4章4話 ヒヨコの飲み会~冒険者パーティ「銀の剣」を添えて~
豪華な部屋に2人の冒険者風の男が人間1人くらい入りそうな大きな箱を運びこもうとしていた。そんな怪しげな様子なのだが、ほほえましい感じに見られていた。
隣にヒヨコが同行しているからだ。
ピヨピヨピヨピヨとヒヨコが一緒に並んで歩いていると、怪しげな二人組の男が一転、なんだか楽し気な行列に見えるのだから不思議である。
2人は最高級スイートルームに箱を運び込む。そこには他に2人の男と1人の女性がいた。
「済まないな、皆。態々招集をかけてしまって」
怪しげな2人組の一翼、イケメン皇子が部屋の中にいる3人に声をかける。
「ふふふ、同窓会みたいなものね」
「構わぬ。久々の集合だ。同窓会をするには面子が一人足りないけどな」
「それは仕方ない。しんみりさせることをいうな、モーガンよ」
一人は僧衣を纏った神官の女性である。黄金の長い髪を肩口で左右に束ねている麗しくも優し気な表情をした女性であるが、錫杖には棘のある鉄球が鎖で括りつけられており武装系僧侶であることが分かる。美人であるが怖そうな雰囲気だ。女神官さんと呼ぼう。
もう一人は体長2メートルはありそうな豚鬼族の男。髪が長くオークにしては優男といった感じだ。オーク的にはブサメンの類かもしれないが人間的にはオークっぽくないイケメンさんにも見える。ヒヨコを真っ二つにできそうな戦斧とヒヨコをすっぽり隠せそうな大きな盾を背負っている。軽装気味であるが大きい盾を持つ重戦士のようだ。イケメンオークさんと呼ぼう。
そして最後の一人は女性とも見まがうような美しき吟遊詩人のようなエルフの男だ。緑の髪に緑の瞳、エルフっぽい感じのハットをかぶっており、背中にはギターのような弦楽器、腰には木の枝のような小さな魔法の杖と、いかにもエルフっぽい感じの装備である。彼の事はエルフのお兄さんと呼ぼう。
それにしてもエルフのお兄さんはどこか懐かしさを感じるのはなぜだろう。
ピヨピヨリ?
ヒヨコにエルフの知り合いがいただろうか?うーん、思い出そうとしても思い出せない。ヒヨコのインテリジェンスがちょっと低いらしい。
思い出しそうで思い出せない。これはあれだ。デ、デ、……デ、………ッ!
デネブという奴だ。そう、あれがデネブ、アルタイル、ベガ。君が指差す夏の……
………はて、何か全然違うものを思い出したような?
※勇者シュンスケ・オキタがアニメ『化●語』を鑑賞していた件について
「今回、集まってもらったのは他でもない。これから我らはこの箱を開けて、魔王との決戦になるかもしれない。俺の集められる最強の集団を集めたつもりだ」
真面目な顔でまるでこれから戦にでも行くような話をするイケメン皇子。この豪華客船を火の海に沈めるつもりか?
この箱の中に入っている人間というのは魔王か何かなのだろうか?
「いや魔王ではなく、お前の妹だろう?」
「腹違いの兄弟が多い中で唯一の同腹の妹を相手に何を言っているのよ」
冷めた目で突っ込みを入れるパーティメンバー。なんだ、魔王ではなく妹だったのか。妹も皇女な訳だし、なるほど、皇女を縛って罪人のようにして運び込むことが出来ないからこんなことをしていたのか。
だが、町長さんの顔色は優れなかった。
「とはいえ、なぁ。俺が帝国筆頭魔導士を相手に、何故に一人で勇者よろしく立ち向かわなければならなかったのだ。捕縛に命かけたのだぞ。隙を突かなければ返り討ちにされていたかもしれないのだからな」
町長さんはぶつぶつと文句を言う。どうやらこの魔王と呼ばれている妹さんを捕縛するために、決死の覚悟で戦いを挑んだ勇者は町長さんだったらしい。
「仕方あるまい。我が妹は俺の事を嫌っているからな。シュテファンの事は信用しているから、こう、上手くだまされてくれるかと」
「そんな簡単に騙されるような子ならば、そもそも勇者パーティへの帯同をする際に死ぬ気で私が止めていた。腹芸も利くし実力も優れているからこそ、送り出したんだ。大体、何で私がいつも面倒ごとばかり」
「仕方あるまい。一応、リーダーだからな」
「リーダー?奴隷の間違いだろう。くそう、師匠が生きていれば、こんな面倒な連中の面倒なんて見ないのに」
けらけら笑っているのはイケメンオークさんであるが、町長さんは苦々しくぼやく。冒険者で自由になりたいと言いつつ、この人、冒険者でも全然自由ではなさそうだ。
師匠とは誰だろうか?もしかしてこのパーティでお亡くなりになったのだろうか?
