3章15話 ヒヨコVSキメラ
「ピヨッ?」
「ヒヒーン」
ヒヨコはキーラを背負いながら走っているとやがて大きな扉のついている部屋へと辿り着く。
「ピヨーッ(ヒヨコキーック)!」
ヒヨコのキックがさく裂し、大きな扉が開く。
そこには巨大な空間が広がっていた。
中央には大きな鉄格子が場所を取っており周りには多くの白衣を着た男たちが研究をしている様子だった。白衣を着た男たちは驚いたようにヒヨコの方を見ている。
鉄格子の中にトルテと巨大なゴーレムがいた。
ゴーレムは巨大なノコギリをもって、片手でトルテを抑えつけてゴリゴリと切ろうとしていた。
「きゅきゅーっきゅきゅーっ」
大きなゴーレムに抑えられてノコギリでゴリゴリやられてトルテは泣いていた。
「ピヨピヨ(おおおお、なんかすごい事になっているが、ヒヨコの仲間をいじめるな)!」
「ヒヒーン(トルテちゃんを虐めちゃダメなんだよー)」
ヒヨコと共にキーラも抗議をするが人間達には聞こえない。
部屋にいる白衣の小父さん達は何やら慌ててヒヨコを指差して何か叫んでいる。
だが、ヒヨコにはどうでも良い事だ。まずはあのゴーレムを止めなければ!
「ピヨピヨピヨーッ(抹殺の~ラストバレットブレス)!」
ヒヨコは口の中に膨大な魔力を回して炎を極限まで圧縮すると小さく嘴を開いて炎のブレスを放つ。
鋭い炎の弾丸が鉄格子をすり抜けゴーレムを吹き飛ばす。
「ピヨッ(おお、威力が上がっている気がする)」
『ピヨは火吐息のスキルレベルが上った。レベルが5になった』
もっと腹に力を込めて、魔力を食事を溜める胸元にある袋に充填して、たくさん息を吸う。そう、もっと威力を上げてもっとたくさん吐くのだ。
「ピヨピヨピヨピヨッ(連射<火炎弾吐息>)!ピ~ヨヨ~ッ!」
バレットブレスを連射する。
鉄格子にぶつかる火炎弾はやがて鉄格子をも溶かして穴をあけ、ゴーレムも炎の弾丸によって溶けて穴が開き、あっさりと破壊されてしまう。キューンと駆動音が消えていき、ゴーレムも動かなくなる。
「な、なんだ、このヒヨコは!」
白衣を着た男たちが驚きのあまり腰を抜かしたように悲鳴を上げる。もう一つある出入り口の方から走って逃げる男たちもいた。
だがヒヨコにはそのような小童など興味はない。
「衛兵!何をやってる!侵入者だ!そこのヒヨコを捕えろ!」
そんな事を喚いても衛兵はヒヨコが怖くて近づけない。
「ピヨッ(おーい、大丈夫かトルテ)」
「きゅきゅきゅー(ヒヨコー。死ぬところだったのね。ゴリゴリされて痛かったのよね)!」
ヒヨコの火炎弾吐息によって既に鉄は歪んでおりトルテでも牢屋から逃げられる程隙間が出来ていた。
解放されたトルテはヒヨコの方へ駆け寄って抱き着いてくる。
涙目でヒヨコにしがみつくトルテをよしよしと手羽先であやしつつ、周りの様子を見る。
所詮はトルテもお子様か、なるほど、いくらトルテのブレスが強力でも鉄格子に入れられてしまえばサンダーブレスは鉄格子にさえぎられてしまうし、ゴーレムも電気を浴びてもダメージは受けにくい。大量の電力を浴びせて熱して溶かしてしまえばいいが、トルテではそこまで頭が回らないだろう。
「きゅう(で、でも別に助けてもらった訳じゃないし。じ、自分一匹でも大丈夫だったのよね)?」
でもそこで意地を張るのがトルテだった。涙目でヒヨコにしがみついてきたドラゴンはどこに行ったのだろう?
