4章6話 進化するヒヨコ
波の音を聞きながらヒヨコは目を覚ます。
「………ピヨ(知らない天井だ)」
目の前に広がるのは飾り気の一切ない、貨物室の天井だった。ジメッとしていて暗い部屋の中、波の音が聞こえるだけで何とも寂しい限りである。
背中には斜めに置かれている角材があり、ヒヨコはそこに寄りかかるように寝ていたようだ。
普段は立って寝ている筈だが、何でこんなアホなことをしていたのだろうか?思い出せないから、まあ、大したことはないのだろう。
ヒヨコは周りを見渡すと、貨物室にはいろんな荷物が置いてあり、大きな箱がゴロゴロと転がっている。
大きな木箱や鉄の箱、宝箱などが置いてあり紐で巻かれて、そこには持ち主の部屋の場所と名前が書いてあるタグがついていた。
皆似たような感じで置かれている。
ハッ!?
今気づいたが、ヒヨコの掛けている襷にも『514号室ステラ・ノーランド様』というタグがついていた。
「ピヨピヨッ!?(貨物扱い!?)」
いや、うっすら気付いてはいたのだ。だって、貨物室に寝泊まりしているのだもの。そうか、ヒヨコは貨物なのか。ヒヨコのぬいぐるみだと思われていたのだろうか?中に人が入る予定のかぶりものと思われていたのかもしれない。
「ピヨピヨ(そうか、ヒヨコは貨物だったのか)」
ふとヒヨコは神眼で自分のステータスを見るとジョブ欄が『愛玩動物』『競争魔物』『貨物』の3つが点滅するように入れ替わっていた。
「ピヨピヨーッ!(まさかのジョブが貨物!?貨物ってジョブなの!?)」
ヒヨコは戦慄した。早くここから出て行かねば本当に貨物にされかねないと焦燥感に従って、焦ったように走り出す。
だが、貨物室を出入り口のドアを開けた矢先、大きな揺れが起こる。ヒヨコがあまりの揺れの激しさに転んでしまう。
すわ、地震か!?
いやいやいや、地震が船に起こるはずがない。船に地震が起こらないという自信はあるぞ。地震だけにな!つまり海震である。なぜならここは海だから!海震であることに地震はあるぞ。
????……‥自分で何を言っているのか分からなくなってきたぞ。
自信の事を語っている地震の言動に自身がなくなってきた。
しかしこの揺れの原因はきっとそう、海が揺れているのだ!
カンカンカンカンッ
突然、甲高い金属音が鳴り響く。
『緊急連絡!緊急連絡!只今、シーサーペントが強襲!外に出ている乗客は至急船内まで避難してください。また船が揺れますのでお客様は近くの手すりにお捕まりください。船舶護衛団討伐準備を。繰り返します。只今、シーサーペントが強襲!……』
警報と共に船内放送が船内に走る。
ピヨピヨリ。シーサーペント?
「ピヨ………(やはりな!シーサーペントだと思ったわ!)」
クワッと目を開くヒヨコだが、一度周りを見渡し誰も聞いてなかったことを確認すると、知っていたよと言わんばかりにウムウムと頷く。
そ、そう、海震とはシーサーペントが強襲したことを差すのである。今、ヒヨコが決めました。異論は受け付けません。
間違っていると?べ、別にアンタの為に間違えたわけじゃないんだからね!
おお、こういっておくと、知っていたのにわざと間違えたみたいだ。
素晴らしい。ツンデレって素晴らしい。
しかし、シーサーペントが強襲ですと!?
やっほい、ヒヨコの狩りの時間です。どんな味がするのか楽しみですなぁ。磯の香りのするウミヘビさん、ヒヨコは今からワックワクです!
という事でヒヨコは立ち上がり、再び外へと向かって走り出す。
***
ヒヨコが甲板に出るとそこには死闘が行われていた。
それは熱い熱い戦いだった。種馬皇子、残念皇女、女神官さんにイケメンオークさん、さらにはトルテまで加わり熱い戦いが行われていた。
「きゅうきゅうっ!(アタシがやっつけるのよね!)」
「あんなの私の魔法で瞬殺だし!」
「ここは俺の見せ場だろうが」
「折角の獲物を譲るつもりはない!」
「では、もう一度ね」
「「「「じゃーんけーんぽい」」」」
「「「「あーいこーでしょ」」」」
「「「「あーいこーでしょ」」」」
「「「「あーいこーでしょ」」」」
「「「「あーいこーでしょ」」」」
揉めていた五者による熾烈なじゃんけん大会が行われていた。
殺気が漂っている上に場違いなので近づきにくかった。
甲板周りでは悲鳴を上げて逃げる乗客や武装をした人達が船の縁付近で武器を構えている。護衛団の人だろうか?
