4章15話 ヒヨコと冒険者ギルドと勇者
翌日
ヒヨコとトルテとマスターは朝から狩猟に行くべく、ステちゃんを置き去りにして、ちょっと一狩りしに行こうとしている所だった。
「ところでヒヨコ君はどうして狩りに?」
「ピヨピヨ(ヒヨコは大食らいだからな。ステちゃんの金を使わせるわけにはいかぬのだ)」
「なるほど、良い心がけですね」
「きゅうきゅう(何より竜族はやがて大きくなって大食らいになるから自分で獲物を取る訓練をするのよね。大人たちに食事を恵んでもらう惰弱な生き物じゃないのよね)」
「いや、普通、その手の魔物は大人に付いていって獲物を狩らせて食いながらレベルを上げてもらうものだったと思いますけど」
「きゅうきゅう(竜の王族の中の王族たるアタシはそんな弱っちいドラゴンと一緒にされたら困るのよね)」
「そう言えばヒヨコさんは随分と世慣れた感じがしますが、親は?普通、貴方のような長寿種族は普通に親に養われると思うのですが」
「ピヨ?(よく分からないがヒヨコは一人で、ステちゃんに拾われたのだ。既にその頃にはレベルが40を超えていたようで、何かあったのだろう。だが、あんまり思い出せぬ)」
「そりゃ赤ん坊の頃の事を覚えているのは難しいでしょうし」
「ピヨピヨピヨピヨ(こう、ぼんやり思い出せばヒヨコは勇者で、民衆の前で火を掛けられ石を投げつけられて炎に焼かれて死んだ、ような気がするのだが)」
「何だか勇者というより革命に敗れた王様のような末路に見えますが……そう言えば皆さんはどこへ行くのです?」
「ピヨッ(東の森へ)」
「きゅうきゅう(ヒヨコの狩ったらしいヒドラというのをもう一匹狩りたいのよね)」
「ひ、ヒドラは食べ物ではないですよ!昔、間違って丸呑みして、50年ほど死に掛けて浅瀬でぐったりしていた事が有ります。そのせいで毒耐性がレベル10になったほどです。それに毒素が死ぬほど不味いのですが」
「ピヨ(マスターも大概だな)」
「しかも知らぬうちに人間達が背中の甲羅の上に街を作っていたようで、知らずに歩いて海に戻ったものだから、一つの町と一万近い人間達をほろぼしてしまいました。毒も含めて苦い記憶です」
「ピヨッ(そしてその頃のマスターがデカすぎる気もするのだが。一万人も住む町を作れる背中って何なの?)」
「きゅうきゅう(しかしヒヨコが持ってきたヒドラは美味しかったのよね)」
「ピヨピヨ(ヒヨコの浄化魔法によってヒドラ君の毒々しい血まで浄化されてしまい、ヒドラ君まで死んでしまったのだ)」
「ああ、ゾンビが死ぬのと同じ原理でヒドラが死ぬんですねぇ」
「きゅう~きゅう~(しかも浄化されたヒドラがとっても美味なのよね。煮ても焼いても食えない上に放置すると大地は腐り疫病が蔓延するという面倒な害獣なのよね。それが美味しくなるなんてとっても役に立つヒヨコなのよね)」
「ピヨピヨ(そう、ヒドラ君がいないか森を旅するのです!)」
「ですが、人里にそうそうヒドラが現れるとは思いませんが……」
「ピヨ?(そなの?)」
「はい。弱い魔物は魔物は人間の縄張りに近づきません。強い魔物は人間より魔力エネルギーが潤沢な魔物を食うのを好みますので弱い魔物を食う場所にいます。必然と強い魔物も人里から離れます」
「ピヨピヨピヨピヨ(でも村とかには弱い魔物も見かけるけど。ヒヨコ達はフルシュドルフで弱い魔物を狩って、生計を立てていたからな)」
