3章13話 ヒヨコが走る
ガシャーン
ヒヨコの目の前に鉄格子が下ろされる。
「ピヨッ!?」
ヒヨコとトルテとキーラのトリオはそれぞれ別々の鉄格子のでっかい檻の箱に詰められて異なる荷馬車に押し込められる事になった。
馬車に乗っているのはいずれも衛兵の皆さん。
4つの馬車があり、魔物をそれぞれ1匹ずつ、そして人間は人間でお縄について馬車で運ばれていた。
ヒヨコはたった一羽になって寂しいのでこの場にふさわしい歌でも歌おうとピヨピヨとリズムを刻む。
「ピ~ヨ~ピヨヨ~ピ~ヨ~ピヨヨ~ピ~ヨ~ピ~ヨヨピ~ヨピヨ~」
ヒヨコは晴れた昼下がり辺りに売られる家畜を想像するような音楽(※ショロム・セクンダ作『ドナドナ』)をピヨピヨと歌う。
「あの、隊長」
「なんだ?」
「後ろで鳴いているヒヨコの口ずさむリズムを聞いていると、俺、何だかすごい悪人になった気がするんですけど」
「べ、別にどこかの市場に売るわけじゃねえんだから気にするな!」
ほほう、どうやら彼ら、真面目な衛兵さんのようだ。ならばもっと良心を痛めさせえてあげよう。
「ピヨピヨピ~ヨ~ピ~ヨ~ピヨピヨピ~ヨヨ~~」
ヒヨコは遠くを眺めて悲し気なフレーズを歌う。ビブラートを込めて。
「ごめんよう、俺が悪かった」
「だから悪いことしてねえから!」
ヒヨコを運ぶ衛兵の隊長さんと部下はなんだか漫才みたいなことをしている。中々に芸術を理解する衛兵さんたちだ。好感が持てる。お仕事頑張ってください。ピヨちゃんは歌って応援します。
とはいえ、残念なことにここにトルテがいないのは悲しい。奴ならきゅうきゅうと一緒に歌ってくれるのに。
キーラはダメだ。奴には音程というものがない。ヒヒーンコーラスの方法を考えてやるしかない。
ピヨハーモニー楽団なのにピヨちゃんのソロコーラスでは寂しい限りだ。
とはいえヒヨコの独演会に衛兵の人が一人涙を流している。俺の歌が心にしみたようだ。
『ピヨは歌唱のスキルレベルが上った。レベルが2になった』
おや、ヒヨコの美声は遂に人々を感動させ女神様も認めるほどか!
「ピヨ?(ところでこの馬車はどこまで行くんですか?刑務所?)」
………………
返事がない。ただの屍のようだ。
ではなく、どうやらヒヨコの言葉が聞こえないようだ。
本格的に念話を覚えねばならないようだ。なんて不運な。
通訳兼ご主人様であるステちゃんも別の馬車に乗せられている。
ほんと、ヒヨコはどこに連れていかれるのだろう。
***
そこは重要犯罪者が突っ込まれるような場所だった。地下の方の収容所らしい。牢屋が並び、ヒヨコもそこに入れられる。キーラと一緒に。
「ピヨッ(なんでやねん)」
「ヒヒーン(お馬さんとヒヨコさんの牢屋なの)?」
「ピヨ(なんて危険なことを)」
「ブルルン(はっ)ヒヒーン(若い男女が密室に二匹きり)」
「ピヨ(若いというか幼い雌馬なんぞに喜ぶ雄がいるなら教えてもらいたい。むしろこうもとれる。肉食獣と草食獣が密室で二匹きり。………何だか牢屋を出るときは1匹だけみたいになるようなシチュなのだが)」
「ヒヒーン(スリルとサスペンス~)」
「ピヨ(何だろう。キーラといると緊張感がないから面白くない。やはりヒヨコと互角に張り合えるのはトルテだけか)」
「ヒヒーン(トルテちゃん、どこに行っちゃったんだろうねぇ。違う牢屋かな?)」
ヒヨコとキーラはお互いに座り込んで溜息を吐く。
寂しいのでちょっと今の気持ちを歌に込めるか。
「ピ~ヨピヨ~ピ~ヨピ~ヨピ~ヨヨ~、ピ~ヨピヨ~ピ~ヨピ~ヨピ~ヨヨ~」
「やめてくれえええ!人生が終わったみたいじゃないか!」
