1章7話 ヒヨコのラッキーカラーはピンク色
俺は鶏の鳴き声で目を覚ます。
俺は何をしようとしていたのか首を傾げる。
そうだ。バジリスクの血とエルダートレントの葉、それにマンドラゴラの根を取りに行く予定だったのだ。
あれ、何でだっけ?
ピヨリと首を捻り、思い出そうとするが全くもってピヨッとこない。大事な事だったような気がしたが。
…………まずいな。ヒヨコになってから妙に記憶力が落ちているような気がする。
あらゆる人や物のステータスを見る事が出来る神眼スキルがあるんだけど、あまり使ったことは無いんだよね。
勇者としての戦いにおいて、自身のステータスと敵のステータスは基本的に相手の方が上である事が多い為、ステータス差を確認すると恐怖の原因にもなりうる。
百害あって一利ない為に、基本的には能力を確認しない主義だった。
とはいえ、現在の身体能力に関するステータスは把握する必要がある。HPやMPだけでなく、STRのような具体的なパラメータも確認しておこう。
「ピヨヨ?」
おっと、思ったよりも変な数値が出てきて思わず声が出てしまった。
名前:ピヨ
種族:???(ヒヨコ)
職業:無職
LV:8/50
HP:385/385
MP:85/85
STR:38
AGI:59
DEF:24
INT:14
MAG:281
称号:復讐者、迂闊者
スキル:魔力操作LV10 忍び足LV1 回避LV5 暗視 神眼 神託 魔力感知LV10 音響探知 離陸LV1 火魔法LV10 水魔法LV5 氷魔法LV5 土魔法LV5 風魔法LV7 雷魔法LV8 神聖魔法LV9 炎熱耐性LV10 毒耐性LV2 呪耐性LV2 即死耐性LV10 食い溜め 格闘術LV1 嘴術LV3 火吐息LV1
恐るべきステータスに俺は驚いてしまう。
人間の平均的な成人男性のINT、つまり賢さを示す数値は60程度と聞いた事がある。
その中であって勇者のINTは400オーバー、つまり天才の類である。
その俺のINTがなんと14しかないのである。
あれ、生まれたての赤子と同列なんですけど。
もしかして俺って凄いバカになってるの!?
なんだかうっかりミスが非常に多かった理由ってこれが原因?
※正解です
ぬぬぬ。このタイミングで何故、俺のステータスの称号『迂闊者』がピコピコ点滅してる。まさか女神の仕業か!?もしかして、女神様ってば、俺に怒ってる?
お前、アホじゃねーの?みたいなノリ?
※正解です
思えば昔からそういう所があった。勇者になってからステータスが俺に何かを訴えているようなものが。
神眼スキルは女神様が面倒くさい女だから出来るだけ使わなかったというのもあるが。
まあ、いい。頭が悪くなったのならばさっさとレベルを上げれば良い事だ。マンドラゴラとバジリスクと古魔樹を狩って、素材を手に入れるついでにレベルを上げて賢くなればいいのだ。ふふふふ、ヒヨコってば、賢いな。
※ヒヨコは賢くありません
何故かステータス欄の迂闊者がさらにピコピコ点滅して、何かを訴えているようだが無視だ、無視。
***
「ピヨーーーーッ」
ヒヨコは脱兎の如き逃亡をしていた。背後から迫るのは巨大な大蛇。そのブレスは大樹をも石と化す悪夢の存在。この樹海でも屈指の魔物と名高いバジリスクだった。
よく考えたら、いたいけなヒヨコが勝てる筈もないのだ。しかも、ヒヨコに転生した為、バジリスクに有効な呪耐性が勇者の頃からと比べて失われている状況だったのを失念していた。
吐息を掠っただけでヒヨコの右の翼が、否、ライトウィングが石化していた。手羽先だけでなく手羽元もだ。
だが、ヒヨコは何とかバジリスクを撒いて、樹々の中に紛れて逃げる事に成功するのだった。
何だか逃げている間にヒヨコのスキル欄に『高速移動LV1』のスキルを身につけていた。石化ブレスを食らったのと、限界を突破した高速逃げが功を成したのだろう。
