3章8話 ヒヨコはトレーニングをする
翌日から、ヒヨコはモンパレ兄ちゃんことテオバルト・フォン・アインホルンという男の牧場にやってきていた。
名前が長いので今日から君はテオバルト君だ。
巨大な城壁に囲まれている帝都で最も南にある農場地帯に存在しており、長閑な麦畑の隣に鉄条網で仕切られた牧草の生えている土地が広がっている。
ヒヨコとトルテとキーラの3者はそこで並び、テオバルトの合図とともに駆けっこをする。
「ピヨッ」
「きゅううう」
「ひひーん」
ヒヨコが先頭を走り、トルテとキーラが追いかけるのだが、所詮は幼竜と馬である。ヒヨコの速度にはかなわない。
特にトルテの足の遅さときたら笑いを誘うところだ。
「ピヨピヨーッ!」
牧場を1周して一番早いのはヒヨコだということが分かっただろう。
「きゅきゅきゅー」
ヒヨコが勝利を祝して喜びのヒヨコダンスを踊っていると背後からトルテが飛び込んできていきなりヒヨコの尻にかみつくのだった。
「ピヨッピヨーッ」
「きゅうううううう(飛べば絶対に勝てるのに走りで勝ったからって調子に乗るな、なのよね)!」
どうやら逆恨み攻撃が発動したらしい。うかつだった。ヒヨコは食べ物じゃないのにかじられてしまっている。やめろ、ヒヨコは炎熱耐性があるから焼き鳥にはならないぞ。大体、空を飛んでもヒヨコに勝った試しがないくせに何という言い草。
「ひひーん(ヒヨコさん、はやーい)」
キーラは尻尾を振って楽し気に近づいてくる。こっちの馬は敵愾心がないのに、なぜこのドラゴンはヒヨコに敵愾心むき出しなのだろう?
「うーん、やっぱりキーラはもっと勝ち気じゃないとなぁ。駆けっこで負けても楽しそうにしちゃうんじゃダメだろ?もっと悔しそうにしないと」
「ひひーん(ごめんなさーい)」
キーラはそういいながらの楽し気にテオバルトに顔をこすりつけて甘えていた。
ふふふ、まだまだ子供よの。
「きゅうきゅう(でも、あんたが一番年下なのよね)。」
「ピヨ」
だが、どうかな?ヒヨコは記憶がないがもしかしたらものすごく長生きなヒヨコかもしれない。レベル40を超えているスーパーヒヨコらしい。
実は一万年と二千年前からの記憶がないだけかもしれない!
「きゅう(狐がヒヨコのステータスは0歳だって言ってたのよね。少なくともキーラは1歳だからヒヨコが一番年下のよね)」
「ピヨ」
しょぼんとヒヨコは肩を落とす。
トルテはヒヨコの頭に上り、さも当然のように座る。
「しかしピヨ君は早いね。種族はなんて言うんだい?」
「ピヨ?」
種族?ステちゃんはわからないって言っていた。おそらく新種の鳥だろうと。
「新種…っていうとキメラみたいなものかぁ」
テオバルトは首をかしげてに不思議そうにする。
キメラ?
頭が犬で体がライオン、足がトカゲで尻尾がヘビ、これなーんだ?みたいななぞなぞにされそうな変な生き物のことかな?
「キメラは様々な魔物と交配が可能で、魔物にキメラ細胞を組み込むと変異して異なる魔物になったりもするんだ。君の場合は異なる魔物同士の交配かなぁ。ガルーダとフレイムバード辺りが交配すればそんな感じになりそうだけど、大きさが違いすぎるからねぇ。大きい雌からでないと生まれないだろうが、そんな雌に種を植え付けられる小さな雄がいるかどうか」
「ピヨ」
つまりヒヨコの母ちゃんはガルーダで、父ちゃんがフレイムバードの可能性があるというのだな?なるほど、ステちゃんが母ちゃんではなかったのか。
「きゅう(種族が違うのよね)」
「ピヨ」
将来、狐になれるかもと少しだけ期待してたのに!
「ひひーん(それは無茶がある期待だよ~)」
「ピヨッ」
まさかキーラにまで呆れられるなんて。ヒヨコはだめなヒヨコだ。
こんなんでは天下のヒヨコブレイバーとして名をとどろかせるなどできまい。せいぜいピヨちゃんと呼ばれ、お子様の人気者程度にしかなれないようだ。
がっかり。
「何、そうがっかりするな。俺には見えるぞ!あの空に輝く星が!ともに目指そうじゃないか、ヒヨコの星を」
テオバルト君が空に向かって指を差す。
「ピヨッ!」
やはりあるのかヒヨコの星!?
