4章16話 ヒヨコの狩りにマスターは大きすぎる
振り下ろされる聖剣が獣人の男の首を撥ねようとした時、聖剣は獣人の男の首元でぴたりと止まる。
確かに剣が振り下ろされ、今にも首が切り落とされようとしていたところ、止めようとしていた人達は全て手遅れだった。
そう、何人たりとも手遅れだったが、鳥には関係ない話である。
そう、ヒヨコ以外は。
ヒヨコは勇者の剣を嘴で摘まんで首元で止めていた。
「!?」
「きゅきゅきゅう(<電気吐息>なのよね)」
バチバチバチッ
慌てて勇者は聖剣を引っ込めてブレスの攻撃から剣で身を守る。弱い障壁が生まれてどうにかトルテのブレスに耐える。
「きゅうきゅう(思い出したのよね。ステラに意地悪して、アタシの頭に剣を叩き込んでくれた人間なのよね)」
「ピヨッ(弱い者いじめはヒヨコが許さない、キリッ!)」
ちょっと格好良い事を言ってみた。
「い、いつの間に」
元町長さんはいつの間にかヒヨコがいなくなっていて驚いていたようだ。何故ならヒヨコには縮地法という瞬間移動ができる技術があるからだ。
「ピヨピーヨ(<完全治癒>)」
ヒヨコの魔法によって切り落とされた腕が輝き、獣人の男の腕にくっつき元の形へと戻っていく。まだ切れたばかりだったから腕も死んでなかったようだ。
「え?えええ?」
獣人の男は目を丸くして驚く。失われた腕がまさかくっつくなんて思いもせず、ヒヨコを見て呆然とする。
「どこの魔物だ!この俺に立てつくとは良い度胸だな!飼い主出てきやがれ!」
勇者は怒鳴り散らすのだが、この場に飼い主はいませんのであしからず。
「ピヨッ(うるさい人間だなぁ。ヒヨコに立てつくとは良い度胸だ)」
「きゅうきゅう(ヒヨコ、この身分をわきまえない愚かな人間をとっちめてやるのよね。ステラに死なれたら、ヒヨコとアタシじゃ船で優雅にクルージングして帝都に帰れないのよね!)」
トルテは怒り気味にヒヨコの頭の上に座りながら、バシバシとヒヨコの頭を叩いて怒りの声を上げる。
「ピヨピヨ(言われてみればそうだった。ヒヨコの飼い主がいなくなったらヒヨコはただの魔物になってしまうのだ。それは困る)」
「くっ出てこないようならどこの誰かは知らないが自分の従魔を切り殺された姿を見て後で後悔すればいい!死ねーっ!」
「ピヨッ?」
勇者が剣を振り下ろして来るが、ヒヨコはヒョイッと横に避ける。
勇者は剣を横凪に一閃すると、ヒヨコはピョイッとジャンプでかわす。
勇者は剣で突いてくるが、ヒヨコはピヨッとスウェーバックで外す。
「おのれ!おらあああああああああああっ」
「ピヨピヨピヨピヨ!」
勇者は次々と連続した剣の攻撃を繰り出して来るが、ヒヨコは頭にトルテを乗せたまま巧みに両手羽先で受け流して見せる。ヒヨコの<回避>を極めた先にある究極奥義<流水>の発動である。
「きゅうきゅうきゅう(ヒヨコなんかに攻撃が当たらないなんてアホなのよね)」
トルテはヒヨコの頭の上で腹を抱えて大笑いである。
「ま、マジか。ヒヨコ君、<流水>使っているんだけど」
「何で魔物が使えるのよ」
ギルドの端で驚きの声を上げる元町長さんと剣聖皇女さんであった。彼らも使えるのでそれがどれだけ高等技術か実感を持って理解しているようだ。
「ピヨッ」
いい加減攻撃を流すのも飽きてきたので隙をついてヒヨコキックで蹴り飛ばす。
勇者はそのまま床に尻もちを搗く。
「おのれ魔物め!<火炎槍>!」
女魔法使いが炎の槍魔法を使ってヒヨコを撃つが、ヒヨコは無傷である。
「ピヨピヨ~?(何かやった?)」
「きゅうきゅう(ヒヨコ、あちち、なのよね)」
ヒヨコはダメージがないが、燃えたヒヨコの頭の上にいたトルテは熱そうに足踏みしてから慌てて翼を広げてヒヨコの頭からジャンプして地面に着地して離れる。
「ほ、炎が効かないだと?イェルダ!マルタ!ヘレーナ!この魔物を討伐するぞ!こいつ、幼竜を手懐けている高等モンスターだ!」
「幼竜の素材は高く売れるわ!」
「炎が効かないなら氷魔法で凍らしてやるわ!」
「不浄な魔物が。悔い改めなさい」
勇者一行はヒヨコを敵と認めて本気の態勢に入る。
「ピヨヨ~(はっ、ヒヨコとトルテに人間風情が勝てるとでも?)」
「きゅうきゅう(思い上がりも甚だしいのよね)」
トルテは口元に凶悪な電気を走らせる。黄金の電光が口から洩れるようにバチバチと音を立てて現れる。
ヒヨコは超高熱の炎を腹の底にある魔力で熱して湧き上がらせる。あまりの熱にヒヨコの腹から喉にかけて真っ赤に染まるほどだ。
「ストーップ」
慌ててヒヨコと勇者一行の間に入って止めるのは元町長さんだった。
(君たち、何しようとしてた!?死ぬから!この辺り一帯の人間が全滅するから!)
