4章17話 スタンピード 前編
「ピヨピヨーッ(くたばれ、このポンコツドラゴン!)」
「きゅきゅきゅ~!(お前がくたばるのよね、このピヨピヨのヒヨッコ風情が!)」
ヒヨコのフレイムブレスとトルテのライトニングブレスがぶつかり合い熱と雷がほとばしる。
大地に大穴をあけて、何もかもが吹っ飛ばされる。周りには魔物もたくさんいたがそれもついでに全て吹き飛んでいく。
スタンピードが起きたというのに、何故ヒヨコとトルテが戦っているのか?
思えばちょっとした行き違いだったと思う。
ヒヨコのブレスがトルテの獲物を吹き飛ばしてしまったのだ。ほんのちょっとだけだぞ?ほんのちょっとだけだ。
ほんの数十匹程度の魔物、誤差だろう?
その誤差と呼べるほどの魔物が森から山から湧き出してきているのだ。万はいるだろうスタンピードだ。ダンジョンの数十匹のモンスターパレードの比ではない。
なのにトルテときたらヒヨコはずるいと文句を言い、攻撃してくるのだ。
しかも、最近覚えたらしい<雷光吐息>を放って来る。
<電撃吐息>とは例える事もおこがましい、まさに実際の雷が横走りするような威力の光が迸ったのである。
だからちょっと<爆炎吐息>で対抗したのだが、何とも大人げないドラゴンである。
そもそもヒヨコがうっかりトルテの獲物を焼いてしまったのはトルテがヒヨコの方に撃ってきたからうっかり変な方向に<爆炎吐息>を撃ってしまっただけの事。
故にヒヨコは断固として故意ではないと訴えたい
「きゅうきゅう!(ヒヨコが悪いのよね!アタシの獲物を燃やすから)」
「ピヨピヨ(トルテがヒヨコにブレスかますからうっかりピヨッとやっただけなのに!トルテが悪い!)」
「きゅうきゅう、きゅきゅきゅーっ(非を認めて謝罪するのよね!<雷光吐息>!)」
「ピヨピヨ、ピヨヨーッ!(謝罪するのはそっちだ!<爆炎吐息>!)」
雷が横に走るような光が迸るが、目の前の爆炎が空気の流れを変えて雷の軌道をそらす。
スタンピード真っ最中に魔物達がヒヨコ達を取り囲むようにいして遠巻きに移動するが、トルテのブレスはヒヨコの脇をすり抜けてヒヨコの背後にいた魔物達を吹き飛ばす。ヒヨコはトルテが本気でやりに来ていると感じて鳥肌モノである。
無論、ヒヨコは鳥なのでいつでもどこでも鳥肌モノだが。
とはいえヒヨコのブレスも負けていない。ヒヨコの放った爆炎は魔物達を吹き飛ばし、クレーターを作る。あまりの威力に爆風が発生して雷光の射線を捻じ曲げる。
トルテは空を舞い、素早く飛んで動いてヒヨコの攻撃範囲から離脱する。
「ピヨーッ!ピヨピヨ!(こらー、空に逃げるな!)」
「きゅう~きゅっきゅっきゅ~(鳥なのだから空を飛べばいいのよね、飛べたらだけど)」
大地に巨大クレーターを作る炎のヒヨコと雷撃を放ってくる子ドラゴンの二匹。
ヒヨコの一撃で百近い魔物達が吹き飛び、トルテの一撃で百近い魔物達が感電して死に絶える。大地には巨大な穴がいくつもあけられる。
「二人ともやめてくださーい」
マスターはヒヨコ達を仲裁しようとするのだがトルテは止められない。とはいえ当のマスターも中に入ると大変なのでヒヨコの背中に乗っていた。
「きゅうきゅう(ヒヨコが悪い!)」
「ピヨピヨ(トルテが悪い!)」
トルテの放つ<雷光吐息>が森から出てくる魔物達を次々と薙ぎ飛ばしてく。
ヒヨコの放つ<爆炎吐息>が森から出てくる魔物達を次々と吹き飛ばしていく。
怪獣大戦争の様相を見せているが、実際に戦っているのは人間大のヒヨコと体長1m未満の子ドラゴンである。
「なんだろう、この既視感」
マスターは遠い目をして空に浮かぶトルテを眺める。
マスターよ、むしろマスターが上手くトルテをたしなめて欲しいのだが。マスターの大人の一言をヒヨコは待っているのだ。はよ。
