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最凶ヒヨコ伝説 ~裏切られた勇者はヒヨコに生まれ変わったので鳥生を謳歌します~  作者:
第1部3章 帝国首都ローゼンシュタット 走れ!ヒヨコ
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3章9話 魔物レースに挑むヒヨコ達

 帝国魔物レース専用第2競技場、人口の湖があり、走る場所と観客との距離が近い事で人気のレース場である。

 走る順番は内側から9番にエントリーされたのがピヨである。


「ピヨ?」

 ヒヨコは9番のゼッケンを付けさせながら首をかしげる。

 ちょっと待った。

 どうしてヒヨコの名前からマグナスが消えているのだ?これではただのピヨちゃんとして子供からお年寄りまで大人気なただのヒヨコちゃんと変わらないではないか。

「どうも先約がいてね。同じ名前は登録できないルールなんだ」


「ピヨピヨーッ」

「きゅきゅきゅきゅー」

 ヒヨコが運命に翻弄されると、そこにトルテがやってきて音楽(※ベートーベン作『運命』)に合わせてくる。いや、欲しいのはそれじゃないのだが。

 しかし……なんてこった。

 ただのピヨちゃんとして生きていくのか、ヒヨコは。


「じゃあ、私は上の観客席に行くけど、あまりおイタをしたらダメよ」

「ピヨッ!」

 分かってる。暴力を振るっちゃダメって話だろう?

 ヒヨコがそんなことをした事が有るとでも?ご近所の人気者を侮られては困る。

「まあ、我がアインホルンの方針でもあるんだよ。将来的に従魔士が子孫にいなくても人に懐く魔物、攻撃的でない魔物ならば従魔士なしでもこの地位を追われないからね」

「きゅうう(今現在、関係なく追われているのよね)?」

「それを言われると辛いけど」

 トルテが容赦ない突っ込みをして、テオバルト君は若干泣きそうな顔で頷く。


 やめてトルテ!テオバルト君のHPは0よ。


「はっ!今気づいたけど、所有者が私ってことはヒヨコの賞金が私のものになる?」

「ピヨッ!?」

 あれ、ヒヨコが稼ぎを手に入れて食費にしようと考えていたのに……。

 ステちゃん、分かってると思うが、まさかヒヨコの稼ぎで豪遊しようなどとは思ってないよね?

「ま、まさか。ただほしい本があったなぁと思い出しただけで」

「ピヨッ」

「労働者階級の半年で稼ぐような稼ぎが手に入るのがこの魔物レースなんですけどね。もちろん、そう簡単に勝てませんよ。うちも結構な魔物を育てて未勝利を抜けられるのは半分くらいですね。それでも多い方ですから」

「厳しい世界なんですね。一匹だけ、頭がお花畑というかヒヨコ畑にいるような感覚だし」

 ジトリとステちゃんがヒヨコを見る。

 誰の頭がヒヨコ畑だ。ヒヨコは畑では取れません!


「一番大きいレースに勝ったらどのくらい儲かるんですか?」

「金貨100枚くらい」

「まさかヒヨコの所有権を私にしてよかったと思える日が来るなんて!頑張るのよ、ヒヨコ。主に私の未来のために」

「ピヨ~」

 ステちゃん、意外と俗っぽいからなぁ。困ったものだ。

 だが、ちゃんとヒヨコにおいしい食事を献上するなら考えても良いぞ?

「もちろん、そこはWin-Winの関係を構築せねばならないわね」

「ピヨッ」

 さすがは分かっていますな。

 これならば毎日2本ほどのポークやマトンのジャーキーをヒヨコに献上も可能!?

「ビーフジャーキーを5本くらい行けるわよ」

「ピヨッ!」

 そんな、び、ビーフだなんて。そんな贅沢をして許されるのでしょうか?しかも5本?


 ステちゃん、…………ヒヨコはやるぜ!


