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最凶ヒヨコ伝説 ~裏切られた勇者はヒヨコに生まれ変わったので鳥生を謳歌します~  作者:
第1部4章 帝国北部領メルシュタイン ヒヨコの慰安旅行
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4章12話 ヒヨコの飲み会 ~飛んでいく勇者と飛ばないヒヨコ達~

 ヒヨコとカメは2人(?)揃って歓楽街へやってきていた。

「ピヨピヨ(さて、イグッちゃんを探そう)」

「イグッちゃんとは?」

「ピヨッ(トルテの父ちゃんだ。なんやかんやで娘が心配で隠れてストーキングしている。きっと探せばこの町にいる筈だ)」

 二人はキョロキョロしながら歓楽街を歩いている。

「竜王陛下ですか?確かにあの人は私が生まれる前に人間の王妃様を浚って多くの人間に襲われることになったため、高価な武具や防具を手に入れて人里に売って稼ぎ、普通に国家予算くらいのお金を持てる人ですから、町に出ればよく遊び歩いてましたけど」

「ピヨピヨ(さすがイグッちゃん。ろくでもない逸話もちだ)」

 ヒヨコはピヨピヨと納得したようにうなずく。


「けどこんなに人がいると分からないんじゃないんでしょうか?」

「ピヨピヨ(そこは任せてよ、マスター。ヒヨコの魔力感知はいつでもどこでもイグッちゃんみたいな莫大な魔力ポテンシャルを割り出せる)」

「そういえば魔力感知レベルが10ありますもんね」

「ピヨッ(ピヨポロピョーン!イグッちゃん発見!)」

 ヒヨコセンサーが反応。頭のアホ毛がピピーンと立ち上がる。

 ヒヨコはてくてくと早足に歩き出す。ヒヨコの向かう方向にはイケメンな大男が一人、丁度女の子のいる店を出る所だった。



「ピヨピヨ、ピヨピヨー(イグッちゃん、おごってー)」

 ヒヨコはテケテケと歩いて女の子たちにお別れのキスをほっぺにされてデレデレな赤髪の大きなオッサンに声をかける。竜王イグニスの人化バージョンであった。


「いきなり出会い頭に奢れとはどこのヒヨコだ!」

 イグッちゃんは女の子たちにバイバーイとか手を振って見送られながらも、ヒヨコを忌々しそうに見降ろしてくるのであった。

「ピヨ(ここのヒヨコだ)」

 だがしかし、ヒヨコはそんな事ではへこたれない。

ドラゴン(ひと)が良い気持ちで女の子たちと飲んでいた余韻に浸っていたのに邪魔をしおって」

「ピヨピヨ、ピーヨピヨピヨ(そうか、それは残念だ。じゃあ、泊ってくると言って出て行ったが、部屋に戻ろう。イグッちゃんが女の子たちと飲んで余韻を覚ましたくないから奢って貰えなかったとトルテにチクろう、ではなく報告しよう)」

 ヒヨコはピヨリとドラゴンの弱みを突いてみる。

「ふはははは、何、ヒヨコと我の仲ではないか。そこの飲み屋で飲み直しと行くか!」

 人化版イグニスは突然引き攣った笑顔を浮かべて、十年来の友達のようにバシバシとヒヨコの背中を叩いてコロリと態度を変えるのであった。

 ちょろい竜王であった。略してチョロゴンさんである。


「何だか竜王陛下がヒヨコ君に良いように扱われているのを見て、凄く時間を感じますねぇ」

「ぬ、お前はどこの誰だ?」

 イグッちゃんはジトリとマスターを見る。

 互いに見つめ合い、マスターが自己紹介をしようとすると、その前にイグッちゃんがハッとした様子をで手を打つ。


「……ああ、まさか亀か!?」

「お久しぶりです。かれこれ100年ぶりでしょうか?」

「息子たちの初狩りの獲物として20匹がかりで引き上げられて鹵獲されて以来だな」

 ウムウムとイグッちゃんは何かを思い出すようにうなずく。


「ピヨピヨ(これこれ、マスターよ。どこでも鹵獲されすぎじゃないか?)」

「やはり体が大きいと目立つようで」

「ピヨピヨ!(体がでかいと鹵獲できねえよ!)」

「そこをうまく鹵獲されるのがプロの手際なんですよ」

「ピヨ!(鹵獲されるプロってなんだ!?)」


 ヒヨコとマスターが話していると

「まあ、折角だし旧交を温めてやるとするか。カメに免じてな。ところでカメよ。この場で陛下呼びは些か目立つからイグニスとでも呼ぶが良い。我もカメと呼ぶからな」

「カメは名前じゃないんですけど……。まあ、良いや。分かりましたイグニス様」

 マスターは恭しくイグッちゃんに礼をする。相変わらず偉そうなドラゴンである。

 ………ぬ?ドラゴンは基本的に偉そうなのか?

 まあ、飯と寝床を貰えるならどうでも良いや。


「ふむ。………ところで何故マスターなんだ?」

 イグッちゃんはヒヨコにマスターを差して訊ねる。

「ピヨピヨ、ピ~ヨピヨピヨ(かくかくしかじか)」

「なるほど。俺に人化の法を教えてもらえなかったところ、通りすがりのカメに教わることにして、カメは師匠だからマスターという事だな」

 ふむ、と腕を組んでイグッちゃんは全てを理解する。

「何で分かったんですか!?」

 マスターはびっくりした様子でイグッちゃんを見上げる。

 何故だろうヒヨコはちゃんと「カクカクシカジカ」と説明したはずだが、マスターは分からなかったのだろうか?


