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最凶ヒヨコ伝説 ~裏切られた勇者はヒヨコに生まれ変わったので鳥生を謳歌します~  作者:
第1部3章 帝国首都ローゼンシュタット 走れ!ヒヨコ
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3章18話 ヒヨコの法廷・後編

「ふざけるな!魔物風情がこの裁判で何を話すというのか!」

「ピヨピヨピヨピヨ(まあまあ、落ち着けよ、原告さん。ヒヨコみたいにクールに行こうぜ。いい大人がこんな場所で喚きたてるなんてみっともない。)

 俺は肩(手羽元?)を竦めてピヨッと笑って見せる。


「まあまあ、落ち着けよ、原告さん。ヒヨコみたいにクールに行こうぜ。いい大人がこんな場所で喚きたてるなんてみっともない。と、ヒヨコは申してます」

 衛兵たちがプッと吹き出す。ギロリとオークのように肥えた男がにらみつける。


「馬鹿にしているのか!」

 何故か怒り狂うのは原告側にいる肥えた男だった。

「い、いえ、ですからヒヨコが言っているんです。私じゃないですよ」

 ステちゃんが慌てて弁明する。


 うん、その通りだ。発言の責任はヒヨコが追うぞ?

 ヒヨコは唾を飛ばして訴える肥えた男とステちゃんの間に入って掛かって来いよと言わんばかりに嘴を持ち上げて挑発する。

 肥えた男は検事さんたちに宥められて歯噛みしながらステちゃんを睨んでいた。

「ええと、それでは意図してキメラを挑発したかどうか、ヒヨコに答えてもらいたい!」

 検事さんはキリリとヒヨコを見る。

「ピヨピヨ(ヒヨコはキメラ君に悪い事をしました。申し訳ない気持ちでいっぱいです。反省してます)」

「ヒヨコはキメラ君に悪い事をしました。申し訳ない気持ちでいっぱいです。反省してます。と言ってます」

 ピヨッと俺は手元にある椅子に手羽先を置いて反省のポーズをとる。これでヒヨコの反省が伝われば良いのだが。

「つまり、ヒヨコ本人?本鳥?と、とりあえずヒヨコは意図して挑発したと認めるのだな!?」

 検事さんは勢いづいて俺に尋ねてくる。だが、俺は首を横に振り弁明する。

「ピヨピヨピヨピヨ(挑発はしていない。ただ、ヒヨコはキメラ君がとっても幼稚で弱くてかわいそうな生物だという事を気付かなかったのだ。勝利してウイニングランの途中にステちゃん達がいたから勝利をアピールするためにフルシュドルフダンスを踊っていたのだが、まさかキメラ君がヒヨコを襲ってくるなど思いもしなかった。キメラ君は『ヒヨコ、コロス、ヒヨコロス』などとこちらに向かってきたので慌てて逃げたのだ)」

「ええと、『挑発はしていない。ただ、ヒヨコはキメラ君がとっても幼稚で弱くてかわいそうな生き物だという事を気付かなかったのだ。勝利してウイニングランの途中にステちゃん達がいたから勝利をアピールするためにフルシュドルフダンスを踊っていたのだが、まさかキメラ君がヒヨコを襲ってくるなど思いもしなかった。キメラ君は「ヒヨコ、コロス、ヒヨコロス」などと心でつぶやきながらこちらに向かってきたので慌てて逃げたのだ』と言ってます。今、ヒヨコに言われて思い出したのですけど、そもそも観客席で暴れさせるにしても私たちの近くで私たちがやらせると言うのは論理的におかしいのでは?自分たちが死ぬかもしれないのに危険な真似を指示するなんて。」

「あ」

 若い検事さんはそれに気づいたように凍り付いてしまう。

 すると後ろの方からベテランの検事さんが前に出てきて


「ですが、そのヒヨコは脱獄してキメラ研究所を襲撃している。キメラを敢えて暴れさせていたのではないですか?」

 検事さんの言葉に気を取り直し裁判長がヒヨコに答えるようにこちらに話を振ってくる。

「ピヨピヨピヨピヨ(ヒヨコがその研究所?とやらに行ったのは仲間のトルテを探しに行ったら偶然見つけただけ。ヒヨコは魔力感知をしても何故かトルテが分からなかったのだ。そこで、鼻の利くキーラを背負って、匂いを追いかけたらそこにたどり着いただけだ。その研究所には特に何の用事もない)」

