2章閑話 フルシュドルフの日常
※フルシュドルフでの日常を三人称でお送りします。
日常の普通の話なので、ヤマもオチも意味もありませんが、別に男性同士の絡みもありません。
フルシュドルフではこんな穏やかな日々を過ごしていたとでも思って頂ければ幸いです。
フルシュドルフにいるヒヨコの朝は早い。
太陽の光が届く前、黎明の頃に始まる。
師匠であるステラの居候先、獣人老夫婦のマルクとエリザの家の軒先でヒヨコは目を覚ます。
まだ明るくない朝から活動を始めるのだった。
「きゅう~」
目をごしごしとこすりながら眠そうに一緒に起きるのは同じく軒先で居候中の竜王の娘トニトルテであった。
「ピヨッ」
「きゅう」
ヒヨコとトニトルテは視線を交わして、共に狩りに行くと明確に理解してから、頷き合うや否や共に森の方へと向かうのであった。
門番さんに一声挨拶をしてから颯爽と西へと向かう。
二匹は森の近くにたどり着くのだった。
フルシュドルフの西にある森は北から南西方向に広がっている。
「ピヨッ」
ヒヨコは嘴を北へ向けて訴える。どうやら北にて新開拓をしたいというように訴えていた。
「きゅ~?」
トニトルテはちっちゃな手で西の森を指し示す。トニテトルテは昨日、西で狩ったグレートボアが忘れられないようで、再び西の方へ行きたいようだ。
「ピヨッ」
「きゅうきゅう」
互いの思惑がぶつかった時、ヒヨコとトニテトルテが交差する。
「きゅっきゅっきゅう」
トニトルテが3拍子で首を右へと振るが、ヒヨコは上を向く。
「ピヨッピヨッピヨッ」
ヒヨコは3拍子で首を下に振るが、トニテトルテは左を向く。
「きゅっきゅっきゅう!」
トニトルテは再び三拍子で首を右へ振る。ヒヨコは下を向く。
「ピヨッピヨッピヨッ!」
「きゅっきゅっきゅう!」
「ピヨッピヨッピヨッ!」
「きゅっきゅっきゅう!」
「ピヨッピヨッピヨッ!」
何度となく白熱した首振り合戦が続く。つまりじゃんけんのない〈あっち向いてホイ〉である。互いの首は常に違う方向を向き続ける。
「きゅっきゅっきゅう!」
トニトルテが右を向き、ヒヨコはうっかりトニテトルテと同じ方向を向いてしまう。
「ピヨッ!?」
「きゅきゅきゅっきゅきゅ~」
トニトルテは勝利の雄叫びを上げてくるくると回転しながら喜びの舞を披露する。ヒヨコはがっくりと肩を落とす。
トニトルテはトテトテと西へと進むのでヒヨコも敗者としてトニテトルテと同じ方向へと向かうのだった。
ヒヨコとトニトルテはピヨピヨトテトテと素早く走りながら森の奥へと進む。歩いていくと獲物を取る前に昼になってしまうから人間が走るよりはかなりのハイペースで走っている。
「きゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅ きゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅ」
ヒヨコはピヨピヨきゅうきゅうと鳴きながら疾風の如き速度で走り、先へと進んでいく。
祭りで聞いた楽団の演奏をヒヨコとトニトルテでピヨピヨきゅうきゅう歌うのが最近のブームであった。
「ピヨピヨピヨピヨ ピヨピヨピヨピヨ」
まるで徒競走でもするかのようなその音楽(※オフェンバック作『天国と地獄』)にヒヨコも負けじと歌って走り出す。
「きゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅ きゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅ」
「ピヨピヨピヨピヨ ピヨピヨピヨヨ」
2匹はピヨピヨきゅきゅきゅと謳いながら物凄い足で森の中を爆走する。
「きゅーきゅーきゅーきゅー」「ピヨピヨピヨヨ」
「きゅーきゅーきゅーきゅー」「ピヨピヨピヨヨ」
「きゅーきゅーきゅーきゅー」「ピヨピヨピヨヨ」
互いに負けまいと速度がどんどん上がっていく。
「きゅーきゅーきゅーきゅー」「ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ」
「きゅーきゅーきゅーきゅーきゅー」
トニトルテはさらに走るのが面倒になって空を飛んで速度を上げる。ヒヨコもさらに速度を上げる。
「きゅっきゅーきゅきゅきゅきゅきゅっきゅーきゅきゅきゅきゅきゅっきゅーきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅ」
「ピーヨーピヨピヨピーヨーピヨピヨピーヨーピヨピヨピヨピヨヨ」
「きゅっきゅーきゅきゅきゅきゅきゅっきゅーきゅきゅきゅきゅきゅっきゅーきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅ」
「ピーヨーピヨピヨピーヨーピヨピヨピーヨーピヨピヨピヨピヨヨ」
明らかに徒競走をするよりも歌う方が必死になって盛り上がっており、周りの魔物がコソコソ茂みの中に隠れていたりする中、ヒヨコ達は森の獣道を物凄い速度で走っていく。
そもそも、ステータス的にヒヨコの方が遥かに速いので、本当に徒競走しているわけでは無いのは確実だった。
だが、やがて獣の道を歩く他の魔物が目の前に現れる。
現れたのはデビルドッグであった。
2匹はそれに気づき、慌ててバレないように物音を立てずにそそくさと茂みに隠れる。デビルドッグはこの辺で見かける魔物であるが、食っても美味しいものではない事をヒヨコとトニトルテは知っている。
過去に狩って食べた事が有るからだ。
「ピヨ?」
どうするか?とヒヨコは目で尋ねると
「きゅう~」
以前食った魔犬が不味かったので首を捻る。だが、選り好みをしている時間はない。ヒヨコはステラが起きて活動を始める前には戻らねばならない。
朝から仕事があるのだから。
「ピヨ?」
「きゅきゅう」
「ピヨピヨ」
トニトルテは他の場所に行こうと指し示すので、ヒヨコはコクリと頷く。
ヒヨコは隠れていたガサリと茂みから姿を現して、荒ぶるヒヨコのポーズをとって覇気を噴出。
「ピヨッ!」
デビルドッグはビクッとなり、ヒヨコを見ると構えつつも後退り、慌てて茂みの方へ潜って北の方へと逃げていく。
そこでヒヨコはトニトルテと頷き合い、再び森の西の方へと向かうのだった。
次に見つけたのは熊、レッドグリズリーと呼ばれる魔物だった。ここではとんと珍しい魔物である。二匹はばれないように茂みに隠れて熊の様子を見る。
「ピヨ?」
「きゅきゅう」
ヒヨコは、どうだ?と尋ねてみるとトニテトルテはコクコクと首を縦に振る。どうやら熊は食べたいらしい。
「ピ~ヨ?」
「きゅうきゅう」
ヒヨコはどうやって獲物を仕留めるか尋ねようとすると、トニテトルテは顎でヒヨコに対して奥へ行けと指示を出す。
どうやら挟み撃ちにしようといいたいようだ。逃げられないように囲むのだろう。
「ピヨ」
