4章閑話 アルブムとベルグスラント
俺、エリアス・フォン・ローゼンブルクはとんでもない悪魔の下についてしまった事に気付かされた。
帝国の人間だったからこそ、正しい歴史を習ってきたからこそ、分かる事だった。
帝国南西からケンプフェルト辺境伯領の南部からオロール聖国へと入ったのだが……そこで見たのは虐殺だった。黒い闇を纏った王太子レオナルドの姿をした悪魔が次々と闇を伸ばして人間を食らっていく。戦闘員や非戦闘員の区別なんて無い。
悲鳴を上げて逃げる人間を、狩りをするかのように影を伸ばして食い散らかしていく。
影が掴めば肉を削ぎ落し骨をも削り取る。
あれは得体のしれない悪魔だ。おそらく人間でさえないだろう。異世界から召喚された悪魔か邪神か魔神か、その様な存在だと直にわかった。
その凄絶な光景を遠方から見ている俺の隣で頭を抱え込んでいたのは女神教会アルブム派の枢機卿ルベン・アレグリアだった。彼も気付いているのだろう。
「ルベン殿。あれが何なのか知っているのか?」
「わ、分からぬ。分からぬが……レイア様からは超常の者と聞いている」
「超常の者?………んん?レイア様?」
俺は首を捻る。勇者に帯同した聖女であるが、立場で言えば枢機卿の方が上だった筈。何故、彼が様付けするのか分からなかった。
「我々はあの方を侮っていた。恐らくレイア様は悪魔王の居城で手に入れたという超常の者を呼び込む召喚とは、魔神や邪神召喚と同じようなものなのだ。そして……レオナルド殿下にそれが憑いた。貴殿も気付いているだろう」
レオナルド殿下の姿をした悪魔だというのは言われなくても分かる。
その力を握っているのが聖女レイアなのだろう。アルブム王国の前身であるメシアス王国の邪王カルロスと同じことをしたというのが予想される。
「帝国を見返してやろうと思ったけど、これはまずいだろ」
「私は間違ってしまったのだ。ああ、本物の勇者様を殺したがために悪魔を呼んでしまったのだ。神よ、我が浅ましさをお許しください」
ルベンは両手を組み神に祈る。
だが、今更反省したところでもう遅い。
エリアスもまた頭を抱えて後悔をするのだった。
帝国はこれを知れば本気で王国を潰しに掛かるし、自分を生かすまい。
少なくともアルトゥル兄様は敵であれば家族だろうと絶対に容赦しない性格だ。あのエレオノーラ姉さえ頭の上がらなかった人だ。
もう自分に未来なんてやってこないと絶望するのだった。
遠くで聞こえた悲鳴が聞こえなくなった。きっともう生きている人間はいないのだろう。聖国を捨てて逃げていくのは多くの教会幹部も同じだからだ。もはや自然災害に他ならない。
国に返り咲こうという野心を抱いてアルブム王国の手を取ったが、どっちに転んでも破滅しかないという事だけが分かっただけだった。
自分の愚かさに絶望するのだった。
***
私、ヘレーナ・ノルディーンはメルシュタイン侯爵領の南方、ベルグスランドへ繋がる大河の麓、リヒトホーフェン市へやってきていた。
「ヴァッサラントはきっと滅んでいるでしょうね」
「当たり前だ。勇者である俺に逆らうなんて神敵に他ないだろ」
「お父様を経由して帝国に抗議致しましょう」
パーティメンバー達は口々に帝国への愚痴を口にしていた。当然私も納得はできない。教会の認めた勇者をないがしろにするなんて許されるものではない。
私も断固として帝国に対して抗議するつもりだ。
私たちはこの町で船を降りてベルグスランドまでへの乗り換える船を待つ間、宿に泊まっていた。
2日ほど滞在して乗り換え便を待っている中、新聞が出ていた。
『ヴァッサラントにて過去最大級のスタンピードが発生!だが…』
というタイトルでデカデカと新聞の紙面に掛かれていた。
写真は魔物の死体の山が築かれている状況を映し出されており
『事前に来訪していた獣王国の巫女姫がスタンピードを察知。ラファエラ皇女、エレオノーラ皇女に加えヴィンフリート皇子らの最上級冒険者パーティ『銀の剣』が対応に当たり、死亡者を0に抑えこんだ』
「は?」
私たちは余りにも訪れた現実が異なる結果だったことに呆気に取られていた。
天罰は落とされたのではなかったの?
