5章1話 どうやら急展開っぽいけどヒヨコは傍観者
…………許せない
……………………許せない
………………………………許せない!
己、勇者ルークめ!
この我を倒すなど万死に値する。
確かに今回は貴様の勝ちだ。だが、そう簡単に勝負がつくとは思うなよ。
我の魂は滅びる事はない。
今はまだ悪魔王には敵わなかったから奴の傘下に加わったが、我が力をもってすればやがては悪魔王を越えてこの世界を支配する事など容易い事だ。
殺して安心しているのだろうが、我が魂はそう簡単には朽ちぬ。それこそ命を引き換えてあらゆる悪霊を滅ぼしこの世から消し去るという神聖魔法ホーリーイレイズでもなければ我が魂を滅することなど不可能よ。
殺された所で、いくら死んでも我が魂の入れ物を入れ替えれば良いのだ。少々弱くはなるが数年もすれば元の強さに戻るだろう。
ルークめ、覚えていろ!
我が肉体が再び戻った時が貴様の最後だ!
不死王ノスフェラトゥは怒りの声を上げ、勇者ルークの凶刃の前にこの世から姿を消した。
それは悪魔王が滅ぶ1年前の事であった。
もしもこの頃、勇者ルークが魂をも焼き尽くす火魔法LV10ダークフレアや直接攻撃の極致である神滅撃を覚えていれば、これから帝都に起こる悲劇は避けられただろう。
だが、当時のルークはそのような力を手に入れてはいなかった。
不死王ノスフェラトゥの怒りは、ルークが死して新たな生を手に入れた事をも把握し、その魔の手を伸ばそうとしていた。
ヒヨコになってしまったルークと神や竜を除けば最強の不死王ノスフェラトゥの因縁の戦いの幕開けようとしていた。
***
バカンスを終えて、ヒヨコ達は帰ってきた。懐かしき帝都に。
とはいえ、その帝都も1カ月近くいない内に随分と寒くなっていた。
あたたかな場所から寒い場所に変わったせいかは分からない。そんなある日、ステちゃんの過ごす安宿に泊まったその翌日の事だった。
妙に寒い中、早朝に目を覚ますヒヨコ達。というかヒヨコは抱き枕ではないのだが、どうも寒い中ではヒヨコの羽毛が大活躍らしく湯たんぽのように扱われている。
ヒヨコの名はピヨ、いつ生まれたかは分からないが0歳児なので生まれたてのヒヨコちゃんのようである。人間の少年少女くらいの背丈を持つ巨大な赤いヒヨコだ。この羽毛の色の人によってはピンク色とも桃色とも呼ぶのでまあ赤っぽいのは確かだ。
帝国辺境にある町フルシュドルフの親善大使として活動をしている傍らで、帝国の魔物レースでも活躍している。
ヒヨコの布教したフルシュドルフダンスは帝国内で一般市民に多く普及しつつあった。
眠そうに体を起こしている水色のパジャマを着た見た目が幼女な狐耳をした女の子が、ヒヨコの飼い主のステちゃんことステラ・ノーランド16歳。金色の髪と金色の耳、金色の狐の尾、薄っぺらい胸を持つのが特徴で、妖狐族というこの世界に1人しかいない希少種族だそうだ。天然記念物に登録しても良いだろう。
で、ヒヨコが起きると頭に乗ってきたのが金色の鱗を持つヒヨコの頭ほどの大きさをした雌の幼竜。その名をトニトルテというが、名前が長いのでヒヨコ的にはトルテと呼んでいる。ヒヨコからマウントを取りたがる3歳のお子様である。そんなトルテであるが、ヒヨコは大人だから笑って許してやるのだ。
いつもの宿で、いつも以上の寒さに目を覚ましたヒヨコは外がどうなっているのか見ようと小さなバルコニーに続く大きな雨戸を右足で開けようとする。
雨戸をあけたヒヨコの目の前に飛び込んできたのは銀世界だった。まだ朝焼けの頃、帝都は眩い白で塗りつぶされ輝いていたのだ。
「きゅきゅーっ!(何事なのよね!?天変地異なのよね!)」
「ピヨピヨ!(大変だ、ステちゃん!白くなってる!)」
トルテとヒヨコは寒さに震えながら、外を覗き込み驚きの声を上げる。
「あ、雪だ。こっちもよく積もってるなぁ」
ステラは目をこすりながら外を眺め、ちゃんちゃんこを纏いつつコタツの中に脚を入れる。ステちゃんの実家の文化らしくコタツにちゃんちゃんこは500年来の冬の過ごし方なのだそうだ。
「きゅきゅきゅ~?(天変地異じゃないのよね?)」
「ピヨピヨ(天変地異じゃないなら、きっと絵本に出てきた冬将軍の到来に違いない)」
「きゅう~(ヒヨコ!これは世界を救う為に冬将軍を狩りに行くのよね!)」
「ピヨピヨピヨ~!(あいあいさー!)」
「やめなさい」
ステちゃんはコタツから体を伸ばし、呆れたような声音でペシリとヒヨコとトルテの頭にハリセンで叩いてたしなめてくる。
どういうことだ!?
