3章2話 ヒヨコは山賊に襲撃される
師匠が下宿先のお爺ちゃん達に帝都へ出ることを伝えた日から3日後の事。
ついに出発の朝がやってきた。
「元気でね、スーちゃん」
「いつでも帰ってきていいからね」
「うん、お爺ちゃん、お婆ちゃん」
師匠自身が見た目が幼いので子供が出かけるように見える。学舎時代の友人もたくさんきているようだ。皆、ステちゃんと違って大人っぽい。
「ステラ、帝都に行くのか?」
「羨ましいなぁ。私も仕事さえなければ遊びに行くのに」
「向こうで住める場所を決めたら手紙を出すよ」
「絶対だよ」
「約束だからね」
女友達が名残惜しそうにしながらも手紙の催促をする。
やがて、大きな馬車に町長さんと師匠が乗り込む。
馬車に繋がれている馬は足が8本あった。なんだ、この馬は?魔物?魔物なのか?
ヒヨコの4倍の足があるなんて!?
ヒヨコが驚いていると、トルテはパタパタと小さな翼を広げて空を飛びながら馬車の中に乗り込んでいく。
ヒヨコは、といえば後ろの荷物置き場に乗り込む。人間の大きさが入る場所だとヒヨコの体は大きいので上手く入らないからだ。
トルテの方がスリムだから人間の席に座れるのが羨ましい。
ヒヨコは荷物扱いか?
「それじゃあ、またね」
「元気にするんだよ」
「頑張ってね」
師匠を送り出す街の人たち。師匠は進む馬車から見えなくなるまで手を振って別れを惜しむのだった。
ヒヨコとトルテも翼を振ったり尻尾を振ったりして別れの挨拶をする。
カタコトと進む馬車。意外と揺れが少なくて快適である。
ここから帝都まで馬車で一月弱はかかるらしい。意外と遠い。
御者が1人、メイドさんが1人、師匠が1人、町長さんが1人、ドラゴンが1匹、ヒヨコが1匹。たくさん人が乗っていた。あと護衛の人が馬に乗って横に並んで進んでいる。
「貴族様の馬車って揺れないんですね。でも護衛が思ったより少なくて驚きました」
師匠は驚いた様子で馬車の車内を見渡す。外には護衛が1人しかいないのだ。
「ステラ様は冒険者の等級をご存知ですか?」
ぽつり呟いた師匠に対して、目の前に座っているメイドさん、黒い前髪を眉辺りで切り揃え、肩口でキチッと切り揃えた、それはもうキッチリしてそうな若い女性が師匠に尋ねてくる。
「ええと冒険者ギルドの等級審査の等級のことですか?」
「はい」
メイドさんはニコリと笑って頷く。
「ええと下から黒曜、瑠璃、翡翠、黄玉、紅玉、金剛の6段階でしたっけ?」
師匠はうろ覚えのように口にする。
「まあ、その下に見習いや学生を示す石膏級というのがありますが。これは石の硬さの順番ですね。つまりは価値のない冒険者は路傍の石コロも同じという意味合いでもあり、弱いほどに傷つきやすいとも取れるわけですが」
「意外にも意味があるんですね。値段の順番か何かかと思ってました」
「値段なら紅玉よりも翠玉の方が値段が高いですからそちらの方が名前になるかと。冒険者カードの認識票の色が灰色、黒、青、緑、黄色、赤、白と変わっていくのですよ。カードの更新するにもその宝石を購入する金銭が必要なんです」
メイドさんはペンダントのように首に下げているカードを取り出す。緑色のカードだった。
緑というと翡翠級か。メイドさんは翡翠級冒険者なのか。何気に偉い?
