4章2話 逆襲のヒヨコ
今話はネタ回です。
ヒヨコは久しぶりにテオバルト君の元を訪れていた。
レースのある土日の前日である金曜日はトレーニングセンターでランニングをし、予想屋さんなどが調子を見る為のタイム測定会が存在する。
最初はトレーニングセンター自体が使えなかったので牧場で走っていたが、法廷で第三皇子らが追放されたので、2レース目以降では普通にトレーニングセンターで走っていた。
今日もヒヨコはトレーニングセンターでトレーニングをしていた。
ピヨピヨと野原を駆け回り砂漠を駆け、森の枝に足をかけてピョンピョンと飛び回りつつゴールを切る。
ヒヨコの脚力はずいぶんと鍛えられたものだ。高速移動も気付けばLV8まで上がっている。自画自賛。
テオバルト君もうんうんと走りっぷりを確認して頷いていた。
他の魔物たちも走っているがヒヨコほどではない。パワーはあれどスピードがヒヨコの走る速度とは異なるのだ。
「ピヨピヨピヨピヨ(どうよ、この走りを。キーラと同時出走しても勝てちゃうぞ?)」
「キーラは最近怠けてるからなぁ」
「ピヨピヨ(アイツは調子に乗ってるのか?)」
「う~ん、調子に乗ってるというよりレースをなめているんだよね。攻撃無しというルールなら成長途上でも怪我したりしないし普通に走れるから、随分速いし取り敢えず出走させてみたんだ。そしたら無敗でとんとん拍子に勝っちゃったからね。とはいえ、キメラより遅いと分かっているから出さなかったわけだし今の状況で慢心されてもなぁ」
「ピヨピヨピヨピヨ(キメラ君も案外早いからね。トルテを助けるときにヒヨコから逃げ出したけど、イグッちゃんに伸されるまで追いつけなかったし)」
無論、途中で人助けをしていたし、キーラを背中に乗っけていたから追いつけなかったというのはあるが。
べ、別にヒヨコはキメラ君に負けたわけじゃないんだからね!
「その倒されたキメラより速く駆けて、攻撃で吹き飛ばされて殺されたマグナスホルン、ウチで一番強かったキーラの兄なんだよ」
「ピヨピヨピヨピヨ(ほほう。あ奴に勝てるユニコーンがいたのか)」
「マグナスと比べたらキーラはまだまだお子様だ。でもキーラはマグナスに負けないくらい頭が良い。将来性は期待しているんだけど……今のままだとね。頭の良さが逆に悪い方向に出てしまう」
「ピヨピヨ(つまりヒヨコにガツンとやってほしいと)」
「いや、遊びで勝てると思われているから、レースをなめちゃってるんだよね。もっと上に出れば勝てなくなるのは分かっているけど上の方のレースはまだ戦闘禁止レースが少ないから出せられないし。今のまま出たら危険なんだよ。だから、今のうちにそこでピヨッピヨにしてやってよ」
「ピヨッ(おうよ)」
ヒヨコはテオバルト君のお願いによって久しぶりにレースに出ることになった。
ちなみにヒヨコの戦績は4戦4勝でその4戦目は新魔物戦のG1レースに勝利していて、新魔物戦の堂々王者である。普通は1月に1戦出るのだが、強い魔物は弱いレースでは手を抜いても勝てるので連戦することはよくある事だ。
テオバルト君の懐事情もあり、ヒヨコもキーラも結構連戦している。
あれから2か月くらい経つが、キーラはもう5戦している。かなりハイペースで連戦連勝しているので『アインホルン家復活か?』みたいに言われているらしい。
今度出場するレースは重賞G2レース『早くて安くて美味いオキタヤの牛丼新魔中距離グランプリ』で、ヒヨコにとっては5度目の出走にして、2度目の重賞レースである。
キーラにとっては初の重賞レースでもある。
ヒヨコは4戦目で丁度日程が合ったからG1に出場して優勝している。新魔戦には他にG1レースがないのでヒヨコこそが最も強い新魔戦で走ってる魔物と言えるだろう。
ただし、今度出走する新魔中距離グランプリは結構距離が短い。
1カ月前に走ったG1レースは長めだった。短距離や中距離だとちょっとしたトラブルで優勝を逃しうるので要注意である。
ところで、相も変わらず怪しげなスポンサー名が宣伝になっているレース名は辞めてもらいたいところだ。
いくらオキタヤの牛丼が帝国では500年続く老舗で、勇者がアドバイスすることで生み出された名店だったとしても、このレース名はひどすぎる。
何がひどいかって出場する魔物にバッファローとかいたらどうするんだ?勝ったのにどんぶりにさせられそうな気がする名前は辞めてやって!
