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最凶ヒヨコ伝説 ~裏切られた勇者はヒヨコに生まれ変わったので鳥生を謳歌します~  作者:
第1部4章 帝国北部領メルシュタイン ヒヨコの慰安旅行
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4章20話 ヒヨコと世界の真実

 今回の話は前半がヒヨコ視点、後半はヒューゲル視点です。

 スタンピードが収まり、多くの人達が元の生活に戻っていく。

 騒動の原因となった勇者たちはというとスタンピードで混乱している間に船で逃亡したようだ。国際条約上、指名手配にもできないので如何ともしがたい。

 スタンピードで発生した魔物の死骸が腐って疫病にもつながりかねず焼くにしても非常にその量が多いのでどうするかという話が出たが、意外と簡単に解決した。


 マスターにお願いして全部食べてもらったからだ。


 元に戻ったマスターの大きさはそれは凄い大きかった。スタンピードが起こり街と森の間にある巨大な平野いっぱいを埋め尽くす巨大亀となって、ヒヨコ達を丸呑みしたワームキングを頭からもりもりと食っていたのである。

 どうみても、ワームキングよりもマスターの方が世界の脅威である。スタンピードよりも大騒ぎになっていた。


 ヒヨコ達のバカンスは明後日には帰宅予定だったが、ステちゃん、ヒヨコ、トルテ、マスターも含めてメルシュタイン侯爵から勲章をもらう事になり、式典やら何やらがある為、向こう持ちで延期になった。

 元町長さんと剣聖皇女さんの婚約と結婚をすることが発表され、ヒヨコ達は結婚式に参加してから皆で一緒に帰る事になったのだった。元々帰宅予定日が結婚式だったので、その後3日はここに泊まるのだとか。

 帰宅に用意される予定なのは同様に豪華客船である。今度はちゃんと貨物ではなくヒヨコも客として載せてくれるようだ。

 ピヨピヨ、とても嬉しい。


 剣聖皇女さんとイケメンオークさんと種馬皇子さんの3人で倒したヒドラ2匹もヒヨコが浄化した事で、マスターの空間魔法による保存もありヒヨコ達は食事に困る事も無い筈だった。

 ただ、余りにもおいしい肉だという事が発覚して侯爵家の方々に1匹を買い取られ、もう一匹はマスターが脅されてイグッちゃんに奪われてしまった。


 酷い話である。


 色々決まってもヒヨコ達に出来る事後処理はないので、ヒヨコ達は侯爵家の屋敷にやってきていた。


 イグッちゃん、マスター、ステちゃんの3人に加えて、ヒヨコとトルテ、エルフのお兄さんと元町長さんというメンバーで集まっていた。他のメンバーはいない。

 元町長さん、結婚式は明日だというのにこんな所にいて大丈夫なのかとは思うが、侯爵家は全部自分達で準備するらしく逆に暇なのだとか。元来、元町長さんは皇族と婚姻できるような家柄ではない。上司の上司の上司くらいの位置に侯爵家が存在するがそこで全部面倒を見て貰うとかありえないのだ。


※帝国貴族例

 騎士爵:地方の村2~3か所を治める領主

 男爵:地方町の領主、または地方の村5~10か所を治める領主(元町長さんの地位はここ)

 子爵:地方町を2~3治める領主、または小都市の領主

 伯爵:一地方の中心都市の領主

 辺境伯爵:一地方の村や町を統括してまとめる領主

 侯爵:地方の大都市を治める領主

 公爵:皇族の親戚、帝国主要都市の領主

 皇族:国の頂点


 無論、帝国は実力主義なので飛び級は割と多い。優秀な男子が上位爵位の家に養子で入る事も多い。平民でも養子入りして上位爵位の人間になる事が多くあるらしいが。


 閑話休題(それはそれとして)、イグッちゃんもマスターも人間フォームでここにいるのでヒヨコとトルテだけが魔物フォームである。

 いや、ヒヨコ達は別に人間フォームがある訳でもないのだが。


 元町長さんは何で俺まで、みたいな顔でそこにいるが、エルフのお兄さんが無理やり連れて来た様子だった。哀れ元町長さん。


「なるほど、フローラから本当に何も聞いてなかったと」

 イグッちゃんは物凄く疲れた顔で大きい溜息を吐く。

「全く、竜王陛下も大人げないですねぇ。何も知らないステラさんを殺そうとするなんて」

「だ、だがな、あのバカ娘、余りにも情報を与えなさすぎだろう!こちらだって勘違いするわ!仕事を放棄してのうのうと生きて、しかも関係ない事で命を懸ける等愚かにもほどがある」

