2章閑話 超常なる者の降臨
※人口の割に大幅にアルブム王国の死者数が多すぎる為、内容を微修正いたします。
アルブム王国では問題が発生していた。
度重なる出征と敗戦。男手が少なくなり、何も得られなかった国は非常に困難な状況へと陥っていた。
「くそっ、獣王国め。獣風情が人間に歯向かいよって!黙って獣人どもを捕えられればいいものを!自分たちの立場も分かっていないとはな」
苛立たし気に文句を吐き捨てるのはアルブム王国の玉座に座る男クリスティアン・エンリケス・アルバ国王であった。ガリガリと長い金髪を掻き乱しながら毒を吐く。
「アルベルトの奴も情けない。折角勇者として祭り上げてやったのにあっさりと魔物なんぞにやられおって」
クリスティアン国王は頭を掻いた手を玉座に下ろすや、コツコツと玉座の肘掛けを指で叩きながら愚痴をこぼす。
王太子レオナルドは玉座の間にて臣下の礼を取り、階下に控えながら父王の愚痴に付き合っていた。
「レオナルドよ、どうなっているのだ。オーク達まで逃げられたそうではないか!」
「それが獣人族の連中、どうも1000にも達するほどの魔物の群れを誘導して我が国に攻め込んできたのです。100にも達する数のグリフォンがいたとか」
「グ、グリフォンだと!?な、何故そんな化け物が何匹も…」
クリスティアン王は余りの事に驚き声を荒げる。
グリフォンはドラゴンにも負けない最強の魔物の一角として知られている。それが100も敵に回ったら国が滅びるレベルである。恐れるのも無理のない話であった。
「だ、大丈夫なのだろうな?」
「グリフォンは問題はありません」
父親の上ずった声音に一切問題ない事を主張するように王太子レオナルドはきっぱりと言い切る。
「そこまではっきり言える理由はあるのか?」
「グリフォンをあれだけの数を使役する事は不可能です。過去に最高の従魔師と呼ばれた男でも2~3匹のグリフォンが限界だったと聞きます。つまり魔物を上手く使ってこちらを襲うように嗾けたのでしょう。グリフォンは森から離れる事はありません。自分の縄張りを明確に定めている種族ですから、この国に襲ってくる事は無いでしょう」
「む、む、そ、そうだな。その通りだ」
クリスティアン国王はホッとするように息を吐く。
ちなみに、グリフォン2~3匹を使役した最高の従魔士と呼ばれる男がグレン・リンクスター、ミーシャの曽祖父でもあったが、彼らはそれを知らない。
「問題なのはオークが奪われ生贄にする連中がいなくなった事です。レイアに儀式の準備をさせていたのですが、あと一歩遅かった。これだけが悔やまれます」
「や、やはり勇者を殺したのは早かったんじゃないか?アレは頭は悪いが武力だけならうまく使えた筈だ」
「ご冗談を。アレは愚かではありますが、我々に刃が向けば終わりますよ。私が何のために勇者パーティの後方で聖騎士たちと共に出張をしていたと思うのですか?奴の対策を練る為です。そのかいもあって上手く殺せたでしょう?」
レオナルドはにやりと口元を歪めて嗤う。
最初から勇者を利用する気満々だったことを認める口ぶりであった。無論、国王も同様である。だが、現状としては戦力不足は否めないのである。
「だが、この状況。どう挽回するつもりだ?意のままに動く勇者をも上回る超常の存在を呼び出すのだろう?」
「オロール教国の街ごと生贄の儀式の場にしようと考えております」
「そ、そんな事が可能なのか!?」
「はい。そして攻め込む口実はありますから」
「確かに」
クリスティアン国王は顎に手を当てて感心したように呻く。
理不尽にも我が国は女神教会から破門されてしまった、と思っている。
女神教会が勢力を持ち国家の体を成したのがオロール教国である。その規模はアルブムに匹敵する領土を持っていた。