***
そして翌日、ついにレースがやってくるのだった。
ヒヨコはノシノシと出場する入り口の通りを漢一羽で歩く。
かつてのヒヨコとは違うのである。もはや周りの魔物たちに一目を置かれていた。ヒヨコが歩くと周りの魔物たちも避けるほどだ。
そんなヒヨコの前に立ちふさがるのは一匹の青毛のスレイプニル。8つの足でたくさんの足音を立てながらヒヨコを上から見下ろす。いつの時代も威勢のいい奴がいるものだ。
「ヒヒーン(俺様を誰だと思ってやがる。お前らもたかがヒヨコ如きにビビってんじゃねえよ)」
強気の青毛の馬に喝を入れられるも、周りの魔物達はヒヨコにビビっていた。
「ぐるうぐるう(青い巨星の旦那、そうはいってもよう)」
「ブヒヒヒヒヒ(こいつはヤベー奴ですぜ、青い巨星の旦那)」
「クルッポー(キメラを蹴り倒したヒヨコなんて冗談じゃねえべ、青い巨星の旦那)」
「ヒヒーン(戦いは禁じられてるんだから構いやしねえ。どんなに強くても攻撃したら負けなんだからよ。俺は走りなら負けねえぜ)」
スレイプニル以外の魔物はなんだかんだでいかつい容姿をしていても、ヒヨコの雄姿に怯えているようだ。とはいえ、こういう連中に限ってレースだとあざとく勝ちに来るのである。
どいつもこいつも油断はできぬ。
ところでスレイプニル君、何気に喧嘩じゃないなら負けないみたいな台詞を吐いており意外と格好悪い。青い巨星の名が泣いているぞ?
「ピヨ(ヒヨコに勝てると?)」
「ヒヒヒーン(お前なんぞ右前足抜きでも勝てるわ。青い巨星と呼ばれたこの俺に勝てるかな)」
「ピヨピヨピヨ(赤い彗星と呼ばれるヒヨコに良い度胸だ。その喧嘩、買ってやるぜ)」
「ヒヒーン(いや、誰も赤い彗星とか青い巨星とか呼んでないよ?)」
青いスレイプニル君とは別のヒヒーンがやってきた。今日締める予定の白い仔ユニコーンのキーラだった。
「ピヨ?(キーラ如きがヒヨコ様に物を申すだと!?)」
ヒヨコの眉間にしわが寄る。…………いや、眉が無いから眉間じゃないけど。
「ヒヒーン(えー、だって…ピヨちゃんレースに何回出てるのー?僕の方がたくさん出てるよー)」
「ピヨッ(ヒヨコの方がグレード高いし。先輩だし)」
「ヒヒーン(レース数が多い方が先輩だもん。お兄ちゃんもそう言ってたよー。だからピヨちゃんが後輩なんだよー。やーい後輩後輩)」
ぬぬぬぬぬぬ、この小僧、否、小娘か。5連勝中だからと調子に乗りおって。
パサパサと尻尾を揺らしながらお高く留まるキーラがいた。ヒヨコは嘴をとがらせて小突いてやるかとも思うが、ここは走りで勝てなければ走り屋として負けた気がするので我慢なのである。
「ヒヒヒーン(ふん、5勝程度の小娘が、青い巨星たるにこの俺様に勝てると思うなよ。貴様のような白いユニコーンなどただの白い木馬も同じよ)」
「ヒヒーン(でも結局僕が一番だよー)」
「ピヨピヨ(もう勝手にしてくれ)」
勝手に馬同士でバチバチやりだしたのでヒヨコは欠伸をしてゲートの近くへと向かう。
時間になると、ファンファーレ(※京都阪神重賞ファンファーレ)が鳴り始め、ヒヨコたちはゲートに入ろうと動き出す。
ファンファーレに合わせてヒヨコは「ピヨピヨ」と合の手を入れる。
すると最後にパンパカパーンと入るところに「ヒヨコちゃーん」とファンから声がかかるのだった。
おやおや、ヒヨコのファンがファンファーレに合わせて声をかけてくれたようだ。
そこの合いの手を聞かされると今後すべてのファンファーレのラストがヒヨコちゃんに聞こえてしまうではないか。
とはいえ応援されるのは気持ちが良いので、ヒヨコはゲートに入った後も翼を観客の方に振って声援に応えていた。黄色い声援が帰ってくるのがちょっとうれしい。
どうやらピヨは人気者のようだ。
ガシャコン
アレッ!?皆、ゲートにつくの速すぎね?いつもはもたつくのに!?
