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最終章47話 帰って来たアイツ~後~

 僕達は、魔大陸における橋頭保、花国ボハーチュ公爵家が確保した魔大陸の端にある土地に渡るべく、花国の西端の大領バハーチュ公爵領にやって来ていた。


 そこでフェルナントら一行に加わったのがドワーフ王の息子、クリスハルトだった。


 ドワーフらしく背が低くずんぐりとしており、ひげが生えているが年齢は同じ15歳だという。

「ミロンさんの弟子だって聞いたけど?」

 僕の質問にクリスハルトは踏ん反り返って髭を撫でつつ僕を見る。

「師匠は偉大な人だ。さん付けではなく様と呼べ」

 そしてギロリと視線を鋭くし、居丈高に僕を睨みつけるのだった。

「そんな事言われてもなぁ。偶にうちに遊びに来るし。父上は弟子というより仲間だし、色々教わったみたいだけどパーティのリーダーは父上だったから友達感覚だしなぁ」

「ぐぬ」

「俺の先祖は一緒に戦った仲間だしなぁ」

「僕もだよ。ミロンさんは中興の祖、支配帝フレデリクの師匠ではあっても、最終的には世界を破壊しうる化物を倒す為に共に肩を並べて戦う同志になった話だし。ミロンさんって英雄の補佐をするのが趣味みたいな人でしょ?うちの血族は英雄が多いから共に戦う仲間という一面が多いんだ父上もフレデリクもそういう感じでしょ?僕からするとお父さんの友達感覚だ」

「大北海大陸に行った時も色々と先祖の話とか教わったし偉大だったんだろうけど、何だろう、そんな崇める人でもないし、崇められても困るんじゃねーかあの人も」

「僕も教わりたかったけど、教える前に教える事なんて無いだろうって呆れられたよ。父上に魔法を習っている人間に教えられることは無いって。ミロンさん、父上はエルフが技術流出を止められているレベルに足を踏み込んでるからさ。ミロンさんからすれば、父上は人間の枠をとっくに超えてるらしいし」

「まあ、あのオッサン、頭おかしいレベルだもんな」

「失礼だな。まあ、父上は本当に頭を使わせたら人類史に乗るレベルで凄いんだけどさ。ミロンさんも言ってたよ。エルフだったら技術部門のトップ狙えたって。60年しか生きれない人間にしておくにはもったいないってさ」

 フェルナントとヴァーミリオンは会って、クリスハルトの『偉大なエルフの弟子』というアイデンティティを早々に切り落とされてしまう。


「あのミロン様と知り合いとは流石ですね」

「さすがは婿殿です」

 ラウリもシルッカも感心した様子だった。


 一般的にはミロンさんは偉大なエルフとして尊敬されているようだ。

 でも、エルフの中でも緩い人だ。エルフってかなりお高く留まっている感じで、嫌味っぽい人が多かった。エルフの信仰対象であるドライアドさんにそれを向けて女王様に怒られていたりした。ピヨちゃんのお父さんはエルフを作るための協力者らしいし、あそこら辺は本当に前史時代の名残を感じさせる。

 何せエルフの女王様はあの竜王陛下に対しても弄ろうとするほどだ。


「凄いのは僕じゃなくて周りの人だし」

「そうだよなぁ。親父もそうだけど、上の世代の英雄達と比べたら、俺らなんて普通だろ」

 ヴァーミリオンは笑って流す。フェルナントはその通りだとうんうん頷く。


 実際、年齢が近くても生まれる前にあった騒動で活躍した面々は自分たちよりも遥か高みにいるのは間違いない。

 アドモス騒動や悪神騒動の経験者は皆自分達の上にいる猛者ばかりだ。

 フェルナントは未だに下っ端君から一本を取る事が出来ないが、当の下っ端君から『悪神騒動で生き残るのが精いっぱいだった』と聞かされると悪神ってどんな化物なんだよって感じてしまう。

 その悪神も、ピヨちゃんから言わせれば『ヒヨコから逃げた神あるまじき存在』という位なのだが………。

 父のダンジョン探査も母が単独で切り抜けられない窮地に陥ったという話だったし、フェルナントからすれば、当時のアドモスの時代も悪神の時代も、想像の付かないものだった。

 自分が遥か上にいると思っている相手でさえ活躍できない世界に生きていたという事実を思い知らされていた。


 リオンもフェルナントも自分達が倒れれば人類が終わる等という瀬戸際に立ったことはない。

 過去の英雄たちは大きいものを背負って負けない戦いをしていた。何時もその英雄たちの後ろ盾を持った状況で戦っていたリオンやフェルナントにはないものだった。

 中南連合の騒乱などはフェルナント達にとってはまだまだ序の口だった。負けてもどうとでもなる戦いだったからだ。


「ボスの普通は絶対におかしい…」

「だよね」

 部下のゴブリン達は諦めた様子でリオンを見ていた。


 悪魔王側に着い手勇者と戦ったセシルであるが、そのセシルにヴァーミリオンは未だに勝てなかった。師匠であるアレン・ヴィンセントにも勝てなかったという。

 その当の師匠だが、光十字教国でオーギュストさんの後見人をしつつも剣を教えていたそうだ。

 先日、『ついに一本取られた。最初にフェルナント殿ほどの頃に出会った時、逸材だとは思っていたが、20半ばで自分から一本取るとは』と喜び半分の手紙が届いていた。修行の時にピヨちゃんに一本とられた事自体はあったが、あの仙人から一本を取れるなんて人間でも可能なのかとちょっとした驚きがあった。

 いや、まあ、母上も取った事があるらしいし、勇者様は歯牙にもかけなかったほど強いらしいけども。


 そう、僕らなんてまだまだ高みを見ればきりがない程、レベルが低いのだ。

 リオンも同じ気持ちだろう。


 僕からしても、隕石を落とす父上、それを打ち落とすピヨちゃん、ピヨちゃんと同格のドラゴンの子供達。僕とリオンはそのドラゴンの子供達に何もできず一方的にボコにされるだけ。

 今でこそ現代の英雄だと言われているが、正直、恥ずかしいだけだ。


「でも、婿殿。ボハーチュ公爵やハラツキー辺境伯とはどのような話をしたのですか?彼らは特に支援はしないと聞いていましたが」

 シルッカが僕に質問をしてくる。一人で花国の貴族と面会をしていたから聞いてきたのだろう。


「ああ、そっちとは関係ないよ。ボハーチュ公爵令嬢とは僕とモニカの文通友達なんだ。彼女、婚約者がいるんだけど、どうも上手く言って無いみたいでね。本人は頑張っているし、泣き言を言わない頑張り屋だけど、人間関係なんて無理なものは無理でしょ?」

「そうですね」

「ラウリだって婚約者とか出来たらどうなるか分からないでしょ?」

「ハハハハ。我が家の家訓は『自分の番は自分で捕まえる』ですから。そんな物、父は用意していませんし、兄上だって私の為に用意はしないでしょう。妹は上手くやりましたが」