「きゅう~きゅう~(肉食獣は美味しいのよね)」
※通常、草食動物の方が柔らかくて美味しいです。しかし、ドラゴンは獣臭い匂いが好きで、固く筋張った肉を軽くかみちぎれる上にコリコリしているのが好みです。狼系魔物や蛇系魔物も美味しく頂きます。魚は骨ごと、貝は貝殻ごと食べるのもその辺が理由です。
「それは弱い戦力しかない農村に対して魔物が怯えないからでしょう。だから冒険者がそう言う場所で魔物を定期的に狩って儲けているのでは?」
「ぴよぴよ~(なるほど~)」
「冒険者ギルドに行けば狩りたい魔物の生息域が分かるので私は冒険者ギルドに所属してましたね」
「ピヨヨ~(分かるぞ。ヒヨコもそうして獲物を探していたからな)」
「なのでヒヨコの背中を守る甲羅ではなく人間に戻って冒険者ギルドでちょっと情報収集をしてから出かけるというのはどうでしょう?魔物単独で入るよりは良いでしょう」
「きゅうきゅう(さすがカメなのよね。ヒヨコとでは社交力に違いがあるのよね)」
グサッと言葉の刃がヒヨコの胸に突き刺さる。ヒヨコ単独で冒険者ギルドに入って情報を集めたのだが、やはりマスターの社交性には敵わないようだ。
早く人間になりた~い。
***
そんなわけでヒヨコとトルテはマスターの従魔のような感じで冒険者ギルドに訪れる。
マスターは人間フォームだと美形な大人の男であるが、装備は貧弱だ。周りからは何だかバカにするような視線が突き刺さる。
そんな装備で大丈夫か?
「よう、色男。見ない顔だなぁ。この冒険者ギルドはテメエみたいな初心者は先輩冒険者に酒をおごってやらなきゃならねえって言うルールが……」
「先輩ですか?私はここらには住んでいませんがもうかれこれ400年冒険者をやっているのでお気になさらず」
そう言ってマスターは胸元から透明な宝石のついた黄金の冒険者カードを提示する。
「へ………、……こ、こここ、金剛級冒険者―っ!?」
驚いたような声を上げてから、口をパクパクして驚いたまま凍り付いてしまっていた。
「ピヨッ(マスターは一番偉い冒険者だったのか?)」
「昔、知り合いに貰ったんですよ。勇者様がいなくなった後、プラプラと海を泳いでいたのですが、一時期、海底ダンジョンから人間を守るために見張っていた時代があったのですが、うっかりダンジョンを食べてしまったので。いやはや若気の至りですな」
勇者がいなくなった後というが、その頃はマスターも百歳以降だろう。若気の至りというのはどうかと思う。あと、ダンジョンをうっかり食ってしまうマスターの方が危険な気がするのだが、よくもまあ討伐指定モンスターにされなかったものである。
ヒヨコ達が冒険者ギルドで魔獣の討伐依頼を見ているとそこにやって来たのは複数人の兵士だった。
「失礼する。ギルド長はおられるか!」
「は?ええとどちら様でしょうか?」
普通に受付をやっていたお姉さんは慌てた様子で兵士を見る。すわ、臨時査察かと緊張する様子だが……
「私はベルグスランド聖王国近衛騎士団のヨーランと申す者、大至急ギルド長に面会したい」
どうやら他国の騎士だったようでホッと息を吐く。
「少々お待ちください」
そういって受付嬢は奥の方へ向かう。恐らくギルド長がそっちの方にいるのだろう。
暫くしてやってくるのは壮年の男性である。髭を生やしたどこにでもいるおじさんという風体である。冒険者ギルドのギルド長という事はつまり昔は強かったのだろうか?