「こ、これはどういう事だ?」
アーベルは信じられないという顔で口にする。
「天罰から逃れたという事?」
「そんな馬鹿な!ヒドラ三体にワームキングに加えて万単位の魔物に襲われて逃れられたというの!?ありえないでしょう!」
イェルダが驚きの声を上げる。
そう、その通りだ。新聞にある魔物の量は、それこそ国家滅亡は免れない物量だった。
ベルグスランドがそれに襲われたら首都は滅びるだろう。それがまさか撃退したなどとはあり得ない事だ。
「冒険者パーティ『銀の剣』って?」
アーベルは首を傾げる。イェルダはそれに
「帝国最大の迷宮ヘレントルを攻略したパーティだったか?400年前の邪神大戦で活躍したエルフの英雄ミロンに加え、帝国皇子がいたという紅玉級パーティだと聞いているけど」
と答える。
「そいつらは帝国の傘下にあるってのか?」
「帝国民だけでなくエルフ国や獣王国の人間もいるらしいから、私もよく分からない。ただヴィンフリート皇子は元々皇族として生きるつもりが無かったために家を出て冒険者になったらしい。帝国とのつながりがある冒険者パーティという事は確かかと」
「帝国は天罰さえも退けると言う事なのか?」
「神をも畏れぬからこそ、神を信仰していないのかもしれませんね」
私は溜息を吐くしかなかった。
天罰を退けるなんてありえない事だ。
「まあ、でも、この新聞が偽りの可能性もあるでしょう?」
と口にしたのはマルタだった。
「偽り?」
「多大な犠牲を出していて、滅ぼされていても、内密に処理しているのでは?皇妃の実家らしいし貴族達が口をつぐんで被害者たちを蔑ろにして偽りの平和と武勇伝を語っている可能性があるのでは?」
「確かに貴族たちのよくやる方法だな」
アーベルは納得する。
自分達はずっと食えずに生きていくのもつらく、多くの子供たちが口減らしになってきたが、貴族達はそれを王宮には一切知らせていない。
いつも彼らは上手くやっているのだと口にしていた。多くの餓死者を出しておいて。
あの国のあの貴族も恐らく同じなのだろう。簡単に予測がつく。
「そうですね」
確かに審判の笛から逃れられるとは思えない。
あのオークは狂魔の笛だとかいちゃもんを付けていたが、所詮は獣の言う事。でまかせに違いないし、結局は同じ効果があるならば何も問題はない。
「さっさと、この町から川を伝って船で国に戻りましょう。」
「そうだな。まあ、あんな国が世界の最大国家というのは世も末だと思うけどな」
「本当に」
「全くです」
アーベルの言葉に他の二人も頷く。
私たちは帝国から離れ、母国ベルグスランドへと帰る事とした。
***
元々、帝国で冒険者活動をしていたのには訳がある。ベルグスランドは比較的平和な国だから勇者の需要が少ない部分がある。
帝国は広く土地の広さ以上に魔物が多い。
我が国は竜の領域と獣王国に挟まれていて、危険なように見えがちだが、両方の領域に入らなければ魔物の脅威は少ないのだ。
そのため、戦争さえしなければ基本的に人間だけで完結すると言って良い。だが、その戦争さえしなければという言葉が甘くはない。
獣王国から攻められる事も多く、竜の領域から攻められることも多い。国境沿いの各領地で問題は抱えている。
とはいえ、勇者は国際問題を制圧する為の存在ではないから介入がしにくい。
この勇者一行として冒険者活動をしているのは獣王国を倒す為の大義名分を認めさせる為の活動だ。
だが、帝国での活動は空振りに終わったとも言えるだろう。
彼らは聖光教会の教義に理解を示そうとしない。腹立たしくも神を崇めていないからだ。
私たちはベルグスランド聖王国の首都ヘリグスターデンへと辿り着く
3年前の獣王国とアルブムの戦争以降ベルグスランドを横断する大河の水量は極端に落ちてしまい、ヘリグスターデンよりも上流へ船が出なくなっている。
源流で巨大な崖が出来て水の流れが変わってしまった事が原因らしい。
アーベル達と別れ、城へと向かう。