悪い事をして収容所に送られただろう男が嘆きの声を上げるのだった。
お葬式とかで流したら残念感が増しそうな、いつかどこかで聞いた音楽(※ショパン作『葬送行進曲』)を流してみたのだが、どうやらいい感じにヒヨコの美声が響いた様だ。
またしてもヒヨコの歌声に涙する人間が一人。
「ヒヒーン(ピヨちゃん、暇だから遊んで~)」
ヒヨコが歌っていると、背後のキーラはスクッと立ち上がり、何故かヒヨコの背中に乗ってくる。
土足でゴリゴリヒヨコの頭に乗るな。ヒヨコヘッドは弱いのだぞ。
「ピヨピヨ(はあ、しかしどうしたものか。鳥生で二度目の檻の中とは。ヒヨコ・イン・プリズン)」
そして懐いている割にヒヨコに対して妙に攻撃的なポジションをとるキーラ。
ヒヨコの上に乗ろうとしているのは良いが、蹄を頭の上に乗せようとするのは辞めてもらいたい。
それにしてもいつ解放されるのだろうか?ヒヨコのバーベキューなんておいしくないと思うのだが、食べる気なのだろうか?
***
私は取調室にやってきていた。
拷問でも受けるような場所でやるのかとオドオドしていたが、どうやらその心配はいらなかったようだ。
「君があのヒヨコに命令をしたのだな?」
「命令?」
いきなりそんなことを言われても困る。
「何の容疑で私はここに来たのでしょう?」
「あのヒヨコがキメラを挑発し、キメラに攻撃を客席へ誘導させたようだ。そうするようにけしかけたのは君の命令だったのだろう?」
「そんな事していません」
「良いか?君が証言しなければいつまでもここで延々と収容され続けることを忘れるなよ。ちゃんと証言すれば解放してやる。立場を勘違いしない事だ」
「そうは言われても……うちのヒヨコ、そもそも誰の従魔でもないし、気に入らないことがあればやれと言ってもやらないヒヨコですし」
「うそを言うな!魔物が飼いならされていないというのか!」
怖い顔で私に詰め寄る尋問官さん。とは言っても獣王様に恫喝されたり、竜王様に殺されかけたり、そこそこの修羅場をくぐってきている。それを思えば全然怖くない。凄んでいるのだろうか?
「というか、あのヒヨコ。飼いならすというよりも勝手に懐いているだけなんですけど」
思えばあのヒヨコ、私のいう事なんてまともに聞いたためしがない。
一匹のヒヨコとして人格(鳥格?)をもってたくましく生きている。社会のルールに則って生活をしているのだ。神眼詐称でもしているのかと思うくらいに。
「つまりお前たちはヒヨコが勝手にやったことで自分は知らないと言いたいのだな?」
「というか、キメラが暴れてヒヨコはそれを収めたように見えたのに、何でヒヨコのせいになっているんですか?ヒヨコがいなければ間に合わずに死んでいたかもしれない負傷者がいましたけど。感謝こそされ逮捕される理由がわかりません」
「ヒヨコがキメラを挑発し、群衆の方へと誘導してけしかけたという報告が上がっている。多くのものがそう証言をしている」
そう怒鳴る尋問官さんの言葉に私はこれが政治的な話なのだとすぐに気づく。
キメラの罪をヒヨコに押し付けたいのだ。
「そもそもヒヨコが何を狙ってそんなことを?意図が分かりませんが」
「貴様らがキメラを排除してライツィンガー男爵を貶めたい為だろう」
「私はヒヨコを通じてアインホルンさんのお屋敷で住まわせてもらっただけだし、そんなことを言われても。その男爵さんさえも知らないし」
「む」
それは元々の情報として知っていたのだろうか?まあ、そうでなければ逮捕されない筈だ。
「貴様は何を目的に帝都に来たのだ」