「そうよ!金貨100枚を稼ぐのよ!」

「ピヨ」

 金は人を変えるというのは本当だったのか。ステちゃん、自分の仕事で稼ごうよ。占いでもしてさぁ。

「はっ!…………予知スキルで魔物レースの結果を当てればさらに儲かる?…だ、ダメよ、ステラ。お母さんと約束したじゃない。他人の為に能力を使うのだと。自分の欲望のために占いはしないと決めた筈。町のスウィーツが気になったり通りすがりの串焼きが気になったり……なんてひどい街なの、ここは」

 頭を抱えるステちゃん。どうにもこの帝国には田舎と違いいろんな誘惑が多いらしい。

 真面目な子ほど羽目を外させちゃいけないという事なのだろう。優しいお爺ちゃんたちがいないのも問題かもしれない。


「ピヨッ」

 まあ良い。ヒヨコがステちゃんを養ってあげよう。丸々と太るといい。

「きゅう(おいしく育つのよね)」

 ヒヨコとトルテがピヨピヨきゅうきゅうと意気投合する。

「何だろう、私、かなり危険な生き物の所有者になっている気がしてきた」

「ユニコーンは素晴らしいよ。草食だからね」

 テオバルト君はキーラを撫でながらうんうんとうなずいているものの、ステちゃんはヒヨコとトルテから微妙に距離をとるのだった。

「ピヨッ」

 まあ、そんなことはどうでもいい。そろそろ時間なので行ってきます。

 ヒヨコはレースの入り口の方へと向かうのだった。



 他の魔物も檻に入れられているのを運んでいる例もあれば、従魔士がまるで拳闘のセコンドのように熱く語りかけている例もある。

 人間色々、魔物も色々、ヒヨコだって色々なのだ。


 ヒヨコはトンネルを通り抜けるとレース場が広がっていた。

 空は青々としていて雲一つ見当たらない。太陽に照らされた草原や砂漠、森や山が輝き、人の手で作られている大きな箱庭といった風景が目の前に広がる。

 入り口から誘導するように人間が立って向かう方向を示していた。


「ぐうぐう(おい、そこの新入り。テメエどこのもんよ)」

 するとヒヨコに話しかけてくるウサギがいた。ホーンラビットかアルミラージだろう。黒い兎で頭に角が生えていた。

「ピヨッ?」

 どこのもんってフルシュドルフから来たんだけど。

「ぐうぐう(聞いた事ねえなぁ。どこのド田舎だよ。俺様は帝都生まれの帝都育ちだぜ)」

 偉そうに語る黒兎であるが、ヒヨコより全然小さいのだ。つついたらダメだろうか?ダメだろうなぁ。

 ヒヨコが黒兎とにらみ合って歩いているといきなり目の前にだれかの足が出されてピヨコロリと転がされてしまう。

「ピヨッ」

 ヒヨコは抗議するように起き上がると、何だか足を出してきたいかめしい猿のような大きい魔物がヒヨコをせせら笑っていた。こいつはキングエイプだろうか?それにしては少し小さい気もするが。


「キキーキッ(おいおい、何転んでんだ、新入り)」

「ピヨッピヨッ!」

 お前が転がしたんだろ、謝れ!

 ヒヨコはそう訴えるがどうやら大猿は自分の耳に手を当てて聞こえないふりをする。

 お互いに念話で会話しているのに耳を塞ぐとか意味ないと思うのだが。何とも腹立たしい奴だ。

 黒い毛皮のごつい猿。黒ゴリラのくせに。

 ヒヨコがゴリラに抗議をしていると後ろからノシッと巨大な何かに押し飛ばされ、更にピヨピヨコロコロリと転がされる。

「ピヨッ」

 何しやがんだ、この野郎!

 そこにいたのは大きな黒い猪だった。

「ブルルルン(ふん、この厳しいレースの世界も知らないピヨピヨのヒヨッコ野郎にわざわざ洗礼を浴びせてやってるんだぜ、感謝してほしいもんよ)」

 鼻息を荒くして牙をニヤリと見せてヒヨコを脅す気らしい。

「ピヨッ!」

 確かに初参戦だが、誰がピヨピヨのヒヨッコ野郎だ!こちとら、こちとら、こち………………ピヨピヨのヒヨコだった!

 ショックを受けて凍り付くヒヨコであるが、こういう時は気持ちで負けちゃいけないのだ。


「ピヨ」

 フッ、貴様らが何者であろうと所詮はヒヨコと出会ったことがないからこそ偉そうな面が出来るのだ。

 ヒヨッコをなめているのだろう?だが、今日からお前らはヒヨコの恐ろしさを身をもって知ることになるのだ。


「きっきーき(おもしれえ!ヒヨッコ野郎が俺たちを知らないようだな)」

「ぐうぐう(俺たちはこのレースで既に3度のキャリアを積んでるいわばベテランランナーよ。テメエみたいなヒヨコ如きが勝てると思うなよ)!」

「ブルルルーン(人々は我らに畏れ黒の三連星と呼ぶものよ。我らのジェットストリームアタックによって、ヒヨコ風情は早々に散ることになるだろう、いくぞ、お前ら)」

「きっきー(へい、兄貴)」

「きゅいきゅい(ヒヨコ野郎、レースでは泣きを見せてやるぜ)」


 何だか格好いい感じで去っていくボスと思しき黒い猪と下っ端っぽい黒い大猿と黒兎。

「ピヨッ!」

 ぬうう、負けてはいられれぬ!

