表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/327

1章8話 うっかりヒヨコ戦記

 運よくバジリスクの脅威から逃れた俺は、バジリスクを食っていた。


 腹が減ったのでとにかく飯が食べたかったからだ。

 意外とうまいぞ、このバジリスク。

 やめられないとまらない。ピヨピヨ。このピリッとした辛みが………何とも…


 だが突然、体が寒くなって行くのを感じる。物凄く血圧が上がっているようで心臓の動悸が酷くなる。

 ドクンドクンと脈動がうるさいほど聞こえる。

 すると突然の『ピヨの毒耐性のスキルのレベルが上がった。レベルが5になった』とか神託が下りてくる。え、いきなり毒耐性5ですか?


 お腹いっぱいになるまで食っておいてなんだが、非常に危険な毒だった事が発覚する。

 突然、体が麻痺し始める。やばいのでふらつきつつも木の洞の下に隠れるように移動するが、そのままどさりと倒れてしまう。体が強く痙攣して本当に動けなくなってしまう。

 だが右の手羽先が石化していたのが徐々に治って行くのを見るに、どうやらバジリスクの肉は猛毒であると同時に石化を治す薬でもあるのだと理解する。


 なるほど、これが石化毒に対する効果なのか。そう言えばこの毒と呪いの中和をする為にマンドラゴラとエルダートレントの葉が必要だったんだっけ。


 …………と思いながら息も絶え絶えな俺だった。

 もはや脚が痙攣して全く動けない。毒が回って来ているようだ。


 コフコフと音の出ない咳と共に腹や胸のあたりからこみ上げてくるのを感じると、ドバァと盛大に吐血する。


 あ、これ、ダメな奴だ。調子に乗って食い過ぎた。


 息も出来なくなるくらい苦しく、必死に空気を吸おうと頑張りながらも肺から空気が上手く取り込めない。吐血のせいだ。

 地獄のような苦しみが続く。体を燃やされて息が出来なかった時のような苦しさが俺を襲う。


 頭が痛くて考えられない。体が痛くて動かない。お腹が痛くて気持ち悪い。息が出来なくて苦しい。体中が攣ったかのようになり、動けなくなってしまう。


 朦朧とする意識の中、ヒヨコはぐったりしながらも必死に意識を保っていた。寝たら死ぬ、そんな気がしたからだ。




 何時間耐えたのか、或いは数秒しか経っていないのか、意識が途絶えた様な戻ったような、痛みと苦しみだけが続き、時間があいまいに感じる。

 さっきまで夜だったような?

 気付けば日が昇っていて、朝だったような。時間の感覚もあいまいだ。


 俺は必死に生き延びようともがき頑張り続けていた。


 だが、そんな俺の体力もいつまでも保つことはできない。うつらうつらと瞼が重くなっていく。ああ、ダメだ、そう思いながら俺は目を閉じる。




 だが、目を閉じて暗い闇の中に落ちると、ふと耳元に川のせせらぎの音が聞こえ、目の前には水辺が広がって行く。

 ああ、川の向こう岸に死んだ母ちゃんの姿が見える。俺の母ちゃんも立派なヒヨコだったのか。

 つまりのこの川こそが渡ったらあの世に続いているという、あの伝説の……………




 ………………て、それただの夢だよ!俺、母ちゃん知らないから!あと、母ちゃんがヒヨコな訳ないから!若作りしすぎだろ!ヒヨコが子供産むわけあるかい!?


 俺はアホな白昼夢を見てガバリと体を起こす。

 ゴツンと木の洞の天井に頭を打ちつけてしまう。頭を手羽先で抑え、ゴロゴロと転がりながら木の外に出ていく。


「ピヨ?」


 辺りを見渡すといつの間にか夜になっていた。

 どうやら俺は死んではいないようだ。そして白昼夢ではなく、普通の夢だったようだ。朝だった気もするし昼だった気もする。或いはそれも夢で、ただ一瞬だったような、長かったような、よく分からない感覚である。

 しかし、ちょっとぐったりしていた程度の感覚であるが、随分な時間が経っていたらしい。

 体調は大丈夫なのだろうか?俺は久し振りにステータスをフルオープンする。




名前:ピヨ

年齢:0歳

LV:24/50<UP>

種族:???(ヒヨコ)

