2章閑話 猪鬼王の戦い
本話はサイドストーリーです。
主人公は初出のオークロードのモーガン。
彼は太守代行のシュテファン・ヒューゲルと共にパーティを組んでいた冒険者です。
ローゼンブルク帝国の北東辺境、ヴァイスフェルト地方にある町の一つフルシュドルフ。
フルシュドルフにある小さな酒場で2人の男が酒を飲みかわしていた。
「モーガン、本当に行く気か?しかも一人で」
1人は茶色い瞳に茶色い髪をした男で隣の男に問いかける。この帝国では一般的な容姿をしている太守代行を務めている男である。
もう1人はモーガンと呼ばれたオークの大男であった。背は2メートル以上で人間から見ても整った顔立ちをしていた。猪耳を持ち、鼻は下を向き、長い髪を後ろに束ね、筋肉質ではあってもオークとは思えない程痩せた容姿をしている。
オークと言えば猪鬼と表される巨漢で、横にも大きく、鼻が平たく上を向いていて、大雑把な性格をしている。そしてそれがオークの感覚で言うと肯定されるのだ。
モーガンと呼ばれた男は獣人だという事は分かるが、人と美醜の感覚が異なるオークとは思えない程に人間側から見ても美形の類に入る男だった。
逆に言えばオークの中では醜い男だった。
彼はオークの社会に馴染めず、より高みを目指す為に冒険者に身をやつし、種族的な進化を果たし、冒険者として頂点を極めた男でもあった。
「ああ。これは国との戦いだ。ローゼンブルク帝国の貴族であるお前に助けを求める訳にはいかない」
首を横に振るのはモーガンであった。
深刻な表情で横に座る男はモーガンを心配するように見る。
長く苦楽を共にした戦友でもある。
「だが」
「何、心配するな。3年前には勇者と戦い生き残っている身の上だ。俺がそう簡単に死んでたまるかよ」
3年前、獣王国が勇者と戦った際に国に戻って戦っていた。
「運が良かっただけだろう。ラファエラ殿下から聞いた。多くの敵との戦いでは、たった一人で戦場に赴き、勝利していたそうだ。獣人族とて勇者殿が殺す気なら皆殺しだった筈だ」
男は呆れた様子でモーガンへ突っ込みを入れる。
「……獣王陛下に勝つほどだからな」
モーガンは当時を思い出して恐怖で身をすくませる。ヘレントルの大迷宮に住まうダンジョンマスター・邪眼王相手にもビビらなかったが、勇者を思い出し恐怖を感じるのだ。
並大抵の敵ではないだろう。
今代の獣王は歴代最強とも謳われていた存在だ。しかも統治にも優れていたという。
「勇者はかなり高度な神聖魔法も使いこなしていたらしい。獣王陛下に負わされた傷も全く無かったように治したとか。一種の化け物だよアレは」
呆れた様子で男は首を横に振り、肩を竦める。
「勇者殿がもう少し早く生まれてくれていればお前の呪いも解けただろうに」
「それは仕方ないさ。今更な話だ」
男は苦笑して首を横に振る。
獣王国とでは敵だったが、帝国とは味方だった。
帝国貴族である戦友が掛けられた邪眼王の呪いも勇者なら解けたのではないかと思ってしまう。
「お前とて一度は竜王陛下とは対峙した身、話せば喜んで呪いを解いてくれただろう。そうすれば……」
「言っただろう、今更だと。もう俺も良い歳だ。一介の小さい依代の法衣貴族でもあるから、私生活には支障もないしね」
男は既に20代半ば、決して良い歳という訳ではない。
あまりに早くその名を世にとどろかせすぎた為に、もはや昔の大偉業となって世間にも忘れられているのだ。
帝国にいる数ある英雄の一人程度である。
「じゃあ、何でいつまでも独身なんだ?お前なら結婚なんて……いや、愚問だったな」
そう言いながらもモーガンは申し訳ないように頭を下げる。。
「気にするな。俺が選んだことだ」
男は後悔など全くないと言わんばかりに誇らしげに小さく笑う。
モーガンと彼は6人でパーティを組み帝国に存在するダンジョンへ挑んでいた。
モーガンはオークとしては細身であるが、一般人からすれば十分大柄なため、盾役を務めていた。
対する共に並び飲みかわす友は斥候であった。戦場において目立つタイプではないが最強の冒険者パーティとなった彼らのリーダーでもあった。
そしてダンジョン最奥にいる魔神の眷属、邪眼王バルバロスが呪い系統や魔法系統によった戦闘方法をすることが分っていたので、魔法耐性装備を揃えていて、呪い耐性を持つリーダーであり斥候職の彼がこの戦いに限って盾役を務めていた。
そして彼らはバルバロスを倒すと同時にパーティを解散する事となった。
実質的なパーティーの中心人物がその戦いで死んだからである。
その男にリーダーという大役を任されていたのがモーガンの横に座る彼であった。
王族や英雄といった個性的な面々を統率できる稀有な彼を、モーガンは尊敬していた。
英雄たちに憧れていた多くのパーティメンバーの中でも最も統率者らしくない振る舞いをしているが、長らくパーティを統率できたのは彼の力である。
邪眼王の呪いによってスピード型戦士である彼の動きが恐ろしく遅くなってしまい、ダンジョン攻略により貴族に序されたものの、子をなす事さえできない体になった。
モーガンをして、尊敬していた人族の男がただの冒険者上がりの太守代行程度で終わってしまったことに納得の行くものではなかった。通常の冒険者なら大団円だが、彼の能力を考えればそんな終わりは余りにも分不相応だった。
彼の呪いが解ければ、勇者の座は違っただろうとさえ思えるほどに。
昔の事を思い出してモーガンが悔いを露わにしていると、彼ははっぱをかけるように口にする。
「あんまりしんみりするなよ。お前の最後かもしれないのに」
「俺の最後だと思って飲んでる奴がしんみりしないのはどうなんだ!?」
「はははは、違いない」