 どうやらライバルは強そうだ。ヒヨコは気を引き締めてレースに当たろうと決意するのであった。





***





 ヒヨコ君が魔物の入場口へと去っていくと、俺はステラさんと一緒に関係者用観戦席の方へ向かう。

 その途中で券売所があり、その周りにはたくさんの予想屋が乱立して新聞を売っている。なじみの予想屋から新聞を購入してレース情報を見ると……………


 5枠11番テラー(種族:キメラ/4歳/MAIL/所属:キメラ研究所/所有者:エリアス・フォン・ローゼンブルク)


 そこにはレース登録時に無かった名前が入っていた。


「キメラが出てる!?」

 俺は思わず新聞をぐしゃりと潰してしまう。


 そんな馬鹿な、そういう思いが心の内を占める。だって、登録時に確認してなかった。俺が書き込み終わって出ていくときに事務所は終了していた。なのに何で登録されている?


「どうしたんですか?」

 心配そうにステラさんが俺の方を見上げて訪ねてくる。


「キメラが出ている。殿下のキメラが。不味い、ヒヨコ君に忠告が出来ていない」

「………………キメラですか」

 彼女にもここに来る際に、アインホルンと皇子殿下との確執は話していた。キメラの件も同様だ。

 ヒヨコ君を粗雑に扱ってはいるようだが愛着があるようなので、命の危険をさらすのは彼女とて本意ではない筈だ。


「ああ、大丈夫じゃないですか?それに、私の予知スキルはヒヨコが絡むと機能しないので」

「機能しない?予知スキルが?」

 確か彼女は予知スキルもちで占い師で生計を立てていたという話だ。その彼女が予知スキルを機能しないヒヨコを飼っていた?

 よく考えるとそれは危険な事じゃないのかな?


「予知スキルも完全なものじゃないですし、レベルも高くないので」

「自分の技能を超えた存在を近くに置くのは怖くないのかい?」


 従魔士が己の御せない相手を従魔にする事はありえないことだ。

 そんなことをする馬鹿な従魔士はいない。従魔士の子供が従魔士でない可能性もある。

 従魔士はなろうと思っても難しい。

 幼い頃に魔物に恐怖心や敵愾心を抱いてしまった場合、従魔士になろうと思ってもなれない事が有る。

 従魔スキルとはそんな簡単に得られない。アインホルンはそういった困難を越えるべく、ユニコーンやスレプニルといった草食の魔物を懐かせていた。従魔士でなくても従魔士をやれるために、ひいては帝国でユニコーンやスレイプニルのような魔物を運送などに使えるようにだ。

 それは彼らが魔物レースでお払い箱になっても肉にならず次の生活を送らせる為でもあった。


「ヒヨコが悪いヒヨコなら考えますけど、考えてることは丸分かりで、すごく子供みたいなたくらみを隠そうとしていたり、単に人懐っこいだけなら別にどうでもいいかなと。世の中なんて予知が有ろうとなかろうと大して変わりませんから」