メイドさんはそこで隣に座る町長さんを差して
「ちなみにこちらの貴族様は赤いカードを持つ元冒険者なのでそもそも護衛が必要ないんです」
と言い切る。
「赤?紅玉級ってそれこそ勇者や英雄以外で手に入る最上級、普通の冒険者の最高クラスじゃないですか」
曰く、在野の冒険者の最高級は黄玉で、紅玉とは偉大な功績を挙げた英雄しか手に入らないらしい。
翡翠まで行けば冒険者としては一流と言われているらしく、メイドさんは凄いようだ。
「はい。なので外で馬に乗って護衛を見せているのはあくまで『護衛がいますよ』という見せかけて盗賊除けにしているだけです。盗賊が群れで来ても問題ない人が護衛対象なので」
「そんなに担がれても私は偶然おこぼれにあずかって紅玉になれただけで、私自身はさほどの力もないんだけどね。それに護衛に立たせているのは黄玉級の元冒険者だし、メイドも御者もそこらの山賊より強いから問題ないよ」
「ピヨッ」
ふふふ、ならばこのヒヨコが護衛になろうじゃないか。
「きゅー(王者たるアタシはそんな面倒なことはしないのよね)」
薄情な事にトルテは丸まって眠る気満々のようだ。
「うちのヒヨコが無駄にやる気出してますけど」
「ははは。それにしてもどうして護衛のことを気にしたのかい?」
「いえ、ただ山賊に襲われる予知を見たので。明日の昼過ぎに昼食を摂った街から出て1時間くらいのタイミングでしょうか。森の中を走っているときだと思います。死の未来が見えたわけじゃありませんがちょっと気になったので。ヒヨコが張り切りすぎて森を燃やしてしまったので、それ位は回避できないかなぁと」
「ピヨッ!?」
そんな、ヒヨコが何かやらかすような未来を予知しなくても。
「きゅきゅきゅきゅきゅ(ヒヨコはすぐに調子に乗ってやらかすから)」
「ピヨーッ」
ピヨフレイムの威力が強すぎて森を燃やしてしまったとしても、それは仕方ない事。そう、仕方ない事なのだ。
「それにしても山賊ねぇ。どこから流れて来たのだろう」
首をひねる村長さん。
おたくの村からではないのかな?
「きゅきゅきゅー!」
「ピヨピヨピ~ヨ~」
「きゅきゅきゅー!」
「ピヨピヨ~」
ヒヨコ達はそれもまた運命だと言わんばかりの音楽(※ベートーベン作『運命』)を流す。
「何だかそんな音楽を流すと何か劇的な事が起こりそうだからやめて欲しいんだけど」
「生き別れのお兄さんでも山賊になって出てきますかね」
町長さんはトルテとヒヨコのコンビネーションミュージックを聞くと、引きつった笑みを見せる。
そこにメイドさんが苦笑気味に話を盛る。
なんと町長さん、そんな悲しい過去があるのか?
「そんな人がいるんですか?」
「生き別れというよりも逃亡したというのが正しいのですけどね。元々、次期太守代行の地位にあったのがそのお兄様なので」
メイドさんが説明してくれる。
「逃亡?ですか」
師匠は不思議そうに首を横に傾げる。
「元々、私は家を継ぐ予定もなく、領地を出て冒険者になった身の上なんだよ。帝国領に住む貴族の場合は普通帝都の学園に入るのだけれどね。私は義務教育終了直後にフルシュドルフを出て冒険者になったんだ」
「お妾さんの子供だったとか?」
師匠はなんとなく思ったことを尋ねる。
「いや、本妻の子だよ。父は政略結婚で母との間に子供を作っていたが、母が亡くなると同時に学生時代から付き合っていた平民の女とその子供を引き寄せたんだ。5歳の時に次男になったんだよ。まあ、つまり母はフルシュドルフの太守代行という地位を貰う為の政略に使われたのさ」
町長さんはどこか遠くを見て苦笑する。
「きゅうきゅう(つまりシンデレラね!お祭りの時に舞台でやってたのよね。継母にいじめられていたのよね!?)」
「継母にいじめられてたんですか?」