「何か御用で?」
「私はベルグスランド聖王国近衛騎士団のヨーランと申します。これよりベルグスランド聖王国の聖王女ヘレーナ・ノルディーン殿下がこの場に来るゆえに粗相の無いよう準備していただきたく騎士団長より伝令に来ました」
「冒険者ギルドなどそもそも聖王女殿下が来るような場所ではないと思いますが。むしろ御諫めするのがそちらのする事では?何のためにこちらへ?」
「我が国の勇者アーベル殿は冒険者として稼ぎをし、先日はヒドラを討伐した事もあり、聖王女様は是非こちらの冒険者ギルドも見ておきたいとのことでして……」
威圧感ある感じでやってきた騎士さんだったが、なんだか妙に申し訳なさそうにしていた。
「それはつまりあのベルグスランドの勇者アーベル殿もやってくると?」
「はい」
ギルド長も露骨に嫌な顔をする。
「ピヨッ(何でどこぞのお姫様が来るのに困り顔なのだ?)」
「まあ、貴族がこんな場所に来る事などそうそうないからね。冒険者ギルドなんて言ってしまえば日雇いの汚れ仕事だ。ここにいる大半が町のならず者候補生だからな。そのままならず者になって終わる者もいれば兵士や衛兵に出世する者もいるが」
「ピヨ~……ピヨヨッ!?(へ~……って、いつの間にか元町長さん!?どうしてここに?)」
ヒヨコの隣にいつの間にか元町長さんがいたのでヒヨコはビックリして一歩後退る。
「きゅうきゅう(このアタシが気づかないとはやりおるのよね)」
とヒヨコの頭上で汗をグイッと手で額の汗を拭うトルテであった。だが、その後ごしごしヒヨコの頭で腕を吹くのを辞めてもらいたいのだが。
「お知り合いですか?」
ヒヨコの逆隣で冒険者のクエストを見上げてみているマスターがチラリとヒヨコを見る。
「ピヨピヨ(かつてヒヨコがマスコットキャラクターを務め、帝都で伝説的なダンスを踊って一躍有名ヒヨコに押し上げた、伝説の町フルシュドルフで町長さんをしていた天才的プロデューサーさんだ)」
「伝説!?」
「いやいや、伝説じゃないから。皇領アイゼンフォイヤーの支配下にあるどこにでもありそうな辺境の小さな町だから」
「ピヨピヨ(何を言う元町長さん。今や帝都民でも朝の健康体操として踊られているフルシュドルフダンス発祥の町にして、かつては竜王の襲撃をも退けた町ではないか)」
「そう言われるとなんだか伝説になりそうな町ではあるね」
アハハハハと元町長さんは笑う。
「それはそれとしてこちらの方は?」
「ピヨッ?(ヒヨコに人化の法を教えてくれることになったマスターだ。500年も生きているお人である)」
元町長さんは気を取り直してヒヨコのマスターを尋ねるのでヒヨコのマスターの説明をする。
「500年?超人、いや不老長寿を極めた仙人?」
「いえいえ、私、ただの亀ですので」
「つまり亀せん…」
「ちょっと、シュテファン、何、知らない人と話しているのよ。冒険者時代の知り合いなら私にも紹介しなさい」
元町長さんが核心に迫りそうな言葉を放つ前に見覚えのあるお姉さんが、元町長さんの腕に抱き着きながらいちゃつくかの如く話の間に割り込んでくる。
危うく発してはいけない言葉を見事にインターセプトされたような形に見えるのだった。
そういえばこのお姉さんは町長さんをお持ち帰りしたナイスバディのお姉さん。確か種馬皇子と残念皇女の姉、剣聖皇女さんだったか。『くっ、殺せ』とか言いそうな感じの女騎士フォームにて再登場である。
だが、ヒヨコ的には水着回の方が嬉しいのだがね!
