4章閑話 新しい勇者
俺、アーベル・ヘリゲソンの住んでいた村はとある貴族の治める田舎町だった。
劣悪な土地で、魔物に対して助けてくれる者もおらず、自分たちの身は自分たちで守るしかできなかった。
更には高い税金によって毎日が厳しい生活を強いられる。
何を助ける訳でもなく、俺達から貪りつくすだけの存在、それが貴族だと知った。
だから、俺は貴族が大嫌いだった。
毎日厳しい生活を送る俺にとって悲劇がやってくる。
俺が10歳だった頃、町が襲われたのだ。襲ってきたのは東の森に住まう蛮族、大森林に生息している獣人族だった。
何の予告もなく蛮族たちが現れ村を破壊していったのだ。両親は有無を言わさずに殺された。俺は父親に言われ地下の水瓶に隠れさせられた。
喧騒が終わって地下から出てみればそこには人一人としていなかった。あちこちに見知った同胞の死体が転がっていた。
この日、俺は獣人族を皆殺しにしてやると心に誓ったのだ。
***
そんな俺に転機が訪れた。
ベルグスラント王立魔法学園、魔法の才能がある者ならば誰でも入れる学校だった。
自分の身は自分で守るような土地だった事から、何度となく魔物と戦い、俺は既に学生レベルを超えた強さを手に入れていた。
だが、入学して最初にやってきたのは地獄だった。貴族の連中は俺を妬み、蔑み、暴力を振るってきたのだ。その中には俺の住む領地の貴族の子弟もいた。
こいつらが領民である俺達を守らなかったからたくさんの家族や同胞を失ったというのに、臆面もなく平民である俺をバカにするのである。平民を守るから貴族があるというのに、その義務も果たしていない連中がどうして俺達をバカにできるんだ。
そんな日々を過ごしている中、突如風向きが変わった。
2年生になった時、この国の王女ヘレーナ・ノルディーン王女殿下が入学してきたのだ。
彼女は美しく品行方正で、この学園の不文律である身分の差別をしないという方針をしっかりと理解しており、差別をせず名前で呼ぶように言い、俺はそれに従い、ヘレーナと呼ぶことにした。
それが切欠か直に打ち解ける事となった。
彼女は親しい友人もおらず、誰もが王女殿下、あるいは姫様、聖女様としか呼ばないのだと愚痴を口にしていた。普通に友達のように接してくれる俺の振る舞いがうれしかったようだ。
実際、彼女はこの国でも1~2を争う神聖魔法の使い手で、この国の聖女と呼ばれている。そして、血族は二人しかいない姉妹の長女であり、次期女王として期待されている身の上なのである。
彼女との仲が良くなる事で周りの貴族たちは嫉妬して平民のくせにと攻撃をより強めてきたが、俺は王女様の学生のうちは平民も貴族も関係ないというこの学校の校則を明確にすべく反撃を開始した。
「平民の分際が王女様を取りいって調子に乗ってんじゃねえぞ」
学園の校舎裏に呼び出された俺は目の前には忌々しき俺の村を領地としていた貴族の御曹司が目の前にいた。他にも5人ほどの貴族の男たちがうしっろについている。恐らくは取り巻きの連中だろう。
「平民の分際?この学校では貴族平民に関係なく学業や剣と魔法を学ぶ場だろう?」
「黙れ!平民風情が!この俺様を誰だと思ってやがる。ヨルゲンソン家が長子たるこの俺様に口答えをするな!身の程を知れ!学校で平等を歌おうとお前は所詮は平民で俺様は貴族だという事実は揺るがないんだよ!俺がその気になれば貴様の家族なんぞ簡単にこの世から消せることも理解できないのか?」
「そうだ。俺らに掛かればお前らなんかゴミなんだよ」
「調子に乗ってんなよ」
「大体、平民なんて俺らが守ってやらなければ生きていくこともできないくせによ!」
貴族の御曹司は俺を鋭くにらみつけてくる。
だが、その言葉に俺は一瞬で頭が沸騰したように熱くなり、怒りに拳を握る。
「やれるものならやってみろよ」
吐き捨てるような言葉が口から出てくる。
「どうやら、こいつは俺達を舐めているみたいだな。それとも皇女殿下に取り入れたから、その位守って貰えるとでも思ってるのか?テメエ死んだぜ。家族諸共ぶっ殺してやる」
貴族の男達はそう言いながら魔法を使い杖から炎を出す。
「くたばれ!ファイアボール!」