 ひひんと俺にすり寄るキーラをなでながら、言われてみればキーラの亡くなった母馬は従魔のスキルを得る前から俺に懐いていた。

 それがきっかけで祖父の従魔士の跡を継ぐべく従魔士を志したのだ。俺は運よく従魔スキルを得たが、祖先は従魔スキルなしで懐かせていたという。

 従魔が有ろうとなかろうと、魔物を従わせられる技術がなくても従魔士であろうとしてきたのだから確かに関係ないのだろう。

 予知スキルも予知したところで先を変える力が無ければ何も変わらないという点では大差ないのかもしれない。


 獣人の少女ステラさんは従魔スキルがあるわけでもないが、念話を使い幼竜のトニトルテと手を繋いで我々と一緒に観客席へと向かう。

 見た目は幼いがそれなりに経験を積んでいるのだろう。

 皇帝陛下の懐刀とまで呼ばれ、帝都の英雄の一人となったあのヒューゲル様が『丁重に扱ってほしい』と我が家に預けてきた少女である。ただの獣人族の少女ではないのだろう。

 予知スキル持ちというのはそれほどに貴重でもあるが、そのスキルを持っていても慢心をしていない辺りが只者ではないことを窺わせる。


「しかし、どうしてキメラが…今回は登録されてなかったのに」

 俺は首をしきりに横に振っていた。


 するとかつて近くの厩舎にいた従魔士が近づいてくる。

「テオバルトか。どうにか爺さんの跡を継いでレースに出れたようだな」


 若干固い表情で声をかけてきたのはザックス厩舎のヨハン・ザックスさんだ。

 40を過ぎるが黒髪の若々しい印象受ける大男である。従魔と殴り合って友情を深めたとかいう恐るべき逸話もあり、従魔士というより軍人といった雰囲気の男であった。


「はい。まあ、協力してくれた人がいまして」

「そうか。…………すまねえな、協力してやりたかったけど皇家ににらまれちゃどうもこうもならん」

 いかついヨハンさんが申し訳なさそうにする。表情の硬かった理由はそこかと気付く。

 だが、それは仕方ない事だ。祖父が皇子に無礼を働いて厩舎が取り壊されている。そこに介入したら自分の家どころか命が危ないのは当然だ。


「分かっています」

「ヘンリックのおやっさんは無念だったろうよ。エリアス皇子がこの業界に介入してからおかしいって思っているのはみんな同じだ」

「しかし、この業界は優勝者こそが正義ですから」

 故にアインホルンはこの業界の盟主とまで言われるようになっていたのだ。祖父も全盛時は協会の会長を務めていた経歴がある。

 レースの権威を高めるためにグレードシステムを変更したりして収益を大幅に上げたとか周りの従魔士に聞いた事が有る。

 とはいえ、その祖父は皇子殿下に無礼討ちされて罪人として葬られ、皇家の介入によって過去の名家共々どん底に落ちたが。


「歴代のアインホルンだってみんなで作ったルールを捻じ曲げたことなんてねえよ。アインホルンは何度も協会のトップに人を送り出してる。今まで協会は複数人の貴族たちの運営で行われていたのに、皇子の干渉があって貴族派のライツィンガー男爵の独裁になったからだ」

「そんなことが?」

「はあ、お前はまだ政治も知らなかったかぁ。まあ、俺も若い頃は従魔の事ばかり考えていてそこらへんは疎かったからな」

「そうですか……………」

 俺は周りのことを何も知らなかったと肩を落とす。


「フィンク家は騎士爵を返上したらしい。元は従魔師として皇帝陛下の直下でやっていた家だ。それが皇家に睨まれてしまった以上、もはや爵位など持つことはできないと。100年前のように細々と一介の従魔士に戻ると言っていた。レーベル男爵はこの業界から手を引くらしくお抱え従魔士は独立したそうだ。皆、無念だろうよ」

「200年近い歴史のある名家が………ですか?」

「皇家に否定されてしまったのだ。彼らは自分たちがこの世界を盛り立てて皇帝陛下へ莫大な税金を献上していたことを誇りにもしていた。アインホルンだってそうだろう?」

「……祖父ちゃんは当に血筋も途絶えていて、より優秀なユニコーンを輩出する事だけに専念することがアインホルン家の役割だから、この世界を盛り立てる一端を担えればいい。変な野心は抱くなとよく口にしてましたから」