「いや、彼はこちらのヒヨコ君の知り合いだそうで、別に私の知り合いではないよ。失礼して鑑定で見せてもらったがミロンの古い旧友のようだ」
「あのミロン殿の?」
ミロンというとエルフのお兄さんか。そう言えば帝国で家庭教師のまねごとをしていたらしい。
「とは言っても当時は仲良くなかったんですが、最近会ったら、随分と丸くなっていてびっくりしましたね」
そう言ってマスターは首に掛かっている冒険者タグを剣聖皇女さんに見せる。
すると剣聖皇女さんは物凄い驚いた表情をする。
「驚いたな。我が実家であるメルシュタイン家は500年続く名家でイナバ殿に運ばれて戦地に赴いたという。本物の伝説にお会いできるとは」
「そう言えばそうだった。実際にはどうだったんでしょうか?」
期待に満ちた目で剣聖皇女さんはマスターを見て、それに元町長さんも頷く。
「残念ながら当時の私は頭がよくなく、勇者殿に言われるがままに従魔してたので、背中に乗っていた人達の事なんて覚えていないんですよ。もう勇者殿の事もうろ覚えで。400年前の邪神戦争の時は今でも鮮明に覚えてますが。500年前の当時は賢さが低かったので」
首を横に振るマスターは若干申し訳なさそうであった。
「ヒヨコ君と同じ状況か。彼もステラ君に拾われる前にかなりのレベルを上げていたにもかかわらずその過去を覚えていなかったからね」
「ピヨピヨ」
ヒヨコはそっと視線をどこか何もない場所へと彷徨わせる。
ピヨちゃんはおバカではないのであしからず。
暫くすると慌てた様子で騎士団の男が走り去っていく。
「すみません、皆さん。これからベルグスランド聖王国の勇者様と聖王女様がこの冒険者ギルドへ視察に来るそうです。変に声を掛けたりしないようにお願いします」
「へっ、勇者だの皇女だのが何だって言うんだ?俺らは何物にも縛られる事のないからこそ冒険者なんだぜ」
至極真っ当な事を言うのは、マスターに絡んだいかつい冒険者のおじさんである。だからって人に集るのはどうかと思うが。犯罪ですよ、犯罪。
「ベルグスランド聖王国の勇者はその……かなり短気な方らしく、一般人であっても無礼者に容赦はしないと有名でして。しかもベルグスランドは勇者同盟に入っているので、勇者の無礼をこちらで裁けませんのでぶっちゃけここで何人殺されても犯罪者になりませんから」
その言葉に全員が一気に顔色を悪くする。
「ピヨピヨ(なんだ、その勇者同盟ってのは)」
「初耳ですね」
「この200年くらい出来た各国が加入している同盟だね。神によって指名された勇者は悪を倒す義務があり、その邪魔をする者は悪である、とかいうお題目の元、勇者は犯罪者として捕らえられないんだ」
「ピヨピヨ(そりゃまた物騒な)」
「過去に何があったか知らないが、どうも勇者を邪魔する勢力が多かったらしくてね。国際的に勇者を支援しようってのがこの勇者同盟だ。まあ前勇者殿はこれに申請されていた訳でもないのだが」
「ピヨピヨ(ところで元町長さん。今日は、奥さんとご一緒で当ギルドへ何用ですか?ヒヨコは狩りたい獲物がどこら辺に住んでるかを確認しに来たのですが)」
「私は呪いが解けたのでね。体を動かしておこうと思ったんだ。さすがに8年ぶりに速度ステータスが元に戻ってしまっては、逆に体がついていけないからね」
「ピヨピヨ(そう言えば呪いで鈍い状態だったとか)」
「きゅうきゅう(おやじギャグは寒いのよね)」
余計な突込みを頭の上から入れてくるトルテに対して、ヒヨコは頭をぐらぐら揺らしてトルテを落とそうとするが、トルテはヒヨコの頭に爪を立てて堪えようとして逆にヒヨコにダメージが入る。
「シュテファン。ヒヨコが念話を使えるから話すのは良いけどあまり人のいる場所でやると、ヒヨコと会話する痛い人に見えるわよ」
「おっと。それはまずいね」
ハハハハと笑う元町長さん。確かにピヨピヨ喋るヒヨコと会話をするのは痛々しい人に見えるのである。心が病んでいるかのように。
「しかし、かのいなば殿がどうしてヒヨコ君と一緒に?ステラ殿に託されたのですか?」
「いえ、確かにフローラ様に人化の法を教わった事ですし、フローラ様の娘ステラさんの飼っているヒヨコに人化の法を教えてくれと頼まれれば断る訳にも行きませんが……特に深い理由はなく、単に暇だったので」
マスターがヒヨコに人化の法を教える理由は割と浅い理由だった。
「キュキュキューッ!」
「ピヨピヨピーヨー!」
「キュキュキュー」
「ピヨピヨー」
ガクリとうなだれるヒヨコ。トルテの鳴く音楽(バッハ作「トッカータとフーガ ニ短調」)に合わせてヒヨコも続き、がっかり感を演出する。