勿論、人口もアルブム王国ほどではないが多くの人口が存在している。生贄に使うには十分すぎる程存在していた。5000人くらいを囲う事なら十分に可能だろうと目算があった。
「教会が我が国の偽勇者を勝手に真の勇者と言い出して、破門にした上で内政干渉をしてきたのですから」
「しかし、どうする?帝国も抗議してきている。奴らに攻められたら我々は……」
「攻めさせてしまえばいいのです。儀式を行うにはたくさんの人間が一定の場所に集まっていれば出来ます。最低でも5000は必要ですが、獣王国の国境手前に要塞を作りましたが、オロールであれば自国城塞内に5000人ほどの領民入っていてもおかしくはないでしょう」
「ま、まさか獣共だけでなく人間も?」
「敵国人がいくら死のうとも関係はありますまい」
レオナルドはばっさりと言い切る。
そこに状の入り込む余地さえなかった。
「し、しかしだな。……上手く行ったとしても後世に何といわれるか……わ、私が王なのだぞ!」
「敵国を悉く倒し、最強の下僕を統べる王となり、世界を覇すれば良いかと」
「む……、わ、悪くはないな」
王太子レオナルドにおだてられて、クリスティアン王は心持ちか頬を緩ませる。
世界の覇王になった姿を想像したからだろうが、あまりにも風見鶏にして単純な男であった。
***
王の間を去った後、レオナルドは伯爵邸にいる聖女レイアの部屋にいた。
いつものように二人は逢瀬を楽しんだのち、気だるげにベッドの上に寝転がっていた。
「父上はダメだな」
「え?」
ぼそりと呟くレオナルドに、レイアは一糸纏わぬ姿でレオナルドに腕枕されたまま視線をレオナルドへと向ける。
「所詮は何も考えず王位を継いで凡庸に過ごしてきただけに過ぎない男だ。俺が王位を継げば静かに隠居でもしてもらおうと思っていたが……。レイア、例の計画はどの程度で出来る?」
「結局、主となるレオナルド様と儀式を執り行う私が出向かないとだめなんですよねー」
「それが面倒だな。どうしても時間が掛かる。今回のように向かっている頃には逃げられていたでは話にならん」
「代わりの者にやらせますか?」
「それはよくない。この技法を他の人間に知られるのは最も危険だ。この国の為に使おうという慈悲深い私以外の人間が力を手に入れる方法を知るのは拙い。やがて我等にさえ歯向かうかもしれなくなるという事実は潰しておきたい」
「その通りですわね。この国もこの世界も全てレオナルド様のものになるのですもの。他の者になどに奪われる余地などあってはなりませんわ」
レオナルドはレイアにこそ言わなかったが、調査団の連中は極秘裏にこの世から消えてもらっている。
あの技法を知っているのはこの国で一番の神聖魔法の使い手である彼女だけで十分なのだ。
そしてレオナルドはほくそ笑む。レイアもまた上手くレオナルドの持つ魅了によって動いてくれているからだ。レオナルドは幼い頃より高レベルの魅了スキルを持っていた。
何一つ不満のない生活を送っていた。自分が最も優れた人間だと自信を持って生きていた。
魅了スキルとは決して相手を洗脳する技術ではなく、相手を魅了し自分に惚れさせる技術という事。それは男も女も関係ない。
今は一つの隙も無く彼女を魅了によって利用し、超常のものを召喚する手筈を彼女に取らせている。
少なくとも超常のものを召喚する手段は神聖魔法が使えて儀式のすべてを知る者が最低でも一人は必要だからだ。
レオナルド自身が神聖魔法を使えればよいが、それが叶わなかったから仕方がなかった。
様々な人間達に特定の魔法によって魔法陣を起動させる必要があるが、最後の鍵となる魔法は神聖魔法LV4以上が必要で、それを持っていて信用できる存在がレイアだけだったからでもある。
レオナルドは今もこうしてレイアを侍らせつつも、超常のものを召喚し自分の手先にしたら、美しい女全てを侍らせようと考えていた。