まあ、プライド高いドラゴンらしいと言えばドラゴンらしい話だが。こんな話を聞かされたら確かにイグッちゃんが怒り狂ってこの都市を炭にしてしまいそうな気がする。
ステちゃんグッジョブ。
「ピヨ(言われてみればノコギリの刃の方がへこんでるし、たしかに鱗のダメージも肌に到達してないから大丈夫そうではあるのだな)」
「ヒヒーン(超合金トルテちゃん)」
「きゅう(誰が超合金なのよね)!きゅきゅきゅきゅう(あと、白馬に乗った王子様に助けられるのを希望してたのに、どうして白馬を乗せたヒヨコが助けに来るのよね。ガッカリなのよね)!」
「ピヨ(言われてみれば白馬は乗るもののはずなのに、白馬を乗せて来てしまった)」
「ヒヒーン(速くて楽しかったよー)」
ヒヨコはトルテに言われて背中に乗ってるキーラを見上げ何となく残念な気持ちになる。
すると衛兵たちが追いかけてこの大きな部屋へと入ってくる。
モンスターパレードならぬ人間パレード。20人くらいなだれ込んでくるのだった。
「お、お前ら、そのヒヨコを殺せ!」
やってきた衛兵さんたちに貴族っぽい格好をした肥えた男がヒヨコを指さして喚きたてる。
「きゅうきゅう(オークがヒヨコ殺害予告しているのよね)」
不思議そうにトルテは肥えた男を見る。
「ピヨ(トルテよ。アレは人間だぞ)」
「きゅうっ(マジで)!?」
心底驚いたように目を開いて小さな両腕を大きく開く。
どうやらあの肥えた偉そうな貴族をトルテはオークだと思っていたらしい。むしろオークからすると同じ生き物のように扱われてショックであろう。
「ピヨ(マジだ)」
「ヒヒーン(僕は知ってたよー。レース場でよく見かけるし)」
お気楽キーラがヒヨコの背中に背負われたままヒンヒン言う。
いや、レースにはオークも人間も走らないと思うが?
………ああ、貴賓席に貴族がいるという事か?それなら納得だ。
よく考えればキーラは貴賓席には入った事が有っても、レースには出たことがないのだ。ヒヨコと違って。
「きゅうきゅう(しかし、うっぷんがたまっていたのよね。全員ブレスで黒焦げにしてやるのよね!)」
「ピヨッ(やめい)」
トルテがアングリと口を開けようとするが、ヒヨコはトルテを止めるべく頭にズソッと嘴で突っつく。
「きゅきゅう(何するのよね)」
トルテは頭をなでながらヒヨコに抗議をしてくる。
「ピヨ(人間を倒したら帝都から追い出されちゃうだろ)。ピヨピヨピヨ(ここは我慢して殺さない程度にピヨピヨにしてやるべきだ)」
「きゅうううう(それじゃあ、腹立ちが収まらないのよね)」
トルテはピョコタンピョコタン飛び跳ねて苛立ちをヒヨコに訴える。
「ピヨ(ま、帝都にある高級ジャーキーはヒヨコのおなかに全部収めてお前は狩りでとった安肉でも食っていれば良いさ。どうせ人間を殺したら帝都から追い出されるんだし)」
「ヒヒヒヒーン」
「ピヨピヨ~」
ショックを受けてうなだれるトルテに対して、キーラとヒヨコは運命を感じさせるような音楽(※ベートーベン作『運命』)を流す。
「ピヨッ!?」
「ヒヒーン」
だが、そこでヒヨコは気づく。なんとヒヒーン枠のキーラがまさか音程をつけたヒヒーンを、しかも『ヒ』を一つ多くして見事にリズミカルに歌ったのだ。
上手く行ったことにキーラはドヤ顔で喜んでいた。
ヒヨコとキーラがハモった事で互いに健闘を称えあう。手羽先と蹄をコツンと当ててドヤッとする。
とはいえ、トルテはそれどころではなかった。腹が立つが憂さ晴らしをすると腹が満たなくなる。そんなジレンマを感じている複雑そうに顔を歪めていた。
「きゅう(じゃあ、殺さない程度にカエルの刑に処すのよね)」
「ピヨ(カエル)?」
ヒヨコはコテンと首を傾げる。
するとトルテはカパッと口を開けて電気吐息を吐きつける。世界を光で包み込むような雷撃が広がり
「ギュババババババ」
「やめ、ヒバババババババ」
「ヒュボボボボボ」
次々とやってきた衛兵達は体をしびれさせて、まるで死にかけのカエルのように潰れてヒクヒクしている。
なるほど、カエルの刑とはこれか。
