3章12話 ヒヨコも逮捕されるらしい
ステちゃんとトルテをアインホルンの家に置き去りにして、ヒヨコとキーラはテオバルト君と共に大きな魔物小屋のある敷地へとやってきていた。厩舎とか言うらしい。
近くには魔物のトレーニングセンターがあり、似たような魔物小屋がたくさんある。
その中でも一際大きい建物へテオバルト君が入っていくのでヒヨコ達もそれに続く。
「こんにちはー」
「ピヨッ(こんにちは)」
「ヒヒーン(こんにちは?)」
「ほうほう、元気そうじゃな。挨拶ができるとはキーラも偉いのう」
好々爺然としたお爺さんが歩いてやってくる。
「ザウアー老、例の爵位返上の件で書面を作ったのですが、さすがに陛下に無礼がないかわからず……。こんなので本当に大丈夫か…」
テオバルト君は書面をザウアー老と呼んだ爺ちゃんに渡すと、爺ちゃんは一通り眺めてうんうんとうなずく。
「心配はあるまい。フィンク卿はそれで圧力はなくなったからの。ワシも書いたので一緒に出そう」
「ザウアー老までですか?」
「ふむ。皇子殿下の息の掛かっておらず不満を持ってる貴族はこれで全て爵位返上することになる。そしてもう一つ」
「何か企んでるんですね?」
「協会から脱退して新しい魔物レースを作らないかという話だ。その提案を陛下にも出す。賭博は犯罪だからの。勝手に作っても国が許可せんわい」
「!…そんな事をして大丈夫ですか?次期皇帝陛下に逆らうことになりませんか!?」
「何、隠居した身ゆえの。責任は全部わしが被るわい」
「ライツィンガー男爵への反抗というより殿下への翻意とも受け取られません。もしもこんなことを知られたら………」
「ヘンリックのようになるか?」
爺ちゃんはニコニコとしながらテオバルト君を見上げる。
物騒な話をしてるのになんだか気の抜ける感じのする爺ちゃんだ。
「構わぬよ。それに言い訳も用意している。それで殺されれば仕方なしと諦めよう。この老木が一本朽ちる位ならばどうとでもなる。だが、若い者達に道を残すために朽ちる命ならば喜んで捨てよう」
「そんな!」
爺ちゃん笑いながら死ぬ気満々である。ヒヨコもびっくりしたがテオバルト君はさらにびっくりしたようだ。
「ヘンリックが自分の後継者不足にどれだけ苦しんだか知っているか?我が家は何度も血筋が途絶えているしの。それでも魔物との絆を信じる者たちが人の為に発展させ楽しませようと500年もの歴史を紡いできたのだ。だからこそ、魔物を殺しあうような事はさせない方向へと変わった。アインホルンの戦術とは我らにとって望むべくして生まれたものなのじゃよ。だが、どうも殿下はそれが気に入らぬようだ。故に殺し合いを禁じるルールを設けた新しい協会を作ろうと思っている」
「新しい協会ですか?」
「これまで長い歴史で常に同じルールだったからこそ、変えようとしなかった。ならば異なる思想を持った者達で異なるルールの競技をした方が良い。そういう方向で進める。まあ、許可を貰ってからだな。やるなら力になってくれるという商人も多い。商会系を中心にした魔物レースを作ろうと思っている」
爺ちゃんはニヤリと悪だくみをするように笑う。
「しかし、国営になる以上、商人には利が薄くなると思われますが、彼らがそれに付きましょうか?」
「アインホルンを代表して、我らの多くは従魔という特殊スキルなしでも懐く魔物を育てているだろう?悲しいが走れない魔物は肉として下ろされる末路もある。そういう悲しさをずっと妥協して多くの魔物を育ててきた。だが、従魔スキルなしで人に懐く魔物は農耕用でも馬車替わりでも代用が利く。軍でも役に立つ。ずっと殺さないで済む方法を考えていた。商人は利にさといからな。食料よりも稼げる方法があるなら喜んでそちらを支援するというわけだ。その第一歩という事だな」
「ピヨピヨ(爺ちゃん、見た目とは裏腹に野心があって若々しいなぁ。)」