帝都の危機に働くな、だと?こんな時こそ、勇者ヒヨコの出番であろう!?
「きゅうきゅう(見損なったのよね、ステラ。この世界の危機に我々が立たねばならぬのよね!)」
グワッとちっちゃい拳を握り訴えるのはトルテである。
「いや、雪が降っただけで世界は危機にならないから。毎年の事よ」
「ピヨッ!?(ステちゃんはこの白いのを知っているのか!?)」
「きゅう~(知ったかぶっても無駄なのよね!毎年の事だなんて嘘をついても3歳児のアタシにはお見通しなのよね!こんなのアタシの住んでた山では見た事も無いのよね)」
「あっちの方は温かいけど標高が高いから降っていると思うけど。もしかして低い場所で暮らしてたのかな?私の故郷も暖かい場所だったけど標高が高いから降ってたけどなぁ。まあ、冬になると真っ白になるからホワイトマウンテンって名前だったんだけど。私の家が建ってた山なんだけど」
トニトルテはヒヨコの頭から降りてステちゃんに抗議をするが、ステちゃんは不思議そうに首を傾げる。
「ピヨッ!(ヒヨコはこの危険そうな白と戦って見せる!食らえ!ヒヨコアタック!)」
ヒヨコはトテトテトテと走っていきピョインと二階の窓から白く染まって庭へダイブ。
ズボッとヒヨコがめり込んで止まる。
顔を起こすとヒヨコの型が真っ白な雪に取れていた。
「ピヨピヨピヨッ!ピヨー、ピヨヨーッ!(なんか楽しい!つめたーい!)」
ヒヨコは新雪に自分の体を埋めて何か楽しくなってしまう。
「ピヨピヨ!(トルテ、早く来いよ。何か面白いぞ!)」
「きゅう?きゅうきゅう?(ほ、ホントなの?敵じゃないのよね?)」
トルテはパタパタと飛びながら頭上から降り積もっていく雪に寒さを感じつつ、ゆっくりと足を雪に入れるとズブズブズブ入り、足を抜くと
「きゅうきゅう(冷たいのよね!)」
「ピヨ(取り敢えずめり込んでみると面白いよ)」
「きゅう?」
トルテは空を飛ぶのを辞めるとズボッと雪の中に体全てが埋まってしまう。
トルテはそれに慌てたように手でパタパタと掻き分けて顔を出してホッとする。
「きゅうきゅう(世界が白くなったのよね)」
「ピヨピヨ(そう言えばトルテは小さいけど重いから沈みやすいのか。ヒヨコは水に浮かぶほど軽いからな)」
※ヒヨコが浮きやすいのは肺と並び炎の吐息を吐くためのガスを作る特別な肺があるからです。ドラゴンも同じものを持っていますが、基本的に鋼より硬い鱗に覆われているので沈みます。そんな重いのに何でドラゴンは空を飛べるのかといえば彼らは魔力で空を飛ぶからです。スキル名称は『浮遊』で、その発展系が『推進』→『高速推進』です。
「きゅうきゅう(世界が滅びる前にアタシが滅びるのよね。寒いのよね。ヒヨコのギャグの次くらいにひんやりなのよね)」
「ピヨヨッ!?」
トルテは空をパタパタ飛んで慌ててステラの入っているコタツの中に潜り込む。
「ピヨピヨ(こんなに楽しいのに何が嫌なのか解せぬ)」
ヒヨコはトルテなどお構いなしに雪の上でトテトテ歩いて遊ぶ。新雪に自分の足跡がつくのが楽しいのだ。トルテにはこの楽しさが分からないようだ。
「しかしこの辺はやっぱり冷えるなぁ」
ステラはトルテと一緒に並んでコタツに入りながら、ヒヨコを眺めていると寒いので、しょうがなく立ち上がり大窓を閉めようとする。