町長さんは存外、自由に憧れつつも人が良いのだろう。頭が回るせいでどうすれば一番いいのか早く察してしまうので、苦労する羽目になっている、そんな雰囲気があった。
「ところで、シュテファン。そのヒヨコは?」
「私がフルシュドルフにいた頃、ゆるキャラとして抜擢したヒヨコなんだが、どうも貨物で輸送されてるらしい。……何で?」
「ピヨ(そう、あれは1週間前の事、ヒヨコはとある魔物レースで優勝を果たし、北国リゾートの旅ペアチケットを副賞としてゲットしたのだった。しかし、ヒヨコは人間でないため、ステちゃんとトルテがペアとしてこの船に乗り、ステちゃんの所有物扱いなヒヨコは巨大貨物として貨物室へと運ばれたのだった。)」
「……魔物レースの勝利の代償で飼い主がペアチケットを手に入れたのに、勝者であるヒヨコ君は同行する際に貨物扱いだったらしい」
「そりゃまた災難な。それにしてもどこかで見たことあるヒヨコだな」
苦笑しながらもヒヨコを見るイケメン皇子は不思議そうに首をひねる。
「竜王陛下の挨拶の時にいただろう。うっかり城壁に登っていたヒヨコが。ブレスに吹き飛ばされたのに、何故か生きていたあのヒヨコだ」
町長さんは帝国放送映像を見ていたらしく、ヒヨコがひどい目に合った姿をリアルタイムで見ていたらしい。
「あー、いたいた。何でそんな場所にいたんだ?立ち入り禁止にされていた筈だが」
思い出したようにポムと手を打つイケメン皇子であるが、ヒヨコの行動を謎に思ったらしく、言葉が伝わらないくせに直接訪ねてくる。
「ピヨピヨ(ヒヨコはフルシュドルフダンスを練習する場所を探して帝都を散策していたんだが、そこで良い場所を見つけたんだ。『何人たりとも立ち入るべからず』と。つまりヒヨコの独占練習場だと理解した。ここでなら人の目を気にせず練習ができると思い、そこで踊っていたら突然イグッちゃんがヒヨコにブレスをぶち込んできたんだ。びっくりだ)」
「………何人たりとも立ち入るべからずとあった?………どうもヒヨコ君は人じゃないから自分だけの遊び場だと勘違いしたらしい」
「何故、ヒヨコがトンチを……」
「普通に立ち入り禁止にすればいいじゃねえか!誰だ、人間指定したの!くははははは」
呆れる様子の女神官さんであるが、隣のイケメンオークさんが大笑いする。
ヒヨコもおかしいとは思ったのだ。よく考えれば人間が立ち入り禁止ならヒヨコも立ち入り禁止のはずなのだ。危ないなら危ないと言ってくれればいいのに。おかげでイグッちゃんのブレスをもろに食らう羽目になった。
あの時はさすがに走馬灯が走ったぞ。キーラがヒヒーンとか言ってた。
「さて、そろそろヒヨコ紹介もそこまでだ。我らは魔王との決戦をするべく、この箱を開けなければならない」
あくまでイケメン皇子は妹を魔王と言い切っていた。そういうごっこなのかな?