男は過去の事など気にしてないかのようにゲラゲラ笑う。
そして話を変える。
「王家やヴィンにいろいろ頼まれてこちも忙しいんだ。お前が付いてきてくれって言ってくれるなら、喜んで一緒に行けるのになぁ。良い言い訳になったのだが」
「ヴィンもヴィンで大変そうだな。まあ、仮にも皇子だからな。仕方ないか」
「種馬皇子だけどな。まさに仮だ、仮」
「「ハハハハハ」」
二人で酒のグラスを合わせて大笑いする。
かつて共に冒険をして偉業を成し、現皇帝の弟が反旗を翻した時にも一緒に戦った戦友である。
現皇帝の次男であり妾姫の子供がヴィン、本名をヴィンフリート・フォン・ローゼンブルクである。家を出て冒険者になり名声を手にした帝都の人気者でもある。
ただし、顔がよく冒険者時代に浮世を流し、種馬皇子と揶揄される程度に女性遍歴が酷い男でもある。
こんなのを皇帝にしたら、未来は帝位争いで大変になると、早々に彼は次期皇帝の座に就けないと皇帝陛下直々に口にしている。
それでも、帝国最大のダンジョンを攻略したパーティメンバーであり、多くの武勇伝を吟遊詩人に謳われ、現皇帝の帝位争いで活躍した英雄でもある。
そのせいで、実は帝都の民衆からは最も帝位継承者として期待されているのだから皮肉な話でもある。
「ラファエラ殿下とは会ったのか?」
モーガンは話を変える。
「『勇者様を殺したアルブムを討つべし』と物騒な事を言っていたね」
「ヴィンの妹は相変わらず過激だなぁ。いや、皇帝一族が過激なのか?」
「賛同するタカ派の貴族が出て来て、皇帝に最も近いエリアス皇子があまりにも酷いから、英雄となったラファエラ皇女を担ごうとする勢力が出てきているくらいだ」
帝位争いは非常に厳しいものとなっている。
最初から末弟のエリアスに決まっている筈なのだが、あまりにひどい為、元平民宮廷魔導士の令息ヴィンフリートと令嬢ラファエラの二人は一流の冒険者、一流の魔導士となり、市井では圧倒的に人気が高いのだ。
「ヴィンも皇子として働いているというが、苦労してそうだな」
「唯一の同腹の妹だから担ぎ上げられるような事をさせないようにしているみたいだがな。ラファエラ殿下はアルブムを下せるなら皇帝になるのも構わない勢いだ」
男は呆れるように溜息を吐く。
「ヴィンは本当に女にだらしない奴ではあるが、それ以外は意外とまともなんだよな。お前もエレオノーラ殿下と出会う前は一緒に食い散らかしていた口だが」
「コホンコホン。呪いに掛かってからだ」
モーガンの指摘に貴族となった男は咳払いして首を横に振る。
「馬鹿を言うな、呪いに掛かる前とエレオノーラ殿下と和解してから最後にダンジョンへ潜る間、お前は明らかに女を避けていたじゃないか」
「ラストミッションを前に準備で忙しかったからじゃないか?」
ふと男は過去の事を思い出す振りをして口にする。
「政治なんて関わりたがらないお前が、皇太子だったかつての皇帝陛下を助ける為に堂々と首を突っ込んだのだって負けたらエレオノーラ殿下の命が危ないからじゃないのか?」
「……そういう細かい事を見ているから、最強のオークのくせにもてないんだ。オークのレディにな」
「グフッ」
一々過去の事を取り出されると面倒なので、男はモーガンの一番痛い所を突きに行く。
話を逸らす様に男は違う話をぶっこみ、モーガンはテーブルに突っ伏す。
最強のオークとして大陸でも名高い冒険者に成り上がったモーガンは種族としてオークロードにまで進化した猛者である。しかも人間から見れば美形のオークで、英雄譚にも語られるような存在だった。
だが、オーク目線からすると男らしさが足りない。細かい事に気にしすぎる。顔がなよなよししている。ふくよかでない。などとあまり評判がよくないのである。
オークの美的感覚はそれこそ人間が思い描くオークらしいオークが好まれるのである。
人間であれば凛々しく、気遣いが出来て、美しい容姿でスレンダーだと言われるところだが、そうはいかないのがオーク業界であった。
「それでも故郷を救うのか?」
「確かに俺には何の得もないかもしれない。だが、故郷を蹂躙されて黙っている訳にもいかない。故郷の仲間を解放し、連邦本国へ連れ帰る。その為の力だろう?」
「死にに行くようなものだ。数の暴力の前には無力だぞ。当てはあるのか?一人で救うには数が多すぎる」
「獣王様もエミリオ様も誇りを示して皆を守って亡くなった。ならばオークの危機に俺が示さねば恥ずかしくあの世で詫びる事もできまい」
オークの男はかつての上司を思い、強くこぶしを握る。
戦争時には冒険者を一時辞めて、獣王と肩を並べて共に本国を守るために戦った。だが、勇者に蠅でも払い落とすかのように軽く手を振るわれ、一撃で気絶し戦線から外れる羽目になったのだ。
これ以上矜持を壊された事は無い。
だが、後に帝国に行き、聞けば勇者は出来るだけ人死にが起こらないように戦っていた事を知る。
本気で殺し合うつもりだった自分がバカに思えるほどで、彼はほとんどの獣王軍を殺していない。実際に勇者に剣で切り殺されているのはたった二人だった。
獣王と三勇士のエミリオだけだった。それ以外の死亡者は王国軍によるものか、吹き飛ばされて着地に失敗したり当たり所が悪かった者達だけだったらしい。
獣王は指導者であり、エミリオは膨大な従魔を操る従魔士であるため、軍の最高指導者ともいえる立ち位置だ。
その二人を倒さねば止まらないから殺した。まさに最小限の被害で戦争に勝利したという事だ。
格の違いだけを思い知らされたのだ。矜持を持てるほど自分は勇者に対して何も持っていないと教えられた気分だった。
オークロードになろうが、上には上がいるのである。