性別:男

職業:無職

HP:2/265<UP>

MP:15/365<UP>

STR:54<UP>

AGI:87<UP>

DEF:32<UP>

INT:22<UP>

MAG:313<UP>


称号:復讐者、迂闊者、真の愚者<NEW>

状態:瀕死

スキル:魔力操作LV10 忍び足LV1 高速移動LV1 回避LV5 暗視 神眼 神託 魔力感知LV10 音響探知 野生の勘<NEW> 離陸LV1 火魔法LV10 水魔法LV5 氷魔法LV5 土魔法LV5 風魔法LV7 雷魔法LV8 神聖魔法LV9 精神耐性LV10<NEW> 炎熱耐性LV10 毒耐性LV7<UP> 麻痺耐性LV5<UP> 病耐性LV5<UP> 呪耐性LV10<UP> 即死耐性LV10 食い溜め 格闘術LV1 嘴術LV3 火吐息LV1


 なんだか凄い事になっていた。

 HPが2しかない状況にびっくりする。というかさっき頭を打ち付けて死んだら大バカものだなぁと自分で呆れてしまうようなHPになっていた。

 ステータスは恐るべきことに、精神耐性と呪耐性がカンストし、毒耐性がかなり上がっている。さらに麻痺耐性、病耐性が加わっただけでも飽き足らず猛烈に上がっている。

 いくら美味しくてもバジリスクの肉は食べてはいけないと言う事が判明した瞬間だった。

 そういえば人間時代、バジリスクは身も血も全て猛毒なのだと聞いた事があった気がする。何故あんなにお腹いっぱいになるまで食い散らかした。

 どうやら即効性の毒ではなかったようだ。


 すると俺は敵の気配を感じたような気がして慌てて木の洞の中に身を隠す。すると巨大な黒い熊がずしずしと歩いてやって来る。以前、川辺で見かけたダークグリズリーだ。

 危なかった。

 今、遭遇したら即死決定である。もしかして今のが最後に加わった野生の勘という奴だろうか?獣なら皆持ってそうだけど、そうか、ついに俺も野生の仲間入りだ。

 俺は息を殺して巨大な熊を隠れて観察する。前にもニアミスをしていただけに恐怖を感じさせる。この樹海は本当に怖い場所だと実感するのだった。



 するとダークグリズリーは足元に落ちているバジリスクを見て、クンクンと匂いを嗅ぐ。随分と肉が腐っているように見えるが、たった半日程度なのに、死体が酷く腐敗して凄い事になっていた。


 するとダークグリズリーはムシャムシャとバジリスクの肉を咀嚼し始める。

 だが、暫くすると熊は慌ててバジリスクを吐き出す。そして、苦しそうにゴロゴロと転がりうめき声を上げる。

 さらに激しく嘔吐をしていたが、やがて激しく血を吐きだす。遂にはそのまま前のめりに倒れ、動かなくなるのだった。


 俺は熊のステータスを覗き見ようとすると『レッドグリズリーの死体』とステータス表が出る。


 俺は一体何を食ってしまったのだろうか?空寒いものを感じる。

 むしろ、よく生きていたなぁ。よほど運が良かったのだろう。


 あ、でも………あれ、レッドグリズリーだったんだ。ダークグリズリーだと思ってたよ。レッドグリズリーってもっと血のような赤い色だったと思うけど。…灰色と言うか白っぽい色はしていない筈だが…………。

 そう言えば赤系の色が若干明るく見えるな。


 取り敢えず、今回も色んな意味で問題が去って行きピヨッと息を吐くのだった。




***




 レッドグリズリーの肉を食って腹だけを満たしてから再び移動を開始する。毒耐性のお陰で毒で倒れた熊を食べた程度では痛くもかゆくもなかった。

 この調子なら俺はなんでも食べられるグルメマイスターなヒヨコになれるかもしれない。

 最後の一つ、エルダートレントの葉っぱを探しにレッツらゴー。

 とは言っても、魔物に襲われるのは怖いから木陰の下を隠れて進む。


 抜き足、差し足、ヒヨコ足。抜き足、差し足、ヒヨコ足。抜き足、差し足、ヒヨコ足。


 俺は黙々と森の中を潜って、エルダートレントを探す。奴は大きくて手足が長くて根っこが触手のように動く猛者だ。そして奴は炎に弱く、炎の魔法を極めているこの勇者ルークには極めて相性の良い相手だった。