「皆で頭を地につけて伏せて謝った方が良くないか?」
「元貴族なのにプライドがないなぁ」
町長さんはかなりビビっていた。そんな町長さんに呆れた様子を見せるイケメンオークさんであった。
「いざとなればミロン先生にビシッと叱ってもらおう」
「そういうならば彼女を捕縛し怒り狂わせる前に呼んで欲しかったのだが」
やんちゃな若者たちを前にして、エルフのお兄さんはうんざりした様子でぼやく。
恐らくこのエルフのお兄さんは見た目こそこの中で一番若そうな容姿だが、年齢は一番上のようだ。エルフは不老長寿なので、見た目では年齢が分かりにくい。
「ピヨピヨ(先生なのか?)」
「ふむ、この箱に入っている皇女殿下に魔法の手ほどきをしたのは私だ。ヴィンフリート殿下にも手ほどきをしたのだが、母親や妹と比べると出来が悪く頭も悪い脳筋でな。苦労させられたわ。今は自称魔法剣士(笑)だそうだ」
「ピヨピヨ(妹を箱に入れて貨物に押し込むような脳筋なのだから仕方ないだろう。阿呆剣士なのだな)」
「ヒヨコ君の言うとおりだな」
フハハハハと笑うエルフの青年。
「っていうか、先生といいシュテファンといい、普通にヒヨコと会話しないでくれるか?」
引きつり気味に訴えるイケメン皇子。ヒヨコと会話できない人間が少数派、そういう雰囲気を作りたいのだが。
「安心しろ。俺も分かっているぞ。獣人族は念話使いも多いからな」
グッとサムズアップするオークのお兄さん。ほほう、ヒヨコとディスカッションが可能な人がここにもまた一人。
複雑そうな顔をするイケメン皇子。女神官が励ますように彼の肩を叩くがどうやらヒヨコと語り合える人々の方が多いという事で権勢がどちらにあるか決してしまった。
しかし、こちらのエルフのお兄さんを神眼で確認したところ、425歳とエルフとしては中堅どころの年齢だ。確か、ステちゃんの占いのお店で転がっていた時、エルフはこの大陸有史以前の世界を実際に見てきた存在もいる長寿種族だと聞いた事が有る。
今のエルフ族の女王は1500歳ほどらしく世界樹と一体化して生きているのか死んでいるかもわからない2000年ほど生きているエルフもいたりするのだとか。
だが、このエルフのお兄さんには、凄まじい称号がたくさんついていた。いわゆる英雄という奴なのだろう。邪神討伐者とかすんごい称号持ちである。
スキルの数も町長さんほどではないが豊富で、その一つ一つのスキルはほとんど極めている。大賢者という称号は伊達ではないらしい。魔法系ステータスはかつて見た中ではヒヨコといい勝負だろう。
っていうかむしろヒヨコ、エルフと互角って凄過ぎない!?
「よし、じゃあ、開けるぞ」
恐る恐る町長さんが箱を開けるとそこには眠り姫のように美しい女性が目をつぶっていたのだが……
光が入った瞬間、女性の目がクワッと開き、グルグルにまかれた鉄の鎖を力で引きちぎる。尋常の輩ではなかった。
見た目が眠り姫だったのに、一転してバーサーカーへと進化する。酷い進化だった。
「このくそ兄貴―っ!」
中にいたお姫様っぽい女の子がヒヨコの背後にいるイケメン皇子へととびかかる。
グサッ
そのイケメン皇子の近くにいたヒヨコが彼女の方を向いた為、飛び出したお姫様は自らヒヨコの嘴に頭をぶつけてしまう。ぶつけるというか額にヒヨコの嘴が突き刺さったのだ。
お姫様は頭から血を噴き出して、目を回してそのまま再び箱の中に仰向けに倒れるのだった。
「ピ……ヨ?」
女の子がしてはいけない蛙が仰向けになって倒れているようなポーズで箱に落ち、背後に頭を打ち付けて目を回していた。
町長さんのパーティメンバーは全員がいたたまれない様子だった。
「アレは痛い」
「飛び起きたらヒヨコの嘴に頭が刺さるとか…」
「お、おーい、大丈夫か、ラファエラ」
頭から血が流れていた。これはいかん、女の子の顔に傷をつけてしまっては一大事。
「ピヨピーヨ(フルヒール)」
完全回復の魔法を唱えると怪我がみるみる治って傷跡一つ残さずきれいになるのだった。
それにしても、箱から出てきてジャジャジャジャーンといわんばかりに、兄にとびかかるとは驚きのお姫様である。
「ピヨピヨピヨ(帝国の皇族というのは変な人ばかりなのかな?)」
「気持ちは分かるが下の4人がおかしいだけだよ」
「上の2人は立派な人たちだから安心していい」
ヒヨコの不安を取り除くように町長さんとエルフのお兄さんが皇族のフォローをするが3分の2の皇族がおかしい事を肯定しているので、あまり不安が取り除かれることはなかった。
ところでこのやんちゃそうなお姫様は大丈夫なのだろうか?ヒヨコの嘴は結構鋭いのだが。そんじょそこらのエクスカリバーなんぞ目じゃない程の嘴。つまりヒヨコカリバーと言っても過言ではないぞ?
