3章5話 従魔士の悲劇
通りすがりの従魔士の回想です
俺は従魔士の家柄に生まれた。
俺の家名でもあるアインホルン家は長きにわたる帝国従魔士でも最も有名な一族である。
無論、50年前にグリフォンを調教したと言われる獣王国の従魔士グレン・リンクスターほどの勇名を持っているわけでは無い。
それでも、帝国においてアインホルン家といえば帝都にあるモンスターレースで最も有名な家だ。
かつてユニコーンをテイムし、帝都で最もグレードの高いレース総取りした事で皇帝陛下から法衣騎士爵の位を与えられた立派なモンスターレースの大家である。
家名は帝国の古い言葉でユニコーンの意味をし、時の皇帝に授けられたものであった。
そんな従魔士の名家に生まれた俺、テオバルト・フォン・アインホルンは同じく従魔士である祖父ちゃんヘンリック・フォン・アインホルンの指導の下で調教助手をしていた。
厩舎には身の丈の巨大な一本角の馬が6頭いる。他にも8本足の馬スレイプニルなど特に足の速い馬系モンスターが揃っていた。
しかし、近年はそんなモンスターたちが勝てなくなってきていたのだ。
俺は複雑な思いをしながらも、やっと最高グレードのレース『ダービー』に出場する。今日も今日とてトレーニングを課す為、厩舎の馬小屋から愛馬を連れ出して帝都にあるトレーニングセンターで走らせる。
「マグナス。次のレースは絶対に優勝しようぜ」
「ヒヒン」
マグナスの本名はマグナスホルン。赤毛のユニコーンである。
俺が世話をして調教助手としてトレーニングを課していた相棒でもある。
賢く人懐っこい子だ。末っ子の1歳児、キーラが生まれて直に亡くなってしまった雌ユニコーンから生まれた子供達は賢い子が多い。
マグナスはその中でも格別に賢く、そして速かった。
マグナスは尻尾を振りながら顔を俺に摺り寄せてくる。
ユニコーンは大きいものが多いが、この子は小柄で普通の馬と変わらない大きさだった。
だが走り出すと疾風のように走り、ついに帝国最高峰のレースでここまでやってきたのだった。
そしてレースの日がやってくる。
魔物レースを主催したという勇者シュンスケ様の作曲されたという荘厳なファンファーレ(※東京中山G1競争参照)が鳴り響き、音楽が鳴り止むと同時にゲートが開く。
最初に飛び出したのは俺のマグナスホルンだった。
そのすぐ後ろに飛び出したのはランニングリザード、足が長く素早く走る蜥蜴だ。このレースでよく見かける魔物である。実際、12頭立てのレースで最低でも1頭は見かけるポピュラーな魔物だ。今日は大きいレースなので1頭しかでていないが低いグレードならば2~3頭いる事も多い。
そしてジャイアントラットとアルミラージ、キラーゴリラ、グレートボア、デビルバッファロー、サンドリザードなどと多くの魔物が次いで飛び出す。
そして最後に出てくるのは一際巨大な魔物、キメラだった。象のような巨大な体に、狼のような頭と四肢を持ち、蜥蜴のような鱗で覆われ、巨大な尾を持った魔物だ。
キメラというのは様々な魔物がくっついたような姿をしていて、その総称でなくあまりにも多種多様な為に一括りにキメラと名付けられている。
その巨大なキメラが一拍遅れてスタートする。
四本足でズシズシと走る。その速さは最初はゆっくりと、しかし徐々に早くなっていく。
体重を乗せてずんずんと長い足を延ばして進む。元よりここに出走している魔物たちを踏みつぶすほど巨大なのだ。
第3皇子殿下が魔主になってから、魔物の入るゲートが巨大になり、そしてそこに第三皇子殿下の保有するキメラがこのレースに登場することになった。
誰もがこういう事だったかと理解したが、そのキメラはいずれも早かった。
このレースは確かに誰よりも早くゴールを潜ったものが勝者であるが、魔物同士で戦う事も多く戦って倒しても構わないという事になっている。
その為、強い魔物を参加させて勝利して優勝させようとする従魔士とウチのようにとにかく早い魔物を走らせて逃げ勝つ従魔士の二通りがある。