 とはいえヒヨコは弱いので、出来るだけ他の魔獣との戦いを避けようと思う。


『ピヨの忍び足のスキルレベルが上った。レベルが2になった』


 神託が降りて来るがそれはどうでも良い。

 だが、どうにも表は肉食獣が歩いているが、木陰の薄暗い場所は虫が多く、我がヒヨコ足を無視して虫系魔物が襲ってくる。

 大きなムカデとか、大きなカマキリとか、巨大蟻の群とか、巨大蜂の群とかと出会うが難なく屠って先へと進む。どうやらレベル24なヒヨコはかなり強いらしい。

 ステータス的にはまだまだザコなんだけどね。戦士職の人間に勝てるかどうかも怪しい。


 既に勝ってるけど、このステータスでよくもまあ楽勝出来たものだ。普通にバジリスクに勝てるステータスを持っていないのだ。情けないがこれが現実である。


 エルダートレントを探して2日、エルダートレント戦を見据えて火吐息の練習をしていたが、蜂の巣を燃やしたりアリの巣をいぶしたりしている内に火吐息がちょっと強くなっている気がした。


 それにしても、エルダートレントはどこにいるのだろう。奴の居そうなのはじめじめした森の暗い場所。魔力が肥沃な大地に根を生やす。

 俺の魔力感知によって大地の魔力の肥沃な場所に辿り着いたのだが、見当たらない。

 徐々に大地から空に向かう木々が大きくなってきて、足元の根も跨ぐのが大変になって来ていた。

 エルダートレントさんはいずこに?


 闇の帳が下りた頃、夜目の利くオレは元気に木々の下を歩いていた。

 忍び足で歩きつつ、大きな木の根っこが邪魔なので跨ごうとすると、道を阻むように根っこが俺の足を引っ掛かる。

 ピヨコロリと前方に転びつつも、でんぐり返してシュタリと起き上がる。

 まったく、根っこが急に動くなんてひどい話だ。最近の木の根っこは生意気すぎると思う。こっちはエルダートレントさんが見つからないと言うのに。

 俺は更に奥の方へと歩きに進むのだが、次から次へと木の根っこが、まるで冒険者の店に行った時に行われる新人への嫌がらせをする先輩冒険者の足のように俺の目の前を塞ぐ。


 木の癖に我が道を………


 と怒って木の方を向くとそこにはうねうねと木の根が動く巨大な大樹が聳え立っていた。魔力を帯びた明らかに魔物臭い樹であった。

 あらゆる生命を食い散らかしていたかのように木の根っこの下には使っ様々な死体が転がっていた。それこそ魔物さえも憑りついて精気を吸い尽くしており、ミイラ姿になった魔物の死骸があちらこちらに転がっていた。


「ピヨ、ピヨヨーピヨピヨピヨ、ピヨー!(エ、エルダートレントさん、出たー!)」

 驚きの声を上げるオレであった。


 そこで気付くのだが、現在MPは枯渇中である!なんてこった!MP上がってるんだからよくよく考えたら火吐息ではなく普通に火魔法で一網打尽だったのでは?


 エルダートレントは急に止まってはくれない。触手のようにうねうねと根を操り、俺を捕えようと襲い掛かって来る。

 だが、ヒヨコは華麗に回避する。凄まじい数の根がニョロニョロと伸びて俺に襲い掛かって来る。俺は必至に逃げ回り、ピヨッと攻撃を回避する。

 相手は次々と根を伸ばして攻撃してくるが、


 ピピーン


 野生の勘が働き、足元から来る根の動きも読んで下から突然襲って来た根の攻撃も回避する。

 硬くてヒヨコキックや嘴攻撃では勝てそうにない。炎の魔法を使えるほどMPが無いのは痛いが、俺は火を吐く伝説のヒヨコ。


「ピヨピヨピヨヨ!ピヨヨーピヨー!(くらいやがれ!ファイアーブレース!)」


 ボフボフとトレントの根の先端を燃やす。だが直に火は消えてしまう。切ったばかりの木は水気があるので燃えにくいように、トレント自身は燃えにくい。燃えるから炎に弱いと言えど勇者時代の高火力魔法と、松明程度の火の吐息では勝負にならない。