俺を囲んでいた一人が魔法を使うが、俺は攻撃をかいくぐり相手の顔面に拳を叩き込む。
「なっ!テメエッ!」
「よくもエルドを!」
「平民風情が俺らに立てついて許されると思うなよ!」
貴族の男達は怒りに燃えて俺を見る。
この人数じゃどう考えても勝てそうにはないが、絶対に譲らない。
貴族の男たちは寄って集って俺を取り囲み、全員で同時に取り押さえようとしてくる。殴って抑えようとするが背後からタックルを食らい、地面に倒れると目の前の男が俺の顔を蹴りつけてくる。
「ガッ」
目に星が飛んだかのようなダメージを食らい、俺は体の自由が奪われる。
更に追い打ちをかけるように殴る蹴るの暴行を加えられる。
くそ、いくら1対1でなら絶対に勝てないからって多数で袋叩きにするとは。クソッタレ!とんだくそ野郎たちだ。こんなのが貴族、しかも高位の立場の連中だなんて。
俺は痛みと屈辱を必死に堪えて丸まっていた。
そんな時、現れたのがヘレーナだった。
「何をしているのですか!?」
「ひ、姫様!」
「こ、これは……」
ヘレーナの登場に大きく慌てる貴族達だった。家の権力が唯一通じない相手、それが彼女だからだ。
「言い訳は聞きたくはありません!」
「いえ、言わせてください!」
そんなヘレーナの前に跪いて訴えるのは貴族の連中の中でも1番偉いと言われている男だった。確か侯爵家の令息だと聞いた事が有る。
「この平民は我々だけではなく王女殿下に対しても無礼を働いております!姫様が優しいからと付け上がっているので、我々はこの平民の為に教育しているだけなのです!」
「それがあなた方の言い分なのですか?」
ヘレーナは貴族達に冷たい視線を向ける。
「何より姫様に馴れ馴れしく話しかける等、平民ごときにあっては…」
「この学園はより有望な人材を育てる為に、身分の差にとらわれないよう校則で定められています。これは王家の方針でもあります。なるほど、貴方達は王家の定めた方針に逆らうというのですね?」
「で、ですが!」
男は顔を青ざめさせてヘレーナを見上げる。
「なるほど、貴方たちの思いはよく分かりました。彼を解放してこの場を去りなさい。あなた方の家の方針を聖王家はよく理解させてもらいました」
「くっ……」
貴族の男たちは悔し気に歯を食いしばり、ヘレーナの前から去ろうとする。
「覚えてろ、クズ平民が」
小さく俺に囁くようにして去っていく。
「まったく、嘆かわしい。何故、同じ神を崇める信徒であるのに差別をするのでしょうか?」
ヘレーナは去っていく男たちを見ながら溜息を吐く。
「僕たち平民にとって貴族はああいうものなのだと習ってますが」
「本来貴族とは国を支える為に存在しているというのに。どうにかならないのでしょうか?」
悲し気なヘレーナを見て俺は心を痛める。
彼女は聖女であり王女でもある。いつも周りに束縛され、悲しそうにしていた。俺にもっと力があれば救えることもあるのに、そう思っていた。
「ヘレーナでもどうにもできないのか?」
俺の問いにヘレーナは悲しい表情で首を横に振る。
「貴族達は民から搾取し国や教会に媚へつらうばかり。獣人達の侵攻にさえ及び腰で何かあれば直に国に泣きつくばかり。何のために彼らが領地を与えているのか……。だからこそのこの学園。より優秀な者を我々王家が吸い上げるシステムを作ったというのに、それさえも邪魔をする。貴方のように力ある人間を」
「ヘレーナ。僕は………僕だけは君を守るよ」
「ありがとう、アーベル」
俺はヘレーナの手を取りかしずく。どうにかしなければならない。貴族たちの専横から国を、そして民を守るために。
「アーベル、貴方に一つ聖女として試練を与えたいと思います」
「試練……ですか?」
「教皇猊下から聞いた話ですが、あの獣人族の領地に聖剣があるそうです」
「獣人の領地にですか!?何故奴らの場所に!?」
「はい。つい先日、勇者アルベルト様と獣人族との戦争があり、謎の魔物が介入してアルベルト様は聖剣を失い撤退する羽目になったそうです」
「……勇者様は大きいけがを負い隠居するそうで、聖剣は獣王渓谷に落ちたままだそうです」
「え?」
聖剣は落ちたまま?