「ええと、ヒヨコがその研究所?とやらに行ったのは仲間のトルテを探しに行ったら偶然見つけただけ。ヒヨコは魔力感知をしても何故かトルテが分からなかったので鼻の利くキーラを背負って、匂いを追いかけたらそこにたどり着いただけだと言っています。その研究所には特に何の用事はなかった、との事です」

「ではどうしてキメラが暴れることになったというのか!答えてもらおうか!」

「ピヨピヨピヨ(それは……そこのオークっぽい感じの人間がトルテを解放したヒヨコを邪魔に思ってキメラ君をけしかけたからだったような?ヒヨコも何故キメラ君が出てきたかは知らない。そこのオークっぽい人に聞いてほしい。そしてヒヨコの無実を語ってほしい。ヒヨコはキメラ君なんてお呼びじゃなかったのだ)」

「ええと、それは……そこのオークっぽい感じの人間がトルテを解放したヒヨコを邪魔に思ってキメラ君をけしかけたからだったような?ヒヨコも何故キメラ君が出てきたかは知らない。そこのオークっぽい人に聞いてほしい。そしてヒヨコの無実を語ってほしい。ヒヨコはキメラ君なんてお呼びじゃなかったのだ、と言ってます。というか、ヒヨコ。言葉遣いに気を付けて。何だか私が暴言を吐いているみたいだけど」


 ステちゃんがべしべしと俺の頭を小突いてくる。

 しかし、ヒヨコは常にフリーダム。誰に縛られることなく大空を飛ぶ……飛ぶ………………飛ぶ予定のヒヨコである。


「オーク…プッククク」

「オーク………」

 小声で笑うのを必死にこらえるのは俺の周りで武器を構えている衛兵さん達だった。何人かが肩を震わせている。


 それで法廷は止まってしまう。裁判長も検事さん達も、まさか原告側に振られるとは思わなかったからだ。なので忍び笑いが少し漏れてしまい、気まずい空気だけが流れる。


「ピヨピヨ(とにかくトルテがいたからそこに行っただけなのだ。キメラ君とか興味ないので。拉致った方が悪いと思うの)」

「仲間の幼竜がいたから、そこに行っただけでキメラには興味ないと言っています。幼竜を拉致った方が悪いと思うの、だそうです」


「帝都に未登録の魔物がいて我が研究所が捕まえただけだ。誰かの所有物でもない魔物を我らが捕えて何が悪い。既に我らが手に入れたものならば解剖したところで何らとがめられる事は無い。我らが手に入れたものを盗み出そうとした、貴様らが盗人だった証拠よ!さらにはキメラを暴れさせたのは全てこのヒヨコが元凶という事だ!」


 オークもどきはフガフガと声を高らかに訴える。

 それに同意するように皇子様とやらもうなずいていた。

 と、同時に凄まじい怒気がピリピリと遠くの傍聴席の方から発される。


 やべー、イグッちゃんがお怒りモードだ。

 ステちゃんが顔を青ざめさせて俺を見るので、俺はクイッとイグッちゃんの方を指し示す。赤い髪のダンディな感じのオジちゃんが傍聴席の陰に隠れてこちらを見ていた。


『あれ、竜王様だよね。人間の姿をしているのはなぜ?』

「ピヨ(人化の法っていうのを使って人間の振りをしてるんだって。隣町でイグッちゃんとテオバルト君と飲み会をしたって言ったでしょ?)」

『な、なるほど。…ドラゴンの姿だとばかり思っていたから近くにいるのは察していたけど。そう、人間の格好をしてたのね。…………今、帝国の存亡が私の両肩に落ちてきたんだけど』