元町長さんはだらだらと汗を流してヒヨコとトルテに念話で抗議しつつも
「いや、すみません。このヒヨコ、ウチの領地に住んでたヒヨコで人間の身分とか分からないものでして」
と誤魔化すように笑いながら、勇者一行に弁解する。
器用な人であった。
「ピヨピヨ(ヒヨコは手加減した<爆炎吐息>をピヨッと吐くだけだったよ?)」
「きゅうきゅう(<雷光吐息>でちょっと痺れさせるだけなのよね)」
(<雷光吐息>は普通の人間死ぬから!山賊に襲われた時の電気吐息程度で抑えて!あとヒヨコ君、<爆炎吐息>を試してシーサペントを一撃必殺していたよね!普通にこの辺り一帯、火の海にする気かい!?手加減!手加減して!)
言われてみればつい先日海を炎で抉りシーサーペントを一撃で屠ってしまったばかりだった。ちなみに試したのは灼熱吐息だったが結果的に爆炎になっただけよ?
ピヨピヨ、ウッカリである。一回試したから行けると思っていたが、その一回を過剰威力で失敗していた事を思い出す。
「何だ、貴様は。俺達勇者一行の邪魔をするとでもいうのか?」
「いやいや、そんなまさか。ベルグスランド聖王国の貴族や王族を相手に喧嘩をするなんて外交問題に発展することをしませんよ。あははは」
誤魔化す様に笑う元町長さん。なんだか下っ端Aみたいな感じでペコペコしている。
『~っす』みたいな感じの言葉遣いならなお完璧な下っ端Aだが、下っ端根性が少々足りないようだ。
さらに剣聖皇女さんは腰に差してある剣の柄をカチャカチャ弄り始めた。明らかにイラついていた。
「貴族?貴族だと?」
だが何故か勇者は急に気分悪そうに口にする。
「僕をバカにしているのか!あんなクズと一緒にするとはこの……痴れものが!」
ブンッ
元町長さんの首を真っ二つに切り裂いた、ように見えたが何にも起こらなかった。何が起こったのだ?
「おお、申し訳ありません。勇者様。しかし私が一体どこに無礼な事が有ったでしょうか?」
「え、あれ?」
勇者も元町長さんの首を切ったと思っていたのに切れていないものだから目を丸くしていた。
ピヨポロピヨーン
そう言えばヒヨコ同様に元町長さんも縮地法を持っていた筈。当たるギリギリまで引きつけて縮地でかわし、元の位置へ縮地で戻れば可能か?しかし、あまりにも予兆が無かった。足に力を籠めたりそういう反応はあるはずだ。だが元町長さんの縮地が上手だかららありえない話ではない。
ヒヨコは先人の実力に驚愕した。縮地法とは覚えるだけではなくその先があるのか!?
