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1章3話 ヒヨコキック

 俺は草むらの中で目を覚ます。

 草木の揺れる音、そして動物の声が静かに聞こえてくる。


「ピヨ……」

 声をだそうとすると、『ピヨ』というプリティヒヨコボイスが耳に入る。

 どうやら夢ではなくヒヨコ姿が現実だったようだ。どう考えても無理があると思う。生まれ変わったらカラーヒヨコでしたとか何の冗談だろうか。


 とはいえ、もう死ぬのは嫌だ。

 裏切られるのも嫌だ。

 復讐してやりたい気持ちもあるが、生まれ変わった今となっては彼らと会う事も無いだろう。

 折角生まれ変わったんだから、今度は勇者の使命とか関係なく自由に生きよう。


 いや、そもそもここは前に生きていた世界なのか?帝都で話題の異世界転生という奴ではないだろうか?

 そう、生まれ変わったら高度に発達した魔法のない文明社会で、魔法を駆使して無双するという伝説の異世界転生!


※この世界では異世界転生とは魔法のない世界で魔法を使って無双する物語が流行ってます。


 閑話休題。

 そんな益体もない話は置いておき、今現在、どうして俺は生きているのだろう?

 俺は神眼スキルを使って自分のステータスを確認するとまたもや見覚えのないスキルが出来ていた。

 そんな見覚えのないスキルは『嘴術LV1』『毒耐性LV2』だった。

 嘴術ってなんぞやという思いも大きいが、どうやら毒耐性を得た為に、死を乗り越えたようだ。

 最大数百というHPが存在している中で、今現在としてHPが2しか残っていなかった。

 よく見ればレベルが7にあがっていた。レベルがたくさん上がってHPが2だけしかないという部分からしてもギリギリだったと思われる。

 それにしても蛇を倒しただけでレベルが7に上がるとかヒヨコってマジチョロい生き物だ。嘴術のスキルもLV1になっているし。


 それにしても疲れて動くのが億劫だ。

 だがこのままでは死んでしまう。特に空腹が著しい。

 どうにか食事をしたい所だ。

 俺は草ムラの影から顔を出して周りを見渡す。

 蛇の死骸だけが落ちていた。鳥の食事と言えば虫なのだが、さすがに虫を食べる気にはならない。外見は鳥だが中身は人間だから仕方ない。

 すると今、食べられそうなものは蛇くらいなのだが。


 蛇って食べられるかな?

 食べられるような話を聞いた事がある。

 よし、食べよう。


 生まれたてのヒヨコが蛇を食べられるかは分からないが、むしろ食べられてしまう方かもしれないが、食えるものはこれしかないのだ。

 焼肉定食の世界において死した者は食われるのが普通だ。


※焼肉定食× → 弱肉強食〇


 俺は蛇に近付いて嘴で傷つけて露出した肉の部分をほじくる。あんまり匂いはない。というか鳥ってもしかして嗅覚が少ない?

 めっちゃ臭そうなのに。


 俺は肉を咥えて引っ張り口の中へと放り込む。生肉を食うのはどうかと思ったが、匂いがしないからあまり味を感じない。まあ、味は肉だな。肉っぽいな。

 歯が無いからよく分からないが舌ざわりからして肉の味である。匂いが薄いので血生臭さを感じない。

 鳥は不便な気がする半面で、生の蛇を食えるのはきっと鳥だからだろう。それとも人間の味覚じゃないからだろうか?

 まあ、取り敢えず食えるだけ食おう。毒耐性のお陰でこの蛇を食って死ぬ事もないだろう。

 嘴の先端は柔らかいがとがっているので器用に使って肉を割き、筋目に沿って肉を剥がす。


 俺は嘴を上手く使って蛇を食べていると『???は嘴術のスキルレベルが上がった。レベルが2になった』と神託が降りてくる。

 スキルってこんな簡単に覚えるものではなかったように思うが、どういう事だろうか?

 というか、普通の魔物はこういう器用な使い方をあまりしないだけなのか?