実際、若い頃に三勇士に挑んで負けているのだから。オークロードになった今、再び挑みたいという思いもあるが、今更だと思っている。
「獣王国は大変だな。南にアルブム、西にベルグスランドと攻め込む国が多いからなぁ。獣王国は基本的に他国へ侵略せず、専守防衛だしな。帝国と不可侵条約ではなく安全保障でも結ぶべきだと思うが」
「何だかお前は本当に貴族様になったんだなぁ」
政治家らしい目線で連邦獣王国を表するかつての戦友の言葉を聞いて溜息を吐くように感嘆する。
「そうか?昔からこんな感じだった気もするが」
「違いない。帝位争いの時にあの宰相に自分の後継者にスカウトされた男だもんなぁ」
「辞めてくれ。お前らみたいな問題児がいる冒険者パーティだけでも腹を痛くしていたのに、それが百万倍に増えるなんて考えたくもない。貴族として後ろ盾も無いからな。今だってアイゼンフォイア太守殿の不正疑惑を極秘裏に調査しているんだぞ。さらには町興しをしろだとか忙しいことこの上ない。収穫期に入り更に忙しいというのに。何で弱小貴族が侯爵閣下の不正を調べないといけないんだ。………はあ、冒険者にもどりたい」
ぐったりと男は溜息を吐く。
「帝国は強い訳だ。何だかんだ理由をつけて有能な人間は絶対に離さないからな」
カカカカと笑うオークの大男に貴族になってしまった友人はげんなりとしながらグビグビと酒を飲む。
「そう言えばモーガン」
「なんだ?」
「巫女姫殿の件だ」
男はちらりとオークの大男を見る。
「ああ、追放された巫女姫殿はお前の情報網に引っ掛かったか?それがずっと気がかりだったのだが」
「俺が太守代行として治めているここで普通に暮らしているぞ」
「ブーッ!……はぁ?おま………、え?」
モーガンは余りの事に動揺し口に含んでいた酒を噴き出してしまう。ゴホゴホと咳をして落ち着いてから、目を丸くして友人を見る。
「勇者との戦争後、連絡が無かったし、どこにいるか分からないから連絡も取りようが無かったんだよ。どうも亡き獣王陛下からも巫女姫の保護のために近隣国家の獣人達に伝書鳩を飛ばしていたようだ」
「……獣王陛下は何でまたそのような…自分が追い出したのだろうに。あの方は巫女姫殿を嫌っていたのは皆が知っている事だ」
「雑貨屋を営む獣人老夫婦が巫女姫殿の娘を保護してる。我が国では義務教育制度があるからな。彼女は多くの友人に囲まれて楽しそうにしていたよ」
「そ、そうか。………思えば巫女姫様の山、ホワイトマウンテンは人がいないからなぁ」
「思うに獣王陛下は、獣人の為に巫女姫を安全な場所として何もない場所に押し込むことが嫌だったのではないか?なんだかんだで獣王国は巫女姫の下から自立できてなかった。彼女の威光があるから連邦の王だったわけだ。形式で言えば獣王は巫女姫より獣王を授けられるという国だったわけだろう?彼は巫女姫を解放したかったんじゃないか?」
男は獣王国の欠点を突く。巫女姫という存在に依存しているのは確かだった。
「む」
「国としての自立、そして初代巫女姫様の娘にまでその不自由なき生を押し付けるのが嫌だったのではないかな?獣王という人となりは知らぬが出来た人間だったと聞いている」
「……かもしれぬな」
モーガンは男の言葉に俯く。
過去の獣王たちはとにかく強いものだったと聞く。が、前獣王は豪放だが知力に長けた猛者だった。
「ま、適当なところで俺も貴族を返上して自由な冒険者に戻るから、お前、死んでも帰って来いよ」
「死んだら帰ってこれないだろが。あとお前と巫女姫様を一緒にするな。不敬だ!」
ゲラゲラと笑い合って二人は飲み明かす。
もしかすると最後になるかもしれないからだ。
***
それから1か月が過ぎた。
人間のような優し気な顔立ちのオークロードの戦士モーガンは巨大なバトルアックスと己の巨体ほどもある大盾を背にしながら多くの獣人たちの戦士と落ち合っていた。
落ち合った場所は大森林の南端、ちょうどオークの仲間たちが収容されている巨大な牢獄が見渡せる小高い丘の上だ。
「あそこに5000ものオークたちが捕縛されていると?」
「ああ。出入口は東西にある城門が一つずつ、要塞自体はほとんど駐留している連中の居住区で囚われたオークは地下の巨大牢獄にいた」
「一般兵士は奴隷にする為に捕縛していたらしいが、どうも様子が違うらしい」
森の中から双眼鏡を持ち、モーガンは同胞の犬人族の男から情報を貰う。
実際に目の前にそびえたつ城のごとく巨大な要塞。そこにはオークたちが5000近くも幽閉されているらしい。
その巨大要塞は他にもまだ建造されている最中である。
もしかしたらもっと捕縛しようとしているかもしれない。
「生きているのか?」
「生かさず殺さずだ。奴隷にするというのは建前で、どうも何かの儀式に使おうとしているらしい。恐らくは生贄の類だ」
「生贄だと……」
あまりの事にモーガンは驚き開いた口がふさがらない様子だった。
モーガンの知る生贄を使った儀式というのは相当に悲惨なものだったと、かつての戦友に聞かされていた。
同じ冒険者パーティで唯一の金剛級冒険者でもあったミロンという英雄のエルフがいた。
彼は400年前の邪神大戦の英雄で邪神召喚に10万以上もの人間が生贄にされたという。当時は今より人口も少なかった為、かなりひどい状況だったという。
その結果、魂が邪神に食い散らかされて、世界の輪廻から消えたという話だ。
邪王も邪神も打ち滅ぼしたがその被害は100年もの間文明を遅らせたとも言われている。それほどの被害を出していた。
まさか同じものとは思えないが、それほどの惨事によって同胞を散らせるなど我慢もできなかった。
「しかし5000も逃がすにはどうすれば……」
「偵察の話だとさらわれたオークたちの片足の腱を切られているらしい」