森から出て来る魔物の群れは何故か町の方へとに向けて走っている。ヒヨコはそんな場所を横断するように逃げるが、そうは問屋が卸さない。トルテは体に雷を纏って無敵状態になりつつ背後から<雷光吐息>を次々と放ってくる。
ヒヨコは避ける、マスターは避けられそうにないのでヒヨコの背に乗って退避すると、ヒヨコはマスターを背負ったまま、縮地法によって<雷光吐息>をかわす。
強力な雷光が煌き、ヒヨコがかわすと同時に膨大な数の魔物達が一瞬で塵芥になる。
「きゅうきゅう(逃げるな、なのよね!)」
「ピヨピヨ(逃げるに決まってるだろー!死ぬから!このバカーッ)」
「いやー、幼竜と聞いていたのでさほど強くなかろうとは思っていたのですが、意外に強いですね」
「ピヨピヨピヨピヨ(強いというよりもあの<雷光吐息>は強すぎないかな?)」
逃げるヒヨコを空を飛んで追いかけるトルテ。
スピードはヒヨコに利があるが、スタンピードの中を横断している為に移動に困る。トルテは新しい技なのか、体に雷を身にまとい、魔物達も触れる事が出来ず、更には次々と雷光吐息を吐いて魔物の群れを滅ぼしていく。
ヒヨコはヒヨコで逃げ道に邪魔な魔物がいたら爆炎吐息で焼き払って逃げ道を作る。
「ピヨピヨ(何という手ごわさ。奴とは軽い喧嘩で戦ったことはあるが、まさかここまでだったとは)」
ヒヨコは必死に走りながら魔物の群れをブレスで掻き分けてトルテから逃げる。
「あの体に雷を纏っているのは雷の吐息LV5<雷纏>ですね。幼竜とは思えない雷系吐息のスキルレベルです。竜王陛下が可愛がっている理由も分かります。」
え?イグッちゃんがトルテを可愛がっているのは単に親ばかなだけでは?
ピヨピヨリ、どうやら他人にはそう見えるらしい。摩訶不思議である。
イグッちゃん、買いかぶられてるよ!
***
「何かヒヨコとトルテがスタンピードをしっちゃかめっちゃかにしてない?」
ステラは引きつり気味に高台から双眼鏡で様子を見る。遠くの方から迫りくる魔物群れ。その魔物の群れを半数以上根絶やす勢いで雷光と爆炎が鳴り響き、魔物達が吹き飛んでいるのが見える。
森から湧き出てきた魔物達がヒヨコ達に追い立てられているようにも見えるのは気のせいの筈だが。
「というよりも、魔物達もヒヨコ君達に巻き込まれないように必死になっているんだが………というよりスタンピードの半分くらいが吹っ飛んでいく」
ヒューゲルはステラの横に立ってスタンピードの状況を観察していた。
「ですねぇ。どうりで中途半端な予知になっているか」
ステラは頭を抱えて溜息を吐く。
例を見ない大量のスタンピードにも拘らず人的被害が非常に少ない予知だった。この巨大城塞都市でさえも滅んでもおかしくないほど、膨大な量の魔物が湧き出ていたのに、ヒヨコとトニトルテが暴れる事で半減している。
よく分からない予知だったが、理由はヒヨコとトニトルテだった。ステラ的には何となくそんな気はしていたが。
ヒヨコはとにかくステラの予知を外しにかかる存在だ。狙っている訳ではないとは思うが。
これだけの規模のスタンピードならもっと悲惨な予知があっても良かったはずだ。だが、そういう予知ではなかった。このよく分からない予知となった結果がヒヨコとトニトルテだったのだろう事が予想できる。
この数か月、ステラの予知が悉く機能してなかった原因はほとんどがヒヨコとトルテだった。今回、ヒヨコとトニトルテの行動を含めて予知できているから逆にいい方向なのだろうか?とも思う。
いや、そもそもステラが教えるまでもなく参入しているから予知の範囲に入ったのだろうと思いなおす。
そしてふとステラは考えてしまう。500年前、母は勇者と共に冒険をした事が有るという話だったが、一体どうやって何度となく世界の危機を予知をしていたのだろうか?