「行方は分かっているそうですが、現在は連邦獣王国が押し返してしまいアルブム王国は取りに行けないらしく……」
「獣王国なんかに聖剣が?」
「アーベル、勇者になりませんか?」
ヘレーナの言葉に俺は言葉を失う。
俺が勇者に?
言っている意味が理解できなかった。
「はい。私は貴方の実力を正当に評価しているつもりです。我が学園随一の実力者、現役の騎士達をも退ける剣技、平民として魔法を知らずに過ごしながらも優秀な魔導士にも負けない魔法センス。いずれをとっても不足はありません。しかし貴方には何の功績もありません。功績を得る為に戦争に参加するなど愚かな事です。ですが、聖剣に選ばれたのであれば勇者として申し分ありません。そしてこの貴族たちの専横がまかり通る世界を崩しませんか?」
「ヘレーナ……」
彼女の提案は凄いものだった。
自分が勇者になるなど考えたことも無かった。だが確かに聖剣に選ばれたのであれば……。
聖剣、それは500年前に魔神が世界に降り立ち暴虐を振るった時代に、勇者と共にこの世界に与えてくださったと言われている、神をも屠れる剣だ。
使い手を選び、初代勇者であるシュンスケ様が亡きあと、その剣を手にする事が誰もできなかったという。人魔大戦時に鬼神アルバが手にし邪神を殺し、近年ではアルベルト様が剣を使って悪魔王を殺したという曰く付きの剣だ。
もしも自分が選ばれたのであれば……
「ぜひ試させてください」
***
その後、俺は聖剣を手にして教会に勇者として認められることになった。
その翌月には学園も終わりを迎える。勇者として卒業式を迎える事となっていた。貴族達は俺に平伏して媚を売ってくる。当然、誰も相手にするつもりはない。
だが、俺の住んでいた領地の貴族は悪政を敷き領民を搾取していたのは明らかだった。
八公二民なんて割合の収穫なんてありえないが、実際にそうだったからだ。国が治めるように求めているのは六公四民である。
だが、王家とて貴族の専横を直接罰する事は出来ないでいる。反乱される可能性があるからだ。しかも小規模ではなく大規模の反乱だ。
「これは我が聖光教会に伝わる笛です」
ヘレーナから取り出されたのは小さな笛だった。細くて音が出るかも怪しげな笛である。だが妙な魔力を感じる。拡声魔法でも掛けられているのだろうか?