ヒヨコは箱の上蓋を横に蹴り、倒れているお嬢様を上からのぞき込む。
宮廷魔導士っぽい服装をしており、銀髪に青い瞳をした美女だった。年齢は20歳前後だろうか。たしかにイケメン皇子の妹らしく、可愛いというよりは美形のお姉さんだ。
目を開けたまま気絶しているようなので、ヒヨコはそっと目を閉じてあげる。
はて、この女性、ヒヨコは何故か見覚えがあった。
知り合いだろうか?懐かしさを感じるが全く思い出せない。
言われてみればヒヨコの記憶はステちゃんと出会う前がうろ覚えである。ステちゃんが言うには賢さが足りないらしい。賢さが高くなったのはステちゃんと出会う直前位。恐らく人間達との戦争で多くの人間を倒して経験値がたくさん入ってレベルが上がったからだと思われる。
つまりそれまでは人間でいう所の2~3歳くらいだったのだろう。そんなヒヨコも年を取れば赤子の頃の事は忘れてしまう。頭を打って記憶喪失になっていたのだとすれば尚更だ。
もしかしたらこの美女とも知り合いだったのかもしれない。
だが、こんな美女の知り合いがいてヒヨコが忘れるだろうか?いや、忘れまい。ステちゃんのような貧相な少女ならばともかくこんなにも豊満なのだから。
「ピヨ(で、この女の子が魔王なの?勇者ヒヨコに討伐依頼か!?というか意図せず討伐してしまったのだが)」
「魔王はノリだよ。彼女はちょっと無茶を言うから帝都から離しただけ。その無茶をやろうぜと言って、派閥が出来てしまったら、折角すんなり決まろうとしている次期皇帝の選定会議が難航するからね。同じ母親を持つ兄君でもあるこちらの種馬皇子、じゃなくて、ヴィンフリート皇子の命令で、我々が捕縛して帝都の外に連行したという訳だ」
町長さんは若干ぼやかせて言うが、つまり皇帝の選定会議があるので厄介なじゃじゃ馬皇女と種馬皇子を帝都から離してしまえという話だな。それならわかる。
そしてこの皇族はどちらも馬なのだな?
「彼女は帝国最強の魔導士でもあるからな。しかも武闘派に人気が強い。女帝として戴くべきという声も多い。何せ英雄だからな」
「ピヨピヨ(英雄?)」
「男装してラファエルという名で勇者と共に悪魔王討伐の旅に出ていたんだよ。あの子は幼い頃から、私がアルバと共に歩んだ冒険譚を好んで聞いていたからなぁ」
「ピヨ?(アルバ?)」
そこでちょっとした昔話をしてもらったのだが、このエルフのお兄さんは400年前にアルバ・ゴブリスという英雄と共に、邪神大戦で邪王カルロス・メシアスや邪神を倒した一団の一人らしい。妖精賢者という二つ名を持ち、戦嫌いのエルフ族から唯一派遣された魔導士として最前線で戦っていたとか。
アルバ・ゴブリスとは最弱種族ゴブリンとして生まれ、進化に進化を繰り返し、小鬼から鬼神となり鬼の国を作った存在だ。初代鬼人王であり鬼神王とも呼ばれ、鬼族達全てからあがめられていたそうだ。
北部のあらゆる種族が住まう大都市ダエモニウムを作った存在でもあるらしい。
邪神大戦において悪役となるのがメシアス王国である。この国は邪王カルロスが台頭すると同時に、大陸を征服しようとし、何度となく異界の魔獣を呼び寄せて多くの国々を滅ぼしていたらしい。
最後、メシアス王国は邪神と呼ばれる存在までも呼び出し、アルバ・ゴブリスは全ての種族を束ねて戦争を起こした。
俗にいう邪神大戦、別名・第二次世界大戦である。ちなみに第一次世界大戦は初代勇者とも呼ばれている異世界の勇者が魔神アドモスとの戦いで起こした戦争でもある。
邪神大戦において邪神と邪王を討ち取り勝利したのがアルバ・ゴブリスという英雄である。ゴブリンが人間に忌み嫌われていた時代が覆り、鬼族が人権をこの世界で勝ち取った日でもあるとか。
ダエモニウムには有史以前から魔族と呼ばれていた存在が人類として多く存在しているらしい。
そんな英雄と共に歩いたエルフのお兄さんの武勇伝を聞かされて育った皇女様が目の前の魔王様だそうだ。
「ピヨピヨ(じゃじゃ馬皇女になったのはあんたが原因じゃ…)」
「妾妃になったディアナに頼まれていてな。こいつらの母親は俺が育てて、帝国の学園で優秀な成績を治め、皇帝陛下に見初められたのだが、脳筋種馬皇子と暴力じゃじゃ馬皇女の人間性まで変えるのは無理というもの」
盛大に溜息を吐くエルフのお兄さんは疲れた様子だった。よほど疲れる皇子達だったのだろう。
「で、やんちゃ皇女はどうするんだ?」
とイケメンオークさんは困った様子で尋ねる。
