4章閑話 温泉回
一通り海水浴で遊んだ後、私はトニトルテと一緒にホテルの風呂場に来ていた。
「きゅうきゅう(お湯がたくさんなのね)」
パチャパチャと風呂場で泳ぐトニトルテであったが、気づけば泳ぎスキルが付与されていた。
「泳ぎを覚えたんだね」
「きゅうきゅう(プッカリ浮く事しかできないヒヨコとは違うのよね)」
「でもお風呂では泳がないようにね。こっちおいで」
「きゅう~」
トニトルテは泳ぐのを辞めるとずぶずぶと沈んでいき、慌てて泳いで顔を出す。サイズ的に座った時の私の胸元くらいなので泳がないと顔が沈むらしい。
「ごめん、私が悪かった」
「きゅうきゅう(ステラには騙されたのよね。危うく窒息する所だったのよね)」
私はトニトルテを自分の膝の上に乗せて湯舟で息をつく。
すると銀髪美女二人がバスタオルで体を覆ってやってくる。
「きゅう~」
「うわわ」
同じ女とは思えないほど美しくメリハリのはっきりした大人の女性二人である。帝国第2皇女様と第3皇女様の登場に、私もこの場に居にくくなるのだが、
「ふむ、占い師殿ではないか」
「こ、皇女殿下。つ、使わせてもらっております」
「そうかしこまる事もない。貴殿のおかげで上手く行ったからな。それに聞けば巫女姫殿の娘と竜王殿の娘だろう。肩書で言えば大差ない」
「一応、国外追放されてますし、今はこの帝国民なので、おかしくはないかと」
「とはいえ、獣王国の誇る巫女姫殿がたった1コインで未来を教えるなど少々安売りがすぎやしないか?」
「分かっていても避けられないことがあります。悪い未来を伝えて避けてもらおうと思っても、敢えて火中へ飛び込み死ぬ人もいます。母から聞いた話ですが、母は子供の頃、占い師をして生計を立てていたそうです。上手く占ったのに認めなかったりケチをつけたり責任を訴えられたり。そういった過去の経験が予知を利用できるようになったという話を聞いたので、ただ同じようにして母のように他人の役に立つ人間になりたいだけです」
「分かっていても避けられないものがあるという事か?難しいものだな」
エオノーラ殿下は腕を組んで呻くのだが、腕を組むとものすごく胸が強調されている。こんな凄い肉体を持つ人から逃げるとはウチの元町長さんは趣味が悪いのだろうか?とちょっと考えてしまう。
「はい。信頼が大事なのだと思っています。母は常に獣人族の中で信頼を得ていたのでそうありたいと思っています。帝都では魔物レースの予知を客に頼まれる事が有ったので、いい勉強にはなりましたけど」
「そう言えば聞いたな。占い師殿の占いは当たるが、魔物レースで儲けた者がいないと」
「アレは私にとって非常に簡単な予知なので、助言をして倍率を操作して、最終的に彼らが予知した事と違う行動をとるように、結果的に儲からないように促すのです。当たらないとバカにされて、だからとて儲けようなどと思われるのは癪に障るので」
「確かに。なるほどな。とはいえ、そもそも占い師に頼むこと自体が間違っているがな。当てられるならそもそも自分が儲けている。とはいえ、それを占い師殿に喧嘩を売るような真似をするとは愚かだったなぁ」
ケラケラと笑うエレオノーラ殿下は実に楽しそうだった。
「それにしてもよくもまあステファン殿を捕縛できる未来が見えたものだ」
呆れるようにぼやくのは同じ銀髪青眼でもエレオノーラ殿下のように肉付きが良いタイプというよりは細身であるべき場所のボリュームがあるという感じの魔導士らしいラファエラ殿下だった。
「……正直言うと私がヒューゲル様の動向を一切把握してなかったことと、エレオノーラ殿下が相手の事を特に口にしてなかったことが逆にいい方向に動いたと思います。私が知っていたら、恐らくヒューゲル様は察して警戒していた可能性もあります。あの人も私の予知を偶に超える人なので」
「なるほど。ヒューゲルはそういった頭の巡りの良さは宰相クラウスに匹敵するからな。情報が洩れていたら上手く行かなかっただろう。私の惚れた男は巫女姫殿さえも超える事が有るんだ。凄いだろう?」
「そういうものなんだ。予知も万能じゃないのね」
へえと感心した様子でラファエラ殿下は頷きつつ、姉妹で一緒に湯舟の中に体を浸す。