神眼で見てみるがHPが激しく減っている様子もなく、本当に痺れているだけのようだ。
ヒヨコも回復魔法を使わずに済んで、とりあえずホッとする。
「な、なにをやってるんだ!ドラゴンに逃げられたら殿下にどう報告すればいいと思ってるんだ!貴様ら!」
肥えた貴族の男は地団太を踏んで文句を言う。
するとトルテはカパッと再び口を開いて、今度は肥えた貴族の方を向く。
肥えた貴族の男は顔を真っ青にさせて慌てて走って奥の方へと逃げる。
「きゅう(ちっ、逃げられたのよね)」
舌打ちするトルテ。
「ヒヒーン(もう、帰ろうよぉ)」
「ピヨッ(まあ、帰る場所はここではない違う牢屋の中なんだけど)」
「きゅう(それは面白くないのよね)」
ヒヨコたちが帰る相談をしていると、部屋の奥の方についていた巨大なシャッターが軋むような音を立てて上がっていく。
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
奥の方から現れたのは巨大なキメラだった。
おお、前の蹴っ飛ばしたキメラ君よりもさらに大きい。前に一緒に走ったキメラ君がトールサイズなら、このキメラ君はベンティサイズに違いない。
※キメラはスタバではありません。
「クハハハハッ!たかが魔物風情が!我が最高傑作のキメラの恐ろしさの前に屈するが良い!行け!ティエルケーニヒ!」
「ギャオオオオオオオオオオオッ」
狼のような頭をした象みたいな巨体が咆哮を上げる。体中は蜥蜴のように鱗で覆われているが、頭から首まではふさふさの狼の毛皮で覆われていて、そしてイグアナのような形の巨大な背びれを持っていた。
ゆったりと動き始める巨大キメラ。
「ブルルンブルルン(あのキメラはマグナスお兄ちゃんを踏んづけたキメラだ。僕も踏んづけられちゃうよぉ)」
キーラはキメラの姿を見るなり怯えた様子でヒヨコの背中に回り込み、隠れてガクガクブルブルと震えていた。折角下に降ろしたのにまたヒヨコの上に乗ろうとするのはどうなのだろう?
「ピヨピヨッ(マグナスお兄ちゃんですと!?ここにもピヨマグナスさんがいらっしゃいますが)?」
「ヒヒーン(偽物じゃなくて本物の方だよー)」
「ピヨッピヨッ(誰が偽物じゃー)」
ヒヨコは背後を振り向いて嘴でキーラをつつく。キーラはヒヨコの背後からも逃げ、トルテに助けを求める。
「きゅきゅう(ピヨピヨうるさいのよね)」
トルテもトルテで地面を走りながら物陰に隠れるように逃亡を始める。キーラも一緒に物陰に入ろうとするが、トルテほど体が小さくないので隠れられない。
トルテは自分の隠れる場所に潜ろうとするキーラを蹴っ飛ばして外に追い出す。
「ヒヒーン(トルテちゃん酷いよー)」
ピヨピヨトテトテパカラッパカラッと三者三葉で散開することになる。するとキメラはこちらに向けて口を開け、<咆哮砲>を放ってくる。
左右にフットワークを刻んでキーラがキメラの攻撃を避け、ヒヨコも<咆哮砲>を避けるのだが、その余波に負けて吹き飛ばされる。トルテはそっと物陰に潜んできゅうきゅうと一服。
ピヨコロリとヒヨコが転がると、物陰でトルテはキュウキュウと笑っていた。
あの野郎、こっちが逃げているのを見て楽しんでやがる。要領のいいやつだ。あのポジションがうらやましい。
するとキメラは巨大な尻尾を一振りして研究資材とか机とか書類とか関係なく叩き飛ばしてしまう。
「きゅう?」
トルテはそんな机の後ろに隠れていたのでいきなり巨大なキメラとご対面することになり、目を丸くする。
「きゅううううう」
慌てて逃げるトルテ。トルテを叩こうとしてキメラは巨大な尻尾を振り回して研究施設を破壊していく。
「ピヨッ(あっちの出入り口から出よう)!」
「きゅきゅう(賛成、なのよね)!」
「ヒヒーン(僕、いちばーん)」
しかし残念なことに皆で同時に出入り口から出ようとするので体が閊えて止まってしまう。
並んでいけば通れたのに3者で同時に出ようとした為に出入り口で閊えてしまったのだ。
避難訓練では並んで出ていかねばならないと教わる。その理由は皆で出ていくと危険だという話であるが、その実例が今ここで明らかになった!