「ぬ?前に人化の法を教えてほしいと言われて断っていたからな。雄に興味のないこのヒヨコが雄といるという事はそういう事だろうなと」

「ピヨッ!(否、俺は自分にしか興味がない!鏡の前に立つのが一番の至福。ヒヨコよヒヨコよヒヨコさん。世界で一番かわいいのはピ~ヨ?………ほらね)」

「とんでもないナルシストだった」

「何が、ほらね、なのか全然分からない」

 イグッちゃんとマスターは冷たい目でヒヨコを見る。だがヒヨコは決してナルシストではない。いつでもピヨちゃんが一番なピヨニストである。ショパンもビックリである。


 ………ショパンって誰やねん?


※ヒヨコの知らない異世界(ちきゅう)にいた歴史的ピアニストです。ピヨニストではありませんよ?


 ヒヨコとイグッちゃんとマスターの3人(?)はこぞって新しい飲み屋へと向かう。


 町には珍しい食べ物屋さんがたくさん存在していた。この町は色々あるようだ。


『創業500年!シュンスケプロデュースすっぽんの店・鍋屋』

『勇者プロデュース創業500年の老舗ビスマルク串カツ店・タナカ屋』

『イーストマツヤマ秘伝の味噌だれが美味しいシュンスケプロデュース焼鳥店・BBQ屋』

『黄玉級パーティを追放されたサポーターだが、今更戻って来いと言われてもう遅い。密かに始めたステーキ屋が冒険者の稼ぎよりも100倍良いので今更戻れません』

『早くて安くて美味いオキタヤの牛丼創業500周年記念セール開催中、勇者シールがもらえるよ』


 店の名前が異様に長く、逆に意味が分からん?

 何故ビスマルクさんの店の名がタナカ?

 っていうか勇者プロデュースしすぎだろ?

 焼鳥なのかBBQなのか?あとイーストマツヤマって何?


※勇者シュンスケが東松山名物焼き鳥の味噌だれを追及して作った焼き鳥屋という名の豚串屋です。ひ●きではありません。


 どうも帝国は資本主義が蔓延(はびこ)って変な店が多いようだ。

 もはや店の名前が何かの説明文になっている。

 思えばここに来る為に勝利したレース名もスポンサーの宣伝をしてたな。


「ほほう、すっぽん鍋か。何故かすっぽんの気分だし行ってみるか?珍味だぞ。カメは意外と美味いんだ」

「あの、イグニス様にそう言われると私の寿命が凄く縮むのでやめて欲しいのですが」

「ではあそこの焼き鳥屋なんぞどうだ?」

「ピヨピヨ(良いね良いね、焼き鳥。鳥ウマー)」

「ヒヨコ君が良いなら別に構わないと思うけど………」

 師匠は何を困惑しているか分からないが、ヒヨコは鶏肉が大好きだ。

 我々は焼鳥屋へ入ろうとしていると、店の中で揉め事が起こっている様子だった。



「僕がだれか分かっていないようだね。たかが冒険者風情が」

 2人の女を侍らした優男が、男3人が囲んでるテーブルの前で見下すように語る。なんだか最近よく見かける感じの男である。ヒヨコの記憶には全くないが……。

「何だテメエ。文句あるのかよ」

「折角、この店に僕が来てやったというのに席が空いてないのだろう?だから親切心から一番うるさくて下品そうな君たちにお帰り願いたいと思ったわけだ。さあ、出ていき給え」

「ざけんなよ、女連れで格好つけたいだけならよそに行け」

「喧嘩売ってるなら買ってやろうじゃねえか」

「てめえは全裸で海に沈めてやるぜ!」

「お嬢ちゃん達は俺らのベッドで快楽の海に沈めてやろうか。ぎゃはははは」


 3人の男たちはゆっくりと立ち上がり女連れの優男をにらみつけ、拳をぽきぽきとならして臨戦態勢に入る。若干下品なのは否めない。

 優男は女たちに下がるように声をかけてから前に出る。


「やっちまえ!」

 3人の男たちはいっせいに襲い掛かるのだが、何と優男は腰にさしてある剣を抜いて最初に殴りかかった男の腕を切り落とす。

「ぎゃああああああああああああああああっ!」

「な、切りやがった!?」

「なんだ、こいつ。頭おかしいのか?」

 腕を失った男が悲鳴を上げて周りの人間達もかなりうろたえた様子でそれを見て悲鳴をあげる。

 普通、酒場のいざこざで剣を抜く人間なんて普通はいない。冒険者は荒っぽい人間が多いが人死ににつながるようなことまでするとただの犯罪者として逮捕されるからだ。


「さ、皆、座ろうか」

「全く、勇者様に歯向かうなど愚かな連中ですわ」

「仕方ないさ、彼らは君達のように見る目がないのだから」


「あのような無礼者を殺さないなんて、何て寛大なのでしょう」

「流石は勇者様ですわ」


 何事もなかったかのようにいなくなった彼らの席に座り、やってきた店員に金を握らせてテーブルの上を片付けさせる。

 店員は若干手を震わせてお金を受け取っていた。

 そりゃ怖いだろう。こんな町中で剣を抜くなんて。

 だが、ヒヨコは不思議に首を傾げる。そういえばこの人間、勇者とか呼ばれてなかったか?