ヒヨコは元町長さんのスキルに驚いたのであった。
「貴族などという我らを虐げる腐った連中と一緒にするなど不敬の極みと知れ!」
勇者は剣を元町長さんに向けて怒鳴りつける。聖剣を元町長さんへ向けて恫喝する。
「勇者も貴族も本質的には同じだろう?特に君達ベルグスランド聖王国ならば尚更だ」
そこで前に出てくるのは剣聖皇女さんだ。
「はあ?貴様如きが我が国の何を知っているというのだ!」
剣聖皇女さんはイラッとした様子を示すが、元町長さんが両手を下に向けて気持ちを抑えるようにジェスチャーする。
「有名だろう?こう言っては何だがベルグスランドは小さい属国を傘下にし、勇者をいくらでも作れる制度を作ったクソみたいな国だ。大体、あの国の勇者はなんぞ貴族と何ら変わらん。生まれつきかそうでないかの違いでしかない。気に入らない事が有ればいくらでも暴れる暴力装置。相手は王侯でも許される辺り、放蕩貴族以上のクソの極みだろう。貴族と一緒にするなって?立場をわきまえない辺り、貴族よりも質が悪いくそ野郎だろうが。何もしてないのに金剛級、何もしてないのに偉そうに振舞う。例えばお前のように無辜の民を気に入らないと言って切り捨てる」
剣聖皇女さんは呆れるように勇者に指摘する。
「俺はヘレーナに、聖王女様に認められて、三国の英雄となり勇者に叙されたんだ!どこの女か知らぬが、この私に意見して生きていられると思うなよ!」
勇者君は聖剣を握り剣聖皇女さんを恫喝する。
「ほら、それだ。武力を背景に、大義名分さえ掲げれば人を殺しても許されるという立場。それがクソ貴族と何が違うというのだ?そして、…私は貴様のような奴を見ていると腹立たしくて殺したくなる。まるで昔の自分を見ているようで反吐が出る。まあ、いくら私でも致命傷を負わせるようなダメージを与えたことはないが…」
剣聖皇女さんは苛立ちを隠さずに吐き捨てる。
「ピヨピヨ(ヒヨコのせいで人死にが出てしまいそうな一触即発な空気が)」
「エレン、君は確かに若い頃は酷く傲慢だったが実際君を止められる人間がいなかったのだから仕方ない。それに、そんな状況で権力を振りかざしても、弱者を切るような真似はしなかった。この勇者君とは根本的に違うよ」
「シュテファン」
優しく剣聖皇女さんを慰める元町長さんの言葉に、殺気をまき散らしていた剣聖皇女さんが頬を赤らめて元町長さんにしなだれかかる。
「ピヨピヨ(一触即発の空気から一転して甘い空気を作らないでもらいたい)」
「きゅうきゅう(大人の空気なのよね。ささ、我等お子様は置いて、是非是非続けてもらいたいのよね。お子様には見えないのよね)」
トルテは両手で顔を隠しつつ手を広げてじっくりと彼らを見ていた。
「ヒヨコ君もトニトルテさんも大概ですね」
マスターが呆れた様子でぼやく。
「この俺を無視するな!」
「まあ、ここは穏便に帰ったらどうかな?ここには君たちが求めるような人材はいないよ。黄玉級冒険者ってのは在野のトップだ。そして、このギルドにおいて信用されている顔役なんだ。それを切り捨てるような人間なんかについていく者はいないよ。少なくともついていこうと思うのは君達についていって甘い汁を吸いたい人間位だろうよ」
元町長さんの言葉を聞き勇者一行は周りを見渡すと冒険者の面々は軽蔑するような視線を勇者たちに浴びせていた。一人残らずだ。
腕を切り落とされた青年を気遣う周りの冒険者たちの様子を見るに、獣人で怒りっぽいようだったがギルドでは多くの信頼を集めていたようだ。
そして自称勇者たちに冷たい視線を送っていた。誰一人例外なく。
「世間知らずのお坊ちゃん嬢ちゃんが来る場所じゃない。さっさと国へ帰るんだな」
シッシッと追い払うように元町長さんが言うと勇者はギリリと歯を軋ませて元町長さんをにらみつける。
「覚えてろ、てめえの顔覚えたぞ」
「嫌だなぁ、こういう時にINT値が高いと忘れたくても忘れられん。ヒヨコ君がうらやましい。私もヒヨコに生まれたい」
元町長さんや、ヒヨコのINT値の低さをうらやましがる振りしてディスるのは辞めてもらいたい。だが、ヒヨコサイドに来るのは大歓迎だぞ?一緒にピヨピヨするか?