ピヨピヨリ、避難訓練てなんぞや?
「ピヨッ(おい、まずは年功序列としてヒヨコに譲るべきじゃないのか)?」
「きゅう(ならば3歳児たるトニトルテ様が最初に出ていくのが筋)」
「ヒヒーン(ヒヨコさんが最後~)」
互いに押し合いへし合いしながら出口から出られないでいると、キメラがズンズンとヒヨコ達を追いかけてくる。
「きゅきゅう(ここはヒヨコにシンガリを任せたのよね)」
「ヒヒーン(足止めはお願いするよー)」
「ピヨッ(シンガリ、足止め)?ピヨピヨピヨッ(何だか格好いい役目だぞ)?ピヨッ(よし、その仕事任せてもらおうか)」
「きゅうきゅう(という事で、順番ずつに出ていくのよねヒヨコはそこで待機)」
「ヒヒーン(短い間だったけど楽しかったよー)」
「ピヨッ(何故に今生の別れのようなセリフ)!?」
キーラが凄く物騒なことを言うのでヒヨコまでもびっくりする。
「きゅう(シンガリってそんな感じのお仕事だと思うのよね)?」
「ピヨピヨピヨ(ふふふ、時間を稼ぐのは良いが、別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?)」
「きゅうきゅう(それは死亡フラグなのよね!昔、勇者がそんなことを言っていたと父ちゃんから聞いていたのよね)」
「ピヨッ(迷信を信じるなんてトルテはお婆ちゃんみたいなことを言うなぁ)」
「きゅきゅう!」
ヒヨコの突込みにトルテは頭を抱えてうなだれる。お婆ちゃん扱いにショックを受けたらしい。
ヒヨコたちが相談しあっていると後ろからずんずんとキメラが追いかけてくる。
「ギュォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「ピヨッピヨピヨッ(さっきからうるさい!逃げる算段をしてるのにギュオオギュオオ喚くな)!」
背後でうるさくキメラが喚きつつも<咆哮砲>を放ってくる。だが、ヒヨコは<火炎弾吐息>を放ち、キメラの<咆哮砲>とぶつかって爆発する。
だがしかし、ヒヨコはすでに第2射を発射していた。
「ギャオオオオオオオオオオオオオオ」
キメラの持つ狼の耳にピアスでも付けられそうな穴が開いてしまい、キメラは痛みに悶えてゴロゴロと転がる。
それにより研究所の一室はさらにぐちゃぐちゃに壊されていく。
「ピヨ(おい、トルテ。キーラ)」
「きゅう(なんなのよね)」
「ヒヒーン(な~に~)?」
「ピヨピヨ(あのキメラ、見掛け倒しじゃね?)」
「きゅう(実は、いま、同じことを思ったのよね)」
「ヒヒーン(えー、おっきくて怖いよー)」
武闘派ではない草食動物なキーラでは分かるまいが、肉食系なヒヨコとトルテの中では生物としての格が低いと感じるのだった。
食う側と食われる側があるとすれば、あのキメラはヒヨコ達からすると食われる側なのだと本能を感じさせる。
「ピヨッ」
ヒヨコはちょっとキメラを睨んでみると、キメラは
「ギュオオオオオオオオオオオオオオッ!」
と叫ぶなり、今度は逆方向へ全力で走り出して施設の壁をぶち壊して施設の外へと逃げだした。あれは完全にキメラがヒヨコの強さを見て恐怖で逃げ出したように見える。
キメラはどうも頭が悪く、生まれたてのお子様だったようだ。
余りにも弱いので今日からあのキメラもキメラ君と呼ぼう。
「きゅうきゅう(焦って損したのよね)」
「ピヨ(よく考えたら獲物を合体させただけの巨大生物なんだから、でっかいだけで獲物は獲物だったんだな)」
「きゅううううう(そう考えると腹が立ってきたのよね。このドラゴンたるアタシをビビらせるなんて許せないのよね。追いかけて虐めてやるのよね)」
トルテはトテトテとキメラ君を追いかけて、キメラ君が開けた施設の大穴を通って外へと飛び出す。