「ピヨピヨ………ピヨッ!?(箱に入れるなんて……ハッ、これが本当の箱入り娘!)」
「そんなうまい事を言わなくても」
「脳筋よりヒヨコの方が知的だったのか」
「知っていたけどね」
ヒヨコの言葉にオークのお兄さんとエルフのお兄さんと町長さんがうなずく。
「おーい、何、ヒヨコと仲良く話してるんだよぉ」
イケメン皇子が不満そうに町長さん達に文句を言う。女神官も少し膨れていた。ヒヨコと話せなくて疎外感があるらしい。
ヒヨコのウィットにとんだギャグが分からないなんて人生の半分くらいを損していると思われる。
「それにしても魔力を抑える呪いの掛かった鉄の鎖に魔力を封じるミスリルの箱、それで尚、鎖を壊して襲い掛かるとは……」
グイッと額の汗を拭うイケメン皇子であった。
「ピヨ!(よし、気を取り直して我らは豪華客船を満喫でもするか)」
「うむ。久しぶりに飲むか。良い感じのバーがあったぞ」
「そうね、ミロン。久しぶりに貴方の音楽が聴きたいわ」
「魔導士に音楽を頼むなど人間は酔狂だな」
「じゃあ、そういう事でヴィン。妹は自分でどうにかしろよ。俺達は久しぶりに飲んでくるから」
「ピヨヨ~(じゃあね~)」
ヒヨコが翼を振りつつ、イケメン皇子の部屋のドアノブに脚をかけて回して開ける。そうすると皆がついてくるのであった。
「え、俺だけ残されるの?ちょ、妹の世話なんて無理、無理だからー」
ぐったり倒れているお姫様と、イケメン皇子の嘆きの声を無視して、町長さんパーティWITHヒヨコの5名はその場から迅速に逃げ出すのだった。
***
イケメン皇子を除いた元紅玉級冒険者たちの同窓会は豪華客船のバーの中で行われていた。
「ピヨピヨ~」
ヒヨコは椅子の上に尻を置いて皿に置かれたビーフジャーキーを口に入れて舌で転がし、美味に翼パタパタさせて喜びを体で表現する。
歯がないから噛めないけど、匂いが芳しくて美味しいのである。ヒヨコは鼻があまり効かないのでマトンくらい臭い方が美味しかったりするがビーフはビーフで凄く芳醇な香りなのだ。ここのジャーキーはとってもスモーキー、ヒヨコ的には星2つというところだ。
読者さんもそろそろこの作品に星5つ与えてもいい頃だろう。
ピヨピヨリ。今ヒヨコが何故か変な事を考えていたが、何だったのだろうか? 電波でも受信したのだろうか?
※その電波は作者からだと思われます。気にしないでください。
「ミロンはこの数年何をしてたの?」
元紅玉級冒険者パーティの紅一点、女神官さんがエルフのお兄さんに尋ねる。
「ラファエラが15を迎えてからは教育係が不要になってな。実家に戻っていた」
「うわ、エルフの森?遠いじゃない。でも戻って来たんだ」
「勇者の話を聞いてどのようなものかと見物に出たのだが、既に時遅しでな。向こうは情報も遅いし疎くてかなわん。女王様にも会えなかったのでな。残念ではあった。」
「定命の我らとでは生きている時間が違うからなぁ。そういうお前さんはエルフだとせっかちだと言われていただろうに」
イケメンオークさんは呆れるようにエルフのお兄さんを見る。
「ピヨピヨ(折角の不老長寿なんだ。生き急ぐものじゃないぜ。長く生きれば美味い酒美味い肴と出会おう)」
「生後0歳のヒヨコに400歳の俺が人生を諭される日が来るなんて」
「まあまあヒヨコ君も今日は飲みたまえ。さすが豪華客船。良い酒が並んでいたぞ」
「ピヨピヨ」
町長さんにヒヨコの手元に置いてあるグラスにワインを注がれて、ヒヨコはワインをチマチマと飲む。どうせ入れるなら皿に注いでくれないとヒヨコの嘴が届かない。
「モーガンはどこに行っていた?」
「3年前に獣王連邦に行って獣王陛下の下で勇者と戦ったがな。あれは強かった」
「王国の勇者は本物だったのか?」
「ルークという若造だが実力は本物だった。奴は手加減し、出来るだけ敵を殺さぬように振る舞っていたな。人間族が獣人の故郷を荒らさないように魔力のこもった闘気の刃で、山間に地平の果てまで続く谷を作っていた。先日の竜王陛下にも劣らぬ大技だ。時代時代に現れる本物の勇者とは違うのだと思ったものだ」
「アルバに劣らぬ猛者だな」
エルフのお兄さんは勇者のやらかした事に驚いた様子でうなずく
「フルシュドルフの川の流れが大きくなって1年ほど治水工事をする羽目になったのはそれか」
痛々しそうに町長さんは頭を抑える。そんな余波があったのか。
どこのバカなのかは知らぬが、川の流れをかえる攻撃はやりすぎだと思うぞ?