竜王陛下も同じ戦場にいたのだ。混乱の極みである。或いは予知LV10とはそこまで万能なのだろうか?
ステラは想像もつかない領域を知り困惑する。
生まれた当初から2つの尾を持ち予知レベルは獣人領で過ごす間、一切上がっていなかったのだ。にも拘らず、ヒヨコと出会ってから色々とあり、予知レベルが上がりLV6に進化している。それでも今までよりも全く予知は機能していない。
本当に自分は母に近づけているのだろうか?
「とはいえ、彼らがいるからスタンピードがかなり散発的になっているな」
「チャンスね、切り込んできていいかしら」
カチャカチャと刀を鳴らすエレオノーラは餌を待ちきれない犬のように魔物の方を見ていた。
ステラはお姫様が切り込みに行くと聞いてぎょっとする。いやいや、魔物の群れに突っ込む王女様っておかしくない?確か戦闘の心得はあると聞いていたが。
「あ、危ないですよ」
「まあ、確かに危ないな。帝国最強の剣士でも一応王女様なんだから」
ヒューゲルは半眼でエレオノーラを見ながら、ため息交じりに宥めに入る。
「帝国最強の剣士?」
だが、その言葉の中に不穏な単語が入っていた。
「知らなかったっけ?こっちは結構有名だと思っていたが。帝国最強の剣士として有名な第二皇女様だからね」
ヒューゲル様は説明を加えてくれる。帝国最強の第二皇女、聞いた事はあるけど、ステラにはあまり実感が無かった。そもそもどの程度強いのかとか考えたことも無い。
「それって本当だったんですか?」
そう聞きながらもステータスを確認し、バカみたいに高いステータスを見て言葉を失うステラだった。一応、そこら辺の人のステータスをわざわざ覗き見ない分別は持っているので必要ならば確認するあ必要でなければ見たりはしない。戦に行くことは命にかかわりがある為確認をしてみたが正直に言えば最終兵器的なステータスだった。。
ステラは目を丸くしてエレオノーラを見る。どう見ても綺麗なか弱い(?)女性にしか見えない。だが、その実力は獣王国の三勇士に届くものだった。
「そう、私は強いんだ。なのでちょっと魔物を切ってくる!」
「こら、エレン。もう、無茶ばっかりして。旦那様が対応に困っているわよ」
そこでステラの近くに立っている老婦人が声をかける。
「ですがお祖母様。この力はこんな時の為です。帝国騎士として見過ごせません」
「嫁入り前の娘が…」
老婦人が頭を抱えるように溜息を吐く。
「お姫様も出るのか?だったら護衛が必要だろう?」
そこに現れるのはモーガン、ユーディット、ミロン、ヴィンフリート、ラファエラの5人だった。
「お前たち」
ヒューゲルとしては一同がやって来たことに対して驚きが半分、やはり来たかという気持ちが半分であった。
「ベルグスラントの勇者達が狂魔の笛を吹いたのが原因だ。奴らをとっつかまえたいのはやまやまだが、それどころじゃないんでな。加勢に来たぞ」
モーガンがニヤリと笑って巨大な斧で肩を叩きながら口にする。
「ほどほどにしてよね。回復だって楽じゃないんだから」
「久しぶりに我らがパーティの復活か」
「まあ、折角の同窓会だしな」
ユーディット、ヴィンフリート、ミロンの3人がそれに続く。
「師匠、私も参加していいですよね」
「じゃあ、元勇者パーティの実力を見せてもらおうか?」
ラファエラもまた乗り気で、ミロンは苦笑気味に許可を出す。
元々、ミロンはラファエラとヴィンフリートの母親を赤ん坊のころに拾い育てていた。帝国の教育制度が最も優れていたので帝国に出したのだが、伯爵家へ幼女として入り、宮廷魔導士となり、そこで皇太子に見初められ妾妃となったのだ。
ラファエラやヴィンフリートとミロンの関係は師弟関係であると同時に孫と祖父という関係にも等しく、特にラファエラは懐いていた部分があるので、こういったケースではミロンの顔を窺ってしまうのである。