「ヘンリックのおやっさんらしいな」

 ヨハンさんは呵々と笑う。


 そう、初代アインホルンの子孫は途絶えている。100年前に養子に入ったユニコーンに好かれる少年が跡を継いだ事もあり、この業界に未だアインホルンは存在している。

 少なくともアインホルンの血筋は絶えたが、志は絶えていないと思っている。


「とはいえ、ライツィンガー男爵の主導するこのIRA(帝国レース協会)に不満を持つものは多いのは事実だがな」

 そこにやって来たのはザウアー騎士爵家の元当主ロルフ・フォン・ザウアー。髪を真っ白にした好々爺然とした男である。

 今は隠居し、IRAの相談役を務めており、従魔士たちから敬意を集めていた。祖父ちゃんの親友でありライバルでもあった人だ。


「ロルフ殿」

「IRAはライツィンガー卿に抑えられて、本当に相談役もただの肩書となったからな。だが、苦情が多く寄せられている。わしも答えられんので、どうにもならんが」

「そうですか」

 さぞ多くの苦情が来ているように感じられるうんざりとしたような表情だった。


「テオバルトも済まぬな。本来であればヘンリックの死はIRAが葬儀を行うべきだった。罪人として処罰されたとあれば何も出来ぬ。悔しい限りよ」

 ザウアー老はそういって俺の肩を叩いて、悔しそうに顔をゆがめていた。

 それだけ祖父の従魔士としての功績を認めてくださっていたのだろう。

 公では口にしないが内々で皆が俺に申し訳なさそうにしている姿を見て、改めて爺ちゃんがこの世界に貢献していた事が分かる。


「殿下の話はお聞きなさっているのですか?」

「殿下はこれまでの我らのやり方を古いと、一部の者達で利益を独占するやり方になっている為にIRAの在り方を変えるのだと仰られていた。だが、内実は殿下の周りにいる貴族たちが利益を独占し、邪魔な過去の従魔士家系を迫害しているだけで何も変わってはいない。過去の祖先が折角開かれたIRAの形にしたのに、これでは昔のような殺伐とした世界に戻るだけよ。本人が理解なさっているかどうか…………周りにはライツィンガー男爵らの派閥で固められてしまって何も出来ぬ」

「そうですか………」

「だが、テオバルトはアインホルンを絶やすでないぞ。ヘンリックの為にも」

「爺ちゃんの為にも?」

「ヘンリックは多くの子供を持ったが従魔士になろうともしてくれなかった。自分の代でアインホルンは終わりかもしれないと嘆いていた。その中で、孫のお前さんが従魔士になってくれて喜んでいたからな」

「…………」

 俺は何とも言えなかった。


 ヒューゲル男爵からヒヨコ君を借りなければ従魔士資格の剥奪もあったからだ。

 IRAの圧力も大きい。厩舎もなく、トレセンも使えず、従魔は剥奪という状態は続いている。


「でも、今回はさすがに…………」

 俺は首を横に振らざるを得ない。

 折角協力してくれたヒヨコ君もキメラ相手は厳しいだろう。


「しかし、何で今回のレースは10頭立てだったのに、11頭立てに代わってるんですか?」

 俺はザウアー老に尋ねる。

「10頭立てだったのか?」

「はい。ほら、レース登録の予定表では」

 俺はバッグの中から過去のレース登録のレース条件が書かれているのを取り出す。

「増やしたというのか?」

「実は、今回の出走は知人の借り物だったので万一を恐れ、殿下のキメラとバッティングしないように時間ギリギリで登録しに行ったのです。メンバー表にはなかったので安心して登録したのですが…」

「アインホルンを潰しにかかったか」

 ザウアー老は険しい顔でつぶやく。


「え?……ですが、もうとっくに厩舎も牧場も祖父の資産はすべて没収されてますよ?唯一残ったのが祖父が僕専用にキーラを育てるための新しい牧場を株分けしてくれたものだけですし」

「………フィンク家同様に爵位を献上した方が良かろうな。」

 ザウアー老は俺の目をしっかりと見据えてきっぱりと口にする。

「爵位をですか?」

「皇子殿下はそこまでしないと恐らく反逆勢力だと思い込むのだろう。疑い深い性格のようだ」

「俺の代でそのような…………」

「気持ちは分かるが、アインホルンの名が消えることこそが問題であり爵位を持っていることなんて問題ではない。そも爵位などこの業界では関係なかろう。ワシも思う事が有り爵位返上を考えている。息子には悪いがそういう方向で話し合っている」


 それはその通りだ。

 アインホルンの名は貴族としてではなく、従魔士として有名なのだ。

 ザウアー老もそうだ。同じ従魔士貴族であるが、従魔士の家系であって貴族の家系という訳ではない。


「アインホルンはこの魔物レース業界を一変させた上に、ユニコーンを育てレースをより安全で未来へ連綿と紡ぐものへと変えた。さらにはスレイプニルを大量に繁殖する方法を確立し、帝国の輸送用軍馬はすべてスレイプニルへと変えた。かつて無償でスレイプニルやユニコーンを100頭以上も貸し出し、大半を戦で失ったが、その功績を称えて国家最高の勲章も授与されている。それはよく知ってるだろう?」

「祖父から聞きました。父は魔物売買で成り上がった貴族だとバカにされるのを嫌っていたそうですが」

「アインホルンは帝国の為に家を潰す覚悟で奉公し、勲章を戴いた唯一のIRAの家だ。潰しちゃいかん。魔物売買で成り上がったなどというのはただの嫉妬だろう。そもそも成り上がりと呼ぶには長い歴史があるからな。周りの声にあまり卑下しない事だ。帝国でも1~2を争うほど古い歴史のある家だからな。爵位を持ち続けるのではない。従魔士の家系として存在し続ける事が誇りだろう?」

「はい」

 尊敬する従魔士でもあるザウアー老は俺をねぎらってくれる。

 それはとてもありがたい事だった。

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