4話 オカルト世界の都市伝説
「真奈美!大丈夫だったのか!?」
久しぶりに会いに来た幼馴染の青年に抱きしめられて倉橋真奈美は驚いていた。
倉橋家の分家で一般家庭に生まれながらも高い陰陽師としての資質を持って生まれた事で、小学の途中から本家である土御門家に修行の為に京都へ預けられていた事があった。
真奈美を抱きしめていた青年が京都にある本家の御曹司であり、遠い親戚の幼馴染で、土御門清明の再来とも呼ばれていた。
「な、なに?どうしたの、晴斗」
「どうしたじゃないよ。まさかこの街がこんなことになっていたなんて!あんな異世界に行ったなんて言う与太話をするからどうしたのかと思ったが、誰にも知られずに僕に知らせる為にあんなバカな事を言ったのか!」
「は?」
絶対零度の声音で真奈美は幼馴染の友人を見る。
頭おかしいと思われるのを覚悟して異世界の話を連絡したのだが、予想の斜め上に感謝腐れている事に気付くのだった。
「異世界に行っていたなんて馬鹿な事を」
「そこを信じなさいよ!冗談じゃないっての!」
「何言ってんだ、異世界なんてある訳がないだろ?」
裏界より式神を呼び寄せる陰陽師なのに何故異世界を信じないのかとツッコミたいが、真奈美も異世界なんて無いと思っていた側なので文句を言い難かった。
「そ、そりゃ、私もずっと思っていたけど、よくよく考えたら式神とか神鬼召喚とか普通にあるんだから異世界だってあるでしょ、普通に」
「そんな事よりも、この街の状況だ!」
「そんな事じゃないわよ!異世界に飛ばされた事自体が超重要事項なんだから!」
「そんなバカな話で誤魔化す必要はもうない!」
「誰が馬鹿よ!ぶん殴るわよ」
「痛っ、もう殴ってるから」
というように真奈美は既に180センチある背の高い長なじみの胸倉掴んで殴っていた。
「晴斗が聞き分けないからでしょ!」
「この街の状況の方がそんな与太話より重要な事だろうが!………ま、まさか真奈美、この異常な街に気付いてないのか?力を持っている本家や分家の人間を軽く超えた君が……そんなまさか…」
「町の状況?別に何も…………あ」
真奈美はそこでやっと気づく。というよりも異世界に行っていたせいで感覚がマヒしていたのだ。
向こうは魔法使いだらけだったから。
一般人さえも普通に魔法使いだったりする世界にいたため、魔法使いの気配に鈍感になっていた
だが、魔法使いなんてこの世界には本当に一部にしかいない。
存在が秘匿されているし、魔力が漏れ出ないように、魔術回路を隠蔽されている。何より魔力は龍脈を独占する事で一般的な魔力持ちは皆無と言える。
そもそも日本の魔術師業界の大家である土御門陰陽師家は魔術師も中々生まれなくなっており、殆どは魔術回路を子孫に移植して受け継いでいくもので、生まれつき強い力を持って生まれる事は非常にまれだった。
陰陽師も魔術師も魔法使いも技術体系が異なれど画一化されて同じものだという事が分かった現代において、秘匿されている為に天然の魔法使いは稀だ。
真奈美と目の前の幼馴染は、極めてまれな魔術適正の高い天然の魔術回路持って生まれた陰陽師だった。真奈美は本家に魔術回路を手術で明け渡す予定だったが、予想をはるかに超えて高い才能が有り、本家の能無しに渡すよりは本人が使った方が遥かに高い術者になるだろうという事で6年以上土御門本家に預けられて育っていた。中学を出て、技術的な面で卒業したので分家の当主になる事が決まり実家に帰って今があった。
「ええと、取り敢えず冷静に話をしましょう。家だと親が心配するからどこかカフェにでも行こう」
「あ、ああ……」
***
真奈美はスタバに行って、コーヒーを買ってから、席に座って呪符によって結界を張る。
「信じられないかもしれないけど異世界に行ってきたのよ」
「あのなぁ。だから…」
「ハナから信じる気がないなら良いけどね。そうじゃないと説明できないんだけど。まず、信じてくれないと話が進まないんですけど」