「!」
奴隷にするというならば脚の腱を切る必要はない。奴隷として仕事をするには不便になるからだ。
オークならば護衛や用心棒のような奴隷にする事が多い。動きの悪い護衛など邪魔なだけだ。
故に、生贄に使うというのは冗談ではなく正気のようだ。
逆に言えば、それを国がやっているという意味からすると、国が正気の類には思えない話でもある。
アルブムの前身であるメシアス王国が邪神召喚を行ったが故に世界中の敵となり滅んだことを彼らが忘れたとは思えない。
更に問題はあった。
オーク達を助けても先の見えない戦いになるのが明確だった。動きの取れないオーク達を救うのは足手まといを5000連れて逃亡しなければならないという事。
今、助かっても、片足の不便なオークたちは狩りもこなすことが困難だ。
生きていく未来が描けない。
助けたところでどうすれば良いかと悩ませることになる。
「……どうする?」
「調べた範囲では地下空洞に5000人を詰め込んでいて、上の要塞はむしろ防衛施設と捕えられた者たちの飲食を作る程度の簡素な作りのようだ」
「侵攻自体は難しくなさそうだ。外からではなく内側の獣人を外に出さない施設というのが正しかろう」
「とはいえ、5000も逃がすには人手が足りない。少なくとも運ぶ人間を含めて万は欲しいが……」
「一度、引き返すか?」
「だが、奴らの襲撃から1月以上も経つ。本国の方は猫姫殿や狼王殿が撃退したが、奴らが軍備を整えて侵攻を開始したらここが厳しくなるのは否めない。違うか?ここは既に敵国の中だ」
いつまでもここで滞在するのは自分達もリスクが伴う。
要塞には駐在している兵士以外にいないというならチャンスとも言えるだろう。
「ああ。今が一番手薄と言えばその通りかもしれない」
「救出に来たメンバーを集めても100人といない。無駄に命を散らせるわけにもいくまい。だが………」
ギリギリとモーガンは悔し気に歯を軋ませて拳を握る。
確かに同胞たちから変わり者と言われて故郷を出て行ったモーガンであるが、共に生きていた仲間でもある。その仲間達の人生を弄ばれて我慢できるほど人が出来ている訳でもない。
そんな中、オーク兵の生き残りの一人が嘆くようにポツンとぼやく。
「それよりも助けた仲間の今後はどうすれば良いか」
「それは助けた後に考えるべきだろう」
「そ、そうだな」
オークは余り物事を考えるのが得意ではないので、モーガンはある程度どうにかなる自信があるから、大雑把に答えて仲間に考えさせるのを辞めさせる。
モーガンは絶望的な中でも自分が帝国の伝手を使えば回復方法を融通できるのではないかと言う目論見があった。
かつて共にした冒険者パーティ<銀の剣>は皇子もいれば貴族もいるし、英雄のエルフもいればその位の怪我を治せる神官兵もいた。コネも力を持っている者が多数いる。
連邦獣王国の属国であるマーレ共和国は回復魔法に長けた者も多くいる。
助けてしまえばどうにかなるだろう。
そんな中、一人の男がやってくる。
元三勇士の一人オラシオ・カッチェスターである。
強靭な肉体を持ち、獅子の鬣のような髪と髭を生やし、鋭い野生の獣を彷彿させる顔立ちはまさに獅子王と呼ぶにふさわしい風格があった。
「久しいなモーガンよ」
「獅子王殿」
「今の俺はただのオラシオだ。まあ、空いた穴を次代が埋めたというのに、未だ獅子王扱いではあるのだがな。困ったものだ。とは言え、オーク独特の進化を成し、オークロードへと成り上ったにも拘らず故郷を出たが故に、ただのオークに甘んじている貴殿に敬われてもな」
オラシオは苦笑する。
「今の状況はご存じで?」
「ああ。だが、猫姫殿の使いが救出に手を貸してくれると聞いている。到着は明日だ。それまでにあの要塞を落とす」
「猫姫様が?」
モーガンが思い出すのは男勝りの小娘だ。
従魔士一族の家系で、自分よりも歳が若いにも関わらず、とんでもないじゃじゃ馬だったという認識があった。当時は10代前半かその位だから当然と言えば当然だが。
「うむ。エミリオを失ってからは随分と大人しくされていたが、襲撃を受けてからというもの、昔以上に精力的だ。元より三勇士唯一の従魔士家系に生まれながらも従魔士の素質もなく腕力で三勇士に肩を並べられていたお方だからな」
「さすが、という事でしょうか」
「彼女がどうにかするというならどうにかしてくれるのだろう」
大雑把なオーク達は何も考えて無さそうだが、仮にも猫姫殿は従魔士の家系なので運送用の魔物を連れて来てくれるだろうと推測できた。
「しかし他の種族達が来ても一人で支えて運ぶのは困難。少なくとも倍の人数が必要でしょう。片足の腱が切れたオーク5000の救助は時間が掛かる。食料問題も出る。守って逃げるにはさらには人数が必要だが、我が国にそこまでの武力は無い筈だが?」
「俺達は早めにあの連中を叩き潰せば良いだけだ。後は猫姫殿の救援を待とう」
計画性がないのはオラシオも同じなのだ。
もう少し計画的に考えてほしいと思うが、獣人族はそういう所がままある。
モーガンは若干困ったような顔をするが、いざとなれば自分とオラシオの二人で殿を務めて徹底的に敵を潰すという手がある。
実際、どうにかなるだろうと考え直す。
むしろ要塞を攻める方を考えた方が良いかもしれないと気付く。
いや、とモーガンは首を横に振る。要塞に詰めている兵士の数は1000人ほどらしい。一騎当千の元三勇士が来ている以上、戦闘になれば負ける事は無いだろう。
実際、三勇士オラシオと言う男は、何度となく王国との小競り合いで1000人程度の一般兵を文字通り蹴散らして、勝利をもたらした経験があるのだ。、
問題は敵の救援が来た時だろう。