 ヒヨコは神眼(ヒヨコアイ)で勇者と呼ばれていた男のステータスを確認する。レベル30とまずまずの強さを持ってそうだ。そして気になるのは称号に<勇者>という称号がある事である。


「ピヨ(そう言えばイグッちゃん。ただの<勇者>って称号があるんだな)」

 ヒヨコは<真の勇者>という称号であるが、ただの<勇者>という称号ではなかった。どう違うのだろうか?まあ、目の前の勇者君は<真の勇者>じゃないのだろう。ピヨピヨ。


「俺は何度か見た事が有るな。とはいえ勇者風情が俺に勝ったことなど一度もないが。<真の勇者>か、あるいは<賢者>ならば竜族とも対等に戦える中々に歯ごたえのある連中ではあるが」

「<勇者>の称号は周りに認められただけで、実際にどう曲がるか分からない称号ですね。見ない間に<堕ちた勇者>とか<偽勇者>と変わった称号になる事がよくあります。<真の勇者>になれるのはかなり稀かと。かつて共に戦ったのは真の勇者の称号を持つ方々でしたし」

 なるほどヒヨコのような真の勇者にはなかなかなれるものではないのか。

 さすがはピヨちゃんである。ヒヨコブレイバーだから仕方ないな。

 ヒヨコがピヨニストになってしまうのも仕方ないものだ、うんうん。


 腕を抱えて呻いている男とその男を抱えてその場から走り去ろうとする男たち。酔いがさめるどころではないだろう。

 ヒヨコは哀れに思い、<完全治癒(フルヒール)>の魔法を使い腕を治してあげる。

 見る見る腕がくっついていき驚いている様子だったが、彼らは物凄く感謝して去っていくのだった。

 ヒヨコを崇めるが良いのよね。

 おっと、誰かの口癖がついてしまった。


 するとやっと店員がこちらへとやってくる。

「申し訳ございませんが、まだ席が空いておりませんのでお待ちいただけますか?」

 店員は頭を下げてイグッちゃんとマスターに謝る。

「ふむ、郷には郷に従えというのが人間の流儀なのだろう?ならばあの席はどかしても問題ないだろう?」

「はい?」

 目を点にして首を傾げる店員さんを置いてきぼりにして、イグッちゃんはノシノシと歩いて優男たちのテーブルの前に立つ。


「退け」

「え、ええと、イグニス様、さすがにそれは……」

 困ったようにおろおろするマスター。腰の低い所が良い所であるが、イグッちゃんにその手の議論は通じない。ドラゴンという奴は力を示さないと話にならないのだ。

 帝国では一応人間の流儀に従うようにしていたようだが。それは元町長さんに傷をつけられたらしく、帝国を認めたからである。元町長さんよ。一体何をしたのだ?

 だが暴力で自分の言う事を聞かせようとする相手には、相手の流儀に合わせていいから、むしろ我が通せると思って喜んでいる節がある。

 彼らはイグッちゃんの前で愚かな事をしたものだとヒヨコは同情する。


「何だ、お前は。僕を誰だと思っているんだ?」

「知らぬが、お前らの流儀に合わせるなら、このテーブルは暴力によって強奪しても良いのだろう?痛い目にあいたくないならここを退くが良い」

「ふん、無知とは恐ろしいものだな。僕の名はアーベル・ヘリゲソン。由緒正しき聖光教会が認めた勇者だ」

 優男はマントで隠れていた首にかけられたプレートを見せつける。金剛級冒険者のしるしである黄金のプレートに付いている透明な石が光る。


 すると周りの酒場にいる人間達もざわつき、「あの、ベルグスランドの勇者か?」「先日、ヒドラを殺したらしいぞ」「聖王女殿下の騎士だとか」などと声が聞こえてくる。どうやら有名な冒険者らしい。


 …………ピヨリ。


 おお、思い出したぞ。ヒヨコがヒドラ君を倒す順番待ちをしてたら譲ってくれた人達か。

 ヒヨコがいない時にヒドラ君を倒したのかな?

 どう見ても勝てそうには見えなかったけど、ヒドラ君にも弱い個体はいるだろう。ヒヨコはヒドラ君の首が大きすぎて首一本しか持っていけなかったけど。


「そんなものは知らぬ。だが叩きのめせばこの席を譲ってくれるのだろう?ならば他が出るのを待つよりも早いではないか。失せろと言っているのが分からぬのか?」

 イグッちゃんはあくまでも上から目線である。


「勇者様に対して無礼な!」

 盗賊っぽい格好をした女は短剣を抜き、魔法使いっぽい女は杖を構える。

 だが優男はフンと鼻をならして、腰の剣に手を掛ける。

「勇者に逆らうとどうなるか分からないようだな!」

 優男は腰の剣を抜き放ちイグッちゃんの首へと刃をすさまじい速度で切りつける。


 カキーン


 誰もがその首を刎ねたと思ったが、想定もしていない音が鳴り響く。


「「「「「は?」」」」」

 刃をはじき返された優男だけでなく酒場の人間達も何が起こったのか理解できずにいた。

 人間にぶつかって鳴る音ではないから当然だ。


「ふむ、これは……聖剣か。振りが甘いな。この剣なら俺にも傷をつけられるだろうが、使い手が力量不足だ」

 イグッちゃんは剣の刃を手でつかみ、どんな剣なのかを調べるように見ているが、グニグニと折り曲げて金属を観察する。

 ヒヨコは敢えて言おう。剣を見るとき、曲げてしまうとそもそも剣の能力を見るには不適当だと思います。聖剣は粘土じゃありません!