「ヒヒーン(えー、帰ろうよぉ)」
「ピヨ(トルテの野生の血が騒いでしまったか。帝都に来てから狩りをしてないからなぁ)」
「ヒヒーン(草を食むと落ち着くよー)」
「ピヨ(草は食物じゃない)」
「ヒヒーン(美味しいよー)」
「ピヨ……ピヨ(まあ、いいや。とりあえずトルテを追おう)」
「ヒヒーン(そうだね、トルテちゃんを追おう)」
ヒヨコたちがトルテの後を追って施設の外に出て町を見ると、何かすんごい事になっていた。
カンカンカンカンと警鐘が響き渡り、町の人たちが悲鳴を上げて逃げまどっている。まさに阿鼻叫喚とはこのことか。
やべえ、ヒヨコがちょっとキメラ君を睨んだだけで、帝都がとんでもない事になってる。
「ヒヒーン(大惨事~)」
「ピヨ(ヒヨコよりも呑気な奴がいやがった)」
この、お気楽ユニコーンめ。
内心で毒を吐きつつヒヨコは慌ててトルテを追いかけることにする。
キメラ君に蹴飛ばされて死にそうな怪我をしている年配の女性がいて、その女性を前に泣きじゃくる少女がいた。
「ピーヨ(<治癒>)」
ヒヨコは通りすがりに神聖魔法<治癒>の魔法を唱えると年配の女性の怪我が治り、少女は泣き止むのだった。
キメラ君に腕が潰されて、二度と料理が作れぬと絶望の淵に涙を流す料理人がいた。
「ピヨピーヨ(<完全治癒>)」
ヒヨコは通りすがりに神聖魔法<完全治癒>を唱えると、料理人の腕がみるみる元に戻り、再び包丁が持てると涙して喜んだ。
キメラ君に蹴飛ばされて倒れている人たちがたくさんいた。たくさんの人たちが痛みと苦しみに嗚咽していた。
「ピヨヨピーヨ(<範囲全体治癒>)」
ヒヨコは通りすがりに神聖魔法<範囲全体治癒>を唱えると、たくさんの人たちが痛みから解放され笑顔が戻るのだった。
キメラ君にぶつかってコンロが壊れて家に火がついて燃え盛る家があった。
「ピヨピーヨ(<水球>)」
ヒヨコは通りすがりにの水魔法<水球>を唱えて大きい水玉を燃えている家に落とすと、辺り一帯の火事があっという間に鎮火するのであった。
キメラ君が壊した家が今にも倒壊しそうな状態で、瓦礫に体が挟まって動けない老人がいた。そして、少年がその老人を助けようと瓦礫を退けようと必死にかき分けていたが、それより早く家が倒壊し、彼らを潰そうとしていた。
「ピヨピーヨ(<大地制御>)」
ヒヨコは通りすがりに土魔法<大地制御>の魔法を使って倒壊する家も老人を押しつぶしていた瓦礫も、地面の土を盛り上げて少年と老人を同時に助けるのだった。
「ピーヨ(<治癒>)」
更に足が潰れて動けそうにない老人に神聖魔法<治癒>をかけて、癒してから去っていくのだった。
取り敢えずキメラ君の悪事の後始末は終了という感じだが、まだまだ悪事を繰り返してしまう哀れなキメラ君。
「ピヨ(何だか大変なことになったなぁ)」
「ヒヒーン(おうちがたくさん壊れちゃったねぇ。魔法で治せないのー?)」
「ピヨ(そんな魔法は持ってない)」
「ヒヒーン(僕は風の魔法しか持ってないよー)」
「ピヨ(魔法を使えるのか)?」
「ヒヒーン(いなくなったマグナスお兄ちゃんに教わったのー)」
「ピヨ(ここにもマグナスお兄ちゃんがいるのに)」
「ヒヒーン(こっちは偽物なのー)」
「ピヨッ」
ヒヨコはとりあえず隣を走っているユニコーンを嘴でつついてから先を急ぐ。
「ブルルルン(痛いよぉ、何で突くのー)?」
キーラは文句を言いながらもヒヨコの駆け足についてくるのだった。
ヒヨコたちが角を曲がると、キメラ君の巨体が見つかる。
というか道路の中央で倒れていた。
「きゅう」
トルテは駆けっこが終わってしまいがっかりした様子だった。