ヒヨコは理解して、茂みに隠れつつ熊の死角を突いて逆方向へ回り込もうと歩き出す。
レッドグリズリーに気付かれないように気配を極力消して、抜き足差し足忍び足と静かに熊のいる逆側の獣道へと向かう。
静かにレッドグリズリーに気付かれないようにレッドグリズリーが獣道をゆっくり歩いている場所を上手くすれ違い、さらに奥へと回り込む。
トニトルテも茂みに隠れつつ、レッドグリズリーが気づかずにゆっくりと歩いている様子を観察していた。
ヒヨコはレッドグリズリーの背面に回り込むと、翼を茂みの奥から出してグルグルと回して合図を送る。
「きゅーっ!」
がばっとトニテトルテは茂みから出てレッドグリズリーを威嚇する。
レッドグリズリーは普通に四足歩行でのそのそと歩いている所、突然の来訪者に少し驚きつつもジロリとトニトルテを見る。
そして、逃げるでもなく、普通にトニトルテへ襲い掛かろうとするのだった。
「きゅう?」
トニトルテはここでワッと驚かせて逃げた所をヒヨコが前を塞いで挟み撃ちを狙っていたのだ。
まさか自分が襲われるとは想定してなかったらしい。
偉大な竜王のお姫様でもあるトニトルテは魔物は自分を恐れるものと思い込んでいた。普通に考えればこんなかわいいドラゴンをおそれる魔物がいる筈もない。
だが、その事実に気付いていなかったのである。
トニトルテはなんか違うと首を傾げつつも、獲物が自分からくるのならば問題ない、と考え直してブレスの準備をする。
「きゅきゅきゅーっ」
トニトルテから放たれるのは電気吐息だ。
カパッと口を大きく上げて電気の息を吐き散らす。
もっと強い吐息があるのだが、トニテトルテは強い電気で相手を焼いてから食事をすると血が固まって不味い事を知っている。
その為、まず痺れさせるくらいの吐息で相手を止めて、とどめを刺してから血を抜くのである。
「ガウウウウウッ!」
レッドグリズリーは体をしびれさせて震わせる。フラッとするが、レッドグリズリーは負けじとトニテトルテへ襲い掛かろうと頑張る。
しかし、トニテトルテは逆にレッドグリズリーへと走って頭から体当たりを敢行。
ドスッと二本の角がレッドグリズリーの胸を貫く。
見事心臓を貫き熊は一撃で絶命するのだった。
トニトルテはレッドグリズリーを仕留めてご満悦なのもひと時の事。レッドグリズリーはそのままトニトルテの上に倒れて動かなくなる。
「きゅ、きゅうきゅう」
トニトルテは自分の角がレッドグリズリーから抜けなくなり困ったような視線をヒヨコに向ける。
ヒヨコはヤレヤレと肩を竦めてから、レッドグリズリーの下に体を入れてトニテトルテを押し倒した状態の熊の遺体を持ち上げる。
トニテトルテは熊の体に角が刺さったままプラーンと垂れ下がるので、両手で熊を押して体を離そうとし、どうにか角を引っこ抜く。
「きゅうきゅう」
トニトルテは額の汗を拭ってホッとする。
頭が若干血まみれなのでブルブルと頭を振って血をはじく。ヒヨコにぴちゃぴちゃとかかり、ヒヨコは若干嫌そうな顔をしていたりする。
ヒヨコはグリズリーの死体の背中に乗せてピョンピョンジャンプしながら背中に置いてバランスを取る。
トニトルテはトニトルテでヒヨコの上に乗って熊が背中から落ちないように支える。
「きゅっきゅー」
「ピヨヨーッ」
トニトルテが移動していいと伝えると、ヒヨコは走って村へと戻るのだった。
***
ヒヨコ達が村に戻ると既に町は朝が訪れて多くの人が活動を始めていた。
居候宅の壁に熊を吊るして血抜きをする。
