3章6話 ヒヨコの二日酔い
「結局、うちの厩舎は取り潰されて、爺ちゃんの従魔は皆処分されちまった。俺には爺ちゃんに貰った小さい牧場と走れない魔物以外もう何も残ってねぇ」
「ピーヨピヨピヨピヨ、ピーヨピヨピヨピヨ」
泣かせてくれるじゃねえか。
ヒヨコは涙を流して同情する。
くそう、なんて奴だ。ヒヨコの風上にも置けねぇ奴だ。
「い、いや、ヒヨコじゃねえから」
「ピヨッ」
そんな細かい事はどうでも良い。何で権力者って奴はどいつもこいつも自分の好きなようにしようとするんだ。
ヒヨコも権力者に殺されて酷い目に遭ったもんだ。
……あれ?何でヒヨコが権力者に殺されたんだ?
ヒヨコは生きてるのに。
ま、まあ、それはともかく、それで魔物を探しに来たのか、坊ちゃん。
「そうだ。あの皇子をギャフンと言わせてやるんだ。確かに何もかも奪われた。でもレースだったらフェアに戦えるはずだ。俺が従魔を捕まえて、鍛えて、あのキメラを倒して、何もかも思い通りになんてならねえって思い知らしてやろうと思ったんだ。でも、もう金もないし、これ以上レースに出れないと魔物レーシング協会からの資格を剥奪されてしまう。爺ちゃんみたいに永世従魔士資格なんて持ってないからよぉ」
「ピヨ」
手っ取り早く魔物をゲットしてレースに出ないといけないって事か。
大変だなぁ。
まあ、頑張れ。お兄さんが応援してあげよう。
ヒヨコはバシバシとテオバルトの背中を翼で叩く。
「そうか。でも俺の方が絶対にお兄さんだから」
「ピヨ」
細かい事は気にするな。気にしたらヒヨコにはなれんぞ!
ヒヨコはテオバルト君とやらにヒヨコの道を説くのだった。
ヒヨコがピヨピヨとテオバルト君の隣で座って一息ついていると、そこに変な男がいるのに気付く。
一人の背の高い男がヒヨコの出て来た宿屋の方を監視していた。赤髪の大男なので夜中でも良く目立つ。
「ピヨ?」
ヒヨコはヒョコッと立ち上げり、宿屋の方を隠れてのぞき込むように見ている怪しげな赤毛の大男の背後に近寄る。
ぬき足さし足ヒヨコ足、ぬき足さし足ヒヨコ足、ぬき足さし足ヒヨコ足。
気付かれないように近づき、
「ピヨッ」
謎の男の尻にずさっと嘴を突き立てる。
「ぎゃああああああああああっ!な、な、な、何をする、いきなり!」
赤髪の男は尻もちをついて後退りながら、驚いた様子でヒヨコの方を見る。
「ピヨッ」
何をするはこっちのセリフだと言いたい。怪しげな男。ストーカーか!
「誰がストーカーだ!この竜王に向って!」
「ピヨヨ~?」
竜王だ~?
……む、確かに言われて見れば背が縮んで角と鱗がなくなって、髪の毛が生えて、見た目が竜から人間っぽくなって服を着てるけど……よく見ると竜王じゃないか。
久しぶりだね。ええと何て名前だったか。
イ……イグ………イグアナ!
「イグニスだ!爬虫類扱いするな!」
「ピヨッ」
確かにドラゴンよりもイグアナの方が愛敬のある可愛い爬虫類だ。
すまんな、イグアナ扱いしたらイグアナが悲しむもんな。
お前もイグアナにちゃんと忖度して偉いな。
「そっちじゃないわ!貴様、我に喧嘩を売るとはどうやら命が惜しくないらしいな」
「ピヨッ」
あれれ?
こんなにフレンドリーに接した積もりなのになぜか怒ってるぞ?そう怒るなよイグっちゃん。
ビークール、ビークール。
そんなに怒るなよ。何かいい事あったのかい?
それじゃあ、元気な皆。心が落ち着くようにフルシュドルフソングに合わせてヒヨコダンスを一緒に踊ろうじゃないか。
はい、ワン、ツー、さん、しー、ごー、ろく、なな、はち。ここでピヨッと荒ぶるヒヨコポーズ!
………………
………………
何故一緒に踊らぬ、イグッちゃん!?
「貴様、何故我が一緒にヒヨコダンスすると思ったんだ?ドラゴンがそんなダンスを踊るか!」
「ピヨ?」
だがしかし、トルテはマスターしたぞ?
「人の娘に何教えてくれちゃってるの!?」
「ピヨヨ~」
あれ、感謝の言葉ではなく責められているのはなぜ?
人間の姿をした竜王イグニスとやらはヒヨコの胸ぐらをつかんでゆっさゆっさと揺する。どうやらお気に召さなかったらしい。
フルシュドルフソングは町の子供たち皆が覚えた公式町興しダンスなのに。
「はあ、……相変わらずだな、貴様は毎度毎度違う姿で生まれ変わっては敵だったり味方だったりヒヨコだったり変な奴だ」
「ピヨ?」
何を言ってるんだ、トルテの父ちゃん。ヒヨコは常にヒヨコだぞ?