現在発生しているスタンピードに対応するにはどちらにせ大規模殲滅魔法が必要なのは確かだった。
いくらヒヨコとトニトルテが暴れていてもスタンピードの規模は万を超えている。
戦力分散はよくないが、だからとて港町であるこの町は北側の砂漠地帯から東側の巨大な森林地帯にかけて魔物がたくさんいるのでそこからなだれ込んできている。
「とはいえ、この門ばかりに集中するのもうまくはない。ラファエラ殿下はここより南側の東門を、ミロンは北側の北門を守ってほしい。二人とも風魔法が得意だろう?移動時間を短縮してくれ。エレン、モーガンは先頭で突貫してくれ。俺とヴィンで討ち漏らしを叩く大きい討ち漏らしは出さない予定だがこれだけの規模のスタンピードだ。何が起こるか予測もつかない。この町を守る衛兵の皆はきっちりと己の仕事を全うしてくれ。我々がまず大物を叩く」
「はっ!」
「お任せください、ヒューゲル様」
ビシッと敬礼をする。衛兵の隊長さん達。
一応、ヒューゲル様はこの領地の人ではないのだが……とステラは不思議に思って首を傾げる。
「何でヒューゲル様の言う事に敬礼しているんだろう、あの衛兵長さん」
「それはヒューゲル様が8年前に皇帝陛下を守ってこの地に逃げてきた時の事。街の為に様々な仕事をして信頼を得ているからですよ。エレオノーラだって本来であればとっくに結婚させられていて然るべき年齢だけど、あのヒューゲル様を取り込めるならと延ばし延ばしにされていましたから。ヒューゲル様の方は貴族達からすれば良い意味でも悪い意味でも有名人ですから」
「悪い意味でもですか?」
何故、悪い意味があるのかとステラは首を傾げる。
老婦人からすれば当然であるが、ステラにとってはよく分からない事だ。
「それはそうよ。今の宰相閣下はリヒトホーフェン侯爵閣下という後ろ盾があって莫大な権力を振るっているわ。後ろ盾がなければ元平民出の成り上がり、他の貴族達に簡単に殺されていたでしょうね。ヒューゲル様はご自身に力があるからのらりくらりとかわしていたけど普通ならとっくに殺されていたでしょう。その才能を恐れる貴族達によって。結局、エレンちゃんが上手く捕まえてくれて、メルシュタイン侯爵家としては満足な訳だけど。ふふふ、エレンちゃんの婚期遅れを見逃していた甲斐があったわね」
クスクスと笑う老婦人にステラは絶句する。
身を守る力、害すれば敵に回りうる巨大な後ろ盾、そう言うものが無ければどうにもならないのだという。
「占い師さんだってそうでしょう?」
身を守る力と後ろ盾、確かにステラにはないものだ。
そこでステラが思い付いたのは母の事である。
ステラの母フローラは身を守る力もあったし獣王家という後ろ盾もあった。自分には身を守る力も無ければ後ろ盾も無かった。
何だ、当に巫女姫という存在は母を失った時点で破綻していたのだ。母に申し訳ないと思っていたがそうではないのだ。恐らく母も気付いていただろう。あの母は全てを見通していたのだから。
「そうかもしれませんね」
ステラが自分の身に置き換えて言葉をかみしめていると最前線に立つヒューゲルが拡声スキルで周りに声を届ける。
「メルシュタイン侯爵領の諸君。現在、この城塞都市ヴァッサラント付近一帯にて魔物のスタンピードが発生した!大量の魔物はこの町に向けて侵攻を開始している」
ヒューゲルは衛兵達だけでなく領民達へも声をかける。
「だが、恐れる事は無い!我らはいつだってこの地を守ってきたはずだ。衛兵達よ、奮い立て!今こそ立ち上がる時だ。父を、母を、子を、愛する家族を、友人を守るために武器をとれ!愛するこの大地を守るのだ!我等はこの魔物達を一匹たりともこの領地を侵させてはならない。衛兵達よ、奮い立て!これよりメルシュタイン防衛戦を開始する」
ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッと衛兵たちが盛り上がる。