「恐らく、娘に説明できなかったのでしょう。死因がその娘本人にあったから」

「む」

 イグッちゃんとマスターは訳知り顔で話し合う。イグッちゃん相手にそれなりに話が出来るマスターはやはり大物の様だ。いや、体は凄く大物だったけども。


「あ、あの、母の死因が私にあるとはどういうことですか?」

 マスターにステちゃんは恐る恐る尋ねる。


「フローラ様は自分の死期が近い事を感じていたそうです。妖狐族は永遠に生きる種族と言われているそうですが、魔神と戦った際に魂に傷を負ったと聞いていました」

「妖狐族は唯一女神と交信できた一族だからな。魔神は真っ先に妖狐を殺しまわったらしい。俺も妖狐族を守るために戦っていたが、当時は魔神の眷属が多すぎて手が回らなかった。当時、魔神や魔神の眷属と戦えるのは竜族とエルフくらいだった」

 イグッちゃんの言葉に500年以上前の状況がとんでもない状況だと実感する。

 竜族しか戦えないような集団、そいつらから一種族を守るというミッション。それでも守り切れなかったという事実。


「帝国の勇者召喚と世界改変が間に合い、勇者によって魔神の手から救われた唯一の妖狐族、それがフローラだった。妖狐族の特性は聞いていたか?」

「ええと、女神様と交信が出来るとは聞いてます。実際、母は一人二役で女神様と話していたので。私も女神様と話した事が有りましたし」

「まあ、そうだろうな」

 イグッちゃんは頷く。


「最後にフローラ様と会った時に自分の死期が近い事を口にしてました。私の精霊眼(グラムサイト)で見れば死期が一目瞭然でした。フローラ様は自分の魂を削り取って、不完全な子供に命を与えていたのですから」

「ああ。神眼で深い階層までしっかり見れば分かる。フローラの魂で不完全な妖狐を完全なものにして出来ている娘だ。だから私はてっきりフローラの奴が自分の魂と使命を託して天寿を全うしたのかと思っていたが…」

 マスターとイグッちゃんは口にする。フローラの魂で補修している?

 ピヨピヨ、そんな事が可能なのか?

 よくわからんな。


「確かに小さい頃の私は凄く病弱だったけど……もしかしてお母さんは私に魂を与える事で……」

 ステちゃんは真っ青な顔で大人二人に問う。二人ともそれが正解だろうと頷く。


「恐らく生んだ当時は大人になるまでは問題ない位の寿命があった筈なんですよね。私が生まれたばかりのステラさんを見た時、フローラ様はあと2~30年くらいは余命があると思ってましたし。………ただステラさんはかなり衰弱していました。生きていればその内自然修復されるだろうとも軽く思っていたのですが……、恐らく悪い方向に傾いてフローラ様はステラさんを生かす為に魂を分けて決定的に寿命を削ったのかと」