すべてを手に入れる。超常のものを召喚して最強の力を得られると分かってしまえば、もはや我慢していた欲望を抑える必要がないのだ。
するとコンコンとドアがノックされる。
「何用ですか?」
レイアは愛する男との逢瀬に浸っている中を邪魔されて、機嫌の悪さを隠そうともせずにドア越しで使用人に問いただす。
「大変でございます。ファレロ領が反乱を起こしました!」
「!?」
あまりの言葉に閉口するレイア。
父の領地で反乱がおこったという事実に驚きを感じるのも大きいが、ここにいるのは王太子殿下だと分かっている筈だ。
それが、どうしてそんな事を彼に聞こえるように言うのかと驚きも大きかった。
「全く、何を考えているのでしょうか。平民たちも愚かなことを」
「全くだ。…………ん?使えるか?」
そこで妙案を思いつくレオナルドは虚空を見上げてニヤリと笑う。
「どういたしました?」
不穏そうな雰囲気を出すレオナルドにレイアは疑問を持つ。
「もはや反乱を起こした連中などいらなかろう?儀式で使ってしまえば良いのだ」
「なるほど。とはいえ、我が領地では少ないのでは?5000もいなかったと思いますが」
レイア・ファレロのファレロ子爵領は小さい。アルブム王国は全土で100万人にも満たない国家だ。王都を覗けば10万人以上いる領地は存在しない。侯爵家が数万、子爵領では2~4000人程度が関の山だ。
「言われてみればそうだな。だが、国内情勢が厳しくファレロ領でなくても反乱は起こるだろう。平時であれば慌てる所だが、むしろ大きい城塞に守られている侯爵領辺りで起こればどうだ?」
「ですが一所に集めるなんて難しいのでは?」
「こちらが大軍を率いて籠城させれば効率よく纏まるのではないか?」
「なるほど。それは素晴らしいアイデアです。ぜひやりましょう!ファレロ領で是非一度練習をしてみてはどうでしょう?」
自身の領民をあっさりと切り捨てるレイアであった。
彼らにとって自身に有益かそうでないかが物事の判断基準となっている。
アルブム王国において人間主義を突き詰め、血統のしっかりしている貴族主義へと考えは極端化していた。
故に平民など貴族に奉仕するのが当然だという考えだけが強まっていた。
元々、貴族は民の為に戦うからこそ平民は奉仕するという考えであったのだが、平和な時期をまたいだ為に、『民のために戦う』という概念が抜けてしまったのが現在のアルブム王国の状況である。
レイアとて旅に出る前は比較的真面目な領主の娘だった。勇者との出征により王侯貴族の優遇される様に、徐々に歪んでいった。
アルブム王国は領土こそ帝国には4分の1にも及ばないが人口はもっと少ない。
獣王国への侵略を考えている北東にあるベルグスランド聖王国とは同盟国であるが、宗教的対立がある。小さいながらも経済活動が活発な小国家マーレ共和国は獣王国の庇護下にある為に敵対国でもある。
オロール教国からは破門され、ローゼンブルク帝国からは警告を受けている。
ほぼ敵対国家に周りを囲まれていた。
だが、ベルグスランド聖王国は手を結ぶ予知があった。オロールから破門されたからである。
聖光教会に移れば喜んでベルグスランドは受け入れるだろう。
とはいえ、それはあくまでも戦略的なものだ。
(超常の力を手に入れたら、宗教など不要。オロールもベルグスランドも我が手先となる超常の者を神とでも崇めさせるか。ブラクラントの聖王女も絶世の美女と聞く。手折ればさぞ楽しかろう。まずは完全でないにしても超常の者の力を手に入れた後に考えるか)
***
それから1月後、軍を編成している間にも他所の貴族からも反乱の声が聞こえてくる。
彼らは気づいていなかったが、元々高い税を課していたのに、魔王が出て来てから更に高め、魔王が出てきている間も大丈夫だったのならばと、その税を高く保持し続けていた。
魔王が倒されたのに何で少なくならないのかと怒りの気持ちも高まっていく。