「とはいえ、勇者はそれで王国軍をそれ以上進めないようにしていた。恐らくは獣人の国を攻めるというのは勇者も不本意だったのだろうな。獣王陛下が悪魔王に屈していなければ、我らも勇者と共に戦いたかったものよ。共に戦えた皇女殿下には少々嫉妬するな」
「あの獣王が屈するほど悪魔王は強力だったのか?」
「先に屈したのはダエモニウムの鬼人王だ。だが、勇者も悪魔王並みの怪物だった。だからかな。あのお人好しの勇者が王国に騙されて処刑された聞いた時、そういう終わり方もあるだろうなとは思ったものだ。だが、今思えば獣王国は悪魔王側でよかったかもしれんな」
モーガンは目を瞑り唸る。
「良かったと?」
「勇者と共に戦っていれば、とっくに王国と全面戦争に突入だったろう。勇者は敵でありながら良き英雄であった。その英雄が邪魔になり殺した王国、もとより王国嫌いの獣王国が盟友を謀殺されれば戦う以外に道はない。どちらかの国が滅びるまで戦うしか無かったろう」
「たしかに、獣人はそこらへん律儀だからなぁ」
呆れるようにぼやく町長さん。
「ピヨピヨ(肩肘張らず、ヒヨコのように楽しく生きればいいのに。面倒くさい奴らだなぁ。だが、仕方あるまい。ヒヨコには張る肘はないからな)」
「まったくだ」
呵々と笑うイケメンオークさんはヒヨコの前に置かれた皿の上にエールをなみなみと注ぐので、ヒヨコは嘴から舌を伸ばしてピヨピヨと酒を煽る。
「シュテファンは貴族やっていたんでしょ?」
「うははは、うるさい連中の余計な茶々入れをこれ幸いにと辞めてやったわ。『私が罪を疑われるのは、日頃の行いが悪いが故。貴族の資格なし。爵位を陛下に返上致します』とな」
「爵位を保持して、太守代行のみ辞職し、年金だけでも貰えばよかろうに」
「国の為にならぬ者に金など必要あるまい。俺はやっと自由になれたのだ。フリーダム万歳」
「ピヨピヨピヨピヨ(フリーダム万歳)」
「そういう不真面目を装いながら、真面目君だから生きるのが面倒なのよね、シュテファンは」
「全くだ。むしろ国の足を引っ張ってる貴族が大勢いるのに不真面目な自分が貴族などおこがましいなどと言ってしまっては、他の貴族の面目も立たんな」
「俺の事なんでどうでもいいだろ。それよりもユーディットは………まあ、良いか。ヒヨコ君、最近調子はどうかい?」
町長さんは女神官を一瞥してからやはり辞めたとばかりに手を振って隣のヒヨコを見る。
「ちょっと待ちなさいよ。何故スルーするの!?」
女神官さんは憤った様子で町長さんを睨む。
「パーティを解散した時に『結婚して家に入る』と宣言していたが、未だに結婚するという話は聞いてないからな」
「シュテファンは気を使ってくれたのだからそこはスルーする所だろう」
「ま、まさか縁談でもできたのか?」
イケメンオークさん、エルフのお兄さん、そして町長さんも戦慄する。
ヒヨコはピヨリと首を横に傾げさせる。女神官さんの見た目はどう見ても綺麗なお姉さんである。縁談の一つや二つあってもおかしくなさそうだが。
「ピヨピヨ(綺麗なお姉さんなのに何で縁談が無いか、ヒヨコは不思議に思いますが)」
「おっとさすがは勇者ヒヨコ君。ユーディット、ヒヨコ君は綺麗なお姉さんなのに縁談がないのは不思議だと首を傾げているぞ」
「ふふん、分かっているようね。しかし、中々、私に釣り合う男がいないから仕方ないのよ」
「ピヨピヨ(高望みをする。なるほど行き遅れの典型だな)」
「「「おおおお」」」
「このヒヨコ、勇者だ。勇者ヒヨコ!」
「私の知る伝説の英雄でもそこまでは口にしなかった。さすが勇者ヒヨコ」
「惜しむらくはユーディットが念話を使えない事だな」
イケメンオークさんとエルフのお兄さん、そして町長さんがヒヨコを褒め称えうんうんとうなずく。あれ?ヒヨコ、何か言いました?