「それこそヒューゲル様のように頭の良い人が使えば予知スキルの効果はさらに上がると思います。ああいった人たちは予知スキルなんて無くても予知したように物事を進めますから」
投獄されるのが分かっていたかのように、周りの人達に根回しをし、いろんな指示を出して新しい太守が来ても上手く行くように土台を作り街を守り、館の使用人たちをも守っていたのだから。
私がエレオノーラ殿下とヒューゲル様の関係を知っていたら、間違いなく察されてしまい、回避されていただろう。
「まあ、実際、ヒューゲル殿が呪いを受けていなかったら勇者様についていく帝国代表はヒューゲル殿がいただろうし、そうなれば私は勇者パーティに帯同させられなかったでしょう」
「そうなんですか!?」
「剣術一筋の姉上や魔法一筋の私ではとてもヒューゲル殿にはかなわないわ。もしも勇者様にヒューゲル殿がついていたなら、王国に騙されて無残に処刑を受ける事は無かったでしょうね」
ラファエラ殿下はそう言って首を横に振る。
「そう言えば賢者の称号がついてましたね。今まで見たことも無かったのに、帝国に来てからは宰相閣下やラファエラ殿下、ミロンさんにヒューゲル様迄あってかなり驚きましたが」
「賢者の称号持ち?シュテファンがか?聞いてないぞ」
「レベル10の魔法を身に着けると覚えるらしいからそれでしょうね。私もそれでつきましたし」
ラファエラ殿下は訳知り顔で言う。なるほどと私も頷く。
でも、ヒヨコに賢者が無いのは何故だろう?一応、レベル10の魔法を二つも持っているのだけど。愚者だからだろうか?
「きゅうきゅう(まあ、あの町長はやる男なのよね。)」
「おっと、まさかのトニトルテからも高評価。うーん、三勇士と比べるとAGI値や魔法系は上だけど、それ以外は特筆すべき能力がないし、斥候だったというくらいなのに、まさかトルテが評価するとは思ってなかったな」
確かにヒューゲル様の能力は上級冒険者に匹敵するけど、戦闘スキルで言えば竜王様は別格にしても獣王国の幹部を超えるものではない。
「きゅうきゅう(あの父ちゃんが弱っちい奴に対等に話をしているのよね。ドラゴンでさえよほどでなければ話にならない父ちゃんが対等に話している人間という時点で只者じゃないのよね)」
そう言えば友人の娘なのに早々に殺されかけたっけ………。
最近の竜王陛下を見るとそういう感じはしないけど………基本的にドラゴンってのは理解の外にある種族なんだよね………。
私は過去の事を思い出し、まだ竜族に染まっていない真っ白なトニトルテは自分よりだと感じ、頭をなでる。きゅうきゅうと気持ちよさそうに眼を細くするトニトルテ。
ちょっとプライドが高く意地っ張りでおしゃまなトニトルテは可愛いなぁ。
ヒヨコは見た目とは異なり中身はゲスいからなぁ。
「竜王様が一目を置いている時点で只者じゃないとトニトルテも言っています。とはいえ、よく考えたら、うちのヒヨコは変なスキルがたくさんあるだけでステータスが突き抜けているわけでもないけど竜王様に一目置かれてたか」
「そう言えばあのヒヨコ、まさかの神聖魔法レベル9を持っていたのね。他に何があるの?」
ラファエラ皇女殿下はふとヒヨコの事を思い出したように聞いてくる。
何がと言われてもいろんなものがあるとしか言いようがない。
「火魔法LV10とか」
「ブッ」
「まあ、そっちは使っているところを見たことがないんですけど。というよりもMPが低くて使えない魔法を持っていたり、明らかにおかしいヒヨコなんですよ」
「は?いやいやいやいや、MPが足りないのに魔法が使えるっておかしいわよね?」
「はい。拾った時から変なヒヨコだとは思っていましたけど、MPが低いのに高度な魔法を持っているんですよ」
「火魔法レベル10なんてマスターしたのは大陸でも勇者様だけなんだけど……何故ヒヨコが……」
「前勇者様は火魔法の使い手だったのですか?」
「ちょっとうっかりしているところがあるけど、頭の出来は良かったわ。火魔法レベル10、水魔法レベル5、氷魔法レベル5、風魔法レベル7、土魔法レベル5、雷魔法レベル8、神聖魔法レベル9。彼は攻撃魔法に関しても神聖魔法に関しても世界屈指の実力者でした」
「え」
「?」
どういう事?
