4章3話 船の中のヒヨコ
ステちゃんはレースが終わった翌日も占いの商売をするべく精を出していた。朝の恒例、フルシュドルフソングをヒヨコ&トルテはピヨピヨきゅうきゅうと歌いつつ、ダンスを踊るのだ。
小さい子供が一緒に踊り、ヒヨコ達は地域の人たちとも交流をしていた。
「あらあら、久しぶりねぇピヨちゃん。おかげでそのダンスも随分とメジャーになったわね」
「ピヨ」
今日は懐かしい人、かつてダンスを教えにわざわざ帝都からフルシュドルフに来てくれたアンジェラ先生が、ヒヨコ達のいる場所やってきていた。
今、ヒヨコ達は帝都に住んでいるので会おうと思えば会えたのだが、我らは貴族である彼の家に訪れるのは憚れるし、特に用もなかったのだが。向こうからわざわざ顔を見せに来てくれたらしい。
どんな人かといえば、端的に言えば女装した青髭のオッサンである。正直キモイ感じのオネエなのだけど、基本的に良い人だ。
そして、ヒヨコのダンスの師匠である。
この人の前ではヒヨコのレベル3の念話でも話が伝わらないのでピヨピヨのピヨちゃんなのであるが。
「アンジェラさん。フルシュドルフダンスって有名になったんですか?」
「あら、新聞を呼んでないの?帝都でも一番メジャーな新聞紙に載っているのよ?」
ステちゃんが興味を持ち、アンジェラ先生はどうやらそれを見せるために来たのか、2週間前くらいの新聞を見せてくれる。
『帝国中枢の村興し令が辺境フルシュドルフへ、そして再び帝都へ』
という見出しの新聞記事があった。2面目の下の方にではあるが、そこそこ大きく出ていた。記事の隣には踊るヒヨコの似姿が。
新聞をうんうんと呼んでいるステちゃん。
どうもアイゼンフォイアへ行く人たちがフルシュドルフにちょっと足を延ばして卵料理に興じる事があるらしく結構な商売になっているらしい。とはいえ、新鮮さが物を言う食べ物なので流通に向かないとか。もっぱらお土産は燻製ゆで卵とマトンジャーキーだそうだ。
フルシュドルフのマトンジャーキーはヒヨコの大好物である。その気持ちは分かるぞ。ジャーキーは正義なのである。帝都のビーフジャーキーもヘレントルのポークジャーキーも正義である。
「卵料理っていうとデリアの実家の店かな?」
ステちゃんは小首をかしげて懐かしい友人?の事を思い出しているようだ。
「ピヨピヨ(ヒヨコの布教活動がどうやら帝国中に広がっているようだ)」
「そんな活動をしていたのか」
ステちゃんはジト目になりつつもヒヨコの頭をワシャワシャと乱暴に撫でる。
活動自体は評価しているが、腑に落ちない、そんな感じなのだろう。
「ピヨちゃん、魔物レースにも出ていたのね。レースで勝つと踊るとか」
「ピヨピヨ(そう、ヒヨコの布教活動はこの国を覆うのである)」
「布教活動で国中に広める気みたいです」
「国中って……ピヨちゃん、この国がどれだけ大きいか分かっているのかしら?」
アンジェラ先生は頬杖をついてヒヨコの方を見る。
「一応、分かっていますよ。今度行く北国リゾートもノリノリでしたし」
「北国リゾート?」
「はい。昨日の魔物レース優勝の副賞が北国リゾート招待チケットなんです」
「あら、それは良いわね。うらやましいわ。私は叙爵の話があるから帝都から離れられないのよ」
「叙爵?そ、それはおめでとうございます。…で、良いんですか?」
ふとステちゃんは身内の不幸により爵位が下りてきた可能性が頭によぎったのだろう。
爵位なんて捨ててやるぜ~とか言ってる地元の腹黒元町長さんが言っていただけに不安になるのも仕方ない。
ステちゃんは祝辞を述べてふと言葉が濁る。
「ええ。元々、子爵家を継ぐ予定は無かったけど、芸術方面で認められて一代限りの名誉芸事騎士爵を授かることになったのよ。まあ、陛下からの恩情ね」
「恩情?」
「ええ。8年前かしら、芸術で生活をするには厳しく、意外かもしれないけど当時は冒険者をしていた時代ね。ヒューゲル殿程ではないけど北部で黄玉級冒険者をやっていたのよ」
ステちゃんが首を傾げ、アンジェラ先生が細かく説明をしてくれる。
意外どころか現役冒険者と言われても腑に落ちる筋肉なのですが。豪傑熊のアンジェロという二つ名があってもヒヨコは驚かないよ?