遂には餓死者が多く出始めて暴動、そして反乱となった。
民衆の暴動を率いているのはかつて勇者パーティの戦士として存在したアルベルトだった。
自分の故郷であるシドニア領を手に入れる為、民衆に暴動を起こさせて、父と兄を殺したのだった。
民衆をたきつけて、父や兄たちと困った様子で一緒にいながらも、いざ反乱が起こったらさっさと手のひらを返し、家族を殺して民衆たちの前に勇者として姿を現す。
見事に上手く行った事にほくそ笑んだアルベルトだったが、長くは続かなかった。
そう、アルベルトは権力で騎士になり勇名をとどろかせた。実力は騎士たちの中ではそこそこ強い程度の能力しかない。
シドニア侯爵家より貰っていた装備によって実力を大幅補正されていた。シドニア侯爵家を自ら潰して、支配するまでは良かったが、問題は勢いに乗った配下共である。。
「ファレロ領からの難民から聞いたそうですが、やはり酷い有様だったそうです」
「そうか。それで?」
「是非とも勇者様の力でファレロ領の民衆も救ってあげて欲しいのです」
「馬鹿を言うな。助けてやって何の得があるというのだ」
「またまたご冗談を。腐った為政者から万民をお救いになった勇者様がそのような俗人のような事を。そもそも王国こそが腐っているのです。勇者様もそれはよくご存じでしょう?」
「む?」
平民の言う事に眉根を寄せて是とも否とも取れない返事をする。
「私は卑劣なる獣人どものだまし討ちによって腕を失い、聖剣を失ってしまったのだ。霊薬によって腕は戻ったが聖剣は戻らない。この腕とてかつてのような力を振るう事が出来ぬと言った筈だが」
「またまたご謙遜を。勇者様は不死王の卑劣な策略により片腕を石にされるも、片腕だけで聖剣も使わずに不死王を殺しつくしたと聞いております。不死王は必死に逃げるも拳で谷を作り谷底に土砂を落として地面の中に叩き潰されたと」
ハハハハハと冗談と受け取って笑う部下の姿があった。。
それは俺じゃなくてあの偽勇者だ!という声を必死に堪える。
口にしてしまったら、今までの功績が嘘だったと自白するようなものだからだ。
あの偽勇者の功績を奪ったは良いが、その内容が余りにも人知を超えすぎている為に嘘が酷すぎたのは否めない。
やって見せろと言われて、何かしら種のある手品のように騙す方法があれば良いが、何をどうやろうと不可能な逸話が多すぎるのである。あれはどう考えても人類の限界を越えていた。
「だが、この領地だけでも食っていくのが大変だ。それに私がいたからこそ王国に弁解もできたがファレロ領はそうもいかん」
「勇者様の御力ならば王国をも覆せるのではないでしょうか?」
「ば、バカを言うな」
「バカな事ではありません。我らを率いてあの邪悪な為政者を討てたのは勇者様の御蔭。その勇者様を事もあろうか王宮から追い出すなど許せない事です。魔王を倒したというのにいつまでも税金を高く取り立て続けている王国に民は怒っております。我らが領やファレロ領だけではありません。王国全土で怒りの声が上がっております」
「何だと?……そこまでなのか?」
「近隣領の者達も勇者様が立ち上がってくれれば皆が続くと。勇者様こそが王位に相応しいのではないかという声が聞こえています」
「……王位…」
アルベルトはクリスティアン王の場所に自分が立つことを考える。民が一斉に蜂起すれば確かに国は傾くだろう。
よくよく考えれば、国の戦力は自身の騎士団が従えていた国軍は崩壊しており、国の武力は半減していると言えるだろう。
もしかしたら、ではなく、今ならば勝てるかもしれないと考える。
ファレロ領は聖女の領地でもある。いけ好かないあの王太子からあのビッチを奪ってやったらさぞ悔しがるだろうとほくそ笑む。
一拍考え、アルベルトはファレロ領の反乱に手を貸すことにしたのだった。
その先が破滅の道であるとは露知らず。