「ピヨピヨ(トルテが宥めていれば大丈夫でしょう?トルテが死なない限り我を忘れたりしないと思う。ステちゃんの予知は大丈夫でしょう?)」

『勇者やら竜王様みたいな神すら予測できないような称号持ちってのは、予知を狂わせるのよ。何で私の周りに竜王やらヒヨコやらがいるんだろう?』

 どっと疲れた様子のステちゃん。元気出せよ。ヒヨコは常にステちゃんの味方だぞ。

 ピヨピヨと手羽先で肩を叩いて慰めてあげる。


「つまり、原告の所有したドラゴンをステラ被告がヒヨコを使って盗み出し、さらにはキメラを暴れさせたという事でしょうか?弁護人たる私はそのような事は聞いていませんぞ。困りましたな、これでは弁護しようがない」

 最初から弁護もしてなければ話もしてない弁護人が頭を抱えて嘆いていた。


 この白々しい自称弁護人を突いて良いだろうか?

『やめなさい』

 俺の不穏な空気を察してステちゃんが念話で突っ込みを入れてくる。

 だが、そこでステちゃんはハッと思い付く。


「ピヨピヨピヨピヨ(しかし、キメラをけしかけたのはヒヨコではなくそこのオークもどきの人だぞ。キメラ君はヒヨコを襲い掛かろうとしたからちょいと撫でてやっただけだ。そしたらヒヨコに怯えて逃げてしまってな。確かにヒヨコにも悪いところはあったな)」

「と、ヒヨコが言っています」

 ステちゃんは慣れたのか要領よく同時通訳をしてくれる。


「ふざけるな!そのせいで研究所は半壊!さらには町に被害が出て大変なことになったのだ!その責任は全てヒヨコに命令した貴様らが原因だろう!」

「ピヨッピヨピヨピヨピヨ(ステちゃん達を責めないでくれ。ステちゃんに言われなくても我が友トルテのために働くのは仕方ない事。ヒヨコはヒヨコの信念に基づいて働いたのです。それにキメラ君にも悪い事をしたと今は反省している)」

「と、言っています。ちなみにステちゃんとは私ですね。トルテはさらわれたドラゴンの事です」

「ヒヨコは悪事を認めるのですね?」

「ピヨッ(ヒヨコはキメラ君が弱くて幼いピヨピヨのヒヨコだとは気づいていなかったのだ。ちょっと大人げない対応だったと後悔している)」

「とヒヨコは言って………って、ピヨピヨのヒヨコはお前だ!」

 ステちゃんはスパタンと俺の頭を叩く。

 痛っ……だからヒヨコはやわっこいから叩かないでと言っているのに。


 だが、ちゃんと弁明せねばならぬ。

「ピヨピヨピヨピヨ(ヒヨコがちょっとキメラ君に攻撃したら、キメラ君はヒヨコの恐ろしさに混乱して施設を破壊して町の外に逃げ出してしまったのだ。キメラ君はきっとまだ幼かったのだろう。自分がなんでも思い通りになると勘違いした幼児が、自分の思い通りにならない相手を知り混乱したのは仕方ない事。いくら大きいとはいえ、キメラ君はお子様。それに大人として気付けなかったのは、この男ヒヨコ、後悔極まりない)」

「と、ヒヨコが申しております」

「ピヨピヨピヨ(年齢と心は別だと思うぞ。だから、キメラ君が悪いんじゃない。そんな甘やかした周りの大人と、大人げなく接してしまったヒヨコが悪いのだ!キメラ君が罪にならないよう通りすがりに被害にあった人たちはヒヨコの魔法で助けたから人的被害はないはず。物的被害があるならばヒヨコがこの身を削ってキメラ君の起こした損害賠償を払うから。キメラ君の更生に付き合うから!だからキメラ君を責めないで!)」


 ステちゃんがヒヨコの言葉を説明すると検察官たちもざわつく。


「ヒヨコ、男だぜ」

「くそう、何でこんないいヒヨコに俺たちは武器を向けてるんだ」

「巨大な魔物でも人の心を有しているのか」

「こんな立派なヒヨコに武器を向けている自分が情けねえぜ」

 ヒヨコに武器を向けて警戒している衛兵さんたちが、ヒヨコの答弁を聞いて涙していた。


「ピヨッ(気にするな。ヒヨコはこの通り恐ろしいモンスターの姿をしている。民を守る衛兵さんたちが、恐ろしいモンスターに武器を向けるのは当然の事。仕事熱心な衛兵さんにヒヨコは敬意を持っていても、武器を向けられても何も思わぬ)」