やがて空を飛びヒヨコの星へたどり着ける日が……
すると突然背後から声がする。
「空を飛んだらそれはもうヒヨコじゃないと思うのだけど?」
「ピヨッ!?」
いわれてみれば!
いつの間にかヒヨコの背後にステちゃんが来ていた。
牧場の中、白いワンピースに麦わら帽子、まるでお嬢様のような格好だった。
いつものインチキ臭い感じの平服占い師ではないのか?
ピシャピシャッ
ヒヨコの頭が2度揺れる。なぜかいつの間にかステちゃんの手にはハリセンがあり、ヒヨコの頬を左右から2度叩いていた。
ヒヨコは防御力が弱いと言っているのにひどい扱いだ。
というか、どこからそのハリセンを取り出したのだろう?隠す場所はなかったはず。まさか…
ヒヨコはステちゃんの胸元を見る。
隠す谷間は皆無だった。平野、むしろ砂漠?否、雪原?その滑らかさは凍ってしまった湖のごとし。
ピシャピシャッ
「ピヨ」
ステちゃん、痛いのでやめてください。
「失礼なことを頭の中で考えているからよ」
「ピヨッ」
なんてことだ。もっと念話レベルを上げて考えていることを隠さないと。これではポーカーもババ抜きも7並べブラックジャックも勝てない。
「あほな事を考える前にカードを持つ手がない事実に気づきなさい」
「ピヨッ!」
いつか生えてくるかもしれないでしょ!
「ヒヒーン(じゃあ、僕もいつか背中から翼が生えるかなぁ)」
「ああ、うちのヒヨコがアホなせいで幼いユニコーンまで感染してる。ヒヨコ菌が!」
「ピヨッ!?」
ヒヨコ菌?そんな幼児が嫌いな子に触った際に発生するような名称は止めてもらいたい。
「きゅきゅう(えんがちょえんがちょ、ヒヨコ菌ついたー)」
「ヒヒーン(えー、僕がヒヨコ菌なのー?じゃあ、ドラゴンさん、ヒヨコ菌ターッチ)」
「きゅきゅう(しまったのよね)!」
トルテがヒヨコ菌をつけられて頭を抱える。三頭身ドラゴンは動きが鈍いのだ。ヒヨコとキーラは散らばるように逃げ出す。トルテは追いかけるが簡単にヒヨコたちは捕まらない。
「何か、本当にお子様ね。同レベルの幼児が増えてしまった」
「まあ、キーラは幼い頃から賢かったせいで仲間から疎外されていたし、母親が生んですぐにいなくなったから僕が面倒を見ていたので群れで生活したことが無いんですよ。友達が出来て嬉しいんでしょう」
テオバルト君はほのぼのとした様子でキーラとトルテの様子を眺めていた。
「ところで、ヒヨコは大丈夫なんですか?レースなんて出て」
「大丈夫なはずです。今日、来週のレースの締め切りなので登録時間ギリギリにキメラがいないのを確認してから出走させますので」
「キメラってそんなに危ないんですか?」
「殿下の所有するキメラはゆっくり走り始めて前にいる魔物を蹴散らしながらゴールするので先に走ってよほど端を走っていないと危険なんですよ。うちのエースは逃げ切る作戦で成功したのですがゴール前で吹き飛ばされて踏みつぶして殺されたんです」
「文句は出ないんですか?」
「もともと、魔物同士のレースなので殺しあう事はよくあったのです。制限時間がありゴールできなくてもどの魔物が一番先まで進んだか或いは全ての魔物を倒した魔物が勝利、などというルールだったので。我がアインホルンは争うのではなく、素早く逃げて勝利を独占したことで、逃げることが流行ったんです。なので殺しあうことは特に問題ありません。この300年以上殺しあう事なんてそうそうなかったのですが。仲間が優勝候補に攻撃をして足を止めて、他の魔物が逃げる位は普通にやりますし。アインホルンは攻撃をせずに逃げるというのが基本なのです」
「なるほど」
ステちゃんは魔物レース事情を聴いてふむふむと頷く。
ちなみにヒヨコはそんなステちゃんとテオバルト君の所に戻る。今はキーラとトルテが駆けっこをしているのでさっさと抜け出してきたのだ。
「ピヨッ」