「ええい、何だ、この国は。頭の悪い魔獣を野放しにして祭りでもあるのか?」
地面に倒れ伏すキメラ君の前には赤い髪の大男がいた。
いや、牛追い祭りの代わりにこんな巨大なキメラ君を開放するようなキメラ追い祭りはありません。
どうやらあの男がキメラ君を殴って鎮めたようだ。周りの人たちもキメラ君を一撃の下に伏した謎の男に驚いているようで注目を浴びていた。
赤い髪に端正な顔立ち。年齢は20~30歳くらいで背は190センチくらいの大男だ。
「ピヨッ(あれ、イグッちゃんじゃないか)」
「ヒヒーン(お知り合いなのー?くんかくんか……トルテちゃんと似た匂いがするー)」
「きゅう……きゅきゅきゅっ(その人間っぽい姿をしてるのはまさか…父ちゃん)!?」
「おお、トニトルテじゃないか」
「きゅきゅきゅー(父ちゃーん)」
「トニトルテー」
二人が駆け寄り抱きしめあうかと思いきや、トニトルテがジャンプするとそのままキックがイグッちゃんの顔にさく裂する。
「ゴフッ」
キメラ君を一撃で倒した男が地面に転がり倒れる。
「きゅうきゅうきゅう(何で父ちゃんがここにいるのよね。事と次第によっては容赦しないのよね)」
突然の父親の出没に、娘はお冠だった。
「おおう、ぐ、偶然、偶然帝都に用事があってな。そう、偶然なのだ。父もまさかトニトルテがいるとは思わなかったんだ。これは親子が出会う運命だったに違いない」
地面に手と膝をついてぐったりしているイグッちゃんはあくまでも偶然を装っていた。
「きゅう?(くんくん、でも酒と人間の雌の匂いがするのよね)」
トルテは軽蔑するような色を含めた目で、人の姿をした父親をジトリと見上げる。
「ち、違うぞ、トニトルテ。これはだな、人間社会に紛れ込むための擬態でだな、決して女遊びをしてたわけではないのだ」
「きゅう(カマかけたらまんまと口を滑らしたのよね)」
「ピヨッ(トルテ、恐ろしい子)!」
ヒヨコは目の下に青い縦線を入れて劇画調で驚きをあらわにする。
「きゅう(山に帰ったら母ちゃんに報告するのよね)」
「ち、違うぞ。勘違いするな!そ、そうだ、そこでジャーキーを買ったんだがどうだ?」
イグッちゃんは人間の服を着ており、ポケットから袋を取り出す。袋の中にはビーフジャーキーが入っていた。
「きゅう(さらにジャーキーで買収とはせこいのよね)、きゅきゅうきゅうきゅう(娘のピンチによその女とイチャコラしてたとは言語道断なのよね)」
イグッちゃんでは娘を抑えることはできないようだ。トルテの不機嫌が増していくのがわかる。
「ピンチ?」
ヒクッとイグッちゃんの赤い形の良い眉が動く。
「ピヨッ」
ヒヨコはトルテの後ろに回り込み、慌てて両翼でトルテの口を塞ぐ。このオッサンは見た目はただのイケメンおやじに見えるが真の姿はあそこに見えるお城みたいに大きいドラゴンなのである。怒りに任せて暴れられたら一瞬でこの町が滅んでしまう。
「むぐむぐ(何するのよね、ヒヨコ)」
「ピヨッ(しまった、ヒヨコたちの場合、口を塞いでも念話で話しているから意味がないんだった)!」
何という失念。
口を塞いでも普通にしゃべられてしまうこの悲しさ。
「トニトルテがピンチになったとはどういうことだ?」
すさまじい殺気と怒気を放ちながら、赤髪の男が若干声を震わせてヒヨコに尋ねてくる。
「ピヨピヨ(僕、ヒヨコさんだから分からないよー)」
「ヒヒーン(僕も仔馬さんだから分からないよー)」
うん、キーラは本当にわかってないからいい感じでごまかせそう。
「よし、この国を滅ぼそう」
「ピヨッ(想像を超えた親バカだった)!?」
普通、状況を確かめてから怒りをぶつけるのだろう。何故、ピンチだったという情報を拾ってから、いきなりこの国を亡ぼすという結論になるのだろう?
