3章3話 ヒヨコはダンジョンに潜る
馬車の旅は二日目の山賊騒動以降、何事もなく進む。夜は村の宿に泊まり、そこで夕食と朝食を食べて、昼食用の弁当をこしらえてから出発。
途中の集落などを飛ばして次の村の宿に泊まる。
そんな淡々とした旅が進む。
ボロ宿に泊まったりもしているが、そんなに宿に泊まっても大丈夫なのだろうか?
町長さんも一応貴族様という奴なのだろう。
だが、徐々に街も大きい場所に入るようになってくる。
師匠と暮らしていたフルシュドルフという町は竜の領域とベルグスランドという国のすぐ近くらしいが、戦もなく平和な場所のようだ。
その南側の辺境伯領がケンプフェルトと呼ばれており何度となく合戦の場となっているらしい。ヒヨコ向きな場所のようだ。
ちなみにそこにはいかないで南西にある帝都へズンズン進む。
***
馬車の旅も数週間たった現在、南西へ街道を進む。
我々はついに帝都の手前にある一番大きな町ヘレントルへと辿り着く。
レーベンベルク公爵領ヘレントル市、別名迷宮都市ヘレントル。
冒険者がたくさんいる町だ。
たくさんの冒険者が行き交う雑多な街で商売も盛んのようだ。
中央通りは露店が立ち並び人で歩くのが大変なほどあふれていた。馬車はそこを迂回して大きな道を進む。
「じゃあ、襷をかけてと」
ヒヨコは街に降りる際に、首に掛かってる所有標だけでなく、祭りの時に付けていた『フルシュドルフ町親善大使』という襷をかけられ、トルテは『ドラゴン領の来賓客』という襷をかけられる。
「ピヨ?」
ヒヨコは何故かと尋ねるように町長さんを見ると
「ああ、この町はねダンジョンに人が潜って生計を立てている町でもあるんだよ」
という答えが返って来る。
「ピヨ~?」
攻略したのではなかったのですか?
ヒヨコは不思議そうに首を傾げて、ジトリと町長さんを見る。
「うーん、攻略というかダンジョンの奥にいるダンジョンを生み出したボスモンスター自体を倒したんだけどね。だからダンジョンから新しい魔物が出てくる事も無いんだけど…」
「ピヨ?」
「ダンジョンが生まれてから我々が攻略するのに500年以上かかっていてね。ダンジョンの成長は止まり、フロアマスターが定期的に発生することもなくなった訳だ。ダンジョンが広がる事もなくなったんだけどね。でも、ダンジョン内のモンスターを全部駆除するには不可能と言える規模なんだよ。50層もある巨大迷宮に500年かけてモンスターが勝手に生態系を作ってしまったからね」
ダンジョンが停止と言うのもよく分からん。
だが、ダンジョン内の魔物が普通に生活をしているというのはなんとなくわかるぞ。
「増え続けている魔物を、しかも未だに繁殖し続けている魔物を全て駆除なんてとんでもない話さ。だから、魔物が外に出ないよう退治をして、素材を売り買いして稼いでいるってのが現状かな。まあ、魔物でも伝説級とか災厄級、邪眼王に生み出されたやばいのはもういないから、そこまで脅威じゃないんだよ。まあ、ダンジョンは巨大なモンスター生存区画って訳だ」
「ピヨピヨ」
なるほど、つまり町長さんが言うには、ダンジョンマスターをやっつけたけど、ダンジョンに生まれたモンスターたちは消えなかったという事かな?
それ、どうやってダンジョン攻略を示すんだよ!
ヒヨコは頷きつつも心の中で突っ込みを入れる。
「あの、ヒューゲル様。ヒヨコと普通に会話されるとかなり変ですよ?」
「普通にピヨだけで会話が成立してしまったのだから仕方ない。それにしても本当に変わったヒヨコだね」
「ピヨピヨ」
僕、悪いヒヨコじゃないよ?
