2章10話 ヒヨコは歌いたい
竜王がやってきてからかれこれ6日の時が流れた。ヒヨコが師匠と出会ってから16日目、つまりついに師匠と年齢が並ぶ16歳になったのである。
あれ、そう言えば、何で師匠と年齢が並ぶんだろう?
おかしいな?まあ、良いや。
それはそれとして、もはやヒヨコも大人である。
………ヒヨコが大人?
何だか哲学的なセリフを吐いてしまったような気がするぞ。
まあ、それもどうでも良い。
それはそれとして横に置いて、この日はついにお祭りがやって来たのであった。
小麦の収穫期らしく、豊穣を祝うお祭りで、教会の神官さんが舞を捧げたりするらしい。
色んなところで出店が出ていて、街には珍しくたくさんの人がやってきている様子だった。
ちなみに、町の住民達はついぞ竜王がご近所まで来ていた事を知らずに平和な日々を過ごしていた。
小さな地震が起きたり風が強かったみたいな話をしていたが、真実は分からなかったようだ。ヒヨコたちの草の根活動の成果である。
「きゅう」
「ピヨッ」
ヒヨコとトルテは師匠にチラシをみせる。
「勇者シュンスケ作曲:異世界音楽オーケストラ?取り敢えずヒヨコのステージが終わったら聞きに行こうかな。講堂で行われるんだって。帝都の楽団が来て演奏するなんてこんな田舎じゃ早々ありえないし」
「ピヨ?」
異世界音楽とはちょっと興味深いですな。
「きゅうきゅう(人間の文化なのよね?興味深いのよね)」
ヒヨコとトルテは師匠と一緒にお祭りを回る。
ヒヨコには『フルシュドルフ親善大使』のタスキが掛けられていて、トルテには『竜王領の来賓客』というタスキが掛けられていた。
街の外からも人が来るそうで魔物がウロウロしているとびっくりするだろうという配慮だそうだ。
師匠、見てくれ。師匠~。
人混みの中、ヒヨコは凄いものを見つけて必死に師匠を呼ぶ。だが声はピヨピヨとしか出ていないのだが。
「何?」
師匠は面倒くさそうにトルテと一緒にヒヨコの方へとやってくる。
「きゅっ!?」
何と驚くなかれ、カラーヒヨコが売られている屋台があった。
も、もしかして同族!?師匠、どうか全部お買い上げしていただきたい。ヒヨコの弟や妹が混ざっているに違いない。ちっちゃくて可愛いのだ。ピヨピヨ言っているぞ!
若き日のヒヨコもこんなにかわいかったのだろうか?
屋台の小さな箱には、ちっちゃくてかわいいいろんな色をしたヒヨコがたくさんいた。
赤青黄色緑に桃色。黄色いヒヨコはカラーヒヨコではないのでは?だが、きっとこの桃色のヒヨコが育って自分のようになったに違いない。
「アホ言わない。っていうか、違うから。絶対に種族が違うから」
師匠は早足でヒヨコの隣に立ち、ヒヨコの頭をぺしりと叩く。
「え、ここのカラーヒヨコって育つとああなるの?」
「すげー、カラーヒヨコって育つとこんな感じになるのか~」
「たまにあんな感じに育つんですよ。どうです、おひとつ」
出店のおっちゃんがおすすめするが、奥さんは困った様子でぼやく。
「でも、ちょっと大きくなりすぎじゃないかしら?」
お客さんたちは押し寄せてきて、カラーヒヨコを売ってるおっちゃんも肯定する。
「ピヨピヨ」
やはりヒヨコの弟がいるのかもしれないって事じゃないか、師匠!どうか師匠の目で弟か妹を見つけて買って欲しい。切実に。思えばヒヨコの声とこちらのヒヨコの声もよく似ている。
「いないから!明らかに種族が違うから」
師匠は頭を抱えて呻きつつ、即座にヒヨコの翼とトルテの手を引っ張ってその場から去ろうとする。
何故だ、我が弟妹達が売られて行くではないか!