「……僕は捕まってしまったのかぁ…」

 フェルナントは空を仰ぎ、どこか諦めるようにぼやく。


 別に嫌いではないのだが、何か釈然としない。

 シルッカは美人だし、まだ幼さが残るがセイラ同様に将来は凄くきれいになりそうだ。性格的なのか、ぐいぐいと押して来るから困る。


「押しが強いから困ると思ってそうですが、我らが名誉議長殿は押されないと捕まえられませんからバランスが良いのではないかと思いますよ」

「全くですわ」

 ラウリが突込み、ベアーチェが憤慨した様子で同意する。

 うんうんと頷くセイラを見て、僕ってそんなヘタレ野郎だっただろうかと首を傾げるのだった。セイラだけはフォローしてくれると信じていたのに。


 港に辿り着くとそこにはボハーチュ公爵令嬢リディア・ボハーチョバが護衛や付き人を連れて待っていた。

「リディア、久しぶり。元気だった?相変わらず変わりなく綺麗だね」

「ひさしぶりでございます………ってそ、そうやって揶揄わないでください」

「リディアは素直だからね。他の子だと褒めろ褒めろオーラが凄くて、素直に言いたくない」


「そういえば我が主様は捻くれてましたわ」

「だから褒めてくれなかったんですね」

 ベアトリスは悔し気に歯噛みし、シルッカは隣で頭を抱える。

 セイラは素直だから素直に褒めてもらえる子なので特に反応してはいなかったりする。


「モニカ様は元気だそうですが、こちらには来られないのですね?」

「あいつ、武闘派じゃないし、危ないからね。あと、僕のすべき帝国の仕事を任せられる人間はモニカだけだ。向こうは向こうで陛下達に頼られてるっぽいからさ」

「モニカ様にも久しぶりに会えると思っていたのですが…」

「僕も会えてないよ。2年もね。リディアの方が会っている位だから」

「そうなんですか?でも婚約者は大事にしないと駄目ですよ」

「してるってば。モニカはなんだかんだ言っても、僕の悪だくみに合わせられる、知能派の友達だからね。ここに来てるの脳筋多いし。知性派の友達はダニーとモニカの2人だけなんだなぁ、悲しいけど。僕的にはリディアが一番異性を感じるんだけどなぁ」

「それは光栄です」

 リディアは頬を赤らめつつもにこりと笑って流す。


 ボハーチュ公爵に対して、『リディアが花国の皇太子と上手く行って無い旨をちらっと文通で聞かされていて、上手く行って無いなら自分の所に来させないか』と聞いてみたのだが、返答は芳しくなかった。

 祖父である辺境伯も同様だった。というか辺境伯には殺されるかと思った。

 良い歳した爺様だけど、さすがは花国内乱で現国王と組んで国を纏めた英雄だ。


 ローゼンハイム公爵の次期当主ならば妾でもかなり大きい立場だが、花国の次期国王の正妃という立場より良いとは言えない。経済力や世界への影響力ではローゼンハイム公爵家の方が遥かに上だと思うが、花国は内向的な国でもあるから難しい所だった。


 たくさん嫁が出来る事に関しては諦めたし、諦めるのだったらリディアがいて欲しいというのは僕にとっての希望でもあった。

 モニカとも仲が良いし、頭も良いし、話も合う。

 正直に言えば、ありのままの自分でいられる相手が少ない。彼女と出会ったのはフェルナントとしての出会いであり、ローゼンハイム公爵令息という色眼鏡で見られず会えたから大きかった。


 大事な友人でもある。


 今回は公爵や辺境伯にリディアが婚約者の王子に困らされている旨が伝われば良いと思っていた。

 それ以上を求めるつもりはない。王子が駄目だからと他の相手を探されるくらいならと思って僕が立候補したのだ。一番は彼女の幸福だ。

 僕が立候補すれば最低ラインが僕になる。変な相手には絶対に行く事はないだろう。


「その、父の事や祖父の事、説明していただき申し訳ありません。私が言うべきことだったと……」

「言いにくい事もあるし、王子を君が好きかどうか以前に、幼馴染だから彼の失点になるから遠慮していたんでしょう?」

 僕の問いにリディアは頷く。


「フェルナント様、ご武運を。大陸に渡れば我が領地であっても安全とは言えません。魔大陸の足掛かりになると思って早々に乗り込んで領地を作ったものの、マイナスばかりで良い事が無いと父は嘆いていた程ですから」

「うん。大丈夫だよ。………調査がメインで別に占領して来いって話じゃないからね。何も分からない内に逃げた、全滅した、みたいな話が多いからある程度整理してくるだけのつもりだし」

「モニカ様はそう言って、首突っ込んで痛い目に遭わないか心配してましたよ。今は、何でもフェルナント様の大事な保護者というか相棒みたいな方がいらっしゃらないと不安なのだとおっしゃっていたので」


 ……


 モニカが心配しているのは、何だかんだといった所で、モニカはフェルナントが周りに言われるほど凄いわけではない事を知っている。フェルナントを英雄視する、あるいは超人のように崇める人間は多いが、実際に対した事はないと知っているのもモニカだけである。

 昔はピヨちゃんが出てくれば悲しい事にはならないという心の保険があった。

 ピヨちゃんがいなければ死んだ人もいた。


 実際、中南地方の内乱に首を突っ込んだ時に痛い目に遭っている。

 仲間は殺されたし、悲しい思いもたくさんした。でも、それは多くの先人たちが乗り越えてきた困難だ。

 邪眼王との戦いではダンジョンで多くの冒険者がなくなったし、フェルナントの名前の元となっている父上の師匠フェルナンドが亡くなっている。

 悪神との戦いでも多くの人間が亡くなり、多くの悲劇があったと聞いている。当たり前のように悲しい事を皆が直面して乗り越えて来た事だ。自分がそれを持っていなかったのはずっとピヨちゃんが自分を守ってくれたからだ。


 ピヨちゃんに何でもかんでも任せていられる時間は終わった。


 きっとピヨちゃんは今頃、異世界でフルシュドルフダンスを広めつつ、次元世界を渡って闇竜神をやっつける事位はするのだろう。

 いや、流石にそれは無いかな?