勇者一行が去っていくと、周りからは「二度と来るんじゃねえ」とか「一昨日来やがれ」とか文句が飛んでいた。来てほしいのか来てほしくないのか分かりにくい罵声であった。
「あ、アンタ、助かったよ。礼を言う。そこのヒヨコの魔法のおかげで冒険者生命が尽きずに済んだ」
「ああ、凄い神聖魔法だった」
「幻獣の類か?」
周りのパーティメンバーもヒヨコの近くにやってきてペチペチとヒヨコの頭を叩いて首を捻る。
「そう言えば、アンタ、見ない顔だがどこから来たんだ……?」
周りの冒険者たちは元町長さんに尋ねる。
「仕事でここに寄っただけだよ。普段は帝都で活動している。つい最近冒険者として復帰しようとしていただけでね」
そう言って元町長さんは剣聖皇女さんを連れてクエストボードの張り紙を受付に渡してその場を去る。
「ピヨッ(ヒヨコパーティも獲物を探しに行くぞ!)」
「きゅうきゅう(美味しいのが良いのよね)」
マスターとトルテは足が遅いので、ヒヨコがドラゴンヘルムのように頭に乗っかるトルテと亀の甲羅になるマスターを背中にのっけて、武装したヒヨコは店の外へと出て行く。
***
神速で街の外に出てからぶらりと北へと向かう。
西から吹かれる暖かい風を受けながら、草原を行く。木々が多くじめじめした空気で足元が酷く汚れる。
「ここら辺は湿地帯ですね」
「ピヨ(湿地。熱くジメジメしていて、ヒヨコ好みではないな)」
「カメ好みな地域なのですが」
「きゅうきゅう(暖かければどこでも良いのよね)
「ピ~ヨピヨ(これだから爬虫類は…)」
「きゅ~う?(ここら辺は何かおいしそうな獲物はいるのよね?)」
「鰐がここらに来ているという話でしたね」
「ピヨッ!(鰐?美味しそう!爬虫類は美味しいと相場)」
「きゅ、きゅう(ヒヨコへの認識を少し変える必要がありそうなのよね)」
「ら、ランドタートルは美味しくありませんからね?」
何故かトルテとマスターがひいていた。なして?
足元が水っぽくズブリと深く沈むようになってきた。
草木が生えて沼なのか湿地なのか分かりにくい。
「ピヨッ(何だか歩きにくい場所だな)」
「きゅうきゅう(ちょっと見てくるのよね)」
トルテはパタパタと空を飛び樹々より高い位置に到達すると、周りを見渡してからそこで慌てて戻ってくる。
「きゅうきゅう(いたのよね。あっちにめっちゃいたのよね、でっかいのが)」
「ピヨヨ?(そんなに?)」
「きゅうきゅう(兄ちゃんよりでかそうなのが樹をメリメリ食ってたのよね。たくさん)」
「ピヨ…?(それは鰐なのか?それともお前のお兄ちゃんは小さいのか?)」
ヒヨコ的にはよく分からない。マスターをちらりと見る。
「取り敢えず行ってみましょうか」
ヒヨコ達が先に進むと巨大鰐が現れたのだった。
ヒヨコは見た!
泥水にまみれた巨大鰐が近くの木とか生物とか根こそぎ食い散らかしている姿を。
巨木を噛みちぎり根っこをガリガリと食い荒らす魔獣。生きとし生けるもの全てを食い散らかすぞといった雰囲気がありありと見える。というかよくよく見ると鰐同士でも食い合っていた。
でかいだけに近くによると大地が揺れるほど
「何だか親近感わきますね」
これこれマスターよ。そういう姿で親近感を湧いても困るのだが。ヒヨコはそれを食う予定なのだが。
すると巨大鰐集団がヒヨコを見るなりすさまじい勢いで襲い掛かってくる。エンカウント!
鰐A、鰐C、鰐D、鰐E、鰐F、鰐H、鰐Jが現れた。
え?何で順番が飛び飛びなのかって?そりゃヒヨコが見ている間にも共食いしているからだよ。
死体が3体、10体程はいたみたい。よそから集まってきたのだろうか?