ヒヨコがファンのみんなに手を振っていると、一羽だけ取り残して各魔物が一斉にスタート。
『さあ、各魔物一斉スタート。いや、違うようです!一番人気のピヨ、取り残されています。観客の声援に手を振って応えているところでスタートされたようですね』
『相変わらずの迂闊者っぷりにファンから笑いが漏れてます』
とか放送されていた。
ヒヨコは慌てて魔物たちを追いかける。
しかし、この出遅れからヒヨコの逆襲が始まるのであった。
即座に最後方につけて平原コースを走る。すると前にいるランニングバードとブラッドウルフがヒヨコの行く手を塞ぐように動きだす。
敵に尻を向けるとは、その無駄にでかい尻、突いてやろうか?
ヒヨコはギラリと嘴を光らせるが、そういえば攻撃禁止のルールを思い出す。おっと、これでは負けてしまう。では横から避けて行こう。
ヒヨコが右へと動くと奴らも右へ。ヒヨコが左へと動くと奴らも左へ。
なんと汚い手を使う連中だ。しかし、ヒヨコはそこを跳躍して彼らを飛び越えて前へと出る。
「クルッポー」
驚きの声を上げるランニングバード。
ヒヨコの知るランニングバードはもっと普通の鳴き声だったと思うけど、鳩みたいに鳴く奴がいるのか?そっちの方が驚きだった。
そのまま2頭を抜き去り平原を越え次は砂漠で一気にスピードが上がるのはサンドリザードだった。砂蜥蜴とも呼ばれ、北方の砂漠に生息している。生き生きとスピードを上げ(正しくは周りがスピードを落としている中で唯一スピードが落ちていないだけだが)、一気に先頭集団へと食らいつこうとする。
ヒヨコも負けじとさらに3頭の魔物を追い抜いて5番手まで駆け上がる。一緒に追い上げた蜥蜴君は砂漠を抜けても加速しないのでそのままさよならである。
先頭は白いユニコーン。ピョンピョンと遊ぶように跳ねながら青い巨星君より前を楽しそうに走っていた。
それに追いすがるのは先頭青い巨星君が8本足でリズミカルに足を動かして走る。その後ろにはロックアルマジロとデビルバッファローの二頭。
青い巨星君は8つの蹄の音を忙しく鳴り響かせて走る。足を一本使わなくても勝てると言ったのに嘘吐きである。
ロックアルマジロは体を丸めてゴロゴロと転がりながら進む。目が回らないのだろうか?
デビルバッファローは凄まじい力で突進するように走るので後ろに跳ねる泥や土がひどい。ヒヨコに飛ばさないでもらいたい。
しかしヒヨコとて簡単には負けない。
さらに速度を上げて短い道であるが森ステージに入る途中の平原区間でアルマジロとバッファローを抜き去り2番手を走る青い巨星ことスレイプニル君と並ぶ。
「ピヨピヨ(大口をたたいていた割には大したことがないじゃないか)」
「ヒヒーン(くっ、だがここからが本番だ!)」
スレイプニル君はさらに速度を上げてヒヨコを引き離そうとする。
「ピヨッ!?(こいつ、ただの馬じゃない?)」
「ヒヒーン(馬とは違うのだよ、馬とは)」
「ピヨッ?(なんと!)」
スレイプニル君は8本脚で素早くかけてヒヨコから逃げていく。
しかし森の中に入れば速度は遅くなるはず。ヒヨコは今回対策を練ってきたのだ。二度と迷子になんてなりはしない。もはやあの森はヒヨコの庭なのだ。
とはいえスレイプニル君はヒヨコから離れキーラの背後へと辿り着こうとするくらい加速していた。
「ピヨ(焦るな。奴は我が庭に飛び込んだヒヨコだ。まだチャンスはある)」
………………………いや、ヒヨコは自分だった。
森のステージに突入するキーラ。ちょっと遅れてスレイプニル君。速度を緩め木々を避けながら森の中に入っていく。
「ピヨピヨピヨ(足の数の違いが、走力の決定的差でないことを教えてやる!)」
ヒヨコは森の中になんて入らない。
また、迷子になるからではない。そう、迷子になるからではないのだ。森に生える木々の枝から枝へと飛んで走るのである。別にまた迷子になるのが怖いからではない。
ヒヨコは軽く枝の上を飛び跳ねてもおれたりしない上に、一々樹を避けなくてもピョンピョンと上を走れば最短ルートでゴールを目指せるからだ。
そう、ルートロスによるタイムロスを避けるための対症療法なのである。別に知らないうちに逆方向に走っていたとか、それで恥ずかしい思いをしたくないとかそういう小さい理由ではないのであしからず。
何故だろう、とっても言い訳っぽくなっているのは。しかし、迷子になったというかつてのヒヨコはもはやどこにもいないのである
「ピヨ(認めたくないものだな、若さゆえの過ちという奴を)」
足音を立てず、次から次へと森の木々を飛んで移りながら、森の中というか森の上を走るヒヨコの姿に観客も大賑わいだった。
その速度はすさまじく下で木々をかわしながら忍者のごとく木から木へと飛び移りながら先へと進む。
今日のヒヨコは勇者ではない。そう、忍者ヒヨコ。
そして忍者ヒヨコはくるくるっと前方に3回転くらいしながら森から脱出。目の前にはゴールが見える。あれれ、青い巨星君と木馬がいない。
まさかもう既に出ちゃってる系?