 だがイグッちゃんの手から離れると聖剣とやらは元の姿に戻る。


 スゲー、聖剣スゲー。


 イグッちゃんは優男の頭をワシッとつかみ、ズルズルと引きずりながらゆっくりと歩いて店の入り口へと向かう。優男は必死に反抗するがイグッちゃんは全くダメージを受けずにいた。

 そしてボールのようにポイっと空へと投げると遥か彼方へと飛んでいくのであった。


「ゆ、勇者様ーっ!」

 慌てて追いかける取り巻きの女2名。勇者様はお星さまとなりました。


「じゃあ、飯にでもするか」

 イグッちゃんはさらにポケットから小銭でも取り出すような感じで、銀貨をじゃらりと手にたくさん握ってテーブルに置く。軽く出した割には金貨や銀貨が何枚もある勢いだ。300万ローゼンくらいはあるだろうか?


「これで美味いもんを片っ端から出してくれ。あと一番上等で美味い酒を樽でだせ。余ったら他の者達に振舞ってやればいい」

「!?…か、かしこまりました!店長~!」

 大量の銀貨を抱えて走って店の奥へと向かう店員さん。


 さすが金と力の権化である。


 やがて大量の料理と大量の酒、ワインが樽で出てくる。

「ピヨピヨ(イグッちゃんは気前がいいから大好き)」

 ヒヨコは高級なワインを平皿に入れてもらい嘴で啜っていた。

 対してマスターやイグッちゃんはゴキュゴキュと飲んでいる。人化の法を習得すれば手で持てるのだろうか。うらやましい限りである。

「イグニス様は相変わらずですね」

 マスターはどこかあきれるようにイグッちゃんを見ていた。

「1000年と生きているんだ。たかが数百年で性格が変わるものか」

「その割にはヒヨコ君とは仲が良いようで」

「…仲が良いわけではないが……娘を保護してもらっているし、俺に膝をつかせたからな。吹けば飛ぶようなヒヨコだが見下すほどの事もない」

「ああ、あの珍しい色の娘さん?」

 マスターはトルテを思い出して手を打つ。金色のドラゴンは珍しいらしい。

「隣の大陸の竜女王との娘でな。元々、幼竜という奴は弱いのに自分は出来ると思ってフラフラするし、親の監視下にあると反抗的だし。頭が良いせいで好奇心が旺盛だから何でも首を突っ込みたがる。そのせいで簡単に誘拐されるわで大変なんだ。別大陸の竜女王との息子はそれが原因で悪魔王に捕まっていたからな」

 イグッちゃんは溜息を吐きながらぼやく。

「確かに昔から竜王陛下のお子さん方は好奇心旺盛でしたからなぁ。私も何度鹵獲された事か」

「ピヨピヨ(これこれマスターよ。一度だけではなかったのか?)」

「私みたいなカメは珍しいそうです。それに、私も寒いと眠くなるのでイグニス様のテリトリー辺りを泳いでいることが多いのです」

「ピヨピヨ(これだから爬虫類は)」

「「失敬な」」

「ピヨッ(しかしマスターとイグッちゃんが知り合いだとは驚きだ)」

「成竜くらいになったドラゴンさん達にはどうも珍しいようで自分達より大きい存在を鹵獲して父親に見せるのが習わしみたいな感じなのです。そのせいで顔見知りになってしまったんですよ。魔神との戦いや邪神との戦いでも顔を合わせていたのに全然覚えてくれなかったのですが、その後に何度も鹵獲されて顔を合わせていたので」

「数十年に一度くらいは何事がなくとも、俺の子孫たちに鹵獲されるからなぁ。ちょっとした風物詩だな。最近は中々子供が出来んから見てなかったがちょっとした成人の儀式になっていた感がある」

「「あははははは」」

 それはそれでどうなのだろうか?

 大きい魔物の感性はよく分からない。

「ピヨピヨ(しかし、やがてヒヨコもおおきくなるのだろう。)」

「いやならんだろ」

「ピヨヨーッ!?(なしてーっ!?)」

 ヒヨコは両の翼で嘴を隠すようにして驚きのポーズを示す。


「今の女神の恩恵が降りた以降、この世界ではとんと見かけぬが、よその大陸で見かけた覚えもあったからな。女神の恩恵によって世界が守られるようになる前、人間でいう所の有史以前といった時代に、この大陸にもお前のような鳥と戦った事が有るから間違いないだろう」

「ピヨッピヨヨッ!?(まさか、ヒヨコの母ちゃんか!?)」

「雄だから違うと思うが」

「ピヨッピヨヨッ!?(まさか、ヒヨコの父ちゃんか!?)」

「いや、俺が食っちまったから違うだろ。600年くらい前の話だし。不味かったのを覚えている。似ても焼いても炎熱耐性があるせいか肉が生でな、しかも当たって腹を壊した記憶がある」

「ピヨヨーッ(ご先祖様―っ)」

 驚くべき真実。ヒヨコの先祖はイグッちゃんに食べられていた。しかも美味しくいただかれなかったとは。なんてこった。ヒヨコはまずかったのか!?