戦って勝っても良いのか?ヒヨコの腕が鳴るぜ。腕ないけど。
「まあ、得意そうだよね。役に立てば良いんですけど」
ステちゃんは丸いヒヨコヘッドをなでながらぼやく。
ふふふふ、役立たずなんて言わせませんよ。
この脚力自慢のヒヨコの恐ろしさを目にもの見せてやるのだ。
高速移動LV3の実力を見せてやろうぞ。
「とにかくレースに出て来月までに1勝出来れば従魔士免許も更新できるので、その方向で頑張れば良いかな。未勝利の魔物が出るレースなら勝てると思うし、殿下のキメラが出てないことを確認してから出走を決めるから、負けても次があるとは思う」
「なるほど」
「ピヨッ」
ところでお二方。ヒヨコのレース出走時の名前はいかなるものになりますか?ピヨちゃんなどといったかわいい名前はご勘弁を。こう、偉大な名前が欲しいのです。
「偉大な名前が欲しい?…グランドピヨヨとか」
何だか適当な感じのフレーズをステちゃんが口ずさむ。
「ピヨッ!?」
何故、白と黒の鍵盤が並ぶような楽器みたいな名前に!?
どこかで聞いたような名前だ。既視感があるのだが…………。残念、ヒヨコは思い出せない。
「勇者様にあやかってルークとか?」
テオパルド君がヒヨコに提案する。
「ピヨ~?」
そんな弱そうな名前は嫌だ。はっ、ルーク?なんだその人間みたいな名前は。ここはもっと強そうな名前をどうぞ。
※記憶を失う前に、ヒヨコが望んだ名前です
「何だろう、故勇者殿をここまで貶めるヒヨコって。じゃあ、最近王国から流れてきた噂をもとにピヨマグナスとかどうだろう?」
「ピヨッ!」
良いね。偉大そうな名前だ。滾ってきた!
「噂?」
ステちゃんが不思議そうに首をかしげる。そういえばピヨマグナスなんて噂があったのだろうか?そこんとこkwskお願いします。
するとテオバルトが腕を組んで頷く。
「うん。なんでも最近、王国が獣王国に出兵したらしいんだよ。もう2月くらい前になるのかな?」
「ピヨ」
ヒヨコとステちゃんの運命の出会いをしたころですね?
「ええ。まあ、荒唐無稽な噂なので冗談半分に聞いてもらえると嬉しいんだけど。なんでも獣人の避難民を襲おうとした王国軍の前に、一匹のヒヨコが現れて、獣王渓谷を挟んで獣人たちを逃がしつつ、殿を務め、獣王国領へ続く渓谷にある橋に王国軍を行かせまいと、自らの退路を断つように炎のブレスで焼き、たった一匹で王国軍数万と戦い、最後は谷底へと落ちて死んだらしいんですよ」
「ピヨッ」
何その微妙に格好いいヒヨコ。
くっ……ヒヨコよりも格好いいヒヨコがいたなんて。
悔しいが認めざるをえまい。ヒヨコと双璧するヒヨコがいることを。
「獣王国は大丈夫なのですか?」
ステちゃんはヒヨコ話より獣人たちの方が心配のようだ。
「被害は出ているようだけど王国軍は足止めを食らうしヒヨコに壊滅させられているから大丈夫らしいよ。連邦に人を集めて軍を作って王国に対抗する準備もしているらしいし」
「はあ、良かった」
ステちゃんは薄い胸をなでおろす。
「そのヒヨコ、なんでもかの三勇士の娘が拾ったらしく、聖なる魔法で母親の病気を治したり、王国の真の勇者を名乗ってる騎士団長から聖剣を奪って、さらには聖剣を嘴で咥えて振り回したとか。連邦獣王国で銅像でも建てようかって話らしいけど」
「ミーシャが拾った?聖なる魔法で病気を治したり、聖剣を振り回し……獣王渓谷に落ちた……………」
ジトとステちゃんがヒヨコを見る。
何でしょう?ピヨピヨ
まさか、ヒヨコに恋をしてしまったんでしょうか?残念ながらヒヨコはもっと胸元がふくよかな女性が好きなのですが。
「ピヨッ」
ステちゃんはヒヨコの頬を両手でつまんで引っ張り
「ミーシャって名前に記憶はないの?」
さて、ヒヨコの記憶はステちゃんとの出会いが始まりなので。ミーシャ、ミーシャ、うーん、言われてみれば聞いた事が有るような無いような?