「まあ、気にするな。俺と違って定命の者は何度も生まれかわるのだ。お前みたいなユニークな魂は生まれ変わっても大体気付く。500年来の付き合いだが魂は変わらんなぁ」
「ピヨ?」
なんだ、イグッちゃんは。ヒヨコはまだ生まれてから………数十日くらいのヒヨコだぞ。ハッ、やはりヒヨコは生後500日の500歳ヒヨコだったのか!?
「何故1日1歳計算なんだ?」
ジトリとイグニスはヒヨコをジト目で見る。
ピヨリ?
何故でしょう。
ところで何してるのよね。
「そこで何故ウチの娘の口癖が出てくるのよね?コホン。いくら最強の竜族といえどまだ3歳の娘が家出をして心配しない親がいないとでも思っているのか!」
つまりトルテのストーカー!イグッちゃんがストーカーになり果てるなんて!
「ピヨピヨーッ」
…………
はっ!いつものようにトルテが音楽(※ベートーベン作『運命』)に合わせて「きゅきゅきゅきゅー」と言ってくれないから、ヒヨコ1羽だけで滑ってしまった。
やはりツッコミのピヨとしてはボケ役のトルテが必要なんだ。くう。
「どう考えてもお前がボケだと思うのだが」
「ピヨッ!」
「ううう、ヒヨコ~。怪しいおっさんと何話してるんだ~?」
「ぬう、誰が怪しいおっさんか、娘を案じる父に対して!」
「ピヨッ」
まあまあ、ここはヒヨコの顔に免じておとなしく。
こちら、3歳の娘に家出されてしまった上に『お父さんと同じ水で洗濯しないで』とか『お父さん、次お風呂入るからお湯抜いておいて』とか言われてる悲しいイグニスさん。こちら、帝都で皇子様に虐められてダンジョンに潜ったら冒険者さんたちに騙されてモンスターパレード、略してモンパレの先頭を走ってたテオパルド君。そして私はフルシュドルフからやってきたフルシュドルフ公式マスコットキャラ、ピヨちゃん。正体不明のヒヨコです。
「べ、別に娘にそんなこと言われてないし。……い、言ってないよね?」
「くう。俺には娘とかいないけど、幼いころから育ててきた従魔がお祖父ちゃんの方が良いとか言い出して去っていくのを見ると切ないもんなぁ。分かるぞ」
「グフ。ピ、ピヨよ。トニトルテはまさかそんなことを言っていた訳じゃないよな?」
「ピヨッ!」
大丈夫、父親のことなんて一切話をしたことがないから。興味無さそうだったから大丈夫!
「大丈夫じゃないだろ!」
「イグっさんも苦労してるんだなぁ。まあ、アンタも飲め。飲んで忘れちまえ」
「ぬう。最近、妻達も娘も冷たいのだ。定命の者がうらやましいわ。こちとら数百年も生きているからな。自然、嫌な所もたくさん出てくるのよ。女というのは面倒くさいのだ。100年前の浮気を未だに掘り返すのだ。お前も気を付けるが良い」
「全く、女ってのは駄目だ。付き合ってた彼女がウチの厩舎が右肩下がりになった瞬間、他の男に乗り換えやがったんだ。酷いもんだ」
「ピヨッ」
分かるぞ。女ってのは権力とかそういうのに弱いんだ。ヒヨコも昔女に裏切られて破滅した気がするぞ。
「そうか、分かるかヒヨコ。お前も飲め飲め」
酒瓶を差し出してくるテオバルト君にヒヨコは両の翼で受け取ってクピクピと酒を飲む。何だか体があったまって良い感じになってきた。
***
「きゅう?」
「ピヨッ」
町中で寝ていたヒヨコはトルテに起こされる。
一体、ヒヨコは何でこんなところで寝てたんだっけ?
そうだ、おっさん達と酒盛りしてたんだ。
「きゅう(酒盛り?お酒なのね?………ちょっと飲んでみたいのね)」
「ピヨピヨ」
まだお子様のトルテには早いからやめなさいな。
「きゅうきゅう(生まれた年は私の方が早いのよね)」
「ピヨ?」
つまりトルテの方が小母さんだった。
「きゅきゅきゅきゅー」
「ピヨピヨー」
トルテはガクリと両手と膝をついて運命の皮肉さに打ちひしがれる。
今日はトルテがいるから音楽(※ベートーベン作『運命』)が良い感じに流れる。さすがは我等、ピヨドラバスターズか。
「きゅううう(年上アピールは諸刃の剣なのよね)」
「ピヨッ」
まあ、元気出せよ。
ヒヨコは起き上がる。ううう、でもまだ何だか気持ち悪い。
これが二日酔いという奴か。毒耐性があってもダメらしい。
※酒毒は酩酊耐性です。
「ほら、出発するよ。何してるの?」
「ピヨ~」
昨日外をぶらりと歩いていたら、そのあの…昨日のモンパレのお兄さんと、イ………イグ………そう、イグアナと3人で酒を飲んでたら酔っぱらってしまって。
「…まあ、どうせ馬車でゴトゴト揺れるだけだから我慢しなさい。出発するよ」
「ピヨ~」
グッタリしたヒヨコは師匠に促されて馬車に乗る。
帝都まであともう少しである。
それにしても、二日酔いの状態で、馬車で揺らされるのって気持ち悪い。
馬車の後から顔だけ出して、帝都に向う街道の途中で嘔吐するヒヨコがいた。
0歳のヒヨコがお酒を飲んではいけないという事が判明したのだった。