「ほっほっほっほ。野心ではないわい。ただ、死にゆく前に、死ぬか走るかしかない可愛い子供も同然の魔物たちに別の道を作る方法をずっと考えていただけよ。ワシがいなくなって進まなくなるような話では問題だ。だが、今回の件で腹が括れたといえるだろうの」
「…他の従魔士達が乗りますでしょうか?殿下に排除された私みたいな従魔士ならともかく、伝統と歴史を捨ててまで乗りますでしょうか?」
「フィンク家は乗る。うちの子供や弟子たちも乗り気だ。アインホルンは状況が状況だが、キーラに頑張ってもらって、その稼ぎで買い取ればよかろう」
「いろいろと大変そうですが…」
「うむ、大変だ。正しく形ができるまで時間もかかろう。ワシも生きてはいまい。何もなくても年だからな。お前ら若者が盛り立てろ」
「……まだ我らにはザウアー様が必要です。無茶をしすぎないよう願います」
爺ちゃんはテオバルト君を励ますように口にするが、テオバルト君は不安そうな顔だった。覇気がなくてこっちまで心配になるのだ。困った男だ。
「馬鹿を言うな。……それに、それを言うならばヘンリックこそが最も必要な存在だったはずだ。こんな隠居よりもの。ワシも今回に関しては腹を据えかねている。好き放題にするライツィンガーの奴も、殿下に対してもだ。爵位返上の旨を書いた書面と最後に陛下へ挨拶をさせて頂きたいとワシは書面につけておいた。いつになるかは分からぬが、生きている従魔士の中では唯一名誉爵位を貰っている身だからの。態々、名誉騎士爵を返上する愚か者も普通はおらぬし、話位は聞いてくれよう」
ほっほっほっほと笑うお爺ちゃん。
「ひひーん(楽しいことするのー)?」
「ほっほっほっほ。そうじゃの。これから楽しくなるようにする。お前さんの時代が来るぞ」
「ひひーん(わーい)」
ザウアーという爺ちゃんはキーラの体をなで、キーラは気持ちよさげに目を細める。
「それにしてもヘンリックの言っていたアインホルンの麒麟児か。幼いのに賢いじゃないか」
「はい。1歳で言葉も覚え、かなり賢いです」
「ひひーん(僕、キリンさんなのー?)
「ピヨッ(麒麟児?ヒヨコはキリンさんより象さんの方が好きです)」
むしろ言いたい。
何故キーラ如きがそんな偉そうな二つ名をいただいているのかと。うらやましいじゃないか。
ヒヨコにもそういう二つ名が欲しいお年頃なのに。暴走天使とか爆音小僧とか極楽蝶とか、そういう感じの走り屋らしい二つ名はないのか?
※走り屋違いです。
「念話で聞けばわかるとは思いますがキーラはすごく賢い。3歳くらいまでデビューさせないのが普通ですが、この子の場合はもう来年でもデビューできるくらい教えればレースの事を理解します。殺し合いにならなければ今でも問題は無いのですが……。今は借り物のヒヨコでどうにかしのがせて頂けただけで…」
「……レースも見ていたがこっちのヒヨコも0歳とは思えぬの。種族が分からぬが、恐らく幻獣と呼ばれる類のヒヨコだろうの。長く従魔士をしていたがこれほど能力の高いヒヨコは見たことがない。レベルも高いしスキルも豊富だ。ブレスも使えれば魔法も使える。素晴らしい縁があったのだな」
「ええ」
「さすがに最高グレードで勝てるほどの脚力は無さそうだが、闘いならキメラにも引けを取るまい。賢さは低いが理性的で従魔にする必要なく走る。いや、これはおそらく従魔にも出来ぬほどその手の耐性が高いな」
「ピヨ(どうやら麒麟さんよりもヒヨコさんの方がよさげですな)」
「ひひーん(麒麟じゃないもんユニコーンだもん)」
「ピヨッ(ならば、今日から俺もヒヨコーン)」
「ぶるるん(ひ、ヒヨコーン。……凄そう)」
「ピヨピヨ(早く頭に角が生えないかなぁ)」
「「いや、生えないだろう?」」
大人二人が俺を見て突っ込みを入れてくる。でも、ヒヨコーンだよ?角とか生えそうじゃない?生えないのかな?