「きゅうきゅう(寒いのは辛いのよね。眠くなるのよね)」
「いや、トニトルテって基本的に寝てない?」
「きゅっ…きゅうきゅう」
トニトルテは目をそらして空を仰ぐ。夜は寝て、昼間も日向ぼっこして寝て、基本的に狩りに行って飯を食うか寝るかのどちらかである。
だが、そこで気付く。ヒヨコがたくさん足跡を付けていたら、既に庭の右の方はほとんど足跡だらけになっていた。
ヒヨコはブルブルと体を振って雪を払ってから宿屋の階段を上ってステちゃんの部屋に戻る。
「ピヨヨッ(何故だ!ヒヨコの雪が他人に汚されてしまっていた!)」
「いや、ヒヨコ。この宿屋の敷地だからね?」
「ピヨッ!?(なんと!?ならば……、ならばヒヨコは自分の家が欲しい。庭付き一戸建てヒヨコ付きの家を!)」
「ヒヨコが家を買える事は無いと思うけど……私が買えばいいのかな?」
ステちゃんは首を捻る。
「ピヨピヨ(ヒヨコだけの庭!素敵!)」
「でも、帝都の土地って高いからよほど稼がないと無理よ?」
「ピヨッ!(こうして白い中を駆け回っていると、走りたくなってきたぞ!テオバルト君の所に行こう!そしてレースで稼ぐ交渉に行こう!)」
「一羽で行ってらっしゃい。私は今日のお仕事を休むから」
ひらひらと手を振りながら部屋にこもる気満々のステちゃんであった。
「ピヨピヨ(さすがにこの状況じゃお仕事にならないのか?)」
「私たちが来てから帝都で積もったのも初めてだし、こっちの方は寒いからどんな感じか分からないんだよね。ちょっと様子をみようかと。どちらにしても今日は客が来ない日だから。ぶらっと商店街に買い物には行くけど」
自分の仕事を自分で占って今日は人が来ないとするのも何だか悲しい話である。
「ピヨピヨー(じゃあ、ヒヨコは行ってきまーす)」
白い道をザフザフと音を立ててヒヨコは帝都を走る。
日が昇り始めており、ヒヨコは白い帝都で日差しを浴びながら足跡を残してご満悦であった。
恐らくいるであろうテオバルト君の魔物が訓練しているトレーニングセンターへと向かう。
辿り着いたトレーニングセンターも雪が積もって白く染まっていた。勿論、レース場以外の誰も入らないような場所は。道は雪が退けてあり、どうもスコップで道を埋めていた雪を横に退けているようだ。
ドドドドドドッ
ものすごい音を立ててトレーニングセンターにあるコースで魔物がたくさん走っていた。
「ピヨピヨ(おお、やってる、やってる)」
ヒヨコはピヨピヨーと入り口の管理人さんと衛兵さん達に声をかけて普通に中に入って行く。
ヒヨコはとっても珍しい魔物なので一目でその存在が分かってしまうから普通にフリーパスなのである。勿論、レースの時でも外さないフルシュドルフ親善大使のタスキを掛けているし、所有者を示すタグもついている。こんな巨大なソプラノボイスなヒヨコなんて誰も見たことがないのだから当然なのかもしれない。
いや、可愛さが別格だからな。そうに違いない。
それに、連戦連勝で最強キメラを蹴り倒したという逸話を持つ人気魔物なのだ。
「ピヨヨ~(いたいた、おーい、テオバルトくーん)」
ヒヨコはアインホルンの厩舎でお仕事をしているテオバルト君を見つけて声をかける。テオバルト君は雪かきをしているようだった。
「おや、ヒヨコ君じゃないか。久しぶりだね。どうしたの?」