 あと5年後くらいにはステちゃんの隣にいるという未来を見ているというのだ。ピヨちゃんがビックリするくらいの大物になってやろうと思っている。


「さあ、皆。行こうか!」

「誰もがまともに活動できなかった難攻不落のフロンティアだ。楽しみだな!」

 リオンは笑顔で先に船に乗り込む。それに続くようにゴブリン達がどかどかと乗っていく。

「ふっ、ドワーフ代表としても、ミロン様の弟子としても無様は見せられん」

 クリスハルトは鼻息を荒くして船に乗り込む。


「主様とならどこまでもご一緒しますわ」

「お兄ちゃん、船の間は私に任せてね。水商売は私だからね」

「いや、それなんか違くない?」

 ベアトリスはフェルナントに付き従い、セイラは嬉しそうにフェルナントと手を繋いで一緒に船に乗る。セイラの発言に首を傾げながら後に続くダニエルだった。


 水商売って言うのは収入が不安定で先の見通しが立ちにくい『当たるか当たらないかは水物だからなぁ』なんて言われるような商売を刺すのであって、水を使った仕事ではない。


「婿殿の行く場所が私の居場所です」

「フェルナントといると退屈しないからね」

 遅れてシルッカとラウリが乗り込む。

 フェルナントは新しい旅の仲間を加えて、新しい大陸へと行くのだった。




***




 僕は魔大陸を舐めていた。



 目の前のアルマジロにも似た体長5メートルを超える巨大モンスターの前に足を止められていた。

 僕は大陸最強を見ながら育ち、自分の周りの世代では並び立つものなしと言われるほどの天才だった。横に並ぶリオンもそう。

 無論、上には上がいると知っている。だからこそ最大限の警戒を持ってこの魔大陸に臨んだ。ボハーチュ領というか魔大陸に作った小さな港付近一帯は巨大な城壁によって守られているが、それだけだ。その外に出ると別世界だった。

 草原を歩いて進むと未知の魔物が現れ、最初から難航した。


 鋼のように固い鱗に包まれた会話の通用しない魔法を使う体長5メートルほどの巨大な魔物だった。アルマジロのような容姿で転がりながら襲い掛かってくる。直径5メートルほどの巨大なボールになってだ。攻撃もほとんど効くかない。


 リオンがガチでぶつかって壊れない魔獣だった。


 僕らの世界でいうならキメラと呼べばいいのだが、こっちの世界だと進化の過程でそうなったから、あれがスタンダードなのかもしれない。爪が鋭く牙が大きく、丸くなるが内側が柔らかい訳でもないのが厄介だ。


 こんななら、パトラッシュを連れてくればよかった。パトラッシュの巨体なら、あの丸いのを止められた。


 現在、パトラッシュはモニカの護衛として置いてきている。賢くて小さいサイズにもなれるし、喋れなくても人間程度には会話すれば意図が伝わるから助かる。置いて行くことが多くてパトラッシュも主を僕ではなくモニカのように振る舞い始めていた。

 だが、何よりもパトラッシュは鼻が良いのでベアーチェでも気付かない毒に反応する。モニカの近くにいてくれるだけでも安心できる。僕以上に僕の婚約者を狙う人間も増えていて、陛下に頼んでラカトシュさんの部下を何人かつけて貰っている。

 無論、僕の婚約者になった時からこっそりつけていたらしい。


 父上には『気付かなかったのか?ヒヨコ君がいなくなった頃からずっとだ』と首を傾げられた。

 僕は両親のような異能者じゃないのだ。まあ、末弟のラファエルが言うには『お兄ちゃんも十分異能者だよ?両親の良い所どりしておいて何を言ってるんだよ』と愚痴られた事がある。

 弟よ、ウチの両親は君が異能者だと思っている僕から見ても異能者なんだよ。


 アルマジロの魔物が動き出したので僕は指示を出す。

「リオン、横からだ。僕が正面で魔法によって受け止める。叩くのに強いだけなのか、叩く場所が悪いのか、分析しながら戦おう。矢が効くのか、魔法が効くのか、調べないと手も足も出ないぞ」

「おうよ!」

「全員で散開して、僕が魔法で引き付けて受け止める!きやがれ、この巨大アルマジロ!<聖結界(セイクリッドシールド)>!」

 ごろごろと僕に向かって転がって巨大アルマジロが襲い掛かるが、僕は神聖魔法LV7<聖結界(セイクリッドシールド)>で対応する。

 巨大な衝撃に魔法障壁が半壊するが、受け止める事に成功すると横からリオンが叩き、更に逆方向からクリスハルトがハンマーでたたく。中距離から投げナイフを放つベアーチェと遠距離から矢を放つラウリとシルッカ。

 だが、アルマジロの魔物はびくともしない。

 さらに一押ししてアルマジロの猛攻を堪える。

「どっせい!」


 僕は剣を抜いて叩き斬りに行くと少しだけしか傷が付かない。

「け、剣では傷が付くぞ!」

「爪みたいなものを装着した方がよさそうだな」

 リオンが舌打ちをして構えつつ、誰もが警戒している中で、ズドンと魔物の首を切り落されるのだった。


「水魔法が効いたみたいです…けど」

 セイラが使った<水空洞線(キャビティレーザー)>の魔法で魔物の首を一撃の下で切り落としたのだった。


「さ、さすが……」

 父上のお墨付きがあるだけあって、セイラの水魔法は別格だった。魔力がほとんどなくても使える精霊の力もあるので、このレベルの魔法を平然と使える。


 水魔法レベルでいえばLV7<ウォーターレーザー(水圧線)>と同じだが、一定の圧ではなく高い水圧の中に、超高圧部と低圧部作って、圧力差を利用する事で低圧部より気化させた泡が消滅するときに莫大エネルギーが発生するという原理を利用している。

 これはウチの企業の船舶事業で魔法ではなくプロペラを回すと効率が良いと発見したものの、プロペラを早く回すとプロペラが崩壊するという現象から見つけた現象だ。その現象から僕が水圧線(ウォーターレーザー)を応用して新しく作った魔法式<水空洞線(キャビティレーザー)>だが……。

 セイラは原理を理解するや簡単に使いこなしていた。水系魔法においては天才である。


「す、凄いんだな」

「一応、大北海大陸のとある王国では信仰対象でもある子なので」

「イヴ様が凄いのであって、私が凄い訳ではないですよ?」

『あら、セイラは凄いわよ。今までの巫女の中では一番相性が良いし、魔法も強力だもの』

 イヴの念話が周りに届く。

「きょ、強力なのはお兄ちゃんが魔法を作ってくれたからだし…」

 セイラは照れて俯いてしまう。

「さすが我が主の婚約者ですわ」

「いや、一番守らないといけないと思っている子が実は最強って悲しくなってきたんだけど」

 精霊の支配力でいえばピヨちゃんやドライアドに次ぐという時点で、子供でも最強格なのは確かだった。それこそグラキエス君達と並ぶレベルにある。


「足引っ張るんじゃねえかと心配してたのに……。そういえばお前のとこの両親が問題ないと送り出した子だったか。……やべーな」

 リオンもセイラの魔法に唖然としていた。


 気持ちは分かる。


 水魔法は水を集める過程も必要なのだが、水が一瞬で出したい場所に凝縮して瞬時に放つのだ。あの速度でやられると僕やリオンでも対応は厳しい。

 戦って勝てるか?と聞かれたら、まあ、勝てる方法はいくつかあるが、そもそもセイラ相手にそんな追い詰められた状況じゃないと勝てないみたいな実力があるとは思っても無かった。