 ん?不味ければ食われないから良いのでは?しかし美味しい方がうれしい気がする。なんというジレンマ。これはハリネズミのジレンマと並ぶヒヨコのジレンマとして新しい命題にしよう。


※しないでください。


「奴は中々に強かったな。奴との戦いで出来たのがこの町の北にある大砂漠だ」

「さらっと戦いで砂漠を作りましたとか言わないでくださいよ」

 マスターがとても嫌な顔をしてぼやく。

「いやいや、半分ほどだぞ?その半分をシュンスケとの戦いで作ったのだ。我と戦うには地形を大きく変えるほどの力がなくてはならんからな。最近ではルークの奴と戦った時は山一つ吹き飛んだしな。あれも息子の為にやった仕方ない事だ」

「ピヨピヨ(そう言えば帝国の南部の小山に大穴開けてたな、ブレスで)」

「うむ。昔は地震・雷・火事・ドラゴンと恐れられていたがな。最近は派手に活躍してないせいでどうにも我の恐ろしさを忘れる不届きなものが多すぎる」

 イグッちゃんはぬははははと笑うのだった。

 ドラゴンはオヤジなのだろうか?いや、イグッちゃんはトルテのオヤジだった。


「魔神の時はこの都市の西に広がる陸地が海になってしまいましたからねぇ」

「あんな化け物がまた出たら次は大陸が滅びるだろう。竜騒がせな魔神だ、まったく」

「ピヨ~(勇者もイグッちゃんも大概だな)」

「そしてそんな天変地異の起こる戦場に駆り出されて逃げ回るカメ」

「ピヨ、ピヨピヨ、ピヨピヨピヨ(マスター、あんたすげえよ。さすがヒヨコのマスターだ)」

 なんだか神と竜と勇者が踊る決戦の舞台に、右往左往して困るカメの姿が思い浮かぶようだ。

 ヒヨコは翼でパタパタとマスターの背中を叩いてねぎらう。


 話をしていると店員が新しい料理の皿を出してくれる。ヒヨコはピヨピヨと焼き鳥を食いにくそうにしているのを見せると、店員さんは串から鳥を外して並べてくれる。

 ヒヨコはかわい子ぶりっこして頭を店員さんに擦り付けて感謝の意を示す。これがヒヨコの処世術である。


 そしてヒヨコは鶏肉に味噌だれをつけて口の中へと放り込む。

 何故か店員さんが奇異な目をしてヒヨコを見ていたが、問題はないのだ。何故ならヒヨコは悪いヒヨコじゃないからだ。

 鳥ウマー。


 そんなヒヨコ達の所へエルフのお兄さんと種馬皇子と残念皇女が店にやってくる。

「ピヨピヨッ(おお、エルフのお兄さんとその他)」

 ヒヨコは知り合いを見つけたので焼き鳥を咥えたまま翼をパタパタと振って声をかける。

「ああ、ヒヨコ君か。そちらは……って、りゅりゅりゅりゅりゅりゅ………へ、陛下、どうしてここに?」

「久しいな、ええと何といったか。へっぽこエルフ」

「相変わらず手厳しい」

 エルフのお兄さんは頭を下げると種馬皇子と残念皇女はハッとした様子で慌てて頭を下げる。

「ここは酒場、無礼講よ。堅苦しい事は抜きだ。こっちに来い」

「陛下にはかないませんな。そちらは………ん?もしやイナバ殿か?これはまた珍しい取り合わせですな。魔神討伐の英雄殿が並んでいるとは」

「お久しぶりです。ミロン様」

 マスターはヘラと笑ってエルフのお兄さんの方へ向けて手を振る。

「ピヨピヨ(マスターよ。エルフのお兄さんと知り合いなのか?)」

 ヒヨコは意外な顔見知りがいると驚く。まさかエルフのお兄さんにも鹵獲されたわけではなかろうか?


「あの方を師匠はご存じなのですか?」

 残念皇女さんはエルフのお兄さんの裾を摘まんで小声で尋ねる。

 エルフのお兄さんは歩いて二人の皇子を連れてイグッちゃんに礼をしてから席に座る。それに二人の皇子も従って空いている椅子を持って6者で卓を囲むように座る。

「まあ、君たちも分かるだろうが、こちらは人化したイグニス陛下、そしてこちらは400年前の邪神戦役時代に我らを運び、我らと共に邪神と戦ったランドタートルのイナバ殿だ。彼が召喚され邪神となった邪王をケンプフェルトで足止めしなければ帝国は滅んでいただろう」

 エルフのお兄さんはマスターを差して二人の皇子達に紹介する。


「イナバ?あの勇者様が使役し、魔神討伐の時に海の移動手段として使ったと言われる?世界の危機に現れ世界を救う大亀だとか。人化の法を使えるとは初耳です」

「ピヨピヨ(マスターは有名亀(ゆうめいじん)だったのか)」

「まあ、500年もする前に我らは他の知的生命体に駆除されてしまいますからね。我らは小島を丸ごと食い散らかす凶悪な雑食魔物(モンスター)、誰もが恐れるに決まってましょう。なので勇者様に教わった『カメカメ、僕は悪い亀じゃないよ』というアピールをして生き延びるのです」