火魔法レベル10、水魔法レベル5、氷魔法レベル5、風魔法レベル7、土魔法レベル5、雷魔法レベル8、神聖魔法レベル9
この7つの内6つの魔法のレベルが全てヒヨコと同じだ。ヒヨコはさらに神聖魔法LV10と高い。
偶然?
偶然にしてはできすぎている。そもそも叡智が必要な魔法の神髄を賢さの低いピヨピヨのヒヨコちゃんがマスターしているという時点でおかしいのだが。
前勇者とヒヨコには何か関係があるのだろうか?前勇者は王国で偽勇者として火刑に処され、夥しい火傷と半分炭化した遺体は10日間王都に晒されたという。
そう言えばヒヨコは記憶が戻った時なんて言ってたっけ?
勇者っぽい何かだったとか、聖剣を咥え並み居る敵を倒した気がするとか、……火に焼かれてローストチキンになったとか。
でも、これはおかしい。あのヒヨコは炎熱耐性があるから炎で死ぬはずがないのだ。
まるで別のだれかの記憶だ。
この共通点は何だ?
あのヒヨコはもしかして前勇者に何かかかわりがあるの?
そもそもあのお気楽ピヨちゃんともいうべきヒヨコが何故か復讐者という物騒な称号を持っているのだ。アンデッドなどが稀に持っている称号だと母さんから聞いた事が有る。そんな昏い感情を心に秘めるようなキャラクターではないのだが。
今度それとなく聞いてみるか。
でも、多分忘れているのだろうな。私に会う前の事も覚えていないみたいだし。
「きゅうきゅう(ヒヨコの事なんてどうでも良いのよね。奴はいずれアタシが締めるから、今はひと時の平和を謳歌するが良いのよね)」
「いや、何でトニトルテはヒヨコなんて掌の上みたいなことを言っているの?」
トニトルテは上から目線みたいな感じで背をそらして目の前に仮想ヒヨコいるかのように指を差すが、逆に私に対しては下から目線になっていた。
ヒヨコと違ってトニトルテやキーラも賢い子供達だが、どこか年齢相当のものを感じさせるのだ。ちっちゃいお子様感があって可愛いのである。だが、トニトルテもキーラも子供っぽいって感じだが、ヒヨコはバカっぽいって感じだ。
ある意味同レベルなのだが。
「それにしてもうちの町の町長さんを務めていたヒューゲル様がまさか皇女様と懇意にしていたのは初耳でした」
「ぬう、シュテファンの奴は私の事を誰にも言っていないのか」
「具体的にはお姉さまが一方的に尻尾振ってただけでしょう?」
「ぐぬぬぬ」
「何が有ったら、男は自分の盾、使えない軟弱者はごみ、私と婚約したいならまず帝国で最強を示してから私に挑めと豪語していた悪鬼羅刹のようなお姉さまが男に惚れるという状況になったのか理解不能です」
「そ、そんな人だったんですか?」
ラファエラ殿下のエレオノーラ殿下への評価が酷すぎて私も引き攣ってしまう。
「幼い頃からなんでも腕力で解決してしまう皇族最大の問題児と称され、恐れられていましたから。まともに相手に出来たのはアルトゥル兄上くらいでしょうか。両親さえ手に負えなかった位ですし。権力と武力に並ぶものがなく、ヴィン兄様は冒険者屈指の剣士と言われているけど、お兄様の剣はお姉さまに無理やり仕込まれたもので、そこから逃げる為にミロン先生に師事していたんだから。そんな無理やり相手をさせられ地獄の訓練を強いた結果、お兄様は冒険者有数の剣士と呼ばれるようになったのですし」
「そ、それは……災難な」
無理やり剣術の訓練に付き合わされた結果、帝国有数の剣士になってしまうってどういう過酷な訓練を課したのだろう?