 だが、俺はどうやら凄い鳥の亜種の可能性があると言う。

 ならば火の吐息も使えばパワーアップするかもしれない。そう、火の吐息がよく燃えるコツというのを掴まなければならないのだ。


「ピヨーッピヨヨーッ」

 次から次へと火の吐息を吐く。

 迫りくる根を焼き、攻撃をかわし、エルダートレントと戦い続ける。互角の攻防が繰り広げられていた。バジリスクとの戦いで魔物としてのレベルが上がったからだろうか、非常に体が軽い。


 するとエルダートレントがぼやけて見え始める。いけない、これは幻覚だ。

 だが、幻覚は俺にとっては意味のない攻撃だ。勇者になって神眼を手に入れてからというもの、俺はその瞳で幻覚を打ち払う。神眼を解放すると様々な情報が飛び込んで来て正直面倒臭いのだ。だからあまり使いたくないと言うのが本音ではあるが。


 だが、幻覚を打ち破ろうとこっちが不利なのは否めない。

 それでも戦っているうちに何となく火の吐息のコツをつかみつつあった。より多くの空気を取り込むことがポイントだ。嘴を最初にすぼめた方が速度も上がるようだ。


「ピヨ!」


 火の吐息を吐くとエルダートレントの根の先端を燃やし貫き、その表皮にぶつけ表皮が燃える。

「ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ!」

 火の吐息6連射、迫りくる4つの根を燃やしさらに表皮を焼く。

 さらに大きく息を吸い空気を切り裂くつもりで息と一緒に炎を吹く。強力な炎の弾が飛んで行きエルダートレントの体を燃やす。こころなしか威力が強まった気がする。


「ピヨヨー!」

 気合を入れて嘴で攻撃を払いエルダートレントを攻撃する。木の皮が削れる。着実にダメージを与えているように感じる。

 あとは根性で倒し切るのみだ。


 俺とエルダートレントとの激闘は半日以上も続く。夜は明けても戦いは続く。


 幻覚効果がなくなり、俺は過剰な情報を送って来る神眼の機能を切って、さらに敵への集中力を高めて攻め立てる。弱点は把握済み、互いにHPが削り合っているが、奴のHPは半分を切っていた。

 もはや攻撃パターンは読めた。

 エルダートレントに勝利するには体力的にギリギリ押し勝てる。おれはそう確信した。


 だが、ヒヨコ頭である事に気付かなかったのが俺のミスだったかもしれない。


「ピヨヨッ」


 押し勝てると確信した俺が何故かエルダートレントに捕まってしまったのだ。

 いつの間にか手羽先を枝から延びるつたに絡み取られていた。


 ヒヨコ、大ピンチである。


 何とエルダートレントは根だけを動かして戦っていた筈なのに、いきなり枝を蔓のように伸ばして俺を捉えたのだ。聞いた事もない。

 常に根元を注意していた俺は空から降り注ぐように伸ばしてきた触手の様な枝に捕えられ体を樹の幹に抑え込まれてしまう。炎で燃やそうとしても簡単に焼けず、ヒヨコはエルダートレントに捕まり囚われてしまう。足元に落ちてる白骨死体が見える。


「ピヨピヨピヨヨ(なんてことだ)」

 完全な油断だった。まさかトレントが枝を伸ばすなんて想像もしなかった。だが、実際に枝を動かす事くらいは出来たのだ。奴が戦いの中でスキルを身に着けていたのだろう。自分が成長するように敵も成長する。


 トレントの枝はロープのようにヒヨコボディを束縛し、さらに締め上げていく。

 ミシミシと体が軋む。


 やばい、このままじゃ死ぬ。

 折角、生まれ変わってヒヨコライフを満喫していたのに。ミシミシと骨がひしゃげていく音が聞こえる。このヒヨコボディはやわっこいのだ。

 目の前に見える世界の輪郭が掠れていく。このまま俺は第二の人生も終わってしまうのか?


 いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだ!

 こんな終わり方は嫌だ。まだ何も成していないのに!