「どちらにせよ、ようするに俺達でアルブムの連中を潰すという事ですか?」
「ああ。今、要塞に詰めているのは敵軍は1000人弱だろう?モーガン、俺とどっちが多く倒せるか競争と行くか?」
ニヤリと笑うオラシオ。
彼と肩を並べるほどに強いオークなどモーガンを除いて他にはいない。故にこそ楽し気に笑うのだった。
「良いでしょう」
「お前らは包囲して逃げる奴を潰せこの辺にはどうも他にも似たような施設を建造中のようだ。助けが来られても困るからな」
「皆殺し…ですか?」
「一々、とどめを刺して殺すまでもないと思うが、この要塞から敵を出さないようにするべきだろう。相手がここを潰された事を察知するのが出来るだけ遅れた方が好ましいからな」
「なるほど」
モーガンは相手に同情する余地もないので、納得して頷く。
態々弱者を殺す事もないとは思っていても、だからとて自分たちが不利になる可能性を考慮してまで生かす必要がないとも思っていた。
戦争を吹っ掛けたのも、生贄に使おうとして同胞を捕えたのも全てはアルブム王国の人間がやった事だ。
兵士達全員がそういう意思を持っていなかったとしても、共犯者であり罰を受けるのは仕方ない事だ。まったく割の合わない罰だとしても。
「俺とモーガンでこっちから見て左右の城門を叩き壊して片っ端から殺す。そして逃げる奴らを他のメンバーで抑える。」
「はっ」
モーガンは獰猛な笑みを浮かべ巨大な斧を握り戦意を見せる。
「邪眼王バルバロスを殺した最強の冒険者パーティの1人として、その力を見せてやりましょう」
獅子王と猪鬼王という獣人族でも屈指の猛者が凶悪な笑みを浮かべて要塞をにらみつける。
***
「敵襲!敵襲だーっ!」
要塞に正面から単騎で突入するモーガンの姿を確認した見張りの兵士が大きい声を上げて仲間に知らせる。
バトルアクスを振りかざし、気合一閃。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
バトルアクスに込められた凶悪な闘気と共に振ると、斬撃が放たれて、巨大な要塞の城門を真っ二つに叩き壊す。
空から降る弓矢の豪雨を巨大な盾で身を隠しつつ、一瞬でも矢が降り止んだらバトルアクスを振り、刃が宙を切り裂き要塞の高い場所で弓矢を放つ男たちを要塞もろとも爆砕する。
モーガンの見えない要塞の逆方向からも凶悪な破壊音が響き渡り、モーガンはオラシオがやったのだと確信し、一気に侵攻を開始する。
英雄クラスでもなければどうにもならない化物の到来にアルブム王国の兵士たちは混乱に陥るのだった。
多くの人を集めて重装歩兵として道を塞ぎ、モーガンに挑もうとするが、モーガンは重装歩兵たちの盾と縦の隙間から飛び出して来る槍をかわして、斧を一振りするだけで盾がぶち壊れ重装歩兵が紙切れのように簡単に切り裂かれて絶命していく。
悲鳴を上げる兵士たちだが、敗走せずに必死に足止めをしようとしていた。
後方に待機する魔法部隊は杖を握り魔法を放とうとするが、
「うおおおおおおおおおおおおおっ」
モーガンの<咆哮砲>によって遠方にいる魔導師を吹き飛ばす。
魔物以外では使い手の少ないこのスキルがある為に、オークは魔物と誤解されている部分のある種族でもある。
オークを猪鬼として呼ばれるのはそれが理由でもある。
だがモーガンだけでなく逆側からも何度となく震動が響く。
「壊しすぎてここが滅んだら同胞が死ぬ。もう少し手加減するか」
気持ちとしては同胞を閉じ込めた場所などどうなっても構わないという想いもあるが、同胞を救い出すまでは我慢だと言い聞かせて侵攻する。
***
要塞の中を片っ端から荒らして敵を潰し、地下へと続く道でモーガンとオラシオは合流する。
2人はオークの仲間達が収容されている地下へ向かう階段を進む。巨大な地下空洞にたくさんの同胞が倒れているのが見える。
この要塞は防衛設備であり、メインは地下空洞なのは明らかだった。
牢に囲まれているが、この空洞は恐らく土魔法で掘り返してその上に要塞を作ったような構造になっている。或いは即席の要塞と作ってその地下に穴をあけたのか、そういう構造をしていた。
「侵入者だ!」
「何でここに獣人が!?であえ、であえ!獣人の侵入者だ!」
この地下空洞の巨大牢獄の牢番の2人が声を上げて叫ぶが誰もその後ろから追ってくる仲間がいないことに不審を感じる。
「呼んでも来ないぞ」
モーガンは憐れむように牢番を見下ろす。
「はあ?」
「482人、俺が殺してきた」
「なあっ!?うそを吐くな!そんなに多い訳ないだろう!?400人未満の筈だ!」
モーガンの言葉にオラシオは慌てて抗議する。
「後で逃げた連中の数を確認してみれば分かりますよ。1000人ちょっとって事だから俺の言葉に嘘がないと」
「くっ、まさかモーガンに負けるとは……いや、まだだ、オークは計算が苦手だから間違えているだけに違いない」
「失礼ですね」
溜息を吐くモーガンにオラシオは若干悔しそうな姿を見せるのだった。
とはいえ、オークが計算を苦手としているのは事実ではある。
だが、単純にここまでに辿り着く間、『敵と遭遇する数』=『殲滅数』なので、誇る事は無い。無傷で個々にお互いが辿り着いたという事を誇るべきなのだが。
「ふ、ふざけるな!侵入者がここにきて生きて出れると思うなよ!」
「うおおおおおおおおお」
牢番の二人は武器を持ち、モーガンたちへと襲い掛かる。
だが、モーガンとオラシオの怪力は武器を振るだけで相手をグシャリと叩き潰してしまう。戦いという戦いにもならず2人は先へと進む。
血だまりと遺体だけを残して。
とはいえ、目の前には牢屋があり鍵のかかった扉がある。モーガンは牢番の詰め所の中へと向かおうとすると、