「と、言ってますので、お気になさらず」

「「「「ヒヨコーッ」」」」

 ヒシッとヒヨコに泣きつく衛兵さん達。おいおい、やめてくれよ。ヒヨコは男に泣きつかれる趣味はないぜ。


「何だろう、この茶番」

 ステちゃんがどこかあきれたような口ぶりで遠くを眺める。だが、ここで一息をつくとステちゃんは原告側に向き直る。


「原告側にお聞きしたいです。ヒヨコは私の故郷の賓客である幼竜が解剖されようとし、それを助けようとしただけで、ヒヨコの言葉を信じるならキメラを放ったのはライツィンガー男爵であり、ヒヨコはただ撃退しただけ。レース場でも研究所でもまともに自分の所有物であるキメラを制御できていないようですが、原告側にこそ非があるように思えますが」

 ステちゃんの言葉に検事さん達も厳しい顔つきになり、原告側の証人に対して疑惑の目を向ける。

 さもテオバルト君をあしざまに罵っていたが、オークもどき、ではなくライツィンガー男爵が自分の非を他人に押し付けようとしているように感じ取ったからだ。


 するとライツィンガー男爵はお腹のお肉をぶるぶるふるわせながら地団太を踏み、こちらを向いて怒鳴りつけてくる。


「何が賓客だ。魔物は魔物ではないか!キメラ研究所は次期皇帝であらせられるエリアス皇子殿下の元で研究を行っている。これは皇家に命じられた仕事、貴様らは皇家の意向に背いている証拠ではないか!裁判長!皇家に対する翻意をこの娘どもは認めたのですぞ!」

「ライツィンガー男爵の言う通りだ。キメラ研究はより強い国を作る為の礎となる。ドラゴンの誘拐など些末事。己の繁栄のために従魔士どもを操り皇家に反抗するアインホルンも本来は重罪人、そしてこのキメラ研究所を襲撃したヒヨコも即座に処刑して然るべきだ。分かるな、裁判長」

 ライツィンガー男爵が訴え、そして皇子殿下とか呼ばれた人がそこに口出しをする。


「……判決を言い渡す。アインホルン被告は爵位剥奪の上資産をすべて没収し帝都の永久追放。ステラ被告は10年の犯罪奴隷に落とすこととする。また、ヒヨコは殺処分とする」