「元々はヒューゲル男爵様が何やら犯罪に巻き込まれたらしく、証人として一緒についてきただけです。一応、ヒヨコは私の所有する魔物として登録してあるのでヒヨコも一緒に連れてきただけで。ヒューゲル男爵様が法廷にいきなり連れ出されて、法廷から証人の帯同を許可されなかったので困っていたところを、たまたまアインホルン家と縁が出来たのでアインホルン騎士爵様の家に厄介になることに」
「な、なるほど」
「というか、何でヒヨコが悪いって話になっているんですか?あの魔物レースって魔物同士で殺しあう事もあるレースなのでしょう?挑発したっていう難癖自体がおかしいような気がするんですけど。戦いながら走り終えた結果、優勝したヒヨコにキメラが襲い掛かっただけ。そもそもレースが終わっても魔物が暴れる事自体がおかしいと思うんですけど。キメラの従魔士に事情聴取をするのが先のような?」
「それは君の知る必要のない事だ」
私は訝しく感じて念話の応用で相手の思念を読み取ろうとする。
(勘弁しろよ。くそ、こっちだって仕事だっての。こんな言いがかりを無理やり犯罪者としてでっち上げろとか無理があるのは分かってんだよ。法務大臣からの命令だからってウチの所長も無茶言ってくれるぜ。いっそ本当に陛下が来た時に首を挿げ替えてくれればよかったのに。拷問してでも無理やり証言をとれって言ってもなぁ。うちの娘と同じくらいの子供まで拷問しろっての?絶対無理。いくらあのキメラが皇子殿下の所有物だからって、それを守るために無理やり他に言い掛かりをつけるとか勘弁してほしいんだけどなぁ)
そんな愚痴のような声が漏れてくる。
ああ、なるほど、この人も無理があるのは分かっているのか。
とはいえ、拷問されるのは嫌だなぁ。キメラは皇子殿下に所有されているから、キメラが暴れたという過去は皇子殿下に傷をつける恐れがある。だからそのスケープゴートとしてヒヨコに…となったのか。
「ところで私の連れていた三匹の魔物は元気ですか?」
「三匹?いや、この収容所に来たのは二匹だけだが」
「え?あ…………………………」
それはインスピレーションからくる帝都の破壊。凶悪な予知が頭の中に舞い降りた。
涙を流しこの大地を漆黒の炭へと変え、生きとし生けるもの全てを駆逐する竜王の姿。
それは間違いなくトルテの死を告げていた。
(な、なんてことを!ヒヨコ!聞こえる、ヒヨコ)
私は念話で思い切り叫ぶ。とんでもない事態がまたも起こった。
遠くからの私の呼びかけにヒヨコが反応した。
(おや、ステちゃんの声が聞こえる。どこから話してるのだろう?近くにいるのかな?まさかここの収容所の尋問官がロリコーンでエッチな拷問でもしているのだろうか?残念、ここにいるのはロリコーンではなくユニコーンとヒヨコーンでした。ピヨヨヨーン)
(そんなことはされていない!そこのヒヨコーン!トニトルテがこの収容所に来てない。多分、誰かが衛兵に紛れて誘拐したみたい)
(なんと!?キーラと二匹っきりだからトルテの合いの手がないとヒヨコの美声が今いちハーモニーしないと思っていたのに、まさかトルテがここではないどこかに運ばれていたとは)
(その結果、どうもトニトルテが殺されるみたい。分からないけど私の予知に引っ掛かった!結果として竜王様がお怒りになって帝都一つとかそういうレベルじゃなくて帝国の半分くらいが焦土となるくらい)
(そういえばイグッちゃん。トルテが心配でこそこそ人間の格好をして付いてきてたからなぁ。イグッちゃんは………帝都のどこかにいるみたいだけど。宿で寝てるのかな?娘のピンチに気づいていないとは情けない)
ヒヨコがさらりと恐ろしい事を念話で話す。
イグッちゃんって竜王様をなんという呼び方をしているのかそっちが驚きである。
いつの間に仲良くなったのか?