「ピヨッ(ヒヨコは喜び庭駆け回るついでに走りに来たのです)」
「レースに出るのかい?」
「ピヨピヨ(こう、そろそろヒヨコの一国一城の王様になりたいの。大枚叩いて、帝都にお家を建てたい)」
「………まあ、G1レースに勝てばその位の金額は手に入ると思うけど……ヒヨコ君の場合レース数が少ないからね。あと3勝しないとキーラみたいに新魔物G1戦線には出れないからなぁ」
「ピヨヨッ!?(キーラの奴、見ないうちにそんなレースに出てるのか?ぬうう、あの小娘めぇ)」
「1歳のキーラもまさか0歳のヒヨコに小娘呼ばわりされているとは思わないだろうね」
ヒヨコがテオバルト君の隣に立って世間話をしているとやがてコースを物凄い勢いで走ってくる馬が3頭。ドドドドと競り合いながらやってくるが、最後にキーラが抜け出してゴールする。
「ヒヒーン(わーい、いっちばーん)」
ピョコタンピョコタン飛び跳ねながら喜ぶキーラ。走って戻ってきてコースの柵を潜ってテオバルト君にスリスリと頬ずりして喜ぶ。
そんな無邪気に飼い主に甘えているキーラをテオバルト君の横でヒヨコは眺めていた。
「ぶるるん(ハッ、ピヨちゃん)」
「ピヨピヨ(キーラは甘えん坊だなぁ)」
キーラはテオバルト君に甘えている姿をヒヨコに見られてビクッとなるも、ヒヨコはニマニマしながらキーラを笑う。
キーラはテオバルト君の裏に隠れつつ顔だけ出してヒヨコを見る。
「ヒヒーン(な、何しに来たの、ピヨちゃん)」
以前のレースで負かしてから、どうもキーラはヒヨコを警戒しているようだ。
「ピヨピヨ(雪を見て庭駆け回っていたら、急に走りたくなったのでテオバルト君にレース交渉をしにきたのだ)」
「でも走るのは来週だけど。今週は登録期限が切れてるし」
「ピヨッ!(ヒヨコはたくさん勝っておうちを買います!ザ・ヒヨコ屋敷)」
「じゃあ、来週から連戦でレースに出てみるかい?」
「ピヨピヨ(是非に!)」
ヒヨコはくるくると踊りながら喜びのポーズをして頷く。
***
さて、ヒヨコにはよく分からない事であるが、この帝都の魔物レースは0勝状態では未勝利戦と呼び、デビューから1年を新魔物戦と呼ばれ、新魔物戦のレースに出られる。
1勝挙げるとリザーブクラスへと上がる事が出来る。
1位なら5点、2位なら4点、3位なら3点、という感じで5位までは点数を確保でき、15点稼ぐとチャレンジクラスに上がる事が出来る。そこで20点稼ぐとプロフェッショナルクラスへと上がる事が出来る。
未勝利魔物だけは延々と5位を100回とろうが1位を取れないと上がれない厳しい世界である。
で、ヒヨコは半年に一度ある新魔物戦の最強決定戦で優勝して多額の賞金を獲得しているのだが、獲得ポイントはシビアである。
ヒヨコは5勝を挙げて新魔物戦線でトップを上げているが、既に新魔物戦線においてレース数の少ないヒヨコは勝利数で置いてきぼりにされていた。
テオバルト君と二人で話し合った結果、3週連続でレースに出て、まずチャレンジクラスを脱出しようという事。
ヒヨコは新魔物の頂点である新魔物カップの優勝者でもある。
なので新魔物としてレースに出続けるのは多くの魔物レースファンからすると、ヒヨコが勝つのは当然で面白くも無いらしい。出れば一番人気で二番を予想するだけになるだろうとの事。
思えば、ヒヨコは圧倒的だった。