真奈美がジトリとした目で晴斗を睨み、露骨に胡乱な目で真奈美を見る晴斗だった。
「分かったよ。じゃあ、仮に異世界に行ってきたとして随分と早い帰りだったみたいだけど」
「時間的なロスがゼロだったからね。1年ほど行って、向こうに行ったタイミングに戻って来たからよ。大体、IDPKの存在だって知ってるでしょ?」
「噂はね。IDPK自体が眉唾物じゃないか。英国の魔術師協会が攻めてきたと言われた方がよほど納得できる」
「……………異世界に行って、そこは少ない魔力を誰も独占せずに使っているような世界でね。一般人も全ての人間が全員魔術師の素養があるのよ。ずっとそんな場所にいたから魔術師に鈍になっていたのは認めるわ」
「………!?…いや、え、……言われてみれば真奈美、君の魔術回路がかなり拡張しているんじゃないか?」
晴斗はそこでやっと気づいたのは半年ぶりとは思えない程、真奈美の魔力が拡充していた事だった。強力な魔力を補給して、魔術回路が拡充されて2~3レベル上がっているという感じだ。若手では屈指の能力だったが、これならば老人たちとも戦えるほどの魔力量だという事実に気付く。
「向こうで散々使ってきたからかしら。魔物の類が跋扈していたし、何だったら精霊が普通にふわふわいたし。条件とか関係なく、木々があれば青龍呼び放題だったし」
「魔境に一年過ごしてきたという事か?だが、この街の状況はどう説明する」
「だから、私もうっかりしてたのよ。その時、修学旅行で一緒に飛行機に乗っていた2クラスの生徒が全員そこに行って、20人ほどが向こうで得た知識と力を持って帰って来たのよね。勿論、魔力が無いから魔法は使えない。だからすっかり忘れてたけど、魔力を持ってないそれなりに使える魔術師が20人ほどがこの地に生まれちゃったのよ」
「待て待て待て、何だ、そこに行けば魔術師に天然でなれるのか?」
「辺り一帯薄くても魔力に覆われた世界だからね。魔法を使えば自然と回路が構築されるように作られていたわ。神様の恩恵ではレベルという形で反映されていたけど」
「そんな神がいてたまるか」
「三千世界の中でも上位に位置する明星の女神…って話を聞いたけど、私もよく分からないわ。ウチの副担任がIDPKの職員と教員を掛け持ちしていたのが発覚して、私はIDPKが眉唾じゃなくて実在を知ったのだし」
「は?副担任がIDPKの職員?」
「私も信じられないけど、クラスメイトに忍者はいるし、教師に魔法少女はいるし、何だったら異世界転移した行方不明だったクラスメイトまでそこにいたんだから。現実として遭遇した私の身にもなってよ。私の中のリアルが、斜め上にすっ飛んで行ったわ。ま、幼稚園の頃に親戚に魔術師の適性があるとか言われて親元から離されて育てられた小中時代よりはましだけどね」
「いや、まあ、………どこまでが真実かは取り敢えず置いて……!?」
コーヒーを飲もうとした晴斗が途端に凍りつく。
いらしゃいませーという声をバックミュージックに時間が止まったかのように晴斗は顔を青ざめさせる。背後に何かが来たと気付いたものの恐怖で振り向けないでいた。
強大な気配が動くのを感じたからだ。冷たい汗がだらだらと流れる。
「ま、真奈美……迂闊な事を…」
「あ、倉橋じゃん。何、そのイケメン、彼氏?」
イケメンなのに愉快そうな三枚目キャラのニヤケ顔のせいで、全くイケメンに見えない男が声をかけて来る。
「ピヨヨッ!」
男の持っている小さい鳥籠には赤いカラーヒヨコがいた。
「駄目ですよ、沖田君。そういう時は見て見ぬふりをしないと」
「おっと、うっかりだ。で、先生。ウチのヒヨコの事、何かバレてるっぽいんだけど大丈夫なの?」
「ピヨピヨ」
話しかけられて魂が口から出る勢いで晴斗は放心していた。
「ヒヨコって言うか、ピヨちゃんより駿介君の方がバレてる感じですよ」