あと、黄玉級冒険者って在野のトップでしょう。
金剛は勇者級、紅玉は国に認められるような英雄級、つまり黄玉級とは一般冒険者の頂点だ。普通の人がたどり着ける頂点にいたのだ。立派な冒険者だったのだろう。
さすが先生である!
「その時に、北部で皇帝陛下の守りに雇われ、恩賞として帝都にファッションショップのできる土地を下賜されたのよ。そこから服飾デザインから踊りや歌謡などの大衆芸術で稼げるようになって冒険者を辞めたの」
「ああ、そういう理由でヒューゲル様とお知り合いだったのですね。私、ヒューゲル様が冒険者だったというのもこっちに一緒に来る途中に教わったので。多分、フルシュドルフ町民の大半がそれを知らないと思いますよ」
「本人が英雄の一人であることをあまり口にする人じゃないから仕方ない事ね。フルシュドルフもちょっと大変な事になったらしいけど、皇帝陛下の肝煎りとして収まったから悪いようにはされないでしょうし」
「え?何かあったんですか?」
「ヒューゲル様が逮捕されて太守代行がマイヤー侯爵によって派遣されたのよ。結構、酷い太守代行だったらしいけど、早い内にマイヤー侯爵が処罰され、メルシュタイン侯爵家の方から新しい太守を選定されて、今回の決着となったわ」
「????」
ステちゃんが首を傾げる。ヒヨコも首を傾げる。トルテも首を傾げる。
残念ながらみんな分からなかった。
「ああ、ごめんなさいね。貴族たちのやり取りは分からないものねぇ」
クスクスと笑うアンジェラ先生。貴族的には常識だったのだろうか?
「皇帝陛下は8年前の争乱で王妃殿下のメルシュタイン侯爵領に避難をしていたのよ。さっき言っていた北国リゾートで有名な土地ね。恩義がありその王妃の子であるエリアス殿下を次の皇帝にする予定だったけど、あの方がやらかしてしまったでしょう?」
「それは知ってます。まさに当事者だったので」
そう、我らはテオバルト君と町長さんというそのやらかされた側にいたのだ。トルテの件もある。ステちゃんは無関係なので一番巻き込まれた被害者だ。
「そうね。じゃあ、メルシュタイン侯爵家にどうやって恩を返すかという話に戻れば、今回の一件で帝都の要職を与えるしかないのよ。従来であればかの家のエリアス殿下の実家だけど、皇家が次の皇帝として育てることに失敗したともいえるから。陛下は自分が退位する事でエリアスの失敗をメルシュタインにもっていかず自分で取ったという事ね」
「なるほど。次期皇帝陛下を育てるのも大変って事ですね」
うーんとステちゃんは考え込む。
ステちゃんも皇子殿下をあまり知っているわけじゃないので何とも言えない様子だった。
ヒヨコはテオバルト君から教わっていたのでどうしようもなく自尊心の高い小僧だと知っていたが。
「そうね。あの温厚な皇帝陛下と野心のない優しい王妃様の下にどうしてあんな問題児が育ってしまったのか。周りの人間に問題があったとしか言いようがないとは思うけど、陛下もさぞ無念だったでしょう。思えばメルシュタイン領で殿下とお会いした頃からして少々プライドが高すぎる方ではあったから。エレオノーラさまも若い頃は傲慢で恐ろしい人だと聞いていたし、正妃の直系だとやはり周りが放っておかないからそういう風に育ってしまうのかもしれないわね」
「ああ、なるほど8年前の争乱に参加していたという事は皇帝陛下や皇子殿下とも見知っていたのですね」
ステちゃんはポムと手を打って理解する。それにアンジェラ先生もうなずく。
「話を戻せば、一応、次期皇帝の選定会議をこれからするけど、一度臣下には降りたけど、まだ仮の状態だったから、第1皇子殿下が玉座に戴かれることになると思われるわ。今回の事で対抗勢力はかなり減ったから問題はないわね。メルシュタイン侯爵家からも許可をもらっているし。だから新陛下の即位の際に恩賞の授与をやろうって感じなの」
「なるほど」
「まあ、第1皇子殿下が皇帝になるにはもう一つの理由があるのよね」
「ピヨ?」
他に親族がいないからではないのかな?