まあ、こそこそ人間の格好をして付いてきていたというなら、どこかで話していたのかもしれない。何故かヒヨコは竜王様に一目お置かれている雰囲気があったからだ。
(とにかくトニトルテを助けて。ヒヨコだって相方がいないと寂しいでしょう?)
(ピヨハーモニー楽団にトルテがいないと困る。キーラは戦力外で打楽器程度の役にしか立たんし)
(えー僕は戦力外なのー)
するとキーラが念話で割り込んでくる。
(トニトルテがどういう理由で死ぬかは分からないけど、その結果として怒り狂った竜王様がこの大地を何も残さないほど大変なことになるから。焦土と化した大地ではすべての生物が息絶え……………あれ、ヒヨコだけ生きてる)
(さすがはヒヨコタフネス。でもそれだと寂しいなぁ。折角帝都に来たのに人も街もないのは。トルテも楽しみにしてたのに)
(そういうわけで脱獄してトルテを助けに行きなさい!)
(脱獄は難しくなさそうだけど……さっきからトルテの位置がわかりません。魔力を追ってるのになぁ。そういえば収容所辺りからトルテを感じなかったような?)
魔力を追えないという事はそういう檻だったのかな?或いはそういう施設に運ばれたのかもしれない。魔物の力を抑える為に魔力を抑え込む仕組みになっていてもおかしくはない。
対して、ここは普通の収容所みたいなので魔力が感じられるし念話も聞こえる。
とはいえ、あのトニトルテがすでに殺されたとは考えにくい。
トニトルテが牢屋に入れられたとしても反抗すればだれも手が付けられない筈だから。
(僕分かるよー。トルテちゃんの匂いだよね。えっとね、ずっと遠くの左の方に感じるー)
(おお、キーラ。なんて便利な子)
(僕、戦力になるー?)
(ピヨハーモニー楽団のヒヒーン担当として迎え入れてやろう)
(わーい)
ヒヒーン担当が何なのかはともかくヒヨコならトニトルテを助けることができるだろう。そもそもこの手の問題に立ち向かうのは古今東西で決まったように『勇者』の仕事だからだ。
真の勇者でもあるヒヨコならどうにかしてくれるだろう。
まあ、どうにもならないからヒヨコに丸投げするしかできない無力な自分を嘆くしかないのだが。
「どうしたのだね、君は」
尋問官さんがジトリと私を見る。そういえば念話に夢中で尋問官さんの事をガン無視していた。
「ええと、うちのヒヨコ、これから脱走するみたいなんで出来るだけ道を開けてくれると助かるんですけど」
「は?」
すると
「大変だっ!魔物が脱走したぞ!」
そんな声が響き渡る。
何ともまあヒヨコが強くなりすぎて、魔物を閉じ込める檻ではないが、簡単に出てこれるとは恐ろしい限りだ。牢屋を歪めるようなキメラを一蹴りで倒すほどなのだからそのくらいはやれるのは仕方ないかもしれないけど。
***
ステちゃんの命令を受けてヒヨコは脱獄を試みる。かつての弱っちい頃のピヨちゃんではない。
食らえ衝撃の~……ファーストバレットブレス!