「悪いヒヨコじゃないけど変なヒヨコだというのは全員の共通認識なんだよね」
師匠がサラリと傷つく事を言う。
こんなラブリーチャーミングなヒヨコ役を変なヒヨコだなんて人聞きの悪い!
「きゅきゅきゅきゅ~」
「ピヨピヨ~」
ペタンと座ってヒヨコはショックを受けた様子で項垂れ、トルテが音楽(※ベートーベン作『運命』)を流してきて、ヒヨコもピヨッと乗ってしまった。
めっちゃ運命に項垂れている感じだ。
そんなに落ち込んでもいなければがっくりって感じでもないのでやめていただきたい。
でも…………、そうか。ヒヨコは変なヒヨコだったのか。
「きゅうきゅう(ダンジョンに入ってみたいのよね)」
「ピヨ」
その通り。
変なヒヨコかどうかはともかく、魔物のいる領域に行って狩りをするのが我らの本能。
そして、ついにヒヨコ無双が始まる訳だね?
「きゅっ!(そう、我ら)」
「ピヨ「きゅうきゅうきゅー(ピヨドラバスターズ)」」
ババーンとヒヨコとトルテは互いに翼を広げてポーズをとる。
「幼児が二匹、仲良くやってくれて助かるかも」
「ピヨッ!?」
「きゅうっ!?」
ヒヨコとトルテは師匠に幼児扱いされて激しく反応する。
「ピヨピヨピヨピヨ」
「きゅうきゅうきゅうきゅう」
ヒヨコとトルテは二匹で猛烈に師匠へと抗議する。スポーツで審判の判定に対して文句があり、詰め寄るような感じだ。
「何だろう、仲が良いと認定されると嫌なの?」
「ピヨッ」
師匠酷いよ。ヒヨコはこいつに酷い目に遭わされているんだ。
仲良くなんてなれると思うなよ。まず序列というものがあってだな。
初代居候だったヒヨコこそが序列第1位で然るべきなんだ。
「きゅーきゅーきゅー(何故かヒヨコの分際でアタシより序列が上だと思っているのがうんざりなのよね。ドラゴンが一番なのよね。)」
そう、互いに譲れぬプライドがあるのだ。
師匠はそれを分かっていない!
「まあ、あまり無茶をしないというならダンジョンをちょっと覗くくらいなら案内してあげても良いけどね」
町長さんはヒヨコとトルテの頭を撫でながらそんなことを言う。
「ピヨ~」
「きゅう~」
ヒヨコとトルテはハイタッチしてから、ピヨピヨトテトテと町長さんの周りを回って舞い踊る。
「そんなに覗いてみたかったんだ」
師匠が呆れた様子でヒヨコ達を見る。
「但し、冒険者、つまり他の人間に危害を加えないことが条件だけどね。君たちのブレスは危険だから」
「ピヨッ」
獲物を取れれば文句はないです。ブレスを吐いたら獲物が食えなくなる位焦げるから。
吐きません、食うまでは。
「獣の本能なのか狩りがしたかっただけみたいですけど。街によるたびにふらっと近隣の魔物のいる場所に行って狩りをしてたのに、まだ狩りをしたいのか」
「ピヨッ」
「きゅきゅう(狩りをしないといつか食えなくなってしまうのよね)」
我らは野生に生きる身。超金持ちじゃないと我らの食費を支えるのは困難。
故に狩りをして生計を支えるのがヒヨコスタンダード。
だからこそ、ヒヨコとトルテは狩りをしたいと訴える。
「確かにヒヨコ君はともかくトニトルテさんは将来竜王様みたいに大きくなるからねぇ。自分で狩れなければ大変だ」
町長さんも竜王の事を思い出してうんうんと頷く。
そう、トルテは妙によく食べる奴なのだ。
ヒヨコが食いきれない食べ物を野晒しにしておくといつの間にか無くなってたりする。この体のどこに入るのだろうか?
ヒヨコの方が大きいのにヒヨコより食べるのはおかしい。その内デブドラゴンになるのかな?