ヒヨコは首を傾げてから、客室から甲板へと繋がる出入り口付近を見ると、手すりにつかまっているステちゃんを見かける。
「ピヨピヨ(ステちゃんステちゃん。何してるの?)」
ヒヨコはトテトテと走ってステちゃんの元に向かう。
「え?……いや、シーサーペントが襲ってきたらしくてヒヨコを助けに?」
ステちゃんは何故かロープの束をヒヨコに見せて教えてくれる。よく意味が分かりません。心配していただけるのはうれしいのですが、ヒヨコはさっきまで貨物室ですよ?あとロープがヒヨコの何を助けてくれるのだろうか?
「ピヨピヨ(ヒヨコにそのような加勢は無用ですぞ。ヒヨコの質問は彼らが何をしているか、という事ですが?)」
ヒヨコはちらりと熾烈なじゃんけん大会をしている4人+トルテを差して訊ねる。
「普通なら人生を諦めるような大物に絡まれてしまったというのに、乗り合わせていた人達が猛者過ぎて誰が魔物を倒すかで揉めてしまっているって状態だよ。船を沈められるほど大きなシーサーペントの強襲がある未来を予知したのに、誰一人死ぬ未来予知が無かったなんて……」
「ピヨピヨ(なるほど)」
ステちゃんは若干呆れた様子でじゃんけんをしている5者を眺めていた。
そういえば単騎で大物モンスターを倒せるような逸材なのが紅玉級冒険者だという。
彼らにとってはあの大きなシーサーペントもまた獲物なのだろう。ヒヨコ的にも獲物なのだが、何だか彼らの気迫が怖くて入っていけなかった。
シーサーペントは首を出して水の砲弾を口から放ってくる。
船は大きく円を描くように動いて水の砲弾をかわしつつ、ドカンドカンと大砲で打ち返す。
だが、シーサーペントは遠くから攻撃を仕掛けており届かない。
そして砲弾を詰め替えている時間を狙うようにシーサーペントは水中に身を沈めて船に襲い掛かる。
ゴオンと巨大な音を立ててぶつかり船は大きく揺れる。
船内の方から悲鳴が上がる。護衛団の魔導士が魔法を放つが威力が弱すぎてシーサーペントには全く効かなかった。
シーサーペントの体長は豪華客船と同等かそれ以上。大きさにしても船の上に乗ったら居住区が潰れるのではないかというほどだ。陸地ではこれほど巨大な魔物は見たことがない。長さだけならイグッちゃんをはるかに超える。基本巨大ウミヘビなので胴体の大きさはイグッちゃんの方が太いが、首の太さはシーサーペントの方が上だろう。というか全部首というか。
ステちゃんが言うように船の護衛団や武装では対処できていないのは目に見えて分かっていた。
シーサーペントは遂に船の近くに取り付いて、ヌラリと海から巨大な頭を出して、居住区へ向けて口を大きく広げる。破壊しようとばかりに巨大な水の砲弾を放ってくる。
「アイスウォール!」
だが船の手前で巨大な氷の壁が現れて水の砲弾を受け止める。
今の魔法の声はエルフのお兄さんの声だろうか。
「おーい、そこの5名。いい加減誰が倒すか決めてくれよー」
「魔力は無尽蔵ではないのだがな」
呑気な町長さんの声が甲板に響き、エルフのお兄さんは溜息を吐くような声が漏れる。
比較的好戦的でない彼らが防御役なのだろう。
熾烈なじゃんけんが続き彼らは一度時間を取って肩で息切れをしていた。
ヒヨコは町長さんとエルフのお兄さんのいる方へ合流する。
「ピヨピヨ(町長さん、シーサーペント倒さないの?)」
「倒したいのはやまやまだが、どいつもこいつも久々の実践を楽しみたいらしく、獲物の奪い合いが始まってしまってな。我らは誰が狩るか決めるまで防御役だよ」
「全くどいつもこいつもガキではあるまい」
エルフのお兄さんからすれば皆ガキみたいなものだろう。年齢差400歳以上だし。
「ピヨピヨ(まったくですな。ヒヨコのような大人になってもらいたいものだ)」
「「一番子供の筈なんだが」」
二人にダブル突込みを受けるヒヨコ。言われてみれば我が年齢は未だ0歳だった。明日になったら100歳くらいにならないだろうか?