「まあ、気にする事もあるまい。フローラや我等からすれば2~30年程度の余命など誤差だからなぁ。子供のお前たちならともかく」

 イグッちゃんはそんな事をぼやくが、元町長さんは明らかに「そうかなぁ?まだ20代なんですけど」といった感じでしかめっ面をしていた。

 ヒヨコもまだ0代なんですけどって顔をしているぞ。


「だから、娘に変な事を吹き込めなかったんでしょう。100年以上生きていれば2~30年は誤差ですが生まれて数年の子供からすれば責任感を感じてしまいますから」

「ピヨピヨ(そうか、ステちゃんの母ちゃんはそうして娘に何も背負わせないようにしたのか)」

「きゅうきゅう(それをばらす大人たち、酷い奴らなのよね。ステラ可哀そうなのよね)」

 ヒヨコとトルテはジトリとマスターとイグッちゃんを見る。

「ただ、その誤解のせいで竜王陛下の怒りを買って殺されかけているのですから、伝えないわけにもいきません」

 マスターは仕方ない事だと説明する。


「そ、そっか。お母さんの時間が少なかったのは私の為だったのか」

「フローラはお前に何と言ってこの世を去ったのだ?」

 イグッちゃんはステちゃんに訊ねる。

「……何も心配しなくても大丈夫だと。自由に生きなさいと」

「やっぱり」

 マスターにとっては予想通りの答えだったようで理解したようにうなずく。


「やっぱり、とは?」

「恐らくですが、最後の魔神の欠片である悪魔王は我々が何もしなくても倒されることが予知できていたのでしょう。だからもう使命を託す必要もなく、自由に生きて欲しいという事では」

 ステちゃんの問いにマスターはきっぱりと答える。

 言われてみればステちゃんの母ちゃんは女神様とやらとも話せるらしい。ならばもう上の方で話はついていたという事だろうか?


「………いや、だとしても分かっているならさっさと連絡するなりすればいいものを」

「出来る状態じゃなかったんですよ、恐らく。私が推測できたのは、100年に一度くらいは会いに行っていましたし、余命幾ばくも無いのも知ってましたから。何で同じ立場で、当時私よりも理解していた竜王陛下がフローラ様に会いに行かなかったのかの方が不思議ですが」

「うぐ」

 マスターの突込みにイグッちゃんが反論もできなくなる。


「きゅうきゅう(結局、父ちゃんがルーズで友達に会いにもいかず、早とちりして、ダメだった訳なのよね。ステラを虐めるなんて酷い父ちゃんなのよね。サイテー)」

「ピヨピヨ(よしトルテ。いいぞ。もっと言ってやれ!)」

 グサグサグサッとイグッちゃんの胸に言葉の刃が突き刺さり、イグッちゃんは胸を抑えて撃沈する。ヒヨコはピヨピヨとトルテを応援する。


「そう言ってしまうと可哀そうだけど。恐らく竜王陛下があまり竜王山脈から出れなかったのは君達子供を守る為だろう?」

 元町長さんは申し訳なさげにトルテの方へ視線を向ける。

「きゅう?」

「そ、それそれ。それだよ!シュテファン、良い事言った!」

 イグッちゃんは弁護の言葉に食いついた。


「きゅうきゅう(いや、兄ちゃんやアタシ達が生まれる前に行け、なのよね)」

 フォローもむなしく、イグッちゃんの言葉をトルテは切って返す。

 そう言えばイグッちゃんが外に出れなくなったのはトルテの兄が生まれた7~8年くらい前ごろの筈である。ステちゃんは16歳だから、ステちゃんが生まれたのは16年前。8年も余裕があった。


 ショボンとするイグッちゃんの姿にトルテはちょっと言いすぎただろうかと思うが、ステちゃんへの殺害未遂という罪は許されないので取り敢えずそこら辺は放置一択だった。


「しかし、使命が終わったというのは?」

 ステラは不思議そうに大人たちを見る。


「魔神は7体の眷属に自分が死んでも生まれ変われるよう魂の欠片を植え込んでいたんだ。7体のダンジョンマスターにな。端的に言えばその7体のダンジョンマスターが全て片付いた、という事だろう」