***
白鯨騎士団と共に王太子と聖女の二人がファレロ領へと辿り着く。
既に反乱軍によって領地は支配されていた。ファレロ領を守るために存在した要塞は既に反乱軍の手に渡っており、王国軍を歓迎するかのように要塞の前にはレイアの家族の首が晒されていた。
「なんてことを」
血を分けた実の家族の様子に聖女レイアは驚きの声を上げ、王太子レオナルドは慰めるように彼女の肩に手を回す。二人が顔を寄せ合って話している所、ファレロ領の様子を確認してきた兵士が戻ってくる。
この兵士の言葉を聞き、王太子レオナルドと聖女レイアの二人は驚く事となる。
「シドニア領の反乱軍?」
軍を率いて西へと向かうレオナルドとレイアは詳しい話を聞きながら移動していた。
「はい。どうもシドニア領では勇者アルベルト様による蜂起に民衆が立ち上がり、それがファレロ領をも飲み込んだらしいです。どうも勇者様が反乱軍を率いているそうです」
「アルベルト様が?逆恨みも甚だしい。騎士団から追い出されたのは責任を取る者として当然ではないのかしら。首を取らなかっただけ我らに感謝すべきなのに」
「全くだ。レイアの領地で反乱を起こさせたのも逆恨みによるものだろう。あのクズが勇者になるように黙認していてやったというのに、恩を仇で返すとはな。そもそもあのまま騎士団を続けていれば必ず化けの皮が剥がれるのは目に見えていただろう。共に偽勇者を打倒した仲間として丁重に扱ってやったというのに、こっちの善意も分からないとはどうしようもない阿呆だったという事か」
「そうですわね」
クツクツと陰険に笑い合う男女の姿がそこにあった。女に至っては親類縁者が目の前で死体をさらしているのにである。
底冷えするほどの冷たさを感じて部下は顔を青ざめさせる。
「で、敵の状況はどうなっている?」
王太子レオナルドの質問に騎士団長が背筋を正して答える。
「はっ、勇者殿率いる反乱軍はシドニア領の要塞にて籠城をしているようです」
「籠城?」
レオナルドは怪訝そうに首を傾げる。
籠城する理由が思い当たらなかったからだ。
籠城とは仲間を待つか、いくさの仲介を待つか位しか意味がない。仲間もいないし仲介役である王家が戦場に来て何の意味があるのか理解できなかった。
「籠城する意味がないと思うが?」
「それが…他の反乱軍を待っているのかと?」
「他の反乱軍?」
「既に勇者が反乱を起こしたと知り、それに呼応して東部で侯爵領や含め合計10領も反乱が起こっており、中には貴族が自ら民を率いて今の政府を叩けと言い出している者も出ている始末でして」
「何だと!?私はそんな話は聞いていないぞ!」
レオナルドは一気に顔色を悪くさせる。
この国は崩壊間近なほど危険水域にある事に気付いていなかったのだ。
「で、殿下は聖女様と大事な話があるから行軍中は王家の馬車に声をかけるな、着いてから考えれば良いから一切いないものとして行動せよと仰っていたので」
騎士団長は暗にお前が声をかけるなといったからだと返し、レオナルドは舌打ちをする。
「状況はどうなっている?」
「早馬から聞いた話では王国各地で蜂起が起こっておりましてアルベルト殿の勢力は国家の4分の1にも達している可能性があると」
王国は公爵家の領地はなく、侯爵が領地を最も大きく占めている。シドニア侯爵は名門でもある為、東部のトップであるため、そこが反乱軍として立てば自然4分の1に達してもおかしい話ではない。
「!?……こ、こちらは国の半数以上もの戦力をこちらに投じているんだぞ!ここで勝利しても首都レオニスに戻った時に国が堕ちていたらどうするのだ!」
「で、ですから早馬を出して国王陛下への裁定を求めるようにしてましたが、まだ帰ってきておりません」
まさか世界に覇を唱える偉業を成し遂げる前に、アルベルトのような能無しに足元をすくわれるのか?