すると町の入り口の東と北にある門の方から爆音が響く。
恐らく3つある城門、恐らくは東門と北門に配置されたラファエラとミロンが竜巻の魔法を使って魔物の入る隙間さえ作らない暴風壁を作り出す。東門と北門の守りは万全というより魔物がスタンピードと言えど近づけないどころか近づいた魔物は全て竜巻によって巻き上げられてしまう。
これこそが周りに賢者と呼ばれる大魔導士なのだと納得させられる。
「うわ~」
さすがのステラもあまりに規模の違いすぎる魔法で言葉を失う。
戦場を走る雷光や爆炎ほどのインパクトはないが、天候を操作するほどの大規模魔法を見て呆気に取られてしまう。
「さすがラファエラ様ねぇ」
勇者パーティの賢者、という話であった。
が、こんな天候さえも操るような魔法使いだったというのは初耳だった。お姫様なのに?という疑問も大きい。
「宮廷魔導士にして先帝陛下カールステン様の妾姫だったディアナ様はエルフの森で育った方であのミロン様が育ての親だったのよ。その伝手でラファエラ様とヴィンフリート様は魔法が得意なんだから」
「そうなんですか?皇帝陛下の寵愛を受けるような人は皆貴族かと。それにしても意外な出自が………」
ステラはそう口にしつつ、そう言えば自分の兄にも等しい三勇士の一人エミリオは母に拾われて育った人だ。そう言う事もあるのだろう。
「でも、魔物もこれだけ天災にもちかい圧力を与えられているのに、よくもまあここに来ようとしますね」
「そうねぇ。狂魔の笛の効果は聞いていたけど、実際に襲われるとちょっと怖いわね」
「普通はちょっと所じゃないと思いますよ」
ステラは予知スキルがあるから危険の有無を感じられるが、普通なら恐れる所である。いくら大丈夫だと言われても何があるか分からないものだ。外は魔物の群れが大挙して森から出て来ていて、いくら守ってもらえるにしても戦力は想像もつかない。
これが大貴族の精神力か?
ステラは生まれつき偉い立場に生まれた大人を見て感心していた。自分がそれ以上の立場だった事に気付いていなかったようだが。
***
すると中央の門からも4人の戦士が魔物に向かって走っていく。
先頭はモーガン、次いでエレオノーラが続く。ヒューゲルとヴィンフリートがその後ろに続く。
「おおおおっ!」
「ふんっ!」
そして先制攻撃だが魔物と接敵する前にモーガンの戦斧とエレオノーラの剣が一閃されると、一閃された刃が延長線上に飛んで魔物の群れを切り飛ばす。
魔物の群れの中に突貫して次々と吹き飛ばしていくエレオノーラとモーガンはどんどん先へと進み魔物達を吹き飛ばしていく。森の近くで足を止めて迫りくる魔物の群れを撃退していく。東部を包み込むように存在する森に対して、たった二人で止めるのは明らかに困難なのだから仕方ない。
だが、半分以上がその背後にいるヴィンフリートやヒューゲルの方へも向かう。
「<火炎剣>!」
ヴィンフリートは炎の剣を使い遠距離でも次々と魔物を切っていく。二人の防波堤を避けて出てくる魔物を次々と炎の剣を鞭のように扱って、遠距離にいる魔物も狩っていく。
魔法剣を使う職業を魔法剣士と呼ばれる。そう呼ばれるにはレベル5以上の火氷土の三属性の魔法のいずれかを身に付けなければならない。そうでなければ魔法剣を使えないからだが、一属性でもレベル5以上の魔法を使えれば一流の魔導士と言えるだろう。
だが、ヴィンフリートは剣士としても一流で、一流の魔法士の条件であるレベル5の魔法を3属性もっている。ラファエラやミロンが規格外過ぎて比較対象にならないが、それを除けば国では十分に一流の魔導士であり、一流の剣士でもある。レベル8以上の天変地異級魔法を使えるわけではないが、攻守において最もバランスのいい戦士である。
そして討ち漏らしをヒューゲルがものすごい勢いで倒していく。