 答えるのはイグッちゃんである。

「7体のダンジョンマスター?」

「まあ、具体的に言いますと邪神として生まれ変わった邪王メビウス、暗黒王ディアボロス、流砂王、樹竜王、海魔王、邪眼王バルバロス、悪魔王ベルファゴスですね」

 マスターが端的に説明する。


 すると、エルフのお兄さんが付け加えるように説明を補強してくれる。

「鬼神王アルバ様に聞いたのですが、邪神メビウスを倒した後、死に際に『第二第三の私が現れるだろう』みたいなことを言っていたのですが、邪神の大本がダンジョンから這い出て邪王カルロスに取り付いていた事が分り、魔神の欠片が世界中の大迷宮に散らばっていることが発覚しました。数多あるダンジョンの中でも魔神アドモスのバックアップである神の欠片を持つ眷属が邪神の他に6つあったようで、ダンジョン攻略が世界各地で躍起になったのはちょうど400年前ごろになったのがそれです。冒険者ギルドの発展はアルバ様が支援を始めてから大きくなっていますし」


 ピヨピヨ。

 悪者が第二第三の私が現れ世界を破壊するだろう、とか言って死ぬのはテンプレだが、まさかその証拠を探られて、本当に第二第三の私を見つけて殺害されるとは思わなかっただろうなぁ。

 哀れすぎる。

 アルバ君とやらはきっと良いヒヨコになれる逸材だ。


※何度となく生まれ変わってロクでもないヒヨコにはなりました。良いヒヨコではありません。


「まあ、ダンジョンに引きこもられている理由は、外にいるとドラゴンに襲われるからなんですけど」

 マスターはそう言ってイグッちゃんをチラ見する。そう言えば凶悪なドラゴンがここにいました。


「きゅうきゅう(確かに外にいたら襲うのよね)」

「ピヨピヨ(魔神の欠片を持った眷属と言っても実は穴倉に引きこもってるビビリという事か。情けない)」

 トルテとヒヨコは偉そうな名前のくせに消極的な姿勢にがっかりする。


「その後、流砂王、海魔王、樹竜王らはそれぞれで滅んだわけですが」

「軽く流された!…ええと、我々はあまり聞かなかったのですが、どのような最後だったのでしょう?」

 マスターが話を先送りしようとするとエルフのお兄さんが呻く。


「流砂王は前にも言ったようにワームキングに食べられました。このままではワームキングが世界を食いつくす勢いだったので、私と竜王陛下、それにアナスタシヤ様やフローラ様も戦列に加わり死に物狂いで倒したのです」

「ワームで良かった。アレは厄介だからな。あそこまで育ってよく勝てたものだ」

「正直、勝てると思いませんでした。」

 イグッちゃんとマスターは溜息を吐くようにしてから互いに苦笑しあう。

 イグッちゃんが自分の勝利を疑うような魔物が現れる事態が既に異常だと思うのだが。


「その後、樹竜王はランニングリザードに殺されました」

「ランニングリザードってモンスターレースでポピュラーな、あの?」


 ステちゃんが首を捻り訊ねるとイグッちゃんとマスターは頷く。

 ヒヨコにいつも追い抜かれていく二足歩行の大きな蜥蜴だ。大きなエリマキトカゲのエリのない奴とでも言えばイメージが付くだろうか?


「大樹海に生まれたランニングリザードが変な進化を始めて、何か冬眠したいから付近を冬にする大魔法を使いまして、私も竜王陛下も寒い所は苦手だったのですが、このままだと大樹海が滅ぶとフローラ様に言われて、出張して寝ているランニングリザードを叩き潰したんです」

「はあ」

「そこは余りにも寒くて、様子を見に来たのか樹竜王がアブソリュート・ゼロの魔法で凍り付いてお亡くなりになっていました」

「アブソリュート・ゼロって……氷魔法レベル10の?」

 元町長さんは気になる事を聞いてくる。

 へー、そう言う魔法があるのか。


「はい。ランニングリザードなのに、苦手な冷気系の魔法を極めていて、魔神の欠片を自分が寝るのを邪魔されたからと凍らしたようですね。フローラ様が凄く呆れていました」


 冬眠の口実を作る為に周りを寒くするとかどこのバカだろうか?

 起こされたのに、うーん、あと5分、みたいなノリで蜥蜴が魔神の欠片を倒したという事か?

 もしかして魔神って大したことないんじゃね?