「ピヨッ!?(奇遇だな、ヒヨコもそうやってアピールしているぞ)」

 ヒヨコはマスターに感銘を受ける。

 ヒヨコも『ピヨピヨ、僕は悪いヒヨコじゃないよ』というアピールで生き延びてきている。

 だが、勇者の使っていたネタだと思うと複雑な気分だ。会ったことはないが、アイツはロクでなしだからな。


「勇者様と共に戦う事で駆除対象から外れましたからね。まさかイナバ殿までここに来ていたとは」

「偶々出会ったカメと旧交を温めついでに、ヒヨコがカメの弟子入りしているらしいから一緒に奢ってやってる所だ」

 イグッちゃんは良い話風にしているが、それは嘘だ!

 トルテにチクられるのを避ける為にヒヨコを懐柔していた筈なのに、マスターを理由にそれを無かった事にしている。


「なるほど。私たちは師弟でちょっと宮廷の事で話そうかと出たわけですが」

「ピヨピヨ(ならば同じ卓ではまずいか?)」

 ヒヨコ的に帝国のトップシークレットをヒヨコ達が聞いて良いとは思えないが。

「ヒヨコ君の気遣いはありがたいが、別に問題はない。陛下もイナバ殿も人間の政治に関わってないし、そもそもそこまで内密なら酒場に来ない。それにヒヨコ君に至ってはピヨピヨとしか喋れないし」

 エルフのお兄さんはわりとラフだ。

「ピヨーッ(じゃあ、ステちゃんにチクってやるもん)」

「ステラ殿の耳に入るなら尚良いがね」

「ピヨピヨピヨ?(どういう事だ?)」

「彼女は善良な妖狐だからね。力の使い方によっては世界を支配できるし大きい災いから避ける事もできる。我々の取った行動によって帝都が危険になるような事が分かれば即座に察知するだろう。ヒヨコ君からちょっと漏れてしまった程度であれば予知が働いた上にこちらの意図が分かりにくいというのはむしろ好都合というもの」

 エルフのお兄さんは淡々と説明してくれるのだが、それではステちゃんにチクるのがヒヨコ的に悔しい話なのだが。


「ピヨピヨ(大人って汚い)」

「その大人に奢れーって言ってタカりにきたのはどこのヒヨコだ」

 イグッちゃんが痛い所を突いてくる。

 しかし、それは仕方ないのだ。だってヒヨコだもの。


「ピヨピヨ(ヨチヨチ歩きのヒヨッコに餌を出すのは大人の務め。さあ、これでもかという位、ピヨちゃんを餌付けするのだ!鶏肉ウマー、豚肉もウマ―)」

「鳥に鶏肉で餌付けするのもどうかと思いますが……」

 微妙な顔をするマスターがモヤッとした感情を抱えているような複雑そうな顔をする。

「ピヨ?(何を仰る。ドラゴンだってトカゲや蛇を食べるし、人間だって牛や豚を食うだろう?ならばピヨちゃんが鶏を食っても問題あるまい)」

「正論であるな」

 エルフのお兄さんはウムと頷く。

「ピヨッ(話が分かるな。さすがはドワーフとかを食うエルフ)」

「ドワーフなんて食べないよ!ひ、人聞きの悪い事を言わないでくれ」

 エルフのお兄さんは慌てて訂正する。おや、違うのか?同じ系列の生き物は食べていいルールは無かったのか?


※エルフもドワーフも生物学的にはかなり近い種族です。ちなみにステラもその類です。ですが、さすがに互いに食べたりはしません。


「で、お前らは皇族で雁首揃えて何を話すんだ?」

 イグッちゃんは食事をしながらモゴモゴと尋ねる。

「ベルグスランド聖王国から勇者が来たそうです」

「ぬ?」

「ピヨ?」

 はて、どこかで聞いたような、聞かなかったような?

「ベルグスランドは帝国に対して協力を要請してきています。魔導士ラファエルの勇者パーティへの参加し、連邦獣王国の討伐を求めていました」

「ああん?獣共なんぞ人畜無害なただの戦闘狂集団だろう」


 人畜無害な戦闘狂集団って何ぞや?

 そもそもイグッちゃんからするとおおよそほとんどが人畜無害である。イグッちゃんが強すぎるから。


「お前ら人間の方が100倍世界の癌だというのを理解しろ。なるほど。それでラファエラを連れて来ていたという訳か」

 呆れるような様子のイグッちゃんであった。

 それにしても何気に世間に詳しいな、イグッちゃんは。


「ルーク様は連邦獣王国と戦わないように王国を抑えていて、それが気に入らなかった王国はルーク様を騙し討ちしました。しかしベルグスランド王国までアルブムと足並みをそろえようとしている以上、獣王国に何があるのか疑問を持っています。何が問題で獣王国と戦う必要が出ているのかが、私には分からないのです」

「というよりも…というかへっぽこエルフの方が詳しいか。説明してやれ」

 イグッちゃんは呆れたようにエルフのお兄さんを顎で使い説明させる。


「というか単純に言えば獣王連邦国は政治的に弱い立場なんだ。この手の話は私よりもシュテファン向きなのだが……」

 エルフのお兄さんも困った様子で話をする。そう言えば元町長さんもここにはいなかった。

 ヒヨコはキョロキョロと元町長さんを探していると察してくれた残念皇女さんが元町長さんの事を教えてくれる。


「お姉さまに拉致されて公爵邸に監禁…じゃなくて招待されて公爵様方にご挨拶していますから」

 おい、元町長さんは大丈夫なのか?