「今、アルブム王国が凄くきな臭いのよ。勇者様を偽勇者の汚名を被せて処刑したらしく、北部獣王連邦領へ攻め込んだり非常に荒れているのよ。内戦で色んな人が亡くなったらしいわ。近々獣王国から帝国に使者が来るとも聞いている位。オロール聖国はアルブム王国を破門したし、下手をすると王国と帝国の戦争になりうる状況なのよ。第一王子は王国と唯一国境を持つケンプフェルト辺境伯の孫でもあるから適任ともいえるのよね」
「物騒な話ですね」
「ええ。…………勇者を処刑するなんて王国も考えられないことをするものよ」
「でも、仮にも魔王を倒すような勇者が簡単に処刑されるなんて考えられないんですけど」
「ただ、聞いた話では勇者はかなり真面目で他人を疑う人ではなかったらしいのよね。恐らく簡単に騙されたのでしょう、と聞いているわ」
「ピヨ(迂闊にも牢屋に二度も入って危機に陥るどこかのドラゴンみたいな奴がいたものだ)」
「きゅうきゅう(迂闊な者代表のヒヨコには言われたくないのよね)」
「ピヨピヨ(代表だなんて照れるなぁ)」
手羽先を巧みに回して後頭部を掻いて照れている風なポーズをとってみる。
「きゅう~(褒めてないのよね)」
おかしいな?勇者を差し置いて代表になったのに褒められてないのか?
はっ、気付けば神眼で見えるヒヨコのステータスに迂闊者の文字が点滅している。女神さまに突っ込まれているのか!?なんて迂闊な!
「新しく即位式が行われるから王侯貴族は外に出れないのよ。ヴィンフリート皇子殿下やエレオノーラ皇女殿下といった方々は担ぐ人間が出ないように帝都から離れるらしい話を聞いていたけど。あとラファエラ皇女殿下は王国に攻め込めと煩いらしく皇族の悩みの種だとか」
「なんだか、帝国も不安定な事に今気づきました」
良い国だと思っていたのだろうか?
さんざん、面倒くさい貴族たちに振り回されてきたのに。ステちゃんも大概お人よしである。
「まあ、大丈夫よ。何も問題なく皇位継承はなされるから。楽しいバカンスに行ってらっしゃいな。良い場所よ、あそこは。」
「そうですね。折角ですし、楽しんできます」
そんなやり取りもあり、帝国も慌ただしい中で我等ヒヨドラバスターズWITHステちゃんは帝国最北の地メルシュタイン侯爵領の領都ヴァッサラントへと向かうのであった。
***
爽やかな潮の香りが広がり、波の音がざわめき、鴎の鳴き声が聞こえてくる。。
我らのヒヨコは豪華客船に乗って大海原を進んでいた。
帝都より出発したヴァッサラントへと向かう豪華客船が大河を下り、海へと出た所だった。鴎の歌声が聞こえてくるのもその証だろう。
帝都西部に流れる大河を下った豪華客船は、海路を北北西へと向けている頃だ。
搭乗した時に分かったが、まるで一つの城が動くかのよう大きな船だ。
しかもこの客船は帆船ではなく、魔導船だという。魔力を溜める事ができる魔導回路を用いることで、動き出しの時だけに水系魔法を操舵士が発動すれば自在に動かせる最先端の船だ。
ヒヨコの勝利によって得られた豪華客船ペアご招待券にてヒヨコは今、船の中である。
さすがは豪華客船、暗くてジメジメしていて、ムシムシしている。……全然豪華ではない。
何故だ!?