「通常、魔神の魂は死んでも砕けない。普通の生物は死ねば魂は魔力となって霧散するのですが、魔神の魂は意識をもって望んだ体に転生します。ですが流砂王と樹竜王はその心配がありませんでした。流砂王を食ったワームキングは私同様に暴飲暴食という食えばあらゆる魂も砕くスキルがあったし、アブソリュート・ゼロは魂ごと凍らせて殺す魔法でしたので。これは私も持つスキルですが」

「な、なるほど、っていうか魔神を倒した魔物の方が厄介じゃないんですか?」

「そうですね」

 ステちゃんは納得しつつも恐れながら尋ねると、その言葉をマスターが肯定する。


「後の残りは邪眼王と悪魔王だ。邪眼王を退治したのはお前らだったか?」

「はい」

 イグッちゃんの問いにエルフのお兄さんが頷く。

「まて、ミロン。普通に邪眼王を倒していたが、魂は消えないのだろう?大丈夫だったのか?」

 が、元町長さんは慌てて問いただす。


「事前にフェルナンドに教えられていたシュテファンの重力臨界(ブラックホール)魔法がそれだ。この魔法によって魂ごと滅ぼしている」

「………そういう魔法なのか、あれは?小規模だが動けない敵なら一撃で殺せる魔法という程度の認識しかなかったのだが………。レベル10の魔法の割には魔物一匹を確実に殺す程度の小規模魔法だし、微妙だとは思っていたが……」

 元町長さんは腕を組み、首を強く捻る。

 なるほど、当人、知らずに魔神の欠片をこの世から葬り去っていたようだ。

 エルフのお兄さんは確信犯で戦っていたようだが。


「だから悪魔王が動いたんでしょうね。自分が最後の魔神の欠片になってしまったから」

「まさかアイツが出てくると思わなかったし、そのタイミングでフローラも亡くなっていたし、ウチのグラキエスは勝手に北の方へ出かけて悪魔王に捕まるわで滅茶苦茶だったからな」

 イグッちゃんは思い切り溜息を吐く。


「きゅうきゅう(竜騒がせな兄ちゃんなのよね。勝手に、外の世界を見てみたいとか言って出かけて悪魔王に捕まるとか存在自体が冗談みたいなものなのよね)」

「ピヨ?」

「「え?」」

 きゅうきゅう文句を言うトルテの言葉にヒヨコとステちゃん、それに元町長さんが反応する。


 そもそもトルテは同じ理由で竜の山を下りて、商人に捕えられて運ばれていたじゃない?

 元町長さんもイグッちゃんもトルテをジトリと見るが、トルテは忘れているのか棚上げしているのか腕を組んで「困った兄ちゃんなのよね。トニトルテを見習ってほしいのよね」とぼやいていた。

 実際には兄ちゃんの行動をトルテ()見習っているのだが。悪い方向で。


 まあ、当人に自覚が無いのであれば、突っ込むのは野暮ってものだろう。


「まあ、そう言う事で我々の使命は終わったという事です。なのでステラさんは引き継ぐ必要なんて無いんですよ」

「そ、そうなんですか」

 ステちゃんは腑に落ちて無いような感じで頷いていた。


「むう。まあ、しかし、この世界はまだいろいろとあるからな。その能力はまだ未熟なれど役には立つから何かあれば力を借りるかもしれん。多くの子を成し妖狐族滅亡は避けねばならぬ」