今は後者が主流であるが、第3皇子殿下の魔物は前者のタイプが多い。
「いけ!マグナスホルン!そのまま逃げ切るんだ!」
俺も祖父ちゃんも手に汗を握ってマグナスホルンを応援する。
このレースは巨大なレース場で行われ、平原コースから始まり、足元を取られる砂漠コースに入り、次いで森林コース、最後に山岳コースへと突入する。
マグナスホルンは軽いが強い脚力を持っており、平原だろうが砂漠だろうが軽やかに進む。ほとんどの魔物は苦手なコースがなどがあるが、マグナスホルンにはそのようなものは存在しなかった。他のユニコーン達は砂漠や山岳コースが苦手だったりするのだが。
先頭を走るマグナスホルンだったが、徐々にキメラの魔物ティエルケーニヒが速度に乗って追いついてくる。
ある魔物は踏みつぶされ、ある魔物は<咆哮砲>一つでふっ飛ばされてしまう。
その瞬間近くにいる従魔士たちから悲鳴上がる。彼らは自分の育てた魔物たちが吹っ飛ぶ姿に悲鳴を上げ、涙し嗚咽する。
元々、うちのアインホルン家のユニコーンの逃げをうってスピード勝負をするのが流行った理由は殺し合って大事なパートナーが死んだりしないからだ。
レースを応援する魔券を買うファンだって好きな魔物がいる。
当然、従魔士たちは自分たちの魔物が大事だ。絆を紡げなければ従魔できない。
魔物レース業界を変えたからこそ我々アインホルンは貴族の爵位を授かったのだ。
だが、ティエルケーニヒは次から次へと魔物を吹き飛ばし、俺のマグナスホルンを追いかけていく。森林エリアに入っても素晴らしいフットワークでマグナスホルンはスピードを緩めずに駆け抜けていく。
対してキメラのティエルケーニヒは森の木々をなぎ倒してまっすぐ進む。圧倒的な場力で一切速度が落ちたりしない。山岳地帯に入ると、一気に角度の厳しい丘をマグナスホルンは駆け上がる。
しかし、ティエルケーニヒがすぐ近くまで追い詰めていた。
「スピードを上げろ!マグナス!」
必死に叫ぶ。あともう少しでゴールだ。逃げ切れるはず。
俺がそう思った瞬間、ティエルケーニヒは<咆哮砲>による衝撃波を放ってくる。
一撃でマグナスホルンは吹き飛ばされる。
だが、吹き飛ばされたマグナスホルンは地面を転がりゴールラインを割る。俺にとってはそんなことはどうでもよかった。
勝利はいつでも挑んで勝ち取れば良い。だが、死んでしまえばそういう話にはならない。
背後から迫るティエルケーニヒはゴールなんて目指して走っていなかった。
「逃げろ!マグナス!」
俺が叫ぶが、マグナスは起き上がろうとしていたところで、そこにはティエルケーニヒの巨大な足が迫っていた。
真っ赤な血が飛び散りレースが終わった瞬間にはゴール前に大きな血の花が地面に咲いていた。元の原型が残らないほどの破壊に俺は愕然とする。
生まれたころから可愛がっていた愛馬の姿を走馬灯のように幻視する。
「う、うあ、うあああああああああああああああああああああああああっ」
優勝と引き換えに手に入れたそれは絶望だった。
***
その3日後、マグナスホルンの葬儀をして、未だに悲しみを引きずりながらもいつものように魔物たちの世話をしていた。マグナスホルンの兄妹もまだいる。とはいえ、彼らは中々大きい大会では勝てていない。
我が厩舎は苦境に立たされていた。
それでもいつものように仕事をすべく、祖父ちゃんと共に4頭のユニコーンを連れてトレーニングセンターへと行くと、トレーニングセンターの親父さんに止められる。
「ちょっと待った。アインホルン殿。今は使えないよ」
トレーニングセンターの管理をしている親父さんは俺達の前を塞ぐ。
「どういうことですか?」
祖父ちゃんは不思議そうに首を傾げる。俺も不思議に思う。
これまで、こんなことは一度だってなかったからだ。
「いやあ、その………昨日決まった事でな。このトレーニングセンターは帝国の所有しているセンターだろう?」