「絶対にこうなるのが目に見えてたから祭りにヒヨコをふらつかせるのが嫌だったのよ!」
祭りでピヨピヨふらつくなって言ってたのはこの事?しかし、あのおっちゃんはたまにヒヨコみたいに育つと言っていたけど。
「あんなんうそに決まってんでしょ。アンタとちがってちゃんと神眼で見れば種族名が『ニワトリ(ヒヨコ)』になってるから。間違ってもこんな得体のしれないヒヨコにならないから」
「ピヨ」
得体のしれないヒヨコだなんて失礼な。歌って踊ってドラゴンにだって負けない立派なヒヨコなのに。
「踊れる上にドラゴンに立ち向かうようなヒヨコはいないよ」
言われて見ればあらビックリ。
実は凄いヒヨコだったのかもしれない。
ついにただのピヨは卒業してピヨマグナスと名乗ってしまうかもしれない。どうしよう、ピヨちゃんの名前がレベルアップする日も近い。
今日、ヒヨコはヒヨコを卒業します。
はっ、待てよ。ピヨマグナスではなくグレートピヨにレベルアップしたら毒霧も吐けるようになるかもしれない。ピヨピヨ。
「きゅきゅきゅう」
呆れるような視線でヒヨコを見るトルテであった。
誰が、ヒヨコは卒業したらヒヨコじゃないだろうだって?
…………言われて見ればヒヨコはいつ鳥になるのだろう?レベルが上がれば進化するのだろうか?
「ピヨ?」
師匠、師匠。ヒヨコはいつ鳥になるんですか?
「私に聞かれても……最大レベル50に対して48レベルあるからあと2レベル上がったらヒヨコじゃなくなるんじゃないの?」
「ピヨピヨ?」
レベルが上がるとヒヨコじゃなくなると?じゃあ、たくさん狩らないと。くくくくく、ここに丁度いい獲物が。
ヒヨコはトルテをちらりをとみる。
トルテはジュルリと舌なめずりをする。
「きゅきゅきゅきゅう(それはこっちの台詞なのよね。鳥なんてドラゴンにとってはただの食糧なのよね)」
「ピヨッ」
「きゅきゅう」
カツンカツンとヒヨコの嘴とトルテの角がぶつかり合う。
「そういえば……ヒヨコにいつの間にかスキルに念話ができてたけど」
突然師匠がボソリとつぶやく。
本当ですか?気付かなかった!
言われて見ればトルテの言葉が分かってた。どうりで分かるはずだ。ついに念話の一歩を掴んだか。
「ピーヨピヨピヨ、ピーヨピヨピヨ」
ヒヨコは喜びの鳴き声を上げる。
「いや、トニトルテの声が分かるのはトニトルテの念話スキルがレベル3あるからだと思うよ。念話は人並みの知能があれば、レベル5で普通に会話できるから。レベル6以上あると個人だけに念話を送ったり他人の念話を盗聴したりいろいろできるんだけど」
「きゅきゅきゅう(あんたが一番遅れているのよね)」
トルテのすげない言葉にショックのあまりヒヨコはピヨリと蹲ってしまう。
まさかヒヨコはトルテよりも下なのか?
ヒヨコの華麗なる会話は念話持ちじゃないと通用しないと。何となく聞き取れるなーと思ってきたけど、念話持ちの相手からじゃないと聞き取れなかったのか………。
くう、なんてこった。まだまだヒヨコの念話などひよっこだという事か。もう16歳にもなったというのに。
「なぜ16歳?」
ヒヨコが記憶にある鳥生は今日で16日目だから16歳なんだよ。ふっははは、ついに年齢ならんだね、師匠。
「数え方がおかしいから。何その数え方。それが鳥の数え方なの」
ヒヨコが決めたヒヨコルール。
そもそも他の鳥なんて会った事ないし。このシティボーイが田舎の鳥なんかを相手にするとでも?こうやって数えればいずれヒヨコが一番年上になること請け合い。
「そういえば私が拾ってから狩りに行く以外に外を知らない魔物だった。そして、そういう数え方をしても勝手に年は増えないから。ステータスに0歳って書いてあるから」
「ピヨッ」
大丈夫、見えないから。
「何だろう、神眼使いのはずなのに、使い方が分かっていないのを免罪符に好き勝手にやってるこいつを見ると、ステータスを気にしてる自分がバカみたいに思えてくる」
師匠はため息を吐く。
まあまあ、元気だしなよ。その内、良い事あるだろうさ。ヒヨコはポムポムと翼で師匠の肩を叩く。
「きゅう(0歳児のヒヨコに慰められるのはどうかと思うのよね)」
呆れるようにぼやくトルテであった。
すると師匠は突然トルテとヒヨコの首を両脇に抱えるとねじり投げる。
「きゅう」
「ピヨッ」
ごろんと転がるヒヨコとトルテ。
酷い、師匠。一体、ヒヨコが何をしたというの。
「きゅうきゅう(とんだヒヨコのとばっちりなのよね)」
きゅうきゅうと膨れっ面で文句を言うトルテ。まるでヒヨコが悪いかのように言うのはやめてもらおう。この蜥蜴が。
「きゅうっ」
「ピヨッ」
「きゅきゅきゅきゅう」
「ピヨピヨッピヨーッ」
ヒヨコの嘴がさえわたるが、トルテは角で応戦してくる。
この野郎、どうやらヒヨコの凄さがまだ分かっていないようだ。お前の父ちゃんを悶絶させたこのヒヨコの嘴を舐めるなよ!