「も、勿論、世界の危機なら私自身も危機なので力をお借りします。元々、私は後ろ盾がないから窮地に陥ることが多いのですし」

「きゅうきゅう(アタシとヒヨコがついていれば問題ないのよね!)」

「ピヨッ(我等、ピヨドラバスターズは無敵です)」

 ヒヨコとトルテはピヨシャキーンとポーズをとってステちゃんの前に立つ。


「と、いう訳で誤解も解けたことですし、今後、困った事が有れば相談するという事で良いですか?」

「カメ如きに話の進行を持っていかれるのは癪だが、女神との連絡が取れないのは問題だからな」

 フンスと鼻息を強くしてそっぽ向くイグッちゃんは悔しげな顔をしていた。


「きゅうきゅう(ごめんなさいは?)」

 そこでトルテは父の前にとことこ走って行き机の前に立って父を見上げる。

「は?」

「きゅうきゅう(ステラに悪い事をした自覚があるなら謝るべきなのよね)」

「ぐぬぬぬ」

 トルテがイグッちゃんに痛い事を突っ込んでくる。

「ピーヨピヨ、ピーヨピヨ(あーやまれ、あーやまれ)」

「きゅうきゅう(ちゃんとごめんなさいするのよね)」

 ヒヨコとトルテは調子に乗ってイグッちゃんを弄り倒す。


「え、ええと別に私はそこまで求めてないというか、母が何も伝えて無かったので仕方なかったというか」

「きゅうきゅう(父ちゃんはある程度動ける立場なのにステラみたいな弱いのを虐めるのはどうかと思うのよね。ヒヨコならまだしも)」

「ピヨ?(ヒヨコを虐めるのは良いみたいな言い方は辞めてもらおうか)」

 ステちゃんはイグッちゃんをちょっと庇うが、その程度ではヒヨコもトルテも止まらない。折角イグッちゃんを弄れるチャンスがあるのだ。ここは弄り倒すが吉!


「ぐぬぬぬぬ、その、あれだ。早とちりをしたのは悪かった。既に我らの使命は終わっているのだからな。にも拘らず怒った事は詫びよう。だが、貴様にだけには言われたくないわ!」