初戦でキメラ君に勝利しただけでなくキメラ君を蹴り飛ばして物理的に勝利する武力。新魔物カップでの圧勝劇、そして新魔物中距離グランプリでは新魔物のホープである馬たちが必死で争う中であっさりとゴールラインを最初に切ってしまった事。
新魔物では敵なしと言われている状況で、早い内に8勝して、プロフェッショナルクラスに上がる事を期待されているらしい。
そこでどこまで走れるのかを見たいのがファンの想いなのだとか。
新魔物のうちは新魔物独特のレースもあるらしいが、賞金もプロフェッショナルクラスと比べると少ないらしい。確か、以前のG1レースでたくさんもらった筈だが、どうやらそんなものは序の口なのだそうだ。
新魔物の間にプロフェッショナルクラスに上がる事で、注目されているレースに出るのが魔物レースのポイントらしい。
リザーブクラスは新しい魔物を見定める期間で、チャレンジクラスはその実力を見定める期間なのだそうだ。プロフェッショナルクラスは従来の強豪と戦うので、実質的には年齢とか関係なく戦うのである。
***
それから1週間ちょっと後の事、本日はヒヨコの復帰戦であった。
一月置きくらいにレースに出るのが主流だが、強い魔物はリザーブクラスやチャレンジクラスだと毎週のように出て勝ち上がる事も多いらしい。
キーラはその類の様でもうプロフェッショナルクラスに上がったとか。
いつものファンファーレ(※阪神京都一般競走のファンファーレ)が鳴り響き、レース開始と共にヒヨコは走る。
ヒヨコはとっても速くなっており、すたこらさっさとひた走る。ライバルなんていない。
あまりのヒヨコの大逃げに観客は大喜びで応援をする。
草原コースを超えて、砂漠コースを苦にもせず、湖を大回りして避けても後続は湖にさえ届かず、ヒヨコが森の木々の上をピョンピョンと飛び移りながら観客の見える場所で猿の如き動きで森を駆け抜け観客を大いに喜ばせる。
そして後続の魔物達は森の中に入ろうとした頃、ヒヨコはたった一羽でゴールラインを切る。
あまりに衝撃的なスピードの差を見せての勝利に関係者も驚きを隠せなかった。
ヒヨコは勝利してウイニングランならぬフルシュドルフダンスを踊って観客を喜ばせる。
『ピヨ、圧倒的だ!新魔物戦覇者の実力を見せつけるかのような圧勝劇に観客はもはや驚きしかない。1番人気に見事応えました!!今日もフルシュドルフダンスがさえわたります!ウイニングランならぬウイニングダンスを披露する、ヒヨコ。この魔物を止められる魔物はいるのだろうか!色々とあった魔物レース界、代変わりした新生アインホルン家ですが幼いユニコーン・キーラを筆頭に期待の魔物が続々と登場しています』
盛り上がりの中ヒヨコの6連勝が締めくくられたのだった。
***
そう、ヒヨコは凄いのである。
平日は魔物達を追い回し、休日では魔物達に追いかけられる日々。
あっさりと3連勝して、プロフェッショナルクラスへと上がる。
年が明けて、帝都に戻ってから数週間、ヒヨコの元に何だか面倒くさい話が舞い込んできた。
この日もヒヨコはトルテを頭の上に乗せて、占い屋をしているステちゃんの横でピヨピヨしていた。すると、なんだか豪華な馬車が商店街にやってきて、ステちゃんの占い屋の前で停まったのである。
なんだか前の護送車のような雰囲気だ。
また逮捕されるのか!?