「ピヨッ」
頭が痛い。何かが思い出せそう。何かが…………
ヒヨコが想うより強く
優しいピヨならいらない。欲しいのはヒヨコ。
※著作権に引っ掛かる案件です。MISIA違いに注意。
ピヨピヨリ、何か全然関係ないような気がする。何故か誰かに怒られたような気がするぞ。
そう、アレはステちゃんがヒヨコを生んだ日のこと。ヒヨコは明るい光に目を開けるとそこは樹海だった。
「私はヒヨコを生んでない!」
ピシャリと再び軽やかな音が頭に響く。
ステちゃん、ハリセンでペコペコとヒヨコヘッドを叩くのは辞めてほしい。叩けば叩くほどヒヨコの記憶が飛んでいきそうなのですが。本当に思い出してほしいのか?
昔の魔法映像機と違ってヒヨコは叩けば治ったりするようなものではありません。
「はあ、でもそんなことがあったならちょうどいいかな。ピヨマグナスにしましょう。今日からヒヨコはピヨマグナス」
「ピヨッ!」
なんと、ステちゃんから名前を与えられてしまった。やはりお前がヒヨコの母ちゃんか!
「そんなわけあるか」
スパターン
脳天が白い閃光に撃ち抜かれヒヨコは目を回すことになるのだった。
***
俺、テオバルト・フォン・アインホルンは新しい魔物の登録と出走登録へと向かっていた。
IRA(帝国レーシング協会)の帝国事務所南支部にやってきていた。
新しい従魔の登録とその出走登録をする為だ。
俺の書いた書類を受付のお姉さんが登録書類を見ながら確認する。
「新種の幼鳥、名前はピヨマグナスですね?」
「はい」
俺は頷く。ちゃんと体長から何から何まで記入してある。
「残念ですがピヨマグナスはすでに登録されているようで登録を受け付けられません」
「しまった。…そういう可能性もあったか。じゃあ、ピヨで登録できますか?」
「少々お待ちください。ピヨ…。ああ、空いてますね。ピヨでならば登録可能です」
「じゃあそれでお願いします」
受付さんは赤ペンでササッとマグナスに訂正線を引く。
「はい。次に所有者は獣人のステラ様で、従魔士はアインホルン様でよろしいですね?」
「はい」
所有者証明の書類の写しも添付してあり受付はそれを確認していた。
ちなみに従魔契約しても、していなくても問題ないのは従魔にする必要もなく大人しい魔物もいるからだ。
「では、本日出走登録したいとのことでしたので、出走可能レースはこちらになります。時間が時間ですのでここで出走を決めると取りやめ出来ませんがどういたしますか?」
「構いません。出走可能なレースとすでに出走登録されている魔物を教えてください」
「こちらになります。こちらのレースは未勝利魔物10頭立てで9頭、こちらは未勝利魔物18頭立てで25頭の登録があります」
俺は表を見ていずれもキメラの出走や皇子の出走がないのを確認する。念のため、彼の預けているライツィンガー協会長の厩舎の魔物がいないのも確認しておく。
通常は10~12頭の出走数でレースをするが、未勝利戦で人気のあるレースは18頭と数が多い。
出走頭数が異なるのは、前者の10頭立てとなっているレースは距離が長く新魔物が走るには厳しい為である。10頭に減らしても頭数が揃っていない。逆に後者の18頭立てのレースは短距離で初めて走るには丁度良いレースだからだ。なので18頭立てとなっているがそれ以上の魔物がエントリーしている。
「こちらであれば締め切り間際ですので確実に出走可能ですが、どういたしますか?」
「じゃあ、こちらで」
「それではこれで時間も時間ですしレースの方も締め切らせてもらいますね。前金はお持ちですか?」
「はい」
俺は受付のお姉さんに前金の金貨1枚を渡す。
「それではこれで受付いたしました。ご健闘を、アインホルン様」
何とかキメラのいないレースへヒヨコを登録することができたのだった。
「とりあえず出走だ。それまであのヒヨコにレースのことをしっかり叩き込まないと」
こうしてどうにかキメラと戦うことない初出走が決まったのだった。