 イグッちゃんはステちゃんに一応の謝罪を見せるが、ヒヨコの額に凶悪なデコピンを放って来る。ピヨンと吹っ飛んだヒヨコはピヨピヨと目を回す。


「きゅうきゅう(弱いくせに調子に乗るからいけないのよね)」

 こそこそとトルテは俺を見て笑う。

 おのれ、トルテめ。娘特権を利用するとは。


「まあ、話はこんなところです。偶に助けてもらうかもしれませんが、ステラさんはもう自由ですのでフローラ様から使命なんて引き継がず、平和に生きてください」

 マスターはそう言ってステちゃんの肩をポムと叩く。

「はあ」

「きゅうきゅう(話が終わったのならばヒドラのハムが出来てるらしいから食べに行くのよね!)」

 トルテはステちゃんの手を引っ張って先を促す。

「ピヨピヨ(ハムも良いがヒドラのベーコンも捨てがたい。ヒドラジャーキーはまだか!)」

 話が終わったのでヒヨコとトルテはステちゃんと共に侯爵邸の料理場へと向かうのだった。




***




 ヒヨコ君達が去った後、一瞬の沈黙が下りる。

「ところで、竜王陛下、それにイナバ殿。大事なことを話していませんよね」

「大事なこととは?」

「まず、竜王陛下は魔神の眷属をすべて倒した時期であるにもかかわらずまだ使命を持っていたと思われる。そしてそれにはフローラ様の力は必要不可欠だったと」

「む」

 竜王陛下は険しい顔になる。

「言われてみれば順番がおかしいな」

 ミロンも俺の言葉にうなずく。

「本当は巫女姫様や竜王陛下たちの使命という奴は終わってないのでは?」

 俺は竜王陛下をジロリと見る。

「………いや、終わったと言っただろう?」

 竜王陛下はそれを否定する。

 だが、それは恐らくステラ君に対する名目だけと思われる。


「私は疑問に思っていました。魔神は神であり神は死んでも転生すると。それは………魔神を殺した勇者にも適応されるのでは?」

 そう、違和感とはそこなのだ。

 女神は魔神を倒す為に勇者を呼んだ。勇者は世界をまたいでこの世界に現れた。

 勇者というのは余りにも理屈に合わないのだ。

 魔神でさえこの世界に降りるには大量の生贄を使い莫大な魔力を使って世界に穴をあけて呼び込むのだ。なのに、勇者は簡単に呼び出されている。魔神と対等の存在なのにだ。

 女神がそのような事を出来るならば苦労はしないだろう。そもそも自分が出てくれば良いだけなのだ。勿論、勇者は神程の魂がある筈はない。人の身であり寿命で死んでいる。


「魔神の魂は重く、肉を失った場合でも重いが故に分散しにくい。勇者は一言で言えば普通の人間と同じ魂だ。ただそれは固いのだ」

 竜王陛下は淡々と説明してくれる。

「なるほど。召喚するには人一人分の穴で良いから大した穴をあける必要が無いという事ですね。ただ、気になるのですが、固いとは?」

「特異な魂らしくてな。女神曰く、魔神よりも長生きするだろう固さを持った、魔神よりも強い魂だそうだ。ただ、毒を持って毒を制すというやり方だ。魔神と違って意識をもって生まれ変わる訳でもないしバックアップがある訳でもない。魔神にはそれが勇者の魂とは全く分からないという点も非常に有利なのだそうだ」

 つまり勇者は転生して魔神のような存在が出れば自ずと世界の脅威として魔神を倒しに掛かるという天災のような存在なのか。


「先にあったワームキングもサンドワームとして転生した勇者が進化して流砂王を食い、ランニングリザードとして転生した勇者が樹竜王を殺した。恐らく海魔王もそうでしょう。流れからすると伝説の鬼神アルバも勇者殿の転生体だったという事では」

「とても賢いようで助かります。まったくもってその通りで…」

「ちょっと待て。お前、海魔王の件、どさくさに紛れて勇者のせいにしてないか?」

 話を進めようとするイナバ殿だが、その前に竜王陛下が突っ込みを入れてくる。


 ギクッと反応するイナバ殿。


「この亀は海魔王の監視をしていたんだ。長く監視していたせいで食うのを忘れていたらしくてな」

「竜王様。誤解ですよ。腹を減らしたまま監視をしていたんです。何かを食べる夢を見たら、朝起きたらダンジョンが失われていて私はお腹が膨れていて、何故か称号に大迷宮攻略者の称号が刻まれていただけです。そう、謎の現象が起きていたのです。恐ろしいですね」

「貴様が寝ぼけて海魔王ごとダンンジョンを食ったのだろうが!海の中にあるダンジョンを丸ごと食うとかどこの亀だ」

「いや、もう今思えば監視なんてせず最初からそうしておけば良かったですね」

「……まあ、そうだが。普通食わんだろ」

 竜王陛下は物凄く呆れた様子でイナバ殿を見ていた。

「いっそ全部のダンジョン食ったらどうだったんだ?」

 ミロンはジトリとした目でイナバ殿を見る。

「その頃にはもうダンジョン周りには監視するための集落が出来ていたので…。そもそも集落が出来る前は私もそこまで大きくなかったですし」

「そうだなぁ」

 ミロンは納得するようにうなずく。

 ミロンの言葉からすると共闘する頃はまだそこまで大きくなかったのだろうか?いや、邪神と戦う事でレベルアップして体が大きくなったとすれば、ミロンの認識が正しいと気付かされる。


「それはともかくとして、今現在、最も危険なのは勇者の魂だという事で良いのでしょう?竜王陛下やフローラ様、イナバ殿、エルフの女王らはむしろ魔神の欠片ではなく勇者の魂を危惧している」

 俺は3人に訊ねる。

 ミロンはその話を聞いていなかったようで、疑問を持つように竜王陛下とイナバ殿を見る。

 恐らく、この二名はその使命を与えられていた筈だ。


「まあ、そこら辺は気にする事は無い。先もいっただろう?終わったと。俺も気にすることは止めようと思っている。シュテファンよ、この話、どうしたら終了だと思うか?勇者の魂が削れるまでか?もっと簡単な方法があるんだ」

 竜王陛下は俺を諭すように口にする。


 本当に、すでに終わっているのか?