「きゅうきゅう(父ちゃん如きを倒した所で怖くないのよね。母ちゃんの尻に敷かれてばかりで元々あんまり威厳がないのよね)」
ヒヨコとトルテがピヨピヨきゅうきゅうと喧嘩をしている中、師匠は悲しそうに空を仰ぐ。
「竜王様……」
どこかの誰かに同情するような声音で呟き、言葉は風の中に消えるのだった。
どうやら、ただでさえ存在しなかった竜王の威厳を、このヒヨコが地の底に落としてしまったようだ。
そろそろこのヒヨコ、ピヨマグナスと名乗っても許されるような気がしてきた。
『ぴんぽんぱんぽーん』
魔法拡声器の音が響く。帝国は王国よりもこの手のハイテク機器が豊富なのでたまにビクッてする。
………はて?ヒヨコは何で王国の事を知ってるのだろう?王国ってなんぞや?
ピヨリと首を傾げて自分で考えた事に対して自分で腑に落ちない感覚にとらわれる。ヒヨコは何も知らないヒヨコなのに。
『町内放送です。ステラさん、ステラさん。そろそろ舞台が始まりますので、ヒヨコを連れて中央会場までお願いします。繰り返します。ステラさん、ステラさん。ヒヨコを連れて中央会場までお願いします』
場内呼び出しが流れる。
「何故、私が呼び出される。ヒヨコを呼べば勝手にヒヨコが行くのに」
何故ならピヨちゃん賢いからフラフラフラッて行けちゃうの。師匠みたいな保護者がいなくても自立できるのだ。
「きゅきゅきゅう」
「ピヨッ!」
だ~れが、『だってピヨちゃんバカだから』だ!この蜥蜴の分際で。トル公め!
ヒヨコはトルテの頭を突こうとするが、トルテはグイングインと頭を振ってヒヨコの嘴を避ける。
さらにトルテは下から体当たりを仕掛けてきて、ヒヨコは小突かれてピヨコロリと倒される。
師匠~、トルテが虐める~。
ヒヨコは師匠にヒシッとしがみ付き、涙ながらにトルテの非道を訴える。
「じゃれあうのは良いけど、集合が掛かってるから移動するよ。子供じゃないんだから遊ばない。って、子供か」
かたや幼竜、かたやヒヨコ。どちらも未熟な物を指す名前である。
ヒヨコ、そういえば子供だったんだ。大きいからてっきり大人だとばかり思ってたぞ。
もう16歳だしな。
でもよく考えれば、16歳と言っても師匠を見ればまだまだ子供なのは一目瞭然だった。
ヒヨコは平べったい師匠の胸元を見て、小さくため息を吐く。大人ならば少しは丘がある筈だがどう見ても平原である。何処までも続く大平原のごとしである。
すると、師匠は鋭い肘をすかさずヒヨコのみぞおち(?)打ち付けてくる。
ゴフッ
「何か、とても腹が立った」
ちょっとお怒りになっている師匠がボソリと一言呟く。
おかしいな?こう、ばれないように考えを押し殺しながら思ったのに。
くう、まだまだヒヨコには能力とかスキルが足りないらしい。
ヒヨコは師匠に連れられて、トルテと一緒にピヨピヨトテトテと歩いて中央会場へと向かう。
でも、アレだな。
ヒヨコは気付いたのだが、人間の子供くらいの大きさをしたヒヨコとヒヨコの頭ほどの大きさの三頭身ドラゴン。並んで歩くとゆるキャラ大集合って感じだな。どうりで通りすがる子供たちがヒヨコに寄ってくるわけだ。まあ、ヒヨコは人気者だから仕方ないけど。
***
そしてステージが始まる。
魔導拡声器から音楽が流れる。
この辺境の町フルシュドルフの町興しの為の音楽、フルシュドルフソングが流れる。ヒヨコが散々ダンス練習をした音楽だ。
ヒヨコはそれに合わせてピヨピヨと踊る。
町中の人が集まってそれを見ていた。町中の人だけでなく多くの観光客なども来ており、ヒヨコ人気が帝国全土に広まりそうで困っちゃう勢いである。
え?それは言い過ぎだって?