「きゅう(誰がデブドラゴンなのよね)!」
ヒヨコの心の声が駄々洩れなせいでトルテはヒヨコに攻撃を仕掛けてくる。
クルッと回転して尻尾を振り回すが、ヒヨコはピヨッと後方宙返りをしてその攻撃をかわす。が、回転力が足りず頭から地面に落ちてしまう。
凄く鈍い音がした。頭が痛い。
「きゅうきゅうきゅう」
「ピヨ」
腹を抱えて笑うトルテであった。ヒヨコはジト目でこのドラゴンを睨みつつ、いつか倒すと心に決めるのだった。
***
宿を決めてからヒヨコはトルテと一緒に町長さんと護衛の小父さんに連れられて迷宮区の方へと向かう。
ダンジョンと思しき出入り口からは、たくさんの鎧を着こんだ男たちが入れ替わるように出たり入ったりしている。魔法使いっぽい人や神官っぽい人たちまで。
ダンジョンはまるで全てを飲み込もうとする怪物の口のような大きさをしていた。
ヒヨコとドラゴンを連れて町長さんがガイドのように前に立つ。
「あの、ヒヨコが前に出ますけど………」
「まあ、一層目をチラッと見るだけだから危険はないでしょ」
「ピヨッ」
「きゅうきゅう」
「あと、雇われの護衛といえどこの中で一番戦闘力の低い人を先頭に立たせるのはどうかなぁって」
「それを言われると辛いです」
なるほど、格上冒険者だった貴族様に最強のヒヨコとドラゴンでは普通の人間にはきついだろう。
「あと、ヒヨコ君がうっかりをやらかして、巻き込まれて君に倒れられると私が困る」
「ピヨッ!?」
「きゅうきゅう(いい判断なのよね)」
「ピヨッ!?」
裏切る気か、トルテ。
ヒヨコほど利発なヒヨコはいないというのに。ヒヨコ史上最高の利発さと評判のヒヨコにうっかりなんてありえない。
決してやらかしません。ヒヨコ舐めんなよヒヨコ。
そんなこんながありながら、ヒヨコ達はダンジョンに入って一層を進む。ヒヨコはピヨピヨとトルテに文句を言いながら先へと進む。
すると突然足元が何もなくなっていていきなりの浮遊感に襲われる。
「ピヨーッ!」
ヒヨコは慌てて翼をパタつかせて重力にあらがう。思ったより高さは無く、ヒヨコは尖った槍の上にチョンと降り立つ。
「ピヨ~ピヨピヨ」
ヒヨコは額に流れるじっとりとした汗を手羽先でを拭う。
そして足を延ばして爪を立たせて穴を駆け上がる。
「きゅう~きゅう~(よそ見して、目に見えてる落とし穴に落ちるようなうっかりさんが、どんなうっかりをやらないのか楽しみなのよね)」
「ピヨ……」
ヒヨコはトルテの突っ込みに文句も言えなくなり、嘴を尖らせてピヨピヨと自己弁護のような文句を言う。
まあ、いつだって嘴は尖っているのだが。
「たしかに何をやらかすか分からないヒヨコですね」
「ピヨ~」
そう言ってくれるなよ、護衛さん。ヒヨコはやる時はやる奴だぜ。
「きゅうきゅう(そう、やる時はやらかす奴なのよね)」
結局、町長さん、ヒヨコ、トルテ、護衛さんという隊列で進む。
ヒヨコ、勇者らしく前から二番目のポジションである。
ダンジョンの奥の方に角の生えたうさぎが3匹ほどが現れる。人間の腰ほどの大きさなのでトルテより角の分だけ大きいサイズと言えるだろう。ヒヨコからすればいいカモだ。食うには大きく、ヒヨコよりも小さくて弱い魔物は大歓迎。
「ピヨッ!」
獲物発見!ヒヨコ、行きます!
「ストップ。ヒヨコ君。これ以上はいけない」
「ピヨヨ?」
おっと早速襲い掛かろうとしたのに町長さんにとめられてしまった。何故だ?