ヒヨコは愕然として周りを見渡す。
船の中、というか船の貨物の中である。
魔導灯のような明かりが点いていないので真っ暗なのだが、ヒヨコは暗い中で目を細めて頑張っていると、やがて目の前が見えてくる。
「ピヨ?」
どうやらヒヨコに暗視スキルがあった。夜中の狩りには幾分便利なスキルだと思ってたが、暗闇の中でも利くのか。
そもそもだ。
何故、ヒヨコの勝利の副賞チケットを使って北国リゾート海の旅ご招待なのに、客にヒヨコが含まれず、ステちゃんとトルテが豪華客船を堪能し、当のヒヨコは豪華客船の暗い貨物室に一羽でピヨリと立っていなければならないのだ。解せぬ。
ヒヨコは暗闇の中をピヨピヨと歩く。ヒヨコの目は闇夜をも見渡すのだ。薄暗い貨物室など何するものぞ。
仕方ない。豪華客船を堪能するためにはペットという愛玩動物チックな扱いを受け入れようではないか。プライドで豪華客船は堪能できぬのだよ!ウハハハハハ。今日からピヨちゃんはペットである。
ヒヨコは思い立ったが吉日とばかりに立ち上がり貨物室の入り口へと向かう。
すると入り口の方からガタガタと音が響く。おや、どうやら人がやって来たようだ。
「どうにか運び込めたな」
「全く、困った話だ。どうして密航させねばならないんだ」
「仕方ないだろう。まさか魔力封鎖の鎖で簀巻きにした年ごろの娘を人前で引きずっていくわけにはいかぬ」
「いや、現時点で既に、どう見ても犯罪者にしか見えないから勘弁してほしいんだよ、ヴィン」
「仕方ないだろう。父上がどこか遠くへ運べというのだから」
「だからって」
暗がりの中に二人の男が入ってきた。
話を聞くにどうやら誘拐犯のようにも聞こえる。誰かを簀巻きにして密航している風な証言をしていた。しかしこの船旅は10日ほどかかるという。10日も放置されたら誘拐された誰かも死んでしまうだろう。
ここは一肌脱がねばヒヨコが廃る。気配を消して、抜き足差し足ヒヨコ足。奴らの背後にソソソと音を一切出さずに移動する。
『ピヨは忍び足LV9のスキルレベルが上った。レベルが10になった』
パッパラパーというファンファーレが頭の中で鳴り響きビクッとなりそうだったが、ヒヨコは我慢する。カンストして逆に見つかる所だったじゃないか。危ないなぁ。
「よし、じゃあ、部屋まで運ぶぞ」
「はあ、何でこんなことに私まで…」
どこか聞いた事のある嘆くような声音が貨物室に小さく響く。二人の誘拐犯(仮)のような男たちが棺桶のような荷物を両手に持って持ち上げようとする。
「「せーの」」
「ピヨッ!」
悪漢の一人のケツを突く。
「いってーっ」
一人の青年が尻を抱えて前に飛んで転がる。
「ピヨピヨピヨピヨ(やいやい、このヒヨコの前で誘拐とはふてえ野郎だ。お縄につきやがれ)」
「な、なんだ、って魔物!?」
「ん?」
尻を抑えて涙目でこちらを見るのは20代半ばの銀髪の青年だった。服装を見るに貴族のようだが、騙されてはならぬ。きっと貴族のようにして入り込んでいる誘拐犯なのだろう。見た感じは高貴なイケメンに見えるが悪い奴は敵なのだ。むしろイケメンだから敵なのだ。
我が嘴に懸けて悪即ピヨを実行させていただく!
ヒヨコはステップを踏みつつピヨッピヨッと嘴を振る。
「ん?君はヒヨコ君?」
そこでもう一人の男が目を丸くしてヒヨコを見る。さっきからどこからで聞いた事のある声である。しかしヒヨコに誘拐犯の友人はいないのだ。さあさあ、お縄についてもらおうか。
「私だよ、私」
「ピヨ(私私詐欺には引っ掛からない。それがヒヨコスタンダード)」
「私だよ。シュテファン・フォン・ヒューゲルだよ」
「ピヨピヨピヨ?(むむむ、……おお、目を細めてみれば町長さんではないか!)」
「そう」
「ピヨ!(知り合いが犯罪行為に走るとは見てはおけぬ。ヒヨコが引導を渡そう!)」
「全然わかってない!?」
町長さんは頭を抱えて嘆く。ヒヨコが敵に回ることは悲しいかもしれないが、我らヒヨコは悪・即・ピヨの名の元にヒヨコは悪を倒します。
「何、魔物相手に遊んでんだ、シュテファン。構えないと危ないぞ。その魔物、どこかのバカの勝手に持ち込んだモンスターだろう!成敗するしかねえ!」
ヒヨコにケツを突かれた男は腰の剣を抜き構える。
隙のない良い構えだ。中々の剣士と見える。だが、ヒヨコにそれが通じると思うことなかれ。