※なりません。
「ピヨピヨピヨピヨ(それにしても手の届くところにシーサーペントがいるのに攻撃してはいけないなんていけずな話だ。ねえねえ、ちょっとだけブレスを吐きつけて良い?)」
「ちょっとだけって言われてもなぁ」
「奴らの攻撃の手が自分に向くかもしれんぞ?」
誰が敵なのか分からない言葉だが、意味はよく分かる。
たかが誰がシーサーペントを退治するかで殺気立たせてじゃんけんしている連中の方がシーサーペントよりもよほど怖いからだ。
「ピヨピヨ(ちょっとだけ、先っちょだけ。最後まで絶対に殺らないから)」
「それは最後までやらかす悪い種馬皇子の使う言い癖だ」
ちらりと町長さんは種馬皇子を一瞥する。彼がよくやる手口なのだろうか?ヒヨコは子供なのでよく分からない。ピヨリンコ。
ヒヨコ的にはイグッちゃんの<火吐息>を食らってから2か月、日々ブレスを練習してきたのだが、収束熱射線吐息を食らった時に炎の溜め方がどういう感じで練り込んでいるか何となく理解できたので試してみたかったのだ。
だが、帝都で練習すれば帝都が大火事になり、草原で練習すれば焼け野原となってしまう。というか大地がマグマ化してしまうのでやりたくてもできない。
海に来たら試したかったのだ。広い海にピヨピヨーと叫んでもご近所迷惑にならないようなので、海をちょっと燃やすくらいなら誰も文句は言うまい。そこそこ大きい標的に向けてブレスを吐く練習ができるのは今がチャンスなのだ。
「ピヨピヨ(しめしめ、じゃんけんはまだ終わってないな。ならばヒヨコがちょっとだけお試しで)」
甲板から船の縁まで行き、遠くの方へ移動するシーサーペントに向けてヒヨコは空気を吸う。
「ピーヨ、ピヨピヨーッ!(せーの、<灼熱吐息>!)」
空気をたくさん吸って腹の中でらせんの如き回すように魔力を練り込む。これまでとは比較にならないただただ熱を高めるものとははるかに効率が高く別格の高熱ブレスが出来上がる。圧縮してもはや気体さえも飽和状態になり腹の中がパチパチとはじけつつある。
それを一気に遥か奥に逃げたシーサーペントの方へと吐き出す。
だが、ヒヨコから吐き出されたのは思っていたのとなんか違う。
ヒヨコから吐き出された大きくて赤い丸っこい塊がポヨヨヨ~ンって感じで遠くにいるシーサーペントへと飛んでいく。
シーサーペントはと言えば面倒くさそうにそれを尻尾で叩き落そうとする。まるで近くを飛んでいる蚊を追い払おうと軽い気持ちで手をパタつかせるような感じで、尻尾がヒヨコの吐いたポヨヨヨ~ンをひっぱたく。
だが、その赤い丸に尻尾が触れた瞬間、すさまじい爆音が響き渡り、天と海を赤に染め上げる。
膨大な熱波が船を襲い、船が横倒しになりそうなほどだ。
や、やっべえ。
小規模な灼熱吐息を撃ってみようと思ったのに、違うブレスが出ていた。むう、イグッちゃんのブレスにはまだ遠いという事か。
とはいえまさかの失敗作でもここまでの威力とは恐れ入る。
『ピヨは火吐息のスキルレベルが上がった。レベルが7になった』
という神託が降りる。
火の吐息LV7ではまだまだこの程度という事のなのか?この要領でやればこのくらいはできるという事なのかもしれない。コツがあるのだろう。
火炎吐息は今回のように腹の中で圧縮するのではなくグルグルと腹というか肺の中の魔力で温めた熱とは異なり温めた熱を口から垂れ流すだけなので、吐き方が異なるのだ。
それにしてもまだまだイグッちゃんの域には達していないのに、船で使っていいブレスではなかった。威力を抑えなければ船が熱波で窓ガラスが割れていただろう。
危ない危ない。
透明ガラスは弁償額が半端ないのだ。