「「「勇者ヒヨコと、亡きフェルナンドに乾杯」」」
「ピヨピヨー」
ヒヨコはワイングラスを口で咥えて持ち上げ、3人の男たちの捧げるジョッキにかちりと合わせて乾杯する。
「ちょ、何で私の話をしてたのに、ヒヨコでもりあがってるの!?」
女神官さんは3人の男たちに抗議をする。納得できぬと言わんばかりにエールのジョッキを乱暴にテーブルへ叩いて訴える。
「いやー、ヒヨコ君と会話のできないユーディットが可愛そうだってことだ」
「うむ。もはや友よ」
「かつてのアルバを思い出すな。このヒヨコ君には勇者の資質がある。というか伝説の勇者だしな」
男たちはうんうんとうなずきヒヨコの背をバシバシ叩く。だが、ヒヨコはやわっこいのであまり乱暴に扱われると壊れるのであしからず。
「良いか、男ども。結婚なんてしなくても生きていくことに困る事は無いのよ!」
「まあ、結婚など人生の墓場と言われているからな。態々、死ぬことはあるまい」
「ピヨピヨ(町長さん、それは結婚しない人と結婚できない人で意見が異なると思うぞ?)」
「そうよ!シュテファンは良い事を言うわね」
「シュテファンは逃げてるだけだろ」
エルフのお兄さんの言葉を聞くと、胸に刃でも刺さったかのように町長さんは苦しげな顔をして胸を抑える。
「ピヨピヨ(そういえば町長さんは独身貴族だったな?結婚しないのか?)」
「おっと、勇者殿はこんどそっちに切り込むか」
笑うオークのお兄さん。おや、切り込んではいけなかったのだろうか?
「女遊びをするでなく、だからとて男色という訳でもなく、縁談は腐るほどあったにもかかわらず独身。ヒヨコ君でなくても不思議には思うものよ」
エルフのお兄さんは笑いながら背中に担いでいた弦楽器を膝の上に乗せて音を奏でる。
そして、どうなんだ?と尋ねるように町長さんを見る。
「縁談はどこからか圧力が掛かって必ず潰れていたのだがな」
「本気でその縁談をまとめる気があるならば、そのような圧力で負ける男でもあるまい。どこからの圧力かも気付いている癖に」
「お前はそっち方面だけは初代勇者殿の再来とも言われるほどに弱いからな」
「放っておけ」
町長さんはそっぽ向いてエールを飲み干して、プハーッと酒臭い息を吐き、給仕さんにエールのお代わりの声をかける。
「ピヨピヨ?(もしかして町長さんの持つ変わった呪いが問題か?何だか珍しい呪いがあるけど。鈍化?血厄?よくわからん)」
ヒヨコはふと神眼を使って尋ねる。
そう、町長さんには呪いが付与されていた。鈍化と血厄という呪いだ。どちらもあまり聞いた事がないのでヒヨコ的には不思議に感じていた。
「ヘレントルの最奥にいたダンジョンマスター・邪眼王バルバロスの呪いをシュテファンが一人で肩代わりしたからな。神眼や精霊眼持ちがいたから、相手が邪眼使いだということが分り、邪眼に対してだけ破邪装備をしていたシュテファンが壁役となったんだ。まあ、邪眼王だから想定は元々していた。その結果、一人で厳しい呪いを受けてしまった。他のものは解除可能だったが、シュテファンだけは無理だったという訳だ。そして、邪眼王バルバロスを倒しても、教会に最高位の司祭に呪い祓いをしてもらったが呪いを打ち消すことが出来なかった」
「ピヨピヨ(なるほど)」
「それにしてもヒヨコ君が神眼使いというのは本当のようだね」
町長さんはエールをさらに飲み、何故かヒヨコを感心するように見る。
「ピヨ?」
ヒヨコは不思議そうに首を傾げる。
「鑑定は気配感知や魔力感知持ちからすれば、見られている事を察知できるんだ。精霊眼持ちのミロンのような目で見られても察知できる。だが見られた感覚が全くないというのは神眼のように特別スキルだけに限ると聞いた事があるな」
イケメンオークさんはそんな事をぼやく。