「そ、そうか。いなば殿も極めた者の一角、余人には分からないものがあるのだろう」
「そう言われると困ってしまいますが、無駄に長く生きていると自分が害獣にしかならないので、力を振るう機会などなければないだけ良いのです。そして長く生きていてもやることがないし、亀に戻っていれば世界に害しかなさないけど、だからってもう死んでも良いやというわけでもなく、こうして500年もの余生を放浪しながら遊んでいるのです。ご長寿モンスターで割と話の出来る存在が現れるのは、余生を豊かにするのですよ。何せ付き合いのある友人は次々と減っていきますからね。イグニス陛下と割と仲が良いのもそういう理由です」
「なるほど、人間の中には不老不死を望む人間もいるが、実際に不老長寿の種族はそれだけで大変なのですね」
「エレン。実際にエルフなどは数百年も生きると樹木と一体化してこの世から存在を消していく存在が多いからな。数百年も生きれば特にだ。ミロンなど一体化して死ぬための樹木を探していたら、人間の赤子を拾ったが故に新しい張り合いが出来て未だに元気だからな。あのくらいの長寿だと死にたい時に死ぬだけだそうだ」
「とはいえ、ランドタートルであれば人間に狙われることもありましょう」
「人里でその姿になる事はありませんので。偶に外洋で大きくなっている所を目撃されて襲撃されることもありますが。逃げようと方向転換するだけで波が船を倒してしまうので、人間と戦うなんてそもそもないですね」
「ピヨッ?(尻尾振り回すだけでヒヨコを吹き飛ばしたイグッちゃんの強化バージョンだな?)」
「きゅきゅきゅう(やがてアタシもヒヨコを尻尾振るだけで吹き飛ばすのよね)」
ペッチペッチとトルテの尻尾がヒヨコの後頭部を叩く。
ヒヨコとトルテがにらみ合っていると……
冒険者ギルドの入り口がざわつく。
やって来たのは勇者御一行という感じの集団だった。先頭を歩くのは輝かしい鎧を身に纏った優男。
それに付き従うようにやって来たのは三人の女性。
一人はシーフ系の軽装備であるが、魔力がこもった魔物素材の最上級の布であることが分かる。
もう一人は魔導師らしく女性を前面に出した胸元の開いた最上級ローブを纏い右手には人間の頭にも等しいほど巨大な魔石のはめ込まれた杖を持っていた。
最後に現れるのは金髪の美しい神官服を着た女性で、見た感じ聖女という雰囲気である。
さらに遅れて5人ほどの聖騎士と思しき白銀色の鎧をつけた男たちが彼女を守る様についてくる。
合計9人。
「よ、ようこそいらっしゃいました聖王女様。我がギルドにようこそ」
「ふうん、何だか汚らしい所ですね。それにしても何でここに汚らわしい魔物がいるのでしょうか?」
聖王女様とやらはちらりとヒヨコを一瞥する。他にも狼の魔獣とかが冒険者の膝の上で丸くなっていたりする。彼はもしかしたら従魔士なのだろうか?
「ピヨヨ!?」
あら、ヒヨコってば魔獣扱いされちゃってる?
ヒヨコは嘴に翼を当てて、あらびっくり、みたいなポーズをとる。
「きゅうきゅう(確かにヒヨコは魔獣なのよね。偉大なる竜様とは違うのよね)」
フスーと嬉し気に自分が魔獣扱いされていないと思って悦に浸るトルテ。ヒヨコはトルテもまとめられていると思っていたが、恐らくトルテは気づいていないだろう。
「我が国では従魔士という職業もありまして……」
「神の教えを蔑ろにする帝国らしい振る舞いですわ」
聖王女は軽蔑するようにギルドマスターを見てから、盛大に溜息を吐く。
「こ、この国は宗教の自由を旨としておりますから」
タジタジのギルドマスターであった。
「ピヨッ(何だか困ってそうだな)」
(そもそも冒険者ギルドのギルドマスターといえど、言ってしまえば日雇い事業の地方店舗の店長だ。そんな職責しか持たない人間が、隣国の皇女の相手など出来るわけもないだろう。首を出す方がどうかしている。あの王女様が世間知らずなだけだろう)
元町長さんはヒヨコの隣に立ったまま、呆れるように念話で教えてくれる。
自分が冒険者だったにもかかわらず冒険者ギルドに対してあまりいい印象を持っていないというのは驚きでもある。
そう言えば冒険者は翡翠級くらいにまで上がれて、初めて使える人間だ、みたいなことを言っていた。フルシュドルフにも冒険者ギルドを置いてなかった。自分が冒険者であったにもかかわらず冒険者に不信を抱いているようだ。
そんな聖王女様を見て、剣聖皇女さんは恥ずかしそうに顔を両手で覆っていた。
「8年前の私を殴ってやりたい」
とか呟いている。もしかして剣聖皇女様が冒険者ギルドに押しかけた事が有るのだろうか?