ヒヨコが心の中で突っ込みを入れていると、その隙をついてトルテが先に動き出す。
「きゅきゅ~(アタシに任せるのよね!電気吐息!)」
トルテの口から放たれたのは輝くような薄い電光。ピシャッと光が巨大鰐集団
「アバババババババッ」
「ピヨピヨッピヨピヨッピヨピヨッ」
湿地帯になっている為、水っぽい地面が電気を通してヒヨコとマスターに大打撃!
鰐にもダメージを与えたが、ヒヨコ達同様ちょっと痺れただけという感じである。
「ピヨッ!(トルテ!足元濡れてるから、ヒヨコ達まで感電する!)」
「きゅうきゅう(また面倒な場所での戦闘なのよね)」
戦闘がちょっとだけ中断する。うろたえるヒヨコ達とうろたえる鰐達。
そんな戦闘中断の一瞬の隙を見て、マスターはカメとは思えないほどの早走りでヒヨコ達と距離を取る。
ヒヨコはいつものようにタイミングを取って首を前後に動かして相手のリズムを図る。
早々と鰐Aが復活してヒヨコに襲い掛かる。
ヒヨコは攻撃をいなして嘴で鋭く攻撃。
見事に攻撃が入り鰐が悲鳴を上げて倒れる。が、大きいダメージが入ったという感じではなく、いなされてバランスを崩しただけのようだ。
だが、鰐Aを見送る余裕もなく鰐Cと鰐Eがヒヨコに襲い掛かる。
ヒヨコは鰐Cの攻撃をひらりと避けて、鰐Eはトルテが空から組み付いて頭を齧る。
鰐達がヒヨコの5倍くらいの大きさがあるせいでこちらの攻撃が全然効いていない感じだ。トルテが齧ってもあまりダメージはなく鰐Gが鰐Eごとトルテを食おうと巨大な咢を開いて噛みつきに来る。
トルテは体を捻って飛びついてきた鰐Gの頭を尻尾でひっぱたきつつ攻撃を避ける。
さらにヒヨコは叩かれた鰐Gの頭が下がったので、その瞳を狙って嘴で攻撃。鰐Gは悲鳴を上げて転がる。
とはいえ7匹もの巨大鰐を相手に戦うのは大変だ。
ヒヨコはトテトテと走り回り鰐の猛攻を避ける。トルテは空に飛びながら隙あらば攻撃をするという消極的な戦略をしているようだが。
1匹ならそこまで困らないのだがこれだけ群れを成すと、非常~に厳しい!!
すると距離を取ったマスターがズズズズズズズズズと体を大きくしていく。ヒヨコと空を飛んでるトルテだけではなく、鰐達もマスターを見上げる。
鰐達もデカかったがマスターのデカさは尋常じゃなかった。鰐1体くらいなら軽く一飲み出来そうな大きさになったのだ。
「ヒヨコ君、逃げてください」
ぼえーって感じの声がヒヨコ達の頭上から降り注ぐ。
「ピッ、ピヨッ!」
ヒヨコとトルテは慌てて逃げると同時にマスターは右前足を持ち上げてバンと鰐達に叩きつける。
沼地の泥水が大きく跳ね、ヒヨコとトルテは余りの状況に驚き互いに抱き合って丸くなっていると、跳ねた泥水が豪雨のように降り注ぐ。
『ピヨはレベルが上った。レベルが13になった』
なんだろう、何の達成感も無いパワーレベリングが行われてしまった。
「ピヨピヨ(マスター、それはないぜ)」
「きゅうきゅう(恐ろしい何かを見てしまったのよね)」
マスターはするすると小さくなっていき元の亀姿に戻る。いや、恐らく従来の大きさがさっきの大きさで、小さいウミガメフォームが人化の法の過程で身に着けた縮小化なのだろう。
「いや、私、大体、あんな感じの戦闘なので」
マスターはウミガメフォームに戻り切ってから、ヒヨコ達を見上げつつぺちぺちと自分の頭を前脚で叩きながら苦笑いする。
「ピヨピヨ(そりゃ戦闘要員じゃないよね。殲滅要員だよね)」
「きゅうきゅう(父ちゃん程じゃないけど、デカかったのよね。あれがカメの真の姿なのね?)」
「いえ、アレがギリギリランドタートルの子亀から普通の大きさになったサイズです。今はあの何十倍くらい大きいですね」
「ピヨピヨ(それデカすぎない?)」