「さすがというか……うん。頼りにしてるよ」

「えへへへ」

 僕が頭をなでるとセイラは嬉しそうにしていた。


「最初からやばいんだけど」

「ふむ、想定外というほどでもないだろう。何せ各国の調査団がまともな報告を出来てなかったんだ。花国が最初に辿り着いた場所に城壁を作ったのは英断だったかもしれぬ」

「どうりでこの大陸に渡った面々がほとんど帰れない筈だ。最初に出会った雑魚モンスターがめっちゃ強い」

「これが集団で現れたら終わりじゃね?」


 僕達は見た事も無い魔物を何度となく苦戦しながら、一つ山を越えてどうにか先に進む事が出来たのだった。勿論、そのレベルの魔物が集団で現れて命からがら逃げたりもした。




***




 僕達が辿り着いたのは村や集落ではなく、街だった。

 巨大な水のたまった堀と城壁に囲まれた城塞都市で、城壁は所々修繕されているけど、かなり大きいのが分かる。入場の際に検問があるかと思えばそういったモノがなく、門番がおらずがらーんと城壁は空きっぱなしだった。

 中に入ると人間が住んでいる様子だった。あまり人が外を歩いておらず、非常に閑散としている。

 種族は人間だろうか?耳が少しとんがっており、エルフっぽい種族に見えるがエルフという感じではなかった。

 町はそれなりに発達しており、街並みは中南連合以上花国未満といった発達具合である。だが、誰も彼もが暗い顔をしており、為政者が良くないのだろうと思われる。


 門番もおらずどうやってこの過酷な土地で生きているのかと思ったが、大きな水の堀で覆われており、どうもこの堀だと魔物が寄ってこないように見える。何か特殊な仕掛けがあるのだろうか?海沿いは魔物が少なかったし、もしかしたらこの大陸の魔物は水が苦手という事があるかもしれない。


 とりあえず宿のある場所を探そうと歩いている人に声を掛けるのだった。

「旅人ですか?初めて見ました」

「ええと、宿を探しているのですが…」

「やど?宿とは何でしょうか?」

「この街にやってきた人を休ませるための店ですけど……」

「町から街への移動なんて許されてないのでそのようなものはありません」

「!?」

 誰もが絶句する。

「では、他がどうなっているかご存じではないのですか?」

「さあ、街の外に出る事は許されていないので」

「………」


 外に出る事も許されていない?


「外は凶悪な魔物が跋扈していて、魔王様の配下であるバー・ダーシェ様がいらっしゃらなければ我らは魔物に食い殺されてしまうだけです」

 魔王?この世界は魔王によって統べられているのだろうか?あるいはこの土地、或いは国が魔王を崇めているのか?


 外に出歩かない=宿を必要としないのか!?

 僕を中心に誰もが絶句してしまう。

 かなり大きい規模の街であるが、宿がないという恐ろしい真実を最初にぶち当たってしまうのだった。

「僕らはどこで寝ればいいんでしょう?どこか眠れる場所はありませんか?」

「家を持たない人なら道路わきで寝ていますよ」

 そう来たかぁ……フェルナントは頭を抱えるのだった。

「困りましたね」

「そうだね」

「どうしますか?」

「どうしようかな」

 僕が困っていると、セイラもまた困った顔で腕を組んでうーんとうなっていた。


「きょ、今日はバー・ダーシェ様が見回りの日なので外に出ると危険かと。その、バー・ダーシェ様に目を付けられると……」

「バー・ダーシェ様って?」

 僕らはまずこの街の偉い人が何者かを知りたい所だった。


 ズンッズンッと地鳴りのような音が聞こえてくる。


「ま、まずい。あんた、街から逃げた方が良いよ。バー・ダーシェ様に見つかったら大変だ。食われちまうよ」

「食われ………………?」

 意味が分からなかった。偉い人に見つかったらよそ者は食われるって………

「わ、私はちゃんと教えたからね。早く逃げないと」

 教えてくれた街の住民が走って自分の家へと逃げだすのだった。


「ど、どういう事?」

「拙いのかな?」

「逃げるってどこに?」

 ずしずしと巨大な足音を立てて近付いてくるのは一つの集団。10人ほどの兵士に囲まれており真ん中に立っているのは人外の巨体。

 人外というか巨大な魔物だった。

 蛇のような長い首が8本ある巨漢、ずしずしと歩いて近づいてくる。



 あれがバー・ダーシェ様!?魔物じゃないの!?

 誰もが口にしたくても言えなかった台詞である。

「ヒドラじゃないの?」


 言っちゃった!


 セイラの無防備な一言は子供の特権だ。相手が何物であってもヒドラとか言っちゃいけません!どう見ても八首八尾のヒドラにしか見えないけども!

 ああ、僕もヒドラって呼んじゃったよ。まあ、ヒドラにしか見えないんだけどさ。


「何だ、この集団は」

 ヒドラのような男?が、僕らをジロジロと8つの首で見ながら偉そうに周りの騎士達に訊ねる。


 僕、セイラ、ベアーチェの3人に加えてリオン、リオンの腹心セレスト、ゴブリン軍から他に2人、クリスハルト、ラウリ、シルッカと10人パーティである。

 言われてみると結構な集団かもしれない。


「我々は外の大陸からやって来たものだ」

 僕は正直に話す。


「外から?」

「バー・ダーシェ様、以前やって来た100人近い猿と同じ種族ではないかと」

「おお、そうか。アレは美味かった」

「また態々外の大陸から俺の胃袋を満たすためにやって来たのか」

「態々、俺の為にご苦労だったな」

「大儀である」

 バー・ダーシェと呼ばれたヒドラはそれぞれが口々に僕らを見て笑いながら喋る。

「は?」

 100人近いというと、ローゼンブルク調査軍だろうか?

 美味かった?美味かっただと?行方不明ではなく、目の前の喋るヒドラが食ったのか?


「フェルナント!こいつは敵だ!」

「分かってるよ」

 リオンが小手を嵌めて構える。フェルナントは腰の剣を引き抜く。

 全員が戦闘態勢に入る。


 だが、ヒドラもどきなんかに負けるのだろうか?

