3章閑話 皇子の思惑
ローゼンブルク帝国の首都ローゼンブルクの中央、帝城の一室にエリアス・M・フォン・ローゼンブルクがいた。
「殿下、これが本日の魔物レースの出走表でございます」
その一室で呼ばれた通りの書類を持ってくるのは執事の男であった。
「何かあったか?フィンク家、レーベル家、アインホルン家の魔物が出ていたりするか?奴らは取り潰したからな。邪魔は許さぬ」
「そのことですがアインホルンの魔物が出ているようです。未勝利戦第2レースで」
「ちっ……従魔士の資格でも剥奪しておくべきだったな。フィンク家とレーベル家はどうしている」
エリアス皇子は舌打ちをしてソファーにふんぞり返る。
「フィンク家は先日後継者がない事で本家の騎士爵位返上をした上で、殿下に二心無しの旨を伝え、分家のトレセンの使用許可を与えたではないですか。レーベル家も取り潰しました。アインホルン家だけは後継者のテオバルトが従魔士をまだあきらめておりませんようで」
「確か厩舎も潰し、厩舎の魔物はすべて没収し我が研究所に研究素材として引き取ったはず。どうしてレースに出れよう?」
エリアス皇子は不思議そうに自身の執事に問う。
「かの家は古い故、ユニコーン牧場を経営しております」
「その牧場も潰さなかったか?」
「勿論取り潰しました。大量のユニコーンやスレイプニルをキメラ研究所で見ていたと思います。ですが、どうもアインホルンは孫のものとして小さい牧場を1つを株分けしていたようです。まだ1歳のユニコーンが1体を所有していたようです」
「連座して皆殺しにしておけばよかったな」
「それはさすがに皇帝陛下の耳に入ります」
エリアス皇子の執事は慌ててエリアス皇子のとんでも発言を収めさせる。
「とはいえ、今回は帝都に来た人間の魔物を借りて出場するようです」
「まだユニコーンは走れる状況ではないという事か」
「はい」
執事は資料を確認しながら深々と頷く。
「没収したユニコーンはキメラ素材としていまいちだったからな。結局、あの身軽さは体重が軽いせい。脚力は凡庸だ。キメラの強靭な力を支える脚力が馬にはない。まったく、折角取り潰したというのに、そのリターンが一切ないとはな。だが、未来の皇帝の邪魔をしたのだからそれ相応の報いを受けねば割にも合うまい」
エリアス皇子はクツクツと笑う。
「どう致しましょうか?」
「そうだな。確かまだ走らせてないキメラがいただろう。アインホルンの魔物と同じレースに出させよう。しっかり従魔を殺すようライツィンガー男爵に連絡をしておけ」
「は、かしこまりました」
「俺様に逆らうということを嫌というほど思い知らせてやる。あの小煩かったアインホルンのジジイの死ぬときの間抜け面ときたら笑えるというものよ」
エリアスは思い出して楽し気にする。
「それと、マイヤー侯爵のドラゴン捕縛の件ですが」
執事は付け加えるように別件の話を口にする。
「ドラゴンをこちらの研究所に連れていくことを失敗した件か」
「はい。少々厄介なことになっているようです」
「厄介?マイヤー侯爵とモーリッツには適当な貴族に罪を押し付けるように言った筈だ。確かモーリッツが滞在していた際に摘発したフルシュドルフ太守代行に押し付けたと聞いたが。裁判官や弁護人も含め口裏を合わせるように打ち合わせをしたし大丈夫であろう?」
「ええ、勿論でございますが。……後々皇帝陛下の耳に入ると厄介になりそうなので早々と断罪し処分した方がよろしいかと」
「この件に関しては侯爵が私のことを口にしなければいいだけのことだ。こちらが口をはさむ必要はなかろう。逆に首を突っ込んでばれれば厄介なことになるのは目に見えているからな」
エリアス皇子は溜息と一緒にぼやく。
「侯爵閣下が罪を押し付けた相手が少々まずいのです」
「何が不味いとでも言うのか?」
「ヒューゲル男爵です」
「男爵風情に何ができるという。丁度良かろう。だから私もそれで良いと彼らに許可を出したのだ。首を飛ばすことになろうと何も影響はあるまい。太守代行なのだから、むしろ爵位と役職を私の傘下のものに渡せば喜ばれよう。良い事ではないか」
「よろしいので?ヒューゲル男爵ですぞ?あの」
執事の二度の忠告にエリアス皇子は眉根をひそめる。
少なくとも彼の頭の中に男爵などという爵位を持つ人間に知り合いもいなければ政治的重要人物などいない筈だと考える。故に、何故執事がそこまで気にするのか理解するのが難しかった。
「ん?…………まさかあのヒューゲルか?」
考え込み、やっと思い出す。
「はい」
「まずいな。皇帝陛下の耳に入らぬように終わらせねばなるまい。あ、後、姉上にもだ。姉上に知られたら俺が殺される!」
帝位争い時に自身の父親の手駒として活躍し、冒険者から貴族に成り上った男だと思い出す。自身の姉が妙に熱を上げていたのだ。
皇帝陛下なら叱責程度で済むだろうが、もしも姉に聞かれてたら問答無用で殴り殺される可能性がある。
次期皇帝でもあるエリアスの姉エレオノーラは圧倒的な実力で騎士団長に成り上がった怪物だ。家族でも母と腹違いの兄であるアルトゥールくらいしかエレオノーラを御すことは出来ない。そのくらい乱暴者で通っている。
皇帝陛下でさえ手に余らせている。同じ種、同じ腹から生まれた姉とは到底思えない女だった。
「それは難しいかと。死刑となれば必ず陛下は名簿を確認いたします。口を封じさせるには困難な相手でしょう。かつて皇帝陛下をクーデター時に100以上もの暗殺者からお守りした傑物です。下手に手を出せばこちらの素性まで探られましょう。とはいえ、今回の件はアイゼンフォイヤ大城塞を半壊させてますし、有耶無耶には終わらせられません」
執事はかなり困難な事を伝える。
「モーリッツを早々に切っておけばよかった。くそ、今となっては手遅れか。どうにか、ヒューゲルに罪をかぶせて問題ないストーリーを作れるか?」
「………侯爵や大臣、裁判官、弁護人達としっかりと打ち合わせをして、どうにかさせましょう。ヒューゲル男爵は陛下の信任が厚い故。拷問によって無理やり自白させるのも手かと」
「なるほど。最初の公判で疑いありという形にして、刑務所へ収容。あとは刑務所に裏から手を回し、強引に自白させれば良かろう」
「そのように手配いたします」
「私は次の皇帝になる男だ。父もそれは分かって居よう。多少強引であっても、筋さえ通れば文句はあるまい」
エリアス皇子はフッと鼻で笑い、執事を下がらせるのだった。