 テオバルト君は大きく溜息を吐く。

「祖父が殺されたときにこうなることは覚悟していたけど…申し訳ない、ステラさん。ヒヨコ君。君たちまで巻きぞわせてしまって」

 テオバルト君はとっても申し訳なさそうに頭を下げる。

「ピヨピヨ(いやいや、俺もステちゃんも結構好き勝手やっちまったから仕方ないぜ)」

「えと、ヒヨコだけだから。私は好き勝手やってないから」


「これで、法廷は終わりかな?では衛兵よ。弁護人、並びに裁判長、ライツィンガー男爵、エリアス第3皇子殿下の4名を逮捕せよ。これは皇帝陛下の命令である」

 宰相さんは4枚の逮捕状の書類を取り出し衛兵に指示を出す。そこにはでかでかと皇帝陛下の承認しているサインが書かれていた。

「はっ!?」

「さっさとせよ!」

 バタバタバタと衛兵たちがヒヨコの周りから離れて裁判長と弁護人、そして皇子殿下と呼ばれる人たちを取り囲む。


「貴様ら!この私に武器を向けるなど不敬だぞ!私を誰と心得る!次期皇帝たるエリアス・フォン・ローゼンブルクに向けて、このような所業、許されると思うな!」

 皇子殿下の怒号に衛兵たちは困り果てる。

「陛下は殿下を廃籍すると仰せです。最後まで渋っておりましたが、やらかした事を突き付けられて、涙ながらにこの逮捕状の承認をしたのです」

「私が何をしたというのだ!この国の為に魔物レースの魔物の強化をし、多くのものに称賛されていた私が!」

「ドラゴンは帝国人権会議に署名しているれっきとした尊重すべき種族なのです。それを堂々と蔑ろにした皇子殿下、そして実験動物のように扱おうとしたライツィンガー男爵、法を犯していることに目をつぶり被告に有罪判決を言い渡そうとした裁判長、また冤罪なのに弁護もしない弁護人。貴様らは知らないとは言わせないぞ?三年前の人権会議で多くの種族が違法奴隷として解放されている中で、法廷はそれに忙しかったのだ。ドラゴンがそこに加わっているなんて知りませんでしたでは許されん。あの会議の目玉でもあったのだからな」

「ち、ちがう!私は………、ば、バルツァー伯爵!お助けを!私は貴殿に頼まれて手を貸していたんだ!こんな扱いはひどすぎる!」

「し、知らぬ!こんな事は!わ、私は知らぬぞ!」

 法務大臣さんが逃げようとすると彼が出口を開けるまでもなくドアが開く。

 そこから現れたのは金ぴかな王冠をつけ、真っ赤なマントを背にした50歳前後のひげを蓄えた男だった。

 するとそれを見た全員が慌てて跪き男の左右に控える騎士甲冑の男たちが剣を抜くと、法務大臣さんは諦めたように立ち止まりその場で座り込んで放心してしまう。


「皇帝カールステン・フォン・ローゼンブルクである。皆の者面を上げよ」

 いつの間にか皆跪いていて、指示に従い面を上げる。ヒヨコだけは立ったままだけど。

「ピヨピヨ(なーなー、ステちゃん。あの偉そうな金ぴか帽のオッサン誰?)」

(少し黙りなさい。あの方はこの国で最も偉い皇帝陛下よ!)

「ピヨ(おお、あのオッサンが)」


「父上!これはどういうことですか!」

 衛兵に囲まれて捕らわれている第三皇子が怒声を上げて皇帝陛下に訴える。

「どうとは?お前はまだ自分のしでかしたことに気付いていないのか?」

「私が何をしたというのです!?ドラゴンが人権宣言に入っているからなんだというのです。この帝国で私に」

「バカ者が!」

 皇帝陛下の怒りの声に周りが静かになる。その迫力に第三皇子も声が出なくなる。


「お前が害をなそうとしたドラゴンが何者か知ってるか?竜王イグニス陛下の一子トニトルテ殿下だ。もしもお前がトニトルテ殿下を害してみろ。この帝国が地図から消え失せただろう!たかがキメラ研究のために国を亡ぼすのか!」

「な、なにを。そんな筈はありません。父上は騙されているのです!私を貶めようとしている連中に!私は国の為に働いていたのですよ!結果も出ているではないですか!私のキメラが多くの魔物レースで優勝をして…」

 すると皇帝陛下は呆れたように溜息を吐き懐から紙束をどさりとだす。

「お前がキメラを使い魔物レースを始めてから魔物レースの収益が3割下がったというのはしっているか?」

「は?」

「ライツィンガー男爵は知っていた筈だな?」

「……し、しかし、殿下が原因とは…」

 ライツィンガー男爵は首を横に振る。

 そんな様子に頭を痛めるよう皇帝さんは片手で頭を抑える。

「なるほど。………はあ…。これは私が不明だったのだろうな。まさか魔物レースの関係者がそれを知らぬとはな。魔物レースの観客は賭博を楽しむだけで来ているわけではない。賭博だけを楽しむだけのものもいよう、だが、多くは魔物が好きで、応援している魔物がいて、彼らを応援するために魔券を買っている部分がある。キメラによって応援している魔物が殺されれば客は減るだろう。それこそ10年応援していた魔物が殺されれば二度と行くまい。これが原因だ。優勝して強い魔物が生まれたからなんだというのだ?ちょっと挑発されれば暴発して観客を巻き込み、挙句街を破壊する魔物を作ってそれが何の役に立つ?」