食い入るトルテの言葉を端的に訳す師匠であった。
「まあ、そうだね。使用人のような扱いだったからなぁ。とはいえ、家事スキル、料理スキル、裁縫スキルが高いのは実はあの屋敷の家事の一切を担当していたからなんだ」
町長さん、何気に苦労人のようだ。
「凄い波乱万丈な人生ですね」
「そういう訳で、実家からは厄介払いで冒険者になったんだ。ただ、それから私の冒険者パーティが帝国最大のダンジョン攻略してね。当時、皇太子殿下の息子が私のパーティだったこともあり、私が皇帝陛下と知り合いになったのはそのせいなんだ」
「ヒューゲル様の凄い所は、シンデレラと違って魔法使いの魔法で綺麗になったのではなく、自力で帝国最高の冒険者に成り上がった所なんですよ。元冒険者としては夢のある成り上がりですよね」
と楽しげに話すメイドさん。
なるほど、底辺貴族から追い出されて、平民冒険者から再び貴族に。
普通の人からすれば夢のある話である。
「帝位争いで勝利した際の立役者の一人になってしまった為に男爵位を授けられてしまったんだ。ついでに私がフルシュドルフの太守代行にされてしまったというわけさ。自由人だったのになぁ。とはいえ、故郷や陰で俺を支えてくれた町民たちを放り出すわけにもいかないからなぁ」
貴族なんてなりたくも無かったのにとぼやく町長さん。
貴族に生まれながら貴族らしからぬ扱いを受けて育ち、冒険者として成り上がって実家より上の爵位を手に入れる。
普通なら浪漫がある話である。
「ご家族が帝位争いで敵対派閥にいたので排除されてしまった為に空きが出来ていたらしいんですよ」
なるほど、このヒヨコ様にヒヨコダンスをオファーするだけあって中々の目利きだったという訳だな。
危うくこのヒヨコの物語が『町長の成り上がり』に乗っ取られる所だった。町長さん、恐ろしい子!
※町長シュテファン・ヒューゲルは波乱万丈の人生でしたが、町長の成り上がりをやる予定はありません。
「大きな村、もしくは集落3つくらいが騎士爵の治めるレベルで、男爵は騎士爵の2倍くらいの規模を収めるのが通例ですね。なのでこちらの男爵閣下は当初はむしろ騎士爵程度の領地の代官を任されていたんですよ」
とはメイドさんの言葉。
「でも、フルシュドルフはかなり大きな村というよりは町の規模だと思うのですが」
「まあ、男爵閣下が太守代行の任に着いてから、随分と栄えて他の村からの移住者も多かったので。冒険者ギルドを排除して隣の町に置いたというのも大きいですね」
「冒険者ギルドがあった方が人が集まって栄えると聞きますけど」
師匠はメイドさんと話をしながら不思議そうに首を傾げる。
すると町長さんは首を横に振る。
「それは一面性だね。冒険者ってのは職に就けないならず者や日雇いでしか働けない者も多い。第4位の翡翠級くらいまで上がらないと真っ当な冒険者とは言えない。第5位以下はある程度才能があればなれるし、駆け出しや見習いが人並みに頑張れば成り上れる。実際、その地位は腕に自信さえあれば、ならず者でもなれてしまう。山賊の頭が元冒険者で瑠璃等級だったなんて話はよく聞く。そして冒険者の8割が第5位以下。確かに栄えるだろうが治安は悪くなるんだよ」
町長さんは冒険者の大半が一山いくらの存在なのだと言い切ってしまう。
「なるほど。でも若い人もたくさん出ていきませんか?家を継げる人なんて少ない訳ですし」
「かつてのフルシュドルフは確かに商業区画の一部は冒険者でそれなりに儲けは出ていた。ただ、普通に生活している地区の人たちからすると厄介な存在だったんだよ。食えなくなった冒険者が畑から作物を盗んで他所で売りさばくなんて事件ザラだったらしいからね。つまりあぶれた人がならず者になって実家に迷惑をかけるというのが、よくある話だったわけだ。だから冒険者を村から切り離したって訳。その代わり町に投資をして街道を作ったり開墾させたりして、人を増やせるように大きくしていったんだ。街の発展が人口増加よりも大きければ人手が余る事は無いし、外から人も来る」