ゴウッと強力な火炎弾を吐き出し、牢獄の錠前の部分を溶けかけるほどの威力で燃やす。
「ピヨッ」
コツーンと嘴でつつけばボロリと落ちる。嘴を牢屋の外に出して閂となっている大きな鉄の棒を咥えると横にスライドさせる。カラコローンと音を立てて閂が落ちる。
「ピヨッ(どうよ、この脱獄テクニック)」
「ヒヒーン(よくわかんないけどヒヨコさんすごーい)」
「ピヨッ(じゃあ、キーラ。一緒に行くぞ。お前の鼻が頼りだ)」
「ヒヒーン」
俺たちは収容所を歩いて先へと進み階段を上って収容所の入り口にたどり着く。
頑丈な鉄格子のドアが存在していた。が、牢屋よりも頑丈そうではなかった。
「ピヨッ!(くらえ!撃滅のセカンドバレットブレス!そして、ヒヨコキーック)」
第2の扉を蹴り倒す。
「魔物が脱走したぞ!」
「誰かヒヨコを止めろ!」
衛兵さんたちは誰もが腰を引き気味にして俺を取り囲んでいた。
「う、うおおおおおおおおおっ」
一人の男が剣を振りかぶって襲い掛かる。
ヒヨコは頭上から振り下ろされる剣を嘴で受け止め、首を回せば相手はそのまま地面に叩きつけられて目を回すのであった。
「ピヨッ」
「え、何、あのヒヨコ。武術の達人なの?」
「無刀取りだと………」
「ピヨッ(職務に忠実な哀れな衛兵さんたちを傷つけたくはないが、ヒヨコは友を助けに行かねばならぬ。そこをどいてほしい)」
「ヒヒーン(なんか格好いい事を言ってるけど人間さんたち聞こえてないよー)」
「ピヨ(よし、とりあえず攻撃を避けつつ逃げよう。キーラのフットワークでは若干の不安があるからヒヨコの背中に乗るが良い)」
「ヒヒーン(わーい、おんぶおんぶ)」
キーラは喜んでヒヨコの背中に乗ってくる。
「ヒヨコを逃がすな!町に解き放たれたら大変なことになるぞ!」
「ハッ!」
「死んでも通しません!」
衛兵さんたちはヒヨコの強さに怯えつつも必死に外に出ないように出口を守ろうとする。
「ピヨッピヨピヨッ(ふっ、たかが人間風情がヒヨコステップを捕えることができるかな?)」
抜き足差し足で相手との距離を詰め攻撃をかわしつつ背後をとる。
「ヒヒーン(目がくらくらするよ~)」
どうやらヒヨコステップにはキーラもついていけない模様。ユニコーンの若手の中では麒麟児と呼ばれていたらしいが、ヒヨコーンと比べると厳しいようだ。
しかし、かのヒヨコブレイバーたるヒヨコが衛兵さんなんかに負ける筈もなし。ヒヨコブレイバー時代をよく覚えてないけど。
「ピヨッ(よ~し、このまま収容所を脱出してトルテの所に行くぞ)」
「ヒヒーン」
ヒヨコはそのまますたこらさっさ走って、駆け寄る衛兵たちをヒラリとかわし、収容所の門を蹴り壊して町の外へと飛び出すのだった。
町中に飛び出したヒヨコであるが、そんな街の通りを平和そうに過ごしている人々から悲鳴が上がる。
まさかのヒヨコファンか?
否、どうも黄色くない悲鳴だった。絹を切り裂くような悲鳴に聞こえる。どうやらファンじゃないらしい。
「ピヨッ(で、どっちに行けばいいんだ、キーラ)」
「ヒヒーン(あっち)」
「ピヨッ!?」
キーラが頭で示した方角は家が立ち並んでいる。もしかして匂いのある方向をダイレクトに差しているのか?
「ピヨ………(み、道順は分かるか)?」
「ヒヒーン(わかんなーい)」
仕方ない。このまま家の上を駆け上がろう屋根の上を走っていけば辿りつけよう。
ヒヨコは走ってジャンプして屋敷の上に飛び乗ると、キーラの示す方角へとにかくピヨピヨと走って進む。家が壊れないように抜き足差し足ヒヨコ足で重量がかからないようにする。
敢えて言おう。俺が重いのではなくキーラが重いからだ。
『忍び足のスキルレベルが上がった。レベルが7になった』
「ピヨッ」
…そういえばちゃんとスキルを確認してなかったが昔はもっと低かったような。
帝都への移動中に着実に上げていた忍び足スキルがガンガン上がっている。
思い出せば偶にちょくちょくこんな声が聞こえていたけど右から左へと聞き流してたから気付いていなかった。
ヒヨコブレイバーからヒヨコニンジャにクラスを変える日が来るのか?
ヒヨコ番衆の長としてピヨピヨ務める日も近いのか?『回転ヒヨコ乱舞・六連!』とかやっても良いだろうか?