 まあ、今は夜だし、きっと今頃、あの肉食皇女さんに襲われている頃だろう。性的に。


「元々、ベルグスランドやアルブムは人間至上主義が蔓延っている。これは邪王時代の名残なのだがな。そこに加えて獣王家は他国と交流を持たない。持っているのはマーレ共和国くらいだろう。あそこは獣王国の属国だからな。とはいえ獣王国自体はマーレ共和国以外とは不干渉を貫いている。まあ、あまり国として成立していない面もあるがな。東部森林地帯には珍しい植物もあれば大きいミスリル鉱山や金鉱といった資源も眠っている。彼らはそれらを欲し、獣王国を排除する為に、宗教を利用する方法を取るのだ。だが、近年のアルブム王国は少々解せぬがな」

「解せないとは?」

「どうも獣人族狩りをしたらしい。そう言えばモーガンから詳しく話を聞いてなかったな。アイツ、アルブムと事を構えていたらしいから詳しく聞いてみるのも一環だろう」

 エルフのお兄さんは近年のアルブムの事を語りだす。

「ピヨヨ~」

 そんな事が有ったのか。

「そうなのですか?」

「分からんが奴隷狩りみたいな事をしているのがアルブムで、資源の為に一方的な侵略をするのがベルグスランド。マーレは獣王国から安値で買った品物を高値で売る商売の国だ。良い品質のミスリルなんかがあの国から出ているのは獣王国の鉱山からだ」

 首を捻る残念皇女さんにエルフのお兄さんは滔々と説明する。

「マーレのミスリルの剣はドワーフ領の次に良いと言われていますけど、獣王国の資源だったんですね」

「獣王国は基本的に狙われているんだよ。閉鎖的で敵に目を付けられやすい。助けてくれる仲間もいない。マーレは獣王国が守っているくらいだからな。獣人達は縄張り意識が強く、国体を成してないんだ。まあ、あの大森林で食い扶持を確保するのは厳しい話だが」

 エルフのお兄さんは皇族たちに色々と獣王国付近の政治的事情を説明していた。


「ピヨピヨ(まあ、そんなのどうでもいいや。ヒヨコは焼き鳥を満喫しよう)」

 ヒヨコは気を取り直してパクパクと焼き鳥を食べて皿を綺麗に平らげていく。

 足を持ち上げて串を鍵爪で掴み、嘴で肉を串から外して更に並べる。嘴で肉を摘まみ味噌だれに付けてから食べる。


「勇者が世界の悪側に立つなどありえるのでしょうか?」

 悩むように残念皇女さんが訪ねると

「よくある事ですね」

 それに答えたのはマスターだった。

「うむ、そうだな」

「ああ」

 エルフのお兄さんとイグッちゃんもマスターの言葉に頷く。


 マジかよ、といいたそうに口元を引きつらせる皇族兄妹。


「勇者というのは称号に過ぎないからな。偶々、シュンスケやアルバが<真の勇者>の称号を持っていたから勇者を過剰に持ち上げるようになったが、別に強さとか良い奴だとか一切関係ないぞ」

 イグッちゃんの呆れたような言葉に皇族兄妹は目を点にする。

「え、ええと、そう、なのですか?」

「まさか称号で何が正しいとか決めているのか?阿呆か、人間ならば頭を使え。自分の目で確かめて己を信じろ」

 イグッちゃんの正論に、皇族兄妹は反省したように俯いてしまう。

 あまりにも前もって得ていた知識のせいで視野狭窄に陥っていたようだ。

 勇者=正義の味方というのは常識だったからかもしれない。ピヨちゃん=正義のヒヨコというのは常識にしたい所だ。


「一つお聞きしたいのですが……陛下は前勇者ルーク様に殺されたとお聞きしました。私は戦闘の現場にいなかったのですが、何が起こっていたのですか?」

 おずおずと尋ねるのは残念皇女さんだ。

「奴とは確かに戦った。そしてその力を認めたからこそ、奴の口車に乗ったのよ」

「口車に?」

「我が悪魔王に従ったのは、我が子竜を捕えられ仕方無かったからだ。トニトルテの3つ上にあたる腹違いの兄グラキエスなのだが、悪魔王の配下に捕えられていてな。従うしかなかったというのが状況だったのだ」

 イグッちゃんは説明を始める。ざっくり言えば息子が悪魔王とやらに捕まったらしい。


「なるほど。悪魔王に竜王陛下が従った理由はそれだったのですか」

「うむ。戦闘中、ルークが我に『何故、悪魔王に従うのか』と問うたので答えたのだがな。その際に我らの天変地異が如き殺し合いをしている振りをしながら、我だけが暴れ、途中で勇者は離脱してグラキエスを探して連れ戻してきてもらったのだ。悪魔王に反旗を翻しても良いが、我の弱点を一々他の者どもに教える必要もないし、また奴らの手のものに誘拐されても困るからな。ルークに殺された、という話にして巣に戻って静かにすることにしたという訳だ」