ヒヨコが師匠と崇める狐耳の少女ステラと犬人族のお爺ちゃんマルクが立派なクマの死体を見て感心したように溜息を吐く。
「今日は毛皮でも剥ぐかなぁ」
「ピヨピヨ」
「きゅうきゅう」
ヒヨコとトニトルテは毛皮はいらんから上げるけど肉を適当にばらしてほしいと訴えてみる。
「お爺ちゃん、毛皮はいらないけど肉を捌いて朝食にしてほしいって」
とステラはマルクへヒヨコ達の言い分を伝える。
「ピヨちゃんもトニトルテちゃんも肉食だもんなぁ。じゃあ、今日の店番は婆さんに任せて、裏手で熊を捌こう」
マルクの言葉にヒヨコとトニトルテは喜んで、マルクの周りを回りながらぴよぴよきゅうきゅうと歓喜の踊りを見せる。
「ピヨヨ~」
「きゅっきゅきゅ~」
二匹が喜んでいると、ステラは思い出したようにぼやく。
「そういえば、そろそろ朝の体操の時間だけど」
「ピヨッ!?」
ヒヨコは自分の任務を思い出して両翼を開いて驚きのポーズをとってから、慌てた様子で走りながら大通りへと向かうのだった。
トニトルテも一緒についていく。
この町では、町長の屋敷と大通りに魔導拡声器がおいてあり、朝の始まりの決まった時間に音楽が流れるのである。
帝国のアンジェロ・フォン・ヨンソン作『フルシュドルフのテーマ』が流れ、ご町内の皆々様の経済活動が始まる。ヒヨコは大通りの中央にある小さなステージに上がって音楽に合わせてフルシュドルフダンスを踊る。
ピヨピヨきゅきゅきゅと二匹が壇上で踊り、子供達も集まって一緒に踊っていた。
内容的には朝の健康体操として定着しつつあった。
仕事が終わるとヒヨコはいつものように居候している雑貨屋に行き、お婆ちゃんと一緒に占いの店をやってるステラの横に座ろうとするが、
「裏手でお爺ちゃんが熊を解体するみたいよ」
「ピヨピヨ」
おっと忘れていたと言わんばかりに慌ててヒヨコは裏庭へと向かうのだった。
裏庭にある樹にブラーンと熊の死体がロープで吊るされており、マルクが解体を行っていく。魔法のように皮を綺麗にはがしていき、肉切り包丁で適当な肉を切り落としてヒヨコ達の前に置いていく。
「ピヨピヨ」
「きゅうきゅう」
二匹は嬉しそうに目の前に置かれた肉にかぶり付く。
「熊の毛皮は洗って売ればいい値段になるし、今夜はピヨちゃん達にご褒美を上げよう」
「ピヨピヨ」
「きゅうきゅう」
いつもの様にジャーキーを食べている時のポーズをとってこの町の名物の一つマトンジャーキーを催促する
マルクはにこりと笑って二匹の頭を撫でる。
食事を済ますとヒヨコとトニトルテは占い店を始めるステラの隣に座ってひなたぼっこ。
トニトルテはステラの膝の上で丸くなる。
通りすがりの少年少女たちがピヨちゃんだーと言って群がり、ペチペチとヒヨコを叩いて去っていく。完全に街のマスコットに定着していた。
だが、子供達は知らない。ヒヨコはやわっこいのでペチペチ叩かれるとHPが若干減るという事を。
するとこの雑貨屋で店番をしているお婆ちゃんのエリザも店を開く前に、まず洗濯へと向かおうとする。
「洗濯なら私も行くよ?」
「良いのよ、スーちゃんはお仕事していて」
「ピヨッ!」
そこでヒヨコは立ち上がる。エリザの持つ洗濯物の入っている竹籠を背負おうと背中を差し出す。
「ほら、ピヨちゃんも手伝ってくれるって言うし」
「ピヨピヨ」
「じゃあ、代わりに店を開けて店番しているね?」
「よろしくね」
「ピヨ~ピヨピヨピ~ヨピ~ヨピ~ヨピヨピヨヨ~」