そんな恐ろしい想像をしてレオナルドは寒いものを背中に感じる。
「レオナルド様、これはいい機会ではないでしょうか?」
「いい機会だと?」
「はい、儀式によってアルベルトを殺し、レオナルド様が勇者などよりも遥かに強き者であることを示せば、愚民共の反乱など簡単に収まるでしょう。所詮は愚かな者達が勇者という名に縋って粋がっているだけの事ですから」
レイアは些末事だと言い切る。
その言葉にレオナルドは気分を良くする。
そもそもアルベルトが勇者だと言っても実力は全く伴っていないのだ。本格的にぶつかり合えば負ける事は無い。
「なるほど………。確かにその通りだ。それにしても死んでまで祟るとはな。あの勇者の…何という名だったかは忘れたが、奴の武勇がここまで飛び火するなど思いもしなかったがな。とはいえ、アルベルトは奴の武勇の100分の1もない。ならば簡単に捻る事も可能だろう。この私が世界を統べる王としての偉業の一歩を、あの無様な勇者と愚民共を根絶やしにすることで示せばよいというとこだろう」
「では騎士団長、シドニアの要塞はどの程度の敵が守っている?」
「難民として逃げてはいますが、それでも6000以上はいるでしょう」
6000という言葉にレオナルドはほくそ笑む。
5000以上いれば良いと思っていたからだ。分割して超常の者に生贄を捧げる事にしたが、最低でも5000は必要なので、どうしたものかと考えていたのである。そこまで要塞の守りについているならばむしろこちらの思うつぼである。
「ならばこれよりシドニア領へと大至急で進軍を開始する!他の反乱軍に合流される前にな!
レオナルドは自身に溢れた声で周りに指示を出す。
***
籠城を選択していたアルベルトは要塞の中枢、司令官室の上座にどっしりと座り周りに指示を出していた。
「勇者様!白鯨騎士団が来たのですが、その奥に王家のものと思われる馬車が同時に到着いたしました!若い男が魔導師を連れて」
「王家だと?」
舌打ちをするアルベルトは立ち上がって報告したものを見る。
「お、恐らくは王太子殿下かと」
「ちっ、というとあのビッチ聖女が来てるって事か」
アルベルトは舌打ちをしてから、そのまま歩いて司令官室を出て外がみえるテラスへと出て、要塞の最上階から外を見下ろし状況を確認する。
白鯨騎士団と配下となっている王国軍は、急勾配な丘の上にそびえたつ要塞を取り囲むように陣を成していた。要塞の正面の森林地帯の手前に王家の馬車があり、その近くに陣を敷く一団が存在する。
「レオナルドか。ふん、ド素人が。要塞を取り囲むのにこんな手薄く全体的に包み込むような包囲網など聞いた事が無いわ。だが、既にこちらは手を打っている。平民どもを利用して俺を騎士団から廃した事を後悔させてやろう。それにしても………ん?………一体、何をしているんだ?」
アルベルトは不思議に思って周りを見渡す。
4人の魔導士とレイアがこの要塞を取り囲むように何やら魔法を行使しており、そしてその5人を厳重に守る様に騎士たちが配置されていた。
アルベルトは不思議に思い首を捻っていたが、そこでふと思い出す。
そう、獣人達を10万匹捕えて儀式を行い勇者を超え意のままに操れる最強の存在を召喚するという話だ。
「お、おい、ま、まさか……」
魔法による儀式じみた事を始める魔導師たち。
アルベルトは慌てて反乱軍の部下達へと叫ぶ。
「お、お前ら!あの魔導師たちの邪魔をしろ!」
叫ぶが籠城している平民たち反乱軍のメンバーは全員が籠城して要塞の中から包囲する相手に対抗しているので外に出て邪魔をする暇なんて無かった。