頭おかしいんじゃないかな、このバカ親。
「きゅうきゅう(ちょっとやられたから腹いせにキメラをいじめようとしたら父ちゃんがアタシの獲物を取ったのよね。とってもガッカリなのよね)」
「ぬっ!?」
「きゅうきゅう(父ちゃんは人の楽しみを奪う常習犯でダメダメなのよね)」
トルテはペチペチと尻尾で地面をたたいて不機嫌を示しつつ、父親を睨みながら見上げる。
「しかしだな、トニトルテよ。お前の魔力が見えなくなって焦ったのだぞ」
「きゅっ(やっぱり監視してたのね)!きゅうきゅう(父親がストーカーでガッカリなのよね)」
地団太を踏んで父親を恫喝するトニトルテはグリンとヒヨコの方を見る。
「きゅう(いつから父ちゃんはつけてたのよね)」
父ちゃんの申告を信じていないようで、ヒヨコに尋ねる。
さて、真実を話していいものか。このオッさん、トニトルテがステちゃんの居候しているお家の軒下に住み始めた頃から、ちょっと離れた場所で魔力感知するように見張っていた。つまりもう2か月くらいである。
ヒヨコがイグッちゃんの方に視線を向けると、何かを訴えるようにイグッちゃんもまた強い目でヒヨコを見る。何かを訴えているような目だった。パチッパチッとウインクをしている。誤魔化せという事だろうか?
「ピヨッ(フルシュドルフにいた頃からこっそりストーキングしてましたぜ姉御)」
「きゅう(ごくろう、ピヨ君。なるほど、つまり…父ちゃんはずっとストーリーキングをしていたと)」
キュピーンと目を光らせて父親を睨むトルテ。
「ちょ、待てよ」
「きゅう!きゅう!(そんなイケメン風な呼び止め方をしてもアタシは許さないのよね!)」
「ピヨピヨ(トルテ。ストーリーキングではなくストーキングだ!)」
ストーキングは相手を追いかける行為だが、ストーリーキングは全裸で出歩く行為だ。どちらも犯罪で、変態のレッテルを張られる行為であり、時に異性を追いかける事もあるが、色々と意味が違うのだ。
「きゅう?(ストーキングとストーリーキングがどう違うのよね?)」
「ピヨ(後者は全裸で他人に己のセクシーシンボルを見せる行為だ)」
「きゅうきゅう(常に全裸なアタシたちにとってはどっちも変わらないのよね)」
「ピヨッ!?」
なんてこった。今明かされる笑撃の事実。
ピヨ氏、今までずっと全裸で登場していた件について。
ストーリーキングはヒヨコだった!
ヒヨコは眩暈をしたように感じてふらつき地面に頭から倒れ込む。
「ピヨピヨ(もう、帝都とかどうでもいいや。焼くなり焦がすなりどうとでもしちゃって。ヒヨコは旅に出ます)」
「きゅう?(全裸で?)」
トルテの一言が一々心に刺さり、生きるのがつらくなってくる今日この頃。
「ピヨ(もういいよ。おいらステちゃんの所に帰るから。ヒヨコはもうヒヨコであることに疲れたよ)」
「きゅうきゅう(待つのよね、ヒヨコ。帰るならアタシもついていくのよね。何処に行くのか分からないのよね)」
「ヒヒーン(どこに逝くの~)」
「ピヨ(鉄格子のあるヒヨコ部屋に逝くよ)」
しょぼんと去るヒヨコ。それにパカパカトテトテとついてくるキーラとトルテ。
こうしてヒヨコの脱獄劇は幕を閉じるのだった。
「ええと、我はどうすれば良いの」
人の姿をした竜王は困り果ててそこに取り残されるのだった。
だが、傷心のヒヨコにはどうでも良い事だった。彼が衛兵に追われることになりさっさと撒いて逃げたりした事なんて知る由もないのである。