ヒヨコはピヨピヨ歌い(※チャイコフスキー作『白鳥の湖』)ながら、エリザの洗濯物の入った竹籠を背負いながら姿勢を崩して洗濯物を落とさないようにしつつ、エリザのペースに合わせて歩く。
「ピヨちゃんは祭りで音楽を聴いてからは歌うのが大好きねぇ」
「ピヨピヨ」
嬉しそうにうなずくヒヨコにエルザはヒヨコの頭を撫でる。
「スーちゃんもピヨちゃんが来てから明るくなって良かったわ」
「ピ~ヨ?」
「スーちゃんは傷ついているみたいだったから」
「ピヨピヨ?」
「特に聞いてはいないけど、お母様がお亡くなりになってね」
「ピヨ~」
「とっても偉大なお方なのよ。本人、隠せていると思っているけど、お母様の事は獣人族が皆知っているから」
「ピヨッ」
ヒヨコは驚いた様子を見せる。理解していると分かってエルザはニコニコ笑ってヒヨコの頭を撫でる。
「学校にいたころは忙しくしていて、友達もたくさんいたから、悩んでいる暇も無かったみたいだけど、学校が終わると時間が出来ちゃったから」
「ピヨピヨ」
「ふふふ、お仕事があるのに暇が出来るなんて贅沢な悩みだって」
「ピヨッ!」
それだっ!と言わんばかりにエルザに翼を向けて頷く。
「ピヨちゃんは表情豊かだから何を言いたいか分かりやすいから」
「ピヨピヨ」
エルザに撫でられながら楽し気に微笑まれ、ヒヨコは照れるように首をくるくると捻る。
エルザは川に辿り着く。そこではたくさんの人達が洗濯に来ていて、手でゴシゴシと服を洗っていた。
エルザもそこに混ざって持ってきた服をゴシゴシと服を洗う。
ヒヨコも川で水浴びをして遊び、周りに和まれていた。
洗濯が終わるとヒヨコはブルブルッと体を振って水をはじいてから洗濯物籠を背負いエルザと一緒に歩いて帰る。
ヒヨコはそのままステラの隣に座る。トニトルテはステラの膝からヒヨコの頭に飛び乗る。
トニトルテはステラの膝よりヒヨコの頭の方がふさふさしていて好みの様だ。
ヒヨコはプルプルと体を震わせて、何かの修行のように首を鍛えていた。トニトルテはヒヨコより体が半分にも満たないほど小さいのだが、重量はヒヨコよりも重い。
ステラはといえば日に2~3人来る相手に占いをして、ちっぽけながらも生計を立てていた。
「婚約指輪ですか?」
「そうなのよ!こんなの主人にも話せなくて困ってしまって。ステラちゃん、どうにかならないかしら?」
この日の最後の客は困った様子でやって来た40代のおばさんだった。
話を聞いてから徐にステラは小さな水晶玉を取り出してテーブルの上に置く。ステラは魔法や特殊スキルで見るので水晶玉を取り出してもあまり意味がないのだが、占ってる感を出す為だけにやっているのである。一応、この水晶、掌でつかんで隠れる位の小さい魔石なので魔法を増強する効果がある。だが、ステラ的にはただの雰囲気作りのために使われていた。
「うーん、むむむむむむ」
ステラは過去視の魔法を使い婚約指輪を無くした過去を探す。指輪に関するビジョンを探そうとするが出てこない。
「どんな指輪でした?」
「ちっちゃなサファイアの入った金の指輪よ。夫の給料三か月分の高価な指輪なの。普段はちゃんと家の大事なものを入れる引き出しにしまってあるんだけど」
「なるほど。……むむむむ。あ。あー…」
細かい情報からステラのビジョンに赤い宝石の入った黄金のリングの過去が入って行く。
ステラは水晶玉を懐にポイッと放り込んで、立ち上がる。
「ヒヨコヒヨコ」
ステラは立ち上がるとヒヨコをゆさゆさと揺さぶる。