全く目で追えない程の速度で走り、魔物の前に現れて急所を短刀で切り裂く。疾風の異名の如く、一振りで何匹も倒す前線の3人とは異なり、一瞬で移動して魔物を殺し、一瞬で移動して魔物を殺すという小刻みな動きで奮闘する。
だが、さほど戦闘力のある魔物でなくても、100を超える魔物の侵攻を水際で抑えているのは縮地法と剣術スキルの高さがモノを言っている。カバーする移動量が大きいから後ろに漏らす事も少ない。
明らかに強そうなのはエレオノーラ、モーガン、ヴィンフリートの三人なのだが、その3人を後ろでカバーしきっているのは明らかにヒューゲルだった。
何せ魔物を殺すペースが他のメンバーよりも多いのだから。
多くの魔物を殲滅しながらも、数匹は門に到達し、それらを衛兵たちが協力しあって倒す。このままであれば難なく殲滅完了できそうだ。
だが、スタンピードの中で大きい変化が起こる。
森の木々を倒しながら巨大な体を持った魔物が現れた。9つの首を持つ魔物、ヒドラである。しかも3体ほどが群れとなって現れたのだ。
「ヒドラ!?」
「拙いな、戦線が崩れるぞ!」
ヒドラにはさすがに遠距離斬撃は十分なダメージが効きにくい。
1つの頭の攻撃をモーガンが大盾で抑え込むが、3つの頭がモーガンを横から攻撃仕掛けてくる。
「ヴィン!サポート!」
遠くから叫ぶのはヒューゲルだ。
「おうよ!<地縛>!」
ヴィンフリートはモーガンを襲うヒドラに対して、土の魔法で束縛しようとする。30本以上もの土の柱が大地からモーガンを守ると同時に3つのヒドラの頭を囲むように現れる。
ヒドラの頭を左右からの拘束によって攻撃を一時だが止めるが、ヒドラは止まるも直に破壊して自由になる。
「厄介だな」
「なーに、バルバロスよりはマシだろう」
「ちがいない!」
ヴィンフリートとモーガンでヒドラ一匹を抑え、更にエレオノーラはもう一匹のヒドラを抑える。
エレオノーラは素早い剣で首を切り落とそうとするが、攻撃が中々通らない事に即座に気付く。だが圧倒的な速度で9本の首から狙われても一切攻撃を受ける様子は見られない。そして、回避をしながら一方的に攻め立てる。
「さすがはエレオノーラ殿下か」
「一匹は姉上に任せて俺達でこいつをどうにかするしかない」
引きつりながらぼやくモーガンとヴィンフリートであった。二人で一匹を抑え込んでいるのだが、エレオノーラは一人で一匹を抑え込んでいる。
帝国最強の戦士、エレオノーラの能力は伊達ではないのがよく分かる構図でもある。
***
そして現れた最後の3匹目と言えば……
「ピヨヨー(ジャマー、どいてー)」
ヒヨコの逃げ道を塞ぐようにヒドラが現れた。
「きゅうきゅう(ヒヨコ死すべし、慈悲はない!)」
<雷光吐息>を放って来るトルテに対し、ヒヨコはジャンプして避けるとその<雷光吐息>はヒドラにぶつかる。
「ギャウウウウウウウウウウウウウウウッ!」
体を痺れさせて一瞬の自由を奪う。
「ピヨピヨ(必殺、ヒヨコ乱舞!)」
縮地を使って頭に攻撃を仕掛ける。ピヨピヨピヨピヨと瞬間移動しながら相手の急所と思しき場所に連撃を加えるが、残念ながら攻撃力は低く、ヒドラにダメージは与えられなかった。
残念、ヒドラは固かった。
「きゅうきゅう(そろそろ観念するのよね)」
「ピヨピヨ(トルテ、ヒヨコは悪くない)」
「きゅう!(言い訳はあの世で聞くのよね!)」
「ピヨピヨ(そ、そうだ、トルテ。ヒドラ君がここにいる。手を引いてほしい。)」
「きゅ~う?(ヒドラ?おや、気付けば毒虫がたくさんいるのよね)」
「ピヨッ(忘れたのか、あの美味を!ヒヨコがいなければヒドラは美味しく食えないのだ。そして目の前にヒドラ君がいる。もう一度ヒドラ君を食べたくないのか?)」
「きゅう~(ぬぬぬぬぬ、それは確かに悩ましいのよね)」
ヒヨコとトルテはヒドラを挟んで互いに主張をする。
だが、ヒドラはそんな二匹の事なんて知った事ではない。
「「「「ギャウウウウウウウウウウウッ」」」」
