10話 ヒヨコ神の弱点
静岡県●田市にあるホテルの一室に30人の陰陽師がやって来ていた。
それを纏めるのは陰陽師界のプリンス・土御門晴斗だった。その補佐に立つのは背の低い禿頭の老人、幸徳井智徳である。
「この3か月、調査員からの報告では現人神である沖田は英霊・岬に張り付いて護衛をしている。英霊の格を持ち帰った岬であるが、所詮は女子供だ。我ら陰陽界のエリート達からすれば造作もない」
幸徳井は語る。
周りも納得している様子でうなずいていた。
「問題は神格を持って帰った現人神となる沖田の方だ。晴斗殿」
幸徳井はその段階で話を晴斗に振る。
「私の婚約者である倉橋からは『剣の権能を持つ神』である事が説明を受けている。曰く、……内に秘めた魔力を活性化させて何でも斬るのだそうだ。戦いのときに山を斬り谷を作り出したとか。その気に成れば次元も斬る。場所さえわかれば、遠距離でもばっさりだろう」
晴斗の言葉に全員が言葉を失う。
仮にも神の権能である。相手は現人神だから神であっても人間、どうにでもなるという甘い希望が一気に萎む。
どうやってそんな化物を相手に戦うのかという悩みが透けて見える。
「ふぉっふぉっふぉっふぉ。青いのう。場所が分からねばいいのであれば、姿を見せねばいい事よ。呪力に対する感度は低いと聞く。だが我らは式を用いて遠距離から見る事も出来るし遠距離から攻撃も出来よう」
「あともう一点、赤いヒヨコがいるが、あれは異世界から同時にやってきたヒヨコの神なのだそうだ」
ヒヨコの神って何?
全員が疑問に浮かべるのは仕方ない事だった。晴斗とて真奈美に説明を受けても理解できなかったのだから。
「念話が使えるし、魔力感知能力で沖田を補うとか。どのような権能かは触れられていないけど火を吹くとか空を飛べないとか、その前学校の校庭で猫に齧られて泣いてたと説明を受けている」
晴斗は説明が萎んでいく。真奈美から雑談程度にしか聞いてないからだ。
真奈美が彼らへ手を出すのを否定派だった為、自分を動かすための人質にされてしまった。本気で手に入れるなら、彼女の情報が欲しいところだった。
だからこんな情報しか開示できない。
この3か月、幸徳井らが捜査してもヒヨコは“姿が変わらず”“猫に引っかかれて泣いて逃げる”ような哀れなほど普通にヒヨコだった。
火を吐くというのも真奈美からの情報だ。
ヒヨコ神ってどうなんだ?
ヒヨコの神様駄目じゃね?
魔力感知が鋭いのは一応危険なのでは?
案の定、みんなで微妙な顔をしていた。ヒヨコが残念な子扱いされていた。情報不足は否めない。
「問題は魔力感知が優れてるという事だ。魔力感知の高いヒヨコが現人神に対し、どこに逃げたかを伝えられるのは厄介ごとになりかねん。だが神であろうとヒヨコはヒヨコ。白虎の式で屠れるか試してからでも遅くはあるまい。」
幸徳井はそう言って笑い、周りは緊張した様子で頷く。
「今回の作戦は、英霊と現人神の分断、英霊の殺害とその魂の捕縛だ。そして神にその姿をさらさずに撤退だ。現人神に対して英霊を人質にとって駆け引きをする。まずはその準備に取り掛かる。」
晴斗の言葉に全員がうなずく。
「明日、作戦を決行する。対象英霊は夏期講習に通っている。その間だけは神の防衛がない状況にある。我々は神を物量で襲撃し、分断し英霊を確保する。ヒヨコは家にいるはずなのでそちらはそちらに式を仕掛けろ」
「はっ」
「絶対に姿をさらすな。神は危険な権能を持っている。人の形をしていても神は神だ。人間とは思うな」
「はっ」
陰陽師達は気合を入れる。
だが、彼らは知らない。ヒヨコは冗談みたいな手で敵を完封する最凶最悪の神だという事実を。何せ本鳥に自覚がないのだから。
***
そんな翌日、黒服の怪しい集団がホテルから予備校付近へと移動し、それぞれが配置につくのだった。
『こちら監視班A。式にてターゲットは予備校施設にはいったのを確認。予定通り、人払いの結界を展開します』
『こちら監視班B、式にて神が予備校付近に来たことを確認。英霊は予備校内で講義を受けている模様』
「わかった。人払いの結界の効果が出次第、神への襲撃を仕掛けよ」
晴斗はそう命じて他の報告を待つ。
『こちら襲撃犯C、ヒヨコは沖田家にて一羽で留守番している事を式にて確認』
それぞれが人型の式を使って状況を確認していた。
百合は予備校にいつも通り通い、予備校付近で百合の護衛をしている駿介がいて、お留守番をしているヒヨコが残されていた。
『襲撃班Cですが、ヒヨコが家の外に出るのを確認しました。襲撃いたしますが良いでしょうか?』
「外に…一羽で?家をあけっぱなしなのか?」
晴斗も幸徳井も一瞬どういう状況か理解できなかった。
『ジャンプしてカギを蹴り上げて、窓のへりに手羽をかけて器用に窓を開けて外に出てますが……。さっきまでテレビの前でビデオディスクを入れ替えて、アニメを見ながらポテチをぱりぱり食いながら横になっていました』
それはヒヨコなのかな?ニートのおっさんじゃないかな?