「ピヨ?」
ヒヨコは眠そうに目を翼でこすりながらステラを見上げる。
「仕事よ。手伝って」
「ピヨピヨ」
「きゅう~?」
ステラの言葉にヒヨコは首を傾げて、トニトルテはヒヨコが動いたので眠そうに目をこすりながら起きる。
「これから指輪を探しに行きましょう!」
「分かったの?」
客として来ていたおばさんはすがる様にステラに尋ねる。
「ちょっと説明しにくい場所なので」
とステラは口にしてから商店街の道を歩き出す。
「もしかして泥棒に盗まれたのかしら?」
「3日前に指輪を外して家のテーブルに置いたままにしませんでした?」
「どうだったかしら?」
おばさんは首を傾げて考え込む。ヒヨコもトテトテと歩いてとついていく。トニトルテはといえばヒヨコの頭に腹ばいでやる気無さそうに寝転がっている。
しばらく歩くと町の商店街から離れた住宅街へと続く銀杏並木へと辿り着く。
「ここかな?」
木の上を仰ぎ見るステラに、おばさんは全く思い辺りがないようで首を捻る。
「ヒヨコ、この木の上にカラスの巣があると思うからそこから指輪がないか探してみて」
「ピヨ?ピヨ」
ヒヨコはカギツメでガシッと樹を掴み、体を横に倒しつつ樹を上ろうとする。
「きゅきゅうっ!?」
ヒヨコが体を横にして樹を登る様に歩くので結果としてトニトルテはヒヨコの頭にしがみついて落ちないように必死になる。頭に爪がめり込んでヒヨコは痛みに涙する。
やがてヒヨコが樹の上に登ると枝の上に鳥の巣が存在していた。
「ピヨッ」
「ピーピー」
「ピーピー」
「ピヨヨッ!?」
そこにはカラスの雛がいて、ピーピーと鳴いており、巨大ヒヨコは一口で食べられそうな雛の姿に驚きを示す。
「クワッ!クワッ!」
するとそこに母カラス登場。空からの襲撃にヒヨコはビックリ。
「ピヨッ!」
「クワッ!」
「きゅう!」
「クワワッ!」
母カラス、トニトルテの威嚇に撤退。
「ピヨ~」
まさか子供たちを見捨てて逃げるとは思っていなかったのでヒヨコは悲し気に母カラスを見送る。
「きゅきゅきゅっきゅきゅ~」
巣の中を覗き込むとトニトルテはキラッと光る何かを見つける。そっと手を伸ばし、赤い石のついている黄金の指輪をゲットするのだった。
「ピヨッ!」
ヒヨコはクルッと回転してスタリと両翼を広げて地面に綺麗な着地をする。が、ビタ着が出来ず足を一歩ずらしてしまい、ヒヨコは意味もなくショックを受けていた。
「じゃあ、トニトルテ。おばさんにそれを渡して」
「きゅう?きゅうきゅう!」
手を伸ばすステラであるが、トニトルテはその手を払い、指輪を抱え込んでその所有権を主張する。
「えー」
「きゅうきゅう」
アタシのものなのよね!
とでも言うかのように断固たる主張をするトニトルテ。
「良いのかなぁ。そういう事をすると……今夜手に入る予定のジャーキーとお別れになるのよ」
「きゅうっ!?」
ビクッと反応するトニトルテはかなり焦った様子で動揺した様子を見せる。
「ピ~ヨ~ピヨヨ~ピヨピヨ~ピヨピヨ~ヨ ピヨピヨヨ~ ピヨピヨ~ピヨピヨピヨピヨピ~ヨ~ピヨヨ~」
ヒヨコはどこか物悲しい曲調の音楽(ショパン作『別れの曲』)を口すさむ。
それはまるで大事な別れがあるかのような音で、トニトルテはジャーキーとの永遠の別れを連想してしまい、涙を潤ませて俯き、そっと指輪をステラに渡すのだった。
「偉い偉い」
ステラは涙目のトニトルテの頭を撫でながら指輪を受け取りおばさんに返す。