「は?」
「神気駄々洩れです。ピヨちゃんの方は全く漏れていないですから」
「え、俺が原因?っと、ごめんよ」
駿介は片手でコーヒー、片手で鳥籠を持ちながら真奈美の席をすれ違って違う席に座ろうとするのだが、真奈美の張っていた結界があっさりと切り落としてしまうのだった。
「!?」
晴斗はあまりにあっさりと結界を破壊した駿介に脅威を感じて、咄嗟に呪符を懐から取り出して戦闘態勢に入る。
だが、真奈美は慌てて手を掴んで抑える。
「晴斗、ストップ。……あ、あれがさっき言った異世界に行ってたクラスメイトと、IDPKの職員だった教師…」
「………。ま、真奈美。何であれ見て平常でいられるんだ……。やばすぎるだろ。前に叔父上が泰山府君祭を失敗して神を下ろした時以上の…」
「IDPKで神殺ししてる教師と、異世界で魔神を殺したクラスメイトと、神の魂を利用して神化した自分の魂をコピーし、そのコピーが神の化身のヒヨコに生まれ変わっという、何かもう説明している自分もよく分からないけど神殺し2人と1羽だから気にしなくて大丈夫よ」
「複数の神格を持つクラスメイトだぞ?あれは人間なのか?現人神にしてもおかしいだろ」
「……異世界じゃ500年前の出来事として、英雄であり、神の使いというか神そのものと扱われていたから……地球では私達が使う式じゃ話にならない現人神だから仕方ないでしょ」
「………人間……だよな?」
「まあ、異世界に行く前から人間離れはしてたけどね」
「だが、この異常はどうするんだ?魔術師が多すぎる。こんなの他に所属してる魔術師が見たら腰を抜かすぞ。異常現象どころじゃない。魔術師狩りが行われてもおかしくない状況だ。力がないだけにな」
「私もそこはすっかり忘れてたのよ。っていうかこんな異常現象が起きてて誰も気づかなかった事が驚きよね。よく考えたら」
真奈美は改めて幼馴染が焦っている理由に気付く。
これはバレたら裏社会じゃ大事件だ。魔術師狩りがやって来ていてもおかしくない。
「そう言えば……駅を出て初めて気付いたな。あんな気配がすぐ近くに来るまで気付かなかった」
晴斗はチラリと先生達の方を見る。
「…あ、あの、先生」
「?何ですか?倉橋さん。」
「ちょっと質問があるんですけど」
「質問?何でしょう?」
コテンと藤野浅香先生は首を傾げる。
「今、この辺って魔術師が大量にいますよね。IDPKってどういう対処してるんですか?」
「…あ、もしかしてそれでそちらの方とお話を?」
「え、まあ、はい」
「大丈夫ですよ。記憶を持って帰った生徒さん達にはちゃんとマークしてますし、ピヨちゃんは魔力操作が完璧なので問題ないのですけど……駿介君は複数の高位神格持ちな上に魔力操作が全くできてないから、うっかり我々の神気を封じる結界を切っちゃったみたいで」
「「ブッ」」
晴斗と真奈美は同時に噴き出す。
「だって知らないんだからしゃーないだろ。聞いてないぞ?」
「ピヨピヨ」
「うっせーよ、未熟者言うな!」
ビシビシと駿介はヒヨコを指でつつく。
「じゃ、ウチが最近、変なのに追われてたの、そのせいなんですか?」
「多分そうですね。東アジア系魔術結社の斥候部隊でした。私のIDPKの縄張りだったのでこちらで処理はしておきましたけど……駿介君はちょっと対処が難しいんですよ」
「何で?」
「普通、神化する場合、魔力操作に長けるはずなんですけど、魔力操作ゼロのまま、高位の神格を複数持ってしまっているじゃないですか。私の上司も人間から魔術師を経て英雄神になっているんですけどそれなりの魔力操作が出来たから問題なかったそうです。でも駿介君の場合それが無いから、自分の神格でうっかり魔力や結界を切ってしまってるみたいで。剣の神格と料理の神格、豊穣の神格、征服者の神格ですからね。軍神の上司よりも利用価値が大きいだけにIDPKとしても駿介君の扱いには困っていたりします。神としては剣の神格は割とよくあるのですが、料理の神格は異なるものを別の何かに生み出す権能でもあるので最高クラスの貴重な力を持ってますし」