「ダンジョンは魔力探知だけでは気配は分からないんだよ。物理的な罠もあるし。魔物も狡猾で罠を利用して人間を出し抜こうとする。あそこは隠してある落とし穴がある場所だから」
「ピヨ~」
なるほど、あそこで群れを成して人間を誘っているわけか。中々に狡猾なウサギである。
見たところホーンラビットに見えるが、ホーンラビットにも知恵はあったのか。
ほほーん。
「きゅう(だったら遠距離で倒してしまえばいいのだと思うのよね)」
カパッと口を上げてやる気満々のトルテ。
だが、そのブレスは確かに強いが被害が大きすぎる。
「<雷撃吐息>も辞めて欲しいね。この狭い場所だと我々まで感電するかもしれないからね」
「きゅ、きゅう(仕方ないのね)」
がっくりするトルテ。お口にチャックといった感じで口を閉じる。
「ちゃんと装備を持って来てないからなぁ」
そう言って町長さんは冒険者用装備なのか、腰にたくさんナイフを差していた。
用途に分けて包丁をたくさん持っている料理人のようだ。
でも同じナイフしか腰には掛かっていない。
「ふっ」
町長さんはナイフを3本とるとそれを素早くウサギの方へと投げる。
ギャウ ギュウ のわ~
小さく断末魔を上げて3匹のウサギが倒れる。
あれ、1匹ほど、悲鳴が変だったような。まるで息子を人質に取られて邪悪な教団の悪者にやられたお父さんのような悲鳴が。
ピヨピヨリ。
はて、どうしてそんな具体的なイメージが。ヒヨコの過去に一体何があったというのだろう?まさか、あのウサギ、ヒヨコの父ちゃんの生まれ変わりか!?
「きゅう(何をあほなことを考えているのよね)」
後ろからトルテにゲシッと蹴られてしまう。くっ…ヒヨコともあろうものがドラゴンなんかに屈するなんて。
「さてと先に進もうか」
「ピヨッ!」
「きゅう!」
ヒヨコとトルテは町長さんの後に続く。
「何だろう、この一団。明らかにおかしい」
護衛さんは何か悩みでもあるかのように首をひねっていたが、悩みがあるならヒヨコに言うが良い。いつでも聞いてやるぞ?
ヒヨコ達は歩いていくと確かにウサギたちの手前には穴があった。
どうやらウサギはここに侵入者の足を取って、隙をついて侵入者を美味しくいただこうという魂胆だったらしい。なんて狡猾なウサギだ。
「きゅう(弱者はたいへんなのね)」
呆れたようにトルテはきゅうきゅうとぼやく。罠とか搦め手に関して、ドラゴンは興味がないらしい。
自分を強者と調子に乗っているからヒヨコに足元を掬われるのである。
「取り合えず君たちの食事としてとっておくかい?」
「ピヨッ」
よく考えたら狩りをしたいのに、町長さんに取られてしまったじゃないか。
「きゅうきゅう(でもメシはいくらあっても問題ないのよね。狩りは狩り、飯は飯なのよね)」
「ピヨピヨ」
たしかにその通りだ。とりあえずゲットしますか。
ヒヨコとトルテは死んだウサギに群がる。
「大きいリュックを持って来てるから、それに入れて持ち帰りますか?」
「ピヨッ!」
話が分かるね、護衛さん。
そう、帝都みたいな大きい街に入ると外に出にくくなるからね。飯の種を保管する必要があるんだよ。出来れば保存食にしてもらいたい。
食べて腹の中に保存しても良いんだけど、哀れなドラゴンはそんな真似ができないから。
「きゅうきゅう(へっ…同情はいらないのよね。ドラゴンは空を飛べるから別に出入り口から出たり入ったりする必要がないのよね)」
「ピヨッ!?」
まさかそんな特技があったなんて。
………
トルテさん、いえ、トルテ様。その時は是非ヒヨコもご同伴を。ヒヨコも空を飛んで城壁を超えて狩りをしたいです。
「きゅ~きゅきゅ~きゅきゅ~?(どうしようかなぁ?ヒヨコ重いし、疲れるのよね。独りで行く方が効率的なのよね)」
ヒヨコは必死にゴマ吸ってみるが、トルテはわざと答えを先延ばしして何かを要求するかのようなそぶりをする。何て酷いドラゴンだ。
そっちがその気なら実力行使によって脅して連れて行かせても良いというのを忘れるなよ!