 ローゼンブルク帝国軍100人の調査隊はそれなりに実力はあったはずだ。魔導杖も持って行っていた。

 負ける要素は無かった。

「我らの同胞の仇、討たせてもらう!」

 フェルナントが構えて即座に切りかかる。


 ギイイン


「!?」

 目の目のバー・ダーシェという男の1メートル手前で剣が何かにぶつかって跳ね返される。

「どいつもこいつもやる事なす事、何も変わらん。外の猿は余程弱いのだろう」

「舐めるなクソが!」

 リオンが前に踏み込み、クリスハルトがハンマーを大きく振りかぶって叩きに向かう。

 だが、拳が、ハンマーが、バー・ダーシェの手前で止まってしまう。何か透明な膜が彼を守ったようだ。

「外の人間というのはもしかしたら魔王障壁も知らぬ雑魚なのか?」

「我ら魔王様の部下に攻撃が通ると思っているのだから、そうなのだろう」

「雑魚が勝てると思って目の前で叩き潰されるのは見ていて心の踊るものよ」

 ゲラゲラと笑う8つの首の蛇たちだった。

「ざけんな!クソッタレが!」

 リオンが拳を握り、バー・ダーシェを睨みつけバー・ダーシェを叩こうとするが全て目の前のバリアによって塞がれる。

 だがリオンは更にバリアを殴って殴って殴りまくる。

「なめんな、オラアアアアアアアアアアアッ!」


 バー・ダーシェを守るバリアにひびが入る。


「ぶっこ割れろ!」

『ほほう。外のザコにしては………な』

 バリアを破壊しようと大振りの拳を強く握るが、その前にバー・ダーシェが一つの首を伸ばして自らバリアの外に出てリオンの腕に咬みつく。

「くっ!?」

 リオンは蛇の頭を殴ろうとするが、直にバリアの中に引っ込んでしまう。

 だが、リオンは再びバリアを壊そうとするが、膝をついて前のめりに倒れる。

「リオン!?……いかん、毒だ!?」

 フェルナントは直に気づく。リオンの腕が紫色に変色している事に。

「見た目通りのヒドラかよ!?」

 クリスハルトは慌てて下がる。

 そして、下がっているうちにバリアのヒビが元に戻ろうとする。


「<水空洞線(キャビティレーザー)>」

 そんな中でセイラが遠距離から魔法でバリアを壊しに魔法を放つ。


 だが、ヒビの入ったバリアはそんな魔法ではびくともしない。どころか白の半透明の半球状のバリアが光り、同じ魔法がセイラに襲い掛かる。

「危ない!」

 僕はセイラを抱き寄せて聖剣で咄嗟に反射魔法を防御する。だが、聖剣にヒビが入ってしまう。強靭なプロペラをも壊すウォーターレーザーだ。


「大丈夫?」

「は、はいです」

 僕の腕の中で固まっているセイラはコクコクと頷く。

『不自然な魔力の流れがあったわ。一定の魔力量以下ではあの障壁は突破できないようね』

「それが、あの魔王障壁という奴はそういう仕組みって事か。くそっ、厄介だな」

 魔力を溜めて聖剣に回す。聖剣の傷がふさがっていく。


「魔力で圧し勝てって言うなら……僕がやってやる」

 僕は内に秘めた魔力を聖剣に集中させる。どんな魔力を含ませても聖剣は壊れない。剣の神格を持つかつての勇者様が魔力を込めて次元を切り裂くほどの大威力を誇るこの聖剣はこういった相手にはもってこいだ。

「ぶった切る!」

 僕は前に踏み込んでバー・ダーシェに切りかかる。

 バー・ダーシェのバリアを切り裂きバー・ダーシェの首を捕らえる。

「一本貰った!」


 ガキーン


 鈍い音が響き渡る。魔王障壁を斬ったその先のバー・ダーシェの鱗が異様な硬さを持っていた。僕の持つ聖剣が歪む。

「なっ!?」

「何だ?まさか障壁より我が鱗の方が弱いとでも思ったのか?そんな訳がないだろう。愚か者が!」

 バー・ダーシェの持つ尾が動く。

 全力で切りかかった僕は慌てて避けようとするが、バー・ダーシェを叩いた衝撃で体が少し痺れて動かない。

 太い尾が横薙ぎに僕の脇腹を捉え、僕はくの字に折れ曲がり吹き飛ばされる。受け身を取ろうとするが民家に激突してしまい壁を貫きどこがどこだか分からなくなってしまう。


「フェルナント!」

 皆の声が響く。体を起こそうとするが、民家が崩れて来てがれきに埋まってしまう。

 これはまずい。


「ウソだろ……。何なんだ、アレは」

「こっちの大陸の常識が全く通用してねえ」

「逃げたい気持ちでいっぱいですね」

「婿殿が……」

 慌てるのはクリスハルト、ヴァーミリオンの二人だ。ラウリとシルッカも相手の想定以上の強さに絶句している。

 ゴブリン達も戦闘態勢に入っている。


「主様は私がお助けいたしますわ」

「わ、私も。イヴ様、お願い」

『仕方ないわね』

 ベアーチェが僕の方へと駆け寄り、セイラもそれに続く。


「くっ……」

 僕はどうにか瓦礫をどかして起き上がる。

「お兄ちゃん大丈夫?」

「大丈夫……だけど……。くそ、拙いな。勝てるイメージが全然湧かない……」

 埃を払いながら、遠くで戦うリオン達を見ながら歯噛みする。

『あの障壁、ドラゴン達の鱗に近い力があるわ』

 セイラについているイヴの念話に僕は顔を顰める。

「どういう事?」

『ドラゴン達は無意識に生きているだけで鱗全体に強力な魔力障壁を張っている状態になっているのよ。あの魔王障壁っていうのは、それと似た障壁を意識的に動かしているみたい。バー・ダーシェはそのバリアを外側に展開すると同時に、内側の表皮にも張っているわ』

 この辺の知識は流石水の大精霊イヴである。フェルナントどころか多くの人間が知らない知識を知っている。

「じゃあ、あの鱗はドラゴン並みの防御力って事なの?」

『ドラゴン並みかどうかは分からないわね。ドラゴン達は防御に気を配らないし、鱗は生きているだけで無意識に完全防御態勢だもの。成竜になると、鱗の防御を突破できる存在なんてこっちの大陸にだってまともにいた覚えが無いわ。昔、幼竜の鱗を切断するのにのこぎり二本の歯を潰したなんて逸話がある程よ』

「なるほど。つまり……あのバー・ダーシェって奴の防御があれが最強状態ならドラゴン程じゃないけど、意識的に防御に回したらもっと強力かもしれないて事?」

『どっちが上かは分からない。ただ……ドラゴンの防御を破ったものを私は知らないからドラゴンと比べられてもねぇ』

 言われてみれば伝承でもドラゴンに傷をつけた者なんて聞いた事も無い。

 父上がメテオインパクトで竜王様に傷をつけたという話しだ。下っ端君は出来なかったと聞く。ピヨちゃんはドラゴンの痛い所を突いて悶絶させたという話しがあったが………。詰まる所、自分の知る英雄たちと同格の力がある必要があるのだ。