ヒヨコが冷や汗をかいていると、爆発によって霧に隠された海の奥から、ポコポコと死んだ魚が浮かび上がってくる。
煮魚~爆裂風味~になってしまっていた。
ヒヨコの吐いた仮に<爆炎吐息>と名付けよう、それの被害者の皆様方が死んだ魚のような目で海に浮かんでいた。いや、そもそも死んだ魚だった。
ヒヨコ的にブレスはお腹さえすいていなければいつでも吐ける意外とお手軽技で、魔法と違って燃費が良いのだ。しかし、このブレスは頻繁に使えるブレスではないなぁ。
体力的な点よりも自然破壊的な観点としてだ。
ヒヨコは満足して戻ろうとすると、最後に大きな波と一緒に煮蛇~爆炎風味~になって首のちぎれたシーサーペントが浮かび上がってくる。
「ピ~ヨヨ~?(あれれ~、おかしいぞ~?何だか見覚えのあるシルエットが浮かんできたぞ~)」
ヒヨコの勘違いだろう。遠くて遠近感がおかしいが、きっと船程大きいシーサーペントではなく似たような奴が近くに泳いでいたに違いない。
ピヨピヨリ。そう、よくある勘違いに違いない。
ヒヨコはシーサーペントの死体を背にして貨物室へと逃げようと、否、去ろうとしている最中、ワシッと何者かに頭を握られて動けなくなる。
「きゅうきゅう(ヒヨコ。抜け駆けは許されないのよね)」
「誰が倒すかじゃんけんをしているうちに倒すだと?」
「許すまじきは抜け駆けよ」
「人としてやってはならない事があります。女神様に祈りを捧げなさい」
「王国の前に鳥と戦争をすることになりそうね」
タジ……
ヒヨコは頭をブルブルと振ってその手から逃れると、何だか怒り狂うのを必死で我慢している五者が凄まじい迫力でヒヨコを見下ろしていた。
ヒヨコは後退る。凄まじい殺気がヒヨコを襲う。トルテを先頭に1匹のドラゴンと4人の人間がヒヨコに怒りを向けてゆっくりとこちらへと歩いてくる。
「ピヨッピヨピヨピヨピヨピヨピヨ(待ってくれ。シーサーペントを殺したのはヒヨコとは限らないのではないだろうか?そう、ヒヨコの推理を聞いてくれ!犯人はこの中にいる!そう、沸騰した海の藻屑となったシーサーペント、つまり海を沸騰させるような魔法、あるいはブレスを使えるものが犯人に違いない。そう、犯人はヒヨコです!あれ?)」
ピヨピヨリ。
ヒヨコは慌てて逃げ出すが、カパッと口を開けるトルテはすかさずサンダーブレスを吐きつけてくる。
ヒヨコは体をしびれさせて地面に倒れる。ヒクヒクと体が痙攣していた。
「きゅう(また、つまらないモノに浴びせてしまったのよね)」
ヒヨコはもはや逃げることもかなわず、手羽先を伸ばし、ダイイングメッセージを書く。
『はんにんはトルテ』と書こうとしたが上手く書けていない所でガクリ崩れ落ちる。
だが、追手はまだ許していないようでゆっくりと近づいてくる。ああ、彼らが追いついてきた時、それがヒヨコの最期なのかもしれない。
最凶ヒヨコ伝説 ~完~
諦めて目を閉じようとしたヒヨコの耳にファンファーレと共に神託が下りてくる。
『ピヨのレベルが上がった。レベルが50になった』
『ピヨはレベルが上限に達した。ピヨは次の姿に進化しますか?』
「……ピ……ヨ……!?」
すると力がみなぎってきて、体が自由に動くようになる。そして、何か別のものに変わるかのように体が熱く燃え上がるような感覚が襲う。
電撃で若干焦げ付いたヒヨコの体が光り輝き、それはまるで不死鳥が灰の中からよみがえるかのようにヒヨコはゆっくりと立ち上がる。
「ピヨピヨ!?(進化!?ついにヒヨコはヒヨコを卒業するのか!?勿論、進化します!)」
ヨロヨロとおぼつかない足取りで立ち上がる。体が赤く光り輝く。ヒヨコの視界にはちょろりと一本の羽毛が伸びているのが見える。そう、ついにヒヨコはヒヨコではなく鳥になったのか!?