首達が怒り狂いヒヨコとトルテに襲い掛かる。
「きゅうきゅう(仕方ないのよね。ヒヨコ、無礼を許すのよね!その代わりヒドラを献上するのよね?)」
トルテは空に逃げて射程圏外に飛ぶ。ヒドラは毒の吐息を吐くがそれも届かない。
「ピヨピヨ(出来ればヒヨコも食べたいのだが。どうせ一人では食えないだろう?)」
「きゅうきゅう(狩りの借りは肉で返すとして、諦めてやるのよね)」
「ピヨピヨ(ホッ、助かった)」
ヒヨコは回れ右をしてヒドラへと襲い掛かる。
ヒドラはトルテを追うのを諦め9つの首全てがヒヨコに襲い掛かる。ヒヨコは爆炎吐息で攻撃する。
ヒドラは爆炎の中から傷を負いながらも9本の首が襲い掛かってくる。森の中でないからヒヨコも容赦はしない。
「ピヨヨーッ」
ドドドーンッ
爆炎吐息三連発によってヒドラの頭が3つ吹っ飛ぶ。ヒドラ達は悲鳴を上げる。
「ピヨピヨ(トルテ、動きを止めないと浄化で肉を毒抜きできない!取り敢えず頭を潰そう)」
「きゅきゅきゅきゅ~(雷光吐息)」
ヒドラの首をピンポイントで当ててを吹き飛ばして残りの頭は5つになる。
「あの~、ヒドラの動きを止めれば良いんですか?」
するとマスターがヒヨコの背中から訪ねてくる。
「ピヨピヨ(そうだけど)」
「なら、私が止めましょう」
マスターはヒヨコの背から降りると体をむくむくと大きくさせていく。
マスターの巨体がヒヨコの背に乗っていた大きさから人型よりも大きくなり、並みの魔物よりも大きくなり、やがてヒドラと同じくらいの大きさへとなり、さらにはヒドラさえもが小さいと思えるほど大きくなる。
ヒドラより巨体になった段階で、マスターはヒドラの胴体を手で押さえつける。
「きゅきゅう(なんと、ナイスな亀なのね!ヒヨコ、やるのよね!)」
「ピヨヨーッ(浄化)」
ヒヨコが神聖魔法を発動する。
「「「「「ギャウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ」」」」」
残った5本首のヒドラは己の毒素を殺されて血液が回らなくなりうごめいて倒れる。
断末魔の悲鳴の後、地震が起こるような大きい音を立てて地面に倒れ伏す。
それをヒヨコとトルテは倒れたヒドラの近くに近寄って、息をしていないのを確認する。
「ピヨピヨ~」
「きゅっきゅきゅ~」
ヒヨコとトルテは共に勝利のダンスを踊る。レベルアップのファンファーレが鳴っているが今はそれよりヒドラを食べれることに喜びを感じていた。
レベルが16になったとかどうでも良い。取り敢えず肉である。
スタンピード中だというのに、ヒヨコ達はヒドラに食いつく。ヒヨコが一口食べて、問題ない事を確認するとトルテがガジガジと食べ始める。
「ピヨヨ~」
「きゅう~」
二匹はムシャムシャトヒドラを食べ始める。
「あのー、私もいただいて宜しいでしょうか」
「きゅうきゅう(食う事を許すのよね。残念ながら量が多すぎて腐るまで食いきれないのよね)」
「ピヨピヨ(マスターもどうぞどうぞ。我らはもはや肉の虜)」
ヒヨコもトニトルテも夢中になってヒドラを食べる。
マスターがヒドラ肉を食べると、驚いたような顔をしてから、ムシャムシャとヒドラ肉を食らう。
スタンピードの魔物がやってくるとヒヨコとトルテはブレスで吹き飛ばしてから、再びヒドラを食べる。
もうスタンピードとか狩りとか、どうでも良い感じになっていた。
***
前線がヒドラ相手に足を止められて動けないでいるのを見てヒューゲルは顔をしかめる。
「拙いな、ヒドラ以外の魔物がこっちに来てしまう。仕方ない、アレを使うか!」
ヒューゲルの持つ二つある奥の手の一つ、土魔法レベル10<金剛剣舞>を発動させる。
膨大な数の魔法陣が光り、大地から鋭い刃が現れる。
<金剛剣>というレベル7で覚える事が可能な最強魔法剣の一つである。
短時間で失われる為、レベルが高いわりにMP消費が少なく、ひと時の戦闘でのみ武器として使える魔法であるが、ヒューゲルはその魔法を大量に使う。