「そうか。奴らの弱点を叩けば…」

『問題は、貴方以外に外側の障壁をまともに貫けていないって事でしょう?このままだと全滅するわ』

「ちっ」

 僕は走って戦列に加わろうとするが、バー・ダーシェの力はあまりにも強力だった。


 次々とダメージを負って、リオンに続き、ゴブリン達、ラウリやシルッカらが戦線離脱していく。

 クリスハルトが意外に頑丈で負けじと立っているが、左腕が紫色に変色している。


「ダニーとセイラはけが人の治療を。僕が奴を引き付ける。クリスハルト、奴の防御障壁を抜くぞ!切れないなら弱点を叩くまでだ!」

 目の前のヒドラが、僕らの世界のヒドラと同じ特性を持っているなら、あのヒドラも弱点は首の付け根の筈。そこを突けば痛みを感じる筈だ。


 僕は聖剣を構える。


「ぶっ殺す」

「勝手に仕切るな、クソが」

 ふらふらしながらもリオンが前に出る。僕、リオン、クリスハルトの3人が8つ首を囲み構える。


 よくよく見ると奴の引き連れてきた騎士達は戦闘となると慌てて逃げている。

 バー・ダーシェの引き連れてきた騎士達は僕らの退路側に構えていた。彼らは戦闘では邪魔になるが、逃がさない為に来ていたのだろう。元より、ここで戦闘になった時点で負けは許されない。


「やるぞ!」

「「おうよ!」」

 僕の声にリオンとクリスハルトが構える。余裕を持った様子でバー・ダーシェは僕らを見ていた。




 そんな緊迫した空気の中、空に突然ひびが入る。何事かと僕らもバー・ダーシェも想定外だったようで空を見ると、ガッシャーンと空が割れて穴が開き、穴から何かが降ってきた。


 ヒューン……ポテ


 僕とバー・ダーシェの間に落ちてきたのは人間大のヒヨコだった。

 身長150センチちょっとで桃色の羽毛に頭頂だけ真っ赤な羽毛をたくさん生やしたヒヨコだ。

 凄く見た事があるヒヨコだ。

 既視感がありすぎて仕方ないヒヨコだった。


「ピヨピヨピヨピヨ【おのれ、駿介め!ヒヨコの松阪牛を奪うだけでなく、ひなちゃんとの感動の別れを邪魔しおって!神域であったらピヨピヨしてやる!絶対だ!ピヨリックス・ザ・インフィニティ付きだぞ!ハッ!?そういえば剣の神格を押し付けられたんだった!次に会えないからピヨピヨ出来ないじゃないか!どうしてくれるんだ、あの野郎!】」


 そんな桃色なヒヨコが空に向かってピヨピヨと文句を言っていた。


「ピヨピヨ【全く、アイツはいつもいつもヒヨコの食事を邪魔しおって………おや、ヒドラ君?ヒドラ君ではないか!】」

「な、なんだ、この鳥は?」

 怪訝そうにバー・ダーシェがヒヨコへと視線を向ける。

「ピヨヨーッ!【おおっ!松阪牛を食えなかったがヒドラ君が替わりか!素晴らしい!】」

「食う?貴様、何w」

 ヒヨコがピヨピヨッと口から黒い炎の弾丸を吐き8つの頭を吹き飛ばしてしまう。


「「「「「はい?」」」」」


 巨大なバー・ダーシェが地面に朽ちて倒れる。

 瞬殺だった。


「ピヨピヨ~<浄化(プリフィケーション)>」

 バー・ダーシェを包み込む浄化の光が輝く。

 浄化が終わるとヒヨコは嘴で毒々しい色を失ったバー・ダーシェの亡骸をつつくのだった。


 僕達の苦労って何だったんだろう?


「ピヨピヨ【うーん、このヒドラ君はあまりおいしくないな。不摂生ヒドラ君だったのか、脂身が多い。ヒドラ君は松阪牛と違って脂身で柔らかくするのではなく筋の少ない赤みが売りなのだが……まあ、そこそこ美味いし良しとしよう。もしかしたら地球の食事に慣れて舌が肥えただけかもしれん】」

 そんな事を口にしながら、ヒヨコは夢中になってバー・ダーシェだった肉を嘴でつついていた。


「ええと……もしかして…ピヨちゃん?」

「ピヨピヨ?【ヒヨコを知っているかな?そういえばここはどこ?ヒヨコはピヨ?また迷子か?ヒヨコを知っているなら話は速い。もしもまだあるならローゼンブルク帝国のローゼンシュタットという街に連れて行ってもらいたいのだが】」

「ピヨちゃん!僕だよ、フェルナントだよ!うわーひさしぶ…」

 僕はピヨちゃんに走り寄ろうとするが、ピヨちゃんはヒョイッと僕をかわす。

 僕は地面にダイビングするような格好になっていた。


「ピヨピヨ【ヒヨコは僕僕詐欺には引っ掛からぬぞ。フェルナント君はポンコツヘタレ野郎だ。女を侍らすような子ではない】」

「いえ、我が主はポンコツヘタレ野郎ですわ」

「そだね」

「そうです。婿殿はヘタレ野郎です!」

 ベアーチェ、セイラ、シルの3人が酷い事を口にする。そんなに力を込めて言わなくてもいいのに。

 泣いて良いだろうか?


「もしかしたら、あの時のヒヨコか?」

 リオンは思い出したように口にする。

「ピヨピヨ【おお、クリムゾン君か。久しいな】」

「ヴァーミリオンだ!」

「ピヨヨ~【そうだった。とうするとそこのイケメンクソ野郎がフェルナント君なのか?】」

「天然ジゴロ君より酷い渾名を付けられてる気がするんだけど……」

 ピヨちゃんは突込みお姉さんや天然ジゴロ君など酷い渾名を付けるけど、僕にまで変な名前を付けないよね?


「ピヨピヨ【言われてみると、剣聖皇妹さんによく似ているな】」

「ピヨちゃんだー。久しぶりー」

 セイラはタタッと駆け寄ってピヨちゃんの羽毛にうずまってモフモフしていた。

「ピヨヨ~【おや、ヒヨコを知っている美少女がいるのか?】

『この子はセイラよ。久しぶりね』

 と念話を飛ばすのはイヴだった。

「ピヨピヨ【おお、セイラちゃんか。とするとこの念話はイヴちゃんか。セイラちゃんは大きくなったな。ぬぬぬ?ヒナちゃんと同じくらいの年だな。とするとこっちの世界はまだ5~6年くらいしかたってないのか?】」

「ピヨちゃんは何年向こうで過ごしていたの?」

 僕はピヨちゃんを見る。

「ピヨピヨ【24年くらいだな。駿介も良いオッサンになっていたぞ?突込みお姉さんが40過ぎほどだ】」

 何故、駿介の名を出しておいて突込みお姉さん?