「マジか……」
「一応、この静岡県西部をすっぽり覆うような大きい結界を張ってますけど、この地球でも駿介君ほど強い神格を持った存在はあまりいませんから」
「あまりいないって事はいるの?そんな神格持ちの頭おかしい奴」
「ピヨッ!」
「いや、ピヨちゃんは確かに匹敵する神格持ちですけど……そうじゃなくて、というか私が保護している形で巨大な神様がここに現人神が二柱いる状態なのですが、他国では裏社会の王みたいな危険人物ですからIDPKは、二人と違ってむしろ危険人物としてマークしてます。二人を知ったら何をしてくるか読めません。力を使って好き放題しているような人ですからね」
先生は細かく説明をする。神格持ちは他にもいるという話に駿介は顔を歪めるのだった。
「何だよ、普通に暮らしたいだけなのになぁ」
「ピヨヨ~」
「まあ、大丈夫ですよ。IDPKは英雄神や神殺し集団なので、普通の現人神なんて軽く抑えられますから。駿介君も気付いてたんですね」
「気付きますよ。魔力ならともかく、人間の気配なら」
「ピヨヨ~」
「そちらの方は私の方でどうにかしますから。でも力を制御できないというのは怖い話ですね。向こうの世界じゃあまりに強かったから制御自体は出来ていると勘違いしてました」
「ピヨピヨ」
「仕方ない。天才の宿命だな」
「ピヨッ!」
「誰が天災だ!?」
駿介は鳥籠に指を突っ込んでヒヨコを突くのだった。
「今度上司に相談してみます。それとも……IDPKに入りますか?色々と学べますよ?」
「え、やだ。そんなマジカルるしふぇるな世界。他人がやってるのを見るのは楽しくても自分がなりたくない」
「どっぷり嵌った私の前でそれを言わないでください。教師になるという夢の一番の障壁がIDPKの嘱託魔導士をしていた事なんですから」
ずーんと暗くなる藤野教諭にヒヨコが元気出せよと言わんばかりに嘴を伸ばして先生の手を突く。
「先生、僕は普通の生活が欲しいんです。異世界行けばちやほやされるかなと思ったけど、結局、向こうでも本気を出せば人外扱いですからね。こっちの世界じゃ本気なんて出せないし」
「ま、まあ……薄々感じてはいましたけど……素で魔神殺しを成すような人間ですからね。三千世界屈指の大悪神『闇竜神ノクティス』と戦って洗脳をも退けて、生き残れる人間なんて尋常じゃないです。多分、イリアス君とまともに戦える唯一の人間かもしれません。駿介君が望めば永遠の命も神としての出世も思いのままだと思いますが…」
「望んでませんよ。普通に生きて普通に死にたいので。この無駄な神格も適当にヒヨコに押し付けようと考えている位ですから」
「ピヨヨーッ!?」
「え、ダメ?」
「ピヨッ!」
「そうか、面倒くさいか」
「岬さんの件もあるし、卒業したからって手放したりしませんから安心してください」
「百合の件?どういう事?」
「ええと……岬さん、向こうで勇者になっているじゃないですか?」
「そっすね。まあ、あの学校で素で勇者になるとしたら百合くらいでしょ。ガキの頃から俺のストッパーやってたんだから」
「ですよねぇ。……向こうの世界の『真の勇者』の称号って、こっちの世界だと英霊に等しいんですよ。もう、岬さんも駿介君ほどじゃないんですが、人間やめちゃった感があってですね。変な組織が狙って来ないか我々も注視してますが……」
「百合もやばいの?」
「むしろ、手を出しようもない駿介君やピヨちゃんよりもまずいです。他の生徒さんなら魔術回路を奪われれば終わりですからね。勿論、その為に殺される可能性が無い訳じゃないですけど、目的を成せるなら殺す必要ないと判断されるでしょうし。ですが、岬さんは殺して英霊召喚という名の魂をも奴隷にするような事をする組織が現れてもおかしくは……」