「な………。…勇者様が私たちに嘘を?」

 残念皇女さんはショックを受けた様子でイグッちゃんを見る。

「奴は抜けているが阿呆ではない。奴は表面的にはアルブム王国に従い信頼をしているようだったが、心の中で蟠りがあったのだろう。獣王国の顛末にしても思う所もあろう。お前というよりはアルブム王国にそれを知らせたくなかったのだろうな」

「……聖女に鼻の下を伸ばしていても、本能としてはアルブム王国に危険性を感じていたという事ですか」

「ルークは確かに天然の阿呆で女に免疫のない間抜けではあるが、頭は悪くない。王国は我を殺す様に言っていたそうだからな。だが我とルークが本気で最後まで殺し合えば間違いなく、悪魔王の所にはたどり着けまい。その前に余波で悪魔王諸共大陸が滅びるからな」

 クハハハハハと笑うイグッちゃん。

「…………。比喩的な意味で?」

「阿呆を言うな。我が本気で戦ったらこの世界がどうなるか分からんのか?ルークは我が本気を出すにふさわしい力を持っていた。発展途上であったがな。故に強者同士で本気で殺し合うなどそもそもご法度だ。我らが魔神や邪神といた連中と戦うのは奴らがこの世界を壊す危険があるからだ」

「そういう輩が出てくると分かるのですか?」

「女神は気づいていてもこちらと連絡を取るのは逆に危険だから取れないらしい。我とて邪神召喚されても邪神に気付かれなかったしな。唯一の連絡網が巫女姫だが、フローラは死んだし、そのバカ娘はまったくもって自分の役割や立場を理解しておらん。もし今、降りて来ていても気付かんぞ。あのバカ娘は自分が世界の命綱だというのに小さい事で命を張ろうとする大バカ者だからな」

「な、なるほど」


 イグッちゃんは樽を持ち上げグビグビと酒を飲む。

 そして盛大にプハーッと酒臭い息を吐くのだった。


「この手の話はスケールが違いすぎるからあまり参考にはなりませんよ。私やイグニス様は世界の<調停者>の一人として女神様に称号を与えられていますから。よほどでなければ人族の争いなんぞに首を突っ込む事はありません」

「ピヨピヨ(マスター、すげー。イグッちゃんと同じ何か凄いんだな)」

「いや、ヒヨコ君は<調停者>どころか<神の使徒>でしょ。これだけ神にこの世界への干渉する称号持ちがあつまるなんてそれこそ500年前以来だと思うのですが」

「だろうな。というか、亡きフローラが加われば完ぺきだな」

 カカカカと笑い合うイグッちゃんの姿を見てヒヨコは首を捻る。

「ピヨピヨ(ならばなぜステちゃんを殺そうとしたのだ?故にこそヒヨコの逆鱗に触れたというのに)」

「鱗のないお前が逆鱗というな。そしてお前が俺の逆鱗に触れたのではないか。あれは痛かった」


 イグっちゃんはヒヨコに疲れた首を撫でながら思い出すように嫌そうな顔をする。どうやらそこが逆鱗だったらしい。今は人間になってるからないけど。


「そもそも、あの小娘は勘違いしている。そして幼稚だ。フローラが何故命を落としてまであの愚か者を生かしたのかと思ったら腹が立ってきただけよ」

「ピヨピヨ(カッとなってやった。反省はしていない、みたいに聞こえるが)」

「ふん」

 鼻で偉そうに息を吐きつつもヒヨコのジト目から逃げるように顔をそらす。

 どうやら図星だったらしい。トルテも懐いているから気まずいのかもしれない。愚かな男である。

「まあまあ、お酒でも飲んでパーッといきましょう」

 マスターが険悪な雰囲気にならないようにサラリとお酒を進めて気を配る。


 そうやって飲み会をしているヒヨコ達の夜は更けていく。




***




「う、うううう…ゆ、許さんぞ、あの男……」

 海まで放り投げられた勇者アーベルはギリギリと歯ぎをきしませながら、夜の砂浜から歩いて上陸する。ずぶ濡れな状態でヨタヨタと歩いていると町の方から走って仲間の二人が追いかけてくる。

「大丈夫ですか、アーベル様」

「あの大男、アーベル様によくも」

 二人は両側からアーベルを支えるようにしてずぶぬれになるのも構わず両腕を抱きしめる。

「今すぐ叩き斬ってやる。勇者であるこの俺に敵対したのだ。もはや人類の敵と言って良い。そうだろう、イェルダ」

「全くです、アーベル様!!

 盗賊風の女が大きくうなずく。

 だが、魔導士風の女は心配した様子で体を温める事を訴える。

「そんな事よりもまずはお体を温めましょう。いくら温暖な地と言えど夜は冷えます。風邪をひいてしまいます。宿でお体を洗ってからにしましょう。御身は世界の希望、病気なんかで弱られては世界の破滅です。聖王女様も心配してますし」

「む、そうだな」

「それに明日は公爵邸にてかつて勇者パーティに所属した大賢者ラファエル殿との会談があります。あのような些末な男を相手にしても100害あって1利もありません」

「仕方ない。ラファエルを仲間にしてからあの男には己の分というものをわからせてやろう」

 舌打ちと共に魔法使いの女の言葉に納得して帰ることにするアーベルであった。

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