 あ、そうか、勇者様は仙人だったから年齢不肖だった。


「勇者様の所で暮らしていたんだ?」

「ピヨピヨ【とはいえ、奴は酷いからな。偶に家出して先生さんや智子大先生の所にお世話になっていたぞ】」

「いや、ちょっと待って。何で智子姉ちゃんの渾名が三つ編みお姉さんから智子大先生になっているの。その変化の方がかなり気になるんだけど」

「ピヨピヨ【そこは気にするな。そうかヒヨコの歓迎パーティの為にヒドラ君を用意してくれていたのだな?】」

「いや、……ちょっと違うんだけど……話すと長くなるんだけどね…」


 僕は状況を全く呑み込めていないピヨちゃんに対して事のあらましを説明しようとすると………空が突然暗くなり闇に包まれる。

 雷鳴が響き渡り不穏な気配が漂う。


「何という事だ。魔王様だ!魔王様がお怒りになられた!」

「あんたら、何て事をしてくれたんだ!」

「魔王様の配下であられるバー・ダーシェ様に手を出したからだ!」

「俺達までとばっちりだ!」

「どうしてくれるんだ!」


 周りにいた住民たちが口々に僕らを責め立てる。


 すると、闇の中から光が差し、空に巨大なシルエットが現れる。

 それは鳥の魔物ような姿だった。


『我が名は南大魔帝ワン・フンフォンである』


 この大陸は人知を持った魔物が支配層なのだろうか?街には普通の人間?がいるのだがそれとはどうも違う様子だった。


「ピヨピヨ【巨大な立体映像だな】」

 ピヨちゃんは空を仰ぎぼやく。


『我が配下ダーシェの加護が消えた。この街に我が配下を害する不届きものがいる事は分かっている。我に逆らう事はこの南部地域において許される事ではない。故に貴様らには天罰を与る。己の無知と無謀を理解して死ぬがよい』

 雷の音が激しくなって来る。

 まるで街ごと雷で滅ぼそうかというような巨大な魔力が高まっていく。


「まずい!全員僕の近くに寄れ!空から雷撃が来るぞ!」

 僕は慌てて声を出し、リオン達が慌てて僕らの方へと走り寄るのだが……


「ピヨヨ~【よく分からんが死ぬのは嫌なので】ピヨピヨピヨッ」

 ピヨちゃんが空に向けて黒い炎を3連発放つ。


 雷雲が一瞬で炎に飲まれて掻き消されてしまう。さらに黒い炎は北の空へと消えて行くのだった。


 どこに飛ばしたんだろうか?


 そういえば、僕が生まれる前、悪神を追っていた時に信号弾のつもりで撃ったブレスが、避難中で人のいないケンプフェルト城に直撃して半壊したとか聞いた事があった。天守ではなく、城壁を含めた巨大な城がだ。まさかまたやらかしたのだろうか?


『………………ん?何故我が雷が消えた?……ダーシェのいた地域で一体何が起こって…………一体これは………。』

『陛下、大変です!空から謎の黒い砲弾が…』

『黙れ、今は放送中であるぞ』

『しかし…今すぐにでも逃げねば……』

『しかしも何も我が言葉を貴様には聞こえ……………え?……………………………ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ』

 空に浮かぶ魔王を名乗った男の映像であったが、部下との会話中に空から降ってきた黒い炎に包まれてしまう。

 次いで映像で瓦礫に押しつぶされ、魔王はゴロゴロと地面に転がり回って、のたうち回って苦しみながら燃えて朽ちていく様が映像に映し出されていた。

 最後は画面がブツッと消える。


「ピヨピヨ【全く、物騒な話だな。魔物が喋るのか?で、フェルナント君よ、ここはどこなのか説明してほしいのだが?】」

「少しは追いついたと思っていたのに、何か僕らって…」

「言うな。俺も悲しくなるから」

 リオンが言わずとも悲しげな声でぼやくのだった。


 僕らは強くなった。今度は闇竜神と戦う事になっても一緒に戦える…と思っていたのだ。


 だが、トニトルテちゃんに手も足も出ず、こうしてピヨちゃんが帰って来て、僕らが苦戦していた相手をあっさり倒し、その上に立つ魔王を、どこにいるか分からない相手をも特定して滅ぼしてしまった。


 何だかなぁと悲しくなる。

 でも、そういえばピヨちゃんってこんな感じだった。


「ピヨピヨ【で、ここはどこ?ステちゃんの所に帰りたいんだけど】」

 ピヨちゃんはコテンと首を傾げさせる。

 相変わらずマイペースで、そして敵になった相手にとっては最凶だった。


 僕は、現状を説明して、この大陸の調査に付き合わせようと企むのだった。また数年前の冒険と同じような日々が戻ってくるのだと。

 この世界でのヒヨコ伝説が再び始まるのだった。

 本作品を読んでいただきありがとうございます。これにて、一端の終幕とさせていただきます。

 ヒヨコは弄り甲斐のあるキャラクターだったので、作者としても楽しく書かせてもらっていました。

 ただ、キャラが勝手に動くので構成の変更が何度成された事か。


 本作は『ペットを飼いたいけどアパート暮らしでペットが飼えない、そんな作者が飼ったのが、作品の中のペット、ピヨちゃん』というコンセプトです。


 なので、勝手に動くのは全然かまいません。ペットは勝手に動くものです。

 勝手にヒヨコが動いたら、それはヒヨコの意志として受け取り、ありのままに受け入れるという作者としてのスタンスでした。ペットの自由は守ります。

 そういうスタンスなので、この2年半ピヨちゃんに振り回された作者でした。

 躾は必要だったかもしれませんが……。


 大きい流れの変更としては、一部の後半でピヨちゃんが川に落ちるという部分。

 本当は軍と一緒に移動し、ルークのお父さん達に会う予定はありませんでした。滅んだ村を見て徐々にルークだった事を思い出し……という流れだったのですが……まさかの再会。

 ヒヨコ的には逆に良かったのか悪かったのか……。

 まだこの頃は大きい流れの変更がなかったので修正は最小で済みました。


 それ以前にヒヨコは武闘会優勝予定が準優勝になったのも、うっかり反則負けをしたからですが……。

 こちらも流れに影響が無いから良かった。


 モーガンとヴィンフリートの決死行で悪神の弱点を探って朽ちながらガラハドに伝えるという予定のシーンでしたが、まさかのピヨちゃん大暴れで彼らが生き残る結末。

 お陰でダニエルというヴィンフリートの息子が出来ました。ですが、2部に出番の予定が無かったのでヴィンフリートもモーガンも出てきていません。


 第2部はもっとひどい。台本の根本がひっくり返りました。

 ヒヨコ達が帝国に行っている間に、異世界人達をもう少し焦点に当てるつもりでした。元々第2部は異世界人達をメインに据えていましたので。


 2部2章の途中までは順調でした。ヒヨコと子ドラゴンの掛け合いで想定以上にページをとられていましたが。


 2部3章はもう少しさっさと帝国に戻って駿介が復活という流れでした。だから2部3章の始まりが駿介死亡の話で、最終話は復活して終わる、という流れの予定でしたが、長くなり過ぎて駿介復活回が丸々4章へ移転。

 長々とやってしまい、駿介復活は次章持ち越しという話に……。(そんなバカな!?)