「ピヨッ」
ヒヨコは嘴で攻撃を仕掛けるがトルテはヒラリと攻撃をかわす。
「ピヨヨ~」
だが、トルテのいた背後にはちょうどウサギの使っていた罠の穴があった為、ヒヨコは足を引っかけて、地面に転がり倒れてしまうのであった。
しくしく。こんなダンジョン、もう嫌だ。
***
ヒヨコ達一行はさらに奥へと進む。
ダンジョン内は歩くだけでカツンコツンと音が反響する。
時折、ワッと遠くの方から悲鳴やモンスターの声が聞こえるのは恐らく違う場所で冒険者とモンスターがエンカウントしたからだろう。
そんな中、ヒヨコ達の足音に紛れるように何かが近づいてくる音を察する。
暗闇の中に隠れて何かがこちらをのぞき込んでいるようだった。恐らくはモンスター、それも4本脚の獣だろう。
「罠も特になさそうだし行ってみるかい?」
町長さんは分かっていたようで、ふと何気ない会話のようにヒヨコとトルテに尋ねてくる。それはヒヨコとトルテが気付いているという事を分かっているからだろう。逆に、護衛の人は目を丸くしてきょろきょろと周りを見渡し体を固くしていた。どうも彼は気付いてないらしい。
ヒヨコとトルテは小躍りして喜び、そそくさと陰に隠れているモンスターへと襲い掛かる。
「ピヨヨ!」
「きゅきゅ!」
影に隠れていたのは銀毛の狼だった。その体は大きく牛みたいな大きさで、黄金の目を輝かせてヒヨコ達へと襲い掛かる。
「ガルルルルッ」
オオカミもまたこちらへと襲い掛かってくる。鋭い牙でヒヨコ達に噛みつこうと攻撃を仕掛けるのだった。
トルテは空を飛んで攻撃をかわし、ヒヨコは懐に飛び込んで攻撃をかわす。腹の下から攻撃をしようとするが残念ながらも狼が早くて攻撃が届かない。
攻撃を避けられた狼は即座に振り向いてヒヨコに向って攻撃を仕掛けてくる。
「ピヨッ」
くたばれファイアブレス!
焼き過ぎない程度の火球を吐いて狼に攻撃するが狼はヒョイッと避ける。
残念、速度が足りない。
もっと勢いよく、しかし焼き過ぎない程度の威力の炎が欲しい。
「ヒヨコ君、火の玉ブレスで焼き過ぎるとダンジョン内は危険だからほどほどにねー」
町長さんから戦闘中だというのに緊張感の欠片もない気の抜けるような声色のアドバイスが飛んでくる。
なんだっけ。密閉空間で火をたくと呼吸困難になる、だっけ?
はて、何でヒヨコはそんなことを知ってるのだろう。
ヒヨコはそれを教えてもらった記憶はないのだが。まあ、良いや。
ならば炎の勢いは強く、だけど発散して相手を燃やし切るのではなく一部だけを焦がすような炎を吐く必要がある。
ヒヨコは嘴をすぼめて思い切り息を吸う。魔力を練って炎へと昇華させる。
狼はさらにヒヨコの身を狙って噛み千切ろうと素早く走って大口を開けて襲い掛かってくる。
「ピヨヨ、ピヨーッ!」
ヒヨコのブレスは細く鋭く飛び狼の眉間を貫く。
…………え?貫く!?