よく分からないがヒヨコは全力で走りそのままゴールラインを切る。あれ、ヒヨコゴールで良いんですか?一応お客さんは盛り上がってるけど、微妙に盛り下がってる?
ヒヨコはゴールの端っこに座り何が起きたのか首を傾げる。
ピヨピヨ、納得いかん。
すると森の中から青い巨星君とキーラが争ってやってくる。
何故か遊んでいたキーラだが、白熱したレースとなり熾烈なデッドヒートとなっていた。ヒヨコがゴールの奥の陰で座りながらその様子を観察していた。
キーラは一気に加速してゴールへと向かう。
「ヒヒヒーン(ほう、思い切りのいいユニコーンだな。手ごわい。しかし!)」
スレプニル君はキーラを押しのけるように走り肩口でガツンとぶつかりキーラを横に押し飛ばす。一応攻撃禁止であるがこの程度は容認されている。走る途中にぶつかるのは仕方ない事だからだ。
さらにスレイプニル君はキーラをガツンとぶつかる。
「ヒヒーン(二度もぶつかった!お兄ちゃんにもぶつかられた事ないのに!)」
プウと頬を膨らませて遺憾の意を表明するキーラ。
お兄ちゃんというとテオバルト君ではなくて実兄の方だろうか?
たしかマグナスホルン君だったか。ヒヨコから高速で逃げおおせた巨大キメラ君よりも早かったという……。お子ちゃまなキーラとは駆けっこで遊んであげても本気では走ってはくれまい。
二頭は肩をぶつけ合いながらもゴールへ必死に走り飛び込んでくる。ほとんど互角。
ヒヨコは見た。
角の差でキーラの勝利だった。
『勝ったのはキーラホルン!わずか角の差で先にゴールしました!』
と放送が入る。ワーッと盛り上がる観客。
『単勝は8番、枠番連勝は2-4、魔番連勝は4-8です!』
まあ、1番人気と3番人気なので順当な結果と言えるだろう。ヒヨコはデビュー戦で新人キメラ君に勝ち、その後も連勝し、新魔戦のG1でも優勝しているので、ヒヨコが一番人気なのだった。
「ヒヒーンヒヒーン(見事だな!しかし小娘。自分の力で勝ったのではないぞ、その角のおかげだという事を忘れるな!)」
「ヒヒーン」
スレプニル君がキーラに何か話しておりキーラも神妙にうなずく。
どうやらキーラは自分の弱さに気付いて反省しているようだ。めでたしめでたし。
「ピヨッ!(という事で、皆さま、恒例のフルシュドルフダンスでお別れしましょう)」
そんな暑苦しい二人のやり取りの前に颯爽とヒヨコ登場!
トルテが観客席から空を飛んで合流、フルシュドルフダンスで観客に勝利をアピールするのだった。
「ヒヒーン(って、あれ?僕、優勝してないの?)」
「ヒヒーン(なん、だと?)」
二頭は魔法でできたスクリーンを見上げ1着がヒヨコであることに気付くのだった。
気づくのも走るのも遅いよ、君たち。
さあ、キーラもご一緒に!
ピヨピヨきゅうきゅうとヒヨコとトルテが踊りだす。
最近では帝都でも徐々に浸透しつつあるフルシュドルフダンスである。
「ヒヒーン(ピヨちゃんのバカー)」
おや、泣いて出て行ってしまった。どうやらプライドを傷ついたらしい。奴にもそれなりの自尊心というものが存在したのか。だが、残念、勝者はヒヨコでした。
ヒヨコとトルテが最後の決めポーズを決めながらレース場から退場するキーラを見送る。
「きゅうきゅう(貧弱キーラが勝者とか10年早いのよね)」
ユニコーンもドラゴンも頭が賢い生き物だ。
とはいえ体が育つのはもっと後だ。下手するとトルテはヒヨコが生きている間には大人にならないかもしれない。
そして相変わらずトルテはキーラを下っ端として見下していた。まあ、こいつはヒヨコの事も見下している節があるのだが、喧嘩で決着がついてないので、微妙にマウントを取りたがるも、残念ながら取り切れてないのだ。
するとヒヨコは拍手されながらの退場となり、観客席から音楽が鳴り響く。いつの間にかできていたヒヨコ第三応援歌であった。第三って第一~二まであるのだろうか?
こうしてヒヨコは魔物レースではそこそこの顔となっていた。そして北国リゾートチケットを手に入れたのだった。