***




 さすがに自分の体よりも大きい生き物を食べきれるほど胃袋は大きくないらしい。だが、食い溜めが出来るみたいだったので食い溜めてみた。鳥って不思議。

 膨らんだ胸のあたりをポムポムと撫でる。別に胸が膨らんだからといって女の子になったという訳ではない。何故なら俺は鳥だから。

 どうも胸元辺りに食い溜めできる器官があるようだ。まさにヒヨコは雄なのにボインである。これが伝説の鳩胸か。ピヨッポー。


 食事を終えると俺は蛇の頭の方へと回る。

 ふむ、必死になって蛇の種類にまで気が回らなかったが、この蛇はサーペントに似ている。とはいえサーペントは人間を丸呑みするくらい大きな大蛇だ。ヒヨコサイズを丸呑みできる程度の大きさというと普通の蛇と同じくらいだろう。

 もしかしてサーペントの子供だったのだろうか。


 ………


 あれ!?

 だったら、俺は大丈夫なのか!?


 サーペントは毒成分のある肉がある為、人間は食えないと聞いていた。

 特に魔物の類は魔力が体を変質させて、食えないケースもあるという。

 いやいや、そうだ、さっき毒耐性をゲットしたからな。きっとそのお陰だろう。

 とはいえ簡単に毒耐性を手に入れられすぎだ。元より火を吐く鳥とかおかしい話でもある。

 ともすると、俺はもしかしてカラーヒヨコなのではなく、そういう魔物のカラーヒヨコなのか?


 どうもおかしいと思ったのだ。赤っぽい羽毛の魔物は存在している。俺の知る赤い羽毛の鳥と言えばブラッドリークロウ、フレイムバード、あるいは高等種族でもある煉獄鳥(インフェルノバード)なんかが存在している。

 火を吐く魔物なのでフレイムバードか煉獄鳥(インフェルノバード)のような気がするけど………フレイムバードの雛ってこんなにプリティなのか?


 俺は自分をくるりと見渡す。グリンと首が背中の方まで向く当たりが鳥らしいとも感じる。


 でもどうしたものだろうか?このステータスでは野生で生きていくのは難しそうだ。

 生まれ変わったものの、ここがどこかも分からない。

 でかい森のような気もするが、ヒヨコボディだからそう感じるだけなのかもしれない。

 思えば子供の頃は何でも大きく見えたものだ。


 そもそもどうして卵を開けたら巣の中でも親の前でもなく一人だったのだろうか?俺が人間の記憶を持っていなかったら、刷り込みでうっかり蛇を親と認識してしまうじゃないか。


 俺の親はいずこに!?


 そういえば卵の中で凄い衝撃が起きて目が覚めて、ゴロゴロゴロゴロと回転していたような気がする。もしかして、この森の丘の上の方に巣があって、樹から落ちて転がったのか?


