったぽい人は、ステちゃんの知り合いなのか?)」
「えーとね、ステちゃんは私のおばさんなんだよ」
と猫耳少女が挙手をして進言する。
「ピヨピヨ(そうかステちゃんはおばさんなのか)」
「きゅうきゅう(ステラはおばあさんなのよね)」
スパタターンとハリセンでヒヨコとトルテの頭を叩くステちゃん。
「何か言った?」
「ピヨピヨ(何もいってないです)」
「きゅうきゅう(アタシは何も言ってないのよね)」
ヒヨコとトルテは叩かれた頭を抑えながら首を横に振る。
「くすくす。楽しくやっているようで何よりです」
猫耳お姉さんは口元を抑えて笑う。
「別に楽しくは……」
「フローラ様がお亡くなりになられてから、ステラ様は責任感と自分の能力に翻弄されて笑っている姿を見たことがありませんでした。そのような快活な姿、フローラ様が生きていた頃以来ですから」
「………」
猫耳お姉さんの指摘にステちゃんは困ったような顔をする。
そう、ヒヨコは笑顔の伝道師。ピヨドラバスターズは永遠に不滅です。
「ところでヒヨコと知り合いみたいだったのですが、何があったんですけ?それっぽい話は聞いたんですけど真偽はしらないので」
「実は半年前程にコカトリスが大発生したのです。その討伐に向かって、全滅はさせたんですけど、攻撃がかすったのか石化毒の呪いに掛かって死に掛けてたんですよ」
「え?」
ステちゃんは心配するように乗り出すが。
「今は大丈夫。ただ、2月以上ベッドで寝込んでいて、ミーシャは心配して薬草を取りに行ったんだけど、その時にピヨちゃんを拾ってきたの」
「はあ、そうなの?」
「ピヨヨ~(ヒヨコは全く覚えていないが。……だが、言われてみると森の中で迷子の子猫ちゃんを拾った記憶はあるな。おうちを聞いても名前を聞いても分からないからピヨピヨと困り果てたような?そこで犬のおまわりさんが登場。)」
「何か明らかに作ってるっぽい感じがするんだけど」
※実話です(1章参照)
「ピヨピヨ(覚えているような覚えていないような感じなのだから仕方ない)」
「で、マーサさんは大丈夫だったんですか?」
「それが、石化毒が回って喉元まで固まりだして死を覚悟した時にピヨちゃんが神聖魔法を使って私の病気を治してくれたのよ。まあ、それでピヨちゃんはコロリと倒れちゃったんだけど」
「ピヨピヨ(ヒヨコは神聖魔法如きでは倒れませんぞ!)」
「まあ、そうなんだけど……まあ、ヒヨコの魔法スキルなら余裕で治せるだろうね。って事はその時点で既に持ってたの?でもそうすると尚更ヒヨコの素性が分からないのよね。最初から膨大な魔法を持って生まれるなんてありえるのかな?」
「ピヨピヨ(聖鳥だからそう言う事もありなのでは?)」
「うーん、……グレンさん来てたよね」
「村長さんも来てるよ!」
ステちゃんが腕を組んでうんうん唸っていると、手を挙げて猫耳少女が言う。
「祖父が何か?」
「ミーシャの様子を見るにその頃は念話をつかえなかったっぽい感じがするんですけど」
「分かる?最近よ、覚えたのは。まだレベルも低いらしいけど」
「グレンさんならヒヨコが何を考えていたのか分かるんじゃないかなって思って。後で時間が取れるようなら私と話せるようにできませんか?」
「言われてみれば………」
猫耳お姉さんは腕を組んで唸る。
グレンさんとは何とも格好良い名前をお持ちの様で。ヒヨコに通じるものがあるな。きっとヒヨコのようにイケメンなのだろう。
※ただの猫耳腹黒お爺ちゃんです。
結局、ヒヨコ達は馬車にコトコト揺られながら帝城へと連れられて行くのだった。