城にある自分の部屋にやってくると部屋の前にいた執事が駆け寄ってくる。
「おおっ姫様。お帰りになりましたか!」
「ただいま、じい。急いているようだったけど、どうしたのかしら?」
教育係でもあった執事が慌てているようで私も怪訝そうに尋ねる。
「それがですね。実はアルブム王国が近々やってくるそうなのです」
「向こうも大変でしょうに。オロール聖国との小競り合いが頻発しているとか。こちらに来て大丈夫なのかしら?」
「情勢が大きく変わったそうですよ」
執事の言葉に私は疑問を抱く。
「情勢が変わった?」
「はい。もう小競り合いから戦争に発展したそうで、アルブムはオロール軍を滅ぼしレザンを占領下に置いたそうです」
「!」
執事がシレッと口にしてさすがの私も絶句する。
「そ、それはいつの事?」
「年末ごろだったかと。女神教会を滅ぼし聖光教会に併合させるとアルブム王国から打診がありました。小競り合いの始めた11月頃には、既にアルブム王国は女神教会から我が聖光教会に国教を変えていましたし」
「………それぞれに教えがあります。いくら同じ神を崇めていようと、併合など無茶な事を……」
「それがアルブム王国は女神教会を偽りの教えとし、聖女レイア様自らが聖光教会に鞍替えすると」
「………。まさかそんな事を……」
信じられない話だった。
実質的に女神教は死んだと言っても過言ではない。
女神教の総本山オロールを滅ぼし、女神教の聖女が聖光教会に鞍替えするなんて
「アルブム王国は何を考えているのでしょう?」
「獣王国との戦争を訴えておりました。同盟国の我が国と共に攻めようと考えているようですね」
「なるほど。確かにあの獣の国ですし……その一点は確かに我々と同意できる点でしょう。アルブムは勇者アルベルト様が亡くなったと聞いてますが、逆に強気になっているのはどういう事でしょうか?」
「半月後、皇太子レオナルド様と聖女レイア様がこのベルグスランドにやってくるそうなのです」
「………。年明け早々に移動を開始していたという事?」
私は頭の中にあるカレンダーをめくり半月後、新年が始まって半月ほどで辿り着くと考え、一定の理解をする。
半月後というならもう既に出発しているだろう。オロールでの戦争もあり、ほとんど戦争直後にこちらに向かっている事になる。
「はい」
「アルブムはそこまで勝利を確信してオロールとの戦争に踏み切っていたのでしょうか?」
「私からは何とも。ただ、どうも皇太子レオナルド殿下が凄まじい力を手に入れたと聞いております」
「そう…………ですか」
私はじいの言葉を聞きつつも納得しにくい気持ちで首を捻る。
アルブムが獣王国と戦うのは良い事だ。我々にとっても都合が良い。だが、不気味な感覚があるのは気のせいではない。アルブムは何か得体のしれない力を手に入れている。
そういう確信があった。
それから半月後、新年を明けてしばらくした頃、アルブム王国の使節団が我がベルグスラント聖王国の首都ヘリグスターデンへと訪れる。
「聖女ねぇ。でも女神教会のなんだろ?」
「先代勇者様に仕えていた聖女様ですから」
「ヘレーナの先輩って訳か」
アーベルは納得したようにうなずく。
城門に現れたのは白い獅子の紋章のついた豪奢な馬車。
そこから現れたのは美しい女性だった。長いライトブラウンの髪をなびかせて多くの美しい容姿をした白銀の鎧を纏った騎士達を侍らせて。
それは聖女ではなく女王のようでもあった。二人の金髪碧眼の青年と銀髪青眼の青年を引き連れて立つ。
聖王女と呼ばれた私でさえも息をのむ。
「お初にお目に掛かります。アルブム王国のファレロ伯爵が一子、先代聖女であるレイア・ファレロですわ。そしてこちらが我が国の王太子レオナルド・エンリケス・アルバ殿下とローゼンブルク帝国第3皇子エリアス・フォン・ローゼンブルク殿下です」
聖女の自己紹介に一瞬絶句してしまう。
だが、それで顔色を変える事は無い。両殿下が顔色を変えていないのだから尚更だ。