 俺はふと森の坂道の上の方を見る。巨大な一本の木が聳えているのがみえる。一本だけ高々と伸びている巨大な杉(?)のような大樹であった。


「ピヨヨ、ピヨヨピヨピヨピヨピヨヨピヨ?(まさか、あそこから落ちてはいないよね?)」

 俺は掻いてもいない汗を拭くように翼でゴシゴシと額を拭く。さすがの勇者時代でもあんな高い場所から堕ちたら死ねる自信がある。

 いや、嘘。勇者時代の跳躍ならあそこら辺まで跳べたと思う。ヒヨコサイズだから滅茶苦茶大きく見えている可能性も高いし。


 そこで俺は気付くのだが、あのような樹を勇者時代に見た事があった。連邦獣王国の地域、俺が生まれ育ったアルブム王国に隣接した地域だ。

 凶悪な魔物がたくさんいる場所で、王国の北部討伐軍も進むのに困難していたのを覚えている。


 そんな俺達勇者パーティはその巨大な森を突っ切って連邦獣王国の軍と戦闘になった。

 そして、俺は獣王直属の三勇士と頂点に立つ獣王を打倒したのだった。


 ただ、我がアルブム王国軍は連邦獣王国の民を奴隷にしようという思惑があったのを知り、獣人兵が民の為に殉職するつもりで戦いに来ていたのを感じた。

 俺はわざと闘気を使った斬撃で荒野に巨大な亀裂を作り、連邦獣王国の大都市に続く道を途絶えさせたのだった。

 殺し合いのさなか、獣王もわざとらしく大技を連発してそれに協力していたのだが。


 俺は悪魔王を倒すのが目的であり、獣人達を奴隷にする気はさらさらなかった。悪魔王らへの道程の途上に獣王が立ちふさがったから戦わざるを得なかっただけだ。

 死の際で3勇士や獣王から獣人たちの安全を託されたので、王国に獣王国への進軍をしないように進言した。

 獣王国を滅ぼす為に戦っているわけではないのだから、獣王国も鬼人領を治めた悪魔王に立ち向かえなかった為に従うしか無かったのだと今なら分かる。

 とはいえ、元より大きな渓谷をつくり、軍が移動するには困難な状況にした。不干渉の約束のサインを無理やり王国に押し付けてやったのだ。

 そして、西にある帝国を経てから北へと進軍する羽目になったのだが。


 思えば、魔王討伐の最初の時点で、俺はどこか母国に不信があった。何故、そこをしっかりさせなかったのだろうかと後悔だけが頭によぎる。



 場所はどうにも獣王国の大森林に似ているが、ここが大森林とは確定していない。

 生まれ変わったばかりなので、よく分からない。もしかしたら本当に異世界かもしれない。

 だが、もしも獣王国なら大森林から出る方向も分かる。そうでなければ、どちらにせよ森から出るのは生き当たばったりになるので仕方ない。

 なので獣王国だと仮定して獣王国から出るつもりで移動を開始する事にする。


 俺は凡その時間と太陽の位置を確認し、樹の位置を見て、方角を把握する。取り敢えず人間と上手くコミュニケーションを取れれば飼って貰えるかもしれないと考える。

 そう、俺はプリティなヒヨコなのだ。魔王を倒したのに、何故か断罪されてしまった悪の勇者ではないのだ。

 グッと拳を握ったつもりで右手羽先をちょいっと折り曲げて、太陽の逆方向、つまり南へと向かうのだった。


※本大陸は南半球にあります


 せっせせっせと坂を下り、俺はこの森林地帯を歩き続ける。

 一方向に歩き続ければ、やがて森から抜けるだろうという算段である。


 お腹が減っても食い溜めしたので大丈夫。

 とは言っても直に木の陰(トイレ)に直行だけど。

 意外にもヒヨコは便利な体だ。まあ、現在進行形で全裸だし、トイレに行きたくても野で済ませるという人間の矜持がへし折れそうな気持ちではある。

 だが、悪人扱いされて酷い目に遭った今となっては、人間などどうでもいい。


 俺はもはやヒヨコに魂を売り渡したのだった。


 そんな事を考えていると、今度はガサガサと何やら音が聞こえてくる。ピヨピヨと鼻歌を歌っていたのは間違いだったのだろうか。ゆっくりと背後から聞こえた音の発生源を見ようとチラ見する。

 そこに見えたのはカマキリだった。


「ピヨピヨピヨピヨピヨー(敵がでたー)」

 自分よりも明らかに大きいカマキリ。普通のカマキリってヒヨコより小さいよね?俺より遥かに大きいんですけど。

 俺が鶏の卵位の大きさとすると、後ろから追って来るカマキリは明らかに人間の膝ほどはありそうなくらいにデカい。おかしいだろ、おかしいよね?

 というと今度の敵はキラーマンティス当たりの赤ん坊か。たしかにあれは人間の膝位の大きさだった。育つと人間の倍くらいの大きさになるけども。


 くぅ、勇者の時も大森林は過酷だった。

 ステータスが圧倒的に劣化したヒヨコではどことも知らぬ森でさえもっと過酷だ。


 俺は必死に走る事にした。そう、とにかく逃げて逃げて逃げまくる。

 キラーマンティスはシャカシャカと追って来る。追って追って追いまくる。


 人喰蟷螂(キラーマンティス)なんて嘘だ。こいつ、人間の頃よりもヒヨコ(オレ)を食う事への執着が激しいから!鶏肉が大好物ですって言ってるっぽいから!