「聖光教会に伝わる笛ですか?」
「審判の笛、神の審判を頂く笛です」
「神の審判ですか?」
意味が分からず首を傾げるアーベルにヘレーナは説明を続ける。
「ええ。この笛を吹くことで神にその地での審判を求める事が出来るのです」
「つまり悪を成しているかどうかを神に訊ねると?」
「はい。なので、やたらめったら吹くことは許されておりません。神とて暇ではないのです。ですが、この笛を使いましょう。貴方の故郷である領地が正しかったのかどうか、神に裁いてもらうのです」
「そんなものが……」
神の裁きを求める。それがいかなものかは分からない。が、もしも悪として判断された場合酷い事になるだろう事は予想できた。
「とはいえ、万能なものでもありません。神の声により魔物達が領地へと集まりますが、その後まで神が処理してくれるわけではありませんから」
「裁きは下った後、その町は住めなくなるどころか、近隣都市まで被害が出るかもしれないと?」
魔物が集まってくるというのはかなり問題ある状況だ。やるのであればある程度王都から離れていて、周辺集落から離れている場所である必要がある。
俺の故郷であればそれも可能だ。そこそこ王都から離れているし獣人族の領土が近いからなおさらである。
「そう言う事です。王都の悪徳貴族を懲らしめる事には使えないのです。元より使えるのであればここまで腐敗した貴族達を許す事は無かったでしょう」
「なるほど。とはいえどうして女神様は魔物なんかを集めるなんて……」
「恐らくですが、天罰を下す為に相応の聖なる力をその都市に落とすと言われています。魔物にとって聖なる力は敵ですから。つまりそこにいる者達は魔物を倒しつくすことでその罪は償われると言う事でしょう」
「なるほど、罰でもあり償いの機会を与えるという事ですか」
「神は寛容なのですよ」
にこりと笑うヘレーナに俺は頷く。
そう、俺は復讐したいのではない。正しく裁きが下るのであれば何の問題も無いのだ。
そしてヘレーナの吹く笛によって俺の故郷だったアンデルス領はその日に滅んだ。
何の感慨もなく俺達はそこから離れ滅びゆく侯爵領を遠くから眺める事になる。
アンデルス侯爵は領地を失い、爵位返上となった。
そののちに、俺達は仲間を加え、聖騎士隊と共にアンデルス領に蔓延る事になった魔物を退治する事で勇者として正式にこの国で俺の立場を上げる事に成功したのだった。
***
それから暫くして冬に差し掛かる頃、俺達は冒険者として帝国北部へと渡っていた。そんな折、ヘレーナの元に本国から連絡が来る。
それを聞いたヘレーナは直に俺達パーティに内容を説明してくれる。
「アルブム王国とオロール聖国が戦争を始めたそうです」
「アルブムがオロールを!?」
それは衝撃的な話だった。アルブムは友好国ではあるが女神教を信仰していた筈だ。女神教が国になったオロールと敵対するなんてありえない事だ。
「アルブム王国はオロールが邪なる教えに染まっていると気付き、戦端を開くそうです」
聖光教会は300年前に女神教会から独立した教えだ。女神教会よりも聖光教会が正しいのだと暗に証明されたかのような出来事だった。
「アルブムは国教を聖光教会へと変え、我が国と共に獣王国を滅ぼす事を同意しています」
「やっぱりあの国は神に背く国だったという事ですか」
「ええ。勇者に任命された貴方の成すべき運命だったのでしょう」
ヘレーナの言葉に俺は頷く。
それを受けてヘレーナは強い意志を持った黄金の瞳を俺に向ける。
「まずは宮廷魔導士・賢者ラファエルをパーティに入れましょう。アルベルト様に仕えた帝国の賢者です。今いる場所から丁度北西に行った場所に帝国領ヴァッサラントがあります。ヴァッサラントの領主メルシュタイン侯爵はラファエル様に強い影響力があるそうです。彼伝手で勇者一行に召集を掛けようと思ってます」
「なるほど、元勇者アルベルト様の従者であったなら、今回も力を貸してくれるに違いない。彼がいれば獣王国など遅るに足りないという訳だな」
俺の言葉にヘレーナだけでなく他の仲間達も頷き合う。
「その通りです。さあ、行きましょう!」
そうして俺達の勇者としての旅が続くのだが………