一体なぜに!?
「ピヨッ!(やべえ、逃げろ!)」
ヒヨコはよく分からず逃げようとして、停まった窓からダイブしてその場から去ろうとするのだが、ステちゃんは呆れたような視線を向けて手を振っていた。
神速のピヨちゃんが逃げようとしたところを、馬車から現れた男は疾風の如き速さでヒヨコをキャッチする。
まさか、魔物レース業界を席巻したピヨちゃんを速度でとらえる人間だと!?
「やあ、一月ぶりだね、ヒヨコ君」
「ピヨピヨ(おや、元町長さん)」
どうやらあの豪華な馬車は元町長さんのものだったようだ。
なんだ、前みたいに逮捕されて牢屋に連れていかれるのかと思ったぞ?
「今日は君たちに用事があって来たんだ。逃げられるとちょっと困るかな?」
「ピ~ヨ?(用事?)」
ヒヨコはコテンと首を傾げて訪ねる。
「何かあったのですか?」
「何かあったと言えばあったし、今から起こると言えば起こるのだけれど」
ステちゃんは困った様子で尋ねると、元町長さんは言葉を濁して目をそらす。明らかに後ろめたい事がありそうだ。
すると馬車の奥から50歳前後の小父さんが現れる。ヒヨコはどこか見覚えがあるなぁと思っていると、
「裁判所以来ではありますが、ご挨拶できず申し訳ございません。巫女姫様」
「さ、宰相様!?」
ステちゃんは自分の足元に跪く宰相閣下に驚く。
そう言えばこの宰相さんは耳を切り落としたという曰く付きの獣人の宰相さんだったか。
獣人宰相さんと呼ぼう。
「ピヨ~?(どういう事だ?)」
「今更とお思いかもしれませんが、巫女姫様に獣人族をお救いしていただきたくこの場に参りました」
「い、いや、その、私は巫女姫の子供ってだけで巫女姫でもないし、今はただの帝国臣民なので貴族様にそんな事をされても困ります!」
ステちゃんは目を丸くして慌ててしまう。
「ですが、今の状況を救う事が出来るのは巫女姫様だけなのです。どうかご慈悲を……」
帝国で最も政治権力を持つ宰相がステちゃんの前で頭を地面にこすりつける勢いで救いを乞うていた。
「宰相閣下。感情的になるのも分かるが、ステラ君も困ってしまう。事情も話していないのだから落ち着いてください。らしくもない」
呆れるように元町長さんは獣人宰相さんを起こそうと引っ張り、ステちゃんに申し訳なさそうな顔をする。
「ピヨピヨ(ウチのステちゃんに何か用かな?)」
「きゅうきゅう(ステラは貧弱だから役に立たないと思うのよね)」
トルテはヒヨコの頭から飛び降りてヒヨコの横に並んできゅうきゅうと鳴く。
「ピヨピヨ(ステちゃんは貧乳だから)」
「きゅきゅう(ステラは貧相で貧乳なのよね)」
ピヨピヨきゅうきゅうとヒヨコとトルテが二匹で笑い合っていると、ステちゃんの手が頭をワシッとつかんでくる。
メキメキメキ
「ピヨヨーッ!?」
「きゅ~っ!?」
想定外の腕力に頭の骨がミシミシと軋む音が聞こえてくる。プラーンと持ち上げられて頭蓋の痛みにヒヨコとトルテは痛みに悶える。
「何か言いたいことでも?」
ステちゃんは目は笑ってないが良い笑顔でヒヨコとトルテを見る。
「きゅ、きゅうきゅう(な、なにもありませんなのよね)」
「ピヨピヨ(ヒヨコが貧困な頭で申し訳ありません)」
トルテは真っ先に降参し、ヒヨコもそれに続く。
ステちゃん、恐ろしい子!