街の発展が人口増加よりも大きければ人手が余らない。
その通りではあるが、それを実行するのが恐ろしい。
「元冒険者だった貴族様が冒険者を自分の領地から排除したって事ですか」
師匠は首を捻って尋ねる。
「排除はしてないよ。使える人間ならこうして雇っているから。信用出来て農業にシフトしたいとか生産職になりたいという者も、多少の投資をしてこの町への移住をしてもらったし。このフルシュドルフには冒険者を抱え込めるほど管理体制がないのに、栄える為に冒険者ギルドを置く事はリスクとリターンの比重でいえばリスクの方が大きいって話さ」
「冒険者だったからこそ冒険者の事をよく知っているって事ですね」
師匠は感心した様子でうんうんと頷いていた。
「もっと大きい都市で、年金の高い土地持ちの伯爵ほどであれば逆に冒険者を利用して金儲けをしたとは思うけどね。というかそういう力のある貴族こそが彼らを管理して支えてあげるべきであって、この小さな町でやるのは無理だという事だよ。まあ、ギルドを退かせたのも私が冒険者としての地位が大きかったからなんだけど。どこのギルマスだって黄玉や翡翠くらいさ。紅玉の冒険者なんてそうそう居ないからね。冒険者として権限が大きかったから、隣の町とのギルドの合併を進めたのが私なんだよ」
「なるほど」
冒険者ギルドの移転も自分が主導したという事か。恐るべき手腕である。
「そういう訳で、この地域には山賊は少ないはずなんだ。元々仕事以外にここに来る人間が少なくなっているから職にあぶれるという事がないからね。私が知る限り、この辺の農村は食いはぐれた話はないから、山賊にジョブチェンジする農民もいない筈なんだけど。お隣の領地状況も把握しているし」
町長さんの言葉に師匠もメイドさんもなるほどと頷く。
では山賊さんはどこからか流れて来たのだろうか?
「どこかから流れて来たと?」
「予知した山賊はどんな感じだったかな?」
「ヒヨコに焼かれてほとんどが散り散りに逃げて行きましたけど、装備はしっかりしてたと思います。山賊というよりは冒険者集団とか戦争の農民兵とかそんな感じですね」
「傭兵?」
「あ、そんな感じかな?人数も多かったです。10~20人くらいでしょうか」
「それは裏を感じるな」
町長さんは口元に手を当てて考え込むようにぼやく。
「つまり、彼らの裏がこのシュバルツフェルト地方の太守閣下の差し金である可能性があると?」
真面目な顔でメイドさんが町長さんに尋ねる。
「せめてボスは生け捕りにしたいな。貴族の馬車を襲撃するとなれば法律上彼らは破滅するわけだし、殺しても構わない訳だが。出来れば生かして捕えたい。という訳でヒヨコ君はステイで」
「ピヨッ!?」
ヒヨコの出番は無し!?
これからヒヨコ無双の時間が始まると思ったのに。
次々と迫りくる山賊。それを片っ端から蹴散らしていくヒヨコ。
そんなヒヨコ無双チックなアクションシーンを幻視していたのに。
「きゅうきゅう」
鼻で笑うトルテにヒヨコは腹を立てる。
ヒヨコのいる荷物席から、前の座席で丸くなってるトルテに攻撃をしようとするが届かない。
「きゅうきゅう(アタシの<電気吐息>なら一網打尽な上に殺さずに動きを止められるのよね)」
「ピヨッ?」
お前にそんな加減が出来るとは思えぬ。
「きゅうきゅう(たまにお爺ちゃんの体に流して血行を良くしてあげて褒められていたのよね)
「ピヨッ」
最近、お爺ちゃんから与えられるマトンジャーキーの量が減っていたと思えばお前がゲットしてたのか!?