「ピ、ピヨ………?」
目の前でぐしゃりと倒れる狼。
ヒヨコは自分のやらかしたことに驚いて目の前で倒れている狼に近づく。
「ピヨ?」
ツンツンと嘴で頭を突いてみるが返事がない。ただの屍のようだ。
『ピヨは火吐息のレベルが上がった。レベルが4になった』
という声がどこからともなく聞こえる。はて、とヒヨコは周りを見渡してみるが別に声の主はいないよう見みられる。
「ば、<火炎弾吐息>……」
町長さんは驚いた様子で近づいてくる。
「きゅうう(先に狩るなんてずるいのよね。次はアタシの順番なのね!)」
ヒヨコが独りで狼を倒したから、トルテは悔しげにきゅうきゅうと抗議しに来る。
まさかヒヨコとて一撃で倒せるとも思わなかったのだ。
「火炎吐息だけでなく、火炎弾吐息を覚えるとは…………これはフレイムバードの亜種どころじゃなく、本物の新種かもなぁ」
「ピヨ?」
ワシワシとヒヨコの頭を撫でる町長さん。意外と撫でテクが高い。気持ちよいではないか。
ヒヨコが心地よく目を細めていると
「このヒヨコ、本当に何なんですかね」
護衛の人がヒヨコを訝しいものでも見るような視線を向けてくる。
変なヒヨコみたいに見るのは辞めて貰おうか?
「ステラ君が言うには聖鳥で勇者で神の使徒らしいんだけど」
「冗談では無くて?」
「神眼の鏡で見てみないと分からないけど、彼女の出自を考えると真実だろうね。獣人族の巫女姫の子供のようだから」
「ほ、本当ですか?」
「これでも私は鑑定眼レベル7をもっていてね。高度な称号や高等スキルまでは見えないけれど、彼女の種族が妖狐で、10代半ばとは思えない能力持ちだからね。それに私は嘘を見抜くスキルも持っているが反応はない」
「それ以上のスキル持ちなら騙せるとも聞いてますが」
「獣人領で巫女姫として生まれ育った彼女がそんな嘘を吐けるほど狡猾なら、そもそも獣王領から追放されていないよ」
「ああ」
「モーガンからも巫女姫が追放されたから、もしも近くで見つけたら保護してほしいと頼まれていたしね。まさかウチの村に来るとは思わなかったけど。言われて見ればウチの村が一番獣人族の領土から近い帝国領だったなぁと。他国は当時、獣人族が魔王サイドに転がったから敵視していたしね」
「モーガンというとあの『剛腕の猪鬼王』?」
「元パーティーメンバーだから」
「そういえばそうでしたね」
護衛さんと町長さんは立ち話をしていたが、ヒヨコとトルテは暇そうにポテンと座っているとそれに気づいたようで、
「じゃあ、そろそろ先に進もうか」
と言い出す。
この後、トルテとヒヨコは何匹か喰えそうな魔物を狩りつつ、第1層を突き進む。やがて急な坂道のある区画へとたどり着く。
「まあ、ここまでが第1層。この先に第2層がある訳だけど今日はこの辺にしようか」
「きゅう(確かにこれ以上は獲物を持ち帰るのは困難なのよね)」
トルテはきゅうきゅうと頷き、ヒヨコもピヨピヨと頷く。
「という訳でこれから戻ろうか……ん?」
「ピヨ?」
「きゅ?」
町長さんが引き返そうとすると、途中で足を止める。ヒヨコも異変に気付いて足を止める。トルテも不思議そうに首を傾げる。
「どうしたんですかヒューゲル様。まさか何かあったとか言い出すんじゃないでしょうね。やめてくださいよ。ダンジョンの1層でビビったりはしませんが、流石に紅玉級冒険者に真面目そうな顔をされると怖くなる」
「…ピヨ」
揺れと反響音が次第に大きくなってくる感覚。
恐らく一層とは違う場所で起こっているようだが、それが徐々に近づいてくるような気配がした。
珍しく野生の勘がアラートを出している。
「きゅきゅう(なんだかたくさんの足音が下の方からこっちに近づいてくるのよね。)」
「まずい、モンスターパレードだ!どこのバカだ!?こんな弱小冒険者しかいない一層に魔物を引き連れてくるなんて!」
「え、ま、マジですか!?」
吐き捨てるように言う町長さんは頭を抱え、護衛の人は顔色を悪くする。
突如、やってきた危機にヒヨコ達は身構えるのだった。