「さすがステラちゃんねぇ。助かったわ」
おばさんは凄く感謝している様子で頭を下げていた。
「カラスは光るものを拾って巣に持ち込む習性があるので。まあ、ドラゴンと似たようなものですけど」
「きゅうっ!?」
トニトルテはカラスと同格扱いされて酷く傷ついた様子で唸る。
「ピヨピヨ」
「きゅきゅっ!」
「ピヨッ!」
二匹は何だか勝手ににらみ合って喧嘩を始める。ヒヨコの嘴とトニトルテの角がうなる。カツンカツンとぶつかり合う二匹の嘴と角。
「ええと、あれは良いのかしら?」
「ああ、いつものじゃれ合いなので気になさらず。カラスが戻ってくる前に帰ったほうが良いですね」
「ピヨヨッ!?」
「きゅうっ!?」
ヒヨコとトニトルテはじゃれ合い扱いをされて互いにショックを受けたように反応しつつ、ピヨピヨきゅうきゅうとステラに抗議を始める。
ステラはそれを無視して、おばさんと商店街の方へと戻るのだった。
その日の夜、ステラはエリザと一緒に夕食を作る。
「今日は熊の毛皮が高く売れたからごちそうよ」
「ピヨピヨ」
「きゅうきゅう」
エリザとステラがご飯を運んできて、いつもより豪華な食事にヒヨコとトニトルテは歓喜する。
リビングで小さいテーブルに食事が並び、ヒヨコとテーブルの上にのるトニトルテの目の前には巨大な熊肉のステーキがドーンと置いてある。
二匹はステーキを夢中で貪る。そんな二匹を微笑ましく眺めつつも家族団欒をしていた。
マルクは晩酌にエールを貰いグビグビと飲み、つまみにマトンジャーキーを食べている。
「ピヨちゃんもトニトルテちゃんもどうぞ」
「ピヨピヨ」
「きゅうきゅう~」
嬉しそうに2匹はジャーキーを口に放り込んでその香りを楽しむ。
「ピヨピヨ」
「おっ、ピヨちゃんも飲むか?」
「ピヨッ」
マルクはヒヨコの皿にエールを入れて、ヒヨコはそれを舐める。
「ピヨ~」
嬉しそうに体を揺らして味を楽しんでいた。
「おっ、ピヨちゃん、酒の味が分かるか?」
「ピヨ~ピヨ~」
体を捩らせて嬉しそうにするヒヨコ。
「よーし、じゃあ、もっと飲もう」
「ピヨ~」
ヒヨコは翼をパタつかせて、体をマルクに擦り付けて喜ぶ。
「お爺ちゃん、一応、それ0歳児なんだからお酒はダメじゃない?」
「ピヨピヨ」
「体はヒヨコ、頭脳は大人だから大丈夫って?いや、むしろ体が子供だからダメなんじゃないかな?何で名探偵なの?」
「ピヨッ!?」
「いや、自分でも分かってないとか、こっちの方が意味わかんないから」
ステラはヒヨコの頬をムニムニと引っ張ってジト目で見る。
「スーちゃんはピヨちゃんに厳しいねぇ」
「だって、このヒヨコ見た目はピヨちゃんだけど、中身はゲスちゃんなんだもん」
「ピヨヨッ!?」
ヒヨコはピョコピョコ飛び上がり激しくステラに抗議するが、ステラは狐耳をパタンと閉まって聞こえなーいと言わんばかりのポーズをとる。
その隙に、ヒヨコの取り分にあったジャーキーをパクパク食べていくトニトルテが横にいたりする。ヒヨコはそれに気づいた頃にはあまりの事に空いた口がふさがらない。
二匹が嘴と角を立てて互いに喧嘩を始めてしまう。
「喧嘩しているとジャーキーはもう持って行っちゃいますよ」
エルザの言葉にビクッと反応するヒヨコとトニトルテは、互いに肩を組み仲良しアピールをする。調子のいいお子様たちであった。
「ふふふ、何だか孫が出来たみたいねぇ」
老夫婦はクスクスと楽しそうに笑う。
こうして平和な日々が過ぎるのであった。