「きゅきゅきゅきゅ(あれは美味しいのよね。至福だったのよね。人間は良い物を食べてるのよね)」
「あのこちらのドラゴンが<電気吐息>で一網打尽にして生かして捕えられるかもと言ってます」
「何て言うか……普通に御者からメイド、護衛に至るまで翡翠以上の冒険者構成なのに、ヒヨコとドラゴンがその気になったら勝てる気がしないというのが恐ろしい話だけど。トニトルテ君、頼めるかい?」
「きゅきゅきゅう(帝都に着くまで暇だから構わないのよね)」
とは言ってるけど町長さんには伝わっていないようだ。
ただOKだというのは伝わったので問題なさそうだが。
***
それから翌日、帝都へ向けて村で昼食をとってから、森の中の街道を馬車で進み隣町へと向かう。ヒヨコはといえば安定の荷物置き場だ。
師匠達が村などで食事をしている間、ヒヨコはトルテと共にいつものように狩りをして過ごす。
そして、昼に集落を過ぎてから、師匠が予知した通り山賊が現れた。
「ピヨピヨピヨピヨ…………」
分かった!全部で10人だ!ピヨピヨッピヨー!
ヒヨコの賢さが上がった!多分スキルも上がったような気がする。
この魔力探知による人間発見能力の凄さをみたか!
「15人か。奥で気配を隠しているのが2人、連絡役1人、あと引き返した時のルートに回り込んでるのが2人」
町長さんがそんなことを呟き、師匠はジトリとした目でヒヨコを見ていた。
ピヨピヨ、誰にでも間違いはありますぜ、姐御。
「十人ではないのですか?」
御者のおっちゃんが驚いた様子で後ろの町長さんの方に尋ねる。
「素人は分からないだろうがしっかりと戦列を見て気配を探れば分かるよ。必要なポジションに必要な人間がいなければそこら辺を探れば隠れていることくらいね」
町長さんの言葉がヒヨコのハートにグサッと刺さる。素人じゃないし。ヒヨコは野生の子だし。
に、人間の気配は捉えにくいだけなんだからね。
「い、一応、あっしは翡翠級の斥候だったんですがね……いや、紅玉の斥候、しかも帝国最大の迷宮ヘレントルを攻略した旦那様からすれば素人みたいなものでしょうが…」
ヒヨコと一緒に傷ついていた御者さんがいた。
「ピヨ」
元気出せよ御者さん。気持ちは分かるぜ。
やはりここは面目躍如としてヒヨコの<火炎吐息で一掃するしか…。
「やめなさい」
ペチリと音がして頭が揺れて微妙な痛みが走る。
ヒヨコの頭をハリセンで叩く師匠の姿があった。
しかし、師匠。何故そんな武器を装備しているのかな?
「メイドさんがお館様突っ込み用として持っていたハリセンを新しく作って貰ったからよ。低いダメージで相手に精神ダメージを与えられる優れたアイテムだよ」
何て不敬なメイドさんなのだろう。
ヒヨコがジトリとメイドさんを見るとメイドさんはにこりと笑い
「中々主に突っ込めないので主に同僚に使っていますが」
「ピヨッ!」
「そんな厄介な兵器が私の屋敷で製造されていたとは…」
戦慄を走らせるように町長さんが隣に座るメイドを恐ろしい物を見るように見る。
これから山賊に襲われそうなのに余裕だなぁとヒヨコは余裕ある馬車の人々を見てため息を吐く。
すると馬車の前に人が4人程飛び出して、馬の足を止める。山賊が現れたようだ。
馬車が止まるや否や森の木々の上の方矢がたくさん降ってくる。
「って、ひゃあっ」
窓際にいた師匠へ直接矢が飛んでくるが、ヒヨコはひょいと首を客席の方に突っ込んで飛んでくる矢を嘴でキャッチする。
「な、ナイスヒヨコ……え、えええ。予知にない、予知にないって」
目を丸くしてガタガタと怯える師匠。
「すまない。防ぎきれなかった。が、多分、そのヒヨコの能力ならこの程度守るのが当たり前だから危険予知が働かなかったんじゃないかな?予知スキルってのはそういうものだと聞いたことがあるけど」
「えー」
確かにヒヨコからすると飛んでくる矢をピヨッと咥える位の気分だったのだが。
「最近、危険予知が一切ないと思っていたのはそういう事か」
師匠がジト目でヒヨコを見てる。
あれ、ヒヨコのおかげで危険から守られているなら感謝すべきところなのでは?