※勇者シュンスケ・オキタが『る●うに●心』を愛読していた件について
ぴょんぴょんと屋根から屋根へと飛び移りながら駆ける。着地の音もたてないように努力して美しく着地。屋根の上を走り、キーラの示した方向へ走り続け、どこか遠くに見える大きな工場みたいな施設が見えてくる。
『忍び足のスキルレベルが上がった。レベルが8になった』
なんてことだろう。そろそろヒヨコ足のレベルがカンストしてしまう。
ヒヨコの才能には我ながらほれぼれしてしまいそうだ。にんにん。
ヒヨコがキーラとともにたどり着いたのは物々しい巨大な白い壁に囲まれた、大きな四角い建物だった。窓がほとんどなく、ちょっと怪しげだ。
『帝立魔獣研究所』という看板があり衛兵らしき人たちがたくさん並んでいた。
「ヒヒーン(なんて書いてあるのー?)?」
「ピヨッ(魔獣研究所、つまり俺たちを研究しているのだな?これはフリーパスなのでは)?」
「ヒヒーン(なるほど、ピヨちゃんは賢いなぁ)」
俺はキーラを背にしたまま正門から堂々と入る。
「ピヨピヨー」
「ヒヒーン」
「おう、こんにちは。今日も出勤お疲れ様―」
「って、何で魔物が自分で入ってきてるんだ!止めろよ!」
すると慌てたように衛兵さんたちがどこからともなく現れる。
残念、どうやらフリーパスではないらしい。
「ヒヒーン(途中まで普通に通れそうだったのにねぇ)」
「ピヨ(自然に通ろうとすれば通れそうな雰囲気だったのに惜しいなぁ)」
5人ほどの衛兵さんたちが槍とか持ってこちらに身構える。
「ピヨ?ピヨヨ」
俺はふと外の方を見る。すると衛兵さんたちもそちらの方へと視線を向ける。
ふと外を見てみただけなのに、何故か皆でよそ見をしているので、そのうちに俺は研究所の入り口へと飛び込む。
一気に走って研究所の中へと駆け抜ける。
書類を持って歩いている白衣のお姉さんが悲鳴を上げる。バサバサッと書類を地面に落としてしまったようだ。
「ピヨッ(おっと、これは失礼、お嬢さん)」
ヒヨコは追われている身でありながらも、書類を嘴で拾い上げ、トントンと地面で書類の束を纏めてからお嬢さんへと差し出す。
「え、ええええ?大きいヒヨコ?背中に馬?キメラ?な、何で?あ、ありがとう」
お嬢さんはかなり混乱しているようなので俺はさっさとここを去ることにする。
「ピヨッ(まあ、気にするなよ)」
「ヒヒーン(ピヨちゃんが紳士だ)」
後ろからバタバタと衛兵さんたちが追いかけてくる。だが、紳士ヒヨコは慌てて研究所の中を走って逃げる。
人間風情が追いつける速度ではないのだ。魔物レースで1勝を挙げた脚力は半端ないのだ。
とはいえ全力で走ると床が抜けそうだから静かに高速に走る。
下に力を入れると床が抜けるから前へと推進するように足を引っ掛けて移動方向への反力方向に力を入れるようにすれば静かに速くなるに違いない。
『ピヨは高速移動のスキルレベルが上がった。レベルが6になった』
『ピヨは忍び足のスキルレベルが上がった。レベルが9になった』
走り方に気を付けたらどうやらそれが正解のようで高速移動と忍び足のスキルレベルがあがってしまった。
「ピヨ(そういえばトルテの魔力を感じるぞ?この建物の外周はそういう気配を消す効果でもあるのかな?とりあえず魔力のある方向へ進もう!)」
「ヒヒーン」
ヒヨコたちは驚く研究者たちとすれ違いつつ、追いかけてくる衛兵さん達を背後に先へと進む。
ピヨピヨと素早く走って研究所の奥へと向かう。途中で衛兵さんたちが前から現れて、道を塞ごうとも、ヒヨコのスピードの前には軽くちぎられて振り切られるのだった。