「…そんなクズがいたら切り殺すんで大丈夫ですよ」
「ちょ、駿介君、神気と殺気が駄々洩れですから!」
「ピヨピヨ」
一瞬で辺り一帯の結界や呪術がバッサリ消え去ってしまい先生も晴斗も真奈美も慌てる。
力が制御できてないから感情の揺れ一つでこれである。高位神格を持っていながら制御できていない男の凄まじさを改めて思い知らされるのだった。
恐らく、敵がいた、切り殺す、と思った瞬間相手の魂を一瞬で切り殺せるような膨大な力だ。超一流の魔術師であっても何されたか分からずにあの世行きだ。
「い、一応こっちも気を配っていますが、そう言った組織は何をしでかすか分からないので、駿介君も岬さんの事は気を配ってあげてください」
「ピヨヨ~」
「ピヨちゃんは魔力感知が高いので、こういう時は凄く頼りになりますね」
「何か、異世界から帰ったら色々と厄介な事になったなぁ」
「魔力を持たない魔術回路持ちの魔術師が20人ほど保護している状況で、英霊や現人神が加わった所で、問題の大変さは関係ないですから。それに、私は最初神殺しをなした時にIDPKに入らないという選択肢が無かったので。ただの小学生の女の子が英霊同然の気を纏ってしまったからそれを制御するのに大変だったし、変な組織に狙われる可能性もありましたから」
かつてを思い出す先生さんだった。苦労したのだろう。
「さすが魔法少女」
「怒りますよ?でも本当なんですよ。京都の土御門家とか未だに力のある魔術師がいるんですから。私に構築された世界最高クラスの魔術回路を狙われて、IDPKに彼らの認識を摩り替えて貰った事があります」
「へー」
駿介はチラリと真奈美の方を見る。真奈美は苦笑いして晴斗を見る。晴斗は顔を引きつらせていた。本家が魔術回路を狙ったものの、IDPKに返り討ちに遭った事実があった事さえ知らなかった。そりゃ、都市伝説扱いにされるはずだ。
向こうの方が遥かに力が高いから出来る事だ。
「とは言え、冗談じゃなくて……。今までまともに相談できる人がいなかったので。先生には感謝してますよ。自分でも自覚はあったので。素で人間の枠をはみ出てるという自覚は」
「アハハハ……。まあでも、IDPKだからこそ直接的に岬さんを守れないので、そこはかとない感じで守りますけど、駿介君も……まあ、言わなくても大丈夫だとは思いますが…お願いしますね?」
「俺らより百合の方が危なかったかぁ」
「ピヨピヨ」
「ま、ヒヨコが言うように、新米勇者が一番厄介ってのは事実だよな。そう簡単に負ける事は無くても、弱いのは事実だ。こっちの世界だとそういうのを抑える事に長けた連中も多い訳か」
「ピヨヨ~」
「ああ、あのフェルナントの保護者をやってたのも、もしも勇者を殺せるような奴から守れるならヒヨコしかいなかったからローゼンハイム公爵に頼まれたって事ね」
「ピヨピヨ」
「まあ、駿介君は同じ三千世界の最高神の一角の庇護下にあるからそうそう困る事は無いと思いますけどね」
先生さんは引きつり気味にぼやく。
「あの女神ってそんな偉いの?」
駿介は今更なことを訊ねてきた。
「世界の数より多くの化身がいて、この世界においてはキリストでありルシファーでありエーオースであり、ヴィーナスであり、イシュタルであり、ククルカンであり、ケツァルコアトルであり、と言い出すときりがないんですけど、三千世界の中では明けの明星と宵の明星を司る神なので恐ろしく偉大な神ですよ。名前がありすぎて名前がない、数多の神々からも危険視されている神の一柱です」
「何でアドモス君はあの女神さんに喧嘩売るかねぇ」
呆れるようにぼやく駿介だった。
あっちの世界事情でいえば、滅びかけた世界にアドモスが乗っ取りに来て、人間たちに救世を願われて女神ちゃん到来という流れだ。アドモス的に言ったら多分、何でここに女神ちゃんが?みたいな心境だろう。
「こっちで聞いた話ですが、闇竜神が滅んだそうです」