恐るべしバジリスク。どうして俺がこんな魔物と戦わねばならなかったのか!?俺はなんと迂闊だったんだろうか!?神様も教えれてくれれば良いのに。神託なんて何の助言もしてくれないどうでも良いスキルばかり与えやがって。
俺は心の中でバジリスク以上の毒を吐きながら、バジリスクを振り切り木々の中に身を隠す。
ふう、危なかった。あんな危険生物をどうして狩ろうと思ったのか。勝てる訳ないじゃないか。
むしろ狩られる側がこちらではないか。もう明らかにバジリスクの目は『ヒヨコ、美味そう』みたいな目をしてたし。
ゴリゴリと流れてもいない汗を拭くように右の翼で額をこする。
石化していたのでゴシゴシではなく、ゴリゴリと痛かった。うっかりだ。
そんな俺の目の前に怪しげな大根が目の前に生えていた。
おお、幸運にもマンドラゴラが見つかった。これも日頃の行ないの良さから幸運が下りてきたのだろう。
じゃあ、引っこ抜くか。そういえばマンドラゴラってどういう理由か忘れたけど自分の手で引っこ抜くんじゃなくてロープや蔦みたいな長い紐かなんかで遠くから引っ張るんだっけ。どうしてだったか全く思い出せない。
まあ、良いや。手じゃなくて嘴で引っ張るからセーフだよね。
※手で引き抜くのがダメな理由はそこじゃありません
俺は嘴で葉っぱを摘まむと思い切り引っ張る。
ピヨッピヨッピヨッ……ピヨッピヨッピヨッ……ピヨッピヨッピヨッ……ピヨッピヨッピヨッ
リズムをつけてピヨッと引っ張るとマンドラゴラがちょっとだけその姿を現す。あともう少しである。
だが、そんな時、俺の掛け声を聞きつけたのかバジリスクがズンズンとこちらに近付いてくる。
「ピヨーーーーッ」
俺は両手羽先で頭を抱えてしまう。
なんてことだ。マンドラゴラどころじゃない。殺されてしまう。レベルが違い過ぎる。レベル8のヒヨコ風情が勝てる相手ではない。しかしマンドラゴラを見失ったら二度と見つけられないかもしれない。
今の俺は記憶力が怪しいのだ。
マンドラゴラの場所を思い出せるかどうか自信が無い。ヒヨコの頭は鳥頭だからだ。
どうしようどうしよう。
そうだ、引っこ抜いてから逃亡しよう。そうしよう。あともう少し、あともう少し。
「ピヨーッ!」
俺は全力全開でマンドラゴラの葉っぱを引っ張る。凄まじい勢いでバジリスクが近づいてくる。
すると、ズルッとマンドラゴラの根が地面から抜けようとしていた。だが、バジリスクは今にも俺を食べようと近づいて来ていた。目から怪しげな光が放たれれるが、俺はそんな事よりも早くマンドラゴラを引き抜くことに夢中だった。
やっぱりマンドラゴラは諦めて命は大事にすべきだった。ガンガン行っちゃだめだった。
これ、無理。食べられちゃう。マンドラゴラを最後に引っ張って、無理なら逃げよう。
最後に一息で引っ張って逃げようとすると、マンドラゴラが半分以上も引き抜かれる。
「ピヨッ!ピヨッピヨピヨピヨピヨ!(よし!さっさと逃げるぞ!)」
背後から迫るバジリスクから逃げるべく、俺は逃走しようとマンドラゴラを抜き切って走り出そうとすると……
「QXWEAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
マンドラゴラが凄まじい悲鳴を上げる。
大気を震わせ世界を滅ぼさんとばかりに致死の叫び声が響き渡る。辺り一帯の生物たちが倒れていく。
あまりの悲鳴にヒヨコから魂が抜けかける。口から魂がエクトプラズムチックに抜けかけていた。
「………………」
おっと、俺の口から魂が抜け出そうになっている。ちゅるちゅると魂を飲み込んでフウと息を吐く。
マジ死ぬかと思った。
そうだった、完全に忘れていた。
マンドラゴラを紐で引っ張るのは、悲鳴を近くで聞かされると死んでしまうからだ。
地面から引っこ抜かれるとマンドラゴラは致死の叫びが発するからだった。
だから悲鳴を聞こえても死なない位遠くから引っ張らないといけないのだ。何でそんな大事な事を忘れていたんだろう。
っていうか、何で俺、生きてるんだろう?