「ピヨピヨピヨ(ほほう、人間風情が吠えよるわ。ヒヨコの恐ろしさを身に染みるほど味合わせてやろうぞ)」
ヒヨコは右の翼でこっちにこいと言わんばかりにクイクイッと招くジェスチャーをして相手を半眼で見据える。
「いやいやいや、ストップストップ」
町長さんは間に入ろうとするが、ヒヨコも目の前の剣士も止まるつもりはなかった。
剣士は剣を振りかぶりヒヨコへと襲い掛かり、ヒヨコもまた戦闘態勢に入り床を蹴る。
「いい加減にしないか!」
「フギャッ」
「ピヨッ」
ヒヨコと剣士が交差する刹那、横から飛んできた町長さんが、剣士とヒヨコの頭を掴んで地面に叩きつける。
「ピヨ(ひどい。ヒヨコの頭が悪くなったらどうするつもりだ)」
「いきなり何するんだ、シュテファン」
「とりあえず、ヒヨコ君。誤解があるから説明させてもらえないか?」
「ピヨ?(誤解?)」
「我々は皇帝の勅命を受けて、とある重要人物を帝都から離すために活動をしているんだ。これは冒険者活動の一環なのだよ」
「ピヨピヨ(いや、勅命と言えば何でも通ると思ったら大間違いだぞ、町長さんよ。ヒヨコはテオバルト君のように酷い皇族にいじめられた例を知っている。皇族何するものぞ!そもそも、さっきの会話は聞かせてもらったが少女を拉致してこんな貨物室に入れていたそうではないか。とはいえ長い付き合いだ。ヒヨコも悪いようにはしないから早くゲロッちまいなよ)」
「何故、私が犯罪者扱いなのだろう?最近、そんな扱いをされて若干トラウマ気味なのだが」
町長さんは頭痛を抑えるように眉間を手で押さえて溜息を吐く。
「何、ピヨピヨのヒヨコと話してるんだよ、シュテファン。そいつやばいぞ。体から発する闘気が只者じゃねえって訴えてやがる。恐らくは100年は生きるヒヨコと見た」
「いや、ヒヨコが100年ヒヨコな訳ないだろ。いずれ鳥になるから。0歳のピヨピヨのヒヨコちゃんだよ。私がフルシュドルフの町長をしていた時に村興しのマスコットキャラクターを任命していたピヨちゃんだから」
「ピヨ?」
「は?」
ヒヨコと剣士の男は互いに見合い、首を傾げてから町長さんを見る。
「こいつは皇帝陛下と大魔導士ディアナ・フォン・フリートベルクの間に生まれた帝国第二皇子、ヴィンフリート・F・フォン・ローゼンブルク。で、こっちはピヨちゃんだ」
「ピヨピヨ(もっと良い紹介はないのだろうか?伝説の勇者ヒヨコとか、嘴で竜王と互角に渡り合った偉大なるヒヨコの王ピヨ様、とかいろいろ言い方はあると思うが)」
「フルシュドルフのゆるキャラとして帝都にてフルシュドルフダンスを布教せしめた偉大なるピヨピヨのヒヨコだ」
「ピヨッ!?(なんか微妙に格が下がってる感じだ!?)」
フォローしてくれるのはありがたいが何だかどうでも良い感じである。
とはいえ目の前のイケメンは第二皇子か。噂ではあちこちで女を作っているダメ男だとか。冒険者をしていると聞いていたが。誘拐犯もしているのか?
「で、説明するとだ。誘拐と思われるのも仕方ない事だが、皇帝陛下の命令で一人の人間を帝都から離すために我々は帝都から拉致してその箱に押し込んで船に乗ったという訳だ。一応乗客としてチケットを買っているし船長も理解しているのだが、この中に押し込まれている人物も乗客として登録はしている。怪しいと思うなら船長に確認を取ってもらっても構わない。海に出るまで彼女を帝都に戻らせるわけにはいかなかったんだ」
「ピヨ(何だかとっても危険人物が入っているように聞こえるのだが)」
「その通り、危険人物ではあるね。怒らせたらさすがに私も手に負えない。とはいえ貴人だからね、迂闊に傷もつけられない。なので上手くだまして魔法封じで縛って、箱に詰めて船に乗り込んだという訳だ。隠れてコソコソしていたのは、あまりにも貴人なので縛って皆の目の見える場所で運ぶわけにもいかなかったからでね。端的に言えばこいつの妹なんだが」
町長さんはちらりとイケメン皇子を横目で見る。
当のイケメン皇子は胡散臭い様子で町長さんとヒヨコを見ていた。
「おーい、シュテファン。何で巨大ヒヨコに真面目に話をしているんだよ」
「彼はこう見えて賢いからね。助けになってくれる。……というより、何でヒヨコ君こそが貨物にいたのかの方が気になるのだが」
町長さんはヒヨコに聞いてはならないことを聞いてくる。
それは聞くも涙、語るも涙の話であった。