「マジで?まさか女神の報復とかか?」
「いえ、聞いた話ですと、宇宙の彼方にいたピヨちゃんが地球に向かっている途中にクラッシュしたと聞いてますけど」
「ピヨヨーッ!?ピヨピヨピヨピヨ」
「何?途中でドラゴンを引いちゃったって?………おい、何してんだ、お前」
「ピヨピヨ」
ヒヨコは照れるように後頭部を手羽先で撫でながら困った様子を見せる。
「さらに強力な引力に惹かれて駿介を殺そうとしたはずなのに、何故か闇竜神君は死んだのに駿介が死なないなんておかしい?おい、ほんと、おまえ、何してくれてんの?あの時本当に死ぬかと思ったんだぞ!」
「ピ~ヨピヨピヨ」
ヒヨコと駿介がにらみ合う。
「あの、駿介君。ピヨちゃんとメンチ切り合われても困るんですけど。闇竜神討伐の覚えはあったんですね?」
「ピヨピヨ」
「事故なら仕方ないですけど…っていうかいくつもの世界を停滞させて闇に閉ざした終末の神を殺すとか出来るんですね」
「ピヨヨ~」
終末をつかさどる闇と夜と大地の神。マジパネェ奴ということだ。ヒヨコに轢かれてお陀仏だけど。
「それでヒヨコ神になったと。いや、ヒヨコ神ってめっちゃ弱そうなんだけど」
「ピヨピヨ」
駿介が言う通り、ヒヨコも思う。ヒヨコ神、弱そう。
「でも、ヒヨコを司るというと、卵から生まれた純粋無垢な存在、新たに生まれた存在、始まりの存在、0から1になった存在ともいえます。しかも暁の祝福を受けた、不死の太陽の子供、……ピヨちゃんは多分、かなり高位の神ですよ」
「ヒヨコ神なのに?」
「ヒヨコ神だからです」
「ピヨピヨ」
なるほど、ヒヨコをつかさどるということはそういう意味か。
つまり、かわいいの神でもあるということだな?
「いや、これならシマエナガに勝てるって……シマエナガは別に可愛いの恩恵を持つ神様じゃねーよ」
「ピヨ~」
むふーと鼻息を荒くしてヒヨコはライバル心をどこかの白い鳥に向けるのだった。
***
駿介達から離れて真奈美は晴斗を連れて自分の家に戻ろうと歩く。
「何だろう、この異常な状況…」
「だから、マヒしてたって言ったでしょ?」
「いや、そうなんだけどさ。神があれで良いのかよ」
「私に聞かれても……素で魔術抜きで魔術士を圧倒する人間がいるんだから仕方ないでしょ」
「IDPKって都市伝説じゃなかったんだなぁ」
「そだね」
はあと二人で溜息を吐く。
「真奈美は大学どうするの?」
「京都に戻るつもりだけど?術者不足だから仕方ないでしょ。私の周りの世代で私より優秀な術者が晴斗だけって言う時点で、この業界終わってんじゃないって気がしなくもないけど」
「いや、真奈美が遠い分家なのに能力が高すぎたのがおかしいんだけどな?」
「仕事の手伝いはしても、家を継ぐとかそういうつもりはないからね?」
「分かってるよ。っていうか、ウチの家よりこの辺の真奈美のクラスメイトの方が使えんじゃねーのとか思ったし」
「………無理よ」
「無理?」
「こっちに力を持って帰ったメンバーって、無難に堅実に物事を推し進める真面目な子達だけだったから。だからこそ向こうで酷い目に合わず生きて帰れたと言えるけど、そんなのがウチの業界で生きて行けるはずないでしょ」
「……ここを荒らすのは拙いしなぁ………」
「それもあるわね」
「IDPK実在するんだなぁ…」
「都市伝説じゃなかったのよね」
二人でどこか呆れるように溜息を吐くのだった。
まさかどさくさ紛れにIDPKによって自分達さえも認識を変えられていた為に都市伝説のように思っていたなんて思いもしなかった。
ピヨ「ピヨヨーッ!ついにヒヨコ復活!さあ、乗るぞラーミアに!お前がヒヨコの父ちゃんか!?」
青竜「ピヨちゃんの父ちゃんなんてどうでも良いのだ」
黄竜「何か飽きてきたのよね?」
ピヨ「何を言っているのだ。折角帰って来たのに、勇者が仲間にしてほしそうな目でこちらを見ているぞ?ヒヨコ達の冒険はこれからだ!………ハッ!?最終回フラグを踏んでしまったぞ!?」