「ふんっ」
ガシャンと巨大な牢屋の入り口が拉げて開かれる。オラシオが腕力でこじ開けたのだ。
「流石はオラシオ殿。どこに鍵があるのか探そうと考えていました」
「壊していい場所を律儀に扉を開けようとするとは真面目な男だな。お前、本当にオークか?」
「同胞によく言われていましたな」
モーガンは苦笑する。
色々と気遣いが出来てしまうからこそ、帝国社会に受け入れられたが、オーク社会にはあまり受け入れてもらえなかったという悲しい人生を歩んでいた男である。
オーク社会は多くが大雑把で、豪放で豪快な男がモテるのである。
気配り上手なモーガンには生き難い社会であった。冒険者になっても銀の剣に入るまではかなり生き難かったのはその点である。
「助けに来たぞ」
オラシオがオークたちに声をかけ、絶望していたオークたちは目に輝きを取り戻す。
「お、おお、オラシオ様。それにもしかしてモーガンか?」
牢の入り口の近くに転がっているオークは、オラシオとモーガンを見て驚きの声を上げる。
「ああ」
モーガン自身はかなり昔に村を出て行ってから帰ってないので誰だったか思い出せない。
「モーガン、立派になって……」
「いや、今更な話ではあるが…」
モーガンは15年も昔にオークの領地を出てから一度も帰ってなかった。
忘れられているものだと思っていた。
が、よく考えればこんな珍しいオークを忘れるのも難しいかもしれないと思いなおす。
「連邦本国から助けが来る。全員ここから連れ出してやるからしばらく我慢してくれ」
「ほ、本当か?」
「ああ。猫姫様が動かしているらしい」
「おお」
「歩ける奴はいるか?」
オラシオは周りを見るが立っているオークが一人もいない。
「全員片足の腱を切られています。歩いて食事をとりに行き、用を済ますことはできますが、歩くにしても……」
力なく首を横に振るオークの男の姿に、オラシオもモーガンも絶望的な顔をする。
確かに助ける事はできる。だが、助けた後をどうするかだ。
5000人もまともに動けないオークを養うなど困難だ。
まさか全員そうなっているなどとは思いもしなかったからだ。
「……俺の仲間にその位の欠損なら治せる魔導師がいた。頭を下げて頼めば救ってはくれると思う。帝国の女神教会の司祭ではあるが、昔冒険者をしていた頃の仲間だ。彼女の伝手を使って治せるよう動こう」
「ふむ、やはり外で生きていると伝手が広くて敵わんな。こちらもマーレ共和国からどれだけ派遣してもらえるか分からないが話はつけよう」
オラシオは己の顎鬚を触りつつモーガンの言葉にうなずく。
「とはいえ、分かってはいたが人数が多いな」
「取り敢えず人間達が砦の奪還しに来ようとしたら分かるよう、要塞の外を見張る者だけを残して彼らの食事を作らねばなるまい。今の状態では動いて逃げる事も敵うまい」
「そうですね」
頷き合う二人の男であるが、
「片足の腱を切られたと言えど、食事ならば動ける奴らもいるしどうにでもなりますよ。食材さえあれば」
オークの男がモーガンやオラシオに訴える。
捕まっていたが酷い事になっていない訳でもない。
「侵攻途中に調理場や糧秣を見つけたし、そこで今日を明かそう」
こうして要塞を確保しモーガンは周りに指示を出しながら動く。
***
どうにか明るい雰囲気を取り戻し、オークたちも食事をとる。
兵士たちの飲んでいた酒樽も取り出し和気あいあいとオークたちも話し合っていた。
「フハハハハ、それにしてもモーガンは細かい事によく気付くな」
「それが故にオークの村では嫌われ、若い頃に出ていくことにはなりましたが」
「なるほどな。とはいえ、お前のような奴こそがオークの長であった方が色々と回りやすいとは思うがな」
「私は故郷を捨てた身です。帝国で戦友が要職に就き忙しくしてますからね。国境は繋がっていなくても、帝国にて獣王国と橋渡しになれればと思ってます」
「………そうか」
モーガンの言葉にオラシオは獣王国だけで生きていくのは厳しいのかもしれないと本気で考える。
「何せ戦友の妹は勇者と共に冒険をしてますからね。獣王国にとどまる訳にも行きますまい」
「出て行った者には出て行ったものの務めがあるか」
「その通りです。むしろ出て行ったからこそできる事がたくさんあるかと」
すると地下の方へ駆け込んでくる仲間の獣人兵たちがやってくる。
「大変だ!オラシオ様、モーガンさん。南方よりアルブム軍が集結しています。恐らく近隣に作られている場所から護衛兵が出ているのかと。あちこちより集結しているようです」
「ちっ、折角休めるというのに無粋な連中よ」
舌打ちをしてオラシオが立ち上がる。モーガンも続いて立ち上がり、地下から上へと向かう。
自分たちが壊した要塞の城門の上に登り、南方を眺める。
夜ながらも灯がついているのが分かる。まだ遠いが半日で個々にたどり着くだろう。夜営の準備をしているようでアルブム王国軍の動きは少ないが、軍がその夜営場所へ向かっていくのが分かる。西から東から南方から。軍が集まってきていた。
「くははは、たった二人に落とされた要塞を取り返す為に、万はくだらない人間を集めるか?」
大笑いするオラシオの姿にモーガンは頭痛を隠しきれなかった。
ここは青ざめる所だろうとモーガンは呆れたように元三勇士という英傑の後ろ姿を眺める。
否、だからこそ三勇士だったのだろうとも思いなおす。
一流の戦士、世界屈指の冒険者となったモーガンであるが、やはり連邦獣王国の大都市カッチェスターの名を冠する獅子王だった男は別格なのだと思わせられる。
ただの戦士である自分とは違うのだと。
「とはいえ、ここで逃げるのも一手かと。何せ彼らはオークたちに生きていてもらわねば使い道がないですから」