ハッ、そういえばバジリスクが襲ってきてたんだ。ヤバイ、こんな所で油を売っている訳には……………
俺は背後を慌てて振り返ると、見事にバジリスクの死体が転がっていた。
『ピヨはレベルが24に上がった』
一桁台だった筈のレベルがいきなり20の大台に乗ったという神託が俺に降りて来る。
おうふ、バジリスクさん、俺の『うっかりマンドラゴラ引っこ抜いちゃって大失敗、てへ☆』に巻き込まれて死んでいらっしゃる。
しかも、俺が殺した判定になってレベルが上がりまくってる。
なんてこった。
そう言えばヒヨコには即死耐性カンストという稀有なスキルがあった。昔勇者になった時に神眼と一緒に手に入れたスキルだったと思う。普通なら多分、ヒヨコも死んでいた事だろう。バジリスクと一緒に。
「ピヨピヨ」
俺はバジリスクさんに冥福を祈ってから硬くて分厚い鱗を嘴で啄み、血を手に入れようとする。
だが、迂闊な事にここで気付いてしまう。血ってどうやって持ち運べばいいんだろう?ポーションとか入れている小瓶に入れれば良いやとか思ってたけど、それは人間時代の話。今は道具を持つ手も無ければアイテムを入れる袋も持っていない。
周りを見渡す。
大きな草木が特徴のこの巨大な森に水をためるような袋みたいなものがあったのだろうかと辺りを見渡すが草木しか見当たらない。
だが、そこで気付くのだが、みずみずしい草は水を通したりはしない。この辺の草は背丈を越える程度には大きい草もあるので、それを破いて、袋にしようと試みる。
脚と嘴を使って丁寧に引っ張り形作ると、今度は木々に巻き付いている蔦を引っ張る。
大きな草を布のように広げてから、蔦で結び首に引っ掛けて、簡易道具袋が完成する。
なんだか少しだけ賢くなった気がする。
器用に嘴を使っていたら、どさくさに紛れて嘴術がLV4に上がっていた。
マンドラゴラのお陰で周りには自分以外に生物がいなくなっており、現在はセーフティタイムである。なのでバジリスクの肉を啄み、ムシャムシャと食べつつも、血を嘴を使って袋の中に入れていく。嘴扱いが非常に器用になってきた気がする。さすがは嘴術スキルレベル4である。もはや嘴扱いが達人、否、達鳥の領域である。
マンドラゴラの根をどうするか考えてみて、羽毛の中に突っ込んでみると、意外としっかりとキープされていた。
なに、この羽毛。道具袋よりも凄い。ふわふわでモフモフである。
とはいえ、激しい動きで羽毛の中から飛び出しても嫌なので、蔦でマンドラゴラを縛ってから、自分の首にバッグのように括りつける。嘴術のスキルが向上したせいか、足と嘴を使って見事に何でも作れてしまう。
もしかしたらレベルアップに従って器用さが上がっているのかもしれない。
まあ、今は自分の事だ。今のうちに蔦と丈夫そうな葉っぱで袋をいくつか作っておこう。
あと、バジリスクも食べておこう。意外とおいし…
『ピヨの毒耐性のスキルレベルがあがった。レベルが3になった』
『ピヨの呪耐性のスキルレベルがあがった。レベルが3になった』
『ピヨは麻痺耐性LV1のスキルを獲得した』
バジリスクは毒だった。しかもかなり悪質な毒だった。
迂闊な自分に肩を落とす。でもバジリスクは意外と美味しいので腹が膨れる迄たくさん食べておこう。食い溜めスキルを使っておけば更に便利。
こうして俺は運よく目的のアイテム『バジリスクの血』と『マンドラゴラの根』を手に入れたのだった。
もしかしたら今日のラッキーカラーは羽毛と同じピンク色かもしれない。