 3章で最もやらかしたのはヒヨコがイフリートから力を奪ってしまったという事。


 本来の4章は異世界人達がメインで、イフリート勢力と戦争になり、イフリートによって『異世界人達を帰す方法なんてない』『光十字教が一人の人間によって洗脳によって操られている』という事実を異世界人達が教わるという流れ。

 それによって異世界人達はイフリート派閥に鞍替えし『異世界人達VS光十字教』の戦いへと発展する予定でした。


 本来は『戦闘中に異世界人達がソリスに力を奪われ、異世界人達は調子に乗って乗り込んでみたものの、逆に蹂躙され逃げ惑う事になる。実際に力を得た百合や西条、東、浅香先生、倉橋、三雲らが助けに駆け付ける』みたいな構想にありました。


 そこに行く前に、ピヨちゃんがイフリートから力を奪ってしまい、イフリートは戦争どころじゃありません。

 異世界人達が勝ちやすくなった?いや、勝たせるのが目的ではない。そもそも追い詰めないとイフリートは絶対に出て来ない。ヒヨコから逃げてるわけだし。


 イフリートVS異世界人、断念

 →ドミノ倒し的にソリスVS異世界人も断念


 ピヨちゃん、異世界人達の活躍を奪うの巻という大事件が知らぬ間に行われていたのです。作者にとってはジャブではなくストレートのような一撃でした。


 ラスボスはイフリートかソリスかは悩んでいたんですけどね。この時点でソリス一択へ。


 ソリスとイフリートの昔話も異世界人達の話の中で書こうとしていたから、ギリギリになって書いてない事に気付き、慌てて書き加える始末。

 取って付け加えられたように、アレン・ヴィンセント、ソリス(エルネスト)、イフリート(ラッセル・ホールディング)の3人が同門という話ですが、実は最初からあった設定です。

 だから本格的な戦いをし切れなかったという部分もあるのですが……。


 そしてファイナルヒヨコブレス。

 最終決戦の為に暖めていた技です。だからこその『ファイナル』なのですが……まさか氷漬けの駿介の氷を解かす為に発動。


 あれ?


 これ作者が第二部の最初の方で考えていた最終決戦用の技なのに……ある意味駿介がラスボスだから良いのかな?いや良くない。

 ラスボスがこの時点でソリスになるけど、それ以前に『ソリス対異世界人』の話が書けない。どないしよ。と悩んでいる最中にまさかのラストの締めの技まで使われてしまう。もう最終章は大枠だけ決めて進みだしていますよ!?

 飼っているヒヨコが籠から飛び出して、仕事場を荒らされて納期が間に合わない状況になった気分でした。


 良いんだよ、ピヨちゃん。悪いのは君じゃない、君にこの事を伝えたからきっと使いたくなったんだね?君の嘴の届く場所に仕事道具を置いた僕が悪いんだ。……そんな気持ちで頑張りました。


 そして弱体化したイフリートを食ったソリス君は最強とは程遠い存在に。

 ピヨちゃん楽勝じゃないの?これも拙くない?

 次々と噴出するヒヨコ問題に作者は構想の練り直しが追いつかず、物語は混迷に。


 そこで、真のラスボス闇竜神ノクティスさんをスタンバイ。

 そう、この世界における最強に並び立つのはイグニスを倒そうとして滅ぼされたとされる旧竜王です。


 彼は人化の法で逃亡中に滅んだらしい…という曖昧な死に方をしており、神という設定を敢えて隠していたのも『神なら死なないんじゃないの?』的な部分に気付かせないためにその説明を敢えて避けてました。


 ところがどっこい、今出てきちゃうと、『むしろ神である事を最初から匂わせた方が良かったよね?』という段取り違いが発生。

 本当はこの章の後から匂わせる予定だったのになぁ。

 闇精霊と火精霊の話とかもして、もしかしてまだ生きている?、みたいな匂わせを徐々に強めて満を持して最後に登場、みたいな感じで考えていたのですが。

 段取り違いの登場にノクティスさんも力不足で登場したものだから、あっさりピヨヨンチョされてしまったし。


 良いんだよ、ピヨちゃん。悪いのは君じゃな(以下略)


 とはいえ、このままソリス(=エルネスト)を戦わせても盛り上がらずピヨピヨされるだけ。致し方なし。


 ラスボスとして出て来るノクティスさんはもっとイグニスを動けなくさせてからの登場、という知性派的な強さを見せる流れで、『強くなった真ヒヨコVS最強の肉体を手に入れた闇竜神』という流れを予定していました。

 最終章辺りで仲良くなった強いドラゴン(グラキエスやトルテの弟的な?)の肉体を使って、イグニスという切り札を使えない状況を作り、闇竜神の卑怯さと厭らしさを強調したヒヨコへの最終試練、ノクティスを倒して不死鳥へ…みたいなラストフィナーレを考えていました。


 今話が最終話になった理由であり原因。

 真のラスボスが前倒してヒヨコに討伐されたからです(笑)


 というのも『第2部 大北海大陸編』をさらっと終わらせて、『第3部 地球編(主演:●●)』、『第4部 魔大陸&花国編(主演:フェルナント君)』、『第5部 未来編(主演:???)』と構想だけはあったんですけどね。第2部が物凄く長くなり過ぎました。

 2部4章とかヤマもオチもイミも無い話だったけど、別にBLじゃないですよ?


 今回で最終回としますが、構想は残っているので、また書く日があるかもしれません。ペットと戯れたくなる日が作者もあるので。

 フェルナント君との再会までの空白の時間って凄くたくさんあるので、短編も書き放題ですよね。

 ヒヨコに振り回される日々がまた続くことを祈って本作品を完結にせずに最終話にしたいと思います。


※第一部同様、第二部もあとがきは消して章ごとにまとめて修正する予定です。短編をちょろっと書く際にそこら辺を徐々に変えていくかもしれません。


 単行本にして20本分にもなりそうな長さですが、読んでいただいた読者の皆様に感謝を。

 それではまたどこかでお会いしましょう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 第1部のミーシャとの別れ辺りから読んでいましたが、いつも楽しみにして笑っていました。今回最終話になりましたが、ヒヨコシリーズはまだ終わらないとかいてあるので、第2部の編集といっしょに待って…
[良い点] 完結(仮)おめでとうございます! 第一部最終章あたりからこの作品を知って読まさせて頂いておりました。 ヒヨコの楽しい物語をありがとうございます。 [気になる点] 第二部も面白かったのですが…
[良い点] 最終話お疲れ様でした! だがヒヨコは永遠なり!まだだ、まだ終わらんよ!っ感じでお話が出てくるんですねわかります。
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