「此度、神による啓示が出ましてこの町にやって来たのです」
「神による啓示ですか?」
「我が聖光教会に置いて神託が下りました。連邦獣王国を亡ぼせという神からの明確な啓示です。今回、帝国にお邪魔したのはかつての勇者一行の一人ラファエル殿を勧誘するため、帝都に行く途中でこちらに寄らせてもらったのですが」
「ははあ、なるほど。確かに殿下はメルシュタイン領の前領主夫妻を祖父母のように慕っておりましたからな」
ギルドマスターは納得した様子であった。
そんな話を聞くと、元町長さんはヒヨコ達に小声で教えてくれる。
「ラファエラ殿下と種馬皇子は小さい頃に母を失っていて王妃様によく懐いていたんだ。帝位争いの時に皇帝一家がメルシュタイン領に逃げたのもメルシュタイン侯爵令嬢だった王妃様の存在が大きい。まあ、種馬皇子の方はエレンに剣の相手をさせられて毎日泣いて過ごしていたようだがな」
「男なのに泣き言ばかりいうからであって、私は悪くないぞ」
剣聖王女さんはふんとそっぽ向く。
そんな元町長さんと剣聖皇女さんがギルドの端で雑談をするのをよそに、勝手に話は進んでいた。
「この冒険者ギルドに僕たちのパーティに相応しい人間はいないか尋ねたい。もしも僕らのパーティになり、連邦獣王国を亡ぼし、獣共をこの世から消せば、あらゆる勝利と栄誉を約束しよう!」
そんな事を言い出す。
「世間知らずが」
元町長さんは過去に聞いた事もないほど冷たく軽蔑するような声色でボソッと呟く。
同様に剣聖皇女さんも明らかに剣呑な雰囲気を持っていた。いや、このギルド全体がである。
「ふざけんな!」
そんな中、一人の男が立ち上がる。黒い猫耳に黒い尻尾をした瘦身の大男。猫というよりは豹という印象を持たせられる獣人族の男だった。豹人族の人だろうか?
「勇者だか何だか知らねえが、俺の故郷を滅ぼすだと。よくもこの帝国でふざけたことが言えたものだな!」
「ば、バカ!やめろ!気持ちは分かるが相手は勇者だぞ!」
怒りに満ちた視線を勇者たちに向けて冒険者ギルドにいた獣人の青年は立ち上がり勇者たちに向かって行こうとする。
慌ててパーティメンバーの男たちは止めようとするが力で引きずられてしまう。装備からして獣人族の青年は戦士なのだろう。黄色い冒険者表のネームタグを首に掛けている。つまり黄玉級冒険者である。かなりの手練と見た。
だが、相手の勇者は紅玉級冒険者でもある。
「ヘレーナ、下がっててくれ」
「はい、アーベル様」
嬉しそうな聖王女は一歩下がり、逆に他の女たち二人と護衛の聖騎士達が聖王女を守るよう前に出る。
「これだから野蛮な獣人族は。勇者である僕に逆らうなど世界の摂理さえも理解できないのだからな」
「ベルグスランドなどどこの国かもわからない田舎者風情が分かった気になって勇者気取りでふざけやがって」
「山奥に住んで人の領地を荒らすならず者集団には言われたくないな。大体、ヒドラを狩った僕に黄玉級程度の君が勝てるとでも?」
勇者と獣人族の青年は対峙してにらみ合う。そして勇者が剣を抜いた瞬間、構える間もなく獣人の青年は襲い掛かるのだった。
ガッシャガシャーン
激しい打撃音と共に勇者は吹き飛ばされ近くにあった椅子も一緒に倒れる。
「へっ、勇者だか何だか知らねえが調子に乗ってんじゃねえぞ」
勇者はふらつきながらもゆっくりと起き上がる。
「くっ!こっちが構える前に襲ってくるとは卑怯な。マルタ!ヘレーナ!」