「早いうちに出した方が良いだろう」
「急ぎますか?」
「ワシだけならともかく、お前は早い方が良いだろうの。どうも殿下は負けるのが嫌いらしい。何やかやといちゃもんつけてこちらに傷をつけに来る。……マグナスホルンも賭博場は勝利だったが、結果としては敗北扱いだったし賞金も向こうに入っているだろう?今回の勝利で何をされるか予想もつかぬ」
「とは言ってもキメラが暴れたことで向こうも責任問題とか大変なことになってそうですけどね。ライツィンガー男爵が一番大変だと思いますけど。ここ10年起こっていないことをやらかしてしまったのですから」
「そうよな」
「ピヨ(アイツやばい奴だったんよ。クスリをキメているのかと思ったよ。ヒヨココロス、ヒヨコロスとか言ってハイになってたんだよ)」
「ヒヒーン(ヒヨコロ、ヒヨコロ。なんだか美味しそう)」
「ピヨッ(誰が美味しそうか!トリカラアタック)!」
「ヒヒーン(うわー、ごめんよう)」
俺が攻撃をしようとヒヨコヘッドバッドをキーラに向けたら、キーラはキーラで頭を下げて謝る。
その結果下げた頭についている角がヒヨコヘッドにスコーンと刺さる。
「ピヨーッ(頭に角が、頭に角が。ヒヨコーンになった)」
俺がゴロゴロと転がり頭を抱えようと思って翼がそこまで回らず抑えることもできずにもだえる羽目になるのだった。
「ブルルルンブルルルン(アハハハハ、ヒヨコの頭にコーンがスコーン。アハハハ)」
キーラは俺が悶えているのが面白いのか笑っていた。くう、なんという事だ。
「愉快な魔物だな」
「ええ、本当に。キーラも楽しそうにしているし。祖父が死んでどん底だったのにこの子に助けられました」
爺ちゃんとテオバルト君がなんだかほほえましそうにこちらを見ているが、その前に頭に回復魔法プリーズ。
いや、むしろ俺が使えばよかったのだ。
「ピーヨ(ヒール)」
ピヨヨヨヨーン
頭の傷がみるみる治っていく……ような気がする。頭頂部は見えないから仕方ない。
でも、痛みが引いていくから多分大丈夫なのだろう。ふう、ひどい目にあった。あの角は凶器だったのか。
俺はキーラの頭から距離をとって一息吐く。
「皇帝陛下に今の体制から独立したいなんて言うのは大丈夫なんですか?」
「問題はなかろう。国として、もう一つの儲け話を作る。言っただろう?もしもダメでも首を落とすのは私だけだ。全員爵位を返上して一からやりますって話だ。それを拒絶するほど皇帝陛下は狭い心を持っていない。狭いのは殿下だけだからな」
「上手く行くでしょうか?」
「場合によってはこれを使う」
爺ちゃんは紙束を取り出す。
そこには人の名前がたくさん書いてあった。
「まさか……署名ですか?」
驚いた様子でテオバルト君はその紙束を手にして驚きの声を上げる。
「うむ。信用できる従魔士達…まあ、7割ほどだな」
「こんなことをしていたなんて聞いてませんよ」
「アインホルンには言わなかった。ヘンリックは真面目だし、何より正攻法で殿下を諫めようとしていたからな。爵位を返上する理由もない。だが、そのヘンリックもいない。なら……」
「そうですね。爺ちゃんが生きているなら他にもやりようがありましたけど……潮時なのかもしれません」
「ただ、これは敗北宣言にも等しいからの。悔しいがヘンリックを失ったのは大きい。我らは暴力の前に負けたと言わざるを得ん」
「……」
何だかシリアスモードでヒヨコとしては困惑だ。
もともと、テオバルト君のIRA所属従魔士として登録してから期限以内に活動をしてちょっとでも利益を出さねばならぬというルールに則ってヒヨコが出場した訳だ。
それそのものを破棄するなら、ヒヨコがレースに出る必要もなかったのか?
でもやりたいけどやれないのとやりたくないからやめるというのはずいぶん違うという事だろうか?
まあ、どっちでもいい。
ヒヨコには関係ない事だからな。そして目の前に壁があればとりあえず嘴でつつくべし。キメラなんて弱い魔物になど興味はないのだ。
「ピヨ(なんかよくわからんことを話してるけどキーラは分かるのか?)」
「ヒヒーン(僕は子供だからよくわからないよー)」
「ピヨッ(そういう奴は大概『アレレ~、おかしいぞ~』とかいうんだ)」
「ブルルルン(よく分からないよ)」
コテンと首をかしげるキーラ。純朴なこの子に幸あれ。
面倒くさい感じの従魔士を持ってしまったようだが、強く生きるのだぞ。
ヒヨコと愉快な仲間達の一員としてたくましく生きてほしいと切に願うのだった。
***
ヒヨコたちが牧場に戻るとそこには何人かの衛兵たちがいた。
ステちゃんとトルテはすでに外に出て衛兵たちに囲まれている様子だった。何かあったのかな?
そこにやってきたテオバルト君が首をひねる。ヒヨコも同じく不思議に思って首を傾げていた。
「テオバルト・フォン・アインホルン。従魔を利用し魔物レース場の帝都の臣民を負傷させた容疑で逮捕する」
「は?」
「ピヨ?」
意味が分からないが、何やらその前のレースで文句があるらしい。
だれも負傷させていない所か、その帝都の臣民を救ったのがヒヨコだったはずなのですが?
急転直下で話が転がりだした。
ヒヨコ達は馬車に乗って刑務所へと連れていかれるのだった。