それにしても山賊め。師匠に害を成そうとは不届きな。このヒヨコ様が天罰を落としてやる。
ヒヨコの魂に刻まれている『悪・即・ピヨ』の精神が燃え滾る。
ヒヨコは後ろのドアを蹴り開けて山賊たちに向って攻撃を仕掛けようと飛び出す。そして、ピヨピヨと走って、山賊の方へと立ち向かう。
ヒヨコを見送る様に師匠の座っている場所の方から、トルテは首を出すとパカッと口を開ける。
「きゅぉおおおおーっ(<電気吐息>なのよね!)」
辺り一帯が黄金の光に包まれて電光が放射状に走り、あちこちで悲鳴が上がる。
「ピヨピヨピヨピヨピヨピヨッ!」
そんな悲鳴の中にヒヨコの悲鳴も紛れていた。
ヒヨコは体がビクンビクンと痙攣して動けなくなっていた。隣で倒れる山賊が哀れな目でヒヨコを見ていた。
お前もやられたのか?という訴えている声が聞こえる。
ヒヨコもだぜ。
いかん、忘れてたぞ。そういえばトルテが<電気吐息>を吐く手筈だった。体がしびれて動かない。酷い目に遭った。
ピーヨピヨピヨ
体をピクンピクンしながら倒れている山賊たちを捕縛しに来た護衛とメイドさんに運ばれて馬車の荷物置き場にポイッとされるのであった。
「何でトニトルテがブレスを吐く手筈だったのに、飛び出しちゃうかな?」
ヒクヒクしているヒヨコに師匠は呆れるような視線を向ける
「きゅきゅきゅきゅ(父ちゃんに膝をつかせたヒヨコをやっつけたのよね。今日から竜女王なのね)」
尻尾を振って嬉しそうにするトルテ。こいつ、ヒヨコをターゲットにしやがって。後で体が戻ったら嘴でつついてやる。ピヨピヨしてやる。ううう、なんだろう?体が動かないのだが、こういう経験があるような?
そう、毒を喰らって森で一人ピクピクした覚えが………。あれはいつだっただろう?