「ピーヨピヨピヨ!ピーヨピヨピヨ!(フハハハハ!たかが獲物を横取りしたくらいで怒ってんじゃねーよ、小さい連中が!ヒヨコを捕えられると思うなよ!否、ヒヨコに非ず!今日からヒヨコは鳥!お前らなんかにつかまってなんてやらないのだ!)」
ヒヨコは5名の小童共を見下しながら笑い飛ばす。
「おーい、ヒヨコ。ちゃんと神眼で自分のステータス確認しておきなさ~い」
とかステちゃんが言っているが、愚かな事である。もはやヒヨコではないのだ。この漲るパワーを見よ!
ついにヒヨコは重力の支配から解き放たれ、空を舞う鳥へと進化したに違いない!この支配からの卒業!である!
「ピヨッ(あばよ!)」
ヒヨコは駆け出して船の縁を飛び越える。
今、大空へ!ついにヒヨコは鳥になりました!
最凶ヒヨコ伝説 ~完~
ヒヨコは大きな翼を広げ…………思ったより大きくないが、バッサバッサと翼を羽搏かせて空を……空を………
何故だろう?視界が下がっていくように感じるが?
ポチャンと水面に落ちた音が響く。
何の音かと聞かれれば鳥が海に落ちた音です。はて、どうして飛べぬ。まさかヒヨコの進化先はペンギン!?泳げとでもいうのか!?
ヒヨコは不思議に思って自分のステータスを神眼にて確認する。
名前:ピヨ
年齢:0歳
LV:1/100
種族:???(ヒヨコ+アホ毛)
性別:男
職業:貨物
なん……だと?
待て待て待て。ヒヨコはごしごしと目もとを翼で拭いてもう一度確認する。だが何度見ても同じだった。
種族が???(ヒヨコ+アホ毛)
アホ毛?
アホ毛である。
どこからどう見てもアホ毛だった。
では何か?目の前に見える羽毛が一つ大きくなった感じのコレは進化した結果だが、実はコレだけしか増えてないのか?
だが、困惑したヒヨコはさておき、船はプカプカ浮かぶシーサーペントの方へと向かう為、ゆっくりと動き出す。
捨ておかれたヒヨコは徐々に船に置き去りにされそうになっていた。
拙い!
ヒヨコは必死に水を足で掻いてパチャパチャと前に進もうとするが、船と同じ速度で進める筈もなかった。
「ピヨピヨー(待ってー、置いてかないで―。ヒヨコが悪かった。心改めます。だから許してー)」
ヒヨコは置き去りにされる未来を思いはせて涙を流して、必死に船に追いすがろうとする。しかし船はヒヨコが落ちたことに気付いていない様子だった。
パチャパチャと必死に水を掻く。
船がヒヨコの体から離れようとしたとき、上の方からスルスルとロープが垂らされる。
「さっさと捕まりなさーい」
ステちゃんの声が聞こえてくる。そういえばここに来るとき、ステちゃんは何故かロープを持っていた。ヒヨコを助ける為とか言っていたのはこの事か!
「ピヨー」
それはまるで天からつるされた蜘蛛の糸。ヒヨコは嘴でロープを咥え、さらに両足の爪でがっしりとつかむ。
そして爪を食い込ませながらロープで船の上にユックリと戻るのであった。
船の上にたどり着いてヒヨコは息切れをする。
「ピヨピヨー(ステちゃーん)」
ヒヨコは涙目でステちゃんに抱き着きに行こうとするがステちゃんはヒヨコの抱擁をひらりとかわす。ヒヨコはそこにピヨコロリと転がり地面に倒れるのであった。
「体を乾かしてからにしなさい」
相変わらずドライである。色んな意味で。
水で重たくなった体を起こしつつステちゃんを見る。
「ピヨピヨ(分かっていたのならせめて進化先が鳥ではなかったことくらい教えてくれても良かったのでは?)」
「事前に教えたら冗談だと思って否定するだろうし、進化し終わったら必ず神眼で進化先を確認するように伝えても「鳥は大空にはばたくのが忙しいので後で見よう」とか言い出していずれの未来でも勝手に海に落ちるから」
ピヨピヨリ
そういわれてしまうとヒヨコもなんだかそうするような気がして怖い。
ステちゃんの予知は恐ろしい。
「きゅうきゅう(ヒヨコ、さあ、雑談は終わったのよね。これからはお仕置きタイムなのよね)」
「可愛がってやるからこっちに来ると良い」
トルテが俺の背後に立ち、そしてイケメンオークさんが他の皆々様を連れて近づいてくる。
この後、ヒヨコの悲鳴が大海原に響いたという事だけを触れておこう。