やがて5か所に配置されている魔導師から光の柱が天へと延びて儀式魔法が完成する。
空は暗くなり真昼だというのに夜にでもなったかのように暗雲が立ち込める。
「な、何が起こっている!?何が……何を起こしたんだ!何を…」
五芒星の光が要塞を包み込み、天が暗闇に包まれアルベルトは余りの事に恐慌状態に陥る。
「大丈夫だ!こちらには勇者様がいる!我らが奴らに負ける事など…」
この反乱軍を率いている幹部の一人が演説をしながら不安におびえていた部隊の士気を高めようとしていたが、突然喋っている途中に糸が切れた人形ように凍り付き、そのまま地面に倒れる。
その姿を見た反乱軍の人間達が悲鳴を上げるが、悲鳴を上げる間もなく次から次へとバタバタ人間が倒れていく。
「ま、まさか奴ら、に、人間を生贄にしようってのか!?獣ではなく人間に使うのか!?…や、やめろ!やめろ!嫌だ、死にたくない、死にたくない!俺は勇者になったんだ!誰か、誰か助けてくれ!い、嫌だ!やめろ!やめ……」
アルベルトは走って外に逃げようとするが恐怖に怯えている中、要塞の中で二度と覚める事のない眠りへとつくことになるのだった。
「出でよ!超常なる者よ!」
最後に神聖魔法LV4のターンアンデッドを応用する事によって世界の空間の歪みがあらわになり、漆黒へと包まれた空がまるでガラスを割ったかのように砕かれる。
砕かれた穴から白い光が差し照らされて、そこから翼を持った巨大な存在が空から舞い降りてくる。
その姿は神秘的な存在だった。精霊、あるいは天使と呼んだ方が適切な姿にレオナルドやレイアは歓喜の声を上げる。
『貴様が私を呼び出した者か』
「そうです。私が貴方を、彷徨える神ネビュロスを呼び出したのです。その力を是非とも私共にと」
レイアは立ったまま胸に手を当てて礼をする。
『足りぬ』
超常の存在はあっさりと少ないと言い切る。
『あの程度の穴では我が力をこちらへ全て卸すには不完全だ。これではここに留まる事も出来ぬ』
「無論、存じています。我が国は貴方の力をここに呼び出す為に再び儀式を行う予定です」
レイアは目の前の超常の者を見ても一切怯える様子もなく堂々と言い張る。
『ふん、まあ、私には儀式に干渉する事が出来ぬからな。貴様らにやらせるしかない訳だが、それをどう保障するというのだ、この地に住まう人間の小娘よ』
超常の者は凄まじい殺気を辺りにまき散らし、王太子を守っていた騎士たちでさえ恐れてへたり込んでしまう。
「超常なる者、この世界を管理する女神をも超える存在であるネビュロスの為に、その担保となる体を用意しております」
レイアはそう言いながらすいっと王太子レオナルドの方へと指し示す。
『この体か。貧弱そうだが、まあ、良かろう』
悍ましいほどの笑みを浮かべる超常の者ネビュロスの姿にレオナルドは小さく悲鳴を上げて戦慄する。
「ど、どういう事だ!レイア!き、貴様!裏切ったのか!?」
「あら、レオナルド様、裏切ったとは心外ですわ」
レイアは何事も無かったように取り澄まして笑う。
「飽きたのですわ」
「は?」
「いくら王子で見目麗しくとも一人の男で満足するなどつまらないでしょう?何もかもが私の思い通りになる力が得られるというのに」。
レイアは恐ろしい事を口にする。レオナルドを簡単に放り捨てたのだ。
「き、貴様―っ!騎士たちよ!この裏切り者を切れ!」
レオナルドは怒りに駆られて叫ぶが、騎士たちは恐慌状態に陥って恐怖で足が震えて立てないでいた。
その状況にレオナルドは周りを見渡し焦りを感じる。