 皇帝陛下は厳しく自分の息子をにらみつける。その迫力に第三皇子は顔色を悪くさせる。


「し、しかし……皆私が正しいと…」

「皆?それは何人だ?お前に媚を売る無能共が何人だ?今、貴様の前に出したこの無数の書類が何か分かるか?」

「え?」

「従魔士協会の約八割の従魔士達が、現在の魔物レース協会を脱退して新しい魔物同士が傷つけあわないでただ純粋に速く走るだけのレース協会を作ると言ってきた者たちの申請書だ。魔物レースによって爵位を与えられた者たちは全員爵位を返上してこれに参加している。そこのアインホルン元騎士爵もだ。お前が正しくないとと言いたくても言えなかった者達のリストだ。で、どこの皆がお前を正しいと言ったのだ?従魔士貴族の大半が爵位の返上、つまりは私に忠誠を誓えないと言ってきたのだぞ!?」

「!………くっ!これは…これはアインホルンが仕組んだことだ!そうに違いない!私のやり方を一々文句をつけやがってあの爺が!死んでなおも孫までが私の邪魔をしようとしていたんです!そして正当な法廷でこうして罪を受けて、だから私は悪くはない!奴が全て悪いんだ!全て奴が…」

 第三皇子は開き直って叫び、そしてテオバルト君を指さして叫ぶ。

 なんと往生際悪い。ヒヨコのスパイラルアタックをくらわしてやろうか?

 ヒヨコが膝を屈伸して飛ぶ準備をしていると、その前に皇帝陛下さんが先に動く。こぶしを振り息子を殴り飛ばすのだった。大きく吹き飛び倒れる第三皇子。周りもざわめきの声が漏れる。

 そして皇帝陛下はテオバルト君の前に立つといきなり膝をつき、王冠を脱いで頭を下げる。

「テオバルトよ。貴様の祖父を死に追いやったのは私のせいだ。すまぬ」

「え」

 テオバルト君は目を白黒させて驚きの表情を見せ、そして慌てて自分も膝をついて、触れるわけもいかず手をばたつかせて慌てていた。

「あ、頭を上げてください。私はそのような事をされるような…」

「エリアスに厳しく対応するようにヘンリックに頼んだのは私だ。次期皇帝として周りが甘くなるからこそ、最も魔物レースにおいて貢献し、皇家の忠臣であるアインホルンに頼んだのだ。だが、その結果、愚かな息子は不敬だと切り捨てた上に、法務大臣を使い私にヘンリックの死さえも連絡が来させず、挙句、邪魔なものを次々と潰していた。ヘンリックの忠義に私は泥をぬってしまった。申し訳なかった」

「………じ、爺ちゃん……う、うあ………ああ……」

 テオバルト君は皇帝陛下の謝罪の言葉を前に何かに気付いたように目を見開きそしてポロポロと涙を流す。

「陛下。頭を上げてください。これでは示しがつきません」

 宰相さんが皇帝陛下の元へと向かい無理やり立たせる。ヒヨコも気を使ってテオバルト君を嘴で襟をつまんで頭を起こそうとする。テオバルト君が頭を下げっぱなしだと皇帝陛下も上げにくいしね。


「何故だ!私は悪くない筈だ!誰も…皆が私を肯定したではないか!」

 第三皇子殿下は叫ぶが周りは皆目を合わせようともしなかった。

「殿下。陛下は仰ったはずです。厳しく注意してくれるものこそ話を聞けと。ですが殿下はうるさい人間を遠ざけ自分を肯定するものだけを周りに置いた。その結果がこれです」

「黙れ!宰相風情が皇家に対して何たる口の利き方だ!ドラゴンなど所詮は人権宣言に加わろうと亜人同様劣等種族だろうが!それを殺した程度が何だというのだ!たかが魔物レースで失敗しただけだろうが!そのような些末事で…私が席を追われる理由などない。そうだ。よく考えれば私がとがめられる理由などないではないか」