この日は結局村まで引き返して、そこの詰め所の警備の人間に協力してもらって山賊たちを引き捕らえる。ヒヨコとトルテは馬と一緒に馬小屋の藁の上で寝るのだった。
そんな翌日には普通に村を出て馬車にカタコト揺れて移動する。
大体半日に1度は村や町がある感じだ。ヒヨコの流れ着いたフルシュドルフという町は比較的長閑であるが活気のある大きい街だと気づかされる。
しかも人が多い割には治安がいい。
聞けば一番近い大きな町の冒険者ギルドに定期的に魔獣駆除をお願いしているらしく、太守代行の軍事力として戦う人間を別で雇っているらしい。
警察機構と魔獣退治を両立させている衛兵だとか。治安がいいので衛兵があまり必要ないのだそうだ。
冒険者ギルドを置いてある理由の一つは山賊対策でもあるらしいが、そんな山賊に対抗できるように手元に軍事力をしっかりと持たせていたらしい。
近隣の村や集落が破綻したら山賊に転職する可能性もあるので、情報を聞きながら、自分の村の働き口を斡旋したりしているとか。
しかもそう言った事を行商人などに頼んで工場に空きがあるとか畑の小作人を探しているとか定期的に口伝手で広めるよう頼んでいるのだとか。
ただし、それにはたくさんのお金がかかるらしく実は太守代行としての儲けは0らしい。
町長さん自身が冒険者時代に死ぬまでに使いきれないほどの資産を手に入れたので、街の発展だけに税金を全て使い、自分の収入を必要としてないそうだ。
土台さえできれば後は何もしなくても回る。つまり投資と言う奴だろう。
町長さん自身が仕事したくないから仕事しないで冒険者に戻れるように街を栄えさせていたとか。
なるほどそりゃ豊かにもなるものだ。
ただ、町長さん曰く、土地持ち貴族なら同じことが出来る筈で、国から貰える爵位年金があれば食うに困らないという。
国に払う税金以外を自分の懐に入れず、領地に還元してインフラを整えれば町は発展してもっと儲かるはずなのだが、目先の金に目がくらんで安易に手に入れようとするから栄えないのだそうだ。
あと、見栄を張って高価な服を買って社交界に頻繁に出て顔を売ろうと頑張るからいくら金を手に入れても簡単に消えていくらしい。
そういうものは必要な時に必要なだけ出れば良いとの事。
ただ、あまり見栄を張らないからこそ自分は貴族らしくないし他の貴族から軽んじられているのだと自嘲していた。
ちなみに、難しい話をしているときは大体トルテはキュースカ寝ている。
「ところで、山賊からはどういった話が聞けましたか?」
「あまりいい話は聞けなかったよ。彼らは帝都の傭兵だったそうだ。よく知らない怪しい男から頼まれて、不審に思ったが5年は遊んで暮らせるような大金をチラつかされ、成功報酬もよかったらしい。前金だけでそれぞれ金貨1枚もらえたとか言っていた。そこで彼らは傭兵団から袂を別れて襲撃したらしい」
「ヒューゲル様の馬車を襲うのにたった金貨1枚とは命知らずというか……」
「まさか元『銀の剣』の疾風のシュテファンの馬車だって知ってたら彼らも襲ったりしないでしょうよ」
「ピヨ?ピヨピヨ」
町長さんの若き頃(今もまだ20代半ばで若そうだが)の異名が発覚。
「有名なんですか?」
「帝都で知らない冒険者がいたらモグリって位に有名ですよ。たしかに斥候というポジションであまり目立つ活躍がなく軽んじられる部分はありますが、斥候で二つ名持ちなんて世界で5人といないでしょうね。10年前くらいか、銀の剣の創始者が帝都の武闘大会で優勝してね。そこでヘレントルでは長年停滞していたダンジョン攻略が可能になると盛り上がったんだ。その時、パーティのリーダーになったのがシュテファン殿さ」
御者の小父さんが自分の事のように町長さんを誇るのだった。
「へー」
確かに斥候は戦闘というよりも移動時にこそ仕事がある。
身軽な装備なので戦闘には向いていない。
ヒヨコも似たようなものだが斥候には嘴がない。ヒヨコには嘴があるのでやはりヒヨコの方が上と言わざるを得ないだろう。
「何故、ヒヨコと斥候を比較する」
パシパシと師匠はヒヨコの頭をハリセンで叩く。
「ピヨッ」
こっちが勝手に分析しているのに、勝手に心を読んで叩かないで。
「まあ、その疾風の二つ名は実は黒歴史から生まれているんだけどね。だからあまり好きじゃないんだよ」
町長さんはどこか遠い目をしてぼやく。
「黒歴史ですか?」
「かつてのパーティメンバーならばその二つ名を聞くたびに笑う事だろう」
「ピヨピヨ」
どこか自嘲気味な町長さん。どうやらヒヨコが感じたようにあまり良い二つ名ではなかったようだ。ヒヨコは元気出せよと翼を伸ばして肩を叩いてあげる。
帝都への旅はまだ始まったばかりである。