口にするのは部下の一人。
オラシオはつまらない案だと腕を組み考える。
「生贄に使うという話、いつ準備が出来るのかが読めない。もしももう準備が整っていたらどうする?今までたまたま準備が出来て無くて何もしておらず生かしたままだが、我らが引いた直後に儀式が行われたら後悔してもしきれぬ。違うか?」
「そ、それは………」
モーガンの言葉に仲間達も口をつぐむ。
「くははは、やるしかなかろう。3年前の勇者との戦争では全く持って不完全燃焼だったからな。暴れ足りぬのよ。仲間を守るために命を燃やす。隠居したジジイには丁度良い敵の数だ!クハハハハッ!」
「それは私も同じです。勇者には軽くいなされて気絶させられただけで戦ったという実感さえありませんでしたから。獣王陛下を守る立場でありながら守るどころか何の足止めにも役にも立たなかった」
モーガンは苦笑して首を横に振る。
オラシオは目を瞑り頷く。
「獣王様とエミリオが命を捧げ、勇者の心を動かしたお陰で得た平和だ。王国は勇者を謀殺して何も知らない顔で攻め込んできやがった。誇りも知らず恥も知らない連中を許すつもりはない。侵攻を聞いてウルフィードが軍を集めて避難民を助けに出たように、俺も王国には腹が立っている。勇者は良いさ、奴は強く俺達に勝った。獣王様やエミリオを殺したことに関しては腹立たしい想いもあるが戦士が戦士と戦い、勝ち負けがついただけの話だろう。納得するしかねえ。納得できねえのは俺の弱さだ。だが、戦いもしないで美味しい所だけ頂こうって言うクズは許さねえ。俺は勇者に見逃されたこの命を、アルブムと戦い同胞を救う為に使いに来たんだ。ここはオーク達を守る戦いだ。モーガンが戦うというならばここが俺の戦場だ」
「オラシオ様」
周りの獣人達はオラシオの言葉に強くうなずく。モーガンも帝国では最強の戦士と言われても自分を超える最強の獣人の背を見て強くうなずく。
「やりましょう」
モーガンは尊敬すべき元三勇士オラシオと肩を並べて立つ。
***
そして翌朝、先端は開かれた。
万を超す軍勢を前に東西に存在する城門を前にモーガンとオラシオがそれぞれが城門から侵攻しようとするアルブム王国軍を受けて立つ。壁を上って入ってこようとする
数の暴力を前にモーガンもオラシオも劣勢を強いられていた。
「ウオオオオオオオオオオオオッ」
<咆哮砲>で広範囲に破壊をまき散らし、近づく敵部隊を容赦なくバトルアクスで蹴散らす。
次から次へと行きつく暇もなく軍勢が襲ってくる。
(思えば勇者は万の軍勢を相手に、しかも三勇士や猫姫殿もいる中を一人で倒したという。獣人族の方が人間よりも遥かに強いというのにだ。勇者というのは化け物か?体力に自信もあったが、まだ1割も倒していないというのにこれでは……)
モーガンはボロボロになりながらも城門の前に立ちふさがり一人たりとも通さないと言わんばかりに敵兵を蹴散らし続ける。
あちこちに傷を負い、立っているのも厳しい状況だった。
城攻めは城門さえ超えてしまえばあとは狭い場所を何度も1対5~6を続ければ良いから楽ではあった。だが、今は一度に10人20人を相手にしなければならない。背後を気にする必要もないが前方から雪崩のように人間が襲ってくるのだ。休む暇もないだけに厳しい状況である。
戦闘はどれほど経っただろうか?
城壁を登って攻めようとする軍勢を城門の上にいる仲間が必至に落とそうとしていた。
戦いは終わりが見えない。
一体何時間戦っただろうか?
あるいは1時間も経ってないのか?積み上げられる死体は多いが迫りくる軍勢は未だ地平の奥まで埋まっていた。
(ここが俺の死地になるのか……。)
モーガンは憎き人間達の頭をバトルアクスでぶっ潰しながら戦い続ける。
冒険者時代にパーティメンバーとで金を出し合って買ったアダマンタイト製の斧だ。普通の斧であればとっくに壊れていただろう。
ここで倒れれば王国の連中にこの斧が奪われるのは死んでも死にきれない。そんな思いを胸に必死に立って戦い続ける。
「城壁、突破したぞ!」
「登れ登れ!」
城門より先に城壁を上ろうとする兵隊たちに仲間たちが押し返されてしまった。
最も不味い展開になったと悟る。
ここまでか。
モーガンは強く歯噛みして死を覚悟する。生きている限りどこまでも戦い、一矢報いてやろうと心に決めた、その時。
突然空が暗くなる。
まだ夜になるには早い。まるで空が何かに蓋をされたようにである。モーガンは戦いでそれどころではないが、やがて王国兵たちが悲鳴を上げて空を仰ぎ始める。
「ぐ、ぐ、グリフォンだ!」
「な、なんだ、この数は!」
モーガンは敵の手が止まった事で空を仰ぐと、そこにはグリフォンの群れが空を翔けまわっていた。
そして次の瞬間、戦場が破裂する。
上空のグリフォンたちによる<咆哮砲>や鳥系魔物による<空圧弾吐息>の空襲によって、王国軍の戦線は一気に乱れる。
次から次へと空爆によって王国兵たちは蹂躙されていく。
戦場が一変し、劣勢になって王国兵が戸惑っていると、一気にモーガンは周りの敵を蹴散らすす。
空飛ぶ魔物の空襲によって王国兵の一部は一気に潰走を始める。
モーガンは周りを蹴散らし余裕が出ると、即座に城内の敵を追い払おうと考える。
振り向くと城壁に登っていた王国兵達が次々と空から蹴り落とされて落ちて来る。
「全く、この程度の城壁から落ちて死ぬなど鍛え方の足りない人間ですね」
城壁を上ろうとしていた王国兵達も慌てて逃げ出す。
いつの間にか城壁の上に黒い鎧をまとった獣人の女性拳士が立っていた。普通に落ちたら死ねる距離だとは思うが、女性拳士は飛び降りて軽やかに着地する。
「オークロードのモーガン殿ですね」