「そりゃ知っている。トレセンの歴史を知っているなら、アインホルンが知らない筈がないだろう」
「実は許可制になってね。アインホルンの使用許可がないんだよ」
目を反らしてしどろもどろにトレーニングセンターを管理してる小父さんは説明する。
「そんな馬鹿な!そんな話は聞いて無いぞ!」
祖父ちゃんはあまりの事に声を大きくして怒鳴りつける。
「俺に言われてもそういうルールになったんだから仕方ねえだろ」
小父さんは目を泳がせて呻く。
俺達とトレーニングセンターの小父さんが揉めていると、背後にキメラを連れて来たのは第3皇子殿下だった。彼は複数の従魔士や騎士団に囲まれてやってきた
「何をやっている」
「で、殿下。良い所に」
ペコペコと頭を下げてトレーニングセンターの小父さんは皇子殿下の方へと駆け寄る。
我らがローゼンブルク帝国第3皇子、皇帝の末子であるが皇妃エリーザベト殿下唯一の令息である事から次期皇帝と呼ばれている。第3皇子なのに彼が次期皇帝と呼ばれる理由は、長男と次男が二人の妾妃の子である為だ。
先の帝位争いでアサシンギルドと手を組み片っ端から先帝の子供を暗殺したのが妾の子エーリヒ・B・フォン・ローゼンブルクという恐るべき皇子だった。
このせいで帝都から逃げた皇太子以外の皇族はほとんど死に絶えているので、それに異議を唱える者も皆無だった。
今代の皇帝は皇妃の子エリアスが生まれた段階で他の子供たちを跡継ぎにしないことを明言している。一人は他国に嫁ぎ、一人は貴族へ降り、一人は軍属に、一人は宮廷魔導士団に、一人は冒険者になった。
「何をやっている?」
次期皇帝と目されているエリアス皇子殿下はジロリと周りを見る。
「そ、それがアインホルンがこのトレーニングセンターを使おうと…」
「駄目に決まっているだろう。そういう事になったのだからな」
「そ、そういう事になったとは?」
「このトレーニングセンターを帝国のものだ。故に今後、貴様らが使うには私の許可が必要になったのだ。そもそもレース前だというのに皆がこぞって同じ場所でトレーニングさせるなど私は良くないと思っていたのだ。従魔士それぞれがトレーニングセンターを持つべきであろう。先日、優勝した程の従魔士なのだ。貴様らは貴様らでトレーニングセンターを作ってやればいいだろう」
「そ、そんな馬鹿な話があるか!従魔の魔物を長距離移動させてレース場などを移動させるのはよくないからとレース場に隣接して全ての魔物が一所でトレーニングするためにセンターを作っているんですよ。それをいきなり…」
祖父ちゃんはその理由はあり得ないと訴えるが
「ええい、黙れ!次期皇帝たるこの私に歯向かうというのか!」
「次期皇帝など関係はありません!貴方は過去に何かあった事もまるで理解していない!新しければ、権力があれば思い通りになると思っているのですか!?」
祖父ちゃんは皇子殿下に対して怒鳴りつける。
「新しい事に対応もできず権力を振り翳す老害が!私に口出しするとは無礼な!ヨーゼフ!」
「はっ」
皇子の周りにいた騎士の一人が前に出ると剣を引き抜く。
「この地は既に我が帝国のもの。この愚かにも不法侵入をした上に私には向かったこの老害を殺せ」
「はっ」
騎士が乱暴に剣を振るうと、祖父ちゃんは地面に倒れる。
俺は何が起こったのかさっぱりわからなかった。まるでどこか遠い場所で起こった出来事のようで。
だが、倒れた祖父ちゃんはピクリとも動かず、ただただ大量の血が地面に拡がっていく。
「じ、祖父ちゃん!祖父ちゃん!だ、誰か!祖父ちゃんが死んじまう!誰か助けてくれ!誰かぁ!」
俺は周りに訴えるが全員が目を反らし、皇子殿下達は嗤ってみていた。
「その男も不法侵入者だ。捕まえて牢にでもぶち込んでおけ!」
騎士達は俺を取り押さえ地面を引きずりこの場から連れて行こうとする。
「祖父ちゃん、祖父ちゃん!誰か!誰かあああ!」
俺の嘆きを誰もが無視をして、淡々と処理をしていく。