晴斗は少し考えこむ。魔力感知が高い割には無防備すぎないかと首を捻る。
晴斗が悩んでいるので幸徳井は先に命じてしまうのだった。
「襲撃を許可する」
***
ヒヨコは一羽でポテチを食べながらアニメを見ていた。今日見ているのは駿介の持っている過去のアニメ集の一作だ。陰陽師が動いているそうだから陰陽師系で攻めてみた。
一昨日は双●の陰●師、昨日は●年陰陽師、今日は東●レイ●ンズである。
今日のアニソンはとても良かった。何故だろう、転生勇者ならぬ転生ヒヨコたるピヨちゃんの心に何かがともった。
はじめから『飛べない』とか始まったあたりが胸熱だった。
過去の自分を思い出して涙がちょちょ切れそうだ。後期の主題歌も同様に、羽撃たいたり、飛び立ったり、過去から未来とか運命とか、もうヒヨコの主題歌ではないかと思ってしまう。
最凶ヒヨコ伝説が今日から東京ピヨチャンズに題名変えてもいいのではないだろうか?
東京銘菓ひ●子ではないぞ?
閑話休題、ヒヨコは駿介が突込みお姉さんのストーキングをするために出かけているから割と自由である。
外に出たいと思えば、人さえいなければ簡単に出れる。お母さんやお父さんには見せられないが、ヒヨコはムーンサルトキックで窓のカギを蹴り開けて、窓を手羽で抑えてヒヨコの体一つ分を開けて外へと飛び出す。
そう、ヒヨコは上機嫌である。何が来ても勝てる自信があるのだ。
うちの近くを縄張りにしているヒヨコをかじったタマへの報復をするチャンスがやって来たのだ。齧ってごめんなさいを言わせるのだ。
アニメを見てヒヨコは確信した。今日のヒヨコは勇者でも忍者でもなく陰陽師ヒヨコ!
大白虎さんを召喚してあのタマをやっつけるのだ。そう、陰陽師ヒヨコは偉大なのだ。そのためのシキガミというのも一生懸命水性マジックで書いてみた。
ピ~ヨピヨピヨ、何が来ても勝てる気がする。タマ、バッチコーイ!
ヒヨコは上機嫌に家の庭に飛び出し、ヒヨコ体操をしながらウォームアップ。
暫くすると、何故かそこに大きくて白い虎が現れた。
巨大な虎はグルルとのどを鳴らしながらヒヨコを見下ろしていた。
「ピヨヨーッ(タマよ!?まさかヒヨコの陰陽師覚醒に気付いて、ヒヨコを倒しに来たとでもいうのか!?)」
おかしい、タマが大きくなってヒヨコの前に現れるとは!?
もしかしてタマはパトラッシュと同じ術を持っていて、実の姿がそれだったのか!?おんみょーじヒヨコの前に立つというのか!?よろしい!ならば
「ピヨピヨピヨヨーッ(急々如律令!出でよ、白虎!)」
手書きのびゃっこと書かれている紙を取り出してみる。何か起こるような気がする。
………
目の前の白い虎になってしまったタマが右前足を持ち上げて振り下ろす。
ガリッ
「ピヨヨーッ!?(やはりだめなのか!?それっぽい感じの雰囲気とおんみょーじっぽいお札を手書きで作ってみたのに何も起こらない。くう…所詮は中二病ごっこだということか!?12歳前後のヒヨコならば中二病ごっこはむしろ成長だと思ったのに!)」
痛みでヒヨコはころころと転がる。
なんということでしょう。ヒヨコの左目あたりに三本の爪痕が。これでは赤い羽毛と相まって四皇の赤い髪の人みたいになってしまったじゃないか!?
タマよ、どうしてくれるのだ!
ハッ、言ってみればむしろ好都合?
声も高い声から低い声に変ったような気がする。あの赤髪の人と同じ声に!