 今日から君は雛喰蟷螂(キラーマンティス)だ!


 いかん、疲れてきた。これはアレだな。蟷螂からは逃げられない、という奴か。

 とは言え、よく見ればサーペントの子供よりは弱そうだし、やってやれない事はない。頑張れ、俺。

 打倒キラーマンティス(子供?)だ。



 俺は決意してキラーマンティスと向かい合う。ジロリと睨み返して小さな翼を広げ、片足を上げてピヨーッと威嚇する。

 しかし、キラーマンティスには効果が無かった。


 まあ、キラーマンティスは挑発が聞くような魔物じゃなかったけどさ。


 俺はシュッシュッと嘴で突けるようにリズムを取る。キラーマンティスは何の考えもなくそのまま特攻してくる。もう少し間とか取ってくれても良いと思うんですけど!?


 俺は必至に回避して背後を取る。そして嘴で背中の羽の畳んである胴体部分を攻撃する。

 キラーマンティスは俺の攻撃によって前につんのめるようにして倒れるが即座に起き上がる。

 虫系の魔物はダメージが通ったかどうかが分かり難いから嫌だ。

 剣で首を切れば一発なんだけど、それでも動くときがある。


 俺は用心深く嘴を振りながらリズムを取る。気分は鶏である。


 キラーマンティスはやっぱり何も考えずに鎌を振りながら口を開いて襲い掛かってくる。噛まれたら死にそうだし、鎌の威力は厳しいので攻撃を食らう訳にはいかない。

 ヒヨコボディでは真っ二つにされる可能性がある。

 こんなピンチの連続、竜王イグニスと戦った時以来だ。


 キラーマンティスは子供が拳を振り回して攻撃するかのように、ただただ突っ込んでくる。

 嘴で上に突っ込む振りをして懐に飛び込み、弱点である腹を攻撃。嘴が見事に突き刺さる。虫の体液が酷くえぐい感じだが、今は命の危機だからそんな事に戸惑う余裕はない。


 さらに、キラーマンティスの横っ腹にヒヨコキック!

 生まれたてのヒヨコの持つ柔らかい鍵爪では威力はいまいちだがキックによってキラーマンティスは横倒しになる。


 いける!

 倒れた隙を逃すものか。

 ヒヨコキック、ヒヨコキック、ヒヨコキックと見せかけてヒヨコペック、そしてもういっちょヒヨコペック、アンドヒヨコキック!


 蹴って、蹴って、突いて、突いて、蹴る。


 さらに何度も何度も嘴で突いて、ひねりを咥えて抉って、なんだかキラーマンティスが凄惨な状況になって来る。

 やがてキラーマンティスは動かなくなる。もはや子供には見せられないグロテスクな感じになっていた。勇者をやっていたから耐性があるけど、それでも見ていて気持ち良いものじゃない。


『???はレベルが上がった。レベルが8になった』

『嘴術のスキルレベルが上がった。レベルが3になった』

『格闘術LV1のスキルを獲得した』


 神託のファンファーレと共にレベルが上がった。

 しかも格闘術をゲット。あの蹴りが認められたのだろうか?

 この順調な成長っぷり。もはや俺は鳥として生まれるべくして生まれたのかもしれない。


※普通の鳥は格闘術なんて覚えません


 だが、緑色の体液がべったりついて気持ち悪い。ベトベトネバネバする。嗅覚が今一だから匂わないけど、気分の良いものではない。

 体を水で洗いたい所だ。鳥は虫を食べるって聞いてたけど、俺はどうやらカマキリは好きになれ無さそうだ。というか、食べたくない。

 虫は食べない鳥なのかも?蛇を食う訳じゃないと思うけど………。


 よし、水場を探そう。

 ヒヨコサイズなら水たまりでも大丈夫っぽいけど全然見つからない。

 こうして、俺は水場探しを始めるのだった。

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