「急で申し訳ないのだけれど帝城へ来てくれないか?」
「ててててて、帝城!?ひゅ、ヒューゲル様、一体何を?」
ステちゃんは目を回してしまう勢いで驚く。一般人には全く関係ない場所である。
ステちゃんは元獣人族の姫様の筈なのだが、基本的に小市民なのである。ヒヨコとは違うのだよ。ヒヨコとは!
「詳しい話がここでは出来ないからね」
「ピヨピヨ(だったら、呼びつければ良いのに)」
「そうもいかないだろう?上から強制的に呼びつける訳にはいかないんだよ」
町長さんは苦笑して肩を竦める。
「大陸東方の平和のためにお力をお借りいたしたく願っており、巫女姫様を上から呼びつける等出来るわけもありません」
獣人宰相さんは慌てたように首を横に振る。
「いや、そもそも巫女姫じゃないですし。確かに称号欄にはあるけども」
ステちゃんは困惑気味にぼやく。巫女姫は神から与えられる称号ではあるが、獣人族の巫女姫という役割を担ってはいない、と言いたいらしい。
「ステラ君は10代前半で帝国に移住しているし、元々巫女姫様の山奥で過ごしていたから、あまり獣人族の情勢を分かってないようだけど、巫女姫様ってのは女神様より遣わされた存在とも言われ、獣人族にとっては救いを与えない女神様より、救いを与えてくださる巫女姫様の方が信仰心が篤いんだよ。ようするに、獣人からすれば唯一神の女神様より信仰されているから」
「えええ」
ステちゃんは悲鳴を上げるように思いっきり引き攣ってしまう。
きっとステちゃんは居候をしていたお祖父ちゃんとお祖母ちゃんは普通だったけど、実は気を遣っていたのだろうか?と思ったのかもしれない。目が泳ぎまくっていた。
「ピヨピヨ(ついにヒヨコは神鳥の域に達してしまったか。崇め奉るが良い)」
ヒヨコはピヨリと両翼を広げて崇め奉られるシミュレーションをする。
「いや、別にヒヨコ君は崇め奉ったりはしないけど、ステラ君には再び獣人族相手に仕事をして頂きたく、ウチの宰相が何故か下手に出過ぎて臣下の礼を取ったんだ」
「いやいやいやいや、そんな事、許されませんよ。私が横から口出しなんて獣王陛下の威信に関わります!こんなの平民生活が長い私でも分かる事ですよ」
「その獣王陛下がもう3年不在なんだよ」
「え?」
「前獣王陛下アルトリウス陛下があまりにも偉大過ぎた為、生き残った三勇士達も自分は相応しくないと辞退をし、とはいえ彼らにとって代われる存在がいない。実はうちのモーガンにも声が掛かるほどだ。オーク史上初の獣王かとも言われているが、当人も獣王陛下の後継なんて無理だとお手上げ状態だ」
「……ああ、なるほど。つまりそう言う事ですか?」
ステちゃんはポムと手を叩く。
ステちゃんは何かを察したようだが、ヒヨコは何も察していない。
「ピヨピヨ(どういう事?)」
「私が新しい獣王陛下に対して臣下の礼を取れば文句が出なくなるだろうという事ですか?」
ステちゃんは元町長さんに尋ねる。
「私たちはそこまでは求めていないけどね。いわば君は切り札だよ。獣人族とて色々あるからね。小規模の集落で暮らしているらしいから分からない事も多い」
「だが、それは不敬な事ではないか?巫女姫様のような偉大なお方を利用するなど。私は反対しているのだが、皇帝陛下まで…」
「何で獣人関連だとダメダメなんですか?先帝にため口叩いていた不敬者が!」
おろおろする獣人宰相さんに対して、ジトリと目を細めて元町長さんが呆れた様子で、獣人宰相さんを半眼で睨む。
この国の頭脳とも言うべき存在だと呼ばれる宰相さんの態度がステちゃんの巫女姫という存在は別格なようだ。
「うーん………。取り敢えず話を聞かせてください。私が入る事で良くなるのか悪くなるのかはひとまず置きますけど。役に立つかどうかは分かりませんし……」
ステちゃんは自信なさげであった。