 すると、俺の目の前にふと寂しそうな一人の女性の姿を幻視する。まるで時を遡るように聞こえる筈もない声が聞こえてくる。


『こうやって、この子を懐かせればミーシャと一緒にいてくれるようになるんじゃないかって思ってるんだから。………私は多分もう、長くない。私がいなくなってもピヨちゃんがいてくれるならミーシャもきっと寂しくないもの』


 それは、たった一人の娘を残してこの世を去らねばならない女性の呟きだった。


 そうだった。思い出した。


 俺はただ、世界の片隅にある小さな幸せや理不尽な不幸から、弱い人たちを守りたかっただけだったんだ。

 勇者になんてなりたくなかったけど、ただそれだけで戦ってたんだ。


 ああ、くそ。

 何でヒヨコになってまでそんな事を思い出すかな。……お気楽ヒヨコライフを生きてればいいじゃないか。

 でも、そうだよ。俺はまだ何も成していない。あの天然幼女の涙も見たくないし、あの優しそうなお母さんの娘を残して逝かねばならない悲しさから解き放っていないのだ。


 こんな木偶の坊(エルダートレント)に負けて終わってなるものか。

 死ぬくらいなら道連れにするくらいの覚悟でやったらぁ!


 俺はこれまで蓄積した全ての火の吐息の経験を思い出しどうすれば効果的な炎を吐けるのかを考える。

 炎の吐息は魔物独特の機関でもある魔肺に魔力を集中させる事で、魔肺の機能を高く活動させるのだ。

 そして腹の中に収めた魔物の肉を分解しガスを大量に生み出し、大きく息を吸い空気を大量に含ませる。


ピヨヨピヨヨ(くらいやがれ)ピヨヨーピヨー(ファイアーブレース)!」


 俺の放った火の吐息は圧倒的な威力で自分の体に巻き付いている


『火吐息のスキルレベルが上がった。レベルが2になった』


 スキルのレベルが上がり、炎は俺ごとエルダートレントを燃やす。


 まるで勇者時代の最期のような光景だ。だが、後悔はない。俺は絶対に死なない。エルダートレントを倒しあの親子の笑顔を守るのだ。


 エルダートレントの俺を締め付ける力が弱まって来る。俺は熱さを我慢する為に必死に嘴を引き締める。森の一角を焼き尽くす様な劫火はやがて燃やすものを失い消えていく。エルダートレントが大きく周りの木々が無かった事が幸いだったかもしれない。山火事になったら大変だった所だ。

 やがて、エルダートレントは動かなくなり焼け落ちるのだった。


『ピヨはレベルが上がった。レベルが26になった』


 俺の勝利だ。俺は火傷した体に鞭を打つつもりで歩きだすのだが、予想以上に頑丈にできていたらしい。火傷した体に鞭を打つ以前に、火傷した体が存在しなかった。何故だろう?

 HPがどれだけ減っているか確認しようとしたときにハッととある事実に気付く。


 スキル欄の『炎熱耐性LV10』がピコピコと点滅していた。


 そ、そーいえば、そんなスキルがあったね。………道連れ覚悟で頑張って損した。だ、だが、結果は狙い通りな訳だし。


 そう、これは計算通りなのだ。さすがは俺だと讃えたい。天才だな、俺。炎の中から甦る鳥。もはやヒヨコ伝説でも作るか?


※既に作られています。


 いや、もはや伝説である。か弱いヒヨコがサーペントを倒し、バジリスクを倒し、エルダートレントを倒したのだ。もはや伝説のヒヨコ。永遠のヒヨコ。

 ………いや、ヒヨコは永遠にヒヨコじゃダメだろ。ふふ、このうっかりさんめ。


 目の端で迂闊者の称号がピコピコ点滅しているが無視だ無視。


 さてと、気を取り直してエルダートレントの葉っぱでも毟って薬を作ろうっと…………………………………あ。



 俺はエルダートレントの亡骸を見上げ開いた口が塞がらない。

 木の幹も枝も葉っぱもを焼き尽くされ、無残な姿を晒すエルダートレントの朽ちた姿があった。勿論葉っぱなんてあるはずもない。


「ピヨヨーッ!(はっぱーっ!)」

 ヒヨコは両の手羽先で頭を抱えて嘆く。確かにトレントは火に弱い。だが、燃えてしまったら目的の葉っぱを手に入れる事は出来ないのだ。

「ピヨッ………。ピヨヨ、ピヨピヨヨ、ピヨピヨピヨピヨヨピヨ(フッ………、所詮オレなんて、単なる鳥頭さ)」

 愕然とする俺は涼し気な空を眺める。ボソリと懐に収めていたマンドレイクもバジリスクの血を含んだ袋も焦げて焼け落ちたのだった。


「ピーヨー」

 壮絶な戦いが終わり、すっかり明るくなった空にヒヨコの声が響き渡る。

 連続で行われた過酷な死闘ではあったが、得るものは何もないむなしい結末で幕は下りたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