くるくる回ってピヨピヨと踊る。さらにピヨピヨコーラスを入れて歌って踊るのだ。
ラストは音楽の余韻に合わせてフィニッシュ両翼を広げて右足を上げて荒ぶるヒヨコのポーズで締めである。いや、最後のはアドリブだけど。
観衆から凄まじい拍手が響く。貴賓席では成功に嬉しそうにしている町長さんがほかの偉そうな貴族の人と握手とかしていたりする。
そして観衆からはアンコールが響き渡る。
アンコールだと?
そんな~、困っちゃうぞ。台本にない事を要求されるとは。
ではこの日のために作ってきた曲でも披露しようじゃないか。
センチメントになってる師匠に屋根から捨てられた経験や盗賊に攫われた経験より生まれた我がソウルソングを披露しようじゃないか。
聴衆よ、我が美声に酔いしれるが良い。
「ピヨッ」
ヒヨコの歌を聞け―っ!
曲目はセンチメンタルジャー
女神「あとがき担当の女神です。ふう、危ない危ない。危うくこれ以上の物語を垂れ流すところでした」
勇者「ゲストの勇者・沖田駿介です。話が途中で尻切れになってますけど、事故ですか?」
女神「事故ではありません。いや、事故ではありますけど事故はキャストが起こしたものです。私が途中で切りました」
勇者「ところで、何故かまたあとがきに呼ばれた上に、いきなり正座をせられた上に江戸時代の拷問のように足の上に重たい石が乗せられているのはどういう事でしょう、女神様」
女神「未来で貴方の魂が入ったヒヨコのやらかそうとしたことに比べれば些細なモノでしょう。とんでもない歌を唄おうとしましたね?」
勇者「いやいやいやいや、将来、転生してヒヨコになるとは言われても未来の姿なわけですし、今の俺は全く悪くないですよね?それに良いじゃないですか。ぎりちょんセーフですよ」
女神「セーフも何もアウトですから。全くもう。あとぎりちょんってきょうび聞きませんね」
勇者「未来の罪で罰を受ける時点でおかしいですから。ヒヨコ呼んでヒヨコに罰を与えてくださいよ」。
女神「もとはといえば記憶喪失だというのにうろ覚えな記憶が貴方の地球時代の記憶というのが問題なのです。大体、勇者シュンスケ作曲オーケストラって、あれクラシック音楽集ですよね。地球の。何気に自分の作曲した曲だとか言い張ってませんか?」
勇者「ちゃ、ちゃうねん。異世界の曲だと伝えたのに勝手に勇者の作曲にされただけでですね。俺は悪くない。悪くないんだ。500年の時が誤解を生ませたに違いない」
女神「取り敢えず後でショパンとかベートーベンとかモーツァルトとか色んな人に謝ってください。チッ、せめて地球時代の記憶を抹消していれば……」
勇者「さらっと怖い事を言わないでくださいよ。何て猟奇的な目で俺を見るんですか。全身を黒く塗ったら某推理漫画の犯人になれそうな目つきですよ。大体、一番悪いのは作者じゃないですか。作者しばいてくださいよ」
女神「奴はヒヨコが暴走しただけ、作者は悪くないと言って逃げました。わざと伏線を張っておいてこの言い草。どうりで祭りの日がちょうど16歳だったのだと思いました。私はてっきりステラと同じ年になる事で何かフラグ回収なのかと思いきや。まさかのアンコールで歌を持ってくるとは。これは許すまじき暴挙ですよ。読者の怒りの声をヒシヒシと感じます」
勇者「確かにそういえば丁度16歳でしたね。つまりアレですね?アンコール曲を切った理由。アンコール曲がセンチメンタルジャーニーだった理由は、『ピヨはまだ16だから』だったわけですね」
女神「さて、こちらがわざと言及を避けていたのにネタを口にするとは…重しが足りなかったようですね」
勇者「あれ?女神様、目が笑ってませんよ?あ、ちょ、何ですか、その重り。そんなにたくさんの重りを乗せられたら足が、足が……あーっ」
女神「次回から第3章の帝国編に入ります、と言いたいところですがちょっとだけ閑話が入ります。王国はどうなったのかなどですね。それではまたお会いしましょう。」