「これはこれはご丁寧に。ベルグスランド聖王国の王女ヘレーナ・ノルディーンと申します。こちらは我が勇者アーベル・ヘリゲソン様です」
私は自己紹介をする。
本来、大陸東部地方での自己紹介は立場が上の順に自己紹介を行う。帝国第三皇子や自国王太子を先んじて自分を自己紹介しており、しかも他の二人が許容している。
「へえ、これが今代の勇者……」
レイア様は値踏みするようにアーベルを見る。アーベルは不機嫌そうに鼻をならしてレイアを見下ろす。
だが、長らく続けるため、私に困ったように視線を向けてくる。
「気に入ったわ。ねえ、ヘレーナ。この子、私にくれないかしら」
「な、何をお戯れを」
あまりの言葉に私は驚きの声を上げてしまう。
アーベルも何も言わなかったが不機嫌そうに顔を歪める。
「聞けば平民ながらも学園を優秀な成績で過ごしたそうね。顔も悪くないし、強いのでしょう?私のコレクションに一人くらい欲しいわ?」
あまりの言葉に絶句するしかなかった。
コレクション?
それはまるで殿方を集めているような………
「まあ、立ち話もなんだし中に入りましょう?」
「そ、そうですね。ご案内いたしますわ」
あまりに強欲な聖女の姿に私は驚きを隠せなかったが、どうにか対応する事ができた。
私たちだけの部屋に入ると、アーベルは苦々しい顔で口から文句を吐き出す。
「何なんだ、あの娼婦みたいな聖女は」
「あんなのが勇者様と共に悪魔王を倒した聖女なのか?」
口々に文句を言うのはパーティメンバーであった。
「そ、その筈です」
「何でも思い通りになるって考えているような、典型的な悪徳貴族そのものだな。っていうかうちの貴族の女子でもあんなの見たことないぞ」
少なくとも偉そうであっても慎みがある。
アーベルであっても同じ感想に至るのは当然だ。
「…気持ちは分かりますが国際問題になりますので抑えてください」
「あ、ああ。分かってるけどさ」
アーベルはイライラしたように口にする。
あんな方でも世界的な聖女であり、アルブム王国王太子の婚約者でもある。
にもかかわらず、まるで自身が女王の如く振舞っていた。ありえない事だ。悍ましいにも程がある。だが、アルブム王国王太子は顔色を一切変えていなかった。
少し大人しすぎて気持ち悪い感じがしたが私は首を横に振って悪い考えを押し出す。
翌日、洗礼が行われ改めてアルブム王国の一行が聖光教会への入会をした。
その日の夜は歓迎会を兼ねた夜会となった。
元女神教会の枢機卿だったルベン・アレグリアはまるで怯えるように夜会では壁の付近で静かにしていた。
対して私の前には多くの人がやってきて挨拶をしてくる。斜め後ろにはアーベルが控えてくれているので、口説くような貴族はいなかった。勇者になる前は夜会に参加もできないので酷いものだった。
アーベルこそが私の勇者様、学校で孤立していた私を救ってくれた人、誰よりも努力し、無能な貴族達から私を守ってくれた人だ。
いくら前聖女と言えど私のアーベルを渡すなんてありえない提案だ。
そう思っていた。
レイア様が現れると周りはどよめく。女主人のように優雅に現れ、男たちを傅かせる。
堂々と中央を歩いて聖王陛下へと向かう。
「よくぞ来てくださった。レオナルド殿下、エリアス殿下、それにレイア殿」
「これはご丁寧に。聖王陛下もご壮健そうで何よりです」
恭しく右手を胸に当てて礼をするレオナルドであるが、余りにも精緻な動き、作ったような顔に、何か気持ち悪く感じる。
「昨日ぶりですわね、勇者様」
「え、あー、はい」
露骨に嫌そうな顔をするアーベル。初めて見た段階でアーベルが最も嫌いなタイプの女だと分かっているが、それでも私は目の前の元聖女の行動に眉をひそめていた。
「是非とも貴方を我が国の勇者として迎え入れたいのだけれども」
「私はヘレーナにこの身を捧げております。申し訳ないのですが…」
そうよ、アーベルは私の勇者なのだもの。
当然、元聖女なんかに渡すわけがない。そもそもどうしてそんな簡単に人間を引き抜けると思っているのだろうか?