「思えば………エリアスと良い、メルシュタイン家の皇族は失態続きね。エディ姉さまはまともな方なのに。両親の持つ優しい心を全部エディ姉さまが受け継いで残りの暴れん坊が妹と弟に」
「ちょ、エリアスと一緒にしないでよ」
「お姉さまは自分の胸に手を当ててもう少し過去を顧みてくださいな」
「……」
皇女様は取り敢えずうらやましいぐらい大きい胸に手を当てて、少し悲しげな顔をしていた。
そして自分の平らな胸を見下ろして若干悲しくなる。いや、私のお母さんは大きかったし、きっと大人になったら負けない大きさに成長するに違いない。
そ、そうだよね?私はお母さんを信じている。将来はきっと母のように皇女様方を越えると信じている。
「た、確かにちょっとはやんちゃだったが」
「アレがちょっと…………。12の小娘が単身で近衛騎士団を剣術の稽古と称して壊滅させて………。私もそれなりにやんちゃな方でしたけど、お姉さまがいたせいでおしとやかと言われていたくらいですよ?」
「そんな人をどうやってヒューゲル様は……」
近衛騎士団を壊滅させる12歳をどうやって?
私の知るヒューゲル様像はガラガラ崩れてきている。
真面目な町長さん
→実は腹黒
→真相はちゃらんぽらんな冒険者
→???
という知れば知るほどガッカリさせる人である。
「お兄様を連れ戻そうとしたお姉さまをしこたまへこましたそうよ」
「…戦闘ステータスはどう見ても殿下の方が高いように見えるのですが」
どうやったら抑え込めるのか謎なくらい高いステータスの皇女様である。
私の知る限り、この皇女様は人間なのに獣人である三勇士と同格なのだ。戦闘系スキルがあるから実際に戦ったらもう少し上かもしれない。三勇士に勝てるかもしれないステータス保持者を見たのは皇女様が初めてだ。
「最初に出会った頃は、ヴィンの取り巻きだと思って侮っていたし、最初に戦って負けた時も偶然だと認めてはいなかったんだ。酷くなじった筈だし、当時の私は苛烈でさぞ嫌われていた筈だ。だが、ヘレントルのダンジョンで私の部隊は失敗し、モンスタパレードで階層が壊れ深層で一人落ちてしまってさすがに死を覚悟したものだ。だが、シュテファンは一人で私を助けに深層に落ちて来たんだ。私でさえ敵わないと思った魔物の数の暴力をもたった一人で、数多の戦闘系以外のスキルや数々の低位魔法を使いこなし、制圧し、隠れてやり過ごし、私という足手まといを連れたまま一人で上へ戻るのに邪魔なフロアボスを倒し、深層から脱出したんだ。触れれば死ぬような紙装甲でモンスターを前に戦う姿に自分の弱さを教えられた気分だった。目に見える強さや権力で無理を通していたが、私はシュテファンのような強さを知ってしまった。弟やオークロード、武闘大会優勝者のフェルナンドや女神教の武装神官ユーディットなどといった我の強い連中や400年前の戦争の英雄がいて、気の弱そうなシュテファンをリーダーに置いている理由を嫌というほど理解させられた。以来、こう、目で追ってしまうのだ。それからクーデターで行を共にし、竜王陛下との間に同盟を取ってくるなど信じられない事を何度となく起こしていた。気づけば惚れていたという訳だ」
すさまじい長々しいのろけを聞かされてしまった気分だが、やってのけた事は人知を超えている。INT値が高さが、たくさん持つスキルを使いこなしているのだろう。魔法スキルは二つほどレベル10に達しているし、確かに勇者パーティにいれば必要な人材だったかもしれない。
「とはいえ、ヒューゲル様も嫌なら逃げるだろうし、嫌という事も無いでしょう。あの人は逃げ足が速そうだし」
と私は評する。
「ウチの姉のどこが良かったのかが謎だ」
「失礼な妹ね」
呆れるように溜息を吐くエレオノーラ殿下の姿は、本人が語るような乱暴者には見えなかった。きっと若い頃は怖かったのだろう。