「ほとんどあの大きさで外敵を倒してきたので戦闘力ってほとんどないんですよね。昔、勇者様に仕込まれた魔法とか格闘技とか、邪眼とかありますけど、攻撃力はカメの能力による殺傷だけなので」
「ピヨッ!(マスターよ。それではヒヨコ達の狩りにならんぞ)」
「きゅうきゅう(飯を食いたいから狩りをしているのではないのよね。飯を食う口実に、狩りのトレーニングをしているのよね)」
「そうなのですか?」
「ピヨピヨ(我等ピヨドラバスターズは強さと美味を求めているのです)」
「きゅうきゅう(鰐のせんべいは美味そうじゃないのよね)」
トルテは潰れた鰐を眺めながら溜息を吐く。
「うーん、これは申し訳ない。それではこの場は私が収納してから、他の魔物を狩りに行きましょうか」
「ピヨッ(仕方ない。新たなる獲物を求めて、我らは再び旅立たん)」
「きゅうきゅう(ヒヨコの足が速いからまだまだ冒険は可能なのよね)」
ヒヨコ達は気分を切り替え、マスターは魔法で鰐を収納すると亀の甲羅になってヒヨコの背中に乗る。
ヒヨコは次にトルテとマスターを乗せて東へと奔走する。ヒドラ君がいないかちょっと見に行こう。
東の森に入るがあまり美味しそうな魔物は見かけなかった。
しかもマスターもヒヨコもトルテももう一定の魔物としては格が高いようで態々襲おうとするような魔物もいなかった。
「きゅうきゅう(あまり魔物がいないのよね。狩りとしては無防備なザコくらいで興味もわかないのよね)」
「ピヨピヨ(確かにヒドラ君を倒した時もヒヨコの敵はいなかった)」
「魔力や気配を極力消したほうが良いですね。魔物は野生の勘が効きますので自分より強者は何となくやばいと察知するので。ヒヨコ君もあると思いますけど」
「ピヨ(ヒヨコは自分より強い魔物なんていないからそういう勘は働かない)」
「まあ、そもそも野生の勘を持ってる種族が真の勇者になるなんてよほどですからねぇ。真の愚者と真の勇者を同時に持ってる方なんて見たことないですし」
「ピヨピヨ(ところがぎっちょんヒヨコは違うのだ)」
「きゅうきゅう(だけど、それはそれとして獲物がいないのは困ったのよね。何でこんなことが?)」
「まあ、この辺って竜の山脈付近ですから。魔物の大移動ってよくあるんじゃないんですか?ヒドラ達も唯一の外敵であるドラゴンは怖いですし」
「ピヨ(そう言えば奥の方に見える山はドラゴンの根城だった)」
「大体、ここらにヒドラが出るときはドラゴンが何かやらかした時ですから」
「ピヨピヨ(つまりトルテの家族が悪いと)」
「きゅうきゅう(心外なのよね。アタシには一切関係ない話なのよね。大体、父ちゃんが悪いのよね)」
「ピヨピヨ(しかしトルテよ。お前の家族がやらかしてくれないとヒドラ君はここらに来てくれないのだ。)」
「きゅうきゅう(毒抜きヒドラがまた食べたかったのよね。何でいつもやらかすダメ父ちゃんなのに今回に限って役に立たないのよね、プンスカ)」
「ピヨピヨ(まったくだ。役に立たないドラゴンだ、プンスカ)」
ヒヨコとトルテは交互にピョコピョコジャンプしてプンスカプンスカと怒りをあらわにしてみる。
「ここまで竜王様を粗雑に扱った者は史上どこにもいないでしょうね」
マスターは何か達観した様子でヒヨコの背中に乗った亀の甲羅状態で小さく溜息を吐くのだった。
すると何やら大きい地響きが起こるのだった。それははるか遠くで起こるようなものではなくすぐ近くというものでもない。だが、その揺れは確実にヒヨコ達に伝わる。
ピヨピヨピヨーン!
それは膨大な魔力の群れの大移動。つまりは
「スタンピードですね」
「ピヨピヨ、ピヨピヨ(ドラちゃんがやってくれたか!大漁大漁)」
「きゅうきゅきゅ~う(よく分からないけど狩りが始まったのよね)」
突然起こった異変であるが、獲物を探していたヒヨコ達には絶好のハンティングタイムで会った。