勇者が剣を構えながら背後にいる仲間に声をかける。
女魔法使いと聖王女はそれに従い動き出す。
「ヒール!」
「ストレング!」
聖王女は治癒魔法を唱えて勇者を癒し、そして女魔法使いは杖を構え強化魔法をかける。
「いくぜ、この獣風情が!」
勇者は剣を握り獣人へと襲い掛かる。獣人の男は鼻で笑い大きく飛び退る。
勇者は剣を振りぬくと
「馬鹿が。勇者ってのは剣を振り回すだけしか能のないザコか!?」
獣人の男は攻撃を大きく避けて右拳を握り打ち下ろしで殴りつけようと構えるが
剣を振ると同時に剣閃が空気を切り裂いてその延長線にあった獣人の右腕を、そしてその背後にあったテーブルをも切り裂き冒険者ギルドの壁から床にかけて大きく切り裂く。
「う、うあああああああああああああああっ」
獣人の男は失った右腕を抱えて悲鳴を上げる。
「何が起こった?」
「まさか、あの程度の男が剣閃を飛ばしただと?」
他人事のように見ていた元町長さんも剣聖皇女さんも小さいながらも驚きの声を上げる。
「あの剣、本物の聖剣ですね。アルバ様が使っていたのを覚えてます」
「!?」
マスターの言葉にぎょっとする二人。
いや、だけどトルテにカキーンと跳ね返されたり、イグッちゃんにグネグネと曲げていじられていたけどね。
「ではあれは本物の勇者だとでも?いつもの如くベルグスラントのへっぽこ勇者じゃないのか?」
容赦なく剣聖皇女さんがマスターに尋ねる。
「いえ、聖剣はある一定の範囲で最も強い人間が使えるというだけで、そこそこ剣術が高ければ皆使えますから。レベル30以上、剣術LV5程度もあれば誰にでも触れますよ。元々シュンスケ様の為に作られた神殺しの剣で、似たような特徴があればそこそこ従うようになってました。魂が似ていれば、呼べば飛んできます。アルバ様も呼べば聖剣はどこにあっても飛んできましたね」
「ピヨピヨ(節操のない剣だな。尻軽なのかな?)」
「きゅうきゅう(あたい、良い男以外に靡くことはないのよね、みたいなことをいってるのかもしれないのよね!)」
「ピヨ!(イケメンに限るみたいな感じか!!きい、イケメン死すべし!)」
きゅうきゅうピヨピヨと聖剣を評価するトルテとヒヨコであるが、獣人の男と勇者の戦いは決着がついてしまっていた。1対3+聖剣とかちょっと卑怯な気もするが。
獣人の男は膝をついて右腕を抱えてうずくまっていた。
「ガリー!」
「大丈夫か!」
慌てて駆け寄ろうとする仲間たちであるが、
「動いてはいけません!」
キッと駆け寄ろうとする獣人の男の仲間達に対して、聖王女が厳しい声で一喝する。
女魔法使いが炎の魔法を使う準備をして駆け寄ろうとする男たちを牽制し、近づくに近づけない状況になる。
勇者はその姿を見るとニヤリと歪に嘲笑い、倒れている獣人の男の頭を踏む。
「俺に歯向かうってのがどういうことか分かってるのか?世界が認める勇者様に対して戦うって事は世界の敵だって事だ。この獣野郎は俺の敵、つまり世界の敵なんだよ!死にたくなければ引っ込んでいろ!」
「くっ……下衆が。地獄へ落ちろ」
獣人の男は痛みに顔を歪めながらも怨嗟の声を勇者へと吐きつける。
「とどめだ」
勇者は獣人の頭を足で踏み抑えながら、獣人の首を落とす為に聖剣を振り下ろす。
「やめろーっ!」
仲間たちの悲痛な叫びが響き、それを止めようとする者もいたがもはや、何人たりとも手遅れだった。