んっんっ……あーあー……
認めたくないものだな、若さゆえの過ちというものを
………うん、知ってた。いつものヒヨコボイスだった。勘違いかぁ。残念無念である。
ヒヨコが困っているのにタマはまだぐるぐる言ってヒヨコに襲い掛かろうとしていた。まるで大白虎さんのような俊敏な動きだ。
シロより小さいくせに生意気だ。だが、今のヒヨコは普段のヒヨコの10分の1スケール。この体格差、イグッちゃんとヒヨコ(1分の1スケール)に近い差があった。
ヒヨコが飛び跳ねて逃げていると背中に何かが当たる。
「にゃにゃっ!?」
なんとそこにはタマがいた!?
前門のタマ、後門のタマ? タマよ、お前、分身の術までマスターしたのか!?
ニャーと鳴く後方、ガルルルルルと唸る前方。
ヒヨコは気付いた!前にいるでっかい大白虎モドキ君はタマじゃなかった!騙された!?
「ニャッ」
ガリッ
「ピヨヨーッ」
後門のタマからの爪に引っかかれてしまい、ヒヨコは痛みに悶絶しごろごろと転がっていた。
転がりながら大白虎さんモドキ君の攻撃を華麗にかわす。ゴロゴロかわす。偶々かわす。タマ、だけに。
ピンチだ。なんてこった。ヒヨコにとって天敵が現れた。
ヒヨコのライバルといえばてっきりシマエナガだと思っていたのに!
シロの次はタマと大白虎さんモドキときた。
そうか……ヒヨコにとっての天敵とは白だったのか!紅白歌合戦でも確かにヒヨコはオスだけど紅組だ!タマは白組だ!カラーリング的に。
ヒヨコの紅組のトリはミーシャに任せる!そうすれば数多の獣を寝返らせることが出来るはずだ!そうすれば大白虎さんもシロも多分タマも紅組に転向せざるを得なくなる!
勝てる。勝てるぞ。
何?日本にある紅白歌合戦でもトリはMI●IAだと!?
ならばトリはミーシャではなくヒヨコが務めようじゃないか!
そう!トリ、だけに!
「ニャーッ!」
ヒヨコが気を抜いた隙にタマが襲い掛かった。ヒヨコは慌てて頭を抱えてしゃがみ込む。
タマはヒヨコを飛び越えて大白虎さんモドキの前へと!
だが、大白虎さんモドキは右前脚を一閃、タマは鮮血を飛散させて地面に倒れる。
「ピヨヨーッ(タマーッ!?)」
鋭い爪で腹までバッサリと切られて地面を赤く染める。中に入っていた血をすべて地面に垂れ流すようにタマは倒れて動かなくなっていた。
ヒヨコはタマに駆け寄る。タマの亡骸を見下ろして呆然としてしまう。
何故、タマが殺されたのだ!?
こんな事があって良いのか!?許さん、許さんぞ!
おのれ、大白虎さんモドキめ!ヒヨコを怒らせたな!
短くもタマとの思い出を振り返る。
出会いは突然だった。我が家に侵入したタマが鳥籠をひっくり返してヒヨコを取り出そうとしたのが出会いだった。ヒヨコは必死に籠の出入り口をふさいで難を逃れたものだ。
街中を歩いていると突然背後から襲い掛かってきて齧られて危うく死にかけた事もあった。
時に駿介の左肩に乗っていた所、駿介がタマを愛でようと手を伸ばした瞬間、駿介の肩に乗っていたヒヨコに襲い掛かられた事もあった。必死に逃げても追いかけてくるタマの恐ろしさは、まるで大魔王からは逃げられない勇者の気分を味あわされたほどだった。
………………
うん、あんまり良い思い出がないぞ。むしろヒヨコが一方的に餌として虐められていた記憶しかない。
むしろ、これで万事解決のような?
ヒヨコが倒れているタマを眺めていると大白虎さんモドキがヒヨコに爪を立てる。
だが、ヒヨコはウィービングでひょいとかわす。だが少し甘かったようで頭頂の赤い羽根が切られてしまい、ひらりひらりと地面に落ちる。
一陣の風が吹いて、ヒヨコの羽が流されてタマに引っかかる。
タマが光り輝いて傷が一瞬で塞がり何事もなかったかのように起き上がるのだった。
「にゃう?」
なん……だと?
ヒヨコの頭頂の赤毛の威力半端ないな。この地球だとヒヨコの無双感がすごい。だが、起き上がったとたんにタマはヒヨコへと襲い掛かる。
ヒヨコは慌てて横に飛んでタマの攻撃を回避する。
「ピヨヨーッ」
恐るべしタマ。
故意ではないにせよ、生き返らせた恩鳥たるヒヨコを狙ってくるとは、どういう教育を受けていたんだろうか?
これではゾンビアタックが可能になるではないか?
倒しても倒しても生き返らせてしまうヒヨコが何度も襲われるという悪夢。
ヒヨコはタマと大白虎さんに狙われて大ピンチとなっていた。