「そう。ふふふふふ、でも私、他人の物を取るのが大好きなのよ。ごめんなさいね、ヘレーナ」
「な、何を言っても……………」
文句を言おうとしたアーベルだが、突然、眼の光を失いレイア様に跪く。
「………私は今日をもってレイア様の勇者になります」
突然言動を翻した。余りの事に私は言葉を失ってしまう。何が起きたのか理解が出来なかった。アーベルがまるで悪魔に魂を売ったかのように思想を翻した。
「ふふふふ。それは心強いわ。今夜は私の寝室を尋ねる事を許可します」
「ありがたき幸せ」
アーベルは元聖女レイア様の手の甲へキスを落とす。
「趣味の悪い女だ」
呆れたように口にするのは王太子のレオナルド殿下だった。
アーベルにエスコートされながらその場を去るレイアに、私は何が起こったのかさえ分からなかった。
「は?」
まるで理解が追いついてなかった。奪われた?アーベルを?
一体、何が起こったの?
アーベルがまるで恋人のようにレイア様と肩を寄せ合って何かを話している。遠ざかっていく二人。
何故?何が起こったの?
嫌だ。アーベルは私のモノなのに。
嫌だ………………、嫌だ………、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!
私は両手を組んだまま爪が自分の肌をひっかくようにしてあまりの現実を受け入れられなかった。
すると二人は一度足を止めて私の方をまるでバカにするように視線を向け、この夜会の最中だというのにキスを交わす。
私は何かが崩れていく感覚だけを抱き、意識を手放した。
***
ヘレーナ聖王女が倒れて夜会は騒然となる。慌ただしい状況となり終幕する事態となった。
俺、エリアス・フォン・ローゼンブルクは余りの事に絶句していた。
「全く趣味の悪い女だ。だが、お陰で多くの人間達の信仰を集めている聖王女とやらの魂を刈り取れた」
そんな事を口にするアルブム王国王太子レオナルド殿下はぼんやりとした白い球体のようなものを手元で転がしていた。
「れ、レオナルド殿下。アンタは一体何者だ」
ざわついている会場を最も注目される客であるのに、好き勝手に歩くレイアやレオナルドの姿は余りにも異様だった。
「何者だとは?」
「……ど、どう考えても……」
俺はそれ以上の言葉を続けられなかった。聞いてはいけない。それは自分の寿命に直結する。
「どう考えても人間ではない?とでも聞きたいのかな?」
「!?」
レオナルド殿下と同じ顔をした何かは手元に転がしていた透明な白い球体を自分の口に放り込む。
「この世界の人間は魂が弱くていかん。殺した瞬間霧散するとは思わなかった。オロールでは数十万と殺したのに、従来の10分の1の魔力も補充できないとはな。これでは、この世界の知的生命体全てを殺しても本来の力にはたどり着かん。まあ、それは魅了で配下に収めてしまえばどうにでもなるが。あの趣味の悪い女の悪い癖も役に立つモノだ。まさかこれほどの魂を簡単に抜き取れるところまであっさりと追い詰めるのだからな。次はそろそろ…」
ちらりとレオナルドはアルブム王国における女神信仰の頂点に立つ元女神教会枢機卿であるルベン・アレグリアを見る。アレグリアは絶望したような顔になる。
「悪魔、なのか?」
言ってはいけないと思いながらもついうっかり口についてしまう。悪魔でなければ説明がつかない。
「中々鋭いな。帝国は教育制度が優れているというのは真実だな。だが、貴様如きが知る必要はない………。とは言え悪魔とは人聞きの悪いから正しく答えよう。私は神だよ。この世界の女神とは異なる、な」
口を三日月のように吊り上げて笑うレオナルドの姿に俺は恐怖で震えるしかできなかった。