 皇帝陛下は眉間を抑え、悲し気に自分の息子を見るのだった。

 だが、その前に筆頭大臣さんが冷たい視線で第三皇子を睨む。

「ご存じないのでしたら、貴方は皇家たる資格もないのでしょうね」

 そう言って筆頭大臣さんは自分の髪をかき上げると頭に二つの大きな傷跡が存在し、人間が持つべき耳がなかった。

「ま、まさか」

「宰相閣下が獣人!?」

「帝位争い時代より皇帝陛下を支えてきたあのリヒトホーフェン卿が?」

「実質的な政治家トップが…獣人だった?」

「だが元子爵家では…?」

 周りがざわつく。

「クラウスは子爵家の亜人の使用人から生まれているのだ。その耳の傷跡は幼い頃に父親より耳と尾を切り落とされたのだ。しかし優秀だったために特待生で学園に入学し首席で卒業した。亜人であることを隠し、文官として勤め、リヒトホーエン侯爵に見込まれて侯爵家へと養子に入ったのだ。帝位争いの際に私はクラウスに助力を願う代わりにクラウスから出された条件は『人権宣言』に連なる全ての種族を平等に扱う世界を作ることだ。簡単になくなる事ではない。だが、差別をなくすように努力してきたつもりだ。まさか、息子がこのような考えだったなど……クラウスがいなければ当に私は帝位争いで命など無きに等しく、当然私の子孫は根絶やしにされていただろう。にも拘らず、…………命の恩人にも等しい相手との約束を簡単に反故にするなど恥じるばかりだ」

 皇帝陛下はとことんダウナーな感じだった。情けない息子に詫びるしかない哀れな父親といった感じだった。

 かわいそうに。がんばれ、皇帝陛下。

 それとテオバルト君。ヒヨコの横にいるからって涙をヒヨコの羽毛でふくのは辞めてほしいのだが。洟とかチーンしたら許さないよ?


「残念だがエリアス。私はお前を廃籍する。二度とローゼンブルクの姓を名乗ることを禁ずる。その上でこれから正しい正当な裁きを受けてもらう」

「そんな!私は次の皇帝だと、そうおっしゃったのは父上ではないですか!廃籍なんてありえない!私は皇帝になる為に優秀たろうと努力し、キメラ研究ではより強いキメラを作り上げたのです。父上、私を信じてください!他の者などより息子を信じられぬのですか!?」

「皇帝である父である私の言葉を信じず、話を聞かぬ息子をどう信じろというのだ?誰が皇帝に優秀さを求めた?人の命を軽々しく奪い、皇族の為に尽くしてきた臣下を足蹴にし、自分の言う事を聞く者だけを優遇する愚か者が皇帝になれる筈もなかろう」

「!」

「お前にその器がなかったことに気付いてやれなかった事が私の失敗だったのだろう。優秀さなんて誰が求めた?確かに兄や姉達は優秀だ。それに比べられれば苦悩もしよう。だが、私はそれを求めなかったし兄や姉達も自分が皇帝になどとは言わなかった筈だ。妃であるメルシュタイン家の男児が継ぐ、最初からそう決めていたからだ。それに私は皇帝が有能であることはむしろ害悪だと考えている。無能であることを理解しているからこそ、多くの者達の見識を集めてより良い方策を練ることができる。兄姉達が有能か?確かに有能なのだろうが、それは皇族の割には傑出しているだけの事。世間一般では優秀な者の一人でしかない。彼らが最も得意な分野はそもそも政治とは無関係。能があると言っても、自分がその分野に長けているからと首を突っ込めばより良い意見を耳にしても聞けなくなる恐れがある。私は……同じことを何度かエリアスに話したつもりだったがな。…その苦悩に気付いて、さっさと帝位継承権を外してやれば、お前をここまで落とす事は無かっただろう。済まなかったな。それをさっさと連れていけ。処分は追って下す」

 それは息子への惜別の言葉だった。


「そんな、父上!父上!放せ、不敬だぞ!俺を誰だと思っている!くそ、くそがあああああああああああ」

 衛兵たちに引き摺って運び去られる第三皇子の叫び声とともに法廷は幕を閉じたのだった。

「他の者も牢へと繋げ。バルツァー伯、貴殿も色々と疑惑がある。裁かれてもらうから覚悟するように」

 宰相さんが法務大臣さんに対して疑惑を口にして、法廷はグチャグチャになって終わるのだった。


 で、ヒヨコはどうするの?

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