「あ、ああ。貴殿は?」
「マーサ・リンクスター、猫人族の戦士です」
「猫姫殿でありましたか」
マーサは鎧の鉄仮面を持ち上げて顔を見せる。
子持ちであるはずであるが、モーガンよりも若い同年代の美しい女性であった。黒い猫耳をピンと立たせている。
「お懐かしい限りです。若く弱かった頃、戦場にて幼い猫姫様にケツを蹴り飛ばされて説教されたものでしたが、ご立派になられて」
「若い頃はおてんばでしたからね。その節は失礼したかと思います」
うわさに違わぬ淑女でもありそして超一流の戦士でもあるとモーガンは理解する。
「このグリフォンの大群、まさかグレン殿が来ていただけたのですか?」
「祖父も来ておりますが、祖父は使役はしてません。初めての戦場に従魔を連れていくとあって娘の指導のために祖父が帯同しているだけです」
「娘?たしかエミリオ殿とマーサ殿の間には10にも満たない幼子がいるとは聞いてましたが」
「はい。1月前、人間達に襲われまして娘は可愛がっていた魔獣を失ったのです。従魔士としてちゃんと鍛えていればと思ったのか、元々エミリオからも自分よりも高い才能だと太鼓判を押されていた子ではありましたが、その才能が開花してしまい、瞬く間にエミリオに匹敵する多くの魔獣を従えてしまったのです」
空を渦巻く魔獣の群れ。それをたった一人の少女が使役している。
グリフォンや煉獄鳥、ワイバーン、ガルーダ、さらにはコカトリスといった恐るべき空を舞い、魔獣の群れが上空を覆いつくすほど存在していた。
「こ、こんなん、反則だろう」
モーガンは恐るべき魔獣の群れに息をのむ。
「気持ちは分かります。歴代最高の才能と呼ばれたエミリオ並の魔物を、10にも満たない幼子が従えているのですから。私も自分の娘ながらどうしたものかと思いますよ。リンクスター家の血なのか、エミリオに似たのか」
有史以前、魔王と呼ばれた存在がいた。
獣人族が人類に迫害されるようになった切欠の存在でもある。
数多の魔獣を従えて世界を支配しようとした猫人族の男であった。
その血を受け継いでいるのが実はリンクスター一族だというのは有名な話だった。
エミリオはリンクスターの血筋でもない為、突然変異の天才だと言われていた。
ともすれば、その突然変異の天才と魔王の血統が見事にはまったとしか言いようがない。
やがて敵がいなくなると空から一体のグリフォンが降りてくる。
「お母さん!」
ピョンと一人の猫人族の少女がグリフォンの背中から飛び降りて母親に抱きとめてもらう。
「お祖父様。大丈夫でしたか?」
「ふむ、エミリオは使い方も戦い方も天才ではあったから教え甲斐が全くなかったからの。この子は0から教えられるから教え甲斐があるわい」
ホッホッホと笑いながら老人が少女と同じグリフォンから降りてやってくる。
グレン・リンクスター、3年前に亡き獣王に敗れる以前は獣王国を支配し、獣王を挿げ替える力を持っていたとも言われる老従魔士である。
「グリちゃん、ありがとーね」
「グルー」
少女は可愛いペットをあやす様に巨大なグリフォンの頭をなでる。
「才能もそうじゃが、幼い頃にエミリオの魔獣に囲まれて育ったせいか、魔獣を怖いと思っていない部分があるからの。魔獣の心を開かせやすいようじゃ。して、猪鬼王殿よ。無事で何よりじゃ」
「助けに来るとは聞いておりましたが、まさかこれほどの軍勢とは思いもよらず、いくら助けが来てももう俺は死ぬのだろうと覚悟をしていたところでした。礼を言います」
「気にする事は無い。貴殿とてもはやこの国を出て行っていたのだろう?にも拘らず勇者との戦いに戻り、今回の件でも駆けつけてくれた。礼を言うのはこちらよ」
グレンはかしこまる様に頭を下げる。
「それにしても驚きました。これほどの使い手がこんな幼子とは。新たなる猫姫殿がエミリオの後を継ぐという事でしょうか」
ゆっくりと歩いてやってくるのはオラシオだった。
「オラシオ殿、生きていたか」
「当然よ。とはいえ、この通り、少々厳しかったがな」
オラシオもまたモーガン同様体中に切り傷や矢傷などがあり、とても元気とは言えない体だった。
「本当はあまり戦闘には参加させたくはなかったのですが」
娘を心配するようにマーサはグリフォンらとモフモフしている娘を見て、悩まし気な表情をする。
「気持ちは分かります。申し訳ない」
オラシオもミーシャのような幼子が戦場に立つ事をよくは思っていなかった。
亡き獣王ならば問答無用で許さなかっただろう。
「いや、こちらも最初から殲滅するつもりで来ていれば被害も無かったはず。謝るのはこちらじゃよ。ミーシャ可愛さに戦うのを渋っていた。ミーシャが早く行って助けようと言わねばな。幼子の方がよほど肝が据わっていたわ」
「大戦力を持つエミリオを守るのが我等の役目であったのにそれも果たせず、その娘に守られるなど俺も情けない気持ちでいっぱいだがな。引退して正解だったな」
ガハハハとオラシオは笑い、己の額をペシペシと叩く。
「ねえ、小父ちゃん達。助けに来た人たちどこー?グリちゃん達が皆運んでくれるって言ってたよ」
「それは助かる。これだけいれば問題ないだろう」
20メートルはある最強の鳥型魔獣ガルーダが確認しただけでも10羽はいる。グリフォンも100頭以上いる。
「どうも飛行系魔獣と相性が良いようでな。馬系はダメだったようだがペガサスは大丈夫だったからのう」
「たくさんお友達作って、皆を守ってあげるね。ピヨちゃんの時みたいに悲しいのはもう嫌だから、頑張るの」
とミーシャはやる気に満ちていた。
「そうね、頑張りましょうね」
ミーシャの頭を優しくなでるマーサであった。
こうして、囚われたオークたちは解放され救われたのであった。