「な、何故だ。貴様は私のスキル魅了によって動いていた筈。私を裏切れるはずがない」
何かの冗談だと思いたいレオナルドはレイアを睨みながらも魅了スキルを全力で使って落としにかかる。
「ふふふ、愚かですね。まさか自分が賢いとでも本気で思っていたのかしら?INT値が人並みの貴方が。教会に所属して神眼の鏡の情報を握っている私が貴方の魅了如きを知らないとでも?生まれつき魅了LVが高いレオナルド様に対して魔道具で王家や高位貴族達は魅了対策をしていたのですよ?あなたに従っていたのは王太子という権力にのみ。そんな事にも気付かなかったのかしら?」
レイアは右手の薬指にはめてある魅了耐性用の指輪を見せて、レオナルドをあざ笑う。
「なっ!?」
今までどんな我儘も叶えてもらっていた。無論、行き過ぎた我儘は魅了のレベルを超えてしまうのでそれは出来ないものなのだと思っていた。
しかし、単純に王太子の威光だけだったという事実に驚きを持つ。
「ですが安心してください。殿下はこの世界の覇者として後世に名を残すでしょう。ネビュロスを完全にここへ呼び込むにはまだ儀式が必要ですから、殿下がネビュロスになってしまったことを知られては困りますしね」
「な、何を、き、貴様…」
「ネビュロス、そこの男の魂と依り代を与えます。暫くはそれで我慢してください」
「それではいただこうか」
ゆらりと光に包まれた神々しい天使のような姿をしたそれは、まがまがしい悪魔のような顔で嗤い、体を光の粒子へと変えてレオナルドを飲み込む。
「やめろ!やめ………」
レオナルドは暴れて逃げようとするが、光に包まれると直に足を止めてレイアへと向き直る。
「それではこの体もらい受けた。この世界に身を下ろすまで何なりと我が力を貸そう」
レオナルドは何事も無かったかのように別人のような声音でレイアに跪く。
「ふふふ、あーはっはっはっは!……本当に、誰も彼も馬鹿よねぇ。勇者も王太子も我が前に簡単に消えていくのだもの」
大笑いするレイアの姿にそれを見ていた騎士たちはそれぞれが武器を握り警戒する。
「そうだ。ネビュロス。ここにいる人間は皆殺しにしなさい。まだ王太子が貴方にすり替わったとバレてしまえば今後の儀式に支障が出ますから」
レイアは周りの人間をゴミでも見るように眺めてから、残酷な指示を出す。
反乱したレイアを倒そうと考えた騎士たちは、一気に青ざめる。自分達も最初から捨てられる予定だった事実に気付いて。
「承知した。とは言え…余りにも味方を減らすのは勿体なかろう。皆、魅了してしまえばよかろう」
「可能なのですか?」
「この小僧の力を我が力で使えばより規模の大きいものとなろう。それにしてもこの世界は面倒だな。スキルや魔法と言うものを個々のシステム上で使わねばならぬのか。過去にここに来た神々が、この世界の神に勝てなかったのはこれが原因か。まあ良い」
レオナルドの姿をしたネビュロスが瞳に怪しい力を籠めると、引き連れてきた万の軍勢は全員が跪く。
「ふふふ、素晴らしいわ。これならば新しい勇者が出てきても恐れる事は無さそうね」
「この世界には今の私に近い力を持つ者がいるようだ。早く次の儀式に取り掛かるべきだろう」
「ええ、そうしましょう。それまではネビュロスにはしばし王子殿下の振りをしてもらいますが大丈夫ですか?」
「問題はない。奴の脳はここに残しているからな。
高笑いする聖女レイアは超常の力を手に入れてアルブム王国へと凱旋することになる。
これが王国の破滅に繋がるとは彼女は思いもしなかったのだった。