 勇者というのは話の流れからするとゴブリンに転生して邪神と暗黒王を、ワームに転生して流砂王を、ランニングリザードに転生して樹竜王を、ともすれば勇者ルークも転生体と思われる。そして悪魔王を倒している。

 そのルークが亡くなっており、次の転生先が非常に気になる所だ。

 だが、すでに終わっていると来ている。何かに転生したのか?そもそも、どうしたら終わるというのだろうか?

 転生の旅が終わる。

 彼らが言うには通常の魂は死ねば魔力となって霧散する。だが、勇者は死んでも霧散しないのだ。

 或いは神のように殺したのか?いや、それで殺せるなら苦労はしないだろう。

 そもそもそんな手があるなら魔神とて苦労していない筈だ。魔神の欠片たちはかなり愚かな末路を送っている。


 従来、死ねば魂が霧散して消えるがその魂が霧散しないために永遠の転生の旅をしている勇者。その旅の終りは何があるんだ?


 俺はふと隣にいるミロンを見てハッと気づく。

「長寿種族に転生して安全性が確認されれば良いのか」

「正解だ」

 俺の言葉に竜王陛下は満足そうに頷く。

 とはいえ安全性を誰がどう確認するというのだろうか?そもそも勇者が何者かなんてわかるものだろうか?


「勇者様の魂は大体、どこか抜けているんですよ。賢い筈なのにバカな事をして、ステータスが低いのに上位ステータスの相手に立ち向かって勝利したり、だから必ず迂闊者と真の勇者の称号が入っているんですよ。まあ、そのせいで勇者は選ばれし者という話にこの世界ではなってしまっているですが。何に転生しても無茶で無謀で強く頭おかしい感じの何かになります」

「あー」

 イナバ殿の言葉にミロンが納得する。


 もしかしてアルバって無茶をする頭のおかしい何かだったのだろうか?


 歴史的偉人、邪神戦争の英雄、ダンジョンを攻略しそこに一大多種族都市、帝都ローゼンシュタットと並ぶ大都市ダエモニウムを作ったゴブリンから鬼神へと進化した偉大な存在。

 400年前の邪神戦争の参加者はほとんど生きていない。目の前の3人が数少ないそれだ。


 無茶で無謀で頭のおかしい何か………。


「あ」

 俺はそこで一つの存在に気付く。竜王陛下に立てついて生き残り、現在ステラ君のペット状態になっている無茶で無謀で頭のおかしい何か。


「まさか……」

「恐らく、この流れを読んでフローラ様は娘にすべてを託したんでしょう」

「……だが、予知スキルでそこまでの未来を引っ張れるのか?」

 俺はステラ君の予知スキルを考慮するとそこまで読めるとは思えなかった。


「引っ張れませんよ。ただ、やっているのがフローラ様ですから」

「あの娘ならばやるだろうな。終わっているなら終わっていると言えば良いものを。うっかり俺が足を引っ張る所だったじゃないか。まあ、ステータスが低かろうと、俺相手であってもそう簡単に負ける筈もないのだから、それも含めて見ていたんだろう?つまりはフローラからすれば全ての流れが茶番だったって事さ。もしもこの流れを壊すとするなら、また神でも世界に降臨するしかないだろうしな。つまり俺達の長い戦いは人知れずハッピーエンドだったわけだ」

 竜王陛下とイナバ殿は苦笑しあう。


 つまり最強の魂はヒヨコ君に転生し、そのヒヨコ君は善良で保護者がステラ君という状況ができているので、彼らの手から離れ、任務とか関係なくステラ君はヒヨコ君を管理する羽目になっているという話という事か。


 これって、私も面倒を見ないといけないのだろうか?


「まあ、頑張れ」

 ミロンは俺の肩をポムと叩く。

「知っていたのか!?」

「いや、邪眼王討伐のリーダーだから連れて来ただけなのだがな。そもそもお前がその事実を暴いたんじゃないか。竜王陛下もイナバ殿も一々人間に知らせる必要が無いからオブラートに包んでいたのに。賢いが故に損をしたな」

 呆れるようにミロンは俺に言う。


 俺のバカ……。


 結局、俺は頭を抱えて崩れ落ちる羽目になるのだった。

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