黄竜「次のゲームは何なのよね?」
青竜「ロ●ンシング・サガというのがあるのだ。きっとロマン溢れる寝床の英雄譚に違いないのだ」
黄竜「最近噂の羽毛布団の事なのよね?零下の豪雪地方であっても一枚あればあったか寝具なのよね?当たりには何と死んでも生き返る機能付き!夏場は暑苦しい羽毛布団と有名な………あの布団なのよね!」
ピヨ「ピヨヨーッ!?勝手に人の羽毛をむしって伝説の寝具を作ろうとするな!そこにロマンは無いぞ!?ヒヨコの羽根をむしる算段をするでない!グラキエス君よ、何故ヒヨコの登頂にある色の濃い赤い羽根を握るのだ!?」
青竜「ピヨちゃん、このままではシマエナガに負けるのだ。浪漫溢れる寝具のサーガを作るのだ!」
黄竜「ロマンシング佐賀なのよね!」
ピヨ「そこの黄色いの!?どさくさに紛れて異世界の県名が飛び出しているぞ!?」
女神「JRは電車が発車する時音楽が鳴りますが、佐賀駅ではロマンシングサガの音楽が鳴るそうですよ。昔、作者が現地で聞いてきた実話です」
黄竜「でも、このゲームはヒヨコ向きなのよね?」
ピヨ「何でだ?」
黄竜「何度死んでもやり直して新しくなれる辺りがヒヨコなのよね」
ピヨ「待て。ヒヨコは作中で死んだことは一度も無いぞ!?」
青竜「そんな事は無いのだ。ピヨちゃんは以前頭の羽根が全損仕掛けて禿かけたからとステちゃんの家に1年位引き籠ってたのだ」
黄竜「フェルナントの子孫は恐ろしいのよね。大魔王となってまさかあんな恐ろしい事を…ヒヨコ無限地獄の刑とか。ヒヨコを差し出して正解だったのよね」
青竜「まあ、ピヨちゃん風情に勝利したからと、僕らに聞くと思ってドラゴンに手を出すとか甘々なのだ」
黄竜「とはいえ、ヒヨコごと国を滅ぼしたのは申し訳ないと思ったのよね。その節は申し訳なかったとほんのちょっぴりだけ思ったのよね」
ピヨ「ちょっと待て、グラキエス君よ。トルテよ。何の話をしてるんだ?」
女神「ああ、うっかりしてました。ピヨちゃん視点でいうと200年後くらいのグラキエス君とトニトルテちゃんなのですが、まさか200年の隔たりがあっても変わらないとは奇跡的ですね」
ピヨ「ピヨヨーッ!?何だと?200年後のトルテとグラキエス君だと!?」
女神「はい。あの世界が未だ不安定なのは知っているでしょう?まつろわぬ神の襲来によって神殺しをなして神域に来れるようになったので」
ピヨ「何という事だ。だからここにいたというのか!?」
青竜「どうりでピヨちゃんの頭頂の羽根の数が少ない筈なのだ。わかどりではなくひなだったのだ」
黄竜「兄ちゃん、焼鳥屋の呼び方になってるのよね。いくら食べても死なないヒヨコとて、食べ者扱いはかわいそうなのよね」
ピヨ「ちょっと待て。お前らは未来のヒヨコに何をしたのだ!?酷い事をしたのではないのか!?」
黄竜「べ、別に未来で生鳥の美味しい食べ方が帝国で流行ったせいで、ヒヨコ無限地獄なる帝国民の食料にされかけたなんて事は無いのよね?それに乗っかって私達のお腹を満たしたなんて事もないのよね?」
ピヨ「ピヨヨーッ!?信じられるか!ヒヨコが日本神話に出て来る神様みたいにされてるのか!?」
青竜「ピヨちゃん、安心するのだ。この世界は『小説家になろう』という三千世界の一つなのだ。そんなグロい事は起こらないのだ。何故ならR18じゃないから!そんな事は起こらないから安心してほしいのだ!」
ピヨ「そうか!そういえばそうだった!危ない危ない。そうここはR15の世界。ヒヨコへの残酷ストーリーなんてあり得ない夢の世界。大丈夫大丈夫」
………
女神「まあ、この物語、そもそも論ですが、第1話から勇者が焼かれる描写から入ってるし、悪神に人間が食われるシーンとかあったような気がするのですが……まあ、未来の可能性は無限大ですからね。それではまた次回に会いましょう」