大地から生み出された透明に輝く短剣が1本や2本どころではなく、1000本の量の魔法剣を生成される。
***
「な、あり得ない」
と、思わず口にするのはステラであった。
遠くから見ていたが、ヒューゲルがレベル7魔法を使うのだが、その量が余りにも膨大過ぎる。いくらMP消費の少ない魔法剣だとしてもありえない本数だった。
そもそもヒューゲルは魔力自体は高いがMPは凡庸だ。人間のMPは高くても100、超一流の魔法使いでも200あれば世界最高クラス。実際、ラファエラは200ちょっとという所でヒューゲルも似たような所。
1000本の剣を扱うにはMPの収支がどう考えても会わない。1本にMP1を使っても1000は必要になる。
そもそも、それだけの数の剣を同時に使役するにはどう考えても頭の回転も足りないと感じる。精々6本位しか操作するのは不可能だと言われている。しかも雑な動きでだ。1000本の刃を一人の頭で動かすのは配置するだけでも困難だ。
「それがありえちゃうんだよね」
ユーディットがステラの隣に立って口にする。
「ありえちゃうって?」
「土魔法の<金剛剣>は一定の体積のダイヤモンドソードを作るスキルでね、ナイフや短剣くらいの大きさなら2~30本でも1回分のMP位しか使わないらしいのよ。普通の人ならそんな武器があってもあまり意味がない。たくさんの仲間に持たせたところで使い手の能力に依ってしまう。鋭利なナイフが手に入った所で意味がない。だけどヒューゲルは高速思考と並列思考の二つを極めている。同時に軽いナイフ位の武器を1000本同時に使えてしまう。補助魔法のサイコキネシスでね」
「いやいや、サイコキネシスだってあんな大量のナイフを使うにはMP消費が激しい筈ですけど」
「あのダイヤモンドソードって、軽いんだよ。普通の剣とは比べ物にならない位にね。ヒューゲル曰くMP100で使えるらしいわ。効率化に効率化を重ねたみたい。それでレベル10相当の魔法と認められたって訳。ミロン曰く、賢者の称号の獲得する方法はいくつかあるらしいけど、レベル9の枠に収まらない魔法をレベル10として認められる事で、手に入るらしいんだって。ミロンも風の魔法レベル10を手に入れたのは似たような経緯だったらしいからね」
「つまりレベル9を超える魔法をヒューゲル様は開発したって事ですか?」
「そ。しかも2つも開発してるのよ。火魔法や氷魔法、雷魔法、神聖魔法は既存の魔法があるから知っている人も多いけど、それ以外はオリジナル魔法なのよ。ミロンの風刃竜巻、ヒューゲルの金剛剣乱舞は女神様が認めるレベル10相当魔法なのだから」
「他の一つは?」
「あれは私たちと冒険が終わった後に開発したらしいから私も詳しくは知らない。竜王陛下が認めた魔法だったと聞いているけど」
ステラはユーディットの話を聞いて、そういえばヒューゲルは素早さが無い頃に竜王陛下と戦い認めさせたと聞いている。かつての戦友の娘さえも殺そうとする竜王陛下が、認めるような魔法を持っているというのは恐ろしくもある。
恐らく<金剛剣乱舞>のような魔法ではないのだろう。この魔法は対軍用大量虐殺系の魔法だ。たった一人で複数を相手にする為の魔法。土系ということはつまりダンジョンにて数の暴力に晒された際の切り札ともいうべき魔法と思われる。
対するもう一つの魔法というのは大魔獣のような相手を仕留めるような大魔法と推測される。
ステータス自体はさほど強くない。AGIが元に戻る事で、AGIだけならば獣王国の誰が相手でも引けを取らない速度を持っているが、魔法の使い方や戦い方によって、いかようにもできてしまう強さがあった。
そう、竜王陛下に認められるというのは伊達や酔狂ではない。
もはやヒドラさえ前線で仕留めればスタンピードさえも無傷で終わる雰囲気になっていた。