「ピヨ(ふーん、特別スキルねぇ。これ、知り合いが多く持ってるからそんな特別なものだと思ってなかったなぁ。ステちゃんもイグッちゃんも持ってたし)」
「竜王陛下と巫女姫様のご息女と知り合いって時点で何だかもうおかしいよね」
呆れるようにぼやく町長さん。
それは町長さんも同じなのだが。
「ピヨ……(それにしてもなるほど、呪いなのか。血厄なんて聞いた事がないが…たしか石化や老化、病厄や魔厄というのは聞いた事が有るが。石化呪いは石化になった人を固定する呪い、老化は人より早く年寄りになる呪い、病厄は病気が治らなくなる呪い。魔厄は魔力がなくなる呪い。でも血厄ってなんだろな?もうちょっと見てみるか)」
「見る必要はないよ。私も昔、血厄の呪いを受けた者を知っている。血の連なる者が死ぬ呪いだ。生涯、子を残せない呪い、人間の貴族ならば致命的だろう。それを受けながらも男爵位なんぞに叙勲されているんだからこの生真面目君が爵位を捨てたがるのも分かるだろう?」
と真面目な顔で音楽を奏でながらエルフのお兄さんは肩を竦め説明する。
「ぐははは。ある意味娼館に行けばやりたい放題なスキルだからな。子が出来ぬのだし」
「ピヨ(なるほど、故に独身貴族)」
イケメンオークさんはといえば笑い飛ばし、ヒヨコもウムウムとうなずいて見せる。
「おかしいな?何故か、うちの種馬皇子のようなとんでもなくダメ男みたいに落とされているような」
町長さんが情けない顔でぼやく。
イケメン皇子さんは種馬皇子さんと呼ばれる方が多いようだ。今度からヒヨコもそう呼ぼう。
それにしても珍しい呪いである。
それに呪いというのは魔法で解けるものだが解けていないのも気にかかる。呪いや魔法は神聖魔法LV6<呪魔法解除>で治るはずだが治らないとでもいうのだろうか?
神聖魔法LV6ならば確かに使い手は少ないが、貴族レベルならば使い手を探すのは難しくない筈だ。
ヒヨコアイで町長さんの呪いがどういうものかじっとりと見てみる。
『状態:呪い(血厄<己の血が後世に残らなくなる>、鈍化<AGIパラメータが10分の1になる>)』
と詳細が出ていた。確かにエルフのお兄さんの言った通りである。
普通に町長さんの足の速さは人間としては速いはずだが、どうやら英雄級のAGIを持っている超一流の冒険者だったようだ。いや、元々、ダンジョン攻略した英雄だったっけ。
それにしても教会で偉い人に解呪、恐らくは<呪魔法解除>をかけて貰ったのだろうが、
それでも治らないとなるとよっぽど強い呪いなのだろうな。どんな呪いなのだろうか?
さらにヒヨコアイで呪い状態を確認すると
『状態:呪い(血厄、鈍化)<邪眼王バルバロスによる邪眼の呪い。最大級の呪いが死によって強化された>』
と出ていた。
言われてみればこの手の呪いで10分の1になるというのは過剰だと感じたが、これは呪いが強いうえに死によって強化されたからか。
解くのは難しそうだぞって事らしい。
「ピヨピヨ(まあ、女遊びをする分にはとっても有益な呪いじゃないか)」
「何故、子供にそんなアドバイスを受けねばならないのだろうか?」
「確かにヒヨコ君は早熟のようだ」
「ピヨピヨ(いつもなら次は二次会だと言わんばかりにイグッちゃんに連れられてお姉ちゃんのいる店に行くのに、残念ながらここは船の上の健全なバー。お姉ちゃんのいるお店はないらしい)」
「そして早熟というか、もうオッサンが入っている」
「ピヨ?ピヨピヨ(イグッちゃんと行くお店では、ヒヨコはモテるのだぞ?ピヨちゃん可愛いと皆々様に愛されているヒヨコです)」
「それ以外にどう反応しろというのか」
「くはははは。まさかヒヨコが可愛い顔してエロい事を話していても、念話が使えないお姉ちゃんたちでは気付かないからなぁ」
ヒヨコの言葉にエルフのお兄さんもイケメンオークさんも大笑いしていた。
こうして豪華客船での夜は更けていく。